2020年8月 Archives

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「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ

サウジ初の女性監督による、すべて国内で撮影し、すべてサウジ俳優が演じた初の映画。

少女は自転車に乗って.jpg 少女は自転車に乗って01.jpg ハイファ・アル=マンスール.jpg 
少女は自転車にのって [DVD]
少女は自転車に乗って02.jpg 10歳のおてんば少女ワジダ(ワアド・ムハンマド)は男友達のアブダラ(アブドゥルラフマン・アル=ゴハニ)と自転車競争をしたいのだが、厳格なイスラームの戒律と習慣を重んじる周囲の少女は自転車にのって1.jpg大人たちはワジダが自転車に乗ることにもアブダラと遊ぶことにも否定的だった。ある日、雑貨店できれいな自転車を見つ少女は自転車にのってes.jpgけたワジダは一目でその自転車を気に入ってしまう。なんとしてもその自転車を手に入れようとワジダはミサンガを売ったり秘密のアルバイトをしたりするが自転車代の800リヤルには届きそうもない。そんな時、学校でコーランの暗唱コンテストが行われることになり、優勝賞金が1000リヤルであることを知ったワジダはコンテストに参加することにする。外で遊ぶことが好きだったワジダはコーランが大の苦手だったが、優勝を目指して猛特訓する―。

Haifaa Al-Mansour
ハイファ・アル=マンスール2.jpg サウジアラビア出身の女性映画監督ハイファ・アル=マンスールの長編デビュー作で、2012年8月にヴェネツィア国際映画祭で初公開され、国際アートシアター連盟賞を受賞しました。サウジアラビア初の女性監督作品で、また、すべての撮影を国内で行い、すべての役柄をサウジの俳優が演じた初の長編映画と言われています。ハイファ・アル=マンスール監督自身は、夫のアメリカ人外交官と共にオーストラリアに移り、シドニー大学で映画学を学んだそうです。

少女は自転車にのってages.jpg 女性差別というものを描いている作品でありながら、その描き方は、主人公のおてんばの女の子ワジダと、彼女のことを想う(故にちょっかいを出したりする)年下の男の子アブダラとのやり取りを軸にした「幼い恋の物語」的に展開させているところが、規制をかいくぐる策ということもあるかと思いますが、上手いと思いました。ラストも良かったと思います(結局、この作品はサウジアラビアでは公開されなかった、と言うより、サウジではかつてはあった映画館そのものがその後禁止されてしまった)。

 ワジダが自転車購入費に充てるためにミサンガ作り以外に励んだ秘密のバイトに、FMアンテナで海外の音楽番組を録音してそれを売ったり、ラブレターの秘密の受け渡しを請け負ったりすることがありますが、こういうのも実際見つかるとサウジではまずいのでしょう。特に後者は、そもそも女性が男性に愛を告白するということがこの国では認められていません。自分の娘が結婚前によその男と話をしたことに怒ってその娘を殺害した父親が、"名誉殺人"として罪に問われなかったことがあったりした国ですからねえ。

WADJDA.jpg 別に彼女らは原始的な生活を送っているわけではなく、アパヤと呼ばれる黒衣の下にワジダが履いていたのはリーバイスのジーンズとコンバースのバスケットシューズだし、彼女はコーランを覚えるのに(自転車を買うためというのが皮肉が効いている)プレステのコーラン暗記アプリを使ったりしています。他の女の子も黒い服の下はファッショナブルであったりしますが、それを男に見られてはいけないということで(歌を歌っているのを聴かれてもいけない)、この男女間のことだけが不自然に厳しい国なのです。

 女性に選挙権は無く、女学校の教師や看護師以外の仕事は期待されておらず、結婚して花嫁となることが与えられた使命で、幼いうちに結婚相手を親などによって決められ、家庭の事情によっては生まれた子が女の子だったらすぐに他家に預けられてしまうといった、世界で最も女性が抑圧されている国の一つです。同じイスラム教国でも、マレーシアなどのように女性の社会進出率が40%と高い国もあり、こうした女性抑圧がイスラム教の教義は無関係なもので、為政者や男性社会が自らの優位性を保つためのものとしか考えられません。

サウジで女性がサッカー観戦.jpgサウジで約35年ぶりに映画館オープン.jpg こうした国の姿勢に対する国際的な女性人権団体からの批判などもあってか、2018年に入り、1月に、女性が男子プロサッカーの試合を観戦することが認められ、4月には、サウジで約35年ぶりに映画館オープンして男女が同席可能になり、6月には、これまで禁止してきた女性が自動車を運転することが認められるようになっています(この映画もこうした動きに寄与したらしい)。

ジャマル・カショギ殺害1.jpgジャマル・カショギ殺害2.jpg これで、サウジアラビアもどんどん変わっていくのかなと個人的には思った矢先、その年の10月にサウジアラビア人記者のジャマル・カショギ氏が在トルコ・サウジアラビア総領事館にて殺害される事件が起き(しかもかなり残忍な手口で)、この国の権力を握る者らの闇の部分を改めて見せつけられた思いがしました。結局、女性への抑圧を緩和したりするのも、さまざまな外からの批判をかわすためにやっているのではないかと思わざるをえません。皇太子が独裁を敷くというのも普通は考えにくいことですが、この映画でもそれを思わせる場面がいくつかあるように、男性主義でかつ長兄主義なのですね、この国は。

 女性が男性に何か命じることの出来ない国なので、この映画の撮影中もハイファ・アル=マンスール監督はクルマの中から指示を出し、かなりの部分は隠し撮りのような状況で撮影されたそうで、サウジの俳優が演じてはいるものの、資金もスタッフもドイツ、ドイツ人が主で、マンスール監督も海外に住み、本格的に映画を学んだのも海外の大学です(但し、映画館はないものの、家庭でのソフトの視聴は可能で、幼少期に子守り代わりとしてレンタル作品をたくさん見せられ、映画製作を志すようになったという)。

 中東アラブでは近年、女性の映画監督の進出が目立っているようですが、サウジアラビアはそもそも映画監督というものが国内にいません。この映画でずっと自転車に反対してたワジダの母親がラストで見せた"態度変容"のようにすっとはいかず、サウジアラビアが変わるにはまだまだ時間がかかるということでしょうか。

マンスール監督.jpg 因みに、アル=マンスールの「アル」はアラブ系やアラビア語に基づく名前につく冠詞で、「アル=マンスール」も「マンスール」もどちらも姓として正しいようです。これまで、例えば朝日新聞では表記上はアルを省くという取り決めをしていて、紙面でアルを省いている有名人としては、シリアのアサド大統領(外務省のサイトの表記では「バッシャール・アル・アサド」)、アルカイダの指導者ザワヒリ容疑者(ローマ字表記では「Ayman al-Zawahiri」)らがいます。また、下記のサイトのように、フルネームの際は「ハイファ・アル=マンスール」とし、姓だけの時は単に「マンスール」監督としている例もあり、ここではそれに倣って「ま行の監督」の範疇としました。

少女は自転車にのって:マンスール監督に聞く「サウジの女性が自分の人生を楽しめるような映画に」(MANTANWEB(まんたんウェブ)2013年12月21日)

少女は自転車にのって 8.jpg「少女は自転車にのって」●原題:WADJDA●制作年:2008年●制作国:サウジアラビア・ドイツ●監督・脚本:ハイファ・アル=マンスール●製作:ゲルハルト・マイクスナー/ローマン・ポールド●撮影:ルッツ・ライテマイヤー●音楽:マックス・リヒター●時間:98分●出演:ワアド・ムハンマド/リーム・アブドゥラ/スルタン・アル=アッサーフ/アブドゥルラフマン・アル=ゴハニ/アフド・カメル●日本公開:2009/09●配給:アルバトロス・フィルム●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-08-07)(評価:★★★★)
アフド・カメル(女優・映画監督)/ワアド・ムハンマド

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ネット社会の暗部がよく描かれている。エンタメ性が前面に出た分、ややリアリティを欠いたか。

血の雫 相場英雄.jpg血の雫 相場英雄 帯付き.jpg 血の雫 相場英雄 obi.jpg
血の雫』['18年]

 東京都内で3件の連続殺人事件が発生する。かつて捜査中に、ネットに苦い思いをさせられたことのある捜査1課の田伏は、民間のIT企業から転職してきた新米刑事の長峰と事件を追いかける。3件の殺人事件の凶器は一致するが、被害者はモデル、タク『血の雫』文庫.jpgシー運転手、老人と接点がなく、捜査は難航する。警察への批判が高まる中、「ひまわり」と名乗る犯人がネットメディアに犯行声明を出したことにより、事件はインターネットを使った劇場型犯罪へと発展、多くの人々を巻き込み、その狂熱を加速させていく―。

血の雫 (幻冬舎文庫) 』['21年]

 作者の『震える牛』『ガラパゴス』同様に、ストーリーがテンポ良く展開していき、相変わらずの上手さを感じました。インターネットの匿名性の陰で、むき出しの悪意を垂れ流す心の闇を抱えた人々や、唯々早い者勝ちとばかりに真偽不確かな情報を興味本位で拡散させる、ジャーナリズムと呼ぶにはあまりに荒廃した世界など、ネット依存社会、情報拡散社会の暗部がよく描かれています。

 作者自身、SNS上の諍いや中傷の応酬から着想を得たそうで、「多くの人々が、事実の真偽を問うことなく話題性や刺激の強さを求め、無責任に拡散してゆく。その怖さ、気持ち悪さを、具体例を出しながら書けたかなと思う」と述べています。

血の雫 相場英雄 民友.jpg 後半は、風評被害をネット上に書き込まれた「福島の果物」などに導かれ、舞台はその中心を福島へと移していきます。原発事故後の風景や人々の生活も丁寧に描かれているのは、作者自身が震災後も定期的に東北を訪れているからでしょう。震災から8年近くたっても福島を題材に書き続けている理由を作者は、「全国紙からの情報発信が減り、被災地の営みへの想像力が失われようとしている。エンターテインメントに昇華することで、再び関心を持ってもらえると信じたい」と語っています。

「福島民友」2018年11月7日

 そうした思いも込められた力作であると思いますが、犯人のパフォーマンスがやや劇画チックだったでしょうか("洋モノ"で例えばジェフリー・ディーヴァーの小説などには、この手の犯人が登場するが)。『震える牛』『ガラパゴス』がそれぞれ「警察小説×経済小説」「労働経済小説」と言えるものだったのに対し、「警察小説×社会問題小説」といった感じですが、前2作が経済小説としてのリアリティがあっただけに(個人的評価は『震える牛』★★★★、『ガラパゴス』★★★★☆)、今回はややリアリティの面で弱かったかなという印象も受けました。それと引き換えにエンターテインメント性を前面に押し出したのでしょうが...(個人的評価は★★★☆)。

 SNS上の裏アカウントでドロドロの本音をぶちまけているという話は、朝井リョウ氏の直木賞受賞作『何者』('12年/新潮社)でもう既にモチーフに使われていました。あれから変わっていないなあと(若者から中高年にまで拡がった?)。最近の中高生は、クラスの友だちなどに公開する「表アカウント木村花 NHK.jpg」のほか、限られた友人のみに公開する「裏アカウント」、愚痴やネガティブなことだけをツイートする「裏アカウント(闇アカウント)」など、複数の"捨て垢"を所持しているそうな。今年['20年]5月には、シェアハウスでの共同生活を記録する番組「テラスハウス」に出演していた、女子プロレスラーの木村花さんが番組内での言動に対してSNSで誹謗中傷が相次いだことを苦にして、自殺するという事件がありました。この先どうなっていくのでしょうか。

「NHK二ュース」2020年5月23日

【2021年文庫化[幻冬舎文庫]】

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「●「週刊文春ミステリー ベスト10」(第1位)」の インデックッスへ

理科系推理小説? 中盤の意外な展開と後半の連続どんでん返しは楽しめた。

東野 圭吾 『沈黙のパレード』.jpg東野 圭吾 『沈黙のパレード』文春.jpg   沈黙のパレード 文庫.jpg
沈黙のパレード』(2018/10 文藝春秋)  沈黙のパレード (文春文庫 ひ 13-13)』['21年]
2022年映画化「沈黙のパレード」(東宝)監督:西谷弘/出演:福山雅治、柴咲コウ、北村一輝
沈黙のパレード001.jpg沈黙のパレード002.jpg
ctangle.jpg 2018 (平成30)年度「週刊文春ミステリーベスト10」(国内部門)第1位。

 突然行方不明になった町の人気娘が、数年後に遺体となって発見された。容疑者は、かつて草薙が担当した少女殺害事件で無罪となった男。だが今回も証拠不十分で釈放されてしまう。さらにその男が堂々と遺族たちの前に現れたことで、町全体を憎悪と義憤の空気が覆う。秋祭りのパレード当日、復讐劇はいかにして遂げられたのか。殺害方法は?アリバイトリックは? 超難問に突き当たった草薙は、アメリカ帰りの湯川に助けを求める―。

 ガリレオシリーズ第9作は、同シリーズでは『真夏の方程式』('11年/文藝春秋)以来となる久しぶりの長編(長編としては第4作)。作者の「週刊文春ミステリガリレオ1から9.jpgーベスト10」(国内部門)第1位は、'85年の『放課後』、'99年の『白夜行』、'05年の『容疑者xの献身』、'09年の『新参者』に続いて5度目の載冠で、「週刊文春」によれば作者は受賞の知らせに「会心の一作である『沈黙のパレード』が、皆さんに届いたことが嬉しいですね」と語っています。

 また、作者は、「長編であれば、湯川が事件に関わる"理由"が必要で、今回も"それなりのもの"を用意しました」と。この"それなりのもの"とは、湯川と犯人の関係を指しますが、複雑に入り混じる人間関係の中にそうしたものも組み込んで、加えて、登場人物の思いや切なさもきっちり描いてみせているのは、さすがの力量だと思いました。

 一方で、『容疑者xの献身』同様、読み手は誰が犯人か薄々分かった上でストーリーを追うことになりますが、湯川は『容疑者xの献身』の時の失敗を語っていながら、結局は同じく中途半端な結果になったかも。(偶然にも助けられているし)。「"私刑"はダメ」という作者の考えは他の作品でも見られ、それと読者のカタルシスをどう折り合いつけるかは難しいところかもしれません。
   
文庫化3沈黙のパレード .jpg でも、それ以上に気になったのが、今回のトリックで、こんな理科実験的な仕掛けで犯行を完成させることが出来るのかなあと。作者が何よりも、小説の中でこの手法を描きたかったのではないかと思ってしまいます。でも、実際に犯行を実行する立場からすると、結構大掛かりで、そのくせ成否は蓋然性によって左右されるような気もして、リアリティにやや疑問を持ちました。

 ただ、中盤の意外な展開と後半の連続どんでん返しは楽しめたので、一応「○」だったでしようか。事件のキーパーソンを演じたお笑い芸人の飯尾和樹の演技も悪くなかったです(舞台で鍛えられた?)。

西谷 弘 (原作:東野圭吾) 「沈黙のパレード」(2022/09 東宝) ★★★☆
「沈黙のパレード」03.jpg「沈黙のパレード」●制作年:2022年●監督:西谷弘●製作:鈴木吉弘/大澤恵/山邊博文●脚本:福田靖●撮影:山本英夫●音楽:菅野祐悟/福山雅治●原作:東野圭吾●時間:130分●出演:福山雅治/柴咲コウ/北村一輝/飯尾和樹/戸田菜穂/田口浩正/酒向芳/岡山天音/川床明日香/出口夏希/村上淳/吉田羊/檀れい/椎名桔平●公開:2022/09●配給:東宝●最初に観た場所:TOHOシネマズ日比谷(22-09-26)(評価:★★★☆)

【2012年文庫化[文春文庫]】

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短篇を長編化。意外性もさほどでもなく、2時間ドラマになるかならないかといった程度の内容。

禁断の魔術 (文春文庫).jpg東野 圭吾 『禁断の魔術』文庫.jpg   東野 圭吾 『禁断の魔術―ガリレオ8』2.jpg
禁断の魔術 (文春文庫)』['15年]        『禁断の魔術 ガリレオ8』['12年]
ガリレオシリーズ1-8.jpg『禁断の魔術』made.jpg かつて湯川が指導した、高校の物理クラブの後輩・古芝伸吾が帝都大に入学してきた。だが彼は早々に大学を中退してしまい、その影には彼の姉の死が絡んでいたらしい。その頃、フリージャーナリストが殺された。その男は代議士の大賀を執拗に追っており、大賀の番記者が伸吾の死んだ姉であったことが判明した。草薙は伸吾の姉の死に大賀が関与しており、伸吾が大賀への復讐を企んでいると警戒する。湯川はその可能性を否定しつつも、伸吾が製作したある"装置"の存在に気づいていた―。

 '12年に文藝春秋から刊行された連作推理小説『禁断の魔術』(ガリレオシリーズ第8作、短編集としては第5作)で中編(250枚)「猛射つ」として発表された作品に、200枚超をした文庫オリジナル長編バージョン。

 帯に作者自身の言葉として「シリーズ最高のガリレオ」とありますが、武器として出てくる「レールガン」という装置が最後までイメージできなかった感じでしょうか(ネットで調べて何となく分かったが)。

 ストーリー展開としては今までも何だか同種のものがあったような印象で、となるとこの装置こそがまさに"新兵器"となるべきところ、それがイメージしにくいというのは困ったものだなあと(笑)。

 意外性もさほどでもなく、2時間ドラマになるかならないかといった程度の内容に思えました。何かの待ち時間に時間潰しで読むのに丁度いいくらいだったでしょうか(実際そんな感じで読んだ)。次の長編に期待したいと思った次第です。

「●TVドラマ②70年代・80年代制作ドラマ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2943】 井上 梅次 「江戸川乱歩 美女シリーズ(第6話)/妖精の美女
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原作とかなり異なるが(犯人さえ違っている)、不思議と原作の雰囲気を伝えている。
江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 dvd.jpg 江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 t1.jpg 江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 t2.jpg 暗黒星 (江戸川乱歩文庫).jpg
江戸川乱歩「暗黒星」より 黒水仙の美女 [DVD]」『暗黒星 (江戸川乱歩文庫)』['19年]
ジュディ・オング
美女シリーズ(第5話)/オング1.jpg江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 1.png江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女2.jpg 明智探偵(天知茂)は、彫刻家・伊志田鉄造(岡田英次)の「呪」と題された彫刻展の招待状を受け、文代(五十嵐めぐみ)と彫刻展に。そこで女性の悲鳴が上がる、展示してある彫刻が口から血を流していたのだ。いたずら好きの長男・太郎(北公次)の仕業かと思われたが、それは次女・悦子(泉じゅん)がやったことだった。展覧会を後にしようとする明智たちを一人の女性がずっと見ていた。伊志田の長女・待子(ジュディ・オング)で、彼女こそが明智に招待状を送った本人だっ江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女 3.jpg5話)/黒水仙の美女図3.jpgた。待子は明智に伊志田邸に正体不明の黒い影が出現し、母の君代(空あけみ)はそれがもとで寝込んでいるという。明智に伊志田家に出没する黒い影についての捜査を依頼した。その夜、待子が独りでいると不気味な声が聞こえ、待子は明智に電話で助けを求める。5話)/黒水仙の美女 江波1.jpg耳を澄ませた明智にもその声は確かに聞こえた。黒い影は声だけでなく邸内を自由自在に跳び回って待子を恐怖に陥れる。そして、彫刻の一つに成りすました黒い影が待子の首を絞める。そこへチャイムが鳴り、待子の電話により伊志田家に到着した明智を、邸付きの看護婦・三重野早苗(江波杏子)が出迎える。邸内では待子が気絶していた。黒い影の主を見つけようと伊志田家の庭に出た明智は、例の不気味な声を聞き、その正体を暴こうとするも見失ってしまう。やがて三女の鞠子が殺害される事件が起き、続いて次女・悦子も浴室で―。

