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事実は事実として知っておき、物語は物語として愉しめば良いのではないか。


『「忠臣蔵」の決算書 (新潮新書)』['12年]
『東大教授の「忠臣蔵」講義 (角川新書) 』['17年]
「忠臣蔵」について、時代劇や小説に埋もれた真実を、故・山本博文(1957-2020/63歳没)東京大学史料編纂所教授が、ライブ講義形式で解説したもの。著者の『忠臣蔵のことが面白いほどわかる本―確かな史料に基づいた、最も事実に近い本当の忠臣蔵!』('03年/中経出版)を全面改稿したもので、2017年12月の刊行は「忠臣蔵」シーズンに合わせたものと思われます。
根拠となる史料を丁寧に引きながら、事件の発端から切腹までの流れを、その背景や当時の常識、史料に残された証言、浪士たちが遺した手紙、間取り図や地図なども多数紹介しながら紐解いていきます。
刃傷松の廊下から吉良邸討ち入り、切腹にいたるまでの事件の経緯は、各章の冒頭で、囲み記事的に簡潔に纏められていて、それに関するいろいろな問題点・疑問点は、質問者が山本教授に問うQ&A方式であるため、新書で300ページとやや厚めではありますが、たいへん読み易くなっています。
史料によって伝えることが大きく違うのが赤穂事件であり、その結果どうなるかと言うと、我々が知る「忠臣蔵」の様々なエピソードのかなりの部分は事実と違っていたりするわけで、例えば、浅野内匠頭の有名な辞世の句は検死役の多門伝八郎の創作らしいとか。この多門伝八郎の件は、先に取り上げた 中島康夫『忠臣蔵 討ち入りを支えた八人の証言』('02年/青春出版社PLAYBOOKS INTELLIGENCE)の1人目としても取り上げられていました。内匠頭の家臣・片岡源五右衛門を多門伝八郎の取り成しで主君の切腹前に目通しを許可させたそうですが、『忠臣蔵 討ち入りを支えた八人の証言』で中島康夫氏は、典拠が『多門伝八郎覚書』であり、多門伝八郎自身のことをよく書いているのではないかとの批判もあるとしていましたが、本書でも、そうした批判があることが、研究者名を挙げて紹介されています。
また、「南部坂雪の別れ」で、搖泉院はその日南部坂の屋敷には居なかったとか(ただし、上京した際に挨拶には行っている)。大石内蔵助が屋敷内に冠者がいるのを察して、義士たちの血判状を携えるも、搖泉院には真意を明かさず、逆に西国への士官を仄めかして怒りを買って屋敷を去り、後で内蔵助の携えたものが血判状であったことが判明して、搖泉院が内蔵助を追いやったことを悔いるというお決まりのシーンが創作であることは想像に難くないですが、そもそも居なかったとは...。
「南部坂雪の別れ」
あれこれ真相を知ってしまうと芝居がつまらなくなるというのは確かにあるかもしれないし、Amazonのレビューなどを見ると、「(作者らはいかに)読者を楽しませるか、想像力をフル回転させ物語を創っている。彼らの努力あっての忠臣蔵である。学者には他人を楽しませる努力も、想像力も無い」との批評もありましたが、事実は事実として知っておき(概ねそうであったろうということも含め)、物語は物語として、目くじら立てずに愉しめば良いのではないでしょうか(トータル的に見て著者の最も言いたいことは、それはこれまでの著者の本でも述べられているが、赤穂浪士は忠義のために討ち入りしたのではないということのようだ)。
当時の時間の数え方、元禄の知行(1500石は年収いくらか)、貨幣や容積の単位といった知識が随所に盛り込まれていて、吉良上野介がどこからどこへ引っ越したのかとか、吉良邸の偵察要員だった神崎与五郎の店と吉良邸の位置関係が現在の地図で何処になるのか、といったことが確認できていいです。
何よりも興味深いのは、討ち入りに向けた諸費用の内訳が円グラフで示されていることで(江戸―上方間の旅費、浅野内匠頭仏事費、江戸借宅の家賃が3大支出)、この部分にフォーカスしたものが著者の前著『「忠臣蔵」の決算書 (新潮新書)』('12年/新潮新書)であり、されにそれが後に、中村義洋監督、堤真一、岡村隆史W主演の映画「決算!忠臣蔵」('19年/松竹)の原作となっています(『「忠臣蔵」の決算書』の方が財政に特化している分、ちょっと面白かったかな。最後に、詳細な索引が最後に付いているのは親切)。
