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雑学系の読み物として楽しめた。

『辞書には載っていない⁉ 日本語 (青春新書プレイブックス P 1213)』['24年]
すし屋にいる「兄貴」と「弟」って誰のこと? 警察が使う「こんにゃく」「レンガ」って? 「タヌキ」な宿泊客の正体とは? 日本語の中には、隠語や業界用語、洒落言葉など、仲間内だけで通じる合い言葉のようなものがたくさんあります。そんな日本人も意外と知らない日本語の由来を紐解くと、言葉の面白さ、奥深さが見えてきます。つい人に話したくなるネタが満載の一冊(版元口上)。
全5章構成の第1章は、お客には知られたくない飲食店の隠語。「アニキ」というのは先に仕入れた食材のことだそうですが、鮨屋なんかで聞いたことないなあ。「ヤマ、カワ」がそれぞれ品切れ、おすすめ品の隠語であるというのも知らなかった。「出花、あがり」は何となく分かる。最初に出すお茶とあとで出すお茶のこと。ただし、「出花」はともかく、「あがり」は客もよく使う言葉ではないか。「ショッカー」が覆面調査員を指すとはね。
第2章は、"中の人"だけに通じる言葉(隠語という意味ではみなそうだけど)。「川中さん」が百貨店で万引きがあったときの隠語で、「買わなかった」からだそうですが、実際にそういう名前の人が客にいるかもしれないなあ。「天ぷら」は外見と中身が異なること、「ネギ」は客からの苦情で、九条ネギに懸けたらしい。「タヌキ」が素泊まりの客を指すのは「夕(食)抜き」だから。「こんにゃく、レンガ、座布団」は警察が使う札束用語。座布団、1億円かあ。
第3章は、密かに楽しむために編み出された言葉。「もみじ、ぼたん、さくら」が鹿肉、猪肉、馬肉。もみじは花札にも「もみじに鹿」がある。猪肉が「ぼたん」を指す理由は定かでないが、肉を皿に並べた様子がぼたんの花に似ているからではないかとのこと(それしか考えられないのでは)。「鉄砲」がフグを指すのはあたるからで、「てっちり」も「鉄砲のちり鍋」の略。「たこあげ」はもともと「いかのぼり」または「いかあげ」だったそうだ。大人が熱中しすぎて事故が起き、「いかのぼり禁止」となったため「たこあげ」と称したと。お坊さんも好きな「水鳥(すいちょう)は「氵(さんずい)」+「酉(とり)」で...。
第4章は、「ゲン担ぎ」から生まれた言葉。「あたりめ」がするめである由来が博打(擦る・当たる)なのは結構知られているのでは。「ありの実」が梨、「ヨシ」が葦(あし)なのも同じ理屈。ヨシという植物があるが、アシもヨシも同じ植物だそうだ。「卯の花」がおからであるのは、辞書にも載っているのでは。「から=空」を忌避したらしい。「お開き」が終わり、解散を指すのも「終わる」を忌避したわけか。
第5章は、知っていると一目置かれる言葉。「十三里」がサツマイモを指すのは栗(九里)よりうまいから。「春夏冬中二升五合」が「商いますます繁盛」(そう言えば「二升五合 (にしょうごんごう)」という居酒屋がある)、「キセル」が中抜け不正乗車、「薩摩守」が無賃乗車を指すのもよく知られているところ。「ゲラ」は、組んだ活字の保管箱がガレー船に似ていることに由来するのかあ。「ノンブル」はナンバーのフランス語読み。臨場感あふれることを表す「シズル」は食材を焼いたときに出る音から。
朝日新聞デジタル連載「街のB級言葉図鑑」(2023年10月21日)春夏冬二升五合 飯間浩明
第6章は、ちょっと使ってみたくなる言葉。「つばなれ」は人数が10人を超えたことを指すが(1から9まではひとつ、ふたつと「つ」がつくが10はつかないため)、「うちの子はようやく『つばなれ』しました」というと10歳になったことを示すとのこと(でも、このセリフを聞いたことがないなあ)。「ケツカッチン」なんて普通に使っているのでは。由来は映画などで使うカチンコ。「金星」も誰もが知る角界用語でしょう。
軽い雑学系の読み物として楽しめました。ちょっと物足りない感じもありますが、あまりたくさんあったところで頭に入らないかも。「つい人に話したくなる」というのは確かにそうかもしれません。
《読書MEMO》
●個室居酒屋「二升五合 (にしょうごんごう)」




「虹のアーティスト」として知られる靉嘔(あいおう、本名:飯島孝雄)の個展が、東京・千駄木のギャラリー五辻で今月['24年12月]中旬まで開かれているようで、1960年代の作品から、今年制作した作品まで22点が並ぶとのこと。2012年に東京都現代美術館で個展がありましたが、気づいたときには終わっていて(3か月もやっていたのに)、今回も行けるかどうか分からないので、取り敢えず図書館で過去の作品集である本書を借りました。
本書はその1954年から1979年の作品を収めたもので、23歳から48歳の頃の作品になりますが、このアーティストの原点を知ることができるように思いました。一目で虹=靉嘔とわかるほど、その作風は昔から独創的でオリジナリティは強烈ですが、特に初期作品は、抽象的にストレートに虹色を押し出す作品が多いように思いました。これが1980年代に入って「ルソーに捧ぐ」のようなアンリ・ルソーの作品をモチーフにしたものなど、具体的なオリジナルがあってそれを虹色化した作品が見られるようになりますが、引き続きアブストラクトな作品も並行して生み出しています。
さらに、今回の個展でも展示されている2002年の作品(無題)は、虹のように七色を配置するのではなく、それぞれの色のインクを飛び散らせるようにして描いたりもしており、90歳を過ぎて新しい画風に挑戦し続けているというのもスゴイことだと思います。
結果的に、今のところ(本書を含め)どの作品集を見ても、靉嘔というアーティストが辿ってきた道のり全てを1冊で網羅したものはなく、これは現役アーティストであるからには仕方のないことでしょう(だから、個展に行って最新作を観る意味があるのだろう)。ただし、この靉嘔に関しては、2000年に阿部出版より本書とほぼ同様の体裁で、第2弾とでも言うべき1982年から2000年までの全版画作品438点をオールカラーで収録した『虹・虹―靉嘔版画全作品集 1982-2000』が刊行されています。