2010年9月 Archives

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翻訳者によって解釈が変わってくる箇所が多々ある作品。それが、また"深さ"なのか。

『ガラスの鍵』創元推理文庫旧装丁.pngガラスの鍵 ポケミス.jpg 『ガラスの鍵』.bmpガラスの鍵 創元推理.jpg ガラスの鍵 光文社古典新訳文庫.jpg
ガラスの鍵 (1954年) 』(砧一郎:訳)/『ガラスの鍵 (創元推理文庫 130-3)』(大久保康雄:訳)[白山宣之カバー絵版・新版]/『ガラスの鍵 (光文社古典新訳文庫)』(池田真紀子:訳)
『ガラスの鍵』創元推理文庫旧装丁(カバー:広橋桂子)
The Glass Key by Dashiell Hammett (Digit Books, Jun 1957) Cover by De Seta
The Glass Key by Dashiell Hammett (Digit Books, Jun 1957) Cover by De Seta.jpg 実業家で市政の黒幕でもあるポール・マドヴィックは、上院議員の娘ジャネットに恋をしており、次回の選挙では、議員を後押しすることにするが、それを快く思わない地元暗黒街のボスは、ポールを失脚させようと妨害工作を始める。そんな折、議員の息子テイラーが、何者かに殺害され、遊び人テイラーと娘オパールの交際を嫌っていたポールに嫌疑がかかる。ポールの右腕である賭博師ネッド・ボーモントは、友人を窮地から救うべく奔走する―。

 1930年にパルプマガジン「ブラック・マスク」に連載され、1931年に刊行されたダシール・ハメットの4作目の長編で(原題:The Glass Key)、2年前に発表された『血の収穫』のような古典的ギャングのドンパチ騒ぎの連続ではなく、市政を巡る近代的ギャングの政治的抗争劇というか、主人公のボーモントも、時に腕力や胆力を見せるものの、スーパータフガイといった感じではなく、基本的には冷静な知力で事件の解決を図るタイプの人物造形になっています。

 また、従来のハメットの作品と異なり、3人称で書かれていて、主人公の心理描写が殆ど無いため、読者は、会話と客観描写から主人公の現在の心理状態を探ることになりますが、ストーリーがやや複雑なこともあって、かなり気合を入れて読み込むことが必要かも。同時にこのことは、翻訳者によって、センテンスの解釈が変わってくる可能性のある箇所が多々あることも示しているかと思います(その点が、この作品の深さなのかも知れないが、日本語の場合、日本語に翻訳された時点で、既に解釈が入り易いのではないか)。

 ハメット自身が自らの最高傑作とし、個人的にもほぼ異存はありませんが(『赤い収穫』とは異質の作品であり、優劣を論じにくいとも言える)、自分自身がこの作品を十全に理解し得たかどうかというと、まだまだよく分らなかった部分もあったような心許無さが残る面もありました(読む度に印象が変わるというのは、作品の"深さ"なのかも)。

 光文社古典新訳文庫からこの作品の翻訳が出たのも、この作品は、ハードボイルドらしい客観描写の裏に隠された、心理小説的要素が強い作品(文学作品的?)であるからではないかと思われ、ジェフリー・ディーヴァーの作品の翻訳家でもある池田真紀子氏の訳は、ディーヴァーの作品が状況証拠やプロファイリングから謎を解いていくタイプのものであるように、登場人物やその会話の周辺状況が読者に分り易いように訳しているように思います。

 比べるとすれば、大久保康雄 ('60年/創元推理文庫)、小鷹信光 ('93年/ハヤカワ・ミステリ文庫)あたりですが、これらの旧訳では、主人公の名前の表記が、大久保訳は「ボーマン」、小鷹訳は「ボーモン」となっていて(砧一郎訳は「ボウモン」)、個人的には末尾に「ト」が無い方に馴らされてしまっているので、やや違和感があったというのはありますが、池田訳はそれらに比べやや重厚感が落ちるものの、旧来のイメージをそう崩さずに旨く訳しているのではないでしょうか(池田訳を読んだ後で、大久保訳または小鷹訳を読み直すのがいいかも)。

The Glass Key (1942) 2.jpg この作品は、1935年と1942年に映画化されていますが、スチュアート・ヘイスラー監督の1942年作品は、(「シェーン」('53年)で人気を博す前の)二枚目俳優アラン・ラッドと超絶美人女優と言われたヴェロニカ・レイクの主演で(本当の主役はブライアン・ドンレヴィであるとも言えるが)、概ね原作に忠実に作られているものの、やはり随所で、この時ボーモンはこんな表情をしていたのかといった意外性があったりしました(因みに、映画で観ている限りは概ね「ボーマン」と聞こえるが、ヴェロニカ・レイクは最初の方では「ミスター・ボーマント」とはっきり"t"を発音している)。
 
ガラスの鍵 [DVD] .jpgTHE GLASS KEY 1942Z.jpg 映画では、ヴェロニカ・レイク演じるジャネットが早くからアラン・ラッド演じるボーモンに好意を寄せていることがわかり、この小説の場合、映画化作品もまた、演出によって様々な解釈が入り込み易いということでしょう(因みに1935年のフランク・タトル監督作品は観ていないが、そちらではボーモンがオパールを愛していたという解釈になっているらしい)。
ガラスの鍵 [DVD]」(2013年リリース)

 ハメット自身は、この作品を書いていた頃は、前作『マルタの鷹』(1930年発表)の映画化(ジョン・ヒューストン監督、ハンフリーボガード主演「マルタの鷹」('41年))により、映画化権収入があったりして急に懐具合が良くなった時期で、その後、『影なき男』(1934年発表)を書いてからは長編を発表しておらず、稼ぎ過ぎるとかえって創作意欲が減退するタイプだったのかなあ(後半生の伴侶リリアン・ヘルマンの彼女自身の自伝によると、執筆活動はずっと続けていたが、作品を完成させることがなかったとのこと)。

THE GLASS KEY 1942.jpgThe Glass Key (1942).jpg 「ガラスの鍵」●原題:THE GLASS KEY●制作年:1942年●制作国:アメリカ●監督:スチュアート・ヘイスラー●脚本:ジョナサン・ラティマー●撮影:セオドア・スパークル●音楽:ヴィクター・ヤング●原作:ダシール・ハメット●時間:85分●出演:アラン・ラッド/ヴェロニカ・レイク/ブライアン・ドンレヴィ/ボニータ・グランヴィル/リチャード・デニング/ジョセフ・カレイア/ウィリアム・ベンディックス/エディー・マー/フランシス・ギフォード●日本公開:VHS/2003/11ビデオメーカー(評価★★★☆)

【1954年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(砧一郎:訳)/1960年文庫化[創元推理文庫(大久保康雄:訳)/1993年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(小鷹信光:訳)]/2010年再文庫化[光文社古典新訳文庫(池田真紀子:訳)]】

 《読書MEMO》
●ウィリアム・ノーラン(小鷹信光:訳)『ダシール・ハメット伝』(′88年/晶文社)より
「『ガラスの鍵』はハメットの作品中で最も難解なものとなった。動機は決して語られず、暗に示唆されるだけだ。全編を通じてボーモントの心には仮面がぴったりとかぶされ、行動は誤解されやすい。ボーモントが事件を解明しようと殺人の手がかりを追うのと同じ位慎重に、読者はネドのキャラクターについてハメットが与えてくれる分かりにくい手がかりを追って行かねばならない。」

「『ガラスの鍵』は『血の収穫』を新しくした小説である。『血の収穫』では、悪党どもは昔の西部流に荒っぽく、ポイズンヴィルを支配するために爆薬や機関銃を使った。『ガラスの鍵』では、それが体裁よく 洗練され、やり方もはるかに手のこんだものになっている。拳銃の代りに連中は政治的圧力や脅迫という手段に訴える。彼らは二十世紀の犯罪にふさわしい破壊的な進歩を見せ、 それがカポネの時代のあけっぴろげな街中での暴力にとって代わっている。」

「『ガラスの鍵』は、ハメットが「たまたま犯罪小説になったものの、シリアスな小説」を書こうとした、彼の最も意欲的な試みだった。出版以来十年の間に、この作品は「傑作」と持てはやされたり、「最悪の出来」とけなされたりしてきた。モームとレイモンド・チャンドラーは二人ともこの作品を絶賛し、特にチャンドラーは「人物像が少しずつ明らかにされてくる」ところを評価している。」

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町を浄化するには手順があった。「ハードボイルド小説=男のハーレクイン」と言われようとも。

[赤い収穫 ポケット.jpg[血の収穫 創元推理文庫.jpg 血の収穫 白山宣之 装画.jpg 血の収穫 (創元推理文庫)19590620.jpg 赤い収穫 小鷹.jpg
血の収穫 (創元推理文庫)』(田中西二郎:訳)[和田 誠 カバー絵版/白山宣之カバー絵版/新版]『赤い収穫 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(小鷹信光:訳)
赤い収穫 (1953年) Hayakawa Pocket Mystery 102』(砧一郎:訳)

red harvest 1929 (hardback with dust jacket).jpgred hervest Pocket, 1943 (paperback).jpgRedHarvest 1956 (paperback).jpgRedHarvest Penguin 1963 (paperback).jpg コンティネンタル探偵社支局員の私は、小切手を同封した事件依頼の手紙を受けとってある鉱山町に出かけるが、入れちがいに依頼人が銃殺され、利権と汚職とギャングの縄張り抗争で殺人の修羅場と化した町を、1人奔走することになる―。
Red Harvest 1929 (hardback with dust jacket)/1943 (paperback)/1956 (paperback)/1963 (paperback)

Dashiell Hammett Omnibus.jpg 1929年に完結したダシール・ハメット(Dashiell Hammett、1894‐1961)のデビュー作で(原題:Red Harvest)、ハードボイルドの原型となった作品の1つと言われるだけに、逆に古さを感じさせず、現在に至るまで、いかに多くのフォロアーを生みだした作品であるかということを窺わせるものでもあります。

Dashiell Hammett Omnibus: Red Harvest, The Dain Curse, The Maltese Falcon, The Glass Key.

