Recently in つげ 義春 Category

「●まんが・アニメ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3581】 小泉 悠/高橋 杉雄/太田 啓之/マライ・メントライン 『ゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」
「●つ つげ 義春」の インデックッスへ

フランス行き同行記&インタビュー。原画掲載7作はほぼ最強のラインアップ。

つげ義春ー名作原画とフランス紀行.jpgつげ義春ー名作原画とフランス紀行2.jpg
つげ義春 名作原画とフランス紀行 (とんぼの本)』['22年]

 つげ義春は、2017年に本書の第1弾に当たる『つげ義春―夢と旅の世界(とんぼの本)』('14年/新潮社)と一連の作品で第46回「日本漫画家協会賞」の「大賞」を受賞し、2020年には第47回「アンつげ義春ー名作原画とフランス紀行4.jpgグレーム国際漫画祭」で「特別栄誉賞」を受賞しています。いま、世界がようやく「つげ義春」を発見しつつあるといったところでしょうか(本人はとっくに描くのをやめているのだが)。

 本書は、82歳になるこれまで海外に旅行したことがない作家本人が、直前までアングレーム国際漫画祭での授賞式に参加するかどうかわからなかったものの、アングレーム側から航空チケットの予約済み連絡があり、関係者さえ直前に蒸発するのではと半信半疑ながらも(日本漫画家協会賞の授賞式の時に蒸発した"実績"がある)何とか現地入りした、その全旅程に密着取材した同行記を主とする「つげ義春、フランスを行く」(「芸術新潮」2020年4月号の同題特集を増補・再編集し、仏誌「ZOOM JAPAN」のインタビューを加えたもの)が前30ぺージで、残り160ページが、1965年から70年にかけて「月刊漫画ガロ」に掲載された作品より7作を選び、原画をフルカラースキャンした「原画で読む七つの名作」になります。

つげ義春ー名作原画とフランス紀行1.jpg 「つげ義春、フランスを行く」の部分は、渡仏の前年に「ZOOM JAPAN」に掲載されたインタビューが興味深く、今まで作家が語ってこなかったようなことがここでは随分と語られているように思いました。水木しげるの助手をしていたことは知られていますが、「ゲゲゲの鬼太郎」において「鬼太郎以外、キャラクターをほとんど描いていました」との発言にはびっくり(背景専門ではなかったのか)。自身の作品のほとんどは想像であるのに、実際の経験を描いていると勘違いする読者もいて、「無能の人」を描いた時に、水木しげるからも「多摩川の石を売っているんだって?」と言われたとか。

 フランス紀行の本体に部分は、そのインタビューでも同席・サポートした浅川満寛氏による同行記になっていますが(ほかに息子のつげ正助氏も同行)、精力的にいろいろいろな所を観て回るというほどでもなく、むしろ年齢的なものかやや疲れ気味な印象も。それでも授賞式では壇上で笑顔で手を振っています。帰国後の浅川氏によるインタビューで、授賞式に出て、壇上に上がって何百人もの観客に手を振るなんて、「自分で意外でした(笑)」「ずうずうしくなったのかな」と。座右の銘が「いて、いない」「目立ちたくない」ということで通ってきたからなあ、この人。

つげ義春ー名作原画とフランス紀行3.jpg 「原画で読む七つの名作」は、「ガロ」'66年2月号掲載の「沼」、'68年6月号掲載の「ほんやら洞のべんさん」、'68年1月号掲載の「長八の宿」、'68年8月号掲載の「もっきり屋の少女」、'67年6月号掲載の「李さん一家」、'70年2、3月号分載の「やなぎや主人」、'67年9月号掲載の「海辺の叙景」の代表作7作品を所収。同じく代表作である「赤い花」('67年10月号)、「ねじ式」('68年6月号)、「ゲンセンカン主人」('68年2月号)の原画は、『つげ義春 夢と旅の世界(とんぼの本)』('14年/新潮社)に掲載済みのため、本書にはありませんが、それでも第1弾同様、密度の濃い(ほぼ最強と言っていい)ラインアップだと思います。定期的にその作品を読み直したくなる稀有な作家ですが、それでも原画で読むとことでまた味わいが深まった気がします(この「原画で読む七つの名作」に関して言えば評価は◎)。

