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水野忠邦の強硬策を骨抜きにする行政官(政治家)としての「金さん」の手腕。

『遠山金四郎の時代 (講談社学術文庫)』/「大山左衛門尉 市川左団次」豊原国周 画(幕府をはばかって役名は「大山左衛門尉」になっている)/「はやぶさ奉行」('57年)片岡千恵蔵/「遠山の金さん捕物帳」('70~'73年)中村梅之助
時代劇などで、八代将軍・徳川吉宗の時代の町奉行・大岡越前(大岡越前守忠相)と並んで名奉行とされるのが、庶民の味方として伝説的な存在の遠山の金さんです。時代は大岡越前からやや下って十二代将軍・徳川家慶(いえよし)の時代となりますが、その遠山金四郎(遠山左衛門尉景元)の実像を探りながら、当時の幕府が抱える問題と、行政の在り方を明らかにした本です。
第1章で、遠山の金さんこと遠山金四郎の虚像面を追っていますが、後世に創作された逸話は多いものの、名奉行であったことは間違いないようです。第2章では、当時の江戸の政策論の対立点を浮き彫りにしています。天保の改革で幕府最後の改革に挑んだ老中・水野忠邦は、幕府は財政窮乏化のなか、風紀粛正と質素倹約を旨とし、風俗取り締まりのため庶民の娯楽である寄席(浄瑠璃・小唄・講談・手品・落語などをやる小屋)の撤廃や、芝居所替(歌舞伎三座の移転)、さらに廃止まで打ち出します。これでは江戸は繁栄するどころか寂れてしまうと、水野忠邦の政策に真っ向から対立したのが北町奉行の遠山金四郎であり、庶民生活の実情を重視し、厳しい改革に反対しながら水野忠邦の政策を骨抜きにしていったとのことです。
第3章から第7章にかけて、両者の対立点となった水野の政策とそれに対する遠山金四郎のに抵抗ついて、寄席の撤廃(第3章)、芝居処替え=歌舞伎三座の移転(第4章)、株仲間(問屋などの座、一種のカルテル)の解散(第5章)、床見世(移動できる小さな仮設店舗、屋台店)の除去(第6章)、人返しの法(江戸に流入した人口を農村へ強制的に返す法)の施行(第7章)と1つずつみていきます。そして、遠山金四郎が改革強硬派の水野忠邦に抵抗し、妥協点を探りつつその政策を骨抜きできたのは、時の将軍・徳川家慶の厚い信任がバックにあったためであることが窺えます。
第8章で、遠山金四郎以外の近世後期の名奉行たちを振り返り、最終第9章で「遠山の金さん」の実像を改めて総括しています。これらを通して見えてくるのは、遠山金四郎が単に庶民の味方の"いい人"だったということではなく、庶民が親しんでいる娯楽を無理に彼らから奪うことによって起きる反撥(具体的には一揆など)を警戒し、より庶民に受け容れられやすい対案を水野忠邦に進言することで、苛烈な施策を穏当な施策に変換することが多かったというのが実情のようです(もちろん、庶民の生活や心情に通じていたからこそ、そうした分析や判断ができたのだろうが)。
こうなるとほぼ「行政官(政治家)」と言っていいように思います(役職上、水野忠邦は上司ということになる)。テレビで、金さんが遠山金四郎になるのは白州の場面が主なので、「司法官(裁判官)」のイメージが強いですが、そもそも三権分立じゃない時代のことで、町奉行は江戸市内の行政・司法全般を所管していたわけで、本書を読んで改めてそのことに思い当たりました。
つまり、水野忠邦と遠山金四郎の間には政策の違いがあり、水野忠邦の改革はあまりに過激で庶民の怨みを買ったとされ(失脚した際には暴徒化した江戸市民に邸を襲撃されている。その後老中に再任されるが、かつての勢いは失われていた)、それをソフトランディングの方向へもっていったのが遠山金四郎であり(水野が失脚した際に、前述の施策は中止されたり実効性を持つことなく終わった)、ただし、上司・水野に対してそうしたことが出来たのは、将軍・徳川家慶の遠山金四郎に対する厚い信任があったが故ということになります。
本書によれば、将軍・徳川家慶が遠山金四郎を信頼したのは、彼の際立った裁きを実際に見たからであり、彼が「名奉行」であったからそうなったわけで、その部分では時代劇の「遠山の金さん」像がウソということでは全然ないので、ファンは心配しなくてもよい(笑)といったところでしょうか。学術文庫ですが読みやすく(意識してそうなっている)、江戸の庶民の暮らしぶりや娯楽などもわかって興味深かったです。

