2024年11月 Archives

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「古典期」前後(先古典期・後古典期)も解説。多くのピラミッドの詳しい説明も。

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図説 マヤ文明.jpg
図説 マヤ文明 (ふくろうの本/世界の歴史)』['20年]

 巨大ピラミッド群や特異な世界観を持つマヤ文明の国家、都市、生活、宗教や経済を解説したもの。時代区分に沿って解説され、「ふくろうの本」であるため図版も豊富です。章立てに沿っての時代区分は大体以下の通り(因みに、マヤとは同系の言語を話す「王国」の集団であり、マヤという国家があったわけではない。本書では一部、「メソアメリカ文明」といった言い方をしている)。

  第1章 古代メソアメリカ文明(人類の米大陸入植~前2000頃)
  第2章 古代都市の誕生―先古典期
          先古典期前期(前2000頃~前1200/1000年)
          先古典期中期(前1200/1000年~前400年)
  先古典期後期(前400~後250年)
  第3章 王たちの台頭―古典期(後250~950年)
  第4章 つながる世界―後古典期
          古典期終末期(後800~950年)
          後古典期前期(後950~1250年)
          後古典期後期(後1250~スペイン入植前)
以下、
  第5章 マヤの戦争―計算された戦い
  第6章 ピラミッドを掘る
と続きます。

 古代メソアメリカ文明については、人類がアジアからベーリング海峡を渡って移動してくるところから説き起こしています(従来考えられていた、約1万3000年前に北米大陸の無氷回廊から徒歩で渡って来たという「陸路説」に加え、北海道から千歳列島、カムチャッカ半島、アリューシャン諸島経由で来たという「海路説」を挙げている)。

 そのことはともかく、古代都市が誕生した先古典期から古典期を経て後古典期までを幅広く取り上げ、各期ごとに丁寧に解説しているのが本書の特徴であり、「古典期」に重点が置かれがちな従来の解説書に対するアンチテーゼとも言える構成になっています。また、その間に様々な国が乱立し、戦国時代のような政治・戦争・文化交流・貿易や貴族の台頭などの中で、国々が栄え、宗教や建築など様々な要素が各国に広まり相互的に文明が発展していったことが窺えます。

 もう一つは、章末でそれぞれに時代の遺跡(ピラミッド)を紹介していて(先古典期1、古典期4、後古典期6)、その説明がかなり詳しくなされているのが特徴です。今まで大体同じように見えていたピラミッドが、時代や場所によってかなりバラエティに富んでいることを知りました。

 因みに、マヤ文明の滅亡の原因は諸説あってよく分かっていないというのを以前に何冊かの本で読みましたが、ここで言うと時期的には「古典期」マヤ文明の「崩壊」ということになります。ただし、一般的に言う「古典期マヤ文明の崩壊」とは、低地南部の衰退を指し、マヤ高地や低地北部は含まれないそうです(含まれるならば「後古典期マヤ文明」は存立しなくなる)。

 そして、古典期におけるマヤ低地南部の衰退の原因は、人口増加による食生活の過密化や、頻繁な戦争による政治の不安定、土地が見放されたことによる荒廃、民衆が王を信頼しなくなったことなど、どれか1つの原因ではなく、これらが複合的な因子となったと考えるのが一般的であるとしています(個人的には、ずっと「謎」だと思っていたので、少しスッキリした)。

 前述の通り、図版が豊富でカラー写真も多いので、それらを楽しみながら読める本でもありました。

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ビジュアル天文学史。天文学と美術の合体。半分「美術書」? しかし文章も良い。

宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人.jpg 宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人 .jpg ブルック゠ヒッチング.jpg
宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人 世界があこがれた空の地図』['20年]Edward Brooke-Hitching

宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人1.jpg 主な著者に『世界をまどわせた地図』『世界をおどらせた地図』(日経ナショナル ジオグラフィック社)がある、英国王立地理学協会フェローにして「不治の域に達した地図偏愛家」であるという著者が、今度は、星図、観測機、絵画、古文書などの美しい図版で天文学の歴史を解説しています。ビジュアル天文学史といったところでしょうか。

 もともと古美術コレクターである著者が、博物館やコレクターが所蔵する数々の美麗な図版を紹介しながら、古代から現代までの天文学の歴史を「古代の空」「中世の空」「科学の空」「近代の空」の4章にわたって語っていきますが、著者は天文学者ではないため専門上どうThe Sky Atlas.jpgなのかなと最初は思いましたが、読んでいくうちに引き込まれました。

 解説そのものは内容的にはオーソドックスですが、天空図をはじめ図説と並行した解説に特徴があり、また、読ませる文章でした。翻訳も良かったのかもしれません(原著タイトルは「The Sky Atlas(「空の地図」)」(サブタイトル「The Greatest Maps, Myths and Discoveries of the Universe」)であり、それを「宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人」をタイトルとし、サブタイトルとして「空の地図」の前に「世界があこがれた」と入れたわけだ)。
The Sky Atlas: The Greatest Maps, Myths and Discoveries of the Universe』['19年]

宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人11.jpg宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人1-2.jpg 「古代の空」では、先史時代の天文学から始まって、古代バビロニア、古代中国、古代エジプト、古代ギリシャのそれぞれの天文学を解説した上で、天球説やプトレマイオスの宇宙論に入っていきます(普通の本は空想に満ちた古代の宇宙論は回避し、あるいは軽く触れただけで、ここから始まるのが多いが)。

宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人1-3.jpg 「中世の空」では、イスラム天文学が台頭し、それがヨーロッパの天文学の土台となったことが分かりやすく解説されています。また、ここでも、「天上の海」など当時の人々が思い描いた様々な宇宙像を図説で紹介しています(本書の表紙に使われる16世紀のフレスコ画などもその1つ)。

宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人2-1.jpg 「科学の空」では、コペルニクス、ティコ・ブラーエ、ヨハネス・ケプラー、ガリレオ・ガリレイといった現代天文学の礎を築いた超有名な先人たちが登場する一方、月の地図を作ったヨハネス・ヘヴェリウスの業績なども紹介されていて、「空の地図」というテーマに沿ったものとなっています。

宇宙を回す天使、月を飛び回る怪人2-3.jpg 「近代の空」では、観測の鉄人ウィリアム・ハーシェルが登場しますが、彼を支えた妹のカロリン・ハーシェルのことは初めて知りました。その息子ジョン・ハーシェルは、月の生命体がいると確信していたのかあ。これも初めて知ったし、パーシヴァル・ローウェルという人は火星人の存在を信じていたようです。こうした真実と異なる方向に行ってしまった先人も取り上げているのも、本書の特徴です。海王星や冥王星の発見の話は、物語的で面白いです。

 そして、アインシュタイン、ルメートル、ハッブルが登場しますが、ハッブルが宇宙膨張の概念を発表する2年前に、ルメートルが提唱し、さらに、今で言うビッグバン理論に当たる「原始的原子の仮説」も提唱しています、このことは多くの天文学入門書でも書かれていて、先に読んだ物理学者の三田一郎氏(素粒子物理学)の 『科学者はなぜ神を信じるのか―コペルニクスからホーキングまで』('18年/講談社ブルーバックス)でも触れていました(ルメートルは名声に頓着しなかった。ルメートルも三田一郎氏も聖職者である)。

 全体を通して、〈天文学と美術の合体〉とでも言うか、大袈裟に言えば半分「美術書」といっても差し支えないような本です。でも、文章も良い(少なくとも難しくはない)ので、是非読んでみてほしいと思います。

《読書MEMO》
●目次
はじめに
古代の空 先史時代の天文学/古代バビロニア/古代中国の天文観測/古代エジプトの天文学/古代ギリシャ/天球説の登場/プトレマイオスの宇宙論/ジャイナ教の宇宙観
中世の空 イスラム天文学の台頭/アストロラーベの発明/イスラム天文学がヨーロッパに広まる/ヨーロッパの天文学/天文学の新時代/天上の海/宇宙をこの手に:ぜんまい仕掛けと印刷技術/天文現象:その1 メソアメリカ
科学の空 コペルニクスが起こした革命/ティコ・ブラーエ/ヨハネス・ケプラー/ガリレオ・ガリレイ/デカルトの渦動説/月の地図を作ったヨハネス・ヘヴェリウス/ニュートンの物理学/ハレー彗星
近代の空 ウィリアム・ハーシェルとカロリン・ハーシェル/小惑星の名付け親/ジョン・ハーシェルと月の生命体/海王星の発見/まぼろしの惑星ヴァルカン/分光法と宇宙物理学の幕開け/天文現象:その2 パーシヴァル・ローウェルが火星の生命を探る/惑星Xの探索と冥王星の発見/星の分類で活躍したピッカリングの女性チーム/新たな宇宙像:アインシュタイン、ルメートル、ハッブル/20世紀の画期的大発見と未来
あとがき/主な参考文献/索引/謝辞/図版・地図クレジット

