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時代小説においてこれほど途方もないアイデア(状況設定)に出会うことは稀有。

『国を蹴った男 (講談社文庫)』『国を蹴った男
』['12年/講談社]『この時代小説がすごい! 時代小説傑作選 (宝島社文庫 「この時代小説がすごい!」シリーズ)
』
2012(平成24)年・第34回「吉川英治文学新人賞」受賞作。2012(平成24)年下半期・第148回「直木賞」候補作。宝島社の「『この時代小説がすごい!』が選ぶ!時代小説ベストテンアンケート」第1位。
京の鞠師・五助は、訳あって京を出て、駿河の今川家のお抱え鞠職人になる。今川家当主・氏真は、桶狭間の戦いで織田信長に討たれた今川義元の子で、今は三河の家康の庇護下にあり、名人並みの鞠足の持ち主だった。その、上洛して、家康の同盟者にして「父の仇」でもある信長に京都の相国寺で謁見し、信長の前で蹴鞠を披露することになる。そんな折、五助に今の妻を世話してくれた商人・籠屋宗兵衛が、石山本願寺の意向を受けて、蹴鞠に火薬を仕込んで信長を暗殺する計画を五助に告げる。すでに五助の妻子は人質にとられており、妻子を救うには信長暗殺計画に手を貸すしかない五助だったが―。
宝島社が、毎年、その年に刊行された時代小説のベストランキングを発表し紹介している『この時代小説がすごい!』のランキングアンケート投票によって選出された短編時代小説のオールタイムベストの第1位作品。ベストテンアンケート投票者は評論家、ライター、編集者など24人で、1人で10位まで投票し、第1位に10点、第2位には9点...第10位には1点、というかたちで累計するもので、59点を獲得し、第2位の笹沢佐保「赦免花は散った」の42点を17ポイント上回っての第1位でした。因みに作者は、この作品の前に「城を噛ませた男」で直木賞候補(第146回)になり、この作品の後も「巨鯨の海」(第150回)、「天下人の茶」(第155回)で候補になっています。
物語にあるように、氏真が1575(天正3)年3月20日に信長の前で蹴鞠を披露したというのは『信長公記』ある史実で(但し、氏真が同年に詠んだ歌428首を収めた『今川氏真詠草』にはこの会見に関する感慨は記されていない)、翌月に長篠の合戦があり、その後の残敵討伐で、諏訪原城(牧野城)の城主となった氏真は、城主の座を降り(解任され)鞠と和歌に生きる余生を送ることになります。当然のことながら、物語における蹴鞠による信長暗殺計画は未遂に終わり、氏真はそうした計画があったことすら知らなかったことになっていますが、それでは五助はどうしたのか、五助の妻子の命はどうなったのか―。
短編集『国を蹴った男』は、戦国時代に織田信長や豊臣秀吉などの権力者に翻弄されつつも、自らの信念を貫いた者たちを描いた作品群で、表題作であるこの「国を蹴った男」のテーマそうです。但し、「国を蹴った男」の場合、主人公が武士ではなく蹴鞠職人であり、主人と武士道的な主従関係というよりは蹴鞠を通した友情のようなもので結ばれていながら、その行為は主人を守るためなら自らは命を投げ出すことも厭わないとする、武士以上に覚悟の座ったものです。しかも、何ら恩寵や名誉の見返りのないものだけに感動させられます。
この作品はまた、人物造型解釈がユニークです。今川氏真は文化人で蹴鞠の名手でしたが、誰もが天下を狙う時代に暢気に歌を詠み、鞠を蹴っているうちに今川家を滅亡させてしまった公家趣味の暗愚な殿様というイメージがあります。しかし、この作品では、蹴鞠職人・五助の目を通して、氏真の一見暗愚に見える気質の根底にある気高さや柔軟な思考をも描いており、五助が忠誠を寄せるに足る人物となっています。
「女城主 直虎」 寿桂尼(浅丘ルリ子)/今川氏真(尾上松也)
こうした描き方は、今年['17年]のNHKの大河ドラマ「女城主 直虎」においても、尾上松也演じる今川氏真が、最初は浅丘ルリ子演じる祖母・寿桂尼の後見に敷かれて政務をする内に遊興に耽るようになったダメ当主として描かれていたのが、終盤は、独自の割切りで、一代だけだったものの今川家を存続延長させ、自らは好きな芸術の世界に身を転じ余生を永らえた、戦国大名としてはユニークな生き方をした人物としてむしろ肯定的に描かれていることにも通じるように思います(この作品が「直虎」における氏真"再評価"の先
鞭となった?)。作者がこの作品を書いた頃は(つい5年前だが)、今川義元が桶狭間の戦いで織田信長に敗れたにも関わらず今川氏真が戦国の時代を生き延びた経緯というのが一般にはあまり知られていなかったのではないでしょうか。直木賞選考委員の桐野夏生氏は、「私は、時代背景や当時の状況など、もう少し説明が欲しいと思うところがある」としています(これは短編集全体に対する講評)。但し、これを説明し始めると、かなり複雑で長くなり、短編作品としてのキレが失われたかもしれないと思います。
更にこの作品の白眉とも思えるのは、作中の蹴鞠競技を、通常8人4組制で行われるのを、1人で競うのが好きな信長の意向で変則的な4人4組制にして、信長の相手として氏真の他に、信長に同行した三河の松平家康と、たまたま傍に控えていた羽柴藤吉郎秀吉を加えていることです。籠屋宗兵衛の思惑通り鞠に仕掛けた爆薬が爆発すれば、石山本願寺が望んだ信長暗殺だけでなく、氏真、家康、秀吉も爆死する可能性があり、五助の氏真への思いはともかく、信長、家康、秀吉の3人が同時に、或いはその内の誰かが命を落とすことになるかもしれない状況を作りだしている点です。同時にこの部分は、暗殺の実現可能性という面でネックにもなるようにも思いますが(狙い通り信長が死ぬとは限らず、実質ロシアン・ルーレット状態になってしまう)、それを割り引いて考えても、時代小説においてこれほど途方もないアイデア(状況設定)に出会うことは稀有なように思いました。
「おんな城主 直虎」●演出:渡辺一貴/福井充広/藤並英樹/深川貴志/村橋直樹/安藤大佑●制作統括:岡本幸江/松川博敬●作:森下佳子●音楽:菅野よう子●出演:柴咲コウ/三浦春馬/高橋一生/柳楽優弥
/菅田将暉/杉本哲太/財前直見/貫地谷しほり/市原隼人/菜々緒/ムロツヨシ/柳楽優弥/市原隼/山口紗弥加/矢本悠馬/田中美央/梅沢昌代/光浦靖子/小松和重/橋本じゅん/和田正人/市川海老蔵/松平 健/春風亭昇太/尾上松也/阿部サダヲ/浅丘ルリ子/前田 吟/山本學/栗原小巻/小林薫●放映:2017/01~12(全50回)●放送局:NHK
小林薫(龍潭寺住職・南渓和尚)