黒水仙の美女 原泉.jpg 登場人物の相関がやや分かりにくいですが、長女の待子は伊志田の亡くなった先妻・靜子の子であり、悦子と太郎、鞠子の三人が今の妻の子であって、待子が二歳の時、鉄造は絹代と関係を持ち、太郎と悦子が生まれ、伊志田家へ押し掛けてきたという過去があったと。離れの小屋で祈祷している精神を病んだ老女(原泉)は、靜子の母、つまり待子の祖母であると把握できれば、実は靜子には待子のほかにもう一人子がいたということが判った時点で、ああ、それが犯人だと思い当たるし、助けを求められて駆けつけた明智に「待子さんは夢遊病の気があるから」と言った時点でもう怪しいです。

少年探偵江戸川乱歩全集〈37〉暗黒星』['71年]
少年探偵江戸川乱歩全集〈37〉暗黒星.jpg江戸川 乱歩 「暗黒星」第20回.jpg 原作は、江戸川乱歩が1939年1月から12月に雑誌「講談倶楽部」に連載したもので、本人名義で児童向けにリライトされた作品もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。文庫で200ページほどの長さ(2015年版「江戸川乱歩文庫」(春陽堂))。原作で江戸川 乱歩 「暗黒星」第2回.jpgは、伊志田の子供は、長女・「綾子」、長男・一郎、次女・鞠子の3人で、何れも今の母・君代の子ではなく、伊志田の前妻の子であるということになっています。明智に相談を持ち掛けるのは長男の一郎で(「講談倶楽部」挿絵の右が一郎、左が明智)、電話で助けを呼ぶのも一◆暗黒星■江戸川乱歩◆文庫.jpg郎。そして、一郎、綾子、鞠子、さらには伊志田までが犯人に攫われ、ドラマに比べれば、最後まで犯人は分かりにくくなっています。
暗黒星 (角川ホラー文庫)』['94年]

5話)/黒水仙の美女 オング2.jpg.png5話)/黒水仙の美女 江波2.jpg ドラマはこのように、物語の設定の細部が原作とかなり異なりますが(いや、細部どころか犯人さえ違っている)、不思議と原作の雰囲気をよく伝えているように思います。何よりも、ジュディ・オング江波杏子(2018年没)という二大女優を配したことで、それぞれをそれに見合った役柄に改変したものと思われます(それが活かされている)。その他にも、父親岡田・北.jpg役が岡田英次で、長男役が北公次(2012年没)と、配役は全体的に豪華です(北公次にとっては、ジャニーズ事務所在籍最後の仕事となった)。原作で浴室で殺害されるのは義母の君代ですが、泉じゅん2.jpg泉じゅん.jpgドラマでの"浴室要員"は次女・悦子(原作には無い)役の泉じゅんで、彼女が日活ロマンポルノから離れていた時期です(この頃、山口百恵と三浦友和の主演コンビ5話)/黒水仙の美女 泉1.jpg5話)/黒水仙の美女 泉2.pngの「泥だらけの純情」('77年)、「古都」('80年)にヒロインの女友達の役で出たりしている)。このドラマでは、財産のために自分以外の家族を皆殺しにしたい、そのために力を貸して欲しいと明智探偵に囁き(なんと大胆!)、逆に明智から「金と女性の誘惑に乗らないのが探偵の第一条件」と言われてしまうという、ドラマオリジナルのキャラになっています(これもその演技力を買われてのことか)。

伊志田待子(ジュディ・オング).jpghannin.jpg それにしても、ドラマで見ると、犯人は服装面で相当な早替わり(現実には不可能?)をしていたということになるかと思います(その上、無駄にいっぱいバック転をしていた。ステージでバック転を披露した最初のアイドルが北公次であることを思い出した)。一方の明智は、わざわざ犯人に変装する必要があったのかなと疑問に思われますが、原作では変装する理由がちゃんと説明されています。原作と比べてみると、翻案の妙が愉しめるかと思います。
  
伊志田鉄造(岡田英次).jpg三重野早苗(江波杏子).jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(第5話)/黒水仙の美女」●制作年:1978年●監督:井上梅次●プロデューサー:佐々木孟●脚本:井上梅次●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「暗黒星」●時間:72 分●出演:天知茂/五十嵐めぐみ/荒井注/江波杏子/ジュディ・オング/岡田英次/泉じゅん/北公次/原泉/北町嘉郎●放送局:テレビ朝日●放送日:1978/10/14(評価:★★★☆)
江波杏子 「女は二度生まれる」('61年/大映)/「女の賭場」('66年/大映)
江波杏子 女は二度生まれる.jpg 女の賭場.jpg
江波杏子(1942-2018/76歳没)
江波杏子.jpg 江波杏子_5.jpg

「●婁燁(ロウ・イエ)監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3296】 婁燁(ロウ・イエ) 「サタデー・フィクション
「●「カンヌ国際映画祭 脚本賞」受賞作」の インデックッスへ(梅峰(メイ・フォン))「○外国映画 【制作年順】」の インデックッスへ 

ゲイ・バーの様子などにシズル感と鬱屈感。中華系監督の撮るゲイ・ムービーの系譜。

スプリング・フィーバー_01.jpg スプリング・フィーバー 03.jpg スプリング・フィーバー 02.jpg
スプリング・フィーバー [DVD]
プリング・フィーバー1.jpg 南京の女教師・林雪(リン・シュエ)(江佳奇(ジャン・ジャーチー))は、夫・王平(ワン・ピン)(呉偉(ウー・ウェイ))の浮気を疑い、羅海濤(ルオ・ハイタオ)(陳思成(チェン・スーチェン))に探偵を依頼、羅が王を尾けると、相手は江城(ジャン・チョン)(秦昊(チン・ハオ))という青年で、2人の仲睦まじい証拠写真を見せられ林雪は絶句する。王は妻・林雪に江を"友達"として紹介するが、江は自分を見る林雪の目に不安を覚える。妻の携帯に件の証拠写真を見つけた王は「尾行したのか」と怒鳴り、林雪も「変態!」と叫んで修羅場に。更に林雪は江が勤める旅行代理店に乗り込み、社員らの前で騒ぐ。江は会社を飛び出し馴染みのゲイバーのステージで女装して歌うが、尾行しているうちに江に惹かれた羅がそれを見ていた。羅は客とトラブルになった江を助けて逃げ、ホテルで一夜を過ごす。羅には李静(リー・ジン)(譚卓(タン・チュオ))というコピー商品の洋服の縫製工場に勤める恋人がいたが、工場に警察の立ち入り調査が入り、彼女は不倫関係にあった工場長(張頌文(チャン・ソンウェン))から裏金を持って逃げるよう指示される。李静は羅に電話し、羅は江のアパスプリング・フィーバー669.jpgートに李静と2人で泊めて貰う。李静が帰った後、江と羅は喧嘩しては仲直りを繰り返す。工場長は不正がばれて逮捕され、李静は取引先の男にキスをして「警察に働きかけて彼を助けて」と懇願する。一方、王は江に連絡を取るが拒絶され、妻・林雪とは別居状態で、絶望し自殺する。王の死を知った羅が江を探すと、江はゲイ・バーのトイレで女装姿のまま泣いていた。会社を辞めた江は、羅と一緒に車で小旅行に出かけることに。李静は保釈される工場長を迎えに行くが、既に心は離れていて、工場スプリング・フィーバー5.jpg長を残して立ち去り、羅に「会いたい」と電話する。江と出発するところだった羅は、彼女も旅行に誘い、3人は車を走らせ、ホテルの一室に泊まる。買い物から戻った李静は江と羅がキスしているのを見るが、見なかったふりする。夜中に李静がカラオケルームで独り涙を流しながら歌っていると、江がやって来る。江が李静の手を握ると、彼女は「彼ともこうして手を?」と聞く。そこへ羅も来て、同じ歌を歌う。翌日3人はプールではしゃぐが、雨が降り出スプリング・フィーバー 9.jpgし、いつしか3人とも黙り込む。帰宅途中で店に寄った男2人が車に戻ると、李静は姿を消していた。羅が「君について来るんじゃなかった。李静は尚更...」と言うと、「じゃあ、行けばいい」と江は突き放し、羅は泣きながら去る。南京へ帰った江は、道で林雪に襲われる。林は妊娠していた。江は彼女に剃刀で首を切られて血まみれで倒れるが、道行く人は無関心に通り去る。病院に搬送され治療を受けた江は、退院後首の傷の上にタトゥーを入れる。アパートに帰ると若い男が待っていた。彼と抱き合う江の脳裏に、自殺した王がかつて朗読した郁達夫「春風沈酔の夜」の一節が浮かんでいた―。

スプリング・フィーバー ロウ・イエ.jpg 婁燁(ロウ・イエ)監督による2009年の中国映画で、「天安門、恋人たち」('06年)で中国当局から5年間の映画製作禁止処分を受けた監督が、その通告を無視して家庭用ハンディカメラでゲリラ的に撮り上げ、2009年・第62回カンヌ映画祭で脚本賞を受賞した作品です(脚本は梅峰(メイ・フォン))。原題の「春風沉醉的晚上」は、中国で高校の国語の教材にもなっている中国の小説家・詩人の郁達夫(いく・たっぷ、1896-1945)の代表作で、郁達夫は蘇州出身、日本に留学後、上海・北京・広東など中国各地や香港、シンガポール、スマトラなどに移り住んでいたといいいます。この「春風沉醉的晚上」の一部が映画の中で繰り返し引用されており、映画のモチーフにもなっています。

スプリング・フィーバー春风沉醉的夜晚.jpg 婁燁監督はインタビューで、「パーソナルなもの、日常の中にあるものを描いた。何かを強く求めようとすれば失うものも大きい」と語っていますが、郁達夫は中国最初の私小説作家と言われており、その辺りも繋がりがあるのかも。そう言えば、同監督の「天安門、恋人たち」も、邦題が示すように天安門事件を背景にしながら、基本的に4人緒の男女の青春と恋愛を描いたものでした。ただし、天安門事件が彼らの運命に色濃く影を落としているのは間違いなく(最も端的なのはニンフォマニアのように男性遍歴を重ねる女性主人公)、すると、5人の男女の人間模様を描いたこの「スプリング・フィーバー」についても、「天安門、恋人たち」ほどポリティカルには見えないものの、彼らの極私的状況における閉塞感は、中国の国家としての圧力が影を落としているのかもしれません。ゲイ・バーの様子などにシズル感はこの監督ならではのものであると共に、中国の若者の鬱屈感のようなものが反映されているように思いました(最も端的なのは他人を傷つけてしまってばかりいて最後は自分も傷つける女装嗜好の男性主人公の江(ジャン)か)。

 もう一つの特徴は、5人の軸となる主人公をゲイとして描いていることで、この男がなぜか魅力があるようで、他の男を惹きつけ、結局、二組の男女の関係を破局させてしまうことになっている点かと思います。二つ目の、江・羅・李静(ジャン、ルオ、リー・ジン)の三角関係は、何だかフランソワ・トリュフォーの「突然炎のごとく」('62年)を想起しなくもなかったですが(「天安門、恋人たち」にも同じような関係が出てくる)、「スプリング・フィーバー」の場合はゲイの要素を含んでいることで、むしろ、アン・リー(李安)監督の「ブロークバック・マウンテン」('05年)に近いかも。そう思うと、中華系監督の撮る映画にも、陳凱歌(チェン・カイコー)監督の「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年)から始まって、ウォン・カーウァイ(王家衛)監督の「ブエノスアイレス」('97年)など経てその後も続々と連なるゲイ・ムービーの系譜があることが思い浮かばれ、この作品もその1つと言えるでのしょう。

秦昊(チン・ハオ)[江(ジャン)]/陳思成(チェン・スーチェン)[羅(ルオ)]
チン・ハオさんとチェン・スーチョン.jpg 個人的には、江(ジャン)が〈ゲイ仲間のスター〉と言われるほどに魅力的にも見えないもかかわらず、探偵役だったはずの羅(ルオ)が、あっさり彼に魅入られてしまうのが、ややついて行けなかったでしょうか。江はラストでも〈男〉には困っていないんだなあ。待っていた男が女装したけれど、江にも女装嗜好があってややこしい(江は"男役"kか)。まあ、そんなことはともかく、そんなにモテるならそれなりにイケメン俳優でああって欲しかった気がします(映画って、そんなところで引っ掛かったりする)。まあ、これは好みの問題で、見る人が見れば江も羅もイケメンなのかもしれませんが。

ジャンを演じたチン・ハオ.jpgルオ役のチェン・スーチョン.jpg「スプリング・フィーバー」●原題:春風沉醉的晚上(英:SPRING FEVER)●制作年:2009年●制作国:香港・中国・フランス●監督:婁燁(ロウ・イエ)●製作:耐安(ナイ・アン)/シルヴァン・ブリュシュテイン●脚本:梅峰(メイ・フォン))●撮影:曹剣(ツアン・チアン)●音楽:ペイマン・ヤズダニアン●時間:115分●出演:秦昊(チン・ハオ)/陳梅峰(メイ・フォン).jpg思成(チェン・スーチェン)/譚卓(タン・チュオ)/呉偉(ウー・ウェイ)/江佳奇(ジャン・ジャーチー)/張頌文(チャン・ソンウェン)●日本公開:2010/11●配給:アップリンク●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-03-11)(評価:★★★☆)

梅峰(メイ・フォン)(映画監督・脚本家) 「スプリング・フィーバー」で「カンヌ国際映画祭 脚本賞」受賞

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(理想の)"愛"というものは存在せず、結婚も安定であっても"愛"ではないということか。

天安門、恋人たち dvd.jpg 天安門、恋人たち dvd2.jpg 天安門、恋人たち_1.jpg 天安門、恋人たち_003.jpg
天安門、恋人たち [DVD]」 郝蕾(ハオ・レイ)/郭暁冬(グオ・シャオドン)

 1987年、中国と北朝鮮国境の図們(トゥーメン)で父と暮らす余紅(ユー・ホン)(郝蕾(ハオ・レイ))は大学の合格通知を手にする。故郷を離れ、北京「北清大学」に進学する彼女は、恋人の暁軍(シャオ・ジュン)(崔林(ツイ・リン))との最後の夜に彼と初めて結ばれる。大学で寮生活を始めた余紅に、李緹(リー・ティ)(胡伶(フー・リン))という女友達ができ、彼女の年上の恋人・若古(ロー・グー)(張献民(チャン・シャンミン))から周偉(チョウ・ウェイ)(郭暁冬(グオ・シャオドン))という男子学生を紹介される。余紅は周偉と出会った瞬間、彼こそが探し求めていた理想の恋人だと感じ、二人は恋に落ちる。折しも学生たちの間に自由と民主化を求める嵐が吹き荒れる中で、二人は狂おしく愛し合うが、余紅は周偉にあまりに強く魅かれるあまり天安門、恋人たち2.jpg、いつか離れる日が来るのを恐れ、自ら別れを口にする。周偉は彼女の気持ちを理解できず、互いに求め合いながらも二人の心はすれ違う。学生たちの激しい抵抗活動の続くある夜、彼女を心配して北京にやって来た故郷の恋人・暁軍と共に余紅は大学から姿を消す。 一方、天安門事件後、軍事訓練に参加させられた周偉は、自由を求めて李緹、若古と一緒にベルリンへと移り住む。10年の月日が流れ、余紅は図們から深圳、武漢、重慶へと各地を転々としながら仕事や恋人を変えて生活している。既婚の男性と不倫をしたり、年下の恋人に求婚されても、胸の奥底では周偉を忘れられない。周偉もまた、外国暮らしの孤独の中、余紅のことを思い続ける。帰国した周偉は偶然に大学時代の友人に遭遇して余紅の居所を知り、北戴河に彼女に会いに行く―。

頤和園.jpgSummer Palace.jpg 婁燁(ロウ・イエ)監督による2006年の中国映画で、同年のカンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作。原題の「頤和園(いわえん)」(英題 "Summer Palace"、仏題は "Une jeunesse chinoise"(中国の若者))は、清朝末に西太后の命で造られた人造湖のある庭園で、1998年にユネスコの世界遺産(文化遺産)に登録されていますが、北京大学や清華大学が近くにあり、学生のデートスポットでもあるよ天安門、恋人たちes.jpgうです。この映画でも、余紅(ユー・ホン)と周偉(チョウ・ウェイ)がこの公園でデートしますが、映画は次第にそうしたほんわかムードを通り越して、中国映画史上初と言われる全裸セックスシーンが何度も出てくるようになり、この映画が中国で上映禁止になっているのは、中国映画で初めて天安門事件を扱ったこともさることながら、その過剰とも言えるセックスシーンのせいもあるようです(政府当局から「技術的に問題がある」という理由で中国国内での上映禁止と監督の5年間の表現活動禁止という処分が言い渡されたが、「技術的に問題」と言っているとことがそれっぽい)。

郝蕾(ハオ・レイ)
郝蕾(ハオ・レイ).jpg天安門、恋人たち ハオレ2.jpg 主人公の余紅が恋人との性愛に溺れ(映画初主演の郝蕾(ハオ・レイ)はまさに体当たり演技だった)、さらにその後もニンフォマニアのように男性遍歴を重ねるのは、天安門事件(1987年)後の中国の閉塞的状況と無関係ではなく、むしろ深く関係していると思われます。但し、この映画では、政治的な部分はあくまでも背景として描かれているように思いました。李緹(リー・ティ)や若古(ロー・グー)といった主要登場人物も、政治より恋愛の方に熱心なタイプにとして描かれているし、周偉(チョウ・ウェイ)も、当局に追われているわけでもないのに、国を見放すかのように彼らにくっついてベルリンに行ったわけだし、「ベルリンの壁の崩壊」もたまたま「天安門事件」が同じ年の出来事だったので、映画の中で関連づけられているといった印象を持ちました。

「天安門、恋人たち」012.jpg 大学にいた頃からベルリン行きにかけて、この3人の関係が所謂"三角関係"化して複雑になりますが、自由恋愛主義の先駆的実践者と思われ「愛など共有すればいいじゃないの」と言っていた李緹(リー・ティ)がある日、ビルの屋上パーティの最中に何ら前兆無く投身自殺を遂げます。この自殺を単なる"謎"のままにしておくか、彼女の中で何かがバランスを欠いた結末と見るかは人それぞれだと思いますが、もしかしたら、彼女は(若古も周偉も手元に置いているわけだから)自分にとって一番いい時に自死したのかなあとも思いました。