 前半の依頼人殺しの犯人を突き止めるところぐらいまでは本格推理的要素が幾分かありますが、やがて次々と人が殺されていく壮絶なバイオレンスドラマになっていき、知力より胆力勝負になっていくというか(現実世界の生身の人間なら、命がいくらあっても足りないという感じもするが)。

 そのバイオレンスシーンを淡々と綴る簡潔な文体は、アンドレ・ジッドが絶賛したとのことですが、所々に、状況にそぐわないようなユーモアを入れるのも、近年の作家ではドン・ウィンズロウなどが踏襲しているし、洋モノハードボイルドの翻訳スタイルも、この辺りの作品の翻訳を通して、1つの類型が出来あがっていったのだろなあ。

 ハヤカワ・ポケットミステリの砧一郎訳('53年)のタイトルが「赤い収穫」、創元推理文庫の田中西二郎訳('59年)が「血の収穫」でしたが(能島武文訳('60年/新潮文庫)、田中小実昌訳('78年/講談社文庫)も「血の収穫」)、ハヤカワ・ミステリ文庫の小鷹信光訳('89年)は「赤い収穫」と直訳に戻っているほか(と言うより、ハヤカワは一貫して「赤い収穫」ということか)、小鷹信光訳では「おれ」ではなく「私」という一人称になっていて(田中西二郎訳は「おれ」、能島武文訳は「わたし」、田中小実昌訳は「おれ」)、主人公は超人的と言っていいほどのタフガイには違いないですが、「おれ」よりは「わたし」の方がちょっと知的な印象でしょうか。

 この主人公は、作中に名前が出てこないため「コンティネンタル・オプ」と一般に言われていますが、作中で誰も彼を名前や渾名で呼ばないことに不自然さが感じられないのも旨い点です。

 ハードな雰囲気はずんずん伝わってくるものの、ストーリーは実はかなり混み入っていて、主人公が町の浄化を見事に果たす結末に酔いしれたのはいいけれど、その過程はすっかり忘れてしまっていた―それが、今回落ち着いて読んでみて、町の中の4つの対抗勢力を2対2に分断して抗争させ、さらに残った2つを1対1に分断して争わせるという、ただ引っ掻きまわしただけじゃなく、グループダイナミックス的な手順を踏んでいたことが、改めて認識できました。

用心棒03.jpg この作品は映画化されていませんが、黒澤明が「用心棒」('61年/東宝)の中RedHarvest LastManStanding.jpgで、『赤い収穫』から多くのヒントを得たことを自ら認めています(黒澤本人が「用心棒は『血の収穫』(赤い収穫)ですよね?」という問いに「血の収穫だけじゃなくて、本当はクレジットにきちんと名前を出さないといけないぐらいハメット(のアイデア)を使っている」と述べている)。洋画では、強いて言えば、その「用心棒」を、禁酒法時代の西部の町に舞台を置き換えて忠実に翻案した「ラストマン・スタンディング」('96年/米)が、雰囲気的にはやや近いのかも知れません(主人公の桑畑三十郎に相当するジョン・スミスを演じているのは、ブルース・ウィリス)。

『乱調文学大辞典』nakami41.jpg乱調文学大辞典1972.jpg まあ、「用心棒」に限らずこの作品のプロットは多くの作品に使われていて、筒井康隆氏の『乱調文学大辞典』('72年/講談社)によれば、「その数、おそらく百をくだるまい」とのことです(この本の全体がパロディだが、この「ハメット」の項は真面目な記述)。

あほらし屋の鐘が鳴る.jpg 斎藤美奈子女史が『あほらし屋の鐘が鳴る』('99年/朝日新聞社)の中で、「ハードボイルド小説=男のハーレクイン」と言っていますが、ウマいこと言うなあと思いつつも、読みたいもの読ませておいてくれれば、それでいいではないかと思ったりもします。

創元推理文庫 1959年6月20日初版 1976年4月23日17版(田中西二郎:訳)カバー: 和田 誠
[血の収穫(red harvest).png 【1953年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(砧一郎:訳『赤い収穫』)/1959年文庫化[創元推理文庫(田中西二郎:訳『血の収穫』)/1960年再文庫化[新潮文庫(能島武文:訳『血の収穫』)]/1977年再文庫化[中公文庫(河野一郎:訳『血の収穫』)]/1978年再文庫化[講談社文庫(田中小実昌:訳『血の収穫』)]/1989年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(小鷹信光:訳『赤い収穫』)]/2005年再文庫化[嶋中文庫(河野一郎・田中西二郎:訳『血の収穫』)]】

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掛け値無しの面白さ。バイオレンスは厭という人にはお薦めできないが。

犬の力.jpg  犬の力 上.jpg 犬の力 下.jpg犬の力 上 (角川文庫)』『犬の力 下 (角川文庫)

犬の力 (上・下)』4.JPG 2009(平成21)年・第28回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作、2009年度・第1回「翻訳ミステリー大賞」受賞作、2010年・第28回「ファルコン賞」(マルタの鷹協会主催)受賞作(更に、宝島社「このミステリーがすごい!(2010年版・海外編)」1位、2009年度「週刊文春ミステリーベスト10」(海外部門)第2位、2009年「IN★POCKET」の「文庫翻訳ミステリー・ベスト10」でも第2位)。

 メキシコの麻薬撲滅に取り憑かれたDEAの捜査官アート・ケラー、叔父が築く麻薬カルテルの後継アダン&ラウル・バレーラ兄弟、高級娼婦への道を歩む美貌の女子学生ノーラ・ヘイデン、ヘルズ・キッチン育ちのアイルランド人の若者ショーン・カラン。彼らは、米国政府、麻薬カルテル、マフィアなどの様々な組織の思惑が交錯する壮絶な麻薬戦争に巻き込まれていく。血に塗られた30年間の抗争の末、最後に勝つのは誰か―。

犬の力 洋書.jpg 2005年に発表されたドン・ウィンズロウの長編で(原題: "The Power of the Dog" )、1999年以降筆が途絶えていたと思いきや6年ぶりのこの大作、まさに満を持してという感じの作品であり、また、あのジェイムズ・エルロイが「ここ30年で最高の犯罪小説だ」と評するだけのことはありました。

 それまでのウィンズロウ作品のような1人の主人公を中心に直線的に展開していく構成ではなく、アート・ケラー、バレーラ兄弟、カランの3極プラスノーラの4極構成で、それぞれの若い頃から語られるため、壮大な叙事詩的構図を呈しているとも言えます。

 若い頃にはバレーラ兄弟に友情の念を抱いたことさえあったのが、やがて彼らを激しく憎しむようになるアート・ケラー、マフィアの世界でふとした出来事から名を馳せ、無慈悲な殺し屋となっていくカラン、メキシコの麻薬市場を徐々に牛耳っていくバレーラ兄弟、その兄アダン・バレーラの愛人になるノーラの謎に満ちた振る舞い、大掛かりな国策的陰謀の中で彼らは踊らされているに過ぎないのか、最後までハラハラドキドキが続きます。

 もう、「ニール・ケアリー・シリーズ」のような"ソフト・ボイルド"ではなく、完全にバイオレンス小説と化していますが、重厚感とテンポの良さを併せ持ったような文体は、やはりこの作家ならではかも。
 「ボビーZ・シリーズ」で、エルモア・レナードっぽくなったなあと思いましたが、この作品を読むと、あれは通過点に過ぎなかったのかと思われ、エンタテインメントの新たな地平を求めて、また1つ進化した感じです。

 一歩間違えれば劇画調になってしまうのですが、と言って、この作品の場合、そう簡単には映画化できないのではないでしょうか。丁度、ダシール・ハメットの最もバイオレンス風味溢れる作品『赤い収穫(血の収穫)』が、かつて一度も映画化されていないように(1930年に映画化され「河宿の夜」として日本にも公開された作品の原作が『赤い収穫』であるという話もあるが)―。それでも、強引に映画化するかなあ。

 とにかく掛け値無しで面白いです。但し、たとえエンタテインメントであってもバイオレンスは厭という人にはお薦めできません(と言う自分も、上巻の終わりのところでは、結構うぇっときたが)。

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KGB vs. MI-5の一匹狼同士の対決。TV映画版におけるポロニウムの扱い方は大丈夫?

M&Aタイパンと呼ばれた男 vhs.jpg第四の核 単行本2.jpg第四の核 単行本.jpg 第四の核 上.jpg第四の核 下.jpg 第四の核.jpg 
第四の核 (上) (下) 』/『第四の核(上) (角川文庫)』『 (下) (角川文庫)』/「第四の核【字幕版】 [VHS]」「M&A タイパンと呼ばれた男・第1部「宿命」 [VHS]

『第四の核 (上)』.JPGThe Fourth Protocol.jpg 1984(昭和59)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。

 時は1987年、ソ連書記長は英国労働党内部で共産主義者が勢力を得ていることを知り、来る総選挙で労働党を勝たせ、英国に共産主義政権を作るべく、英国の米軍基地で小型核爆弾を爆発させるという作戦を立て、KGBのエリート、ペトロフスキーを英国に潜入させるとともに、小型核爆弾の部品を次々と彼のもとへ送り込む。

 一方、MI-5のプレストンは、グラスゴーで死亡したロシア人船員の持ち物の中に、核爆弾の起爆装置の部品が含まれていたことから、ソ連の英国内での核テロ計画を察し、計画の実行役や部品の運び役の正体を暴くために、不審入国者の捜査にあたるが、ソ連側の巧みな偽装工作のため糸口を掴めないまま作戦は進行していく―。

 1984年に英国の作家フレデリック・フォーサイスが発表した、冷戦を背景にしたスパイ小説で(原題はThe Fourth Protocol(第四の議定書))、各国入り乱れてのかなり複雑なストーリーですが(なぜ英国内の米軍基地を狙うかというと、それによってNATOの分断を図ろうというもの)、しかしながら、KGBのペトロフスキー vs. MI-5のプレストンの対決という軸で、関心を切らすことなく読めました(プレストンは左遷されたエージェントであり、単独でペトロフスキーを追っている)。

 もう1つの焦点は、小型核爆弾は果たして完成するのかという点ですが、まあこれは、完成しても爆発させるところまでは至らないないだろうという気が、最初からしてしまうというのはありましたが...(書かれた時点では、3年後の話なのだが)。

The Fourth Protocol v.jpg第四の核THE FOURTH PROTOCOL.jpg 1986年にBBCでテレビ映画化されていて、ピアース・ブロスナンがKGBのスパイを演じていますが、これがなかなか渋い。後の「007シリーズ」を思わせるような女性との絡みやアクション・シーンもありますが(ピアース・ブロスナンがジェームズ・ボンド役を射止めるのは、この作品の8年後)、アクションに関して言えば、いかにもテレビサイズのそれという感じで、むしろ敵役マイケル・ケインとの演技合戦の方が見どころかも。