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今見ても「未来的」。見ていて楽しいし、資料としても貴重。

真鍋博 本の本』.jpg真鍋博 本の本2.jpg 真鍋 博  .jpg
真鍋博 本の本』['22年](21 x 14.8 x 3.3 cm) 真鍋 博(『S-Fマガジン』1963年8月号(早川書房)より)
 イラストレーター・エッセイストとして活躍した真鍋博(1932-2000/68歳没)による、星新一や筒井康隆らの小説をはじめとする書籍装幀から雑誌の表紙まで、974点を収めたものです。 作家・担当編集者による貴重な証言も掲載されています(筒井康隆、豊田有恒、最果タヒ、榎本俊二らが寄稿)。2022年に生誕90周年を迎えたことを記念しての刊行のようです。全484ページ。「書籍 第一部」「「書籍 第二部」「教科書・教材」「雑誌」「業界紙・広報誌」「真鍋博自著」の6章構成となっています。

 第1章と第2章の「書籍 第一部」「書籍 第二部」で全体のおおよそ3分の2を占めます。「書籍 第一部」には、早川書房、新潮社、東京創元社など13の版元の本の、真鍋博が手掛けた表紙が紹介されていいて、名を挙げた3社分だけで100ページ以上になります。第2章の「書籍 第二部」では、角川書店や文藝春秋など30余社の版元の本が紹介されてます。このように版元別になっているので、整理がついて分かりやすいです。

真鍋博 本の本3ハヤカワ.jpg 早川書房が点数が多いのは、「ハヤカワ・ミステリ文庫」のアガサ・クリスティー作品の表紙をほぼ全部手掛けていることが大きいと思われ(観音開きの状態で全冊88冊を一覧できるようレイアウトされている)、加えてコナン・ドイル作品なども手掛けています。さらに、ポケットサイズの「ハヤカワ・SF・シリーズ」で、レイ・ブラッドベリの『火星年代記』、フィリップ・K・ディックの『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』ハヤカワ・ノヴェルズ  『時計じかけのオレンジ』真鍋.jpg真鍋博装幀画稿「ティンカー、...」2 - コピー.jpgや、小松左京、星新一、筒井康隆作品などを、また、単行本の「ハヤカワ・ノヴェルズ」でアントニイ・バージェスの『時計じかけのオレンジ』やジョン・ル・カレの『ティンカー、テイラー、ソルジャー、スパイ』の表紙なども手掛けています。

真鍋博 本の本4新潮.jpg真鍋博 本の本4新潮2.jpg 新潮社は、「新潮文庫」での星新一や筒井康隆作品の表紙が懐かしいです。掲載されている新潮文庫の表紙デザインは、この二人の作家の本で占められています。筒井康隆作品は、中央公論社の単行本でも表紙を手掛けており、星新一との結びつきの強い真鍋博 本の本5中公2.jpgイメージの下に隠れがちですが、筒井康隆との縁の深さを感じます。小松左京なども含めSF作家の作品の表紙を手掛けることが多かったのは、筒井康隆がその画風を「未来的」と評していることからも分かりますが、今見ても「未来的」であるのがスゴイと思います。

真鍋博 本の本6創元推理.jpg 東京創元社は、やはり「創元推理文庫」で、エラリー・クィーン、ヴァン・ダイン作品はほぼすべて手掛けているほか、アーサー・C・クラークやレイ・ブラッドベリの作品の表紙も手掛けています。

 「雑誌」で手掛けている点数として多いのはやはり「ミステリマガジン」の表紙でしょうか。このあたりまでは大体知っていましたが、後の方になると、こんなのも手掛けてていたのかと、意外だったものもありました。

 見ていて楽しいし、資料としても貴重だと思います。こうして見ると、絵柄だけでなく、全体のデザインが計算されているように思われます。真鍋博による本の表紙絵をたっぷり堪能できる本です。

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真鍋博 本の本4クリスティ.jpg

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科学史(物理学史)の本として分かりやすい。表題に関してはややもやっとした感じか。

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科学者はなぜ神を信じるのか コペルニクスからホーキングまで (ブルーバックス 2061) 』['18年]

 宇宙や物質の究極のなりたちを追究している物理学者が、なぜ万物の創造主としての「神」を信じられるのか? それは矛盾ではないのか? 物理学史に偉大な業績を残したコペルニクス、ガリレオ、ニュートン、アインシュタイン、ボーア、ディラック、ホーキングらが神をどう考えていたのかを手掛かりに、科学者にとって神とはなにかを考えた本です。

 因みに著者の三田一郎氏は、あの2008年のノーベル物理学賞の受賞に繋がった「小林・益川理論」(2003年)の実証に貢献する論文をその22年前の1981年発表したした素粒子物理学者であるとともに、カトリック教会の助祭、つまり聖職者でもあります。

 科学史、とりわけ物理学を中心にその発展の歴史が分かりやすく解説されていて、宇宙論も含めた話であるため、コペルニクスどころか、ピタゴラスやアリストテレスから話は始まり、ガリレオやニュートンへと進んでいきます。その間に、天動説を唱え、裁判にかけられたガリレオ、同じく天動説を唱え、自説を曲げず火あぶりの刑に処せたれたブルーノなども出てきて、科学の進歩が神の存在そのものを危うくしていく時代に入っていきますが、それでもュートンなどは、神だけが彼にとって信じ得る絶対的なものであったといいます。

 そして、アインシュタイン。その相対性理論を分かりやすく解説するとともに、コペルニクス、ガリレオ、ニュートンも宗教者であったが、アインシュタインもそうであったと。ただし、彼にとっての神は、ほかのすべての根底にある「第一原因」のことをいい、自然法則を創り、それに沿って世界と人間を導くものであったようです。

 アインシュタインに続くボーア、ハイゼンベルグ、ディラックらの業績も紹介するとともに、彼らの宗教観にもそうした傾向が見られることを指摘し、最後に、著者が本書を執筆中になくなったホーキングの業績が紹介されていますが、彼についても同様です。彼らの内部では矛盾はないのかもしれませんが、一般的なキリスト教などの神のイメージとは異なる宗教観に思われます。

 著者の信仰からか、冒頭でユダヤ教とキリスト教について説明し、ユダヤ教とキリスト教の神を「神」とするとする前提でスタートしたかに見えましたが、読み終えてみれば、「創造主たる神」として「神」をもっと広義に捉えているようにように感じました(そうしないと、アインシュタイン以降はみんな無神論者になってしまうからか)。

 全体としては科学史のテキストとして読める分、宗教に関する部分はコラム的な括りになっていて量的にあまり多くなかったし、記述が少ない分、科学者が「なぜ」神を信じるのかについては、もやっとした感じになってしまったように思えました。(自分の中での)結論的には、科学者が信じる神は、創造主たる神であり、人格神ではないということでしょう。

 科学者が創造主たる神を信じる理由は、原因と結果の連鎖のメカニズムはわかっても、なぜそうしたメカニズムが存在するのか、原因と結果の連鎖の「存在理由」を巡る疑問が残るためであり、現代の叡智をもっても答えられない点については、「神がそのように世界を作ったのだろう」と考えたり、ある人は「世界の原初こそが神であろう」と考えたりした結果、科学者の多くが創造主たる神の存在を必要としたのではないかと思います。

小柴 昌俊.jpg益川敏英00.jpg 最終章で、著者自身の信仰について述べるとともに、2002年に超新星爆発による宇宙ニュートリノの検出でノーベル物理学賞を受賞した小柴昌俊氏(2020年に亡くなった)に「三田君、宗教がないほうが世界は平和だよ」と言われたことや、2008年にノーベル物理学賞を受賞した益川敏英氏(この人も2021年に亡くなった)が、「神を信じている者は、自然現象に対して疑問を持ち、説明しようとすることを放棄している」という「積極的無宗教」であったことも紹介しています。

 このように、自身が聖職者でありながら、また、この本のタイトルが「科学者はなぜ神を信じるのか」でありながらも、さまざまな考え方の科学者がいることに触れているのは公平感がありました。その上で、「科学と神は矛盾しない」というのが著者の結論です。個人的にはセンス・オブ・ワンダーという言葉を想起しましたが、神的な存在を信じながらその説明を目指した科学者らによって現代の科学の基礎が築かれたのは間違いのないことで、本書が科学史のテキストのような体裁をとることは「むべなるかな」といったところでしょうか。

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「スポーツマン金太郎」の始まり部分を知った。寺田は面倒見の良さと人間嫌いの両面の人か。

『寺田ヒロオの世界.jpg寺田ヒロオの世界.jpg
少年のころの思い出漫画劇場 寺田ヒロオの世界』['09年]

