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「自分を欺いて賢人ぶるより、たとえ浅薄でも感じたことを正直に書く」姿勢。
『甘茶日記』 (2005/11 毎日新聞社)
「サンデー毎日」連載コラムの'05年分('04年11月〜'05年11月掲載分)を収録。
最初に読んだのは'96年版の『クダラン』('02年/文春文庫)で、社会問題については素人の立場から素朴な疑問を呈し(いい意味で、素人を装ったプロとも言えるが)、映画などの文化芸能ネタでは「通」ぶりを発揮していている、そのバランスが自分の好みに合っていましたが、その後もの批評のスタンスは変わっていないようです。
『クダラン』('96年)以降も、『無茶な人びと』('97年)、『厭々日記』('98年)、『へなへな日記』('99年)、『くすだま日記』('00年)、『ほぼ地獄。ほぼ天国。』('01年)、『あんまりな』('02年)、『まんざら』('03年)、『ここに幸あり』('04年)、そしてこの『甘茶日記』('05年)、さらに『よろしく青空』('06年)と続いていて(タイトルだけ見るとシリーズだとわかりにくいのが玉に瑕)、'06年に20周年企画として自選集『コラム絵巻-20年SPECIAL』を刊行しています。
その間、政治・社会問題に関してはいろいろと評論家などから突っ込みを入れられていますが(突っ込まれても仕方がないものも多々あった)、継続の陰には、本書にある「自分を欺いて賢人ぶるより、たとえ浅薄でも感じたことを正直に書くべきだと思う」(徳岡孝夫)という信条があったのでしょう。
一応の下調べをしながらも知ったかぶらず、言うべきことは言うがわからないところは断定せず "疑問符"にとどめている(評論ではなくコラムであるからこそ許されるスタンスなのかも知れないが)、その姿勢には好感が持てます。
'05年も、ライブドアのニッポン放送をめぐる株争奪戦や、福知山線の脱線事故など色々あったわけですが、その時だけ議論が盛り上がって、その後どうなっちゃったの、というような批判精神を忘れていないのもいいです。


本書でとりあげている'96年の話題には、君島家騒動、ミドリ十字土下座謝罪、TBS騒動などがありましたが(もうかなり忘れちゃったなあ)、ものごとの責任のとり方に結構こだわっているのに、「TBSは死んだ」と自ら言いながら、その後もキャスターとして居座った人のことは、どういうわけか特に書いていない、一方で、安部英(たけし)・前帝京大副学長の"哀しくおぞましい"笑い顔に着目したりしていますが、この部分は感覚的に共感するところアリで、男性コラムストはあまりこんなこと書かないのではないかと思いました(その安部老人も亡くなってしまったけれど、事件そのものは忘れてはならない事件です)。