 結局、ペトロフスキーは核爆弾を完成させるところまではいくのですが、最後は、「007」とは違って不死身とはいかなかった。但し、プレストンにやられるのではなく...。ペトロフスキーのキャラクターイメージは、『ジャッカルの日』の「ジャッカル」に近いでしょうか。非情なスパイ(エージェント)やスナイパーとして描きながらも、最後に彼らに対するシンパシーのようなものが滲むのも、作者の特徴かも知れません(ケン・フォレットの『針の眼』なども、そうした傾向があるが)。 
 
アレクサンドル・リトビネンコ.jpg この小説にある小型原子爆弾の起爆剤となる物質はポロニウムで、2006年に英国で発生した、元ロシア連邦保安庁情報部員アレクサンドル・リトビネンコの不審死事件は(事件そのものが、この小第四の核 映画.jpg説とかなり似ている部面があるようにも思えるが)、リトビネンコの死因はポロニウムによる毒殺だとされています(公開された病床のリトビネンコの、それまでとは変わり果てた写真は衝撃的だった)。

 マリ・キュリーが発見したことでも知られるポロニウムは極めて危険な放射性物質のはずですが(マリ・キュリーの死因もポロニウムの被曝による可能性が高いとされている)、映画の中では、小型核爆弾の組み立て作業で、女性物理学者が手袋をしただけの素手のまま円球ポロニウムを扱っていて(それをブロスナンが傍で見ていたり、出来あがったキットを一緒に素手で運んだりしている)、こんなんで大丈夫なのかなあ、2人とも被曝しないのかなあと心配になってしまいます。

NOBLE HOUSE 1988 0.jpg ピアーズ・ブロズナンの映画初出演作は、 アガサ・クリスティの『鏡は横にひび割れて』を原作とする「クリスタル殺人事件」('80年/英)で、劇中劇でエリザベス・テーラーの相手をするチョイ役(ノンクレジット)でした。ピアーズ・ブロズナンは、1995年に007/ジェームズ・ボンド役を得るまでは、むしろ劇場映画よりもこうしたTV映画に出演していて、「M&A/タイパンと呼ばれた男」('88年/英)というミニTVシリーズにも出ていました。

NOBLE HOUSE 1988 1.jpg 中国返還を10年後に控えた香港を舞台とするビジネスドラマで、原作は、あの「将軍」を書いたジェームズ・クラヴェル。「将軍」がイマイチだったのでこれもどうかと思ったのですが、ビデオ全3巻、6時間のNOBLE HOUSE 1988 03.jpg長尺でありながら、比較的飽きずに最後まで観ることが出来、ということは、それなりに面白かったということになるのでしょう。「タイパン(大班)」とは香港にある外資系企業のトップを指し、原題の「ノーブル・ハウス」はかつて東アジアで勢いを誇った実在の商社。ピアーズ・ブロズナンはそこの後継者として生まれた青年実業家役で、敵対的M&Aに対する攻防を繰り返していく様をミステリーを絡めて描いたものです。日本でもM&Aが珍しくなくなった今日、比較的馴染みやすい内容となっており、DVD化されるかなと思いましたが、現在のところ['10年]まだのようです。

THE FOURTH PROTOCOL 1986.jpg「第四の核」●原題:THE FOURTH PROTOCOL●制作年:1986年●制作国:イギリス●監督:ジョン・マッケンジー●撮影:フィル・メヒュー●音楽:ラロ・シフリン●原作・脚本:フレデリック・フォーサイス●時間:116分●出演:ピアース・ブロスナン/マイケル・ケイン/ジョアンナ・キャシディ/ネッド・ビーティ/ジュリアン・グローヴァー/マイケル・ガフ/レイ・マカナリー/イアン・リチャードソン/アントン・ロジャース/キャロライン・ブラキストン/ジョセフ・ブラディ/ベッツィ・ブラントリー/ショーン・チャップマン/マット・フルーワー●日本公開:(劇場未公開)VHS/1997/10 東北新社(評価★★★)

NOBLE HOUSE 1988 00.jpg「M&A/タイパンと呼ばれた男」●原題:NOBLE HOUSE●制作年:1988年●制作国:イギリス●監督:ゲイリー・ネルソン●原作:ジェームズ・クラヴェル●時間:361分●出演:ピアース・ブロスナン/ジョン・リスデイヴィーズ/ジュリア・ニクソン/デンホルム・エリオット/デボラ・ラフィン●日本公開:(劇場未公開)VHS(全3巻)/1989/10 アスミック・エース(評価★★★☆)

 【1986年文庫化[角川文庫(上・下)]】 

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"ニール・ケアリー・シリーズ"と『犬の力』の中間にある作品。ストーリーが巧み。

ボビーZの気怠く優雅な人生.jpg 『ボビーZの気怠く優雅な人生 (角川文庫)』['99年] The Death and Life of Bobby Z.jpg "The Death and Life of Bobby Z"  輸入版DVD

The Death and Life of Bobby Z hardcover.jpg 元海兵隊員のティムの人生はトラブルだらけで、コソ泥で服役中に人を殺してしまって終身刑が確実となった上に、殺した男の仲間に命を狙われる―そんな彼に麻薬取締捜査官が差し伸べた救いの手は、ティムの容姿がカリフォルニアの麻薬組織の帝王ボビーZに瓜二つであることから、その替え玉になることだった。協力することで自由の身になった彼だったが、彼の前にメキシカンマフィアの顔役、メキシコの麻薬王ら悪党の面々、そして謎の美女とその連れている男の子が現れ、彼自身は、麻薬王や捜査官に追われる立場に―。

 ドン・ウィンズロウが1997年に発表した作品で(原題は"The Death and Life of Bobby Z")、『ストリート・キッズ』をはじめとする"探偵ニール・ケアリー・シリーズ5部作"に対して、これはシリーズ外の作品。

 他にも90年代に発表された"ニール・ケアリー・シリーズ"以外の作品では、『歓喜の島』('96年)、『カリフォルニアの炎』('99年)』がありますが、この『ボビーZの気怠く優雅な人生』は、小説の背景は"ニール・ケアリー・シリーズ"とは異なるものの、主人公のキャラクター的には、ニール・ケアリー的要素を引いているのではないでしょうか。
 一方で、後の『犬の力』('05年)を予感させるようなバイオレンス的要素もあり、"ニール・ケアリー・シリーズ"と『犬の力』の中間にある作品と言っていいかと思います。

 危機一髪が繰り返されるストーリーはとにかく面白い。ただ、こんな殺戮場面の連続に子どもを立ち会わせていいのかなあと気を揉んだりもしましたが、後になって思えば、「血の繋がらない家族」というのがテーマとしてあったわけかと(子どもを通して、ティムが真人間になっていく過程を描いたともとれる)。

 こんなに事が旨く運ぶのかなあとも思いましたが(ラストのサーフボード!)、ボビーZが語り部のワンウェイによって伝説として語られるように、ティム自身も、1個の伝説となる、その予兆として描かれていると見るべきでしょうか。

 但し、ティムは、最後には、ボビーZの伝説に終止符を打つとともに、自分自身をも消し去る―これは、ティムをボビーZに仕立てることで利するはずだった黒幕の陰謀を、そのまま裏返しにしてお返ししたような結末であるとも言え、そのストーリーテイリングの巧みさには舌を巻くばかりです。

ボビーZ.jpg 語り部のワンウェイの口から伝わるのかどうかは別として、やがて、どこかでティム(乃至ボビーZ)は生きているということで、また新たな伝説が広まるのではないでしょうか。
 どちらの名で伝わるにしろ、実質的にはティムがボビーZの伝説を引き継いだことになりますが、ワンウェイの口から伝わるのならば、"ボビーZ"の名で伝わるのだろうなあ。

 映画化され、ストーリーはほぼ原作に忠実なようですが、ポール・ウォーカーのティム役は、ちょっとイメージ違うような...。

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"禁じ手"にこだわるかどうかは別として、ポアロ推理の真骨頂を堪能できる作品。

アクロイド殺し ハヤカワミステリ.jpg「アクロイド殺し」雄鶏社 1950年刊.jpg 『アクロイド殺し』真鍋 博 表紙.jpg アクロイド殺し クリスティー文庫.jpg
ハヤカワミステリ(1955)/雄鶏社(1950)/ハヤカワミステリ文庫/クリスティー文庫

 村の名士ロジャー・アクロイドが短刀で刺殺されるという事件が起きるが、容疑者であるアクロイドの義子ラルフ・ペイトンは姿をくらまし、事件は迷宮入りの様相を呈す。アクロイドの主治医シェパードはこうした状況を手記にまとめ、事件の謎を解決しようとする一方、アクロイドの義妹セシルの娘で、ラルフの婚約者であるフローラは、村に越して来たばかりの変人がポアロであることを知って、犯人の捜査を依頼する―。

英国初版(1926)/Fontana版(1960)/(1963)/(1983)
The Murder of Roger Ackroyd.jpgアクロイド殺し 英国Fontana版 1960.jpgアクロイド殺し 1963.jpgアクロイド殺し1983.bmp 1926年に発表されたアガサ・クリスティの長編推理小説で(原題" The Murder of Roger Ackroyd")、クリスティの6作目の長編で、エルキュール・ポアロ・シリーズでは3作目ですが、シリーズの中でも傑作とされており、個人的にもそう思います。

 この作品の評価で最も議論になるのが、小説の形式そのものにトリックがあることで、これは読者に対しての所謂"禁じ手"ではないかということですが、確かに全く引っ掛かりを覚えないかと言うとそうではないものの、推理小説としての構成が素晴らしいので、やはり高評価に値するように思います。

 多くの主要登場人物のすべてを容疑者とし、実際にそれぞれに被害者殺害の機会があったことを読者にも示しながら、緻密且つ論理的に検証していくとただ1人の犯人に必然的に行きつくという、ポアロ推理の真骨頂を堪能できる作品ではないでしょうか。

 シリーズの前作同様に「一人称小説」でありながら、それが「手記」でもあったというところで、そう言えばそれまであまり追及を受けていない者が...とは思ってはしまうものの、自分のような推理音痴にはこれぐらいがちょうどいい?