 寺田ヒロオのスポーツマンガがよみがえる。スポーツマン金太郎、背番号0、暗闇五段などをエッセンスで掲載。「トキワ荘」のリーダー格で、通称「テラさん」の知られざる素顔を多数の資料から探究する―(版元口上)。第1章から第3章で、寺田ヒロオのスポーツ漫画の代表作「背番号0」「スポーツマン金太郎」「暗闇五段」を抜粋掲載。第4章でその他主要作品を紹介し、第5章は「寺田ヒロオの世界」として、梶井純、寺田ヒロオ自身、手塚治虫、藤子不二雄Ⓐ、鈴木伸一らの文章で寺田の素顔に迫る内容となっています。

スポーツマン金太郎1-9.jpg 読む人の年齢によっても思い入れのある作品は異なってくるかもしれませんが、個人的にはやはり「スポーツマン金太郎」でしょうか。'59(昭和34)年3月17日、「週刊少年サンデー」創刊号(4月5日号)から連載を開始し、'63(昭和38)年まで239回続いた、寺田ヒロオ作品の代表作中の代表作です('09年にマンガショップより「少年サンデー」に連載された全239話と別冊に掲載された読み切り全12話を収録した初の完全版(全9巻)が復刊された)。

 個人的にも「懐かしい」と言いたいところですが、自分がリアルタイムで読んだのは、学年誌「小学四・五・六年生」に'65(昭和40)年4月号から'68(昭和43)年3月号まで36回にわたって連載された、「少年サンデー」掲載作のダイジェスト作品でした。さらにその後、「小学二年生・三年生」に '69(昭和44)年から'70(昭和45)年まで13回連載された児童向けに改変された作品(球団名が「東京ゴールド」といった架空のものとなっている)があり、こちららは'12年にマンガショップより学スポーツマン金太郎9.jpg年誌版(「寺田ヒロオ全集10」)として復刊されています。
スポーツマン金太郎〔完全版〕 第一章【上】 (マンガショップシリーズ 294)』『スポーツマン金太郎〔完全版〕 第一章【中】 (マンガショップシリーズ 295) 』『スポーツマン金太郎〔完全版〕 第一章【下】 (マンガショップシリーズ 296) 』['09年]『スポーツマン金太郎 学年誌版―寺田ヒロオ全集10 (マンガショップシリーズ 454) 』['12年]

 本書にエッセンスが掲載されている「週刊少年サンデー」版は、地元(おとぎの国?)で桃太郎のチームを相手に草野球をしていた金太郎が、プロ野球選手になるために上京するところが描かれていて興味深かったです。この後、後楽園球場で川上コーチに出合って入団テストをしてもらい、巨人の選手になったということのようです(巨人軍入団の経緯は学年誌版にもあったかもしれないが、記憶に無い)。

 一方、桃太郎はグランド・ボーイとして西鉄に入り、三原監督の入団テストを受けて西鉄ライオンズの登録選手となり、初試合でリリーフ登板し、相手を三者凡退に打ち取って投手デビューを果たします。同じ日、金太郎は、阪神の新人投手・村山からフェンス直撃のランニングホームランを打つといった具合に、この漫画は長嶋・王を含め実名選手が出てくるのが特徴です。

章説 トキワ荘の青春 .jpg「トキワ荘の青春」p0.jpg 寺田ヒロオが最も活躍したのは30年代からこの頃ぐらいまででしょうか。ただし、「トキワ荘」のリーダー格として、後に大家となる漫画家たちの無名時代を支えたという功績も大きいと思います。この点は、石ノ森章太郎の『章説 トキワ荘の青春』や、市川準監督(原案:梶井純)の映画「トキワ荘の青春」('96年)でも知ることができます(寺田ヒロオは本木雅弘が演じた)。

 しかし、寺田ヒロオ自身は作品面で、正統派児童漫画だけ書き続ける作風が、時流から取り残される形になり(映画「トキワ荘の青春」でも、本木雅弘演じる寺田が、藤子や石ノ森、赤塚らの後輩を年長者としてサポートしていく中、徐々に時流から取り残されていく姿が描写されている)、どんどん寡作となっていき、1973年には漫画業そのものから完全に引退、引退後は、トキワ荘時代の仲間とすらほとんど会わなくなって、晩年は一人自宅の離れに住み、母屋に住む家族ともほとんど顔を合わせることはなかったそうです

 朝から酒を飲み、奥さんが食事を日に3度届ける生活を続けていましたが、1992年9月24日に朝食が手つかずに置かれたままになっているのを奥さんが不審に思い、部屋の中に入ったところ、既に息絶えているのが発見されたとのこと。藤子不二雄Ⓐは寺田の死を別のところで「緩慢な自殺」と形容していました。

 このことは、本書における藤子不二雄Ⓐの文章にも表れていて、寺田が亡くなる2年前、藤子・F・不二雄、鈴木伸一、石ノ森章太郎と4人で寺田の自宅に行き、歓待されて宴会となったが、終了後、去ってゆく仲間たちにいつまでも手を振り続け、あとで奥さんから聞いた話では「もう思い残すことは無い」と家族に話したとのこと。翌日、礼を伝えるため、寺田宅に電話をかけると、奥さんが出て「今日かぎり寺田はいっさい電話に出ないし、人にも会わない、といってます」と。

 非情に面倒見がいい側面と人間嫌いな側面の両方を持った人だったのでしょうか。

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リアルで美しい絵と分かりやすい解説。最後にちょっとだけ遊び。

絶滅生物図誌0.jpg絶滅生物図誌.jpg 絶滅生物図誌2.jpg
絶滅生物図誌』['18年]
チョーヒカル氏
チョーヒカル jwave.jpg 本書は、古代から現代までの絶滅生物70種を「水の生き物」「有翼の生き物」「陸の生き物」の3つに分け、リアルで美しい絵と分かりやすい解説で見開きごとに1種ずつ紹介した図鑑です。つい最近まで生存していた生き物も多く含まれており、「古生物図鑑」と「絶滅生物図鑑」をミックスしたような感じでしょうか。絵はチョーヒカル氏、文は森乃おと氏になります。

チョーヒカル 作品.jpg チョーヒカル(趙燁)氏は2016年、武蔵野美術大学を卒業。人体などにスーパーリアルなペイントをする作品で注目され、海外でも話題になっている人物で、先月['24年10月]20日にも、J-waveの女優の吉岡里帆がパーソナリティーを務める「UR LIFESTYLE COLLEGE」にゲストで出ていました。本書ではシュールリアリズムではなく(笑)リアリズムで描いています。2018年かあ。彼女は2019年から留学のためアメリカ・ニューヨークに引っ越し、以来、ニューヨークが創作拠点になっています。今だったら多忙過ぎて受けられない仕事かもしれません。

絶滅生物図誌3.jpg 森乃おと氏の本職は俳人ですが、動植物、自然などを中心に研究もしているとのこと。それぞれの生き物のキャッチコピーが分かりやすく、また、愉しいです。
  
 第Ⅰ部「水の生き物」編では「カンブリア紀の絶対王者」アノマロカリスや「5つの眼(まなこ)と象の鼻」オパビニア、「トンガリ帽子の肉食ハンター」カメロケラス、「海を支配した鉄仮面」ダンクレオステウス、「神秘の美しきら船体」アンモナイト、「優しい獣は、はやく死ぬ」ステラ―ダイカイギュウ、などが紹介されています。

絶滅生物図誌6.jpg絶滅生物図誌4.jpg 第Ⅱ部「有翼の生き物」編では、開翅70cmの大トンボ「メガネウラ」、狩りつくされた史上最大の鳥」ジャイアントモア、「不思議な国のノロマな鳥」ドードー、「50億羽から0羽になったハト」リョコウバト、「まるで夢のような青い蝶」セーシェルアゲハ、などが紹介されています。

 第Ⅲ部「陸の生き物」編では、「3mもある古代ムカデ」アースロプレウラ、「羽毛の生えた恐竜王」ティラノサウルス、「ワニを呑み込む巨大ヘビ」ティタノボア、「立て......!立つんだ、ルーシー!」アウストラロピテクス、「人類が狩った、毛むくじゃらのゾウ」ウーリーマンモス、「家ほど大きなナマケモノ」メガテリウム、「独立軍の旗印になったクマ」カリフォルニアハイイイログマ、「嫌われ者もなった奇妙な「オオカミ」」フクロオオカミ、などが紹介されています。

