【3557】 ○ 植田 正治 『植田正治写真集:吹き抜ける風 (2005/12 求龍堂) ★★★★(○ 植田 正治(監修・文:金子隆一) 『植田正治のつくりかた (2013/10 青幻舎) ★★★★)

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生涯を通して出生地を拠点にしながら、海外にまで知られるようになった写真家。

吹き抜ける風01.jpg吹き抜ける風02.jpg 植田正治のつくりかた00.jpg 植田正治と妻.jpg
吹き抜ける風: 植田正治写真集』['05年]/『植田正治のつくりかた』['13年]植田正治と妻 (1949年撮影)
吹き抜ける風03.jpg植田 正治(しょうじ).jpg 植田正治(うえだ しょうじ、1913-2000/87歳没)は、出生地である鳥取県境港市を拠点に70年近く活動した写真家で、数ある作品の中でも、鳥取砂丘を舞台にした「砂丘シリーズ」はよ植田正治写真集:吹き抜ける風図2.jpgく知られています。人物をオブジェのように配する構図や、逆に物を擬人化するなどの特徴を持ち、土門拳や名取洋之助の時代以降の主観や演出を重視した日本の写真傾向と合致したとのこと(Wikipediaより)。この人の写真を見ていると70年代頃に「アサヒカメラ」(2008年廃刊)などに掲載されていた写真を想起させられます。
 
吹き抜ける風04.jpg 一方、その後に大きく興隆する広告写真、ファッション写真とも親近性があったこともあり、広く注目されるようになります。個人的にも、作品の中にはバブル期のサントリーの広告を思い出させるものがあったように思います(最近では上田義彦氏のサント吹き抜ける風f.jpgリー・ウーロン茶の広告を想起させる)。また、1994年には福山雅治のシングル「HELLO」のCDジャケットを手がけています。その間も次第に評価は高まり、その評価はヨーロッパやアメリカにも及びました。海外の写真家で言うと、アンリ・カルティエ=ブレッソンなどと似ている点もあるように思います(絵画まで範囲を拡げれば、キリコの画風が最も近いかも)。
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植田正治のつくりかた0.jpg植田正治のつくりかた01.jpg 故郷の鳥取県伯耆町に植田正治写真美術館がありますが、何回か東京でも写真展が開かれたことがあり、東京ステーションギャラリーが1993 年に生前最大規模となる回顧展「植田正治の写真」を開催し、さらに没後の2005年12月から2006年2月にかけて東京都写真美術館が開館10周年記念として写真展を開催しています。そして再び東京ステーションギャラリーにて、2013年10月から2014年1月にかけて「生誕100年!植田正治のつくりかた」と銘打った写真展が開催し、公式カタログとして『植田正治のつくりかた』('13年9月/青幻舎)が刊行されています。

植田正治のつくりかた02.jpg "公式カタログ"と言っても実質的には大型書籍と言えるもので、『吹き抜ける風:植田正治写真集』が163ページであるのに対し、こちらは224ページとそれを上回るページ数になっています(何れもソフトカバー)。『吹き抜ける風』が刊行された時点で植田正治はすでに亡くなっているため、網羅している写真のうち代表的な作品は重なりますが、『植田正治のつくりかた』の方が「砂丘シリーズ」以外の多様な写真を載せているように思われます(他界する直前に撮られた写真をフィルムから現像したものもある)。

 『植田正治のつくりかた』の解説文で興味深かったのが、しばしば砂丘の写真として説明される「少女四態」も、「パパとママとコドモたち」を中心植田正治のつくりかた03.jpgとする一連の「綴り方・私の家族」シリーズも、ともに植田の自宅からほど近い弓ヶ浜海岸で撮影されたということで、それを評論家が砂丘と勘違いしてしまったのですが、その勘違いの元となったのは、植田自身がそれらを収めた写真集を「砂丘」のタイトルで一括りにしたことにあるということです。
 
 ある意味、自分で自分をプロデュースする方法であったのかもしれないし、金子隆一氏(東京都写真美術館学芸員)の解説文にあるように、写真家の内部では砂と空があればすべて「砂丘」ということだったのかもしれません。でも、生涯を通して出生地を拠点にしながら、海外にまでその名を知られるようになったという意味では、稀有な写真家であるには違いないでしょう。

佐野史郎が語る植田正治.jpg 因みに、俳優の佐野史郎が植田正治のファンであり、「もう、作品がいい悪いだけじゃないんですよね。植田さんの才能、技術だけじゃなく、お人柄までも含めて、全てが写真に出ている感じがします」と語っています。佐野史郎は妖怪、ゴジラ、ドラキュラなどのマニアックなファンとしても有名ですが(ゴジラ映画に登場する博士役に憧れて俳優を志した)、かつて画家を目指して美術大学を受験したりした人で、ダリ、マグリットなどのシュールレアリスムの画家が大好きで、漫画家のつげ義春にも造詣が深く、写真家への関心も同じ視覚芸術としての流れでしょうか。

佐野史郎が語る、終生モダニズムを貫いた写真家・植田正治の魅力

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