つげ義春ー名作原画とフランス紀行6.jpg 本書はサブタイトルに「名作原画」とあるため、原画が掲載されていると知れますが、第1弾の『つげ義春 夢と旅の世界 (とんぼの本)』は、なぜ表紙の「ねじ式」の絵が薄茶けているのか分からないのではないでしょうか。第2弾が刊行されたというのは、「芸術新潮」の特集の使い回し感があるものの、たまたまそうしたフランス行きという契機があったということで、それはそれで良かったと思います。


「●まんが・アニメ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3580】 つげ 義春/つげ 正助/浅川 満寛 『つげ義春―名作原画とフランス紀行』
「●つ つげ 義春」の インデックッスへ 「●「日本漫画家協会賞」受賞作」の インデックッスへ

名作「ねじ式」「赤い花」「ゲンセンカン主人」の原画と4時間のロング・インタヴューが良い。

つげ義春 夢と旅の世界.jpgつげ義春 夢と旅の世界01.jpg つげ義春 夢と旅の世界3.jpg
つげ義春: 夢と旅の世界 (とんぼの本)』['14年]

つげ義春 夢と旅の世界。.jpg つげ義春の作品で「月刊刊漫画ガロ」の1968年臨時増刊号に掲載され、従来のマンガの常識を打ち破ったとセンセーションを引き起こした「ねじ式」を始め、1968年12月の「夢日記」をベースとした「外のふくらみ」、「ガロ」の1967年10月号に掲載された名作「赤い花」、同じく1967年7月号に掲載された「ゲンセンカン主人」の4作を原画で掲載。さらに山下裕二氏による作者へのインタビューや山下裕二氏自身へのインタビュー、作者自身による作品解説の付いた略年譜や、作者自身が全国各地の鄙びた温泉地で撮った、失われた侘しい日本が滲み出る写真など、密度濃く盛りだくさんです。

 本書は、2017年度・第46回「日本漫画家協会賞」の「大賞」を受賞していますが、個人的にも、「ねじ式」「赤い花」「ゲンセンカン主人」がつげ義春 夢と旅の世界02.jpg原画で掲載されているというだけで◎評価になってしまうなあ(笑)。表紙とタイトルだけ見ると、名作が原画で掲載されているということが分からないのがやや惜しいです(本が汚れていると思った図書館員がいる)。作者のアングレーム国際漫画祭での授賞式参加のための初の海外旅行を機に、2022年に刊行された第2弾は、『つげ義春 名作原画とフランス紀行(とんぼの本)』というタイトルになっています(編者も同じことを思ったか)。

 記事部分では、明治学院大学教授の美術史家で、「日本の美術史上いちばん好きな作家は誰ですか」と聞かれると躊躇なく「つげ義春」と答えるという山下裕二氏による作家本人への4時間のロング・インタヴューが充実しています。このインタヴューの時点で、作家は25年以上もの休筆状態にあり、作家からの貴重な発信と言えます。

つげ義春 夢と旅の世界s.jpg その中で、リアリズムとシュルレアリスムの一致点についてかなり形而上学的な議論を展開しているのが興味を引きます(個人手にはヘンリー・ミラーのシュヘンリー・ミラー.jpgルㇾアリスム論を想起させられた。ミラーはリアリズムもシュルレアリスムも着地点は同じだとしている)。一方で、好きな映画・音楽談義や身近な生活上の話もあり、いちばん好きな映画を聞映画 居酒屋.jpgかれてルネ・クレマンの「居酒屋」を挙げ、それに対し山下氏が「原作はゾラだからまさにリアリズムだ」と言うと、次にビットリオ・デ・シーカの「自転車泥棒」を挙げ、「こっちはネオリアリズモ」と突っ込まれているのが可笑しかったです。

ルネ・クレマン「居酒屋」

 山下氏が長らく隠棲状態にある作家から、深い話、興味深いをいろいろ引き出している、このインタビューを読むと、「日本漫画家協会賞」の「大賞」受賞も頷けます。「この本は買っても買わなくても後悔するでしょう」(つげ義春)というキャッチが面白いですが、つげ義春の作品のうち名作とされるものは、何回も読み返せる魅力があるので、買って後悔はしないかと思います(笑)。

「●つ つげ 義春」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 「●つ 筒井 康隆」【454】 筒井 康隆 『脱走と追跡のサンバ