「天安門、恋人たち」022.jpg この作品のテーマは、その李緹が独白で示唆しているように、愛の対象は、愛しているという自覚をもつその対象ではなく、その対象から受ける自らの心の傷の方であるということであり、それはある意味"自己愛"に過ぎず、したがって本来(理想の)"愛"というものは存在せず、その帰結として、「結婚」も「安定」であっても「愛」ではないということになるのかもしれません。実際、周偉が北戴河に会いに行った余紅は既に2年前に結婚していましたが、それが愛の無い結婚であることも示唆されています。と言って、二人が再会して愛が再燃するかというとそうはならないわけであり(ちょっと昔の日活の青春映画っぽいラストでもあった)、でも二人は互いに相手のことを10年間思い続けてきたわけで、そうなると、"理想の恋人"って一体何なのだろうと思ってしまいます。

149094_01.jpg天安門、恋人たち 女子寮.jpg 1989年の天安門事件が実写映像なども交え描かれていますが、むしろ個人的には、前半の「北清大学」(中国語版のQ&Aサイトに「北清大学在哪儿?」(北清大学はどこにある?)という問いがあって「在北京大学和清华大学之间」(北京大学と清華大学の間にある)という答えがあった(笑)。台湾版の字幕では「北京大學」になっている)の女子寮の様子などの、1987年当時の彼らの学生生活の描かれ方がシズル感があって良かったです(余紅の視点でみるとダンス、キス、寮内での秘密裏のセックス等々これも彼女の性遍歴の一環となっているのだが)。同監督の「ふたりの人魚」('00年)同様、ハンディカメラを駆使していると思われますが、「ふたりの人魚」の冒頭の上海市街の描写などとともに、この監督の才気を最も感じるパートでした。
       
天安門、恋人たち_002.jpg「天安門、恋人たち」●原題:頤和園((英)Summer PalaceUne、(仏)Une jeunesse chinoise)●制作年:2006年●制作国:中国・フランス●監督:婁燁(ロウ・イエ)●製作:耐安(ナイ・アン)/方励(ファン・リー)/シルヴァン・ブリュシュテイン●脚本:婁燁(ロウ・イエ)/梅峰(メイ・フグオ・シャオドンとハオ・レイ.jpgェン)/英力(イン・リー)●撮影:花清(ホァ・チン)●音楽:ペイマン・ヤズダニアン●時間:140分●出演:郝蕾(ハオ・レイ)/郭暁冬(グオ・シャオドン)/胡伶(フー・リン)/張献民(チャン・シャンミン)/崔林(ツゥイ・リン)/曾美慧孜(ツアン・メイホイツ)/白雪云(パイ・シューヨン)●日本公開:2008/07●配給:タゲレオ出版●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-03-03)(評価:★★★★)
郭暁冬(グオ・シャオドン)と郝蕾(ハオ・レイ)/2008年8月、中国本土上映禁止映画「天安門、恋人たち」を台湾でノーカット上映 (Record China)

天安門、恋人たち6.jpg

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シズル感溢れる映像とミステリアスな展開。「物語になるに人間」と「物語を待つ人間」の違い。

ふたりの人魚 dvd.jpg ふたりの人魚01.jpg ふたりの人魚02.jpg
ふたりの人魚 [DVD]」['04年]賈宏声(ジア・ホンション)/周迅(ジョウ・シュン)[二役]
ふたりの人魚 [DVD]」['01年]
ふたりの人魚 2000.jpgふたりの人魚1.jpg 「俺」は、ビデオ出張撮を請け負うカメラマン。ある日、ナイトクラブに設けられた水槽の中を泳ぐ人魚を撮影する仕事が舞い込む。「俺」は人魚を演じる美美(メイメイ)(周迅(ジョウ・シュン))に一目惚れし、二人は付き合いはじめる。(話は過去に遡って―)馬達(マー・ダー)(賈宏声(ジア・ホンション))はバイクで何でも運ぶ運び屋。ある日、少女・牡丹(ムーダン)(周迅(ジョウ・シュン)二役)を運ぶ仕事が舞い込む。牡丹の父親は密輸酒で金を儲け、愛人がいる。牡丹の父親が愛人と密会する日、牡丹は馬達のバイクの後ろに跨り、叔母の家に届けられる。馬達に何度も送られて、牡丹は馬達を次第に好きになっていく。馬達のボス・老B(ラオB)(姚安濂(ヤオ・アンリェン))と馬達のかつての恋人の蕭紅(シャオホン)(耐安(ナイ・アン))は、馬達に、牡丹を誘拐して父親に身代金を払わせる計画に加担させようとする。当初は渋っていた馬達だが、遂には嫌々ながら牡丹を誘拐する。老Bと蕭紅が身代金を受け取った際に、老Bは蕭紅を殺害する。馬達は牡丹を家に送ろうとするが、牡丹はバイクを倒して駈け出し、馬達は後を追う。橋に辿り着いた牡丹は、蘇州河に飛び込み、馬達も河に飛び込むが牡丹は見つからない。馬達は逮捕され、刑務所送りになる。何年かして出所した馬達は、再び運び屋となり、牡丹を探す。ある日、馬達は美美に出会う。美美と牡丹はそっくりであり、馬達は美美が牡丹だと信じ込む―。

ふたりの人魚 vhs.jpg 2000年公開の婁燁(ロウ・イエ)監督の長編第3作(原題は「蘇州河))。婁燁監督は、賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督などと並ぶ第6世代監督の一人で、自身の出身地・上海を舞台にしたこの作品では、脚本も書いています(因みに、劇中で殺害される蕭紅(シャオホン)を演じた耐安(ナイ・アン)は製作者の一人)。この作品は、2000年・第29回「ロッテルダム国際映画祭」タイガー・アワード(最優秀作品賞)受賞作であり、2000年・第1回「東京フィルメック」の最優秀作品賞受賞作でもあります。

苏州河(ふたりの人魚).jpg 上海の裏町がシズル感溢れる映像で活写される中、ミステリアスな物語の展開で惹きつけ、独特の才気を感じました。物語はある種"入れ子"構造になっていて、「俺」が語る「馬達(マー・ダー)の物語」となっていますが、「俺」は"撮影者"として在り、自らの姿を見せず、それは、「俺」が馬達と出会ってからも(結局、最後まで)続きますが、この辺りも上手いと思いました。

 ラストシーンを観て、個人的には、「物語になる人間」(=馬達(マー・ダー)&牡丹(ムーダン))と「物語を待つ人間」、つまり自身が「物語になることはない人間」(=「俺」)との違いを描いた映画かなあと思いました。大方の人が「物語」になどなれないわけであって、だからこそ、馬達と牡丹が輝いて見えるのかもしれません。

ふたりの人魚2.jpgふたりの人魚 1.jpg 美美(メイメイ)・牡丹(ムーダン)の二役を演じた周迅(ジョウ・シュン)は、この作品で2000年・「パリ国際映画祭」最優秀主演女優賞を受賞し、その後も周迅(ジョウ・シュン).png戴思杰(ダイ・シージエ)監督の「小さな中国のお針子」('01年)などに出演、演技力が高く評価され、徐静中国の小さなお針子 dvd2.jpg小さな中国のお針子」 (02年/仏・中国).jpg周迅2.jpg蕾(シュー・ジンレイ)、趙薇(ヴィッキー・チャオ)、章子怡(チャン・ツィイー)と並ぶ四大名旦(中国四大女優)の一人として人気を博し、2014年に米国の中国系俳優アーチー・カオと結婚しています。
周迅(ジョウ・シュン)
                           賈宏声(ジア・ホンション)
Jia Hongsheng.jpg賈宏声(ジア・ホンシャン).jpg 一方の馬達(マー・ダー)を演じた賈宏声(ジア・ホンション)は、この作品に出演後、周迅と意気投合し、恋愛関係を持ったことも知られていますが(1年以上の交際を続けた後に二人は別れた)、2010年にビル14階から転落して43歳で死亡し、自殺とみられています(彼はこの作品に出る前も、90年代にアイドル俳優として活躍していたが、麻薬に手を染め芸能界を一時追放されたという過去がある)。

第20回「東京フィルメックス」ふたりの人魚.jpg 昨年['19年]11月の第20回「東京フィルメックス」で、歴代の最優秀作品賞受賞作の人気投票で上位に選ばれ、この作品が上映されることになったのに合わせ婁燁(ロウ・イエ)監督が来日し、公開インタビューに答えていますが、観客から「ロウ・イエ監督の作品は被写体にカメラが近く、主観性が強いと感じる」と意見が飛ぶと、ロウ・イエは「カメラは撮影のツールではなく"目"です。近い距離で撮ることによってエモーションが生み出せます」と述べ、「映画は人を騙せません。カメラマンの思い、俳優たちの思いを撮影によって表現することにより、真実の映画を撮ることができると思います」「ほかの撮影方法で撮ろうと思ったこともありますが、僕が好きなのはドキュメンタリータッチで撮るということなんです」と語っています。

 また、馬達(マー・ダー)を演じたジア・ホンションとの思い出を聞かれ、「彼はこの作品に出演する前、しばらく役者業から遠ざかっていました。精神状態が悪く病院にいたんです」と回想し、「しかし撮影に入ると以前の雰囲気が戻ってきました。僕が表現したいことを十分に表現してくれたんです。彼の目はとても素晴らしい」と絶賛、「すでに亡くなった彼をこのようにスクリーンで観られることは、ファンにとって慰めになると思います」と述べています。惜しい俳優を亡くしたものだと思います。

ふたりの人魚ges.jpgふたりの人魚ド.jpg「ふたりの人魚」●原題:蘇州河(英:Suzhou River)●制作年:2000年●制作国:中国・ドイツ・日本●監督・脚本:婁燁(ロウ・イエ)●製作:フィリップ・ボバー/耐安(ナイ・アン)●撮影:王昱(ワン・ユー)●時間:83分●出演:周迅(ジョウ・シュン)/賈宏声(ジア・ホンション)/姚安濂(ヤオ・アンリェン)/耐安(ナイ・アン)●日本公開:2001/04●配給:アップリンク●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(20-02-14)(評価:★★★★)

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中国版「青春散歌 置けない日々」。監督の演出力はなかなかのものか。

青の稲妻 2002 poster.jpg 青の稲妻01.jpg 青の稲妻02.jpg
青の稲妻 [レンタル落ち]」趙濤(チャオ・タオ)/趙維威(チャオ・ウェイウェイ)
青の稲妻 dvd.jpg 2001年の山西省大同市。19歳の斌斌(ビンビン)(趙維威(チャオ・ウェイウェイ))は失業する。彼は恋人の圓圓(ユェンユェン)(周慶峰(チョウ・チンフォン))とデートを重ねていたが、圓圓が北京市の大学を受験することになる。斌斌は北京市へ行くために兵役検査を受けるが、肝炎を患っていることが判明して不合格となる。斌斌は小武(シャオウー)(王宏偉(ワン・ホンウェイ))から金を借りて、圓圓に携帯電話を買い与える。斌斌の親友である小済(シャオジイ)(呉〔王京〕(ウー・チョン))は、アルコール飲料「蒙古王酒」のキャンペーン・青の稲妻l04.jpgガールを務める巧巧(チャオチャオ)(趙濤(チャオ・タオ))と出会う。巧巧は喬三(チャオサン)(李竹斌(リー・チュウビン))というヤクザと交際しているが、小済は巧巧に惹かれていく。喬三と彼の部下から暴力を受けながらも、小済と巧巧は結ばれる。喬三は交通事故で命を落とすが、巧巧は小済のもとを去る。斌斌と小済は銀行強盗を計画する―。

青の稲妻 [DVD]
青の稲妻 [DVD].jpg 賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督・脚本による2002年の中国・日本・韓国・フランス合作映画で、WTO加盟やオリンピック開催決定など、それまでにないほど社会情勢が急変した2001年の中国の地方都市が舞台です。賈樟柯監督としては「一瞬の夢」('97年)、「プラットフォーム」('00年)に続く長編第3作で、第1作・第2作は賈樟柯監督の故郷の山西省汾陽(フェンヤン)が舞台でしたが、この作品では同じ山西省の雲崗石窟で知られる大同(ダートン)が舞台となっています。第2作「プラットフォーム」は、第57回ヴェネツィア国際映画祭で最優秀アジア映画賞を受賞していますが、この「青の稲妻」も第55回カンヌ国際映画祭のコンペティション部門出品作です。

青の稲妻es.jpg かつて橋浦方人監督の劇映画第一作で「青春散歌 置けない日々」('75年)という日本映画がありましたが、そうしたタイトルが当て嵌まりそうな中国映画だと思いました。2001年頃の中国地方都市の、中国共産党によって監視され、若者たちにとっては「出口なし」の状況を、党の目が行き届かないアンダーグラウンドな世界も含めよく描いているなあと思ったら、前作「プラットフォーム」同様、この作品も中国政府の検閲を通すことなく撮られた映画のようです。

青の稲妻-5.jpg 「プラットフォーム」の時より技術面で進歩している一方で、唐突な終わり方は、この監督の初期作品に共通の特徴のよう趙濤.jpgに思います。「蒙古王酒」のキャンペーン・ガール巧巧(チャオチャオ)を演じた趙濤(チャオ・タオ)は、「プラットフォーム」での晩生(おくて)の女子劇団員役からかなり任逍遥 賈樟柯.jpgの変貌ぶりで、やがて賈樟柯監督の妻となり、セレブ女優となっていくに際しての一歩を踏み出したという感じでしょうか(まだどこかアカ抜けないが)。金貸しの小武(シャオウー)を演じた王宏偉(ワン・ホンウェイ)は、前作では冴えない劇団員を主演で演じており、どんな役でもこなす俳優という感じ。一方、小済(シャオジイ)を演じた呉〔王京〕(ウー・チョン)は、監督にスカウトされた新人だそうですが、映画初出演とは思えないクールな存在感を醸しており、この監督の演出力はなかなかのものかもしれません。

 その監督自身が出演して、オペラ「椿姫」の「ラ・トラヴィアータ」を調子っぱずれで歌っています。一方、主人公がラストで歌うのは、元々は台湾の歌曲ながら、台湾よりも中国でヒットしたリッチー・レンの「任逍遙」で、この曲のタイトルが映画の原題となっています。

青の稲妻-p.jpg ストーリー的にちょっと弱いかなと思ったのは、主人公の斌斌(ビンビン)が銀行強盗をする動機で、巧巧に去られて自暴自棄になっているようにも見える小済の方はともかく、斌斌は新たな仕事に就いたばかりで、銀行強盗の罪が重罪とされる中で、そこまでやるかなあという気もしました。蓮實重彦氏がぴあが発行するカルチャー誌「Invitation」2003年3月号(創刊号)でこの作品を「ポストモダン中国のハードボイルド」として絶賛していましたが、個人的には、そこまでの完成度は感じられませんでした。ただ、90年代後半に登場した第六世代に属する監督の代表的存在として、陳凱歌(チェン・カイコー)や張藝謀(チャン・イーモウ)といった他の中国の監督の作品にはない独特の雰囲気が、この監督の初期作品にはあるように思います。

青の稲妻6.jpg「青の稲妻」●原題:任逍遥●制作年:2002年●制作国:中国・日本・韓国・フランス●監督・脚本:賈樟柯(ジャ・ジャンクー)●製作:市山尚三/リー・キットミン●撮影:余力為(ユー・リクウァイ)●時間:112分●出演:趙濤(チャオ・タオ)/趙維威(チャオ・ウェイウェイ)/呉〔王京〕(ウー・チョン)/李竹斌(リー・チュウビン)/周慶峰(チョウ・チンフォン)/王宏偉(ワン・ホンウェイ)●日本公開:2003/02●配給:ビターズ・エンド/オフィス北野●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(18-11-14)(評価:★★★☆)

青の稲妻-2.jpg 青の稲妻-3.jpg 青の稲妻-9.jpg 青の稲妻-8.jpg 青の稲妻-10.jpg

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男2人女1人の関係を描き、無駄のない作りでスピード感がある。主人公はかなり"怖い"女性とも言える。
突然炎のごとく dvd.jpg 突然炎のごとく 01.jpg 突然炎のごとく 02.jpg
突然炎のごとく [DVD]」オスカー・ウェルナー/ジャンヌ・モロー
突然炎のごとく t.jpg オーストリアの青年ジュール(オスカー・ウェルナー)はモンパルナスでフランス青年のジム(アンリ・セラー)と知り合い、文学という共通の趣味を持つ二人はすぐに打ち解け、無二の親友となる。二人はある時、幻燈会に行き、アドリア海の島の写真に映った女の顔の彫像に魅了される。その後、二人はカトリーヌ(ジャンヌ・モロー)という女性と知り合い、同時に恋に落ちる。彼女は島の彫像の女と瓜ふたつだったからだ。カトリーヌは自由奔放そのものの女性で、男装して街に繰り出したり、ジュールとジムが街角で文学談義を始めると、突然セーヌ川に飛び込んで二人を慌てさせる。積極的だったのはジュールのほうで、彼はカトリーヌに求婚しパリのアパートで同棲を始め、ジムは出版社と契約ができて作家生活の第一歩を踏み出す。やがて第一次世界大戦が始まり、ジュールとジムはそれぞれの祖国の軍人として戦線へ行ったが、共に生きて祖国へ帰る。カトリーヌと結婚したジュールが住むライン河上流の山小屋に、ジムは招待された。その頃、ジュールとカトリーヌの間には六つになる娘もいたが、二人の間は冷えきっていた。ジュールはジムに彼女と結婚してくれと頼む。そうすれば彼女を繋ぎ留められると思ったからだ。しかも、自分も側に置いてもらうという条件で...。そうして、3人の奇妙な共同生活が始まる。危ういバランスを保った三角関係は、しかし、カトリーヌに愛人が別にいたことで崩れる。ジムは瞬間しか人を愛せない彼女に絶望し、パリへ帰る。数ヶ月後、映画館で3人は再会した。映画がはねた後、カトリーヌはふいにジムを車で連れ出した。怪訝な面持ちのジムとは対照的に、カトリーヌは穏やかな顔でハンドルを握るが―。

冒険者たち    LES AVENTURIERS.jpg明日に向って撃て   1シーン.jpg 1962年公開のフランソワ・トリュフォー監督の長編第3作(原題はJules et Jim(ジュールとジム))。男2人女1人の関係がベースになっていて、このパターンは後の多くの映画に影響を与えたとされています。代表的なものでは、ロベール・アンリコ監督の「冒険者たち」('67年/仏)やジョージ・ロイ・ヒル監督の「明日に向かって撃て!」('69年/米)などがあるとされていますが、それらが必ずしもハッピーエンドとは言えないながらもプロセスにおいて"明るい"のに対し、この「突然炎のごとく」はプロセスにおいてもむしろ"暗い"と言え、さらに、「冒険者たち」のジョンア・シムカスや「明日に向かって撃て!」のキャサリン・ロスが演じたヒロインが、その明るさと純真さが魅力の女性像であったのに対し、この作品でジャンヌ・モローが演じた男性を破滅に追い込むような女性像は、魅力的かどうかはともかく、かなり"怖い"とも言えます。

