【1406】 ○ アガサ・クリスティ (鮎川信夫:訳) 『ABC殺人事件 (1957/09 ハヤカワ・ミステリ) ★★★★

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単なるサイコ・スリラーで終わらないどんでん返し。リアリティを保つドラマとしての肉付け。

『ABC殺人事件』.jpgABC殺人事件 ポケミス.jpg ABC殺人事件 クリスティー文庫.jpg  ABC殺人事件 ハ―パーコリンズ版.jpg ABC殺人事件 2001.bmp
ABC殺人事件 (1957年) 』(鮎川信夫:訳) 『ABC殺人事件 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』['03年](堀内静子:訳)  HarperCollins版(1995/2001)
ABC殺人事件 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(田村隆一:訳/真鍋博:カバーイラスト)

The ABC Murders -Great Pan.jpgトム・アダムズ108「ABC殺人事件」.jpg ある日ポアロの元へABCと名乗る人物から殺人予告とも取れる一通の手紙が届き、そして予告通り、アンドーヴァの地で小売店のアッシャー夫人が撲殺され、更に2通目、3通目の予告状も届き、ベクスヒルで若い女性バーナードが、更にチャーストンでクラーク卿が殺される。この連続殺人には、殺人が行われた地名と被害者の頭文字がAとA、BとBのように一致していることと、死体のそばに必ず「ABC鉄道案内」が置かれているという2つの共通点があった―。 米国版(表紙イラスト Tom Adams)
Pan Books First edition published in 1958.

ABC殺人事件1962.bmp 1935年に発表されたアガサ・クリスティの長編推理小説で(原題:The ABC Murders)、一見無関係な殺人事件が連続して起きる「ミッシング・リンク・テーマ」の決定版とされている作品であり、更には、サイコ・スリラーという点でも、80年代のトマス・ハリスや90年代のジェフリー・ディーバーの諸作品の先駆け的要素を持った作品であると言えます。

 但し、近年のサイコ・スリラーやクライム・ドラマに見られるような、所謂「サイコ」(サイコパス)というパターン化した怪物的犯人像と、この作品で犯人と目される人物のキャラクターとでは、同じく精神を病んでいるにしても随分と趣が異なり、更には、「サイコ」を徐々に追い詰めて、最後に捕まえて事件は解決というパターンではなく、更にそこから大きな「どんでん返し」がある点でも、クリスティのオリジナリティの高さを感じます。

Fontana版(1962)

「ABC殺人事件」.jpg 一方で、その「どんでん返し」を振り返って思うに、捜査を攪乱させるためとは言え、ここまでやるかなあ犯人は、という印象はあり、先に挙げたジェフリー・ディーバーの『魔術師(イリュージョニスト)』('03年発表、'04年文藝春秋、'08年文春文庫)の犯人などもまさに同じ手法を用いており、確かにこうした犯行技巧は現代ミステリにも受け継がれてはいるのでしょうが、どうしてもこの手のやり口は、犯人サイドから見て労力と結果の対比効率が良くないのではないかと思ってしまいます。

 ただ、クリスティのエラいところは、そうした批判をも見通して、人間ドラマとしての肉付けをしっかりすることにより、一定のリアリティを最後まで保持しようとしているところにあるのではないかと。
Grosset & Dunlap later edition in USA

 だから、読者を、「これは推理小説であり、要は"お話"なのだ」みたいな読み方には最後までさせない、この辺りが、「ミステリの女王」の真骨頂なのではないかと、個人的には思います。


 事件の序盤で、ポアロがヘイスティングスの問いに、犯人は「中背の赤毛の男で、左目が軽いややぶにらみ」で、「右足をやや引き摺り、肩甲骨のすぐ下には黒子がある」と言う場面があり、これは、まだ犯人について何も分っていないのに「シャーロック・ホームズ流の推理」を聞きたがるヘイスティングスに対する苛立ちと皮肉を込めた冗談なのですが、同時に、シャーロック・ホームズの推理的卓抜(コナン・ドイルの作風)の非現実性を皮肉っているようにも取れました。

「名探偵ポワロ(第31話)/ABC殺人事件」 (92年/英) ★★★★
「クリスティのフレンチ・ミステリー(第1話)/ABC殺人事件」 (09年/仏) ★★★☆
「名探偵ポワロ(第31話)ABC殺人事件」11.jpg クリスティのフレンチ・ミステリー/ABC殺人事件.jpg

ABC殺人事件 新潮文庫.jpgABC殺人事件 (ポプラポケット文庫.jpg 【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(鮎川信夫:訳)/1959年文庫化[創元推理文庫(堀田善衛:訳)/1960年再文庫化・1996年改版版[新潮文庫(中村能三:訳)/1962年文庫化[角川文庫(能島武文:訳)/1974年再文庫化[講談社文庫(久万嘉寿恵:訳)]/1987年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳)]/1990年再文庫化[偕成社文庫(深町真理子:訳)]/2000年再文庫化[講談社青い鳥文庫(花上かつみ:訳)]/2003年再文庫化[創元推理文庫(深町真理子:訳)/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(堀内静子:訳)]/2015年再文庫化[ポプラポケット文庫(百々佑利子:訳)]】
ABC殺人事件 (ポプラポケット文庫 (702-1))』['15年](ジュニア向け)
ABC殺人事件 (新潮文庫)』(中村能三:訳)

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