 本を手した人はキャッチだけで文章を読みたくなるし、本を手にしていない人は、チョーヒカルの絵を見たくなるのではないでしょうか。

絶滅生物図誌5.jpg 第Ⅳ部はコラムとして、「絶滅危惧種」を10種紹介するほか(チンパンジーやアカウミガメがこれに含まれる)、「化石」「絶滅植物」もそれぞれ10種紹介しています。そして、さらにここから8ページほど、チョーヒカルによる"遊び"的なコーナーになっており、「絶滅生物の料理レシピ」(絶滅生物を素材とした料理)10種と「絶滅生物のファッション雑貨」(絶滅生物を材料とした装身具や鞄、衣類など)10種といった具合に、「妄想逞しい」世界に入っていきます。
  
SUPER FLASH GIRLS 超閃光ガールズ』['15年/雷鳥社]趙燁(著)/ 佐藤克秋(写真)
超閃光ガールズ1.jpg超閃光ガールズ2.jpg 随分と真面目に描いているなあと思ったら最後にちょっとだけそうした遊びがあり、これも悪くなかったです。そう言えば、チョーヒカルが「ボディーペイント、トリックアートを中心に活躍する、人気の現役女子大生アーティスト」として注目され始めた頃、最初の作品集『SUPER FLASH GIRLS 超閃光ガールズ』('15年)を刊行したのが本書と同じ雷鳴社であり、版元とは気心が知れているのかもしれません。

『絶滅生物図誌』原画展(2018 調布市・手紙舎)
絶滅生物図誌図1.jpg
絶滅生物図誌t1.jpg絶滅生物図誌ステラーダイカイギュウのミルクシェイ.jpg絶滅生物図誌 アンモナイトのロールケーキ.jpg
ステラーダイカイギュウのミルクシェイク/アンモナイトのロールケーキ
  
   
   
  
《読書MEMO》
●目次
はじめに Prologue
絶滅と進化の歴史

I 水の生き物 AQUATIC ANIMALS
アノマロカリス......カンブリア紀の絶対王者
オパビニア......5つの眼とゾウの鼻
オットイア......悪食なのにキレイ好き?
ハルキゲニア......カンブリアの海の幻
ピカイア......芯を通して生きてゆく
カメロケラス......トンガリ帽子の肉食ハンター
アランダスピス......カブトを被った最初の魚
ダンクレオステウス......海を支配した鉄仮面
ヘリコプリオン......ミステリアスな渦巻く歯
サンヨウチュウ......3億年を生き抜く世渡り上手
ディプロカウルス......川底のブーメラン頭
ヘノドゥス......私はカメではありません
クロノサウルス......大アゴの海のティラノサウルス
アンモナイト......神秘の美しき螺旋体
パキケトゥス......ヒヅメを持ったクジラの祖先
ステラーダイカイギュウ......優しい獣ははやく死ぬ
チチカカオレスティア......聖なる湖の黄金の魚
イブクロコモリガエル......可愛いわが子は胃袋の中で
オレンジヒキガエル......消えたコスタリカの宝石
ヨウスコウカワイルカ......長江の女神を探せ

II 有翼の生き物 WINGED ANIMALS
ミクロラプトル・グイ......4枚の翼をもつ羽毛恐竜
ディアトリマ......恐鳥の束の間の栄光
ジャイアントモア......狩りつくされた史上最大の鳥
ハーストイーグル......時速80㎞で急降下するハンター
エピオルニス......飛べなかったロック鳥
ドードー......不思議の国のノロマな鳥
タヒチシギ......南洋の島での静かな絶滅
オオウミガラス......元祖ペンギン最後の日
セーシェルアゲハ......まるで夢のような青い蝶
スティーブンイワサザイ......猫に発見され猫に滅ぼされた小鳥
ホオダレムクドリ......ファッショントレンドになった神聖な鳥
リョコウバト......50億羽から0羽になったハト
ワライフクロウ......夜の森に響く怪しい高笑い
カロライナインコ......羽飾りにされた北米のインコ
ゴクラクインコ......美しさは悲劇のはじまり
ヒースヘン......アンラッキーなソウゲンライチョウ
バライロガモ......愛されピンクは罪のいろ
グアムオオコウモリ......業深き名物グルメ

III 陸の生き物
アースロプレウラ......3mもある古代ムカデ
コティロリンクス......でっぷり太って小顔はキープ
ティラノサウルス......羽毛の生えた恐竜王
コリフォドン......でっぷり太って小顔をキープ
ティタノボア......ワニを呑み込む巨大ヘビ
アンドリューサルクス......手がかりは史上最大の上アゴ
カリコテリウム......ウマの顔してナックルウォーク
プラティベロドン......顔面シャベルのへんてこゾウ
アウストラロピテクス......立て...! ...立つんだ、ルーシー!
マクラウケニア......ダーウィンを悩ませた不思議な生き物
ジャイアントバイソン......角幅2m! 筋骨隆々のバッファロー
スミロドン......剣のような牙をもつ「古代トラ」
ウーリーマンモス......人類が狩った、長い毛の生えたゾウ
ケブカサイ......マンモスの忠実なる友
グリプトドン......徹頭徹尾の鉄壁ガード
メガテリウム......家ほど大きなナマケモノ
ディプロトドン......巨大すぎるコアラの先祖
メガラダピス......ゴリラのようなキツネザル
オーロックス......ラスコー洞窟に描かれた野生ウシ
ブルーバック......輝く青き毛並みをもつ獣
クアッガ......馬車をひいた半身シマウマ
カリフォルニアハイイログマ......独立軍の旗印になったクマ
フクロオオカミ......嫌われ者になった奇妙な「オオカミ」
ウサギワラビー......ハイ・ジャンプならおまかせ
ブタアシバンディクート......変な足をした喧嘩好き
ボリエリアボア......楽園に棲んでいたヘビの受難
ピレネーアイベックス......絶滅からのクローン再生第一号
シフゾウ......隠されていた皇帝の神獣
索引

IV コラム COLUMNS
絶滅危惧種
化石
絶滅植物
絶滅生物の料理レシピ
絶滅生物のファッション雑貨
大きさ比べ

絶滅をめぐる6つのキーワード
おわりに Epilogue
参考文献

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NHKスペシャルの書籍化。番組で知ったことの復習・深耕になって良かった。

NHKスペシャル恐竜超世界.jpg NHKスペシャル 恐竜超世界 d.jpg  NHKスペシャル恐竜超世界2.jpg
NHKスペシャル 恐竜超世界』['19年]「NHKスペシャル 恐竜超世界 BOX [DVD]」『NHKスペシャル 恐竜超世界2』['23年]
NHKスペシャル「恐竜超世界」(出演:上白石萌音)2019年7月[全2回]
NHKスペシャル「恐竜超世界」.jpg 2019年7月放送のNHKスペシャル「恐竜超世界」(全2回)の内容を書籍化したもので、最新の研究で新たに明らかになった恐竜の生態を、高精細な4KCGを基にした豊富なビジュアルで再現しています。監修は、陸編が人気の恐竜学者・小林快次氏、海編がモササウルスの専門家・小西卓哉氏です。内容的には「陸編」「海編」「日本編」に分かれています。

「恐竜超世界」 デイノケイルス.jpg「陸編」では、恐竜界の聖地と言われるモンゴルの恐竜たちや、モンゴルでその巨大な全身骨格の化石が見つかったデイノケイルス(全長11m)を取り上げています。この恐竜には歯が無く、食べ物は植物で、ただし、手で魚を獲ったともされています。また、その卵の化石は見つかっていないものの、母親は最大で45㎝にもなる卵を30個から40個産み、3か月にわたって温め続けたとされてて、卵を奇麗に円形に並べた様子はテレビでもやっていました(にわとりは卵を温めるがトカゲは卵を温めない。鳥に近いのか)。また、デイノケイルスには羽毛があり、羽毛は恐竜にとて恐竜大躍進の原動力となり、羽毛のお陰で北極圏へも進出したとしています。

ティラノ モサ.jpg 「海編」では、巨大生物が泳ぐ海の世界を再現しています。遊泳恐竜スピノサウルスは、あのティラノサウルスをも上回る史上最大級の肉食恐竜ですが(全長15m)、そのスピノサウルスが海で泳ぎだした途端、突如、巨大海生爬虫類プリオサウルス(首長竜)によって海の中に引き込まれ、抵抗を試みるも敵わない。さらに白亜紀も後期になると、パワー、知能、遊泳能力などあらゆる面で最強のハンター、モササウルスが現れる(テレビではティラノサウルスを狙うモササウルスをやっていた。迫力満点! 因みに、モササウルスは胎生である)。

 番組ディレクターの植田和貴氏が本書で紹介している、モササウルスの研究に没頭し、16歳の時に日本地質学会の小中高生の部で研究成果を発表して優秀賞を受賞するも17歳で癌で亡くなった宮内和也さんのエピソードが印象に残りました(これは初めて知った)。