ブームの最中に創作活動しなかったのが不思議だったが、本人は結構たいへんだったのだなあと。

『つげ義春日記』.jpg『つげ義春日記』1983.jpg 『つげ義春日記』現代.jpg
つげ義春日記 (講談社文芸文庫) 』['20年]/『つげ義春日記』['83年]/「小説現代」連載['83年]

つげ義春日記 1983 24.jpg 漫画家・つげ義春が、昭和50年代、結婚して長男も生まれ一家を構えた頃の日記で、正確には1975(昭和50)年11月1日から1980(昭和55)年9月28日までのものとなっています。1983(昭和58)年に「小説現代」に8回に分けて連載されたものに未発表だった1980(昭和55)年分を『つげ義春日記』1983 .jpg加え、同年12月に講談社より単行本刊行、その後、2020(令和2)年、37年ぶりに講談社文芸文庫に収められました(2020年4月から同社より『つげ義春大全』(全22巻)の刊行が始まったのに合わせてか)。「小説現代」連載時は本人による装画があったようですが、単行本化に際しては家族との写真などに置き換えられ、今回の文庫化ではそのうちの1葉のみが掲載されています。

 つげ義春が「李さん一家」「海辺の叙景」「紅い花」「ほんやら洞のべんさん」「ねじ式」「ゲンセンカン主人」といった代表作を立て続けに発表した所謂「奇跡の二年」と呼ばれる期間は'67年から'68年にかけてであり、ただし、'70年代後半に爆発的な"つげブーム"が起こると、逆に自らは創作から遠ざかり、その後、心身不調とノイローゼ(不安神経症)を繰り返す寡作の作家となります。

 この日記はちょうどそのブームが立ち上がった頃のもので、フツーに考えれば脚光を浴びたのを機会にどんどん新作を発表していけばいいのにと思われるところ、逆に過去の自作の売り上げが好調のために創作から遠ざかるというのがこの人の特徴です。これを指して水木しげるなどは彼のことを「怠け者」と評したりしていますが、例えば作品の発表が全く無かった'69年は、一体この人は何していたのかというと、専ら水木しげるの助手としての仕事だけを務めていたようです(水木しげるの言葉には、旧作が何度も取り上げられるつげ義春に対するひがみもあるのか? それとも師匠として激を飛ばしているのか?)。

 この日記を読むと、家族への想いと併せて、将来への不安、育児の苦労、妻の闘病と自身の心身の不調など尽きない悩みに直面する日々が私小説さながら赤裸々に描かれており、ああ、こんな精神状態では仕事にならんだろうなあ、編集者と打ち合わせしたりするだけでもしんどそう、という気がしました。

 また、日々の生活に中での漫然とした死への不安が感じられ、それは妻の手術入院や知己であった評論家の石子順造の壮絶なガン死などにより増幅され、自身の心身不調とノイローゼという形で顕在化していったようです。「病は気から」とも言いますが、やはり、芸術家という人の中には、その繊細さから、こうした気の病に憑かれてしまうタイプの人もいるのかもしれないと思わせるものでした。

 その後、一時持ち直したものの、'99年に奥さんが闘病の末ガン死したことで(日記の中では本人はガンの恐怖に怯える一方、奥さんは退院後はスポーツなどに打ち込んでいたのだが)、また心身不調に陥ったようです。そうした外的要因もあったかと思いますが、この人はもともと普段から気質的にそうした不安神経症的な面を持っているという印象を日記から受けます。そうした漠然とした不安と向かい合いながら、そこから自分を解き放つために作品を描いてきたのではないかと思ったりもしました。

劇画シリーズ 紅い花.jpg 読んでいて、自分の作品を映像化したものへの評価が厳しいのが印象に残りました。「紅い花」のドラマ版はあまり気に入ってなかったらしく、芸術祭参加でグランプリを獲ったことに対して「あの程度でグランプリとは意外なり。テレビ界の程度の低さを物語る」(昭和51年11月25日)と書いています。これは'76年4月3日にNHK「土曜ドラマ」の"劇画シリーズ"で放送された中の1作(70分)で、短編「紅い花」に加え、他のつげ義春の作品「ねじ式」「沼」「古本と少女」などのエッセンスをひとつのストーリーにまとめ上げたものでした(演出:佐々木昭一郎、脚本:大野靖子、音楽:池辺晋一郎、出演:草野大悟、沢井桃子、渡部克浩、宝生あやこ、嵐寛寿郎、藤原釜足ほか)。これが第31回芸術祭大賞を受賞したわけです。NHKのアーカイブで観る前から予想されたことですが、つげ作品を映像化することの難しさ示したような作品でもあったような気がします。
「劇画シリーズ 紅い花」('76年4月3日NHK「土曜ドラマ」)

