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曲者俳優に事欠かない作品。その中でサム・スペード像をよく体現していたH・ボガート。

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サンフランシスコの私立探偵サム・スペード(ハンフリー・ボガート)は、家出した妹を連れ戻したいという女性(メアリー・アスター)の依頼を受け、相棒のマイルズ・アーチャー(ジェローム・コーワン)に、フロイド・サースビーという男を尾行させる。しかし、その夜サースビーとアーチャーは死体となって発見される。スペードはアーチャーの妻(グラディス・ジョージ)と密通しており、警察は彼に嫌疑を向ける。スペードはジョエル・カ
イロ(ピーター・ローレ)という男の訪問を受け、彼はスペードが何かを握っていると考えており、それを探ろうとしている様子だった。女依頼人に再会したスペードは、彼女が最初に名乗ったのは偽名で、本名はブリジッド・オショーネシーであること、カイロとも関係していることを知る。2人を引き合わせたスペードは、彼らの会話からその関心がある鳥の彫像にあること、「G」なる人物もまたそれを求めて
いるらしいことを知る。やがて「G」ことガットマン(シドニー・グリーンストリート)もスペードに接触してくる。スペードはハッタリを仕掛け、彼らの捜し求めるマルタ騎士団にゆかりを持つ「マルタの鷹」の存在を聞き出す。ガットマンは、ロシアの将軍が「鷹」を所持していることを知り、カイロ、サースビー、オショーネシーの3人を代理人として派遣したが、「鷹」の価値に勘付いた3人はそれを秘匿してしまったのだという。やがて、オショーネシーの意を受けて、貨物船「ラ・パロマ」号の船長がスペードの事務所を訪れるが、彼は「鷹」をスペードに託して息絶える。「鷹」を手に入れたスペードはそれを切り札にガットマンらと交渉し、すべての経緯を炙り出す―。

1941年のジョン・ヒューストンの脚本・監督作で、監督デビュー作でもある作品。ダシール・ハメットの同名探偵小説の3度目の映画化作品ですが、この作品が圧倒的に有名です(2007年の American Film Institute による「ベスト映画100」では第31位にランクインしている。因みに、先に取り上げた「黄金」('48年)は第38位)。日本公開は本国公開の10年後の1951年ですが、ハメットの原作の本邦初訳は更に後で1954年のハヤカワ・ポケット・ミステリなので、翻訳者(砧一郎)も先に映画の方を観たのではないでしょうか。まあ、読者側からすれば、原作を先に読もうと映画を先に観ようと、映画のイメージが強烈なので、原作に対するイメージに影響を与えることは必至のような気がします。
ハンフリー・ボガートが40代で初めてタイトルでトップになった作品ですが、カイロを演じたピーター・ローレとガットマンを演じた
シドニー・グリーンストリートの曲者ぶりが強烈で、ガットマンの手下の用心棒役で性格俳優のエリシャ・クック・Jrなども出ていたりして、ハンフリー・ボガートのアクの強さが中和され、むしろ爽やかに見えるくらいです。とりわけ、ぬめっとした異様さを漂わすピーター・ローレは、風貌も演技も何とも言えず薄気味悪いですが、この人、「カサブランカ」('42年)にも、出国ビザを売買するブローカー役で出ていました(ヒッチコックの「暗殺者の家」('34年)にも出ていた)。
ストーリーは概ね原作に忠実ですが、ラ・パロマ号の中で何があったのかが全く説明されておらず、交渉上「マルタの鷹」を所持しているとハッタリをかましたスペードのところへ「鷹」が偶然転がり込んできて、ややご都合主義に見えてしまうキライがなくもありません。原作では、ラ・パロマ号の中での出来事は登場人物の一人によって語られる形になっており、これを映像化すると"映像のウソ"になるし、"語り"でやると、せっかくそこまでテンポよく話が展開していたのに間延びしてしまうことになり、敢えて説明をすっ飛ばしたのではないかと、個人的には推察します。
実は登場人物の"語り"でストーリーを展開させている部分が既に結構あり(フィルム・ノアールに特有の作劇法で、この作品がその原型になったとも言われている)、とりわけハンフリー・ボガートがよく喋っているので(しかも早口で)、これ以上やるとセリフばかりになってしまうという危惧もあったのかも。まあ、その他にもサスペンスの要素はあるし、ハードボイルド作品の場合、謎解きも大事ですがテンポや雰囲気も大事なので、ラ・パロマ号での出来事の説明を省いてしまったのは、これはこれで妥当な選択だったのかもしれません。
サム・スペードがいなければ、レイモンド・チャンドラーのフィリップ・マーロウも、ロス・マクドナルドのリュウ・アーチャーも存在しなかったと言われています。原作者ハメットはサム・スペードについて「スペードにはモデルはいない。彼は私が一緒に働いていた私立探偵の多くがこうでありたいと願い、時にうぬぼれて少しは近づけたと思い込んだという意味で、夢に描いた男なのである」「彼はいかなる状況も身をもってくぐり抜け、犯罪者であろうと無実の傍観者であろうと、はたまた依頼人であろうと、関わりを持った相手に打ち勝つことの出来る強靭な策士であろうと望んでいる男なのである」と述べていますが、ハンフリー・ボガートはそうしたサム・スペード像をよく体現していたように思います。