2018年10月09日 龍譚寺 枯山水庭園

【2015年文庫化[講談社文庫]/2016年再文庫化[宝島社文庫(『この時代小説がすごい! 時代小説傑作選』)]】




2004(平成16)年・第26回「吉川英治文学新人賞」及び2005(平成17)年・第2回「本屋大賞(大賞)」受賞作。2004年度「『本の雑誌』が選ぶノンジャンルベスト10」第1位。
作者のファンの間では、この作品で「直木賞」を獲るべきだったとの声もありますが(個人的にもその気持ちは理解できる)、実際には「吉川英治文学新人賞」を受賞したものの直木賞は候補にもなっていません。この点について文庫解説の池上冬樹氏は、ある程度人気を誇る作品に関して、選考委員が追認を避けたがる傾向があることを指摘しており、ナルホドなあと思いました。
そして作者は、この作品の12年後、『
ものの性格をよりくっきりと浮き彫りにしてみせたという感じでしょうか。どちらも佳作ですが、個人的には、今回読み直してみて、『蜜蜂と遠雷』は"佳作"であり"力作"、『夜のピクニック』は"佳作"と言うより"傑作"の域にある作品のように思いました。

因みに、この作品は2006年に長澤雅彦監督、多部未華子主演で映画化されています(「本屋大賞」の第1回受賞作『博士が愛した数式』から第10回受賞作『海賊とよばれた男』までの「大賞」受賞作で'17年現在映画化されていないのは第4回受賞作の『一瞬の風になれ』のみ。但し、この作品のもテレビドラマ化はされている)。映画を観る前は、ずっと歩いてばかりの話だから、小説のような
登場人物の細かい心理描写は映像では難しいのではないかと思いましたが、今思えば、当時まだ年齢が若かった割には比較的演技力のある俳優が多く出ていたせいかまずまずの出来だったと思います。それでも苦しかったのか、ユーモラスなエピソードをそれこそコメディ風に強調したり、更には、主人公の心理をアニメで表現したりしていましたが、そこまでする必要があったか疑問に思いました。工夫を凝らしたつもりなのかもしれませんが、却って"苦しまぎれ"を感じてしまいました(撮影そのものはたいへんだったように思える。一応、評価は○)。
「夜のピクニック」●制作年:2006年●監督:長澤雅彦●製作:牛山拓二/武部由実子●脚本:三澤慶子/長澤雅彦●撮影:小林基己●音楽:伊東宏晃●原作:恩田陸●時間:117分●出演:多部未華子/石田卓也/郭智博/西原亜希/貫地谷しほり/松田まどか/柄本佑/高部あい/加藤ローサ/池松壮亮●劇場公開:2006/09●配給:ムービーアイ=松竹(評価★★★☆)