 一方で、自分の作品そのものについても、池袋のデパートの古書店で自分の絵が10万円で出品されたと聞いて、「とてもそれほどの価うちがあるとは思えぬ」(昭和54年1月11日)と書いていて、ブームの中で当の本人は何となく冷めているのが可笑しかったです。

 病者の日記のような面もあり、読むのが辛くなるよるような記述もありますが、一方で、このようにどことなく飄々としたユーモアも漂っていたりして、結局のところ最後まで興味深く読めました。

 外から見れば、自分の作品のブームが到来しているのになぜ創作活動しなかったのか不思議でしたが、この日記を読んでみて、本人は結構たいへんだったのだなあというのが分かり(しようと思ってもできなかったということか)、貴重な記録に思えました。

「●つ つげ 義春」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1354】つげ 義春 『近所の景色/無能の人
「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

ラストの見開きが印象的な「海辺の叙景」。読んだことある作品でも時々読み返したくなる。

李さん一家・海辺の叙景  全集.jpg李さん一家・海辺の叙景 文庫.jpg  1I李さん一家.jpg
つげ義春全集 (4)』/『つげ義春コレクション 李さん一家/海辺の叙景 (ちくま文庫)
青林堂「月刊漫画ガロ」'66年9月号「古本と少女」
「古本と少女」 1966年9月号№25「ガロ」再掲 0.jpg古本と少女.jpg 筑摩書房版の全集の第4巻であり、「月刊漫画ガロ」1967(昭和52)年6月号発表の「李さん一家」、同年9月号発表の「海辺の叙景」など、1965(昭和40)年からから1970(昭和45)年発表の18作品を収め、この内14作品が「月刊漫画ガロ」に発表されたものです。

 作者の「ガロ」初登場作品は「噂の武士」('65年)ですが、その後、少し前の作品をリメイクして、「ガロ」に発表したり「噂の武士」の単行本化の際に加えたりしていて、それらに該当する作品が「古本と少女」('66年)、「不思議な手紙」('66年)、「手錠」('66年)、「蟻地獄」('67年)、「女忍」('66年)などです。「古本と少女」から「噂の武士」にかけてはストーリー主体で、「チーコ」('66年)、「初茸がり」('66年)もその系譜と言えますが、「」('66年)は、背景などに作者特有の幽玄さを帯びているコマがあるのが窺え、とりわけ「沼」は漫画表現における画期的な作品と位置付けられているようです。

 また、「通夜」('67年)は、コミカルな作品ではありますが、前作「初茸がり」の後'66年4月から約1年間、水木しげるのアシスタントをしながら新作は発表せずにいた期間があって、その後に発表された作品ということもあって、水木しげるの描法の影響を色濃く受けているのが興味深いです。それが、やがて、作者独自の描法として確立されていくことになるわけですが、本書で言えば、「通夜」以降、「山椒魚」('67年)、「李さん一家」('67年)、「蟹」('70年)、「峠の犬」('67年)、「海辺の叙景」('67年)の6作品が、その前の作品とまったく筆致の異なっていることが如実に窺えて興味深いです。

海辺の叙景last.jpg 表題作「李さん一家」は後の「無能の人」('67年)にも連なる作風で味わいがありますが(「蟹」は「李さん一家」の続編)、さらなる傑作はもう一つの表題作「海辺の叙景」でしょうか。ラストの見開きが印象に残ります。

 「山椒魚」「通夜」「海辺の叙景」「沼」「峠の犬」「初茸がり」「古本と少女」「チーコ」「噂の武士」は、先にも取り上げた『ゲンセンカン主人―つげ義春作品集』('84年/双葉社)にも所収されている作品ですが、全集の方も文庫化され入手しやすくなったこともあって、改めて手にした次第。つげ義春って、すでに読んだ作品を時折ふっと読み返してしてみたくなる数少ない漫画家です。
「海辺の叙景」