「マルタの鷹」●原題:THE MALTESE FALCON●制作年:1941年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ジョン・ヒューストン●撮影:アーサー・エディソン●音楽:アドルフ・ドイチュ●原作:ダシール・ハメット●時間:101分●出演:ハンフリー・ボガート/メアリー・アスター/グラディス・ジョージ/ピーター・ローレ/バートン・マクレーン/リー・パトリック/シドニー・グリーンストリート/ウォード・ボンド/ジェローム・コーワン/エリシャ・クック・Jr/ジェームズ・バーク/マレイ・アルパー/ジョン・ハミルトン/ウォルター・ヒューストン(ノン・クレジット)●日本公開:1951/01●配給:セントラル●最初に観た場所:新宿・シアターアプル(85-10-13)(評価:★★★★)
ピーター・ローレ in「マルタの鷹」('41年)

ピーター・ローレ in「暗殺者の家」('34年)/「カサブランカ」('42年)/ヒッチコック劇場「南部から来た男」(1960) (日本放送時のタイトル「指」)with Steve McQueen

「黒猫の怨霊」('62年)エドガー・アラン・ポー原作




1920年代のメキシコ。革命の混乱は収まっていたが、地方では山賊がはびこり人々を脅かし続けていた。新政府により、地方の統制と山賊の排除は通称フェデラルズという有能だが非情な連邦警察に任されていた。外国人にとって、山賊に出くわすことは死を意味するほど危険なことで、山賊もフェデラルズに捕まれば、自分の墓穴を掘り、銃殺されるのだった。そんな中、ダブズ(ハンフリー・ボガート)、ハワード(ウォルター・ヒューストン)、カーティン(ティム・ホルト)の3人の白人のアメリカ人がメキシコの港町タンピコで出会い、一獲千金を夢
見てシエラ・マドレ山中に金鉱を求め旅立つ。男たちは途中、ゴールド・ハット(アルフォンソ・ベドヤ)率いる山賊の列車襲撃に遭いながらも切り抜ける。列車旅を終え砂漠に出ると、これまで老人然としていたハワードが、屈強で知識豊富な山師であることを見せつける。ハワードの活躍で金鉱が見つかり砂金が掘り出されてゆくが、黄金の魅力にとりつかれたダブズは、金を独り占めしたい衝動に駆
られるようになってゆく。コーディ(ブルース・ベネット)という一人旅の男が現れ仲間に入れてくれと申し出る中、ゴールド・ハットたちがフェデラルズのふり
をして接近してくるが、山賊の正体を男たちは見抜き、銃撃戦となる。コーディが銃弾に倒れ、形勢が不利になったところで本物のフェデラルズが現れ山賊を蹴散らす。やがて、砂金の取れ高が減り、十分な金を手にした男たちは、山を下りることに。ロバを引く道すがら、インディオの少年を助けたハワード
は村人に請われて礼を受けるため、残りの2人と一時別れる。彼を裏切り金を山分けにしようと言うダブズと、コーディも入れた4人で分けるべきだとするカーティンは対決し、勝ったダブズは瀕死のカーティを置いて町へと向かうが、寸前でゴールド・ハットに遭遇し、あえなく命を落とす。一方、カーティスは一命を取りとめハワードと合流し、2人は町に着くが、既にダブズは死に、ゴールド・ハット一党も処刑されたと知る。ようやく砂金が捨てられた場所へと辿り着くも、折からの季節風が金を空中へと吹き飛ばしてしまう。全てが無に帰したことを知った2人は笑うしかなかった。ハワードは彼を必要とするインディオの村へ、カーティンはコーディの残した家族に会うためテキサスへ、それぞれの道へと馬を向ける―。
1948年公開のジョン・ヒューストン監の作品。ハンフリー・ボガートは「マルタの鷹」('41年)に続く、2度目のヒューストン監督作品への出演でした(その後、同年公開の「
に輝いたほか、ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞なども受賞。2007年の American Film Institute による「ベスト映画100」では第38位にランクイン