 長編でありながらも無駄のない構成で、それでいて、"ミス・マープルの原型"とされるシェパード医師の妻キャロラインの事件への"首突っ込みたがり屋"ぶりが可笑しかったりもしました。この作品の最後の方のポワロはちょっと怖いかも。

アクロイド殺人事件.jpgアクロイド殺人事件02.jpg これ、映像化に際しては、原作がある種の叙述トリックであるため、工夫が必要にあります。デビッド・スーシェ版「名探偵ポワロ」の第46話(第6シーズン第5話)で2000年にテレビドラマ化されており(製作は1999年。99分の長尺版)、その時もやはり少しアレンジされていました、ただし、トリックそのものは概ね生かされており、まずまずの出来ではなかったかと思います。

アクロイド殺人事件01.jpg 因みに、ドラマでは、ポワロが廃業後、隠居したキングス・アボットの村で野菜園作りなどしていた折に遭遇する事件という設定になっており(ただし、ロンドンのホワイトヘヴン・マンションはまだキープし続けてアクロイド殺人事件48.jpgいる)、本ドラマシリーズ中期の後半といったことでそうした設定になっているのでしょう(原作は、ポワロの長編としては『ゴルフ場殺人事件』の次に書かれた3作目に当たるのだが)。したがって、ジャップ警部が引退したポワロと偶然にも再会を果たし、快哉を叫ぶというシーンもあったりします(因みに、ジャップ警部の本ドラマシリーズ登場回数は、全70話中40回と、ヘイスティングスの43回と僅か3回しか差がない。最初はポワロのことを煙たがっていたジャップ警部だが、これだけポワロに事件を解決してもらえれば、確かに再会を喜び合う関係になってもおかしくない)。

iアクロイド殺人事件03G.jpg「名探偵ポワロ(第46話)/アクロイド殺人事件」●原題:AGAHTA CHRISTIE'S POIROT SEASON6:THE MURDER OF ROGER ACKROYD●制作年:1999年●制作国:イギリス●本国放映:2000/01●監督:アンドリュー・グリーブ●脚本:クライブ・エクストン●時間:99分●出演:デビッド・スーシェ(ポワロ)/フィリップ・ジャクソン(ジャップ主任警部)/オリヴァー・フォード・デヴィース(シェパード医師)/マルコム・テリス(ロジャー・アクロイド)/セリーナ・キャデル(キャロライン・シェパード)/デイジー・ボウモント(アーシュラ・ボーン)/フローラ・モントゴメリー(フローラ・アクロイド)/ナイジェル・クック(ジェフリー・レイモンド)/ ジェイミー・バンバー(ラルフ・ペイトン)/ロジャー・フロスト(パーカー)/ヴィヴィアン・ハイルブロン(ヴェラ・アクロイド)/グレガー・トラター(デイビス警部)●日本放映:2000/12/30●放映局:NHK(評価:★★★☆)

アクロイド殺し クリスティー文庫2.jpg【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(松本恵子:訳『アクロイド殺し』)]/1957年文庫化[角川文庫(松本恵子:訳『アクロイド殺人事件』)/1958年再文庫化・1987年改版[新潮文庫(中村能三:訳『アクロイド殺人事件』)/1959年再文庫化・1975年・2004年改版[創元推理文庫(大久保康雄:訳『アクロイド殺害事件』)/1979年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(田村隆一:訳『アクロイド殺し』)]/1998年再文庫化[偕成社文庫(茅野美ど里:訳『アクロイド殺人事件』)]/1998年再文庫化[集英社文庫(雨沢泰:訳『アクロイド殺人事件―乱歩が選ぶ黄金時代ミステリーBEST10(6)』)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(羽田詩津子:訳『アクロイド殺し』)]/2004年再文庫化[嶋中文庫(河野一郎:訳『アクロイド殺害事件』)]/2005年再文庫化[講談社青い鳥文庫(花上かつみ:訳『アクロイド氏殺害事件』)]】

クリスティー文庫

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時間転移を解説するこだわりは評価したいが、話は最後"人生訓"みたいになってしまった。

『フラッシュフォワード』.JPGフラッシュフォワード.jpg フラッシュフォワード2.jpg フラッシュフォワード1.jpg フラッシュフォワード1.gif
フラッシュフォワード (ハヤカワ文庫SF)』['10 年]『フラッシュフォワード (ハヤカワ文庫SF)』['01 年]

 2009年、ヨーロッパ素粒子研究所で、ヒッグス粒子を発見するための大規模な実験が行われたが、装置が稼働した瞬間に、全人類の意識が1分43秒間だけ2030年に飛んでしまい、2009年の世界では飛行機が墜落するなどの大災害が発生、何千人もの犠牲者が出た。実験の中心人物だったロイドとテオ両博士は―。

 1999年にカナダのSF作家、ロバート・J・ソウヤー(Robert J. Sawyer、1960年生まれ)が発表した長編で(原題:Flashforward)、アメリカのTVドラマ<LOST>の後番組として2009年9月にスタートした番組の原作ですが、着想の部分こそ原作に沿っているものの、全体の内容的にはドラマとはかなり異なったものでした。

 所謂タイム・パラドックスものですが、タキオン粒子とかミンコフスキー・キューブなどといったテクニカル・タームを用いて、どうして時間転移が起きたのかを解説しようとしており(そのこだわりは評価したい)、但し、これって解説すればするほど、「因果律」の壁にぶつかってしまうような気が...(その「因果律」そのものが、この小説のモチーフとなっているとも言えるのだが)。
 地球も太陽系も銀河系も、常時もの凄いスピードで移動しているんだけどなあ、その辺の理論的整合性はどうなっているのか、とか突っ込みどころ満載。

 それ以外の部分は、ロイドとテオの人間ドラマが殆どで、ロイドは、同僚のミチコと結婚するつもりでいたけれど、20年後の"ヴィジョン"では別の女性と暮らしていたために、彼女との結婚に消極的になる、一方、テオは、20年後の"ヴィジョン"を見ることがなかった、つまり、20年後には自分は死んでいるということで、その原因を探り、何とか未来を変えられないかと躍起になる―。

 それぞれにとって大事なことだろうけれど、周囲では大事故などの予期せぬ不幸が頻発しているのに、それらはインターネットのニュース記事の見出しのように散発的に作中に記されるだけで(国連が再実験を決議するというのは非現実的ではないか)、あくまでも、ロイド、ミチコ、テオといった研究所のメンバーについての人間ドラマを軸に話は展開していくため、随分"独我論"的な物語のような印象を受けました(こうした内向性は、『ターミナル・エクスペリメント』('95年発表)なども含め、政治的色合いを避ける傾向と、永遠の生命とは何かというのがテーマの1つになっていることと併せ、ソウヤー作品の特徴のようではあるが)。

 但し、その分、人物を深く描いてくれればいいのですが、何となくパターン化した人物造形で(TVドラマ向き?)、長さの割には深まらず、だったらこんなに長くなくてもいいのではないかと(すらすら読めることは読めるのだが)。

 ネタバレになりますが、結局のところ、「諦念」によって"ヴィジョン"通りになってしまったロイドと、「努力」によって"ヴィジョン"を変えたテオ―ということで、この話って、最後は、そういう"人生訓"が落とし所だったのかと。

 2030年の未来予測はともかく、1999年発表された2009年を舞台とした作品ということで、既に2009年の予測からして外れている部分が所々あるのをチェックするというのは、ちょっと意地悪な楽しみ方でしょうか。

フラッシュフォワード top.jpgフラッシュフォワード tv.jpg TVドラマ<フラッシュフォワード>の方は、全人類が2分17秒間意識を失い「6カ月後」を垣間見るという設定で、この「20年後」と「6カ月後」の違いだけで、全く異なる話になってしまうし、また、登場人物の設定なども随分違っているので、原作を元に「作り変えた」別のお話と考えた方がいいのでしょう(本国では低視聴率のため、放送打ち切りになってしまったが、続編を望む声も一部にあるという)。

「フラッシュフォワード」FlashForward (ABC 2009/09~2010) ○日本での放映チャネル:AXN(2010.07~08)

 【2001年文庫化・2010年新装版[ハヤカワ文庫SF]】

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元ストリート・キッズの探偵の活躍が爽快。"ソフトボイルド"の傑作。

A Cool Breeze on the Underground.jpg ストリート・キッズ ドン・ウィンズロウ.jpgストリート・キッズ (創元推理文庫)』['93年] Don Winslow.jpg Don Winslow

A Cool Breeze on the Underground: A Neal Carey Mystery: Don Winslow

 1994(平成6)年・第12回「ファルコン賞」(マルタの鷹協会主催)受賞作。

 1976年5月、「朋友会」という組織に属する探偵ニール・ケアリーは、来る8月の民主党全国大会で副大統領候補に推されることになっている上院議員から、行方不明の17才の娘アーリー探しを依頼され、彼女の元同級生の目撃証言をもとにロンドンに向かうが、その地で何とか探しあてた娘を巡って、ワル達との間での駆け引きが始まる―。

 『犬の力』で2009年の「このミス」海外編で第1位になった、ニューヨーク出身の作家ドン・ウィンズロウ(Don Winslow,1953‐)が、1990年に発表したデビュー作で、"ニール・ケアリー"シリーズ(全5作)の第1作でもあります(原題は"A Cool Breeze on the Underground")。

 邦訳のタイトルは、主人公が、父親は行方知れず、母親は飲んだくれの娼婦という不幸な生い立ちの路上生活少年、所謂ストリート・キッズだったことに由来し、彼はひょんなことから父親代わりと言うべきグレアムと出合い、尾行術など探偵の基礎を教えられ、やがて組織の一員となり、大仕事をやってのけるという痛快な内容です。

 文庫で512ページの長編ですが、テンポ良く楽しめながら読める文体が良く、前半はあまり探偵小説っぽくなくて、「ニューヨーカー」誌(短編主体だが)の都会小説を読んでいるような感じもあります。

 ニールとグレアムの父子関係にも似た師弟関係が良く、実際2人は「父さん」「坊主」と呼び合っていますが、時にそれは強い信頼の絆の下にある友情関係のようでもあります。

 そして、ニールのキャラクターも最高。普段は減らず口ばかり叩いていますが、実は繊細ではにかみ屋。大学で文学を教えることを目指す知性派であり、体力よりも知力で勝負するタイプですが、いざという時は身体を張って、時には命がけで勝負しなければならない局面も。

 そんな時には、既存のハードボイルド小説のスーパーヒーローやタフガイと違って、"普通人"と同様に恐怖心を抱き、それを克服しようと懸命になっている様が健気で(それが時に、作者によって巧みにユーモラスな筆致で描かれている)、こんなキャラって、従来のハードボイルド小説ではいなかったなあと思われ、実に新鮮でした。

 ニールとアーリーに絡む様々な人物の描写も楽しめ、彼らが複雑に取引きし合って、そして、終盤のたたみかけるような展開。全体のプロットも秀逸で、まさに「ニール、してやったり」という感じ。