 番組で知ったことの復習・深耕になって良かったですが、この後、昨年['23年]3月「恐竜超世界2」が放送され、『NHKスペシャル 恐竜超世界2』として書籍化されました。ティラノサウルスやトリケラトプスとは違った生態系を生み出した南半球、謎の大陸ゴンドワナの異形恐竜や巨大恐竜たちの生態と運命を、同じく高精細なCGを基にした豊富なビジュアルで再現しています。ゴンドワナは恐竜誕生の地との説もあり、隕石衝突を生き延びた恐竜の存在も示唆されています(監修は小林快次氏と地球惑星科学の杉田精司氏)。
 
Nスぺ 恐竜2.jpg 特に後半の、「恐竜絶滅」の定説とされる隕石説に対して、小林快次氏が「恐竜絶滅の謎は完全に解明されていない」と語っているのが興味深いです。杉田精司氏によれば、隕石は斜めに衝突し、火球が北米に進み、そこで暮らしていた恐竜は一瞬にして消滅したと。また、隕石でできた巨大クレーターに海水が入り込み、それが溢れて巨大津波となって北米南部・南米北部を襲い、さらに、巻き上げられた塵の再落下で森林火災も起きたと。ただし、小林氏はそれでも、恐竜には避難所があったのでないかとしています(例えば南極圏。当時、南極には植物があったという)。小林氏は世界的な恐竜学者であるだけに、この説には世界が注目しているようです。

NHKスペシャル 恐竜超世界japan.jpg この2冊の刊行の間に、'22年3月に放映された番組をベースとし、番組ディレクターの植田和貴氏が著し、小林快次氏らが監修した、『NHKスペシャル 恐竜超世界 IN JAPAN』('22年/日経ナショナル ジオグラフィック)という、日本の恐竜に特化した本もあり、こちらもお薦めです。恐竜王国と言えば福井ですが、福井以外にも恐竜の化石が見つかっているところが結構あるのを知りました(「丹波竜」で知られる兵庫県の丹波とか。立派な博物館もある)。

NHKスペシャル 恐竜超世界 IN JAPAN (NATIONAL GEOGRAPHIC)』['22年]

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読者の質問に3人の泰斗が答える『物理質問箱』、図説が豊富な『物理現象を読む』。

物理質問箱 物理現象を読む.jpg物理質問箱.jpg  物理現象を読む.jpg
物理質問箱: はて、なぜ、どうして (ブルーバックス 305)』['76年]/『物理現象を読む―身近な出来事を見直し、考えよう (1978年) (ブルーバックス)

 読者の質問に答える本。日常、当然だと見過ごしているような事柄に対して疑問をもち、探究してゆくことから科学がはじまる。「地球はなぜ丸いのか」「宇宙に果てはあるのだろうか」「ガラスはなぜ光を通すのか」「鏡にうつる像はなぜ左右だけ反対になるのか」「虹はどうして半円形になるのか」。素朴なだけに本質的でやっかいなこのような質問に、それぞれの専門家が回答する―。(『物理質問箱』版元口上)

 『物理質問箱』は、ブルーバックス編集部が読者に「科学に関する質問」を編集部に寄せるようお願いしたところ、それに応えて約1200名から総数およそ4000もの質問が寄せられ、その際に、物理関係に質問が特に集中したため、物理関係に絞って本にしたとのことです。96の質問を選んで、3人の専門家が回答しています。

 その3人とは、都筑卓司(1928年生まれ。東京文理大物理学科卒業。横浜市立大学物理学科教授。大学では一般物理と量子力学を講義。『四次元の世界』や『マックスウェルの悪魔』などの著書でブルーバックスの著書多し)、宮本正太郎(1912年生まれ。京都大学理学部宇宙物理学科卒業。京都大学理学部教授、同附属花山天文台台長を経て、京都大学名誉教授。専門は太陽物理学、惑星天文学、恒星分光学だが、特に月に関する研究では国際的に有名。ブルーバックス『宇宙とはなにか』ほか著書多数。1992年逝去)、飯田睦治郎(1920年生まれ。日本大学工業化学科卒業。気象研究所予報研究部主任研究官を経て、現在、(株)ウェザーニューズ気象研究センター所長。『気象の未来像』ほか著書多数)。

 天文関係を宮本正太郎、気象関係を飯田睦治郎。その他を都筑卓司という役割分担。宮本正太郎は国際的にも有名な学者で、飯田睦治郎は素人に対するわかりやすい解説には定評があり、都筑卓司も『四次元の世界』や『マックスウェルの悪魔』などのブルーバックスの著書が多い人。まさに「泰斗」3人が並んだ印象で、昔読んで解説が分かりよかった印象がありますが、それは今読んでもかわりません。

物理質問箱2.jpg 「まだ分かっていない」としていることも多いです。質問25で「地球の気候は今後熱くなるのですか、寒くなるのですか」との問いに、「熱くなるのか、寒くなるのかまったくわからない」というのが現状としています。「チコちゃんに叱られる!」図1.jpgまた、問28の「セメントはなぜ水を加えないとかたくならないのですか」との問いにも、「正直なところ、このことについては現在でもはっきりした説はないのである」としていますが、コレ、昨年['23年]12月9日放送のNHK「チコちゃんに叱られる!」でやっていたのではないでしょうか(あの番組は結構な割合で最近判明したことを紹介している)。

イラスト:ウノ・カマキリ

 『物理現象を読む』の方は、下に挙げた目次でも分かるように、またサブタイトル通り、「身近な物理現象」について解説してくれています。こちらも『物理質問箱』同様、一般の人にも分かりやすいようにと数式はほとんど使わず、その代わり、力学、波動(音・光学)、電磁気、原子などについて、その現象を説明するための簡単な実験とか身近な現象を豊富な写真や解説図付きで説明してくれています。

 著者は物理学者の藤井清(1922年生まれ。東京文理大物理学科卒業。和光大学の物理と情報科学の教授)と中込八郎(1921年生まれ。東京高等師範学校卒業。物理現象の写真を撮る専門家)。

物理現象を読む2.jpg カラーの折り込みを含め、ほとんどの見開きページに図説があり、実際に物理実験をする機会が無いような人(高校物理の授業を受講中の生徒や理科系の専門学生を除いては、ほとんどがそうではないか)には、大いに理解の助けになるかと思います。

 共に昭和50年代の前半の刊行という古い本ですが、「新書」版でありながら、今読んでも参考になる部分が多いというのは、ブルーバックスというレベールの質の高さを表しているとも言えます。

《読書MEMO》
●『物理現象を読む』目次
1 あなたは、アリストテレス派?それともガリレイ派? - 運動の法則の追求
2 基本的な運動の観察 - マルチストロボ写真の見方
3 静止衛星のからくり
4 身のまわりの力学問題を解こう
5 スポーツの科学
6 動物の動き四題
7 "目にもとまらぬ"現象を見る
8 水と空気
9 光の足跡を追う-幾何光学の話
10 光の正体-波動光学入門
11 色を見るページ
12 音の世界
13 静電気現象
14 電気と生活-磁気作用
15 原子の世界をさぐる

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江戸時代の武士には介護休職制度が、さらにそれより古くから高齢者介護はあった。

武士の介護休暇2.jpg武士の介護休暇.jpg
武士の介護休暇: 日本は老いと介護にどう向きあってきたか (河出新書) 』['24年]帯装画:岡添健介

 医療が未発達であった昔、日本ではどのように高齢者介護に取り組んできたのか? 本書は、武士の介護休暇制度があった江戸時代を中心に、近世以前のわが国の介護の歴史を解き明かした本です。

 第1章では江戸時代の高齢者介護を取り上げており、冒頭では介護休暇を取って親を介護していた武士の例が出てきます。江戸幕府は「看病断(かんびょうことわり)」という介護休業制度を整備しており、多くの藩でも同様の制度があったとのことです。また、親への孝心は当時の武士の持つべき徳目とされており、女性ではなく男性が介護の中心的役割を担ったそうです。

 江戸時代の介護については武士・非武士を問わず史料が比較的充実しており、それは、当時の善行とされた行為に「孝行」や「忠孝」が含まれ、親や雇い主を介護したケースが表彰の対象として『孝義録』といった史料に残されているためであるとのことで、それはまた、統治者にとっては、治安が上手くいっていることのアピールでもあったようです。

 第2章では、江戸時代の「老い」の捉え方を見ていきます。概ね江戸期を通して幕府は70歳以上を隠居年齢にしており(今より高い水準とも言える)、94歳まで働いた武士もいたそうです。一方、井原西鶴などによれば、町民における望ましい人生は、50代後半頃の隠居が成功者の理想で、40代あるいはもっと若くして隠居するケースもあったようです(江戸時代版「FIRE」か)。

 第3章から第5章にかけては、江戸時代より前、古代~中世期の介護の実情に迫っています。昔から高齢者は一定割合でいたことが判っていますが、7世紀の終わりに導入が進められた律令制度のもとでは、61歳以上が高齢者に該当し、若い人ほどの労働力がないと見なされる一方、高齢者は尊敬の対象でもあったとのことです(第3章)。