Jules et Jim (突然炎のごとく).jpeg ただし、映画の公開が、今に比べてまだ女性が抑圧されていて、ちょうど女性解放運動が盛り上がってきた時期と重なったということもあって、英米においてフランス映画としては異例のヒット作となり、監督のトリュフォーの元にも、「カトリーヌは私です」という女性からの手紙が世界中から届いたとのことです。しかしながら、トリュフォー自身はこの映画が「女性映画」と呼ばれることを嫌い、また、主人公を自己と同一視するような女性たちの映画の見方にも否定的だったようです(カトリーヌにポリティカルなメッセージを込めようとしたわけでなく、また、カトリーヌは誰かの代弁者であるわけでもなく、「ただ、ある女性を描いたにすぎない」というスタンスだったようだ)。

突然炎のごとく1.jpg 後半で、ジュールがジムをカトリーヌや娘と居る山小屋に呼び寄せるのは、自分がカトリーヌとベッドを共にできなくなったからでしょう。そのくせ、カトリーヌの気まぐれで時にカトリーヌとジュールでベッドでじゃれ合ったりするから、今度はジムの方が嫉妬に苦しむことになるのだなあ。ラストも含め、ジムには本当に「お気の毒」と思わざるをえません。傍から見ればどうしてこんな悪女に惹かれてしまうのかと思ってしまいますが、当事者の立場になれば、魅せられている時は冷静な判断ができなくなるのでしょう。男性たちにとってカトリーヌは偶像であり、ゆえにファム・ファタール(運命の女)となるのでしょう。

突然炎のごとく_早稲田松竹.jpg 原作は、アンリ=ピエール・ロシェ(1879-1959)で、日本で発表されている小説は『突然炎のごとく』と『恋のエチュード』のみで、いずれもトリュフォーが映画化していることになります(トリュフォーは21歳の時に古本屋で偶然彼の作品に触れており、ある意味トリュフォーが発掘した作家と言えるかも)。自身の恋愛体験をもとにこの作品を書いており、登場人物的には「ジム」に当たりますが、本人は80歳近くまで生きており、また、カトリーヌのモデルとされた女性も、後に「私は死んでない」と言ったそうです。ジュールにもモデルがいるそうですが、映画においてオスカー・ウェルナーが演じる、文学オタクで女性にはあまりモテそうでないジュール像には、トリュフォー自身が反映されているようです(冒頭でジュールがマリー・デュボア演じる娘にさらっとフラれるエピソードがある)。どちらかと言うとずっとジルの視線で描かれているため、ラストはジュールが亡くなる側に回ってもよさそうな気がしましたが、カトリーヌとジムの死によって、ジュールは誰にも邪魔されずカトリーヌを永遠に自分のものとすることができた―という結末なのでしょう。

 個人的には、谷崎潤一郎の『痴人の愛』を想起したりもしました。日本映画で言えば、増村保造の(この監督、「痴人の愛」('67年)も撮っているが)浅丘ルリ子がインフォマニアを演じた「女体」('69年)でしょうか。ただし、増村保造×浅丘ルリ子とフランソワ・トリュフォー×ジャンヌ・モローでは、やはり後者に軍配が上がってしまいます。とにかくこの映画にはスピード感があるというか、無駄が無い気がします。
      
早稲田松竹(19-12-12)

 この映画に関するトリビアを3つ。

「突然炎のごとく」b6.jpg➀ カトリーヌがセーヌ川に飛び込むシーンは、スタントの女性がやりたがらなかったので、ジャンヌ・モロー自身が飛び込んだ。その結果、川の水の汚れがひどかったため、ジャンヌ・モローは喉を傷めた。

② ジムとカトリーヌがキスするシーンで、窓に張り付いていた虫がカトリーヌの口の中の入るが、これは撮影中の偶然で、トリュフォーは敢えてそのシーンをカットしなかった(トリュフォー自身がオタク気質の非モテ系であるため、このシーンの二人に嫉妬心を抱いた?との説も)。

女は女である  モロー.jpg③ ジャン=リュック・ゴダール監督の「女は女である」('61年/仏・伊)のなかに、ジャン=ポール・ベルモンドがバーで出会ったカメオ出演のジャンヌ=モローに、「ジュールとジムはどうしてる?」と訊くシーンがある。「突然炎のごとく」撮影期間中のことである。

「女は女である」('61年/仏・伊)

   
      
突然炎のごとく00.jpg突然炎のごとくド.jpg「突然炎のごとく」●原題:JULES ET JIM(英:JULES AND JIM)●制作年:1962年●制作国:フランス●監督:フランソワ・トリュフォー●製作:ルキノ・ヴィスコンティ●脚本:フランソワ・トリュフォー/ジャン・グリュオー●撮影:ラウール・クタール●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●原作:アンリ=ピエール・ロシェ●時間:107分●出演:ジャンヌ・モロー/オスカー・ウェルナー/アンリ・セール/マリー・デュボア/サビーヌ・オードパン/ヴァンナ・ウルビーノ/ボリス・バシアク/アニー・ネルセン●日本公開:1964/02●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所(再見):早稲田松竹(19-12-12)(評価:★★★★☆)●併映:「柔らかい肌」(フランソワ・トリュフォー)

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第18話、第19話比べると、個人的には第18話の方がかなり良かった。
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg 18話「同居人に文句あり」1.jpg 19話)/スター誕生11.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第18話「同居人に文句あり」"Mr. Monk and the Very, Very Old Man"/第19話「スター誕生」"Mr. Monk Goes to the Theater"

第18話「同居人に文句あり」
18話)/同居人に文句あり31.png 老人ホームで暮らしていた男性長寿世界一のホリング(パトリック・クランショー)が、115歳の誕生日直前に死ぬ。以前、彼を取材したことがあるーランド警部の妻でドキュメンタリー映画監督のカレン(グレン・ヘドリー)は、彼のクセを熟知し18話)/同居人に文句あり2.jpgていて、ベッドで亡くなったのは、誰かに殺されたからだと言う。捜査を頼み込むカレンに警部は、モンクが殺人だと言えば捜査をすると言い、渋々モンクを現場に派遣するが、警部の意に反してモンクは他殺説を支持する。そこで遺体を掘り起こして検死解剖すると、死因は窒息死だった。この件で妻と喧嘩になった警部は、モンクの家に転がり込むことに―。

18話)/同居人に文句あり1.jpg 115歳の老人の殺人事件の犯人は誰かという話ですが、ストットルマイヤー警部が奥さんと夫婦喧嘩してモンクの家に転がり込んできたサブストーリーの方がメインになっている印象が強く、邦題もそれに沿ったものとなっています。しかし、夜中にいきなり掃除を始めるとはモンクらしいけれど、同居人にすればさすがに文句も言いたくなる? 結局、これに我慢しきれなくなった警部は、最後は自ら奥さんのところに戻ることになり、モンクにお前は最高に結婚生活カウンセラーだと言い放つのが可笑しいです。

Mr Monk and the Very Very Old Man1.jpg また、警部は、奥さんが老人の死が他殺であると主張するのに対し、自分はそれが見抜けなかったことで自信喪失になっていましたが、最後は奥さんのドキュメンタリーのビデオを見てモンクに先んじて犯人を推察するという、この辺りの自信回復に至る作りも上手いです。更には、すべてが整然としてしているモンクの家で、リビングのテーブルだけが椅子と平行になっていない(むしろ警部の方がそのことが気がかりになっている)、その謎が最後に明かされるのも良かったです(評価★★★★)。


第19話「スター誕生」
スター誕生21.jpg シャローナはモンクを連れて、妹で女優のゲイル(エイミー・セダリス)の舞台を観に来ていた。だが、劇中でゲイルが相手俳優ハルをナイフで刺す場面で、倒れたままのハルは目撃者300人の観客の前で死亡が確認される。最近、交際していたハルに振られたゲイルは、殺人容疑者として拘束されてしまう。娘の芝居を観ようとフロリダからやって来たシャローナ姉妹の母親シェリル(ベティ・バックリー)から捜査の依頼を受けたモンクは、ゲイルの代役として準備万端の様子で張り切るジェナ(メリッサ・ジョージ)に違和感を覚える―。

19話)/スター誕生3.jpg モンクが殺害された俳優のピンチヒッターで舞台に立つことになるなど、変わった趣向で面白かったです。ライバル女優を殺害するのではなく、その元恋人を殺害してその女優に容疑を被せるというのが凝っていて、どうやって犯行に及んだのかと思ったら、共犯者がいたというのも意外でした。でも、300人の観客の前であのような犯行が実際可能なのかと、ふと思ってしまいました(評価★★★)。

 IMDbの評価を見ると、第18話、第19話ともに8.1ポイントとまずまずの評価で拮抗していますが、個人的には第18話の方がかなり良かったでしょうか。
     
MR. MONK AND THE VERY, VERY OLD MAN21.jpg18話)/同居人に文句あり41.jpg「名探偵モンク(第18話)/同居人に文句あり」(Season 2 | Episode 5)●原題:MR. MONK AND THE VERY, VERY OLD MAN●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/25●監督:ローレンス・スリリング●脚本:ダニエル・ドラッチ●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)グレン・ヘドリー/パトリック・クランショー●日本放映:2004/08/10●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)

Mr. Monk Goes to the Theater 31.jpg19話)/スター誕生01.jpg「名探偵モンク(第19話)/スター誕生」(Season 2 | Episode 6)●原題:MR. MONK GOES TO THE THEATER●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/08/01●監督:ロン・アンダーウッド●脚本:ウェンディー・マス/スチュー・リーヴァイン/トム・シャープリング●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)エイミー・セダリス/ベティ・バックリー/メリッサ・ジョージ●日本放映:2004/08/17●放送:NHK-BS2(評価:★★★)

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犯人が誰なのか、わからない話(第16話)、犯人がどうやったのか、わからない話(第17話)。

名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg 名探偵モンク(第16話)/ホームランボールの謎.jpg 名探偵モンク(第17話)/宙を舞う殺人者.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第16話「ホームランボールの謎」"Mr. Monk Goes to the Ballgame"/第17話「宙を舞う殺人者」"Mr. Monk Goes to the Circus"

第16話「ホームランボールの謎」
MR. MONK GOES TO THE BALLGAME 01.jpg GPSカーナビの入力先とは違う、見知らぬ工場団地駐車場に誘導された大富豪ローレンスと妻エリン。そこでエリンは銃弾4発を撃ち込まれ、ローレンスも撃たれ、「具はチリ・エビ15枚のピザ」という謎の言葉を残して息絶える。遺体発見時、車にカーナビは無かった。警察はローレンスを狙った犯行だと主張するが、モンクは妻が標的だと断言。彼女がプロ野球のスターMR. MONK GOES TO THE BALLGAME04.jpg選手スコット(クリストファー・ウィール)と不倫関係にあったことを突き止め、彼に会いに行くが―。

MR. MONK GOES TO THE BALLGAME05.jpg 野球選手と心を通わすモンクというのが珍しいですが、愛する者を喪った者同士ということで(野球選手の方は不倫相手なのだが)、もの悲しくもあります。ホームランボールの話が出てくるのはモンクが犯人が誰だか気づく最終盤であり、日本語タイトルはイマイチかも。犯人の殺人の動機としてもやや牽強付会と言うか、確実性は必ずしも高くないかもしれません(評価★★★☆)。


第17話「宙を舞う殺人者」
第17話「宙を舞う殺人者」ド.jpg レストランのオープンテラスで食事をしていたセルゲイが、建物の避難ハシゴから飛び降りてきた人物に撃たれて死亡。犯人はテーブルに飛び乗り、派手な宙返りをして逃げ去る。被害者がサーカス団員だったことから、モンクらは町へ来ているサーカスへ事情聴取に向かう。セルゲイが殺害された際同席していた女性は、犯人は彼の嫉妬深い元妻で軽業師のナターシャだと告げる。モンクはナターシャが犯人だとにらむが、2週間前に骨折した彼女に犯行は不可能だった―。
  
第17話「宙を舞う殺人者」1.jpg 面白かったです。凝っていると思いました(ロマって現代医療を拒否しているのか。そういえばナターシャはテントでジプシーカード占いみたいなことしてたなあ)。ただ、このシリーズにしては珍しくエグい殺人のシチュエーションがあり、実際にそのシーンは映してませんが、その前のゾウのスイカ割りのシーンでモンタージュ効果十分。あれではシャローナはますますゾウ恐怖症になってしまうのではないかなあ(自分を撥ねようとしたクルマの前に立ちふさがってくれただけでは治らない?)。それと、賢い犯人が犯行に使った小道具を"現場"にそのままにしておくとは考えにくく(普通は即回収するでしょう)、サーカスに関係するシーンが本格的だっただけに、そこが惜しかったでしょうか(評価★★★☆)。
  
 第16話「ホームランボールの謎」は犯人が誰なのか、なかなかわからない話(フーダニット)、第17話「宙を舞う殺人者」は犯人がどうやって殺人を犯したのか、なかななかわからない話(ハウダニット)。切り口が違って面白いです。なかなかわからないもので、どちらの話も、モンクがセラピーの最中にクローガー先生(スタンリー・カメル)に事件が壁にぶつかっていることを相談をしてたなあ。

MR. MONK GOES TO THE BALLGAME06.jpg「名探偵モンク(第16話)/ホームランボールの謎」(Season 2 | Episode3)●原題:MR. MONK GOES TO THE BALLGAME●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/11●監督:マイケル・スピラー●脚本:ハイ・コンラッド●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)クリストファー・ウィール/レイン・ウィルソン●日本放映:2004/07/06●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)
   
第17話「宙を舞う殺人者」2.jpg「名探偵モンク(第17話)/宙を舞う殺人者」(Season 2 | Episode4)●原題:MR. MONK GOES TO THE CIRCUS●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/07/18●監督:ランドール・ジスク●脚本:James Krieg●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)ロリータ・ダヴィドヴィッチ●日本放映:2004/07/13●放送:NHK-BS2(評価:★★★☆)

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モンクのキャラも確立し、安定感ある第2シーズンのスタート。第14話、第15話とも愉しめた。

名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX.jpg MONK14-01.jpg monk15-0.jpg
名探偵MONK シーズン2 DVD-BOX」/第14話「時計台の殺人」"Mr. Monk Goes Back to School"/第15話「空からの水死体」"Mr. Monk Goes to Mexico"
 主人公のエイドリアン・モンクは、サンフランシスコ警察の元刑事で、妻トゥルーディが何者かに殺害され、その事件が迷宮入りとなって以来、妄想や強迫観念に囚われるようになり、過度の恐怖症に陥って休職を余儀なくされています。高い所や暗い場所がダメで、目に見えない細菌が気になり、除菌ティッシュが手放せない潔癖症。加えてちょっとした物のズレが気になって仕方ない神経質な所があり、社会への適応能力はゼロに等しいモンクですが、いざ事件の現場に立つと、比類なき洞察・推理力で難事件を解決していきます。

 2002年7月スタートのシーズン1(全13話)(日本ではNHK-BS2で2004年3月からレギュラー放送を開始したが、シーズン1については2003年6月から「モンク」のタイトルでビデオレンタルとしてVol.1〜6(全13話)が出されていた)では、モンクが警察官への復職を強く望み、元同僚や上司に疎まれながらも難事件・怪事件を解決していくというパターンが主でしたが、次第に彼の特質に対する周囲の理解が浸透し、シーズン後半では、警察からの信頼が増し、関係性の改善が図られています。それに伴い、コンサルタントmonk tv series  season2.jpgとしてのモンクのポジションが安定し、違和感なく事件に関わるようになってきます(モンクの哀愁は妻の事件が絡む時に集約されるようになったが、細部へのこだわりの方はむしろ強くなった?)。2003年6月スタートの第2シーズンでは、モンクの才能全開という感じでしょうか。因みに、モンク役のトニー・シャルーブは2003年にゴールデングローブ賞コメディシリーズ部門、エミー賞コメディ部門で共に主演男優賞を受賞しています(エミー賞コメディ部門主演男優賞は2005年・2006年度も受賞)。

第14話「時計台の殺人」
MONK14-1.jpg モンクはリーランド・ストットルマイヤー警部(テッド・レヴィン)の依頼で、亡き妻トゥルーディの母校で転落死した教師ベスの調査に当たる。ベスは化学教師フィルmonk14 6.jpgビー(アンドリュー・マッカーシー)と不倫関係にあり、モンクはフィルビーが殺害したと確信するが、彼にはその時間には授業をしていたという完璧なアリバイがあった。モンクが代理教師として学校へ入り込み捜査を続ける中、第二の不審死が発生。モンクは二件ともフィルビーの犯行だと考えるが―。

 第2シーズンのスタートとして、まずはオーソドックスにいこうとしたのか、第一の殺人の目撃者の口封じのために第二の殺人を犯MONK14-2.jpgすというのはある種パターンであるし、時計台の時計の針を使ったトリックというのもありそうだし、証拠物件をわざと放置して、それをエサに犯人をおびき寄せるというのも「刑事コロンボ」などでもありましたが、それらを自然に組み合わせているのが上手いと思います。市長から捜査の協力依頼がくるということから、モンクの評価は定着していることを窺えます。モンクのキャラクターも確立し、モンクを馬鹿にした生徒に詰め寄るシャローナ(ビティ・シュラム)などのキャラも相変わらずいいです。安定感のある第2シーズンのスタートといった感じでしょうか(評価★★★★)。

第15話「空からの水死体」
monk15-2.jpg 休暇中に訪れたメキシコでスカイダイビングを無料体験した米国人学生チップが、地面に激突。しかし、検死結果は溺死だった。チップの父親が友人のサンフランシスコ市長に相談したことから、モンクが現地に派遣される。事件の鍵を握る人物を探しに来たホテルで、手掛かりを得るモンクとシャローナ。だが、酒豪のモンク15-.jpgシャローナは学生たちと羽目を外してしまい、モンクは単独で捜査を続行。翌日、二日酔いのシャローナのもとに思わぬ訃報が舞い込む―。

 市長からのご指名ということで、モンクの評価は確立済みということでしょうか。メキシコの刑事が最初はモンクなど捜査に役立たないと思っていたのが、最後は、その仕事ぶりに接して光栄だったと彼モンク15-1.jpgにすがりつくのが可笑しいですが、それ以上に可笑しかったのが、ストットルマイヤー警部が、モンクがメキシコで死んだという連絡を受けて警察葬をすると言い、ディッシャー警部補(ジェイソン・グレイ=スタンフォード)が警官でないから出来ないと言うと、それが出来ないなら自分は辞めるとまで言った矢先、実はそれは誤報でモンクは生きていると分かり、その途端に「アイツなんか大嫌いだ」と言い放つのが可笑しかったです。シャローナが、殺害されたのはモンクではなかったことに気づくところもいいです。モンクにとって、メキシコに着いた矢先に衣類から何から荷物を全部盗まれたという災難が、逆に命拾いすることに繋がったという作りも上手いし、「ライオンに噛まれて亡くなった男」の事件の挟み込み方も上手。フーダニット色が強く、これも愉しめました(評価★★★★)。


monk 14-51.jpg「名探偵モンク(第14話)/時計台の殺人」(Season 2 | Episode 1)●原題:MR. MONK GOES BACK TO SCHOOL●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/06/20●監督:ランドール・ジスク●脚本:デイビット・ブレックマン/Rick Kronberg●時間:44分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)アンドリュー・マッカーシー/デヴィッド・ラッシュ●日本放映:2004/06/22●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)