しています。日本でも、双葉十三郎(1910-2009)が「ぼくの採点表」で☆☆☆☆★(85点)というジョン・ヒューストン監督作の中でも、またハンフリー・ボガート主演作の中でも最も高い評価をしています。因みに、作家の村上春樹氏は川本三郎氏との共著『映画をめぐる冒険』('85年/講談社)の中で、「僕は学生時代にこの『黄金』のシナリオを何度も何度も読みかえして作劇術の勉強をしたことがある」と述べています・
初めて観た時は、「マルタの鷹」でハンフリー・ボガートが演じたサム・スペードの冷静なタフガイのイメージがあったので、彼が演じる主人公ダブズが、次第に冷静さを失って仲間へ不信を抱き、金を独り占めようとして、最期は(映画の"最後"まで行かないうちに)山賊たちにあっけなく殺されてしまったのには驚きました(30代の脇役だった頃のハンフリー・ボガートは、例えば「
ダブズはあっさり殺されてしまいますが、タブズを殺した山賊たちも警察に捕まり即座に処刑されることになります。処刑される前にゴールド・ハットは、落ちた自分の帽子を拾って被ってもよいかと銃殺隊に願い出て、それが許されるとひょいと帽子を拾い、そして銃殺されます。この記念撮影でもするかのようなトボケた一見ユーモラスな振る舞いに、他人の命を奪うことを何とも思っていないどころか、自分に命さえあまり重いものと思っていないような刹那的なものが感じられます。
最初の方で、ダブズに何度か小銭を施すアメリカ人紳士役で、ジョン・ヒューストン監督自身が出演しています。ハワード役のウォルター・ヒューストンは彼の実父であり、この作品はアカデミー賞の監督賞も受賞しているので、1つの作品で親子でアカデミー賞を獲った最初の作品になります。
ーブステイン●原作:B・トレヴン●時間:126分●出演:ハンフリー・ボガート/ウォルター・ヒューストン/ティム・ホルト/ブルース・ベネット/バートン・マクレーン/アルフォンソ・ベドヤ●日本公開:1949/05●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★★☆)
和田 誠 氏 

自分があまり面白いと思わなかった映画は、その理由も含め正直に書いているのもいいです。一方、この人の一番好きな監督は、表紙に「
ボギーことハンフリー・ボガートが出演したビリー・ワイルダー作品では「麗しのサブリナ」('54年)があり、ここではボガートの「ぼくをみてください。神経痛の大学生だ」というセリフを取り上げていますが、堅物の兄ボガートが、遊び人の弟ウィリアム・ホールデンから女の子オードリー・ヘプバーンを引き離すために自分が代わりにデートする、その際に無理矢理若作りしている自分のことを自嘲気味に父親に言うセリフです。
この作品は、ボガートがコメディタッチの演技を見せ(しかもラストは女の子を追いかけるために飛んでいく)、
それが彼にあまりに似合っていないのではないかということで、一般の評価はそう高くないように思いますが、本書では、三島由紀夫がこのセリフを言うボガートを評して、「これ以上の適役はなかろう」と当時の「スクリーン」誌に書いていることを取り上げ、「こんな文章を読むと、とてもあのような死に方をする人とは思えないのだ」と書いているが印象深かったです(和田氏がこの文章を書いている時は、三島の自決からまだ3年と経っていない)。
「麗しのサブリナ」は、サミュエル・テイラーの舞台劇を映画化したもので、「ローマの休日」に続くヘプバーン主演第2作。運転手の娘が何故ジバンシィを着ているのかというのはあるけれ
ど(ジバンシィがヘプバーンのドレスを最初にデザインしたのがこの作品だが、ジバンシィはヘプバーンと顔を合わせるまで、自分が衣裳を担当する女優はキャサリン・ヘプバーンだと思っていた)、モノクロのせいか、ヘプバーンの美しさ、可憐さという点では「ローマの休日」と並んで一番の作品ではないかと思います。でも、ビリー・ワイルダーの演出も結構しっかりしていて、そこがまた見所だったのかも(因みに、ボガートは撮影中、ヘプバーンの演技の未熟さにややウンザリさせられていたという話もある(エドワード・ルケィア『ハリウッド・スキャンダル』より))。