 近作『犬の力』(これ、傑作です)に比べ、より自分の経験に近いところで書かれている感じで(作者は俳優、教師、記者、研究員など様々な職業を経験していて、この作品を書いた時点でも、調査員兼サファリガイドだったとのこと)、基調にはユーモアが目一杯に鏤められています。

 こういうの、"ハードボイルド"でなく、"ソフトボイルド"と呼ぶそうです。ナルホドね。ソフトボイルドの傑作です。

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アクション・ハードボイルドの傑作。男心に響く主人公の行動美学。

深夜プラス1 ハヤカワミステリ.jpg  深夜プラス1ミステリ文庫1.jpg 深夜プラス1ミステリ文庫2.jpg 深夜プラス1ミステリ文庫3.jpg Gavin Lyall.jpg
深夜プラス1 (1967年) 』『深夜プラス1 (ハヤカワ・ミステリ文庫 (HM 18‐1))』 Gavin Lyall(1932-2003)

Gavin_Lyall_-_Midnight_Plus_One.jpgMidnight+One 73.jpgMidnight Plus One (Pan 1983).jpg 元英国情報部員のルイス・ケインは、マガンハルトという実業家を、ブルターニュからリヒテンシュタインまで定刻に間に合うよう送り届ける仕事を請け負うが、この男は、彼の到着を快く思わない者から狙われ、フランス警察からも追われていた。ケインは護衛役のハーヴェイ・ロヴェルというガンマンを引き連れ、シトロエンDSを駆って出発する―。

"Midnight Plus One" (Firirst edition(UK)1965/Pan 1973/1983)

ヤカワミステリ文庫創刊 深夜プラス1.png 1965年に英国の作家ギャビン・ライアル(Gavin Lyall、1932-2003/享年70)が発表した冒険アクション小説(原題"Midnight Plus One")で、CWA(英国推理作家協会)最優秀英国作品賞(CWA. Best. British. Novel. 1965)受賞作。作者の最高傑作とも言われており、ハヤカワ・ミステリ文庫の創刊ラインアップの一冊で、「ハヤカワ文庫海外ミステリ・ベスト100」の5位にランクインしたりもしていますが、再読してみて以前読んだよりも面白く感じられ、確かに傑作だなあと。

Midnight_Plus_One_(Coronet_1993).jpg 物語はケインの一人称で語られており、ロヴェルは欧州で3本の指に入る名うてのガンマンであるものの実はアル中で(何だかドグ・ホリディみたい)いざという時に心許なく、一方、敵方は欧州で№1と№2のガンマンを雇っているという、最初から形勢不利な状況設定がハラハラさせられますが、レジスタンスの闘士でもあったケインの落ち着きある判断で、立ちはだかる数々の難局を何とか潜り抜けていきます。

(Coronet 1993)

 国外脱出行というシンプルで骨太のプロットを軸とした緊迫した展開でありながらも、中継点としてケインのレジスタンス活動時代の恋人の下を訪ねたり、マンガハルトの美人秘書がいつの間にかロヴェルに惚れたりといった男女間の機微も適度に織り込まれ、更には、この護送劇そのものの背後に、予想もつかなかったような黒幕がいるというドンデン返しもあり、いろいろ楽しめます。

Midnight_Plus_One_(Orion).jpg こうした護送劇は、ハードボイルド・アクションなどで結構ありますが、護送の対象となるのは大体、独裁政権を倒そうする政治家であったり、裁判で重要な証言が期待されている参考人であったりすることが多く、但し、このマンガハルトについては、自分の会社の株主としての利益を守ることがリヒテンシュタイン行きの目的であり、それに対しケインは、この仕事の請け負う上での道義性を常に検証していて、ああ、何となくレジスタンスっぽいなあと。

(Orion 2007)

 戦争時代にスパイの元締めをやっていて、今は産業スパイの黒幕になっているフェイ将軍とかいう怪しげな人物(やや滑稽でもあるが、実はくせ者)も登場したりし、ガンマン達の戦いの場も塹壕網だったりして、登場人物の過去も含めて、欧州大戦の面影が色濃く感じられる話でもあります。

 ケイン、リヴェル、フェイ将軍らのそれぞれの銃に対するこだわりの違いなども面白く、車に対する作者のこだわりも強く感じられます(前半はシトロエンDSが激走、後半は、7千㏄の1930年式ロールスロイス・ファントムⅡが装甲車並みの活躍をする)。

 ケインは諜報員時代にカントンと呼ばれていて、作中では(一人称であるため)それほど詳しく語られていませんが、レジスタンス時代の英雄であったらしく、ケインが何か重大な判断を求められる局面で、常にカントンとして相応しい行為であるかどうかを基準にしているというその行動美学も、大いに男心をくすぐる点ではないでしょうか。

 【1967年新書化[ハヤカワ・ミステリ]/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫]/2002年単行本[講談社ルビー・ブックス]】

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ミス・マープルのシリーズの中でも傑作。ラストの哀しい余韻がいい。

鏡は横にひび割れて ハ―パーコリンズ版.jpg 鏡は横にひび割れて  ハヤカワ・ミステリ.jpg 鏡は横にひび割れて  ハヤカワ・ミステリ文庫.jpg 鏡は横にひび割れてクリスティー文庫.jpg クリスタル殺人事件 ポスター.jpg 鏡は横にひび割れてdvd.jpg
"The Mirror Crack'd from Side to Side" ハ―パーコリンズ版『鏡は横にひび割れて (1964年) 』『鏡は横にひび割れて (ハヤカワ・ミステリ文庫)』(カバーイラスト:真鍋博)『鏡は横にひび割れて (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』/「クリスタル殺人事件」ポスター/「ミス・マープル 第11巻 鏡は横にひび割れて [DVD]

THE MIRROR CRACK'D .Pocket (US) 1964.jpg ミス・マープルの住むセント・メアリ・ミード村にある邸宅ゴシントン・ホールに、往年の大女優マリーナ・グレッグが夫ジェースン・ラッドと共に引っ越して来て、その邸宅で盛大なパーティが開かれるが、その最中に招待客の1人で地元の女性ヘザー・パドコックが変死し、死因はカクテルに入っていた薬物によるものだったことが判明する―。

THE MIRROR CRACK'D .Pocket (US) 1964

 アガサ・クリスティ(1890‐1976)が1962年、72歳で発表した作品で(原題"The Mirror Crack'd from Side to Side")、犯人の動機やラストの余韻が忘れ得ない作品、ミス・マープルのシリーズの中でも傑作中の傑作ではないかと思います。

 タイトルの「鏡は横にひび割れて」は、マリーナがパーティでミセス・パドコックと言葉を交わした直後に見せた、凍りついたような謎の表情が、ヴィクトリア朝の詩人テニスンの「シャロット姫」の中で、鏡が横にひび割れ、シャロット姫が、呪いが我が身にふりかかったことを知った時の表情にも思えたところからきています。

 この後にミセス・パドコックは、誰かにぶつかって飲み物をこぼし、代わりにマリーナから渡されたグラスを飲み干して死ぬ、ということで、犯人はもともとマリーナを狙っていたのか、それとも...。

鏡は横にひび割れて 1971.jpg やがて、何らかの秘密を握るジェースンの秘書エラ・ジーリンスキーが毒殺され、第3の殺人事件も起きますが、ストーリーそのものはシンプル(作品が永く印象に残る1つの要因だと思う)、但し、妊娠中の女性が水疱瘡に感染すると胎児に危険を及ぼすという知識はあった方がいいかも。

 最後に犯人は睡眠薬で自殺を遂げますが、本当に自殺だったのか、それとも、犯人のことを想う身内が裁いたのかという謎が残り、ミス・マープルの推論は後者のようですが、哀しいなあ、この結末。マープルもそれ以上のことは追及しないような終わり方です。
       
英国・Fontana版 (1971) (Cover Illustration By Tom Adams)
      
「クリスタル殺人事件」('80年/英)キム・ノヴァク/エリザベス・テーラー
クリスタル殺人事件1.jpgクリスタル殺人事件2.jpg ガイ・ハミルトン監督によって映画化された「クリスタル殺人事件」('80年/英)は、ミス・マープル役がアンジェラ・ランズベリー(これが契機となったのか、後にテレビドラマ「ジェシカおばさんの事件簿」('84年~'96年)で"ジェシカおばさん"ことミステリー作家ジェシカ・フレッチャーを演じることに)。マリーナがエリザベス・テーラー(1932年生まれ)、秘書のエラがジェラルディン・チャップリン、夫ジェースンがロック・ハドソンと豪華顔ぶれですが、やや原作とは違っているというクリスタル殺人事件3.jpg感じも。原作ではそれほど重きを置かれていない映画女優ローラ・ブルースターをキム・ノヴァク(1933年生まれ)が演じることで、マリーナとローラの確執を前面に出しています。ロンドン警視庁のクラドック警部役がエドワード・フォックスだったり、マリーナが出ている映画の中でちらっと出てくる相手役がピアース・ブロスナン(ノンクレジット)だったりと、役者を観る楽しみはありますが、出演料に費用がかかり過ぎたのか舞台はやや地味で(『白昼の悪魔』を原作とするガイクリスタル殺人事件es.jpg・ハミルトン監督の次回作「地中海殺人事件」('82年)の方がスペインで海外ロケをしている分、舞台に金をかけている)、しかも第三の殺人は省いてしまったりもしています。ラストでマリーナの最期に原作には無いオリジナルのひねり(空のベッド!)を加えていますが、これはまずまず。一方、BBCのテレビ版('92年)も見ましたが、むしろこちらの方が、役者の派手さは無いものの、3時間を超える長さで、且つかなり原作に忠実に作られていて"本格派"のように思いました。
 
TVドラマ「ミス・マープル(第12話)/鏡は横にひび割れて」 ('92年/英)
The Mirror Crack'd 1992 01.jpgThe Mirror Crack'd 1992 03.jpg 導入部では、例のミス・マープルと近所のおばさんや小間使いとの間の世間話なども織り込まれていて、最初はいつもフツーのおばあさんにしか見えないミス・マープルですが、事件が進展していくと一転して鋭い洞察をみせ、相当早くに犯人の目星をつけてしまったみたいで、後は、残った疑問点を整理していくという感じでしょうか(最大の疑問点は犯行動機、これが事件の謎を解くカギになる)。原作と同じようにエンディングで余韻を残していて、この点でも原作に忠実でした。