MR. MONK GOES TO MEXICO1.jpg「名探偵モンク(第15話)/空からの水死体」(Season 2 | Episode 2)●原題:MR. MONK GOES TO MEXICO●制作年:2003年●制作国:アメリカ●本国放映:2003/06/27●監督:ロン・アンダーウッド●脚本:リー・ゴールドバーグ/ウィリアム・ラブキン●時間:43分●出演:トニー・シャルーブ/ビティ・シュラム/テッド・レヴィン/ジェイソン・グレイ=スタンフォード/(ゲスト)マイケル・B・シルヴァー●日本放映:2004/06/27●放送:NHK-BS2(評価:★★★★)


monk tv series  season1.jpgモンク タイトル.jpg「名探偵モンク」 Monk (USA Network 2002 ~2009/12) (2004/03~2010/07 NHK BS2/ミステリチャンネル)

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急逝した天知茂の遺作(シリーズ最高視聴率)。美女役は新型コロナで亡くなった岡江久美子。

25話)/黒真珠の美女 dvd.jpg 25話)/黒真珠の美女 t1.jpg  25話)/黒真珠の美女 t2.png 25話)/黒真珠の美女 t3.jpg
黒真珠の美女~江戸川乱歩の「心理試験」~ [DVD]」天知茂/岡江久美子

25話)/黒真珠の美女 4シーン.png ある絵画の展示会で、明智探偵(天知茂)は黒真珠のイヤリングをしていた美女(岡江久美子)に出会う。その後、ゴッホの「星月夜」を画商の蕗屋裕子が手に入れたと発表され、西洋美術館が入手しようと名乗りを上げていると噂されていた。明智は展覧会場で、同級生で東京美術大学の教授・北原(久富惟晴)から蕗屋裕子を紹介してもらうが、彼女が例の黒真珠の美女だった。そこには蕗屋画廊の顧客で美術収集家の徳田礼二郎(高橋昌也)と、画商の宍戸(長塚京三)も来ていた。その後、明智の事務所に無記名の封筒が届き、文代(藤吉久美子)が開けると、中には百万円が入っていて、絵は偽物に違いないので入手経路を調べてほしいとあった。明智は、裕子を訪ねるが、彼女は絵の入手経路25話)/黒真珠の美女 4人.pngを明かさない。一方、この絵を前にして、徳田は「偽物だよ」と呟く。宍戸は、あの絵が本物なら時価十億は下らず、そんな大金を裕子がどうやって工面したか謎であり、偽者の可能性が高いことを明智に説明する。明智は宍戸を尾行し、ホテルで徳田の家のお手伝い・ユミエ(東千晃)と関係を持っていることを知る。彼女は聖ヨハネ病院の元看護婦で、同じ病院に勤める元恋人の小池(伊藤克信)から復縁を迫られていた。徳田邸ではカメラマン志望の恋人・富山(貞永敏)との交際を反対された徳田の一人娘・ユカ(代日芽子)が徳田と口論の末、家を飛び出し車で出かけていった。徳田と約束をしていた裕子から仕事が長引いてまだ京都駅にいるという電話が入り、それを受けたユミエが徳田に知らせに行くと徳田が血を流して倒れていた―。

 この「美女シリーズ」で天知茂の遺作となった作品で、天知茂は1985年7月27日にクモ膜下出血により54歳で亡くなっており、この第25話は、8月3日に放映されています。したがって、この回は、結果的に初放映が"追悼放映"になったかたちで、視聴率はシリーズ最高の26.3%を記録しています(以降、北大路欣也主演で6話、西郷輝彦主演で2作作られたが、天知茂の明智探偵像が強烈だったせいか長続きしなかった)。

テレビ朝日・土曜ワイド劇場 「江戸川乱歩 美女シリーズ(第25話)/黒真珠の美女」オープニング(天知繁追悼の意を表する南美希子アナウンサー)

そして誰もいなくなった 渡瀬_.jpg 2017(平成29)年に、テレビ朝日で渡瀬恒彦主演の「アガサ・クリスティ そして誰もいなくなった」が放送された際、3月25日・26日の2夜連続ドラマの各冒頭で、3月14日に亡くなった渡瀬恒彦が出演した「最後の作品」であることを伝えるテロップが表示され、しかも、末期がんの役で出ているのがかなり衝撃的でしたが、当時の視聴者も似たような印象を持ったのではないでしょうか。この「黒真珠の美女」では、渡瀬恒彦の場合と異なり、天知茂本人も自分が死ぬと志村けん エール.jpg志村けん  .jpgは思っていないと思いますが、明智がその喫煙を制止する文代の目を盗んでタバコを美味そうに吸う場面があったりして、ひやっとします。もっと最近では、今年['20年]3月30日放送開始のNHKの朝ドラ「エール」でテレビドラマ初出演の志村けんが、3月29日に新型コロナウイルスによる肺炎で亡くなり、山田耕筰をモデルとする役で5月1日放映分から登場して、これも実質"追悼放映"になってしまったということがありました。
    
別冊スコラ 岡江久美子写真集「華やかな自転」.jpg岡江久美子 死去  NHK.jpg そして、同じく新型コロナウイルスによる肺炎のため4月23日に亡くなったのが、この「黒真珠の美女」の"美女"こと岡江久美子です。近年ではTBS「はなまるマーケット」の総合司会(1996年~2014年)のイメージが強く、また、かつてはNHKの「連想ゲーム」での名解答者(1978年~1983年)ぶりから「才女」のイメージがありますが、別冊スコラで『岡江久美子写真集 華やかな自転』を出したのが'82年で、フォトジェニックな女優でもありました(写真集は当時25歳。翌年、大和田獏と結婚)。

別冊スコラ 岡江久美子写真集「華やかな自転」』['82年]
岡江久美子
25話)/黒真珠の美女 岡江.jpg この「黒真珠の美女」の撮影時の岡江久美子は28歳で、若くして着物も似合うからなかな心理試験 春陽堂文庫.jpgかのもの。最後まで凛としていて、天知茂と拮抗しているか、むしろそれを凌いでいた印象です。内容的には、原作の「心理試験」はもうどっか飛んでしまっている感じですが(このシリーズ、後になればなるほど原作から離れていったようだ)、犯人捜しというより、絵の真贋の謎やその背後にある復讐劇、トラベルミステリー的なプロットなど、プロセスが愉しめ、ラストも明智探偵が最後に変装して登場し犯人を暴くというお決まりの型にもう一つ捻りが入っていて、いろいろと愉しめる佳作に仕上がっているように思います。

必殺仕掛人 春雪仕掛針ド.jpg 監督の貞永方久(さだなが まさひさ、1931-2011/79歳没)は九州大学法学部出身。卒業後、松竹京都撮影所演出部に入社して映画監督になっていますが、こうしたテレビ映画の演出も多数あり、特にABCテレビの「必殺シリーズ」では第2作(中村主水シリーズの第1作)である「必殺仕置人」('73年、全26話、山﨑努、藤田まこと主演)から参加し、劇場版「必殺仕掛人 春雪仕掛針」('74年/松竹)では監督も務めています。TVシリーズの「必殺仕掛人」('72~'73年、全33話、林与一、緒形拳主演)は「必殺シリーズ」の第1作で、「必殺仕置人」の前番組にあたり、第1作「必殺仕掛人」の原作は池波正太郎の「仕掛人・藤枝梅安」ですが、後番組の「必殺仕置人」の方は「必殺仕掛人」の枠組みだけ踏襲したTVオリジナルでした。「必殺仕掛人」は、当時のフジテレビの笹沢佐保原作の「木枯し紋次郎」(1972/01~05、1972/11~1973/03)の人気に押されていた朝日放送が対抗策として打ち出したもので、中村敦夫が撮影中の事故で一時離脱したタイミングを見計らい'72年9月に放送開始、放送時間も「紋次郎」の30分前の22時開始にするなどの策が練られました。因みに、緒形拳が演じた藤枝梅安は、当初は天知茂が想定されていたとのことです。

『必殺仕掛人 春雪仕掛針』.jpg必殺仕掛人 春雪仕掛針ges.jpg 映画「必殺仕掛人 春雪仕掛針」は、「必殺仕掛人」('73年/松竹、田宮二郎主演)、「必殺仕掛人 梅安蟻地獄」('73年/松竹、緒形拳主演)に続く「必殺仕掛人」シリーズ第3作(最終作)で、第1作と第2作の監督は松本清張原作の「黒の奔流」('72年/松竹)の渡邊祐介監督でした。第2作「梅安蟻地獄に続き、梅安=緒形拳、十五郎=林与一、半右衛門=山村聰のキャスティングで、仇役の盗賊の女棟梁役に岩下志麻を迎えていますが、このキャラクター造形は同じ池波正太郎の小説「鬼平犯科帳」の登場人物の「猿塚の千代」(「女賊」)をそのまま引いており、原作が池波正太郎であるには違いないですが、ただし、それらを融合させて映画オリジナルのストーリー構成となっています。
<あの頃映画> 必殺仕掛人 春雪仕掛針 [DVD]
必殺仕掛人 春雪仕掛針ku.jpg必殺仕掛人 春雪仕掛針s.jpg

[下]林与一・緒形拳/山村聰
必殺仕掛人 春雪仕掛針 緒形・林.jpg必殺仕掛人 春雪仕掛針 山村.jpg 岩下志麻演じる千代を堕落させる悪役・勝四郎を夏八木勲が演じていたりして、今観るとなかなかのキャスティング、林与一ばかりか、TV版では直接手を下すことがほとんどない仕掛人の元締め・音羽屋半右衛門役の山村聰も立ち回りをやるし、岩下志麻は「きつい女」役がもうすでに板についている感じでした。ただ、哀しい話ではあるのですが、今一つ哀しみが伝わってきにくいのは、千代が必殺仕掛人 春雪仕掛針HL.jpg梅安に「あんたが私を捨てなければ私は今頃...」と恨み節ばかり言っているせいもあるでしょうか(千代にとって梅安は"最初の男"だった)。梅「必殺仕掛人 春雪仕掛針」 3.jpg安は第1作と違って原作通り、かつて自分が結果的に自分の妹を殺してしまったことを自覚している作りになっているので、自分には所帯を持つ資格はないと思ったのではないでしょうか(と思ったら、「あの頃映画 松竹DVDコレクション」のキャッチに「私は人殺しですからね、人並みの夢を持っちゃいけねえ...」とあった)。それくらい梅役の心の闇は深く、ここにきてまた悪の世界に堕ちてしまった千代を...。シリーズで一番暗い作品かもしれませんが、この陰の深さは映画的には悪くないように思います。

代日芽子(徳田の一人娘・ユカ)/東千晃(徳田の家のお手伝いのユミエ)
25話)/黒真珠の美女 貞永.png25話)/黒真珠の美女 入浴.png「江戸川乱歩 美女シリーズ(第25話)/黒真珠の美女」●制作年:1985年●監督:貞永方久●プロデューサー:川田方寿/佐々木孟●脚本:山下六合雄●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「心理試験」●時間:92分●出演:天知茂/藤吉久美子/小野田真之/荒井注/岡江久美子/高橋昌也/久富惟晴/長塚京三/東千晃/代日芽子/貞永敏/堀之紀/伊藤克信/北町嘉朗/秋山武史●放送局:テレビ朝日●放送日:1985/08/03(評価:★★★☆)
  
必殺仕掛人 春雪仕掛針 p.jpg必殺仕掛人 春雪仕掛針1.jpg「必殺仕掛人 春雪仕掛針」●制作年:1974年●監督:貞永方久●製作:織田明●脚本:安倍徹郎●音楽:鏑木創●撮影:丸山恵司●原作:池波正太郎●時間:89分●「必殺仕掛人 春雪仕掛針」74.jpg出演:緒形拳/林与一/山村聰/岩下志麻/夏八木勲/高橋長英/竜崎勝/地井武男/高畑喜三/花澤徳衛/佐々木孝丸/村井国夫/ひろみどり/荒砂ゆき/相川圭子●公開:1974/02●配給:松竹(評価:★★★☆)

必殺仕掛人 春雪仕掛針 vhs.jpg


必殺仕掛人 テレビ1.jpg「必殺仕掛人」●監督:深作欣二(1)(2)(24)/三隅研次(3)(4)(9)(12)(21)(33)/大熊邦也(5)(8)(14)(16)(27)(30)、松本明(6)(7)(15)(19)(23)(32)/松野宏軌(10)(11)(13)(17)(20)(25)(28)/長谷和夫(18)(22)(26)(29)(31)/ほか●プロデューサー:山内必殺仕掛人 テレビ2.jpg久司(朝日放送)/仲川利久(朝日放送)/櫻井洋三(松竹)●脚本:池上金男(池宮彰一郎)(1)(4)(5)(28)/国弘威雄(國弘威雄)(2)(10)(11)(18)(25)(31)(33)/安倍徹郎(安部徹郎)(3)(8)(12)(20)(21)(28)/山田隆之(6)(7)(9)(13)(15)(19)(23)(32)/石堂淑朗(14)(27)/ほか●音楽:(オープニング)作曲:平尾昌晃「仕掛けて仕損じなし」●原作:池波正太郎『仕掛人・藤枝梅安』より●出演:緒形拳/林与一/山村聡/津坂匡章/太田博之/中村玉緒/松本留美/岡本健/ 野川由美子/(ナレーション(オープニング、エンディング))睦五郎(作: 早坂暁)●放映:1972/09~1973/04(全33回)●放送局:朝日放送


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「荒唐無稽小説」をシリーズの基調に沿って上手く改変したアレンジ力は評価できる。

9話)/赤いさそりの美女d.jpg 9話)/赤いさそりの美女t.png 9話)/赤いさそりの美女t2.png 妖虫 (江戸川乱歩文庫).jpg 目羅博士の不思議な犯罪.jpg
赤いさそりの美女~江戸川乱歩の「妖虫」 [DVD]」『妖虫 (江戸川乱歩文庫)』['15年]『江戸川乱歩全集 第8巻 目羅博士の不思議な犯罪 (光文社文庫)』['04年]
9話)/赤いさそりの美女 21.jpg9話)赤いさそりの美女 宇都宮2.jpg 大宝映画夏の大作「燃える女」のヒロイン役を決めるためのコンテストの最終審査会にて、準女王に選ばれたのは相川珠子(野平ゆき)、そして女王として春川月子(三崎奈美)が選ばれた。このコンテストが出来レースだったことに不平を漏らす珠子と、その義理の姉となる桜井品子(永島瑛子)。そして、恋人役の男優・吉野圭一郎(永井秀和)が女王に王冠を戴冠させたその時、天井から照明器具が落ちてきた。間一髪、それを避けた二人だったが、これが、この後に起こる怪事件の前哨であることに気づいた者は誰もいなかった。やがて連続殺人が。街角にディスプレイされる春川月子と吉野圭一郎の死体。浴室で珠子に放たれる毒蠍。囚われの身となる品子。犯人は、明智探偵(天知茂)に変装して犯行を繰り返す―。

少年探偵江戸川乱歩全集〈31〉赤い妖虫
少年探偵江戸川乱歩全集〈31〉赤い妖虫.jpg 原作は、1933(昭和8)年12月から翌1934(昭和9)年10月まで雑誌「キング」に連載された長編「妖虫」で、本人名義で児童向けにリライトされた作品もあります(ポプラ社『少年探偵 江戸9話)/赤いさそりの美女 31.jpg川乱歩全集』(全46巻)の中の第27巻「黄金仮面」以降は、実際は本人ではなく別の作家が書いたものだったため、今は絶版となっている)。探偵役は三笠竜介という老人ですが(作者は当時、明智小五郎に替わる新キャラクターを模索していたらしい)、当然のことながらドラマでは天知茂演じる明智小五郎に置き換えられています。この作品について、乱歩本人は「自註自解」として、「相変わらずの荒唐無稽小説だが、真犯人とその動機はちょっと珍しい着想であった」と述べています。

赤いさそりの美女ド.jpg 作者本人が「荒唐無稽小説」と言うくらいなので、どこまで映像化できるのかなという思いはありましたが、思った以上に原作を反映していたように思います。バラバラ死体風のマネキン、銀座街頭ショーウインドウへの死体陳列、犯人と明智探偵の変装合戦、密室からの脱出など、このシリーズにおけるドラマとしてのリアリティを何とか維持しつつ頑張っていたように思います。

赤いさそりの美女 博士1.jpg 原作と大きく違ったのは、蠍研究の世界的権威であったという匹田博士なる人物を登場させ、そこに犯人との愛憎劇を一枚咬ませていることで、原作は主犯格の者が手配の者を使っているのに対し、ドラマの方はこの二人の共犯になっていました。それと、原作では、珠子の家庭教師・殿村京子が次に教えることになった、珠子の学校の先輩の20歳になる美人ヴァイオリニスト・桜井品子が犯人の第三の標的になり、三笠竜介が何とか第三の殺人を起こさせまいとするものでしたが、ドラマでは、この桜井品子が珠子の義理の姉となっていて、彼女には犯人に狙われる理由があったことになっています。入浴中に狙われるのは野平ゆき(レイモン・ラディゲ原作「肉体の悪魔」('77年/日活))演じる珠子ですが、永島瑛子(清水一行原作「女教師」('77年/日活))演じる品子も危うい目に遭います(この部分は原作どおり)。

9話)/赤いさそりの美女 1.png 冒頭にミスコンの場面がありますが、原作では春川月子がミスジャパン、珠子がミストウキョウということで、同じミスコンで競ったわけではないようです。原作では、そうしたミスコンそのものは描かれていませんが、二人が競い合うミスコンをリアルタイムでやって、ドラマ映えするようにしたのでしょう。珠子が春川月子に代わって映画のヒロインに選ばれるのもドラマのオリジナル。また、珠子の家庭教師・殿村京子は原作では中年の醜女ということになっていて、ドラマではこれを美女である宇都宮雅代が演じており、ただし、原作とは異なるハンディを彼女に負わせています。

 ドラマのラストで、死亡したかと思われていた明智探偵が別人物に成りすまして登場するというこのシリーズのパターンをきっちり踏襲しているため、当然、老探偵・三笠竜介の原作とは異なっていますが、ドラマではさらに犯人同士の愛憎劇も織り込んでいるため、ラストも原作と違ったものになっています。この点は、単に追い詰められた犯人が自殺するという、パターナルな終わり方の原作を超えたかもしれません。

 原作に出てくる「蠍の着ぐるみ」と「一寸法師」はドラマでは出てきませんでしたが、まあ、出さなくて正解と言うか、出そうと思っても出せないだろなあと。永井秀和が映画スターの吉野圭一郎役で出ていますが、初夜で「蠍の呪いだ」なんて叫んだりして、殺されてやむなしといったキャラでした(この頃にはもうアイドル歌手ではなかったのか)。

 カップルが3組あったということでしょうか。登場人物が多く、また、犯人は変装でして犯行をするので、誰が誰だかという印象もありましたが、原作を読んでから観直してみると、「荒唐無稽小説」をシリーズの基調に沿って上手く改変していると言え、そのアレンジ力は大いに評価できるように思いました。