「サンセット大通り」●原題:SUNSET BOULEVARD●制作年:1950年●制作国:アメリカ●監督:ビリー・ワイルダー●製作:チャールズ・ブラケ
ット●音楽:フランツ・ワックスマン●時間:110分●出演:グロリア・スワンソン/ウィリアム・ホ

た場所:銀座文化劇場 (88-12-12) (評価:★★★★)


1948年の作品。1939年にブロードウェイで上演されたマックスウェル・アンダーソンの戯曲「キー・ラーゴ」を、ジョン・ヒューストンとリチャード・ブルックスが映画用に脚色したもので、
それでいてスカッとしたカタルシスがあるのは、最初の内は"男気"をなかなか見せないフランクが、徐々にその本分を発揮し、最後に...というプロセスから結末までの描き方の上手さによるものでしょう。
とりわけ、その演技が光るのはエドワード・G・ロビンソンで、その強面の悪役ぶりは、ボガートの好演をも喰ってしまっているほどです。
エドワード・G・ロビンソン(1893-1973/享年79)という人は8カ国語を操るインテリだったそうで、そのリベラルな思想のため40年代後半はハリウッドでも冷遇され、この作品でも"後輩スター"であるハンフリー・ボガートの脇に回ることになりましたが、仕事と割り切って出演を承諾、ボガートの方もロビンソンに対し"先輩スター"として接し、他のスタッフもこれに倣うよう命じたという逸話があります。

「キー・ラーゴ」●原題:KEY LARGO●制作年:1948年●制作国:アメリカ●監督:ジョン・ヒューストン●製作:ジェリー・ウォルド●脚本:リチャード・ブルックス/ジョン・ヒューストン●撮影:カール・フロイント●音楽:マックス・スタイナー●原作戯曲:マックスウェル・アンダーソン「キー・ラーゴ」●時間:138分●出演:ハンフリー・ボガート/エドワード・G・ロビンソン/ローレン・バコール/ライオネル・バリモア/クレア・トレヴァー/ジョン・リッジリー/モンテ・ブルー/トーマス・ゴメス●日本公開:1951/11●配給:セントラル●最初に観た場所:吉祥寺ジャヴ(JAⅤ)50(85-12-21)(評価:★★★★)

吉祥寺ジャヴ(JAⅤ)50 1951年~「ムサシノ映画劇場」、1984年3月~「吉祥寺バウスシアター」(現・シアター1/218席)と「ジャヴ50」(現・シアター2/50席)の2館体制でリニューアルオープン。2000年4月29日~シアター3を新設し3館体制に。 2014(平成26)年5月31日閉館。