聖徳太子.jpg 第4章では、古代~中世期の要介護の要因となった病気として、認知症、脳卒中などの例を史料・物語で紹介しています(これは現代の要介護の二大要因と同じ)。ちなみに、高齢者以外も含めた要援護者に対する公的なケアの始まりは、西暦593年に聖徳太子が大阪・四天王寺に置いた今で言う病院・福祉施設(療病院と悲田院を含む「四箇院(しかいん)」。他に寺院そのものである敬田院、療病院は薬局にあたる施薬院から成る)が最初とされるとのことで、今から1400年も前に、ささやかながらも公的なケア・サービスが存在したことに驚かされます。一方で、身寄りのない高齢者の介護・看取りやその最期の悲惨な例も紹介されています。

 第5章では、古代~中世期の数ある「姥捨て物語」の類型を示して、姥捨てという介護放棄が実際にあったのかどうかを考察し、なかったとは言いきれないものの、物語としては孝行物語として帰結しているものが多いとしています。その上で、当時の人々が高齢者ケアに向かう考え方や価値観=倫理を探り、そうした倫理が作用しなかったときに、高齢者が見放される事態が生じたとしています。

 最終の第6章では、引き続き江戸時代についてもこうした考察を試み、江戸時代に身寄りのない高齢者はどう介護されたかを述べ、「五人組」などの地域で高齢の要介護者を支える制度や、幕藩による高齢者の救済制度が紹介されています。結論として、当時の人々を高齢者ケアに向かわせた価値観として、①老親や主人への「情」の論理、②まずは家の中で対応する「家」の論理、③家で対応できない場合の「地域」の論理、④幕府の儒教・朱子学強化施策を背景とした「儒」の論理を挙げています。

 江戸時代、さらにはそれより古くから高齢者介護というものはあったということを知ることができたとともに、当時の人々を高齢者ケアに向かわせた価値観には(介護放棄につながる要因も含め)、現代にも通じるものがあることを感じました。たいへん面白く読めました。

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余命宣告を受けた資産運用の専門家が説く、お金より大事なもの。

がんになってわかった お金と人生の本質.jpg
お金と人生の本質.jpg  がんになってわかった お金と人生の本質2.jpg
山崎 元(2024.1.1、65歳没)『がんになってわかった お金と人生の本質』['24年]
大江英樹(2024.1.1、71歳没)『90歳までに使い切る お金の賢い減らし方 (光文社新書) 』['23年]

お金の賢い減らし方1.jpg 最後の1秒まで幸福は追求できる。その真実をつづった遺稿を特別収載。最期の時間でたどり着いた「人生の最終原理」とは―(版元口上)。2022年の夏に食道癌が見つかった経済評論家(専門は資産運用)の著者が、癌の各局面にあっての考え方や意思決定について述べたもの。お金よりも大事なことにどうやって気づくか、限られた時間をいかに生きるかを説いています。因みに著者は、先に取り上げた 『90歳までに使い切る お金の賢い減らし方』('23年/ 光文社新書)の著者の経済コラムニスト・大江英樹(1952-2024/71歳没)氏と同じく、今年['24年]1月1日に65歳で亡くなっています。

 第1章では、著者がステージⅢの食道癌を宣告されたときのことが書かれています。因みに、著者は、日頃から人間ドックに入ったり、健康診断を受けることをしてなかったそうですが、本書執筆時点では」「損得勘定だけでも検査は受けるべし」との考えになっています(ましてや著者の場合、食道癌を心配するに十分なだけの飲食習慣があった。ウィスキーをストレートで飲み続けると、それなりに食道癌のリスクは高まると、自分で書いている)。

 また、情報を拾うか捨てるか制限しないと、身が持たないともしています。利害関係にない好意的な医療専門家を探すこと、5年生存率の見当を付けること、治療方針を決めることが重要であるとしています。また、医師の話しぶりなどから「この医師は信頼できる」と思えたことは治療にもプラスだったが、自身の専門においては「そんなもの見ても役に立たないよ」と言ってきたことから「癌患者と投資初心者は似ている」としているのが面白いです。

 第2章では、がん保険には自分は入っていたが、振り返ってみれば、治療費は貯金で間に合い、高額療養費制度(+健保組合の上乗せ給付)があり、がん保険は要らなかったとしています。かかった分のほとんどは、自身のQOLのために払った1日4万円の差額ベッド代だけです。この点については、自分もまったく同じような経験をし、公立病院であったこともあり、差額ベッド代も1日1万円程度で、がん保険には入っていましたが、請求しませんでした(請求すれば「支出」より「収入」の方が多くなったのだが)。

 ただ、このがん保険不要論に関しては、いろいろと反論もあるようです。著者のような年収3000万円の人ならともかく貯えや収入の少ない人や無い人の場合はどうか、がんの種類によっては効果のある薬はあるが、薬価が日額で何万円もするほど高額で、経済的理由から治療を諦める患者が少なからずいること、若くでまだまだ生きて働きたい患者ならば、生きている間ずっと医療費がかかり続ける可能性あること、などがその理由です。ただし、著者も、がん保険を全否定しているわけでなく、安心ではなく、必要性で判断すべきだとしています。

 第3章では、癌になって癌になって分かった、どうでもいいことと大切なことについて書いています。頭髪が抜け落ちる問題については、悩ましい問題ではあるが、こだわりを捨てればコストが節約できる例だとしています。また、地位的競争から降りることの幸せを説いています。増え続けた持ち物もできるだけ減らし、衣類は、極論すれば夏冬一着だけでいいと。

 著者は、癌の再発で「持ち時間」というもの意識するようになったといいます。「仕事は10年に一度リニューアルせよ」と言っています。これが、癌の再発で、2年間の活動期間で何をすべきか、半年しか保障できないと森永卓郎2024.jpg言われてどうするか、このあたりはまさに著者の実体験であり、切迫感があります。仕事を減らしてばかりいては元気が出ないとしています。癌闘病中の経済アナリストの森永卓郎(1957年生まれ)氏(2025年1月逝去)などは、本を出したりYouTubeなどによく出ていたりして、この路線ではないでしょうか(そう言えば山崎元氏もYouTubeなどによく出ていた)。それから、自分が会いたい人だけに会うとも述べています(ご尤も)。

 第4章では「山崎式・終活のセオリー6箇条」を説いています。それを纏めると、①なるべく長く働く、②住居は縮小し、モノを減らしてシンプルに暮らす、③便利な場所に暮らす、④介護が必要になったら、施設へ、⑤相続は、本人のアタマがしっかりしているうちに、明確に決める、⑥お墓・お寺と縁を切って、弔いはシンプルに、の6つです。

DIE WITH ZERO2020.jpg 第4章では、お金より大事なものにどうやって気づくかを説いています。お金に関するアドバイス(お金に感情を振り回されない、運用に思い入れを持ち込まない、予想と希望を混同させない)などは、さすが専門家の金言とも言え、さらに、ビル・パーキンスの『DIE WITH ZERO』 ('20年/ダイヤモンド社)を引いて、お金は「増やし方」よりも「使い方」こそが大切だとしています(この本、『90歳までに使い切る お金の賢い減らし方』でも参照されていた。影響力"大"!)。「FIRE」に対し"守銭奴"型であると疑念を呈し、「幸せになるには、他人の好かれる人間になるのが近道」と結論づけています。お金の損得よりも、自分が持っている「信用」の方が大切だとも言っています。

 この著者のこれまでの読者には、お金をどうやって増やすかという方法論的観点から著者の本を手にした人が多かったのではないでしょうか。その著者が最期にお金より大事なものにどうやって気づくかを説くことになったのは、自らが癌による余命宣告を受けたためとは言え、皮肉と言えば皮肉なこと。ただし、こうして本になって世に出たのは良かったと思います。

●著者プロフィール
山崎元(やまざき・はじめ)
山崎元(やまざき・はじめ).jpg経済評論家。専門は資産運用。1958 年北海道生まれ。東京大学経済学部卒業後、三菱商事に入社。野村投信、住友信託、メリルリンチ証券、楽天証券など12 回の転職経験を持つ。連載記事やテレビ出演多数。著書に『全面改訂 第3版 ほったらかし投資術』(水瀬ケンイチとの共著、朝日新書)、『超改訂版 難しいことはわかりませんが、お金の増やし方を教えてください!』(大橋弘祐との共著、文響社)、『経済評論家の父から息子への手紙――お金と人生と幸せについて』(Gakken)など。2024 年逝去。