The Mirror Crack'd  07.jpgThe Mirror Crack'd 1992 02.jpg テレビ版でもこれまで何人かの女優がミス・マープルを演じていますが、BBCが最初にシリーズ化した際にマ―プルを演じたジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)は好きなタイプで、生前のクリスティ本人から「年を経た暁には、ミス・マープルを演じて欲しい」と言われたという逸話があるそうです(この「鏡は横にひび割れて」は、シリーズ全12話の最後の作品で、ジョーン・ヒクソンはこの時85歳くらいかと思われるが、非常にしっかりしている)。

The Mirror Crack'd 1992 Joan Hickson.jpgThe Mirror Crack'd 1992 スラック警部.jpg この「鏡は横にひび割れて」には、同じテレビシリーズの「第3話/予告殺人」で捜査に当たったクラドック警部(ジョン・キャッスルが、原作に沿って再び登場し(どうやらやり手であるがために逆に出世が遅れているらしい)、いつも登場するスラック警部(デヴィッド・ホロヴィッチ)は「警視」に昇進しています(スラック警視はクラドック警部の有能さを買っている)。

 シリーズを通してミス・マープルに対抗心を抱きながらいつも先を越され、苦虫を噛み潰してきたスラック警部が、「警視」に昇進して自らが直接捜査に当たる必要がなくなった余裕からか、これまでのミス・マープルを無視しようとする姿勢を全面的に改め、クラドック警部にミス・マープルに相談するようアドバイスする場面が個人的には愉快でした(実はクラドック警部はミス・マープルの甥で、彼女の卓抜した推理力については上司に言われるまでもなく知っている)。スラック警部は、ミス・マープルのおかげで昇進できたということでしょうか。そして、本人にもその自覚がある? シリーズ最終話らしいオチでした。

ミス・マープル 鏡は横にひび割れて BBC.jpg 本作はビデオ('98年)にもDVD('02年)にもなっているし、最近ではAXNで観ました(ジョーン・ヒクソンの吹き替えを担当している山岡久乃(1926‐1999)もいい)。ビデオ化される以前にテレビ東京「午後のロードショー」で放映されています('97年)。(いずれも短縮版) 

ミス・マープル 完全版 DVD-BOX.jpg '98年リリースのVHS版では第12話、DVD版は第11話になっていますが、本国での放映年からみると第12話(最終話)。最初に出されたDVDがシリーズ全12話中11話収録(「ポケットにライ麦を」が欠落)だった関係でしょうか?その後出された完全版DVD‐BOX1とBOX2で全12話がフォローされているが最終話ではなく第11話のまま。ビデオ・DVDの収録順は全体を通して本国でのドラマ版制作順と一致していないようです。 「ミス・マープル[完全版]VOL.11 [DVD]

ミス・マープル[完全版]DVD-BOX 2

Disc 7:「ポケットにライ麦を」(A Pocket Full of Rye)
Disc 8:「牧師館の殺人」(The Murder at the Vicarage)
Disc 9:「動く指」(The Moving Finger)
Disc 10:「魔術の殺人」(They Do It with Mirrors)
Disc 11:「鏡は横にひび割れて」(The Mirror Crack'd)
Disc 12:「予告殺人」(A Murder Is Announced)

クリスタル殺人事件 dvd.jpgクリスタル殺人事件4.jpg「クリスタル殺人事件」●原題:The Mirror Crack'd●制作年:1980年●制作国:イギリス●監督:ガイ・ハミルトン●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:ジョナサン・ヘイルズ/バリー・サンドラー●撮影:クリストファー・チャリス●音楽:ジョン・キャメロン●原作:アガサ・クリスティ「鏡は横にひび割れて」●時間:105分●出演:アンジェラ・ランズベリー/エリザベス・テイラー/ロック・ハドソン/ジェラルディン・チャップリン/トニー・カーティス/エドワード・フォックス/キム・ノヴァク/チャールズ・グレイ/ピーター・ウッドソープ/ナイジェル・ストック/ピアース・ブロスナン(ノンクレジット)●日本公開:1981/07●配給:東宝東和●(評価★★★)
クリスタル殺人事件 [DVD]

The Mirror Crack'd from Side to Side 1992.jpg「ミス・マープル(第12話)/鏡は横にひび割れて」●原題:The Mirror Crac'd from Side to Side●制作年:1992年●制作国:イギリス●監督:ノーマン・ストーン●製作:ジョージ・ガラッシオ●脚本:T・R・ボーウェン●撮影:ジョン・ウォーカー●原作:アガサ・クリスティ●時間:日本放映版93分(完全版204分)●出演:ジョーン・ヒクソン(マープル)/クレア・ブルーム(マリーナ・グレッグ)/バリー・ニューマン(ジェイソン・ラッド)/グエン・ワトフォード(ドリー・バントリー)/ジョン・キャッスル(ダーモット・クラドック警部)/コンスタンチン・グレゴリー(アードウィック・フェン)/グリニス・バーバー(ローラ・ブルースター)/エリザベス・ガーヴィー(エラ・ザイリンスキー) /デヴィッド・ホロヴィッチ(スラック警視)/イアン・ブリンブル(レイク巡査部長) ●日本公開:1997/03/19 (テレビ東京)(評価:★★★★) 
ミス・マープルbbc.jpgミス・マープル jh.jpgミス・マープル bbc.jpg「ミス・マープル」Miss Murple (BBC 1984~1992) ○日本での放映チャネル:テレビ東京/NHK‐BS2/FOXチャンネル

鏡は横にひび割れて dvd.jpg鏡は横にひび割れて 01.jpg 「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第20話)/鏡は横にひび割れて」 (10年/英・米) ★★★★

 【1964年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(橋本福夫:訳)]/1977年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(橋本福夫:訳]/2004年再文庫化[早川書房・クリスティー文庫(橋本福夫:訳)]】

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"シリーズ第5作。犯行の目的と手段の乖離を「ミスディレクション」で説明するにはやや無理が...。
ディーヴァー  『魔術師』.jpg魔術師 単行本.jpg 魔術師 文庫下.jpg 魔術師 文庫 上.jpg
魔術師 (イリュージョニスト)』['04年] 『魔術師(イリュージョニスト)〈上〉 (文春文庫)』『魔術師(イリュージョニスト)〈下〉 (文春文庫)

 2004(平成16)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第3位、2005 (平成17) 年「このミステリーがすごい」(海外編)第2位作品。

 ニューヨーク各所で数時間おきに舞台奇術さながらの連続見立て殺人事件が発生し、犯人はいつも衆人環視の中、鮮やかな脱出パフォーマンスを演じるが如く消え失せてしまう。四肢麻痺の"天才的犯罪学者"リンカーン・ライムは、奇術の才能を持った犯人が繰り出す"手持ち無沙汰の絞首刑執行人"、"美女の胴切り"、"中国の水牢"など、有名な奇術に準えた殺人を阻止するには、そのタネを見破らねばならないとし、イリュージョストを目指す女性カーラに協力を依頼する―。

The Vanished Man.jpg 2003年発表のジェフリー・ディーヴァーの"リンカーン・ライム"シリーズの第5作で(原題は"The Vanished Man")、その前に第3作『エンプティー・チェア』で南部の田舎町に行ったり、第4作『石の猿』でプロットに中国思想を織り込んだりと変化球ぽかったのが、この作品で、"安楽椅子探偵"が猟奇殺人犯を追うという、このシリーズの原初スタイルに戻った感じ。但し、個人的には、文庫化されてから読んだこともあって、ややマンネリ感も。

 解説の法月輪太郎氏が、「よく言われることだが、ライム・シリーズは結末の意外性を重視するあまり、時としてストーリーが破綻してしまう傾向がある。犯人の最終目的と、そこに至るまでの込み入った手段が合理的なバランスを失って、本末転倒の印象を受けることも珍しくない」とし、「しかし、用意周到なイリュージョニストを犯人に据えた本書では、そうしたプロットの泣き所がうまい具合にクリアされている」としています。

 つまり、魔術師による魔術そのものが、観客の目を欺くための"ミスディレクション"をベースに成り立っており、犯人が魔術師である以上、どんなに"回り道"をしても、それは"ミスディレクション"の手法として合理化でき、"目的と手段の不均衡"は解消されるということのようですが、果たしてそうでしょうか。

 個人的には、理屈は理屈、実態は実態というか、今回も大いに楽しませてくれたには違いありませんが、ちょっとやり過ぎたような感じもし(サービス過剰?)、冷静に考えれば、犯人が自らの目的のために、検事補の殺害や極右組織の指導者の脱獄幇助をわざわざ装うというのは、あまりにも目的と手段が乖離しているように思えてなりませんでした。

 冒頭の連続殺人やそのスタイルも、作者の動機との関連が今一つ弱いように感じられ、そうすると、この犯人は、猟奇犯であったと同時に復讐犯であり、但し、犯行の手口は前者と後者でかなりの不統一を呈している―これではハナから、このシリーズお得意の独自プロファイリングが効かないということになってしまう―それでいて、土壇場で犯人を追い詰め、その正体まで暴いてみせるというのは、ライムがいくら天才でも、ややご都合主義的な気がしました。

 まあ、読者としては素直に騙されていればいいのであって、また、それが作品を楽しむ一番のコツなのかも知れませんが、そうした引っ掛かりもあって、読後にやはりスッキリしないものが残りました。

 【2008年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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「児童文学」と言うよりは「大人の絵本」という感じか。しみじみとした味わい。

黒猫ネロの帰郷.jpg 『黒猫ネロの帰郷』['97年]Elke Heidenreich trifft Tomi Ungerer.jpg エルケ・ハイデンライヒ&トミー・ウンゲラー

Nero Corleone.jpg イタリアの農家で生まれた黒猫ネロは生まれた時から悪ガキで野心家。ドイツ人夫婦に気に入られて、貧しい農家からの脱出に成功、ドイツでもやりたい放題、妹ローザと共に贅沢な暮らしを満喫する。だが、年をとってローザに死なれ、寂しくなったネロは、15年ぶりに懐かしい生まれ故郷に帰ってくる―。

 1995年にドイツの作家エルケ・ハイデンライヒ(Elke Heidenreich)が発表した作品で、彼女はドイツでは、文芸作家としてのほか、テレビ・ラジオ向けのドラマ作家や司会者としても活躍してきた人であるとのこと、本書はドイツでは発表後すぐに大ベストセラーになったそうです。
 今やドイツでは、トミー・ウンゲラーと並ぶ児童文学の大御所とみていいのでは。