本書のテーマは、今年['20年]2月にHHK-BSプレミアム「英雄たちの選択」で「遠山の金さん 天保の改革に異議あり!」として扱われ放映されていますが、この番組の司会の歴史学者・磯田道史氏は、学生時代に本書の著者・藤田覚(さとる)(現:東京大学名誉教授)の講義を聴いていたと言っていたように思います(磯田氏は慶應義塾大学文学部史学科だったはずだが)。
中村梅之助/市川段四郎/橋 幸夫/杉 良太郎/高橋英樹/松方弘樹/松平 健
余談ですが、遠山の金さんシリーズ(テレビ朝日版)では、一番最初の中村梅之助主演の「遠山の金さん捕物帳」(1970-1973、全169話)の印象が個人的には強いですが、ほかに、市川段四郎主演の「ご存知遠山の金さん」1973-1974 、全51話)、橋幸夫主演の「ご存じ遠山の金さん」(1974-1975 、全27話)、杉良太郎主演の「遠山の金さん」(1975-1979、全131話)、高橋英樹主演の「遠山の金さん」(1982-1986、全198話)、松方弘樹主演の「名奉行 遠山の金さん/金さんVS女ねずみ」(1988-1998、全219話)、松平健主演の「遠山の金さん」(2007 、全9話)があり、話数では中村梅之助版を上回っているものもあります。ただ、調べたところでは、水野忠邦が出てくるのは、杉良太郎版「遠山の金さん」の3話(第46話・第57話・第58話)ぐらいしか見当たらず、杉良太郎版ではなんと「遠山のよき理解者」として登場しているようです。

「遠山の金さん捕物帳」●監督:林伸憲/荒井岱志/佐々木康/井沢雅彦/松尾正武/長谷川安人/河野寿一ほか●脚本:今村文人/小川英/鴨井達比古/胡桃哲/松山威/茶木克彰/伊上勝/飛鳥ひろしほか●撮影:平山善樹/羽田辰治/安達重穂/木村誠司/脇武夫/森常次/柾木兵一●音楽:小川寛興●原作:陣出達朗●出演:中村梅之助/柳沢真一/水原麻記/浅川美智子/新井麻夕美/蔵忠芳/中村靖之介●放映:1970/07~1973/09(全169回)●放送局:テレビ朝日


大久保彦左衛門(古川緑波)は大阪冬の陣で、主君・徳川家康(鳥羽陽之助)を背負って戦地の中ひた走りその命を守った忠君。冬の陣も終わって徳川の世となり、二代将軍秀忠(佐伯秀男)は、家臣・松平伊豆守(黒川弥太郎)の進言を受け、世継ぎに次男国松(小高たかし)を選ぼうとしていた。そこへその彦左衛門が現われ、家康の遺言に奉じ死を賭けて竹千代(林成年)を護り抜くとした。その一途さに秀忠は決定を覆し、長男竹千代を世継ぎにすることに。時は過ぎ、竹千代
は三代将軍家光(長谷川一夫)となり、明敏果断な名君として尊敬を集めている。一方、彦左衛門は、隠居同前の生活の毎日が寂しく、かつての威光も失われたかに見えた。心配した家光が天海和尚(汐見洋)に相談すると、「時々、愚かな君主になれ」と諭される。家光はそれから時々、わざと愚行をするようになり、彦左衛門は元のように御意見番として元気に現場復帰を果たす。ある日城中で彦左衛門は、家光が彦左衛門のためにわざと芝居をしているとの話を立ち聞きしてしまい、家光
に密かに感謝し、その芝居に付き合うことにする。家光は、完成したばかりの日光東照宮への訪
問の先導役を、彦左の最後のはなむけの仕事にする。彦左衛門は道中の宿で、お供の笹尾喜内(渡辺篤)に「命に変えても、わこ(家光)をお守し、最後の御奉公にしたい」と決意を話しているのを、家光はたまたま立ち聞きし感動する。しかし、次の日の宿である宇都宮城で待ち受ける本多上野介正純(清川荘司)は、元々秀忠の世継ぎに次男国松を推していた派であり、城代家老の河村靱負(長谷川一夫、二役)に命じて、城に吊り天井を仕掛けて家光を圧殺する計画を用意していた―。
謀る本多正純(清川荘司)側の家臣・河村靱負との二役になります。しかも、家光役の時には、彦左衛門の前で愚君を装うため白拍子の踊りの輪に飛び入りで加わって踊り(白拍子の"センター"の桜町公子よりも長谷川一夫の殿様の方が踊り慣れている?)、河村靱負役の時には家光歓待を装って歌舞伎役者顔負けに歌舞いてみせるという、剣戟こそ無いものの、半分以上は長谷川一夫を観るための映画のような印象でした。
歴史的には、本多正純(父・本多正信は徳川家康の側近)が、宇都宮城に吊り天井を仕掛けて、それを落下させることで(家光ではなく)第二代将軍徳川秀忠の暗殺を図ったという「宇都宮城釣天井事件」というのがありますが、実のところは計画そのものがガセネタだったようです。しかしながら、本多正純はその嫌疑によって失脚しており、こうしたガセネタの背後にポリティクスの力が働いていたのは間違いない事なのでしょう。
吊り天井が落下するといった事件は史実では起きていませんが、映画ではやっています。お堂1つをブッ飛ばしていますが、おそらく特殊撮影なのでしょう。そのシーンはよく出来ていたように思いますが、「特殊技術撮影」というクレジットがないので誰がやったのか分かりません(まさかホントにお堂を1つブッ飛ばしてしまったわけではないとは思うが)。
軍暗殺を謀る一味がそこに吊り天井を仕掛け、将軍参詣の当日に落とすというもの。もともと大工の連続殺人から事件ははじまり、背後に何かあると睨んだ金さんが、植木屋に扮して潜伏した先で偶然に出会って意気投合した侠盗ねずみ小僧(大川橋蔵)と組んで、最終的には悪を倒すというものでした。「金さん」ものなので予定調和ですが、こちらも吊り天井は落っこちて、将軍は九死に一生を得ます。