《読書MEMO》
『李さん一家/海辺の叙景―つげ義春全集4』
・古本と少女(1966年9月/12月)...1960年2月発表作品のリメイク
・不思議な手紙(1966年12月)...1959年2月発表作品のリメイク
・手錠(1966年12月)... 1959年8月発表作品のリメイク
・蟻地獄(1967年4月)... 1960年4月発表作品のリメイク
・女忍(1966年12月)... 1961年2月発表作品のリメイク
・噂の武士(1965年8月/1966年12月)..初稿を全面改稿
・西瓜酒(1965年10月)、運命(1965年12月)、不思議な絵(1966年1月)
・沼(1966年2月)
・チーコ(1966年3月)
・初茸がり(1966年4月)
・通夜(1967年3月)
・山椒魚(1967年5月)
・李さん一家(1967年6月)
・蟹(1970年1月)
・峠の犬(1967年8月)
・海辺の叙景(1967年9月)

「●つ つげ 義春」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3144】つげ 義春 『つげ義春日記
「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

"私小説"的なものを強く感じる。「自分の虚構化」を通して自身が作中人物になってしまった?

近所の景色/無能の人  .jpg 近所の景色/無能の人00_.jpg 無能の人.jpg  無能の人 映画.jpg
つげ義春全集 (8)』(1994/04 筑摩書房)/『つげ義春コレクション 近所の景色/無能の人 (ちくま文庫)』(2009/01)/『無能の人』['87年/日本文芸社]/竹中直人監督・主演「無能の人」(1991)

 1979(昭和54)年発表の「魚石」から1986(昭和61)年発表の「蒸発」まで10作を収めたもので、全8巻(+別巻)の筑摩書房版の全集の第8巻であり、"後期作品"ということになりますが、やはり、この人の作品でしか味わえない、最近の漫画では類型を見出し難い独特の雰囲気があります。

 漫画を読んでいるというより、小説を読んでいるという感じで、最初の「魚石」は、"時代もの"をとの版元の要請に応えるべく描かれ、魚石という不思議な石を巡る江戸時代の話が作中に織り込まれている分"物語"的であり、その後の「近所の風景」('81年)も在日朝鮮人の集落を背景とした"物語"ですが(初期作品「山椒魚」を思い出した)、以降の80年代の作品は、何れも"私小説"的なものを強く感じます。

 「散歩の日々」('84年)のラストの「 自分は売上金を三百円くすねた...」とか、この辺りはまだほのぼのとした雰囲気もありますが、その後の「ある無名作家」('84年)は、内容も暗いけれど、ラストの「ふと子供の頃義父にひどい仕打ちをうけたことを思い出した」というのも、暗いなあ(この暗さがいいのだが)。それに続くのが、「無能の人」('85年)に代表される"石屋シリーズ"です。

 主人公(最近漫画を描かない漫画家)や主人公が接する人々は、うらぶれて半ば世捨て人のように生きていて、但しそれは、人から尊敬されるような高邁な精神生活ではなく、家族を抱え、妻に愛想をつかされたりしながらも、生きる糧を求めながらのかつかつの生活をしているという―、表面的には暗いムードの話が多いのですが、一方で、敢えて時代に追従せず、自我を抑制して淡々と生きる生き方への作者の憧憬のようなものも感じます。

石を売る.jpg 主人公がいきなり「石屋」を始めるとか、かなり浮世離れしている感じもしますが、「石を売る」('85年)、「無能の人」に描かれている"売石業"にしろ、「カメラを売る」('86年)に描かれている中古カメラ屋にしろ、実際に作者が漫画家からの転身を図って試みた"商売"であるとのこと、但し、だからと言って、《主人公=作者》ということになるはずはなく、そこに自分自身の虚構化という作為があることは、作者自身も認めていますが(カメラ屋をやっていた頃の作者の写真を見ると、やけに朗らかで、作中の人物とイメージは異なる)、この作者の場合、自分の生活が本当に作品の主人公みたいになってしまう傾向があるのではないかという気がしなくもないです。
 
つげ義春全集.jpg 筑摩版の全集は'93年から'94年にかけて刊行されましたが、作者自身は、'87年の「別離」以降は作品を発表しておらず、今日まで長い沈黙を続けており、「無能の人」みたいな生活を送っているのかなあ(この全集も'08年から'09年にかけて全巻文庫化されているので、印税とかは入っているだろうけれど...)。
 