吉祥寺バウスシアター内




「ヘカテ」というのは、ギリシャ神話に出てくる、男を、子供を、更に世界をも支配する巨大な魔力を持つ、神秘的で残酷な女神のことだそうで、主人公の男にとってクロチルドはまさに「ヘカテ」であり、パンフレットにある批評の「恋とは永遠に不確か」(映画評論家・渡辺祥子)、「恋に乱れる男たちの愚かさよ」(画家・合田佐和子)と言うよりむしろ、「女が愛しているのは快楽だけだという事実」(翻訳家・小沢瑞穂)を突き付け、「愛の行為の果て」(作家・辻邦生)を描いた映画とも言えるかも。
クロチルド役のローレン・ハットン(Lauren Hutton、1943年生まれ)は、ア
メリカン・ヴォーグの専属モデル出身の女優で、特別にグラマーでも美人でもないですが、服の着こなしがいいのか、ダニエル・シュミット(1941-2006/享年64)のカメラ指示がいいのか、シュミットの映像美にマッチしており、この作品では、アンニュイなセクシーさを充満させています。
この映画で、ベルナール・ジロドー演じる外交官が赴任した国は同じ北アフリカでもモロッコのようですが、いずれにせよ、辺境の地で無聊を託っている折に、目の前にこんな女性が現れ、その女性が、恋人、愛人、情婦、更には貴婦人としても完璧であれば、男はずぶずぶ深みに嵌っていくだろうなあと思わせるものがあり、実際、この映画の主人公の男は次第に嫉妬心のコントロールが出来なくなって、狂気に駆られていきます。
した。マイケル・カーティス監督の「カサブランカ」('42年/米)なども「北アフリカ映画」とでも言うか、その類と言えるのではないかと思います。
はイルザと一緒に旅立つ予定だったが、約束の時間にイルザは現れず、リックはイルザに振られたと思っていた。実はその日、イルザは生きていたラズロと再会していたのだ。余儀のない事情が二人を割いたのだったと知って、リックの愛情は蘇る。リックはラズロ夫妻に旅券を渡し、ルノーを味方にして飛行場へ。二人を飛行機に乗せた時、ラズロを追ってシュトラッサー少佐が現れ、離陸を止めようとするシュトラッサーをリックが射殺。リックはカサブランカ脱出を決め、リックを見逃すルノーと共に夜霧の中へ消えていく―。
シュトラッサーを射ち殺してでも彼女を守ろうとするリックは、過去の痛みに耐えていた彼ではなかったということでしょう。その上で、愛を失っても大義を守ろうとしたリック。その彼を前にして、実はレジスタンスの隠れた支援者であったルノーは、自由フランスの支配地域であるフランス領赤道アフリカのブラザヴィルへ逃げるように勧めて、リックを見逃すという流れが(因みに、カサブランカとブラザヴィルでは陸路で千キロ以上の遠隔地であるが)、出来すぎた結末と言えばそうかもしれませんが、実際よく出来ていたように思います。基本、ラブロマンス映画ではあるものの、アメリカも参戦した第二次世界大戦における国際関係と対立を中心に置いて製作された作品であることもあり、プロパガンダ的要素が多分にあったのだと今振り返って思います。でも、そうしたことを超えて、「君の瞳に乾杯」というボガードがあまりにカッコよすぎる...。
「ヘカテ」●原題:HECATE●制作年:1982年●制作国:フランス/スイス●監督:ダニエル・シュミット●製作:ベルント・アイヒンガー●脚本:ダニエル・シュミット/パスカル・ジャルダン●撮影:レナート・ベルタ●音楽:カルロス・ダレッシオ●原

「カサブランカ」●原題:CASABLANCA●制作年:1942年●制作国:アメリカ●監督:マイケル・カーティス●製作:ハル・B・ウォリス●脚本:ハワード・コッチ/ジュリアス・J・エプスタイン/フィリップ・G・エプスタイン●撮影:アーサー・エディソン●音楽:マックス・スタイナー」●時間:102分●出演:ハンフリー・ボガート/イングリッド・バーグマン/ポール・ヘンリード/クロード・レインズ/コンラート・ファイト/シドニー・グリーンストリート/ピーター・ローレ/S・K・サコール/マデリーン・ルボー/ドーリー・ウィルソン/ジョイ・ペイジ/ジョン・クォーレン/レオニード・キンスキー/クルト・ボウワ●日本公開:1946/06●配給:セントラル映画社●最初に観た場所:池袋・文芸座ル・ピリエ(83-01-05)(評価:★★★★)
ピーター・ローレ in「暗殺者の家」('34年)/「

幼い頃に不良仲間だったロッキー(ジェームズ・キャグニー)とジェリー(パット・オブ
ライエン)だが、ロッキーは、2人でやった盗みの罪を自分1人で被ったことから転落の道を辿り、今やいっぱしのギャングとして、街の不良少年のヒーローとなっていた。ある日、刑務所を出所したばかりのロッキーは、今では神父となって貧しい少年達にスポーツを教えているジェリーを訪ね、旧交を温めるも、一方で、金を巡るトラブルで悪徳弁護士(ハンフリー・ボガート)を殺し、警官との大立ち回りの末に逮捕され、裁判で死刑宣告を受ける―。
自らが死刑なるというのに「電気椅子に座るのなんか、床屋の椅子に座るのと同じだ」と言って平然としているロッキー。このままロッキーにギャングに相応しい堂々とした死に方をされては、少年達がますます彼を敬愛することになるであろうことを危惧したジェリーは、ギャングらしく死のうとするロッキーに対し、全く逆の行動を取るよう最後の頼みを託す―。
でも、ちょっと冷静になって考えると、神父がロッキーに託した願いというのは、ロッキーにとって、自分のように誤った道を歩むことのないようにという子供達へのメッセージになるのかも知れないですが、同時に、自ら人生を全否定せしめるようなものであり、それを受ける側(ロッキー)もともかく、頼む方(神父)も、いくら相手と強い友情で結ばれているとは言っても、よくこんな酷なことを頼んだなあという感じも。ただし、日本でも「大岡越前」でほぼ同じストーリーの話があるそうです。
結局、ロッキーは刑吏らにも嘲られながら死んでいくわけで、死に行く者に対してこんなキツイお願いはないだろうなあと。
「汚れた顔の天使」●原題:ANGEL WITH DIRTY FACE●制作年:1938年●制作国:アメリカ●監督:マイケル・カーティス●製作:サミュエル・ビショフ●原案:ローランド・ブラウン●脚本:ジョン・ウェクスリー/ウォーレン・ダフ/ローランド・ブラウン●撮影:ソル・ポリート●音楽:マックス・スタイナー●時間:98分●出演:ジェームズ・キャグニー/パット・オブライエン/ハンフリー・ボガート/アン・シェリダン/ジョージ・バンクロフト●日本公開:1939/11●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★★)