神山左門(天知茂.jpg大岡雪絵(宇津宮雅代.jpg 因みに、宇津宮雅代は、TBS・加藤剛主演のTVドラマ「大岡越前」の第1部('70年)で 初代「雪絵」(後の忠相の妻)役で第4話「慕情の人」から登場して、第6部('82年)まで雪絵役を演じ(敵によく捕まって人質になるが(笑)、小太刀の腕も確かで、悪人相手にひるむことはない)、その後を酒井和歌子に引き継いでいます(「雪絵」は、大岡越前.jpg加藤剛演じる「忠相」、高橋元太郎演じる「すっとびの辰三」、山口崇演じ大岡越前 天知茂.jpgる「徳川吉宗」らと並んで、全シリーズを通して登場した数少ないキャラクターであり、また、演者が交代しながら全シリーズ登場した唯一のキャラクターである)。また、天知茂も南町奉行与力「神山左門」(カミソリ左門)役で、このドラマシリーズの第1部から第3部('72-'73年)にレギュラー出演しています(祝言をあげたばかりの妻を盗賊に人質にとられ亡くしたため、悪に対する憎しみが人一倍強く、また、別人になりすまして敵方に潜入したり、常にニヒル感が漂う(笑)ところは「美女シリーズ」の明智小五郎と同じ)。

大岡越前t.jpg大岡越前1.jpg「大岡越前(1-15)」●監督:山内鉄也/内出好吉/佐々木康/工藤栄一ほか●製作総指揮:松下幸之助●製作:松下正治/丹羽正治/山下俊彦ほか●脚本:池上金男(池宮彰一郎)/稲垣俊/津田幸夫/加藤泰/宮川一郎/葉村彰子ほか●撮影:河原崎隆夫/平瀬静雄/萩屋信/平山善樹/脇治吉ほか●音楽:山下毅雄●出演:加藤剛/竹脇無我/片岡千惠藏/天知茂/山口崇/大坂志郎/土田早苗/高橋元太/大岡越前 忠相の父・大岡忠高 -2.jpg大岡越前 山口崇.jpg大岡越前 志村喬.jpg宇津宮雅代/夏八木勲/志村喬/北林早苗/松山英太郎/望月真理子/武原英子/酒井和歌子/平淑恵/森田健作/原田大二郎/西郷輝彦●放映:1970/03~1999/03(全402回)●放送局:TBS
天知茂(神山左門)・片岡千惠藏(忠相の父・大岡忠高)・高橋元太郎(すっとびの辰三) /山口崇(八代将軍・徳川吉宗)/志村喬(小石川養生所初代筆頭医師・海野呑舟)
 
山口崇 in「天下御免」(NHK・1971-72年)(主人公・平賀源内)/「クイズタイムショック」(テレビ朝日・2代目司会(1978-86年))/「御宿かわせみ」(NHK・シーズン1・2(1980-83年))(東吾の親友の定廻り同心・畝源三郎)/映画「記憶にございません!」(三谷幸喜監督・'19年/東宝)(啓介の恩師の元小学校教師・柳友一郎)
天下御免 山口崇.jpg クイズ タイムショック山口崇.jpg 御宿かわせみ 山口崇2.jpg 記憶にございません 山口崇4.jpg


9話)/赤いさそりの美女 野平1.png9話)/赤いさそりの美女 永島1.jpg9話)/赤いさそりの美女 宇都宮1.jpg「江戸川乱歩 美女シリーズ(第9話)/赤いさそりの美女」●制作年:1979年●監督:井上梅次●プロデューサ:中井義/植野晃弘/佐々木孟●脚本:井上梅次●音楽:鏑木創●原作:江戸川乱歩「妖虫」●時間:95分●出演:天知茂/五十嵐めぐみ/柏原貴/荒井注/宇津宮雅代/永島瑛子/永井秀和/入川保則/野平ゆき/速水亮/本郷直樹/堀之紀/北町嘉郎/高木次郎/増田順司●放送局:テレビ朝日●放送日:1979/06/09(評価:★★★☆)
永島瑛子(桜井品子)          野平ゆき(相川珠子)
赤いさそりの美女1図21.jpg 9話)/赤いさそりの美女 野平21.png
宇津宮雅代(殿村京子)
赤いさそりの美女11.jpg 9話)/赤いさそりの美女 宇都宮11.jpg 9話)/赤いさそりの美女 宇都宮21.jpg

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やや"ベタ"か。役者「佐々木功」が味わえるのがメリット(しかも主役)。

DVD恐怖劇場アンバランスVol.6.jpg1(第13話)/蜘蛛の女 t.png 1(第13話)/蜘蛛の女 さ2.jpg 1(第13話)/蜘蛛の女 ささ1.png
DVD恐怖劇場アンバランスVol.6」第11話「吸血鬼の絶叫」 第12話「墓場から呪いの手」 第13話「蜘蛛の女」所収 佐々木功(森辰也)
1(第13話)/蜘蛛の女 佐々木1.png1(第13話)/蜘蛛の女51.jpg カメラマン青年・森辰也(佐々木功)は、元金貸業の女社長・加原連子(八代万智子)と彼女のマンションに暮らすヒモだが、真木ミチ(真里アンヌ)という恋人も1(第13話)/蜘蛛の女まり1.pngいたりし、一方で、個展を開きたいと考え、連子に金を出してもらったりもしている。しかしその金を、ヤクザまがいの山西成光(今井健二)に因縁をつけられて巻き上げれてしまう。山西は実は連子の会社の元社員だった。連子から「あなたは私のペットなのよ」と言われ、激高した辰也は、連子を絞め殺してしまう。遺体を車で山中に運び、木に縛りつけ、ガソリンをかけて燃やしてしまうが、その時、連子が目をゆっくり開けこちらを見つめた気がした。マンショ1(第13話)/蜘蛛の女 31.pngンに戻って大金の入ったトランクを見つけ喜ぶ辰也。そんな辰也の前に、連子の妹と称する松美(集三枝子)という女が現れる。一方、辰(第13話)/蜘蛛の女 011.png也が連子を殺害したことに気がついた山西は、またしても佐々木功を強請ろうとするが、辰也はその山西を撲殺する。ところが、その現場を松美に見られ、今度は松美から「あなたは私のペットよ」と言われたため、咄嗟に松美も絞め殺してしまう。そして、トランクの金を元(第13話)/蜘蛛の女31.png手に門馬支配人(大泉滉)の画廊で個展を開くが、会場を飾るはずのミチのヌード写真が全て、連子、山西、松美の死体の写真にすり替わっていた。そのミチは女郎蜘蛛の群れに殺され、そして辰也も―。

 「恐怖劇場アンバランス」の第13話(最終話)で、井田探(もとむ)監督(1922-2012)、滝沢真里脚本。「制作No.4」で、これも第12話同じく'69年に制作された、シリーズ当初のホラー路線に沿ったものとなっています(制作No.8以降は原作付きのサスペンスに路線変更している)。

佐々木功 in「乾いた花」('64年)
乾いた花 佐々木功.jpg この「蜘蛛の女」は傑作と推す人は多いですが、個人的にはちょっと"ベタ"過ぎる印象でしょうか。役者としての佐々木功(現ささきいさお)がじっくり味わえるのが最大のメリットで(篠田三郎監督、浅丘ルリ子主演「乾いた花」('64年/松竹)などで脇役として出てはいるが)、熱演していると思います。ただ、主人公・辰也が半ば被害妄想状態の中、どんどん人を殺していくので、話としては逆にあまり怖くなかったです。最初の殺人の遺体処理で、辰也はなぜ遺体を木に縛る必要があるのかとか、連子は有り金を全部"箪笥預金"ならぬ"トランク預金"していたのかとか(誰かに見せ金する必要あった?)、突っ込みどころが多すぎるというのもあります。

佐々木功.jpg「ささきいさお.jpg 佐々木功は、役者としての「佐々木功」とアニメソング歌手としての「ささきいさお」と芸名を使い分けていましたが、結局「宇宙戦艦ヤマト」「銀河鉄道999」などアニメソングで多くのヒット曲を持つことの方であまりに有名になってしまい、芸名を「ささきいさお」に表記統一してしまいます。元々は俳優であり、シルヴェスター・スタローンなどの吹き替えで声優としても知られています。
     
八代万智子 in「恐怖劇場アンバランス(第13話)/蜘蛛の女」('69年)
八代万智子 (1).jpg1マグマ大使.png1(第13話)/蜘蛛の女11.png 辰也をペット扱いするまさに「蜘蛛女」連子役の八代万智子(1939年生まれ)は、「マグマ大使」('66年)にマモル(江木俊夫)の母親役で出八代万智子2.jpgていましたが(父親役は岡田眞澄)、「プレイガール」('69年-'76年)でもレギュラーでした(演技の幅が広いが、この作品では完全に悪女系の女性を演じている)。この人は結婚を機に芸能界を引退しています。連子の「妹」松美役の集三枝子(1949年生まれ)は、この後、東集三枝子 z.jpg映映画で大信田礼子主演の「ずべ公番長」シリーズの準レギュラーになりましたが、'73年くらいと若いうちに引退したようです。

集三枝子 in「ずべ公番長 東京流れ者」('70年)

真理アンヌ in「ウルトラマン(第32話)果てしなき逆襲」('67年)   
科学特捜隊インド支部・パティ隊1.jpg真理アンヌ2.jpg真理アンヌ3.jpg 真理アンヌ(1948年生まれ。父親がインド人で母親が日本人)は、「ウルトラマン(第32話)果てしなき逆襲」('67年)に科学特捜隊インド支部・パティ隊員役で出ています。因みに、「ウルトラセブン」で菱見百合子が演じた「友里アンヌ隊員」の役名は、第1期ウルトラシリーズを企画した金城哲夫(1938-1976/37歳没)が真理アンヌのファンだったことからその名になったとのことです(この人は吉本興業所属の現役)。

大泉滉
3大泉滉1.png1(第13話)/蜘蛛の女 d.png この「蜘蛛の女」の場合、結局、主要登場人物は皆(悪人ばかりだったけれど)死んでしまったわけだなあ(大泉滉は何ともないけれど、善人でも悪人でもないから(笑))。第12話「墓場から呪いの手」に続いて主人公が殺害した女性の"妹"が出てくるわけですが、今回の「松美」は自分で鏡に向かって鏡は無い方がいいと言い(鏡に映った松美は連子の姿になる)、「私が連子だとは(辰也は)まだ気がつかない(第13話)/蜘蛛の女  211.pngとまで言っているので(つまり、単なる辰也の思い過ごしではないということ。視聴者向け解説?)、妹と言うより連子の化身なのでしょう(最後には"生身"の連子自身が出てくるし)。
    
(第13話)/蜘蛛の女」  .jpg「恐怖劇場アンバランス(第13話)/蜘蛛の女」●制作年: 1969年(制作№4)●監督:井田探(もとむ)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:滝沢真里●音楽:冨田勲●出演:八代万智子/集三枝子/真理アンヌ/今井健二/滝川早苗/山口勲/相良孝子/高品格/大泉滉/若水ヤエ子/佐々木功/青島幸男(解説)●放送:1973/04/02●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)

   

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ホラー調に"原点回帰"したのではなく、元々は「制作№1」だった。山本耕一が熱演。

DVD恐怖劇場アンバランスVol.6.jpg 1墓場から呪いの手 tyle.jpg  (第12話)/墓場から呪いの手31.png
DVD恐怖劇場アンバランスVol.6」山本耕一(桑田哲也)/牧紀子(月村久美)

1墓場から呪いの手図11.png マンションの一室で夜中に男が浴室へ女性の死体を引きずり、バラバラに解体しようとしている。男はバラバラにした死体を油紙に包んで車で運びへ、川や下水、山中に投棄する。その男・桑田哲也(山本耕一)は、会社の経理課長で、自分が帳簿操作の不正をしたのを知っている女性・月村久美(牧紀子)に、口封じのためだけに結婚を匂わせていたが、久美は桑田を愛していたので、それを承知の上で桑田と付き合っていた。ところが桑田がその(第12話)/墓場から呪いの手61.png夜別れ話を切り出したため、久美は会社に何もかもバラすと言い、そこで桑田は凶行に及んだのだった。久美の遺体の始末は上手くいったかに見えたが、翌日から桑田の身の回りに、遺体の断片が現れるなど、奇妙な出来事が起こり始める。警察が桑田の家にやって来る。何者かが桑田の部屋から警察に電話したのだった。桑田は久美の妹・のり子(松本留美)を疑い、彼女に会(第12話)/墓場から呪いの手41.pngいに行くと、姉がアパートに帰ってないことを心配して桑田のところへ行こうと思っていたという。深夜アベックが久美の遺体の一部が入った包みを見つけ、久美の手はアベックを襲って男を殺す。車には久美の指紋が残されていて、警察にのり子が呼ばれた。中川刑事(入川保則)とのり子は行方不明の久美の消息を掴むため、交際相手の桑田の部屋に行くが、桑田は何かに激しく脅えていた。桑田が寝ていると久美の手が這ってきて、気づいた桑田は驚いてそれを窓へ投げ捨てる。久美の手はバラバラになった自分の躰を集め始めていた。桑田はのり子を殺すつもりで、久美のことで話したいことがあると電話で呼び出すが―。

(第12話)/墓場から呪いの手51.png 「恐怖劇場アンバランス」の第12話で、満田穧(みつた・かずほ)監督、若槻文三脚本。ここに来て、これまで続いたサスペンス調から「恐怖劇場」の名に相応しいホラー調に一気に戻って"原点回帰"した印象ですが、実は、放送された全13話の内、制作順でいくとこの作品が「制作№1」で、'69年制作です。従って、元々はこのシリーズは、こうしたホラー路線で行こうとしていたのだということが分ります。それが、制作No.8以降は原作付きのサスペンスに路線変更しています(放映順は制作順と異なる)。
    
 放映順に観てくといきなりホラー調に戻ったこともあって、オーソドックスとも言えるものの(シリーズの中でも傑作と推す人も多い)、個人的にはやや"ベタ"な印象を受けてしまいましたが、この「墓場から呪いの手」の見所は、主人公の桑田を演じた山本耕(1935年生ま(第12話)/墓場から呪いの手 山本1.png山本耕一さん.jpgれ)の"役者ぶり"でしょうか(熱演!)。「アフタヌーンショー」(テレビ朝日)でリポーターを務め、川崎敬三との「そうなんですよ、川崎さん」の名文句が有名となって、そちらの印象が強くて、また、役者としても「主役」で出ているものは少ないのではないかと思います(山本耕一は早稲田大学文学部卒。そう言えば、役者としてデビューしてレポーターに転じた阿部祐二も早稲田大学政治経済学部卒だなあ)。
山本耕一/2018年
牧紀子/松本留美
(第12話)/墓場から呪いの手   1.png(第12話)/墓場から呪いの手 妹1.png 女優陣も、久美を演じた牧紀子(1940年生まれ)は、多くのドラマに出ていますが、同じ年に「怪奇大作戦(第18話)/死者がささやく」('69年/TBS)での田原澄子役などもありました。この人は、亡くなっていますが没年不詳のようです。久美の妹・のり子役の松本留美(1949年生まれ)もテレビドラマに多数出演していて、こちらは、近年も反町隆史主演の「リーガル・ハート〜いのちの再建弁護士〜」('19年/テレビ東京)にレギュラーキャストとして出演するなど現役です。

 因みに、バラバラにされた被害者が幽霊となって復讐するのではなく、躰の一部である手だけが復讐するというのは、大佛次郎(1897-1973)が1929(昭和4)年、雑誌「改造」に発表した短編で、1930(昭和5)年、『怪談その他』(天人社)の1編として刊行された「手首」というのがあり、この短編は2010年にテレビ東京で現代に翻案されて映像化され、「女のサスペンス名作選」最終回(2010年9月29日)の「残された手首」として放送されていますが、あらすじは下記の通りです。

「残された手首」平田満.jpg 村山清(平田満)、美津子(岡江久美子)夫妻は、千葉県の郊外に念願の一戸建てを買い引っ越してきた。引越当日の深夜、2階寝室で寝ていた清の片腕に、突然女の手首がとりついた。夢だと思ったが、女の手首がとりついた左腕がだるくなってきた。クラシック音楽のトランペットの音色を聞いただけで、左腕が激しく痛みだしたり、3歳の甥が清の左腕に手首がぶらさがっていると恐がったり、美津子までノイローゼになりそうだった。ある日美津子は、この辺りで昔から開業している医者に、自分達が住んでいる場所の歴史を聞き出した。それによると、戦前は日本陸軍の兵営が近くにあり、ちょうど美津子達の家がある所に島倉という大尉の一家が住んでいた。島倉大尉(井上純一)と政略結婚をさせられた綾子(中島はるみ)という女性と、彼女に恋心をいだいた大尉の弟・康次郎に腹を立てた大尉が、軍刀で綾子の手首を切り落としたのだった―。
 実は、大佛次郎の短編そのものがモーパッサンも短編(「手」という同趣の怪綺譚がある)から想を得たのではないかと推測しています。何れにせよ、このパターンの話はかなり古くから東西にあるのかもしれません。

牧紀子
牧紀子2.jpg31(第12話)/墓場から呪いの手図.jpg「恐怖劇場アンバランス(第12話)/墓場から呪いの手」●制作年: 1969年(制作№1)●監督:満田穧(みつた・かずほ)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:若槻文三●音楽:冨田勲●出演:山本耕一/松本留美/牧紀子/藤あきみ/渚健二/上田忠好/村上不二夫/内藤綱男/依田英助/川村依久子/和久井節緒/溝呂木但/磯野のり子/小林千枝子/矢野宏/田辺和佳子/入川保則●放送:1973/03/26●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)

「恐怖劇場アンバランス」制作№順
制作No. 話数 サブタイトル ☆原作 脚本/監督
1 第12話 墓場から呪いの手 若槻文三/満田穧
2 第11話 吸血鬼の絶叫 若槻文三/鈴木英夫
3 第9話 死体置場(モルグ)の殺人者 山浦弘靖/長谷部安春
4 第13話 蜘蛛の女 滝沢真里/井田 探
5 第5話 死骸(しかばね)を呼ぶ女 山崎忠昭/神代辰己
6 第4話 仮面の墓場 市川森一/山際永三
7 第2話 死を予告する女 小山内美江/藤田敏八
8 第8話 猫は知っていた ☆仁木悦子 満田穧/満田穧
9 第3話 殺しのゲーム ☆西村京太郎 若槻文三/長谷部安春
10 第1話 木乃伊(ミイラ)の恋 ☆円地文子 田中陽造/鈴木清順
11 第6話 地方紙を買う女 ☆松本清張 小山内美江子/森川時久
12 第7話 夜が明けたら ☆山田風太郎 滝沢真理/黒木和雄
13 第10話 サラリーマンの勲章 ☆樹下太郎 上原正三/満田穧

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ホラーでもなければ殺人事件も無いこの作品が「怖い」と言われるのはなぜか。