《読書MEMO》
●本書の内容
第1章 癌患者と投資初心者は似ている
 ステージIII、「真面目な癌患者になろう」
 情報を、拾うか、捨てるか
 上機嫌な癌患者でありたい
第2章 がん保険はやっぱり要らなかった
 治療にかかったお金はいくら?
 「不安に対処する」ための保険は賢くない
 加入していい保険の条件
第3章 癌になって分かった、どうでもいいことと大切なこと
 悩ましい頭髪の問題
 わが物欲生活と身辺整理
 再発、意識する持ち時間
 癌患者には親切にしないで
第4章 山崎式・終活のセオリー6箇条
 最晩年の住まいと介護を考える
 お金を守る超合理的相続対策
 「墓なし・坊主なし」のわが家の弔いルール
第5章 お金より大事なものにどうやって気づくか
 〝善意の愉快犯〞として生ききる
 お金は「増やし方」より「使い方」こそ大切だ
 「幸福」を決めるたった一つの要素
 「お金より大事なもの」にどうやって気づくか
最終章 癌の記・裏日記

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90歳までに使い切ると思っても71歳で亡くなることも。使い切ることの難しさを考えさせられた。

お金の賢い減らし方1.jpg お金の賢い減らし方2.jpg お金の賢い減らし方 p.jpg
大江 英樹(2024.1.1、71歳没)『90歳までに使い切る お金の賢い減らし方 (光文社新書) 』['23年] 
山崎 元(2024.1.1、65歳没)『がんになってわかった お金と人生の本質』['24年]

がんになってわかった お金と人生の本質.jpg 今年['24年]1月1日に71歳亡くなった経済コラムニスト・大江英樹(1952-2024)氏の本。急性森永卓郎2024.jpg白血病の入院から退院しリハビリに励んでいることを公表していましたが...(奇しくも同じ日に、大江氏と並んで金融経済教育における二大巨頭ともされる経済評論家の山崎元(はじめ)(1958-2024)氏も食道がんにより65歳で亡くなっている。そう言えば、経済アナリストの森永卓郎氏(1957年生まれ)もがん闘病中である(2025年1月逝去)

DIE WITH ZERO2020.jpg 大江英樹氏は、大手証券会社で個人資産運用業務や企業年金制度のコンサルティングなどに従事して定年まで勤務し、2012年に独立後は「サラリーマンが退職後、幸せな生活を送れるように支援する」という理念のもと、資産運用やライフプラニング、行動経済学に関する講演・研修・執筆活動を行ってきたとのこと。本書は、日本版『DIE WITH ZERO』ともいえる本で、お金を貯め込んだって天国に持って行けるわけではなし、幸せのために生きているうちにお金を使わなくては意味がないということを伝えています。
  
 第1章でお金に対して人々が持っているタテマエとホンネ、勘違いを紐解くことかえら始めています。「投資の儲けは不労所得」という思い込みは一般にはあるだろうなあ。

 第2章では、お金の歴史とお金の持つ役割について解説しています。金融経済教育は著者の本分ですが、お金の役割は①取引と決済、②価値の尺度、③価値の保存、に加え、「感謝の表明」であるとしている点が著者らしいです。

 第3章では、お金を増やしたいという呪縛を解明していきます。お金を貯め込む理由として、漠然とした「老後不安」というのはやはりあるのでしょうが、著者はそれが"過剰"なのは良くないと。お金の価値を「死」から逆残して菅家よとして、人は死ぬ時にいちばんお金を持っているというデータを示し、イソップ寓話の「アリとキリギリス」の逆説的解釈を示していますが、この辺りは『DIE WITH ZERO』の流れとぴったり重なります。

 第4章では、お金の賢い減らし方として、①好きなことにお金を使う(何事にも受動的なサラリーマン脳を捨てよと)、②思い出にお金を使う(モノ消費よりコト消費。旅は人生そのもの)、③人にお金を使う(他人に投資する。偽善でも自己満足でもかまわない)、④価値にお金を使う(世の中に無駄なものなど何もないので、無駄使いしても構わない。でも、「見栄」や「義理」でお金を使うのはやめる)を挙げています。

 第5章では、お金に人生を支配されないようにするためにはどうすればよいかを説いています。ある意味、お金よりも大切なものは世の中のもすべてで、お金より優先すべきに事柄として、①時間、②信用、③健康、④幸福感の4つを挙げ、その理由を述べています。

 いい本ですが、個人的には『DIE WITH ZERO』を先に読んでしまったので、重なる部分が多い分、インパクトはやや弱かったかも。著者自身は、「自分が持っているお金は、なるべく90歳までに使い切ってしまおうと思っています」と書いていますが71歳で亡くなってしまった...。「使い切る」ことの難しさを考えさせられます。

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熊野三山巡りをすることになり読んだ。行く前に勉強になった。

IMG_20241110_095701.jpg熊野古道.jpg 
熊野古道 (岩波新書 新赤版 665)』['00年]
熊野古道(中辺路)大門坂(2024.11.10撮影)

 ゆたかな自然に懐深く抱かれた聖地,熊野.「蟻の熊野参り」という言葉どおり、人々は何かに引きつけられるように苦しい巡礼の旅を続けた。中世の記録から、上皇の御幸や一般庶民の参詣のようす、さらに熊野信仰の本質,王子社成立の謎等にせまり,長年の踏査経験をふまえて,この日本随一の古道の魅力を語り尽くす―(本書口上より)。

 グループで熊野三山巡りをすることになり本書を読みましたが、行く前に勉強になりました。全3部構成の第Ⅰ部で、中世からの熊野詣の変遷を歴史的に検証してその意味を考え、第Ⅱ部では、熊野詣の作法と組織を検討することにより、熊野信仰の解明を試み、第Ⅲ部では、著者自らが踏破した熊野古道を紹介しています(因みに、熊野古道ユネスコの世界遺産に登録されたのは2004年で、今年['24年]はその20周年にあたる)。

 第Ⅰ部では、熊野の中世史を扱っています。聖地である熊野に対する信仰は、平安時代には「熊野御幸(ごこう)」と呼ばれた上皇や女院の参詣によって脚光を浴びるようになったとのことです。因みに、熊野詣とは、熊野三山を参詣することを言い、熊野詣が盛んになる平安時代後期に、本宮・新宮・那智が一体化して熊野三山と呼ばれるようになりますが、古くは別々の神であったと考えられるようです。

 1088年に白河上皇が高野山へ参詣してから院政期に熊野詣は大流行し、上皇の熊野詣に際しては貴族が先達(道案内人)を務めたこともあって、当時の様子を伝える記録は結構残っているようです(その貴族の中にも自らも熱心に参詣する者がいて、その記録も残っている)。藤原定家が記した上皇の参詣の記録は、その代表的なものになります。

発心門王子.jpg 第Ⅱ部では、参詣の目的や作法について解説しています。熊野信仰の特徴は「神仏習合」(平安末期の浄土信仰の流行から明治政府による「神仏分離」政策の前まで)であり、参詣の目的は、病気の平癒など現世的なものと、極楽浄土に行きたいという来世的なものの両方があったようです。また、熊野古道の中辺路などに祠(ほこら)などのような形で多く見られ、その数の多さから九十九王子とも呼ばれる「王子」は一体何のためのものか、道中の休憩所だとか熊野三山を遙拝する場所だとか諸説あるようですが、著者は儀式を行う場ではないかとしています。「王子」は熊野権現の分身あるいは熊野権現の御子神とされていますが、その原型は、熊野詣が盛んになって王子が成立する以前からそこにあった道祖神のような神々だったのではないかとしています。
発心門王子(中辺路)

熊野詣.jpg また、参詣の数を競う傾向もあったようです。それにしても、後白河上皇の34回(本書ではこの回数を通説としている)というのはスゴイね。よほど極楽往生したかったのか、西暦1160年から1191年までほぼ毎年行っていたようです(そう言えば、今年['24年]ちょうどNHK大河ドラマで「光る君へ」をや本郷奏多「光る君へ」花山天皇.jpg「光る君へ」藤原道長役「柄本佑」.jpgっており、その中であったかどうかは知らないけれど、藤原道長が時の上皇・花山(かざん)法皇の熊野詣を、収納の時期であったこともあり、反対し中止になったという話もあったそうです(本書23p。西暦999年11月のことである)。

2024年NHK大河ドラマ「光る君へ」花山天皇(本郷奏多)/柄本佑(藤原道長)

 第Ⅲ部では、熊野古道の歩き方を、著者自身の経験をもとに指南しています。この辺りはガイドブックに任せた方がいいのではないかとの声も聞こえてきそうですが、著者の解説をガイドの話でも聞くように読むのも悪くないと思います。
 
 因みに、グループでの熊野三山巡りの大まかな旅程は以下の通り。3日間で三山(本宮・速玉・那智)を巡りますが、古道歩きは2日目の発心門王子~熊野本宮大社と、3日目の大門坂~熊野那智大社・青岸渡寺・那智の滝で、いずれも中辺路になります。