無能の人dvd.jpg 「無能の人」1991年、竹中直人監督・主演で映画化され、これは竹中直人の映画初監督作品でしたが、1991年ヴェネツィア国際映画祭で「国際批評家連盟賞」を受賞し、また竹中直人は、1991年度「芸術選奨新人賞」を受賞しています。
  
無能の人 [DVD]」出演 : 竹中直人/風吹ジュン/三浦友和
        
 無能の人ド.jpg
 
 【2009年文庫化[ちくま文庫(『近所の景色/無能の人―つげ義春コレクション8』)]】

単行本『無能の人』(1992年/日本文芸社)
無能の人 単行本.jpg《読書MEMO》
『近所の景色/無能の人―つげ義春全集8』
・魚石(1979年11月)...「時代もの」の話が作中に織り込まれている
・近所の景色(1981年10月)... 在日朝鮮人の集落が背景
・散歩の日々(1984年6月)... 2年半の空白期間の後に発表
・ある無名作家(1984年9月)... 作者の創作姿勢が反映されている?
・石を売る(1985年6月)..."石屋シリーズ"の最初の作品
・無能の人(1985年9月)...「無能」ということを意識した"石屋シリーズ"第2作
・鳥師(1985年12月)... 作者が出あった"鳥男"のイメージをもとに創作
・探石行(1986年3月)..."石屋シリーズ"第3作
・カメラを売る(1986年6月) ... "石屋シリーズ"の主人公が骨董カメラを売る話
・蒸発(1986年12月)... 書店主・山井のおき方を漂白の俳人・井月に重ねた作品

「散歩の日々」はCMディレクターの長尾直樹監督、豊川悦司主演、木村多江助演でテレビドラマ化された。

「●つ つげ 義春」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2372】 つげ 義春 『李さん一家/海辺の叙景
「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

年代で異なる作風。巻頭アルバムに窺える家庭人と逃亡者の二面性。

ゲンセンカン主人68.JPGゲンセンカン主人.jpg ゲンセンカン主人ku.jpg「ゲンセンカン主人」
ゲンセンカン主人―つげ義春作品集 (アクション・コミックス)

 '66(昭和41)年から'70(昭和45)年発表のつげ作品から12本を選んだもので、巻末に作品リストがあり、そちらは'83年までに発表・刊行されたつげ氏の全作品の年譜になっています。

ねじ式 (1968「月刊漫画ガロ」増刊号)/ (1966「月刊漫画ガロ」2月号)
ねじ式.bmpつげ義春 沼.jpg 本書の最初に出てくる、かの有名な「ねじ式」ほか、「山椒魚」「通夜」「海辺の叙景」「沼」「峠の犬」は、いずれも'66-'68年の作品です(発表誌はいずれも「月刊漫画ガロ」)。

月刊漫画 ガロ つげ義春特集 1968年No.47、1971年No.91.jpg 「沼」('66年)は、背景などはすでにつげ義春特有の幽玄さを帯びているコマがあるのが窺え、内容にも作者らしい叙情性はありますが、登場人物の絵は"永島慎二"風という感じで、「通夜」('67年)は、内容は軽妙ですが、背景絵のタッチがよりつげ作品らしい微細なものになっています。

 「やなぎや主人」('70年)は1年の休筆を経た後の作品。人も背景もリアルで暗いタッチになっています。「初茸がり」「古本と少女」「チーコ」「噂の武士」は、'65-'66年の初期のヒューマンタッチな作品群で、「噂の武士」('65年)は宮本武蔵の偽者を描いた時代物。独特の抒情性は見られず、ストーリー主体です。

「月刊漫画ガロ」つげ義春特集 1968年No.47、1971年No.91

ゲンセンカン主人4.jpgゲンセンカン主人 .jpg 最後の本書表題としても選ばれている「ゲンセンカン主人」('68年)は、極端に暗い作風で、主人公の旅人の顔もリアルになっています。個人的には、この「ゲンセンカン主人」と、休筆後の「やなぎや主人」に最も"つげ作品"らしさを覚えましたが、短い期間に結構作風が微妙に変化してるなあと、改めて感じました(「ゲンセンカン主人」は石井輝男監督により、1993年に同タイトルで映画化されており、内容は「李さん一家」「紅い花」などを含んでいる)。

「ゲンセンカン主人」

 巻頭に作者の写真アルバムがありますが、これだけ見ていても天才作家の「家庭人」と「逃亡者」の二面性が窺え、作品の発表年と対比しながら見るとたいへん興味深いものです(作者は時に、"家庭"に対しても"時代"に対しても、意識的に「逃亡者」であろうとした?)。
 