カリブ海にある仏領マルチニック群島のある島で観光用チャーター・ボートの船長をしているハリー(ハンフリー・ボガート)は、ホテル歌手のマリー(ローレン・バコール)に彼女がアメリカへ帰るための金を渡すため、レジスタンスのリーダーを逃がす仕事を請け負うが、ハリーが密航を幇助したと考えた島の警察が彼の仲間を拉致して拷問したことを知り、怒りを爆発させる―。
アーネスト・ヘミングウェイが1937年に発表した小説『持つことと持たざること(To Have & Have Not)』が原作で(脚本は、同じくノーベル賞作家のウィリアム・フォークナー)、ヘミングウェイは1926年発表の『日はまた昇る』以降、より正確には1927年刊行の『男だけの世界』から、その短編集のタイトル通りマチズムの傾向を強めていますが、この作品もその例に漏れるものではなく、一方で、この『持つことと持たざること』というタイトルは主に「貧富の差」のことを言っており、彼の作品に社会的傾向が最も見られた時期のものでもあります。
原作の舞台はキーウエストやキューバになっており、それが仏領マルチニックに変えられたとしても、第2次世界大戦(ビシー政権下)の話なので仏領の島にドイツ傀儡政府の手先がいてもおかしくないのですが(この映画の制作年は1944年)、原作の社会的色合いは後退し、ハンフリー・ボガートの男気、乃至は、ローレン・バコールとのロマンスが前面に出ています。
この映画での共演を機に2人は結婚し、その結婚生活はボギーの死まで続きますが、考えてみれば、雑誌のカバーガールからスカウトされたローレン・バコールは、この作品がメジャー作品初出演だった(公開示のポスターでは下隅に小さく名前があるだけ)―それにしては、スクリーン上の彼女は貫禄充分と言うか、25歳年上のボギーと堂々と渡り合っているように見えました。
しかし、1979年に刊行された自伝『ローレン・バコール/私一人』('84年/文芸春秋)の中では、撮影の時にはいつもがちがちに緊張しまくっていていたことを告白しています。


「脱出」●原題:TO HAVE AND HAVE NOT●制作年:1944年●制作国:アメリカ●監督・製作:ハワード・ホークス●脚本:ウィリアム・フォークナー●撮影:シド・ヒコックス●音楽:フランツ・ワックスマン●原作:アーネスト・ヘミングウェイ●時間:101分●出演:ハンフリー・ボガート/ローレン・バコール/ウォルター・ブレナン/マルセル・ダリオ/ドロレス・モラン/ホーギー・カーマイケル/ダン・セイモア/シェルドン・レナード●日本公開:1947/11●配給:セントラル●最初に観た場所:三百人劇場 (89-03-14)●2回目:歌舞伎町ーア2 (89-04-08) (評価:★★★★)





1939年発表の『大いなる眠り』(The Big Sleep/'56年・東京創元社)は、レイモンド・チャンドラー(1888‐1959)のハードボイルド小説の中では『さらば愛しき女よ』(Farewell, My Lovely '40年発表/56年・早川書房)、『長いお別れ』(The Long Goodbye '54年発表/'58年・早川書房)と並んで最も人気が高いのではないでしょうか。



原作『大いなる眠り』の中で、大富豪の娘がフィリップ・マーロウに言う「貴方って随分背が高いのね」が、映画のローレン・バコールのセリフでは「貴方って随分背が低いのね」にアレンジされていて、ハンフリー・ボガートの答えは原作のフィリップ・マーロウと同じく「それがどうした」となっています。