作者40歳の時に刊行された短編集で。収録作品の中ではやはり「乳房」が光っているでしょうか。愛しい妻が癌に冒されていて、その現実から逃れるように夜の街へ出る私―「吉川英治文学新人賞」の選考で野坂昭如氏が「しみじみとしたナルシシズム小説、ここまで徹底されると、これは立派な伊集院静の世界」としていますが、確かにそう思いました(齋藤美奈子氏が「ハードボイルドは男のハーレクイン・ロマンである」と書いていたのを思い出した)。
一方で、同じ選考委員の佐野洋(1928-2013)が、「いまだに疑問を持っている。『私』を主人公にした作品が四編あるが、この四人の『私』(あるいは一人なのか)について、どんな職業についているのか(中略)など、小説を読んだだけでは、よく分からない」と言っているのも、"連作"が受賞選考の対象になっていることから考えると分からなくもありません(結局、「しかし、文章は優れているし、野坂委員が「受賞すれば、間違いなく伸びる」と保証したので、賛成に回った」とのこと)。![乳房 [VHS].jpg](http://hurec.bz/book-movie/%E4%B9%B3%E6%88%BF%20%5BVHS%5D.jpg)






'10年7月にNHKの「土曜ドラマ」で全5話にわたってドラマ化されましたが、その際に監修協力を求められた郷原氏は、「原作が全くゼネコンの仕事と乖離し、リアリティの無さに議論に値しない」とし、ドラマについても、「談合を個別の企業、個人の意思によって回避できる問題のようにとらえる原作とは異なり、単純に善悪では割り切れない問題ととらえている点は評価できるが、談合構造の背景の話がないので、なぜ談合に同調するのかが一般人には理解できないのではないか」と、twitterでなかなか手厳しい評価をしていました。
原作は人物造形がステレオタイプと言えばステレオタイプで、但し、個人的には文芸的なものは期待せずに単純に「企業小説」として読んだため、山崎豊子クラスとはいかないまでもまあまあ面白く感じられました。ドラマも、同じ「土曜ドラマ」枠で'07年に放映された「ハゲタカ」などに比べるとやや地味ですが、「ハゲタカ」が『ハゲタカ(上・下)』、『バイアウト(ハゲタカⅡ)(上・下)』という2つの原作(単行本4巻!)を全6話の中に"無理矢理"組み入れたものであったのに対し、こちらは原作1冊に準拠しているようなので、一貫性という意味ではスッキリしたものになるのではないかと...。
しかも、殆ど新たに造ったキャラクターに近い志賀廣太郎の"長岡"が、検察の追及と会社の板挟みになって自殺するという原作には無い展開で(原作が直木賞の選評で「人物の描き方が浅い」という理由で落選したのを意識したのか?)、さすがにこれには原作者の池井戸潤氏も、「どんどん原作から離れていきますね。まさにNHK版『鉄の骨』です」と自らのブログで書いていましたが、「このテンションで最終回まで引っ張ってくれないかなあ。そしたら、すごくいいドラマになる予感がします」とのエールも送っています(でも、「ハゲタカ」ほどまでのテンションは上がらなかったような気がする)。





JR錦糸町駅前にある人形焼きの「山田家」の包装紙にある「本所七不思議」に材を得たとのことで、タイトル的には「七不思議」をそのままなぞっていて、物語自体は当然のことながら作者の創作ですが、「七不思議」のロマンを壊さないように仕上げているのが巧み。備忘録的に他の6篇の内容を記すと―。







「天地明察」2012年映画化(監督:滝田洋二郎/主演:岡田准一・宮﨑あおい)




ただ、アクション・サスペンス的である分、人物描写や人間関係の描き方が浅かったり類型的だったりで、映画にするならば、役者は大根っぽい人の方がむしろ合っているかも、と思いながら読んでました。結局のところ映画は織田祐二主演で、体を張った(原作にマッチした)アクションでしたが、演技の随所に「ダイハード」('88年/米)のブルース・ウィリスの"嘆き節"を模した部分があったように思ったのは自分だけでしょうか。
織田祐二はまあまあ頑張っているにしても、テロリスト役の佐藤浩市の演出が「
奥只見ダム(重力式ダム)
黒部ダム(アーチ式ダム)



