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「●「新潮社文学賞」受賞作」の インデックッスへ(「不意の出来事」)
短篇には、同時代の他の作家の追随を許さない透明感と深みがある。
『娼婦の部屋・不意の出来事 (新潮文庫)』〔改訂版〕『娼婦の部屋 (1959年)』『不意の出来事 (1965年)』
「短篇の名手」と言われ、まさに短編でその力を発揮するのが吉行淳之介(1924‐1994)で、この短篇集は、表題作をはじめ13篇を収めていますが、うまいなあと思わせる部分、あるいは奥深いと思わせる部分が多々あり、また、読む側に一定の緊張感や感受する集中力を求めている感じもします。
「娼婦の部屋」('58年発表、'59年単行本(文藝春秋新社)刊行)は、会社の仕事で精神的に疲弊した25歳の主人公が娼街の特定の女の下へ通う話で、女の側から見て毎度「毛をむしられた鶏のようになって」来るが男が、帰るときには「人間」に近くなっているというのが面白かったです。
吉行淳之介(1924~94)。68年、東京都墨田区【朝日デジタルより】
娼婦はパトロンによって堅気の仕事に就いたりしますが、結局うまくいかずに元の街に舞い戻り、一方男の方は会社が隆盛となり(高度成長期の入り口の頃の話か)、社内の雰囲気も良くなる...そうなると、2人の男女の関係は(娼婦とその客という関係だが)変容していく、そうした "精神的"な関係性のダイナミズムを描いてうまいと思いました(いろいろなケースで、これ、当て嵌まるなあと思った)。
第12回「新潮社文学賞」受賞作の「不意の出来事」('65年)は、主人公のサラリーマン(三流週刊誌の記者)が、自分が付き合っている女にヤクザの情夫がいたことがわかり、そのヤクザに脅される話ですが、このヤクザ、会って話してみるとどこか気の弱さが窺えるという...。女との交情なども描いているわりには乾いた感じで、ヤクザが主人公の勤め先に押しかけた際に〈応接室もない会社〉に勤めているのかと同情されたりして、3者関係の歪みの中にも何だかユーモアも漂う作品。
そのほか、幻想的な作品や童話のような作品などもありますが、作中人物の心理などを比較的さらっとした描写で、それでいて深く抉りなながらも、基本的には作者は対象に一定の距離を置いている感じがします(病気した人でないと書けないような作品などもあるが、それらにしてもそう)。
そうした中、「鳥獣虫魚」という身体に異形を持つ女性との交わりを描いた作品は、女優のM・Mがモデルとなっているではないかと思われますが、作家自身の優しさや生への肯定感が比較的すんなり出ていてる感じがします。
娼婦を多く描いていることもあり、好みで評価が割れる作家ですが、このころの短篇作品には、同時代の他の作家の追随を許さない透明感と深みがあると個人的には思っています。
『娼婦の部屋 (1963年)』 講談社ロマン・ブックス
短編集『娼婦の部屋』...【1959年単行本[文藝春秋新社]・1963年単行本[講談社ロマン・ブックス]】
短編集『不意の出来事』...【1965年単行本[新潮社]】
短編集『娼婦の部屋・不意の出来事』...【1966年文庫化・2002年改訂版[新潮文庫]】