「はやぶさ奉行」●制作年:1957年●監督:深田金之助●脚本:高岩肇●撮影:三木滋人●音楽:高橋半●原作:原作:陣出達朗●時間:93分●出演:片岡千恵蔵/大川橋蔵/千原しのぶ/植木千恵/花柳小菊/大河内傳次郎/進藤英太郎/高松錦之助/明石潮/片岡栄二郎/沢田清/香川良介/仁礼功太郎/上代悠司/市川小太夫/柳永二郎/岡譲司/戸上城太郎/尾上華丈/加賀邦男/大橋史典/団徳麿/岡島艶子/河部五郎/木南兵介●公開:1957/11●配給:東映(評価:★★★)



裏長屋の大家・勘兵衛(杉寛)が何者かに殺された。勘兵衛は鬼勘と言われるほど無情な男で間借人の間では嫌われ者だった。まず日頃から勘兵衛を殺してカンカン踊りを踊らせてやるといっていた文吉(長谷川一夫)と、勘兵衛に借金の返済を迫られていた浪人の篠崎源衛門(徳川夢声)が疑われる。更に長屋に
は、文吉に惚れている芸者小富(山田五十鈴)、小富に想いを寄せる錠前屋の太三郎(清川荘司)、篠崎源衛門の娘お京(高峰秀子)、その恋人の横山求馬(坂東橘之助)、人形師の椿山(鳥羽陽之助)と女房おこん(清川虹子)、居合抜の松下源蔵(鬼頭善一郎)と女房おかね(藤間房子)などが住んでいた。目明しの八五郎(川田義雄)が探索するも犯人は不明、そこで与力の原六之進(江川宇礼雄)は一同を呼んで取り調べをすることにしたが、それでも埒が明かない。やがて第二の殺人事件が起き、南町奉行・遠山左衛門射(遠山金四郎、実は文吉の正体)が事件解決に乗り出す―。
1941年1月公開作で、マキノ正博(1908- 1993/享年85)監督が日活を離れてフリーとなって撮っていた「

高峰秀子(当時16歳)の可憐さも印象に残らないわけではないですが、それよりも、長谷川一夫(当時33歳)と山田五十鈴(当時24歳)の息の合った掛け合いの方が楽しかったでしょうか(山田五十鈴の"舌出し"は、後に小津 安二郎監督の「
謎解きの方は結局"千里眼"的と言っていい洞察力を持つ遠山金四郎の登場を待たなければ、途中ま
では何が何だか分かりませんでしたが、それでも皆がそれぞれ何となく怪しげな行動をとっていることが緊迫感を醸し出していて最後まで興味を引き、この辺りは演出の巧みさもあるように思いました。
「昨日消えた男」●制作年:1941年●監督:マキノ正博●製作:滝村和男●脚本:小国英雄●撮影:伊藤武夫●音楽:鈴木静一●原案:ダシール・ハメット●時間:89分●出演:長谷川一夫/山田五十鈴/徳川夢声/高峰秀子/鳥羽陽之助/清川虹子/鬼頭善一郎/藤間房子/坂東橘之助/杉寛/沢井三郎/江川宇礼雄/川田義雄/進藤英太郎/渡辺篤/サトウ・ロクロー/清川荘司●公開:1941/01●配給:東宝東京(評価:★★★☆)