"Nero Corleone. Die ' Ich denk an Dich' Box"

 タイトル通りの内容ですが、異郷の地で暮らした後の15年ぶりの帰郷ということは、人間で言えば、若い頃にウチを飛び出して、年老いてから郷里に戻ってきたということになり、まさに「放蕩息子の帰還」の物語です。

 訳本は90ページ余りですが、黒猫ネロの生涯を通して、人間の一生を照射したような内容で、クヴィント・ブーフホルツの柔らかいタッチの絵も相俟って、「児童文学」と言うよりは「大人の絵本」という感じではないでしょうか。

 舞台の始まりがイタリアの農家で、終わりもそこで終わっていることから、作者のイタリアへの思い入れが感じられますが、それがドイツ人のイタリアへの憧憬とも重なったのかも知れません。

 ネロの渾名は「ドン・コルレオーネ」というマフィアのボスの名前からとったものであり、ハイデンライヒとブーフホルツのコンビによる第2作『ペンギンの音楽会』では、三大テノールの一人、ホセ・カレーラスが登場しますが、渾名としてではなく、"本人"として登場するという―ホントにイタリア好きだなあと。

 黒猫ネロは、ある意味ヒロイックであるけれども、決してスーパーヒローではなく、そして、年老いた今は、彼のことを多くの者は昔話としてしか知らない―ありがちだなあ、こんな人生(しみじみ...)。

 子供に読ませようと思って、結局、自分が読んで終わってしまったのですが、多分ドイツでも、子供より大人に読まれたのではないでしょうか

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シリーズ第8作。情報社会の恐怖。ライムの正統派的なアプローチは堪能できた。

『ソウル・コレクター』.jpgソウル・コレクター.jpg The Broken Window.jpg  Jeffery Deaver.jpg Jeffery Deaver
ソウル・コレクター』['09年] The Broken Window (2008) (The eighth book in the Lincoln Rhyme series)

 四肢麻痺の"天才的犯罪学者"リンカーン・ライムの下に、従兄弟のアランが殺人事件の容疑者として逮捕されたという連絡が入るが、完璧過ぎる証拠や匿名の目撃通報に疑問を抱いたライムが、最近起きた類似事件を調べると、同様に完璧な状況証拠と匿名の通報により容疑者が捕まった事件が2件見つかり、どうやら何者かが個人の情報を調べ上げて、自分の身代わりに犯人に仕立て上げているらしいことがわかる―。

 2008年発表のジェフリー・ディーヴァーの"リンカーン・ライム"シリーズの第8作で(原題は"The Broken Window")、連続殺人事件の背景に、個人の情報を集め、管理し、それを顧客に販売する神のような個人情報企業(データマイニング会社)の存在が浮かんできます。

 こうした情報社会の恐怖を描くのが得意な作家として、「ミレニアム」シリーズのスティーグ・ラーソンなど専門職的な作家が何人かいますが、さすがジェフリー・ディーヴァー、初めて取り上げるテーマでありながら、かなり突っ込んで高度情報社会の裏側を描いているように思えました(IT企業なのに社員のログを残していないなど、疑問点もいくつかあるが)。

 日本でも、元SEの福田和代氏による『オーディンの鴉』('10年/朝日新聞出版)というのがあって、これはこれで面白かったのですが、『オーディン』では、全ての情報を操る「神のような存在」の組織の謎については明かさず「謎の組織」のまま話が終わっており、その点では、ジェフリー・ディーヴァーのこの作品の方が、「神」になり得る存在を具体的に描いています(「グーグル」なんか、大いにその可能性あるなあ)。

 "車椅子探偵"リンカーン・ライムが少しずつ犯人を追い詰めていく様は、今回は意外とストレートで、奇を衒ったどんでん返しも無く、但し、犯人そのものは意外と小粒だったというか、まあ最初から、データマイニング会社の関係者に制約されざるを得ないわけですが...(強いて言えば、最初のリストとは少し違っていたというのが意外性か)。

 ネットやクレジットで買い物をしたり、チップ埋め込みのポイントカードを使ったりすることで、自らの行動を企業に把握され、管理されてしまうというのは怖いけれど、結局、その便利さを捨てないのは、犯人のような悪意を実行に移せる立場の人が、極めて限定されているという了解下でのことなのだろうなあ(しかも、この犯人、相当ご苦労さんというか、泥臭いことをやっているともとれる)。

 今回は、プロセスにおいては、ライムの正統派的なアプローチを最後まで充分堪能でき、また解説において、作者自身が、ライムがやっているように部屋全面にホワイトボードを置いてストーリー構築しているということを知って、たいへん興味深く思いました。

 【2012年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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シリーズ第7作。どんでん返しの連続は楽しめたが、やや無理がある展開か。でも、面白い。

ジェフリー・ディーヴァー『ウォッチメイカー』.jpgウォッチメイカー.jpg ウォッチメイカー 上.jpg ウォッチメイカー 下.jpg
ウォッチメイカー』['07年] 『ウォッチメイカー〈上〉 (文春文庫)』『ウォッチメイカー〈下〉 (文春文庫)』['10年]

 2007 (平成19) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位。2008 (平成20) 年「このミステリーがすごい」(海外編)第1位。「日本冒険小説協会大賞」も併せて受賞した作品。

cold moon.bmp クリスマス前のある日、ニューヨークで2件の殺人があり、犯行現場に時計を残し"ウォッチメイカー"と名乗る犯人を、四肢麻痺の犯罪学者リンカーン・ライムとアメリア・サックスが追うことになるが、サックスはもう一方で、自殺したと見られていたある公認会計士の死について調査していた―。

 2006年発表のジェフリー・ディーヴァーの"リンカーン・ライム"シリーズの第7作で(原題は"The Cold Moon")、2007(平成9)年・第26回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作です(2008(平成10)年「このミステリがーすごい!海外部門」でも1位)。
 上下2段組みで511ページという分厚さですが、殆ど3日間内の出来事なので、一気に読むことをお奨めします。

 シリーズ史上最強の敵(?)"ウォッチメイカー"とリンカーン・ライムの知恵比べは、後半のどんでん返しの連続が醍醐味であり、それはそれで大いに楽しめ、星5つを献上したいところですが、振り返ってみると、前半部分に後半に繋がる多くの伏線があったことが分かるにしても、やや無理がある展開かなあとも。

 いつも通り、途中まではずっと、事件の経過に合わせてライムの推理がリアルタイムで展開され、読者に開示されていたのが、今回は、最後の最後で、読者が置き去りになってしまったのもやや不満が残りました。
 どんでん返しの連続である終盤は、展開のスピーディさの方を優先したのでしょうが、いくらライムが"天才"でも、そんな短い時間ですべてが判明するかなあと。

 最初の猟奇的な事件とも随分と方向が違っていってしまったように思いますが(『ボーン・コレクター』で読者がこの作家の作風に抱いたイメージを逆用した?)、とは言え、"ウォッチメイカー"の時計仕掛けの如く緻密な犯罪計画には目を瞠るものがあり、何よりも、これだけの長編を面白く最後まで読ませる力量は半端なものではありません。
 
 相手の会話の状況や仕草から嘘を見抜くキネシクスという手法をこなす、尋問エキスパート(人間嘘発見器?)キャサリン・ダンスの登場など、シリーズ7作目にしても、新たな味付けはしっかりなされていて、ダンスとライムは方法論的に折が合わないのではないかと思いきや、ライムがダンスに頼るという意外な展開、ディーヴァーの次作『スリーピング・ドール』('07年発表)では、とうとうダンスが「主役」を張るようになり、これ所謂「スピンアウト」というものか。

 "ウォッチメイカー"がシリーズ最強の敵と言えるかどうかは別として(訳者の池田真紀子氏は「最強の敵の1人かもしれない」と書いているが)、ライムとの再戦は何れまたあるのでしょう。

 【2010年文庫化[文春文庫(上・下]】

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原作はプロットも心理描写も見事。映画は"観光映画(?)"としては楽しめたが...。

ナイルに死す.jpg ナイルに死す2.jpg ナイルに死す3.bmp ナイル殺人事件 DVD.jpg DEATH ON THE NILE  .jpg
ナイルに死す (1957年) 』『ナイルに死す (ハヤカワ・ミステリ文庫 1-76)』(表紙:真鍋博) 『ナイルに死す (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 「ナイル殺人事件 デジタル・リマスター版 【プレミアム・ベスト・コレクション\1800】 [DVD]」 ピーター・ユスティノフ

ナイルに死す ハ―パーコリンズ版.jpg ハネムーンをエジプトに決めた大富豪の娘リンネットは、ナイル河で遊覧船の旅を楽しんでいたが、そこには夫のかつての婚約者ジャクリーンの不気味な影が...果たして、乗り合わせたポワロの目の前でリンネットは殺され、さらに続く殺人の連鎖反応が起きるが、ジャクリーンには文句無しのアリバイが―。

ナイル殺人事件 北大路.jpg"Death on the Nile" ハ―パーコリンズ版

 1937年に発表されたアガサ・クリスティ(1890‐1976)の作品で(原題:Death on the Nile)、プロットもさることながら、会話を主体とした多くの登場人物の心理描写が見事。ああ、この作家は小説でも戯曲でも"何でもござれ"だなあと改めて思わされた次第ですが、この作品はあくまでも小説です(クリスティはこの作品の戯曲版も残していて、日本でも北大路欣也などの主演で上演されているが、こちらはポワロが登場しない)。

ナイル殺人事件 スチール.jpg 「タワーリング・インフェルノ」('74年)、「キングコング」('76年)のジョン・ギラーミン監督によって「ナイル殺人事件」('78年/英)として映画化されており、ポアロ役はピーター・ユスティノフです(ピーター・ユスティノフ はその後「地中海殺人事件」('82年/英)、「死海殺人事件」 ('88年/米)でもポアロを演じている)。シドニー・ルメットが監督した「オリエント急行殺人事件」('74年/英)ほどの「往年の大スターの豪華競演」ではないにしても、こちらも名優がたくさん出演しています。
音楽:ニーノ・ロータ

ナイル殺人事件  Death on the Nile(1978英).jpg '78年の公開時に、今は無きマンモス映画館「日比谷映画劇場」で観て、90年代初めにビデオでも観ましたが、映画は、原作をやや端折ったような部分もあり、最後はちょっとドタバタのうちにポアロの謎解きが始まって、原作との間に多少距離を感じました。