DVD恐怖劇場アンバランスVol.5.jpg図2サラリーマンの勲章t.png サラリーマンの勲章1.jpg サラリーマンの勲章ド.jpg
DVD恐怖劇場アンバランスVol.5」梅津栄(犬飼市郎)/冨士眞奈美(宇多子)
梅津栄/中丸忠雄
サラリーマンの勲章2.png 企業の営業部に勤務するサラリーマンの犬飼市郎(梅津栄)(39歳)は、真面目だが出世欲は無く、平社員であってもマイペースで生きていくのがよいと、課長昇進を断り続けてきた。しかし、営業部長の高井(中丸忠雄)の強引な手配で、課長昇進が決まってしまサラリーマンの勲章3.pngう。犬飼はプレッシャーから心身のバランスを崩し、夜も寝つけず、絶対に穴をあけてはならない早朝会議に遅刻してしまう。いったんは会社に着いたものの、階段で会った営業部員の八木(二瓶正也)に、「あれ、課長、朝の会議は大丈夫なんですか?」と言われて、そのまま逃げ出してしまう。初めての競馬に行き、さらにストリップ劇場、トルコ風呂と、彼の逃避行は続く。会社では、課長に昇進したばかりの犬飼が蒸発したということで大騒ぎで、出世こそがササラリーマンの勲章4.pngサラリーマンの勲章5.pngラリーマンの勲章だと思ってる役員や幹部たちは、犬飼の妻(津島恵子)が犬飼は「出世より自分の時間が欲しい」と言っていたという、その犬養の心情が全く理解できない。犬飼は、昇進祝いに同僚と行ったバーへ足を運び、その時気になったホステスの宇多子(冨士眞奈美)に心情を吐露、宇多子が得意とする秋田音頭で盛り上がると、そのまま彼女のアパートでへ。宇多子の夫が籍を入れたま失踪したと聞いた犬飼は、偽装自殺をして自身の戸籍を抹消し、宇多子の夫に成り代わって生きてゆサラリーマンの勲章61.pngくことを思いつき、宇多子もサラリーマンの勲章  11.png乗り気になるが、実行に移そうと思った矢先に、置き忘れた手帖から足がついて、同僚に踏み込まれる。いったんは自宅に戻った犬飼だったが、改めて「偽装自殺」計画を実行に移し、再度宇多子の元へ。ところが、失踪したはずだった宇多子の夫(向井精七)が戻ってきていて、痛めつけられ追い出される。独りきりとなり、世間では「自殺した」ことになっている犬飼は―。

サラリーマンの勲章 (1964年) (ポケット文春).jpg 「恐怖劇場アンバランス」の第10話で、'70年制作、'73年放映。監督は満田穧(みつた・かずほ)。原作は、樹下太郎(1921-2000)の「消失計画」(『サラリーマンの勲章』('64年/ポケット文春)所収)です。この「恐怖劇場アンバランス」シリーズは、制作No.8以降、オリジナル脚本のホラー路線から、原作ありのサスペンス路線に"路線変更"しており、この「サラリーマンの勲章」は、制作順としては放映されたものの中で一番最後(制作№13)になりますが、当初の「ホラー劇場」的なシリーズの内容から最も"遠くに来た"という感じでしょうか(「ウルトラシリーズ」の二瓶正也などが出演していることで、円谷プロ制作だった思い出すくらい)。ところが、人によっては、幽霊も出てこなければ殺人事件も起きないこの作品が「一番怖い」という人もいて、人によって受け止め方が違ってくる点が、このシリーズの一つの面白いところかもしれません。

 原作『サラリーマンの勲章』は、「文藝春秋漫画讀本」('63(昭和38)年6月号~'64(昭和39)年1月号)に発表された8話から成る連作で、直木賞候補となり、その時期はちょうど原作者がミステリ作家からサラリーマン小説作家への転身を遂げつつあった時期になります。この一連の作品の第1話が「消失計画」ですが、時代はまさに高度経済成長期で、サラリーマンは出世を目指すのが当たり前であり、昇進をしたいと思わない犬飼のことを会社の役員や幹部が理解できないというのは、今観ると戯画的ですが、当時としてはもっと自然に受け止められたのかもしれません(連作の中でも犬飼は変わり者としての位置づけではないか。この連作にも所謂"出世物語"が多く含まれている)。

 梅津栄.jpgそうした"マイノリティ"の犬飼に着眼してドラマ化したところが面白いと思いますが(犬飼を演じた梅津栄(1928-2016/享年88)はこの作品が唯一の主演作だそうだ)、令和の今の時代は「課長になりたくない」というサラリーマンが3、4割いるとも言われているので、先見の明があったと言えるかもしれません。ただし、当時としても、ドロップアウトしてみたいという潜在的な欲求は多くの人の心の底にあったのではないでしょうか。「人間蒸発」と言う言葉が流行った時サラリーマンの勲章8.png期でもあり、多くの小説や映画、ドラマでモチーフとして用いられ、実際、当時は事件としても日常茶飯にあったと思います。この作品の中でも、津島恵子(1926-2012/享年86)演じる犬飼の妻が子供にパパは出張中だと言いくるめようとして、逆に「蒸発しちゃったんじゃないの」と言われてしまいます。でも、この奥さん、ラストで「自殺した」夫の遺影を前に、「私は夫が死んだとは思えないわ。あの人は今もどこかで自分らしく生きているんじゃないかしら」と言っていて、結構夫のことを理解している人だなあと(ちゃんと夫がお金を残してくれているというのもあるかもしれないが)。

 一方の犬飼は、前半ではすごく小心者のように描かれていますが(遅刻確実で通勤電車内で焦りまくるのは、誰だってどこか身につまされるが)、逃避行に入ってからは、トルコ嬢に自らのサラリーマン人生を「レールの上を猪突猛進ってやつ?」とからかわれても、「もう脱線したよ」と自虐的ユーモアで応えるなど精神的に開き直り、気になっていたホステス宇多子にアタックし、一度は失敗しながらも最後には自己消失計画をやり遂げるなど、行動的にもなっているように思います。

サラリーマンの勲章91.png 当面の生活資金もあるし、ラストは、当初の望み通り、朝の喫茶店で一人静かに(いや、秋田音頭を口ずさみながら)コーヒーを飲むシーンで終わっています。でも、予め決めていたこととは言え、家族も会社の人間とも関係を絶ち、さらには、惚れた宇多子とも一緒になれなかったので、孤独感が漂っているようにも思えます。つまり、自由との引き換えに孤独になってしまったと...。この作品が"怖い"としたらそのあたりではないかと思います。

サラリーマンの勲章ード.jpg 犬飼は意外と強い人間で、それでもやっていけるかもしれないけれども、自分はどうだろうと考えると、まあ、フィクション世界、空想世界だけの話にしておこう―ということになるのではないでしょうか。でも、犬飼のように、ちょっとしたことを契機に自らドロップアウトすることが自分にだってあるかもしれない―高い所を怖がる人は、誤って「落ちる」のが怖いのではなく、自ら「飛び降りてしまう」ことが怖いのだと言われるように―そうした思いを駆り立てるところが、このドラマの怖さではないかと思います。

津島恵子 in「魔像」(1952)
魔像  1952.jpg1(第10話)/サラリーマンの勲章図.png「恐怖劇場アンバランス(第10話)/サラリーマンの勲章」●制作年: 1970年(制作№13)●監督:満田穧(かずほ)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:上原 正三●音楽:冨田勲●原作:樹下太郎「消失計画」●出演:梅津栄/冨士真奈美/中丸忠雄/南広/神田隆/二瓶正也/横山リエ/向井精七/鶴賀二郎/中村上治/香忍/伊東潤一/広田直美/伊藤静江/野島ひとみ/津島恵子●放送:1973/03/12●放送局:フジテレビ(評価:★★★

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夜は明けそうにないなあ。時代の雰囲気が横溢している作品。

恐怖劇場アンバランス4 dvd.jpg1「夜が明けたら」ti.png 図17話「夜が明けたら」2.png 祭りの準備.jpg
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.4」西村晃(服部) 黒木和雄監督「祭りの準備」('75年/ATG)

図17話「夜が明けたら」1.png 初老の仕立て屋・服部康吉(西村晃)は、娘・笛子(夏珠美)と一緒に新宿へ買い物に出掛けた際に、チンピラ三人組が娘にちょかいをかけてきたため、たまたま持参していた洋服の仕立て鋏で男たちを刺してしまう。これが過剰防衛に当たるとされ、懲役一年の実刑判決が下されるが、チンピラたちは罪に問われなかった。その後、服部は模範囚だったことから半年で釈放され、事件を担当した老刑事・八坂(花沢徳衛)が気になって服部の営む仕立て屋を訪ねると、服部はいたが娘は結婚したとのことだった。実は八坂が服部を訪ねたのは、事件の際のチンピラ三人が服部に小銭をせびっていて、服部はそれに対し、断るどころか進んで金を渡して図17話「夜が明けたら」3.png図17話「夜が明けたら」4.pngいるということを聞きつけたからだった。チンピラたちは依然あちこちでゆすりたかりのような7話「夜が明けたら」af1.pngことを繰り返していて、一方、服部の娘が結婚したというのは嘘で、実は家出していたのだった。八坂は横須賀のゴーゴークラブで踊る笛子を探し出し、会ってみると、酒は飲むはタバコはふかすはの変わりようだった。一方、ある晩、公園でチンピラ三人がまたしてもカップルを脅迫しようと企んでいたが、今回は八坂らが張り込んでいて、彼らを取り押さえた。と、そこにいたのは―。

夜よりほかに聴くものもなし1.1.jpg 「恐怖劇場アンバランス」の第7話(制作№12)で、'70年制作、'73年放映。原作は、山田風太郎の「黒幕」(『夜よりほかに聴くものもなし』('62年/東都書房、後に現代教養文庫、広済堂文庫、光文社文庫、角川文庫)所収)です。監督はこの5年後に「祭りの準備」('75年/ATG)を撮る黒木和雄、脚本は滝沢真理。文庫表題作「夜よりほかに聴くものもなし」は10話から成る短編の連作で、犯行のさまざまな「動機」にフォーカスしていて、ベテラン刑事の八坂が「それでも...俺は手錠をかけねばならん」と犯罪者のやりきれない事情に理解を示しながらも、犯人に手錠をかけて終わるというのがパターンになっています。

『夜よりほかに聴くものもなし』('62年/東都書房)
図17話「夜が明けたら」51.png
 主人公の動機の意外性がミソの連作ですが、この「夜が明けたら」の主人公の動機は、ほとんどの人は予想がつかないくらい屈折していたように思います。ラストの西村晃演じる服部の、哀愁を帯びながらも、ちょっと不気味でちょっとコミカルな様は、「死んでいる」と言うより「壊れている」という印象でした。「夜が明けたら」というタイトルと違って、夜はいつまでも開けそうにないなあと思ってしまいました。

図17話「夜が明けたら」asa1.png7話「夜が明けたら」kon.png 尤も、この「夜が明けたら」というのは、劇中、クラブで浅川マキ(1942-2010/享年67)が歌っている彼女の曲の名であり、1969年7月にシングルレコード発売されています(CDの音質に対して本人は懐疑的であったため、存命中はその意向により作品の大部分が廃盤状態だった)。笛子(夏珠美)が朗読している『冠婚葬祭入門』(カッパ・ブックス)は塩月弥栄子(1918-2015/享年96)の1970年のベストセラーです(カッパ・ブックスで単巻で発行部数300万部を超えた唯一の本)。場面の変わり目で映し7話「夜が明けたら」b.png出される建設中の高層ビルは「京王プラザホテル」です(1971年6月開業時は、霞が関ビルを抜き日本で最も高い超高層ビルであった)。冒7話「夜が明けたら」konka.png頭、新宿の街で笛子がチンピラにちょっかいを掛けられ、服部が歩道橋に駆け付ける場面は、複数の望遠レンズでも撮っていることから、一発勝負の" ゲリラ撮影"だったと思われます(1960年代中盤にソニーがポータブル・ビデオカメラを開発し、それが普及して、ゲリラ撮影が世界的に流行った)。このように、1960年代が終わり1970年に入ったばかりという時代の雰囲気が横溢している作品でした。

図17話「夜が明けたら」b.png7話「夜が明けたら」natsu1.png 笛子を演じた夏珠美(当時22歳)は映画「月光仮面」('58年)などの子役出身で、それが10年後には梅宮辰夫(1938-2019/享年81)主演の「不良番長」シリーズ('68-'72年)のレギュラーになるわけですが(一応ヒロイン役)、ここでは、お嬢さんっぽいビフォアーと、あばずれっぽいアフターを演じ分けていました。

図17話「夜が明けたら」keio.png この「恐怖劇場アンバランス」シリーズは、制作No.8以降、オリジナル脚本のホラー路線から、原作ありのサスペンス路線に"路線変更"していて、この「夜が明けたら」のラストの意外性も、原作に負うところが大きいのだろうとは思います。でも、映像化することで、時代の背景などが垣間見れて、それは映像的にも貴重であるし、原作を時代のシズル感をもって改めて味わうことが出来るように思いました。


恐怖劇場アンバランス/夜が明けたら .jpg1(第7話)/夜が明けたら図.png「恐怖劇場アンバランス(第7話)/夜が明けたら」●制作年: 1970年(制作№12)●監督:黒木和雄●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:滝沢真理●音楽:冨田勲●原作:山田風太郎「黒幕」●出演:西村晃/山本燐一/夏珠美/根岸一正/矢野間啓治/吉田潔/山本一栄/木下桂子/栗田幸子/福光洋子/新田喜美江/三田登喜子/浅川マキ/花沢徳衛●放送:1973/02/19●放送局:フジテレビ(評価:★夏珠美、谷隼人.jpg★★☆)

夏珠美 in「不良番長 練鑑ブルース」(1969)

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良かったけれども、原作は超えられない。ラストの言い争いは不要だった。

DVD恐怖劇場アンバランス Vol.345_.jpg(第6話)/地方紙を買う女title.png (第6話)/地方紙を買う女1.jpg (第6話)/地方紙を買う女 夏.png
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.3」井川比佐志(杉本隆治)/夏圭子(潮田芳子)
井川比佐志/吉野よし子 at ホテルニューオータニ
(第6話)/地方紙を買う女2.png 地方紙・甲信新聞社に「杉本隆治の連載小説を読みたいので定期購読したい」との手紙が東京から届く。当の小説家・杉本隆治(井川比佐志)は気を良くするが、1カ月後につまらないから購読をやめたいとの手紙が届く。腑に落ちない杉本は、手紙の差出人(第6話)/地方紙を買う女3 1.jpgを申し込んだ日から止めた日までの1カ月間の記事をチェックすると、東京から来たカップルの心中事件が目を引く。杉本は芳子がホステスとして勤めるキャバレーに自ら行き、芳子(夏圭子)に会って「僕の小説のどこが面白かった?」とカマを掛けるが答えは曖昧で、芳子が自分の小説を読んでいないと確信する。今度は芳子が杉本の周辺を調べ始め、杉本のマンションのベランダで杉本に好意を持っている甲信新聞の女性編集員・ふじ子(吉野よし子)の姿を確認する。杉本の方も芳子に、新作のアイディアができたとして偽装心中の話をしれカマを掛け、彼女の反応を見る。ある日、芳子は杉本とふじ子をハイキングに誘い、ふじ子は芳子の手作り弁当を口にしようとするが―。

『顔・白い闇』.JPG白い闇 (1957年) (角川小説新書).jpg 松本清張の中編小説「地方紙を買う女」が原作。「地方紙を買う女」は、「小説新潮」1957年4月号に掲載され、1957年8月に短編集『白い闇』収録の1編として、角川書店(角川小説新書)より刊行されています(1959年『顔・白い闇』として文庫化)。若杉光夫監督の「危険な女」('59年/日活)は、この作品が原作で、主演は渡辺美佐子、芦田伸介でした。また2016年までに、本作品も含め9度テレビドラマ化されていて、それらは以下の通りになります(因みに、上には上があり、松本清張原作の「一年半待て」は2016年まで12回ドラマ化されている)。  
顔・白い闇 (角川文庫)』(顔/張込み/声/地方紙を買う女/白い闇)『白い闇 (1957年) (角川小説新書)』(白い闇/一年半待て/地方紙を買う女/共犯者/声)

 ・1957年「地方紙を買う女」(NHK)大森義夫・藤野節子・千秋みつる
 ・1960年「地方紙を買う女~松本清張シリーズ・黒い断層」(KR)堀雄二・池内淳子・杉裕之
 ・1962年「地方紙を買う女~松本清張シリーズ・黒の組曲」(NHK)筑紫あけみ・野々村潔
 ・1966年「地方紙を買う女」(KTV)岡田茉莉子・高松英郎・戸浦六宏
 ・1973年「恐怖劇場アンバランス(第6話)地方紙を買う女」(CX)夏圭子・井川比佐志・山本圭
 ・1981年「地方紙を買う女 昇仙峡囮心中」(ANB)安奈淳・田村高廣・室田日出男
地方紙を買う女.jpg ・1987年「地方紙を買う女」(CX)小柳ルミ子・篠田三郎・露口茂
 ・2007年「地方紙を買う女」(NTV)内田有紀・高嶋政伸・秋野暢子
 ・2016年「地方紙を買う女~作家・杉本隆治の推理」(ANB)田村正和・広末涼子・水川あさみ

松本清張ドラマスペシャル・地方紙を買う女2.jpg 原作が文庫で50ページほどで、かつては30分ドラマ枠で放送されることが多かったのが、80年代以降、「2時間ドラマ」枠で放送されるのが定番化しています。直近の2016年のテレビ朝日版(田村正和・広末涼子)では舞台を金沢に移したりもしています(2020年のNHK「黒い画集~証言~」も舞台を東京から金沢に変えている。金沢と言えば「ゼロの焦点」なのだが)。それに限らず、2時間ドラマになってからの作品は改変が多く、2時間もたせるために原作にいろいろ足している印象を受けます。

(第6話)/地方紙を買う女5.png そうした中、「恐怖劇場アンバランス」の一話として'70 年に作られ(制作№11)、第6話として'73年に放映されたこの「地方紙を買う女」は(「恐怖劇場アンバランス」は'69年7月から'70年3月にかけて制作されながら、放映が延びていた。シリーズごと3年間お蔵入りしていたことになる)、正味45分、コンパクトに纏まっていてほぼ原作通りであり、下手に足し算するよりも、よく作品の雰囲気を伝えているように思います。監督はフジテレビのディレクターだった森川時久で、当時このシーリーズを演出した鈴木清順、藤田敏八、神代辰巳、黒木和雄といった人たちがまださほど実績が無かったのに対し、森川時久は人気ドラマ「若者たち」を手掛け、その劇場版で'66年に映画監督デビューも果たしていました。

(第6話)/地方紙を買う女 6.png 小説家・杉本を演じた井川比佐志の演技もいいし、謎の女・芳子の夏圭子(当時26歳)も良かったです。ただ、原作と全く同じに作られているかというと、原作では山本圭が演じるトップ屋が出てきません(芳子の身許調査は杉本が探偵社に依頼して行う)。したがって、ラストの井川比佐志と山本圭の論争(言い争い)もありません。この部分が、小山内美江子による脚本の見せどころだったのかもしれませんが、個人的には蛇足だったように思います(他にも細部でも原作との違いはある。例えば、芳子の夫は刑務所にいて今度刑期を終えるのではなく、満州に抑留されていて帰還することになったなど。これは、時代背景を原作から10年以上ずらしているため)。また、原作では、杉本は芳子のことを「芳ベイ」と呼ぶようになるまでに親密の情を抱いていますが(そこが主人公の辛さ)、ドラマでは杉本から見て「容疑者」としてのイメージの方が凌駕しているように思います。