■第1日
東京    8:09発JRのぞみ
名古屋   9:45着
      10:01発JR南紀
新宮    13:37着
     13:46発バス
熊野本宮大社前  14:37着
熊野本宮大社 参詣
熊野本宮大社前  16:40発バス
中辺路 2.jpg 川湯温泉着 16:48着
 
■第2日 
川湯温泉 9:00ホテル発
熊野本宮大社前  バス
発心門王子
 古道(中辺路)を歩く(約3時間)
熊野本宮大社
熊野本宮大社前 12:15発バス
熊野速玉大社前  13:10着  
熊野速玉大社 参詣
熊野速玉大社前  14:45発
紀伊勝浦駅
勝浦温泉着
 
■第3日
大門坂 那智の滝.jpg 紀伊勝浦駅   9:05発
大門坂     9:24着
 古道(中辺路)を歩く(約2時間)
熊野那智大社・青岸渡寺・那智の滝 参詣
那智の滝駅前   14:34発バス
紀伊勝浦駅   14:58着
        15:35発リムジンバス
南紀白浜空港  17:30着
南紀白浜空港   18:20発JAL
羽田空港    19:30着

《読書MEMO》
■第1日 熊野本宮大社(2024.11.8)
IMG_20241108_150003.jpg

熊野本宮大社旧社地 大斎原へ向かう道
IMG_20241108_155739.jpg

■第2日 熊野古道(中辺路)発心門王子~本宮大社(2024.11.9)
1731561943575.jpg

IMG_20241109_120437.jpg

熊野速玉大社
IMG_20241109_144132.jpg

■第3日 熊野古道(中辺路)大門坂(2024.11.10)
IMG_20241110_094514.jpg

熊野那智の滝(ご神体に当たり、これにより三山を巡ったことに)
IMG_20241110_115847.jpg

2日目の「発心門王子~本宮大社」が「初級コース」、3日目の「大門坂~那智大社」が「中級コース」との触れ込みで、確かに大門坂から表参道にかけての階段はきつかったが、むしろ発心門王子~本宮大社間の前半の下りが、後から脚に効いてきたとの声もあった。

「●宇宙学」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【958】 鈴木 敬信 『恒星宇宙99の謎

今読み返しても色褪せていない。壮大なスケールの話を愉しめた。

一万年後 (カッパ・ブックス).jpg一万年後.jpg
一万年後 上 宇宙に移住する人類 (カッパ・ブックス)』『一万年後 下 惑星を改造する科学 (カッパ・ブックス)』['75年]カバーイラスト:石岡瑛子(西武美術館『ヌバ』展(1980)/「MISHIMA:A LIFE IN FOUR CHAPTERS」(1985))

一万年後3.jpg一万年後2.jpg 1万年後、人類はこの地球上に無事生存しているか? しているとすれば、科学、テクノロジーはどのような変貌を遂げているか? 人類が滅びることはないのか? こうした疑問に科学ジャーナリストが答えた本。原著・訳書とも'75(昭和50)年の刊行で、当時結構売れた本ですが、今読み返しても色褪せていません。

一万年後4.jpg 上巻の第1章では、いきなり「地球は滅びるか」で、人類は宇宙に飛び立つ前に内部から崩壊してしまうのではないかとの疑問に対する著者の結論は「滅びない」です(ただし、核戦争や環境破壊でいったん滅んで復活するというシナリオも)。原著・翻訳とも'75'(昭和50)年刊行で、すでに核戦争の不安が眼前に立ち現われていた時代ですが、核戦争が起きて大きな被害があっても40年程度で復興し、仮にそれが400年や4000年であっても、地球の寿命に比べればごく短い時間であると。さらに、男女50人の人類が生き残れば、文明は50万年という短期間で復興し、猿が生き残れば、数百万年後には文明社会ができるだろうとしています。

 第2章「限りない宇宙開発計画」から宇宙開拓の話に入っていきます。ここでは宇宙開発は、「月に始まり月に戻る」「人類は月面に永久基地を建設するだろうとしています('75年にアポロ計画が終わったことを踏まえながらも)。
一万年後5.jpg

 第3章「月の植民地」、第4章「月の住民たち」では、月世界での工場建設や生活の話をしています。酸化鉄や酸化チタンをタンクに入れて太陽を当てると、空気のない環境で高温を発し、酸化鉄・チタンから酸素が分離できて、後は地球から運んだ水素をくっつければ、水ができるとのこと。酸素と水があれば、後はエネルギーで、液体窒素をタンクに入れ、太陽光を当てて気化させ、それで、タービンを回し発電可能で、気化した窒素は冷めて、また液体窒素に戻ると。

 第5章「金星改造計画」で話は金星に。金星は原始地球と似た大気を持つと言われ、二酸化炭素が濃密で、温室効果により480℃の高温、100気圧の高圧の地獄のような状態ですが、金星も人間が住める環境に改造できるとのこと。二酸化炭素を分解するには光合成のできる生物を入れればよく、ただし、高温高圧に耐えうる生物であることが条件ですが、らん藻植物という単細胞植物は高温にも低温にも耐えて繁殖力も強いため、金星の環境に耐える種類を捜し、ロケットで金星大気中に打ち込めば、らん藻植物が光合成で二酸化炭素を酸素に変え、2~3年の内には、温室効果が少しずつ弱まり、雨が降って地表の温度が下がり、さらに多くの動植物を地球から移し、環境を改造していくことが可能だとしています。

『人類は宇宙のどこまで旅できるのか』.jpg 第6章「新天体を求めて」、下巻の第7章「ゆがんだ四次元空間」、第8章「亜空間飛行」では、所謂「恒星間飛行」を扱っており、四次元空間の利用、亜空間飛行も含め検討している点は、最近のレス・ジョンソン著『人類は宇宙のどこまで旅できるのか―これからの「遠い恒星への旅」の科学とテクノロジー』('24年/東洋経済新報社)に通じるものがあったように思います(『一万年後』の方が半世紀早いが)。

 第9章「機械を生む機械」、第10章「空飛ぶ宇宙都市」では、今で言うところのAIや、未来小説に出てくる宇宙コロニーのような話になっています(小惑星などを分解して、地球と火星軌道の中間あたりに、太陽の周りをまわるように作る所謂「ダイソン環」)。ただ、「宇宙都市は21世紀までに建設されているだろう」としており、この点は現実においてはやや遅れているようにも思います(近未来予測については、本書全般に先走った傾向が見られる)。

一万年後7.jpg 第11章は「木星破壊計画」。小惑星だけでは「ダイソン環」の材料が足らなければ、木星を分解して、ダイソン環の材料にすればよいのだということ。小松左京の「さよならジュピター」の元ネタ(?)とも思える話ですが、これが本書の中では最もユニークな提案で、それで最後にもってきたのかもしれません(因みに、ダイソン環(球)自体は1960年にアメリカの物理学者フリーマン・ダイソンが提唱したものである)。

 結論として、終章で、人間の発展は無限であり、1万年後には、人間が銀河系の勝利者となっているだろうとしています。
 
 1975年頃と言えば、前年の1974年にインドが初めて核実験を実施しており、また、日本でも石油危機の煽りを受けて1974年には経済成長率は一気に落ち込み、戦後初のマイナス(-1.2%)を記録しています。こうした「未来予測本」が結構売れた背景には、そうした社会情勢への不安もあったのかも。ただし、読んでみればまだまだ先のことなので、しかも、人類が滅びることはないという楽観主義的貴重であるため、安心し、純粋に科学的好奇心から壮大なスケールの話を愉しめた本ではないかったでしょうか。

《読書MEMO》
●上巻の「著者の言葉」
わたしたちの文明を地球だけに限る必要はなく、太陽系のうちに押し込めておく必要もない。ローマ人が、かつて大西洋の広大さを見て恐れたように、われわれはこの恒星間の広大さを恐れることはないのだ。むしろ、銀河系にある数万にも及ぶ他の太陽系を、人類が支配できると考えよう。
●下巻の「著者の言葉」
この本のなかで予測された事件、あるいは、予測されたように見える重大な事柄は、遅かれ早かれ実現するであろう。数年というような短い単位の予測ではないから、それがいつ起きるか、正確には述べることができない。しかし、絶対の確信をもって、それが起こることだけは、断定できるのである」
●目次
序 章 文明は宇宙にひろがる
 第1章 地球は滅びるか
 第2章 限りない宇宙開発計画
 第3章 月の植民地
 第4章 月の住民たち
 第5章 金星改造計画
 第6章 新天体を求めて
 第7章 ゆがんだ四次元空間
 第8章 亜空間飛行
 第9章 機械を生む機械
 第10章 空飛ぶ宇宙都市
 第11章 木製破壊計画
 終 章 銀河系の勝利者

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