百姓・百之助(林長二郎)は、村相撲で大関を張ったこともある力自慢だが、頭の血の巡りは人よりやや劣る。蝦夷松前から江戸まで、五万二千石松前の殿様に騙されて死んだ叔母と父の仇を討ちに行く途中、女相撲の旅芸人一行と知り合い、座長のお千代(飯塚敏子)はの金さん(林長二郎、二役)に助太刀を頼んでくれる。百之助が初めて会った金さんは町の兄貴分だったが、二度目に会った際はは旗本遠山金四郎だったので、武士が嫌いな百之助は、二本棒への仇討ちに二本棒の助太刀は要らないと失望する。過去の不祥事を隠蔽しようとする松前藩は金四郎の買収が難しいとみて、百之助を亡き者にすることにし、与力や目明し、果ては賞金稼ぎの殺し屋まで差し向ける。一方の百之助も、それらから逃れながら、単独で松前の殿様への仇討ちを果たさんとする―。
1933(昭和8)年6月に前篇公開の冬島泰三(19010-1981)監督による松竹京都(下賀茂撮影所)作品で、原作は「一本刀土俵入」の原作者でもある長谷川伸(1884-1963)が1933年の2月から8月にかけて東京・大朝日新聞(夕刊)に連載した小説。「刺青判官」とは、桜吹雪の刺青でお馴染みの「遠山の金さん」こと遠山金四郎景元(1793-1855)のことであり、「長谷川一夫」(本名)を名乗る前の林長二郎が、美男の遠山の金さん(左スチール・右)と、ずんぐりむっくりでやや呆け顔の百之助(同・左)の二役を演じていますが、後者の方は美男「長谷川一夫」の定番イメージからほど遠く、しかも、百之助としての出番の方が兄貴分"遠山の金さん"や旗本"遠山金四郎"より長いため、長谷川一夫作品の中ではかなり異色の、遊び心に満ちたものになっています(百之助と遠山金四郎の会話シーンなど、二人が同時に出てくるシーンも多い)。
この作品は活弁トーキー版としてビデオ化されており、弁士は小津安二郎の初期の無声映画作品の活弁などで知られる松田春翠(1925‐1987/62歳没)です。元の作品が前篇・中篇・後編の全3篇のところを、前後編の86分に纏めていますが、そのためかテンポいい作品でありながらも筋やト書きが飛ぶところがあって、それを巧みな活弁で上手く補っています。その後2014年に中日映画社より「『毒蝮三太夫』が選ぶ昭和の大スター映画DVDシリーズ第2弾・義理と人情 股旅時代劇編」として大河内傳次郎主
演「沓掛時次郎」('29年)、片岡千恵蔵主演「番場の忠太郎 瞼の母」('31年)と共にDVD化されています(DVD版の弁士は松田春翠の弟子にあたる澤登翠(さわとみどり)氏)。
この作品は、遠山金四郎のお裁きのシーンがないのがややもの足りないでしょうか。結局、長谷川一夫は、"遠山の金さん"の時も旗本"遠山金四郎"の時も諸肌を脱いだりはしないので、ややタイトルと齟齬があるような...。但し、長谷川一夫が諸肌を脱いだポスターや上半身裸のスチールがあって、そこでは刺青もあるようなので、そうしたシーンはオリジナルを編集した時にカットされたのかもしれません(DVD版の本編の長さは93分と若干長くなっているが、刺青を見せる場面が少しだけあるらしい)。
百之助が池に落ちたシーン、黒澤明の「
「刺青判官(ほりものはんがん)」●制作年:1933年●監督:冬島泰三●脚本:木村富士夫●撮影:片岡清●原作:長谷川伸「刺青判官(ほりものはんがん)」●時間:86分(VHS)・93分(DVD)●出演:林長二郎(長谷川一夫)/飯塚敏子/井上久栄/新妻四郎/小泉嘉輔/山路義人/広田昻/中村吉松/高松錦之助/永井柳太郎/坪井哲/中村政太郎/関操/沢井三郎/小笠原章二郎/絹川京子/遠山修子/二条照子/尾上栄五郎●公開:1933/06●配給:松竹シネマ京都(評価:★★★) 
