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興味深い「負の力」の概念。トランジションやレジリエンスにも通じるのでは。

『ネガティブ・ケイパビリティー.jpg『ネガティブ・ケイパビリティ』1.jpg 『ネガティブ・ケイパビリティ』2.jpg 
 『
ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 (朝日選書)』['17年]

kuro もやもやする力.jpg 第8回「山本周五郎賞」を受賞した『閉鎖病棟』などの作品で知られる著者による本書は、最近巷でよく言われる「ネガティブ・ケイパビリティ」について、そのブームのきっかけを作ったとも言える本です。個人的には、NHKの「クローズアップ現代」で特集された(「迷って悩んでいいんです~注目される"モヤモヤする力"」(2023年9月6日放送))のを見て関心を持ちました。

 「ネガティブ・ケイパビリティ」とは一般に、「事実や理由を性急に求めず、不確実さや不思議さ、懐疑の中にいられる能力」を意味し、本書では、悩める現代人に最も必要と考えるのは「共感する」ことであり、この共感が成熟する過程で伴走し、容易に答えの出ない事態に耐えうる能力がネガティブ・ケイパビリティであるとしています。

 本書によれば、これは、古くは詩人のキーツがシェイクスピアに備わっていると発見した「負の力」であり、さらに、第二次世界大戦に従軍した精神科医ビオンにより再発見されたもので、本書の第1章、第2章はそのことについて解説誰されています(著者はある意味"再掘り起し"したことになる)。

 第3章では、人間はもともと「分かりたがる脳」を持つが、そのことはしばしば思考停止を招くとし、その弊害を事例として紹介するとともに、ネガティブ・ケイパビリティは拙速な理解ではなく、謎を謎として興味をいだいたまま、宙ぶらりんの、どうしょうもない状態を耐え抜く力であるとしています。

 以下、ネガティブ・ケイパビリティが各分野でどのように活かされるかを、医療(第4章)、身の上相談(第5章)、伝統治療(第6章)、創造行為(第7章)の各分野で見ていき、さらに第8章では、キーツが見たシェイクスピアのネガティブ・ケイパビリティとはどのようなものか、それを超えると著者が考える紫式部のネガティブ・ケイパビリティとはどのようなものかを見ています。

 そして第9章では、教育の場面でネガティブ・ケイパビリティがどう生かされるか、第10章では、「寛容」とネガティブ・ケイパビリティの関係について見ていき、終わりに、再び共感について、ネガティブ・ケイパビリティは共感の成熟に寄り添うものであるとしています。

 書いているのが作家であるということもありますが、エッセイを読むように読めるのが良かったです。ただ、学者ではなく作家が書いている分「この作家かそう言っているだけだろ」「科学的に実証されているの?」と言われてしまう可能も無きにしも非ずかと。

 その点に関して興味深かったのが、NHKの「クローズアップ現代」で特集された内容で、ネガティブ・ケイパビリティの高い人(モヤモヤ力の高い人―なかなか物事の結論を導き出せない人)と、ネガティブ・ケイパビリティの低い人(モヤモヤ力の低い人―物事の結論を効率よく導き出していく人)の2つのチームに分けて同じ課題を与え解決のアイデアを出させた実験をしたら、最初はモヤモヤ力の低い人のチームが早々と結論を出して課題を終えたのに、モヤモヤ力の高い人のチームは煮詰まっていたのが、後の方になってモヤモヤ力の高い人のチームからどんどんいいアイデアが出されたというものです。

 すべてにおいて、こんな絵に描いたような結果になるかなというのはありますが面白かったです。キャリア行動における「トランジション」や心理学における「レジリエンス」といった概念と通じたり重なったりする要素もあるように思われ、興味深かったです。

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「●「山本周五郎賞」受賞作」の インデックッスへ

作者の知識・経験が活かされている。山本周五郎の名を冠した賞に相応しい作品。

『閉鎖病棟―Closed Ward』.jpg閉鎖病棟.jpg 閉鎖病棟 文庫.jpg  閉鎖病棟 -それぞれの朝.jpg
閉鎖病棟―Closed Ward』['94年]『閉鎖病棟 (新潮文庫)』['97年]2019年映画化「閉鎖病棟-それぞれの朝- [DVD]」(出演:笑福亭鶴瓶/綾野剛/小松菜奈)

 1995(平成7)年度・第8回「山本周五郎賞」受賞作。

 過去に精神障害のために起こした事件により、ある地方の精神科病棟に入院している患者達の、世間や家族から隔離され重苦しい過去を背負いながらも明るく生きようとする様と、そうした彼らの入院生活の中で、登校拒否症のため通院していた病院のマドンナ的存在の女子高生が、入院患者の1人に暴行されたことを契機に起きた殺人事件及びその後の展開を描く―。

 病院内で行われる患者同士の演劇イベントをピークとした前半部分では、その稽古の過程などを通して、様々な患者たちのキャラクターと来歴が描かれていて、4人の家族を殺害して死刑判決を受け、刑が執行されたが死なずに生き返った「秀丸さん」とか、精神分裂症で父親の首を絞めて殺しそうになった「チュウさん」など、過去に起こした事件の内容には凄まじいものが多いです。

 しかし、現在の彼らは「閉鎖病棟」という特異な環境の中でも互いに相手を思いやり、精神薄弱で言葉が喋れない「昭八ちゃん」を助けたり演劇を何とか成功させようと努力するなど、人間らしく精一杯生きていることがわかります。

 作中の病院では精神分裂病患者が最も多いようですが、作者が精神科医であるだけに、過去に起こした事件の経緯を通して、精神分裂病の特質というものがよく描かれている一方で(この病気を文学的文脈の中で正しく描いているのは稀少)、親族などの関係者には、そうした病気への偏見や差別が根強くあることをも物語っています。

 前半部分がまどろっこしいと感じる読者もいるかも知れませんが、何よりも患者達の目線で、過度の同情や憐憫を排して淡々と描かれているのが、逆に作者の彼らへの暖かい目線を感じさせるものとなっていて良く、こうした表現手法に、純文学から出発した作家の特質が表れているように思えました。

 殺人事件そのものも含めミステリの要素は殆ど無く、どうしてこれが山本賞なのかなと思って読み進んでいくと、最後の秀丸さんの事件の証言に立つチュウさんの言葉や、チュウさんと秀丸さんが交わす手紙の遣り取りには大いに感動させられ、精神科医として複雑な現実を知りながらも、作品としてはきっちりエンタテイメントに仕上げているなあと―読み終えてみれば、歴代の山本賞受賞作品の中でも、山本周五郎の名を冠した賞に最も相応しい部類の作品になっているのではないかとの印象を抱きました。 

 但し、この終盤部分は、前半の抑えたトーンとは逆に、患者達に対し余りにストレートに優しくなってしまっている印象もあり、前半とのバランス上どうなんだろうかという気も若干はしました。

閉鎖病棟 -それぞれの朝 1.jpg 2001年に福原進監督により「いのちの海 Closed Ward」のタイトルでイーハーフィルムズによって映画化されていたが(出演:上良早紀・頭師佳孝・芦屋小雁)、2019年に平山秀幸監督により「閉鎖病棟 -それぞれの朝-」として再映画化された。出演は、笑福亭鶴瓶、綾野剛、小松菜奈など。

閉鎖病棟 -それぞれの朝-」('19年/東映)笑福亭鶴瓶/綾野剛/小松菜奈

 【1997年文庫化[新潮文庫]】

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