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残された短い時間でやるべきことをこなしていく逞しさはスゴイ。覚悟の問題か。
『無人島のふたり:120日以上生きなくちゃ日記 (新潮文庫 や 66-3)』['24年] 『無人島のふた 120日以上生きなくちゃ日記』['22年]
2021年に膵臓がんで58歳で亡くなった山本文緒(1962-2021)の闘病日記。ある日突然にがんと診断され、コロナ禍の自宅でふたりきりで過ごす闘病生活が始まった―。
2001年4月に膵臓がんと診断され、この時既にステージ4bで治療法はなく、抗がん剤で進行を遅らせることしか手は無かったとのこと。余命は4か月。著者は、抗がん剤治療で地獄のような体験をし、医師やカウンセラー、夫と話し合い、緩和ケアへの進むことにしたとのことです。
日記は2021年5月から始まり、第1章が5月24日~6月21日、第2章が6月28日~8月26日、第3章が9月2日~9月21日、第4章が9月27日~となっています。第4章は10月4日が最後で(その前が9月29日とやや間隔が空いている)、著者は2021年10月13日に亡くなっているので、亡くなる9日前まで書き続けたことになります(最後は「明日また書けましたら、明日」という言葉で終わっている)。
4月に余命120日と宣告されて、余命120日と言えば4カ月ですが、5月、6月、7月、8月、9月と日記を書き続け、目標の120日以上は生きたことになりますが、それでも、がん闘病日記としては残されていた月日はかなり短い部類であると思われます。
その間、死への恐怖や気持ちの揺らぎはありますが、残された短い時間でやるべきことをこなしていく逞しさはスゴイと思いました。抗がん剤治療を拒否しれいること自体もそうですが、相当な覚悟を決めないとこうはいかないのではないでしょうか。こんな時、女性の方が男性より強いのかなとも思いました。男性の方が、やり残したことを悔やんで絶望に浸り、やけくそ気味のまま亡くなってしまうことが多いかも。
7歳年上の唯川恵氏や4歳年下の角田光代氏など作家仲間の励ましも大きかっただろうと思いますが、やはり旦那さんの支えがいちばん大きかったのではないでしょうか。この旦那さん、日記にはさほど登場しませんが、タイトルがそのことを物語っているように思いました(タイトルは2021年8月12日時点での担当者打ち合わせで決まっていたとのこと。つまり、生前から決まっていたということだ)。
【2024年文庫化[新潮文庫]】