 映画化されると、本格推理の部分よりも人間ドラマの方が強調されてしまうのは、この作品に限らず、この手の作品によくあるパターンで、しかも、この作品は登場人物が結構多いとあって、時間の制約上やむを得ない面もあるのかなあ(一応、2時間20分とやや長めではあるのだが)。それでも、原作の良さに救われている部分が多々あるように思いました。

『ナイル殺人事件』(1978) 2.jpg また、この映画に関して言えば、本場エジプトでのオールロケで撮影されているため(同じナイル川でも原作の場所とはやや違っているようだが)、ある種"観光映画"(?)としても楽しめたというのがメリットでしょうか。行ってみたいね、ナイル川クルーズ。雪中で止まってしまった「オリエント急行」と違って、ナイルの川面を船が「動いている」という実感もあるし、途中で下船していろいろ観光もするし...。

 映画「オリエント急行殺人事件」は、トリックの関係上(犯人同士しかいない場で演技させると"映像の嘘"になってしまうという制約があり)、ポワロの容疑者に対する個別尋問に終始しましたが、こちらはそのようなオチではないので、登場人物間の心理的葛藤は比較的自由かつ丁寧に描けていたと思います。

ナイル殺人事件ド.jpgDEATH ON THE NILE_original_poster.jpg ベティ・デイヴィスなんて往年の名女優も出ていたりして名優揃いの作品ですが、やはり何と言ってもオリジナルがいいんだろうなあ。この意外性のあるパターン、男女の関係なんて、傍目ではワカラナイ...。クリスティが最初の考案者かどうかは別として、この手の「人間関係トリック」は、その後も英国ミステリで何度か使われているみたいです。


DEATH ON THE NILE UK original film poster(右)/「ナイル殺人事件」映画パンフレット/単行本(早川書房(加島祥造:訳)映画タイアップカバー)
ナイル殺人事件 パンフレット.jpg「ナイルに死す」.jpg「ナイル殺人事件」●原題:DEATH ON THE NILE●制作ミア・ファロー_3.jpg年:1978年●制作国:イギリス●監督:ジョン・ギラーミン●製作:ジョン・ブラボーン/リチャード・グッドウィン●脚本:アンソニー・シェーファー●撮影:ジャック・カーディフ●音楽:ニーノ・ロータ●原作:アガナイル殺人事件 オリヴィア・ハッセー.jpgナイル殺人事件 べティ・デイヴィス.jpgサ・クリスティ「ナイルに死す」●時間:140分●出演:ピーター・ユスティノフ/ミア・ファローベティ・デイヴィス/アンジェラ・ランズベリー/ジョージ・ケネディ/オリヴィア・ハッセー/ジkinopoisk.ru-Death-on-the-Nile-1612353.jpgkinopoisk.ru-Death-on-the-Nile-1612358.jpgョン・フィンチ/マギー・スミス/デヴィッド・ニーヴン/ジャック・ウォーデン/ロイス・チャイルズサイモン・マッコーキンデールジェーン・バーキン/サム・ワナメイカー/ハリー・アンドリュース●日本公開:1978/12●配給:東宝東和●最初に観た場所:日比谷映画劇場(78-12-17)(評価:★★★☆)

日比谷映画劇場.jpg日比谷映画劇場(戦前).bmp日比谷映画5.jpg

     
日比谷映画劇場(日比谷映劇)
1934年2月1日オープン(現・日比谷シャンテ辺り)(1,680席)1984年10月31日閉館

戦前の日比谷映画劇場(彩色絵ハガキ)

名探偵ポワロ 52  ナイルに死す.jpg名探偵ポワロ  ナイルに死す 02.jpg「名探偵ポワロ(第52話)/ナイルに死す」 (04年/英) ★★★☆

『ナイルに死す』加島祥造訳.jpg  【1957年ポケット版[ハヤカワ・ミステリ(脇矢徹:訳)]/1965年文庫化[新潮文庫(西川清子:訳)]/1977年ノベルズ版[ハヤカワ・ノヴェルズ(加島祥造:訳)]/1984年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(加島祥造:訳)]/2003年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(加島祥造:訳)]】

1977年ハヤカワ・ノヴェルズ

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"リンカーン・ライム"シリーズ第1作。長所においても欠点においても、原点的作品。

ボーン・コレクター 単行本.jpg   ボーン・コレクター 上.jpg ボーン・コレクター下.jpg  THE BONE COLLECTOR.jpg
 『ボーン・コレクター』['99年]『ボーン・コレクター〈上〉(文春文庫)』『ボーン・コレクター〈下〉(文春文庫)』「ボーン・コレクター [DVD]
ディーヴァー 『ボーン・コレクター』.jpgボーン・コレクター 洋書.jpg 1999(平成11)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第1位、(2000 (平成12) 年「このミステリーがすごい」(海外編)第2位)。

 "世界最高の犯罪学者"リンカーン・ライムは、ある事故によって四肢麻痺になり、安楽死を願っていたが、そんな彼に、不可解な誘拐殺人事件の知らせが届く。犯行現場に次の殺人の手がかりを残してゆくボーン・コレクターの挑戦に、ライムの犯罪捜査への情熱が再び目覚め、殺人現場の鑑識を嫌々引き受けていたアメリア・サックス巡査も、やがて事件解明に引き込まれてゆく―。

 1997年に発表されたジェフリー・ディーヴァーの"リンカーン・ライム"シリーズ第1作で、この人の小説は「ジェットコースター・サスペンス」と言われるだけに、長さを感じさせないスピード感がありますが、そもそも、全体で僅か3日の間の出来事なので(その間5人の犠牲者が"詰まって"いる)、出来るだけ一気に読んだ方がいいように思います。

 ジェフリー・ディーヴァーは1950年生まれ、弁護士資格を持ち(専門は会社法)、1990年までウォール街に勤務していたそうですが、科学的犯罪捜査に関するこの知識量は凄いなあ。
 但し、そうした蘊蓄だけでなく、女性巡査サックスが、突然上司となったライムに最初は反発しながらも、仕事を通して彼との距離を縮めていく(同時に、鑑識捜査官らしくなっていく)変化なども、丁寧に描かれています。

 犯人が意外と言うか、やや唐突であったりする欠点や、捜査陣の身内に犯人からの直接的な危害が及ぶという、やや無理がある、しかし、このシリーズでは定番化しているパターンなども含めて、シリーズの原点と言える作品。

ボーン・コレクター 映画.jpg '99年にフィリップ・ノイス監督により映画化されましたが、リンカーン・ライム役がデンゼル・ワシントンということで、白人から黒人になったということはともかく、原作のライムの苦悩や気難しさなどが、優等生的なデンゼル・ワシントンが演じることで薄まっている感じがし、アメリア・ドナヒュー(原作ではアメリア・サックス)役の アンジェリーナ・ジョリーも、この映画に関しては演技の評価は高かったようですが、個人的には、ちょっと原作のイメージと違うなあという感じ。

 原作はかなり内容が詰まっているだけに(とりわけ科学捜査の蘊蓄が)、これを2時間の映画にしてしまうことで抜け落ちる部分が多すぎて、役者陣のこともあり、映画は原作とは雰囲気的には別のものになってしまったというところでしょうか。そうした意味では、映画を既に観た人でも、原作は原作として充分楽しめると思います。

ジョリー  ヴォイドs.jpgトゥームレイダー ジョリー.jpg このアンジェリーナ・ジョリーという女優は、演技派と言うより肉体派では?と、実父ジョン・ヴォイトと共演し、役柄の上でも父と娘の関係の役だった「トゥームレイダー」('01年)などでも思ったのですが、「トゥームレイダー」は、世界中で大ヒットしたTVアクション・ゲームの映画版で、タフで女性トレジャー・ハンターが、惑星直列によって強大な力を発揮するという秘宝を巡って、その秘宝を狙う秘密結社と争奪戦を繰り広げるもの(インディ・ジョーンズの女性版?)。ストーリートゥームレイダー19.jpgも役者の演技もしょぼく、アンジェリーナ・ジョリーのアクロバティックなアクションだけが印象に残った作品(アンジェリーナ・ジョリー自身が、脚本を最初に読んだ時、主人公を「超ミニのホット・パンツをはいたバカ女」と評して脚本家と口論となった)。この作品で彼女は、ゴールデンラズベリー賞の「最低主演女優賞」にノミネートされたりもしていますが、最近では、クリント・イーストウッド監督の「チェンジリング」('08年)でアカデミー主演女優賞にノミネートされたりもしています。
 

ボーン・コレクターs.jpgボーン・コレクター dvd.jpg「ボーン・コレクター」●原題:THE BONE COLLECTOR●制作年:1999年●制作国:アメリカ●監督:フィリップ・ノイス●製作:マーティン・ブレグマン/マイケル・ブレグマン/ルイス・A・ストローラー●脚本:ジェレミー・アイアコーン/ジェフリー・ディーヴァー●音楽:クレイグ・アームストロング●原作:ジェフリー・ディーヴァー●時間:118分●出演:デンゼル・ワシントン/アンジェリーナ・ジョリー/クィーン・ラティファ/エド・オニール/マイク・マッグローン/リーランド・オーサー/ルイス・ガスマン●日本公開:2000/04●配給:ソニー・ピクチャーズ(評価:★★☆)
トゥームレイダー [DVD]

トゥームレイダー.jpgトゥームレイダー  .jpg「トゥームレイダー」●原題:TOMB RAIDER●制作年:2001年●制作国:アメリカ●監督:サイモン・ウェスト●製作:ローレンス・ゴードン/ロイド・レヴィン/コリン・ウィルソン●脚本:パトリック・マセット/ジョン・ジンマン●撮影:ピーター・メンジース・Jr●音楽:BT●時間:100fhd001TRO_Angelina_Jolie_050.jpgア分●出演:アンジェリーナ・ジョリー/ジョン・ヴォイト/イン・グレン/ダニエル・クレイグ/レスリー・フィリップス/ノア・テイラー/レイチェル・アップルトン/クリス・バリー/ジュリアン・リンド=タット/リチャード・ジョンソン●日本公開:2001/06●配給/東宝東和(評価★★)
Lara Croft Tomb Raider : Jon Voight and his daughter Angelina Jolie
TOMB RAIDER Jonathan  Voight.jpg TOMB RAIDER Jonathan  Voight2.jpg

モデル時代のアンジェリーナ・ジョリー(15歳)  Angelina Jolie
アンジェリーナ・ジョリー モデル.jpgアンジェリーナ・ジョリー.jpg アンジェリーナ・ジョリー.bmp

 【2003年文庫化[文春文庫(上・下)]】 

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