夏目房之介の漫画学.gif 『夏目房之介の漫画学』('85年/大和書房)の中に、'70年前後のマンガを読み返して、「こんなに疲れるとは思わなかった。水を含んだ雑巾みたいな気分だ」とあり、そのころは、林静一、佐々木マキ、真崎守などを中心に、安保闘争の時代を反映したり極端に前衛的だったりする作品が多かったようですが、「総じて青臭く、独特の過剰さに辟易する」と。そうした中で、「実際、今でも時に読みたいと思うのはつげ義春の旅行ものとか、水木しげるの浮世ばなれした作品ぐらい」と書いてありました。 

「●つ つげ 義春」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【696】つげ 義春 『ゲンセンカン主人
「○コミック 【発表・刊行順】」の インデックッスへ

巻末の"自分史"に照らしながら作風の変遷を見ると興味深い。

つげ 義春 『リアリズムの宿』.jpgつげ3039.jpgリアリズムの宿.jpg つげ義春.jpg 
リアリズムの宿―つげ義春「旅」作品集』(1983/07 双葉社) つげ義春 氏

リアリズムの宿 映画02.jpg '67(昭和42)年から'75(昭和50)年に発表されたつげ作品を「旅」というキーワードで括っていますが、傑作揃いで、巻頭のイメージ画も「旅」というテーマに沿って"つげワールド"を展開していて、とてもいいです。表題作「リアリズムの宿」は、その雰囲気を活かした映画にもなりました。

映画「リアリズムの宿」('04年)出演 : 長塚圭史/山本浩司/尾野真千子               

リアリズムの宿1.gif '93年から'94年にかけて筑摩書房から全集も出ていますが(全9巻)、全部揃えるまで出来なくとも、この1冊でかなり「つげワールド」が堪能できるような気がします(書版の大きさにこだわらなければ主要な作品は小学館文庫などでも読める(その後、筑摩版の全集はちくま文庫として文庫化された))。

 本書は作品の発表順に所収されていて、'67年作品が「李さん一家」「紅い花」「西部田村事件」の3作、'68年作品が「長八の宿」「二峡渓谷」「オンドル小屋」「ほんやら洞のべんさん」「もっきり屋の少女」の5作、'70年以降が「蟹」('70年)、「リアリズムの宿」('73年)、「庶民御宿」('75年)の3作であり、いずれも作者の代表作といっていい傑作です。巻末の"自分史"と併せて見ると、'67-'68年がいかに旺盛で充実した創作期であったかがわかります。

「リアリズムの宿」初出1973年11月「漫画ストーリー」(双葉社)

つげ3040.JPGつげ3043.JPG また最後の'70年代の2作「リアリズムの宿」と「庶民御宿」は作風がグッと暗くなっていて、旅人としての主人公の顔つきも、ボサボサ髪の無精ひげになっています。これは、この本には収められていませんが、「ゲンセンカン主人」('68年)「やなぎ屋主人」('70年)にも見られる作風です。ただし、'70年の「蟹」は、「李さん一家」の続編として作風も3年前のものを踏襲しています。

つげ義春全集 4.jpgつげ義春全集 5.jpg では、作品の発表が全く無かった'69年は、一体この人は何していたのでしょうか? "自分史"によれば、'69年は専ら水木しげるの助手としての仕事だけを務め、自作は発表していません。その年を挟む'68年との'70年作品に、異なる作風が交互に(一時的に昔の作風に回帰するかのように)表れていることになります。'70年後半に爆発的な"つげブーム"が起こると、逆に自らは創作から遠ざかり、その後、心身不調とノイローゼを繰り返す寡作の作家となります。

筑摩書房『つげ義春全集 (4)』 李さん一家 他/『全集 (5)』 赤い花 他

03リアリズムの宿.png1リアリズムの宿.jpg
「リアリズムの宿」 2003年映画化(監督:山下敦弘/出演:長塚圭史、山本浩司、尾野真千子)
                               
                         
                                  
  
リアリズムの宿 映画01.jpg「リアリズムの宿」予告

About this Archive

This page is an archive of recent entries in the つげ 義春 category.

陳 舜臣 is the previous category.

筒井 康隆 is the next category.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1