(第6話)/地方紙を買う女71.png シーリーズの中でもよく出来ている方だと思いますが、その良さは原作に依るところ大であり、ドラマ版は"蛇足"もあったりして、これもまた、原作を超えるまではいってないと思います。原作のスゴイ点は、主に芳子の視点及び心理描写で話が進んでいくことで、普通はこのスタイルだと「倒叙法」になりますがそうなっておらず、それでいて推理小説として成り立っていることです(ドラマは冒頭に犯行シーンがあり「倒叙法」になり切っている)。この手法は、行き過ぎた"叙述トリック"になる恐れもありますが、本作ではそうなっていないどころか、芳子と杉本の心理的な探り合いを際立たせています。これもまた松本清張の"社会派推理小説"群の一環を成す作品ですが、技術的な面でも優れていると思います。

松本清張 「夜盗伝奇」.jpg 因みに、作中で杉本隆治が新聞に連載している『野盗伝奇』は、松本清張の実際の作品であり、西日本スポーツなどブロック紙系の新聞に連載され1957年11月に光風社より刊行(後に角川文庫で文庫化)されていて、「地方紙を買う女」を「小説新潮」に連載していた時期と重なり、このあたりに清張に茶目っ気が窺えます。


『野盗伝奇』(改版版)
光風社・1964(昭和39)年9月発刊

 

夏圭子 in「不良番長 練鑑ブルース」(1969)
夏圭子 in「不良番長 練鑑ブルース」.jpg1(第6話)/地方紙を買う女図.png「恐怖劇場アンバランス(第6話)/地方紙を買う女」●制作年: 1970年(制作№11)●監督:森川時久●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:小山内美江子●音楽:冨田勲●原作:松本清張「地方紙を買う女」 ●出演:井川比佐志/夏圭子/山本圭/吉野よし子/中村美代子/中島葵/横森久/可知靖之/飯沼慧/金井進二/早川純一/大林丈史/松谷量子/前川哲男/青島幸男(解説)●放送:1973/01/29●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)

地方紙を買う女3.jpg松本清張全集 (36) 地方紙を買う女.jpg松本清張全集 (36) 地方紙を買う女 短篇2』(秀頼走路/明治金沢事件/喪失/調略/箱根心中/ひとりの武将/増上寺刃傷/背広服の変死者/疑惑/五十四万石の嘘/顔/途上/九十九里浜/いびき/声/共犯者/武将不信/陰謀将軍/佐渡流人行/賞/地方紙を買う女/鬼畜/一年半待て/甲府在番/捜査圏外の条件/カルネアデスの舟板/白い闇)

「●TVドラマ①50年代・60年代制作ドラマ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2916】 森川 時久 「恐怖劇場アンバランス(第6話)/地方紙を買う女
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唐十郎の怪演が印象的。この作品自体を〈唐十郎演出〉作とみてもいいのでは。

DVD恐怖劇場アンバランス Vol.2.jpgtitle仮面の墓場.jpg (第4話)/仮面の墓場」 1 .png (第4話)/仮面の墓場  kara1.png
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.2」緑魔子(ヨーコ)/唐十郎(犬尾)
橋爪功(山口)/唐十郎(犬尾)
kamenno1.png 前衛劇団「からしだね」は落ち目の劇団であり、此度もちゃんとした劇場ではなく、潰れた映画館を借りての公演だが、演出家の犬尾(唐十郎)は今回の公演作「眼」を大成功させ、起死回生を図るつもりでいる。しかし、その思いが強すぎて過激な演出を思いつき、悪霊役を演じる白浜(三谷昇)に、二階席から滑車を使ってステージへ降りてくる演技を命じる。喘息持ちの白浜が気乗りしないままやってみて、1回目のテストは成功、しかし、照明係のジュン(星紀一)に押されての2回目に、バランスを崩して落下死してしまう。犬尾は、団員の山口(橋爪功)やヨーコ(緑魔子)仮面の墓場91.pngらを"共犯者"に巻き込んで、ボイラーでその遺体燃やしてしまう。ところがボイラー内から叫び声が上がり、白浜はまだ生きていたようだ。その後、団員らが白浜を見たという話があり、犬尾も彼の咳声を聞く。犬尾は「邪魔する気か」とわめき、ボイラーの扉を開け、焼けた骸骨を奥に押し込む。悪霊役はヨーコがやることになり、ヨーコの役は犬尾に憧れて田舎から出てきた少女・西野ツル(小仮面の墓場.jpg野千春)がやることに。一方、稽古中に白浜の幻影を見た山口は、もうやってられないと出ていく。「邪魔をする奴は殺してやる」と言う犬尾に怖れを抱いたヨーコは逃げようとするが、犬尾に追い詰められ刺殺される。犬尾はその遺体もまたボイラーに。ツルがボイラーでヨーコの遺体を見つけたと言っても、「夢なんだよ」と。そこへスポットライトが当たり、夢と現実の区別がつかなくなった犬尾は、今度はツルを絞め殺す。そして、何も知らず様子を見に着たマネージャーの坂井(早川保)の前で狂気の一人芝居を演じ始め、舞台の上からスクリーン上の少年時代の海岸に彷徨い出て―。
  
唐 十郎 朝日賞.jpg仮面の墓場111.png 「恐怖劇場アンバランス」の第4話(制作№6)で、監督は山際永三、脚本は市川森一。そして、60・70年代に時代の最先端を走った状況劇場を率いていた唐十郎が、リアルタイムで"落ち目の劇団"の演出家を演じています。冒頭に、子供時代の犬尾が海岸で拾った義眼を見知らぬ女の子に持っていかれる回想シーンがあり、それが犬尾がいま演出している芝居のモチーフになっていたり、彼がツルの中にその女の子の面影を見たり、ツル=女の子を殺して、舞台から海岸に彷徨い出るラストに(最後は消えた?)繋がっているようですが、そうしたもやっとしたモチーフ(市川森一創案?)よりも、どんどん壊れていく男・犬尾を演じた唐十郎の生身のインパクトの方が相対的には強かったです。ただ、アイデンティティ・クライシスはこの当時からの唐十郎のテーマでもありました。
唐十郎 2012(平成24)年度・第83回「朝日賞」授賞式
唐十郎/橋爪功/緑魔子
(第4話)/仮面の墓場」  .jpg

仮面の墓場5.png仮面の墓場 h.png図61.png その他にも、'63年に日本公開されたイングマール・ベルイマンの「第七の封印」風の悪魔のお面(映画では"死神"。「月光仮面」にもこの手のお面を付けた敵役は出てくるが)を終始つけたまま演技している三谷昇、「最近テレビにも出始めた役者」という設定に当時は重なったのではないかと思われる橋爪功、いかにもこの話の60年代的な雰囲気に馴染む緑魔子など、周辺や細部にも見どころ緑魔子4.jpg橋爪功2.jpg三谷昇.jpgは多いのですが、唐十郎の怪演が大方のところを持っていってしまったという印象でしょうか。終盤、展開が加速的にシュールなっていく感じをよく体現していました。第2話「死を予告する女」の蜷川幸雄と同じく、他人に演出を施す人間は自らも演技達者なのだなあと思わされます(まあ、唐十郎の場合、自身も舞台に立っていたが)。

 唐十郎は幼年期に育った御殿場で、母親から「富士山の地底奥深くに地底人が住んでおり、地上侵略のため夕方辺りが薄暗くなると富士五湖から這い上がってきて侵略に来る」という作り話を吹き込まれ、子どもの時には信じていたそうで、その体験が後の作風に影響を与え、駅のコインロッカーの一部に異次元へと繋がるドアがあるとといった、義眼仮面の墓場.jpg初期戯曲にみられるモチーフの源泉になっているとのこと。この作品も、山際永三監督、市川森一脚本ではありますが、、個人的には、この作品自体を〈唐十郎演出〉作とみてもいいように思いました(ラストの一人芝居は本人の即興だったとか)。個人的評価は、義眼のモチーフについていけなかったものの、レア度を加味して星3つ半としました(「義眼」の意味については、テレビドラマデータベース「恐怖劇場アンバランス(第4回)仮面の墓場」にある白井隆二氏執筆「忘れていた映像の楽しさ」(「放送文化」(日本放送出版協会刊)1973年3月号)より引用)に詳しい)。

1(第4話)/仮面の墓場図.png仮面の墓場00.jpg「恐怖劇場アンバランス(第4話)/仮面の墓場」●制作年: 1969年(制作№6)●監督:山際永三●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:市川森一●音楽:冨田勲●出演:唐十郎×蜷川幸雄.jpg唐十郎/早川保/三谷昇/星紀一/小野千春/高野浩幸/天野照子/鶴ひろみ/橋爪功/緑魔子/青島幸男(解説)●放送:1973/01/29●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)

蜷川幸雄×唐十郎(2013)

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衝撃のどんでん返し。相手は「ゲーム」が始まる前に仕掛けていたわけか。

DVD恐怖劇場アンバランス Vol.2.jpg3殺しのゲーム title.jpg 1殺しのゲーム 岡田1.png
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.2」「殺しのゲーム」岡田英次(岡田)

(第3話)/殺しのゲーム .jpg ある病院で、何者かが夜中に侵入してカルテが荒らされる異変があった。翌日、岡田正男(岡田英次)はその病院に来ていた。胃が変で、急激に痩せ、医者は胃潰瘍だと言うが...。病院の看護婦・明子(春川ますみ)から話があると言われ、岡田は彼女に会う。明子は昨日、病院に侵入したのが岡田ではないかと聞き、岡田が否定すると、実は岡田はガンであると打ち明ける。本当のことを告げた方が良いと思ったと。岡田は帰途、自分はじき死ぬのだとヤケになり、階段にしゃがんで涙していると、若い女が「おじさん、あたしと遊ぼうよ」と声を掛け、岡田を連れ出す。女は連れの若い男(石橋蓮司)と一緒に踊るが、岡田はそんな気になれない。家への帰途、今度は見知らぬ男に声を掛けられ、男は名刺を差し、鈴木正助(田中春男)と名乗る。鈴木は岡田の全てを知っていると言う。名前、年齢、勤務先はもちろん、妻が2年前に事故で亡くなっていることも、子供が無いことも、岡田が胃ガンで余命1年の命であることも。彼はあなたの死の恐怖を和らげてあげるという。実は、鈴木も肺ガンで岡田より長くは生きられないらしい。鈴木は岡田に、先が短いがん患者同士互いを殺し合う「ゲーム」をしようと誘う。お互いがいつ自分を殺すのか、どうやって相手を殺そうかと考えている間は死の恐怖から逃れられると。殺人者になるのは死刑が怖いからで、お互い余命1年程度の身な第03話 「殺しのゲーム」図4.pngら死刑も怖くないと話す。岡田は、自分は仕事に打ち込むとして、この申し出を断ろうする。岡田が病院へ行くと医者が岡田の兄が心配して弟の病状を聞きに来たというが、岡田には兄はいない。明子は代休で何も知らなかったが、医者は岡田の兄と名乗る人物は岡田の妻が亡くなったことも知っていたと話す。ある日、岡田が常務(増田順司)から静養を言い渡される。岡田の兄を語った人物が、会社に岡田が胃ガンであることを知らせたのだ、岡田は、打ち込もうと思った仕事もなくなり落胆する。マンションの前まで来ると、明子が待っていて、岡田と一緒に住み、ここから病院へ通うと言う。二人の同居生活が始まるが、明子は岡田の面倒を看てくれて、暫くは平穏な日々が続き、岡田は、同居しているうちに、明子に恋心を抱き始める。そんな折、鈴木の脅しが始まり、岡田は、次々と命を狙われるような出来事に遭遇するようになる―。

第03話 「殺しのゲーム」図5.png 「恐怖劇場アンバランス」の第3話(制作№9)で、監督は、第9話「死体置場(モルグ)の殺人者」(制作№3)に続いて長谷部安春(放映順である「話数」と制作№がちょうど逆)。原作は西村京太郎の「殺しのゲーム」(『完全殺人』(角川文庫)所収)。西村京太郎と言うより、シリーズ第7話「夜が明けたら」の原作者・山田風太郎に作風が近いのではないかと思ったりしましたが、ラストはまさにミステリー作家ならではの衝撃のどんでん返しでした。

 事態が把握できるまでちょっと時間がかかったけれど、結局、鈴木が岡田について話したこと、また最後に自身について話したことは、岡田・鈴木それぞれの置かれている状況において、事実とはちょうど逆だったのだなあと。しかも、鈴木は、「ゲーム」が始まる前から、もう仕掛けをスタートしていたのだなあと。リアリティ面でどうかというのはありますが、プロットは秀逸だと思いました。結局、岡田を脅したのは鈴木だけれど、彼は最初と最後に登場するのと、あと、岡田の兄のふりをして病院に行ったり会社に行っただけで、不自然な出来事のほとんどの実行犯は......と、後でいろいろ考えていくと、結構怖いかも(最後に話したことの中に一部事実もあったわけだ)。

(第3話)/殺しのゲーム図4.png このシリーズの他のエピソードにもありますが、当時、本人へのガン告知が義務化されていなかったという前提条件のもとに成り立っている話ではあり、かつてはドラマなどで、ガンと知らされていない本人の前で無理して明るく振る舞うも、やがて泣き出して本人に知れるというのが"定番"としてあったりしました。ただ、今の時代には当てはまらない状況設定であることを割り引いても、これはこれで面白かったように思います。

 岡田英次は、増村保造監督の 「女体(じょたい)」('69年/大映)の時もそうでしたが、こうした鬱屈した役が合っているように見えました。鈴木を演じた田中春男も良石橋蓮司 第3話)/殺しのゲーム3.pngかったし、ぽっちゃり系の春川ますみもでいかにも包容感ありそうな感じでいいです。時代を反映していると思ったのは、石橋蓮司が演じる若い男が、岡田にチキンレースっぽい賭けを仕掛けて、結局、恋人と共にクルマごと海に落ちてしまう石橋 蓮司3.jpg場面で、いわば"時代の虚無感"を象徴しているでしょうか。作品的には"賭けの敗者"という位置づけで、ラストと対比させているのかもしれません。石橋蓮司は、「あらかじめ失われた恋人たちよ」('71年/ATG)の時よりかなり若く見え、髪の毛がふさふさであることにも、60年代末・70年代初期を感じました(笑)。

春川ますみ(明子)/田中春男(鈴木)
春川ますみ71.png 田中春男81.png

1(第3話)/殺しのゲーム図.png「恐怖劇場アンバランス(第3話)/殺しのゲーム」●制作年: 1970年(制作№9)●監督:長谷部安春●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:若槻文三●音楽:冨田勲●原作:西村京太郎「殺しのゲーム」●出演:岡田英次/石橋蓮司/米岡雅子/田中春男/増田順司/松本染升/小川幾太郎/和田啓/山岡勢津子/小沢美知子/永谷悟一/春川ますみ/青島幸男(解説)●放送:1973/01/22●放送局:フジテレビ(評価:★★★★)

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藤田敏八監督、小山内美江子脚本。蜷川幸雄が主役として頑張っていた「死を予告する女」。
恐怖劇場アンバランス 第02話 「死を予告する女」1.jpg 2話 「死を予告する女」蜷川.jpg 1話「木乃伊の恋」title.jpg 1話「木乃伊の恋」6.jpg
DVD恐怖劇場アンバランス Vol.1」「死を予告する女」蜷川幸雄(坂巻)/「木乃伊の恋」大和屋竺(定助)

 「恐怖劇場アンバランス」から2話。

第2話「死を予告する女」(制作№7) 
 作詞家の坂巻(蜷川幸雄)には内縁関係の和恵(藤田佳子)と娘がいるが、籍も入れず、和恵が妊娠した際も、産みたければ勝手に産めばいいが自分恐怖劇場アンバランス vol1.jpgは知らな2話「死を予告する女」01.pngいとしていた。和恵には下積み時代に世話になったが、だからといって縛られたくはなかったのだ。その娘が危篤になり、和恵は坂巻に電話するが、坂巻は作曲家の久保(財津一郎)やプロデューサーの西田(名古屋章)らとレコーディング中でそれどころではない。帰宅時に乗ったタクシーで、運転手が、蛇が飼育箱ごと行方不明になったというニュースの話をする。坂巻が自宅マンションに帰ると、ドアの下の隙間に蛇のようなものが見え、ドアを開けるとドアチェーンが落ちていた。 部屋に入ってシャワーを浴びようとすると、鏡を通2話「死を予告する女」3.jpgして見知らぬ黒衣の女(楠侑子)がソファにいることに気づく。女は「あなたは明日の夜、12時13分にお亡くなりになります」と坂巻の死を予告する。坂巻は部屋を飛び出し、むしゃくしゃした気持ちのまま行きつけのクラブへ行くと、ママ(荒砂ゆき)が迎えてくれた。ふと気づくと、奥のテーブルに先ほど部屋にいた女が座って坂巻を見ている。それ以降、坂巻は女につきまとわれる。和恵に嫌がらせかと問い詰めるが、彼女は覚えがないと言う。道路沿いで女に出会った際に、彼が押し倒して車に轢かれたはずの女が忽然と消えたのを目の当たりにして彼の怯えは頂点に達し、久保に相談する。久保や西田も彼の異変に気づいて心配し、女が予告した時間まで二人とも坂巻の自宅で一緒にいることにする―。

蜷川幸雄.jpg 「恐怖劇場アンバランス」の第2話(制作№7)で、の藤田敏八(「八月の濡れた砂」('71年))監督、小山内美江子(「3年B組金八先生」)脚本ですが、2016年に亡くなった演出家の蜷川幸雄が主演であり、そちらの方での注目度が高いと思われます。この人は70年代には結構テレビドラマに俳優として出ていましたが、主演作品を今こうして観られるのは貴重かもしれません。'73年放映ですが、実際の制作は'69年で(シーリーごと3年余り"お蔵入り"になっていた)、 その年は蜷川幸雄が「真情あふるる軽薄さ」('69年)で演出家としてのスタートを切った年でもあります。

2005(平成17)年・第53回「菊池寛賞」授賞式
蜷川幸雄 菊池寛賞.jpg 「厳しい演出で知られた蜷川幸雄が、自身若い頃には実際どのような演技をしていたのか」的な気持ちで観てしまいましたが、財津一郎、名古屋章といった芸達者と互して主役を張るだけの演技をしていたように思います。強迫神経症的な状況に追い込まれる主人公を、意外とクセ無くリアルに演じていたと思います。太地喜和子 1.jpgただし、日経新聞の『私の履歴書』によると、俳優でありながら演出家として頭角を表しつつあったある日、出演していた時代劇「水戸黄門」を見た太地喜和子から、俳優としての演技にダメ出しされたことをきっかけに演出家一本に絞ることにしたそうで('73年から'79年にかけて「水戸黄門」に7回単発出演している)、太地喜和子が「白い巨塔」('78~'79年)に出ていた頃の話かと思われます。

1死を予告する女1.png ラスト近くで、坂巻の妻・和恵(藤田佳子)が、黒衣の女(楠侑子)と似たような雰囲気で坂巻・久保・西田ら3人の前に現れニンマリするところが、一つ読み解きのヒントかと思いますが、坂巻だけでなく久保(財津一郎)や西田(名古屋章)もそうした不思議な経験をするため、「全部が主人公の坂巻の妄想でした」では説明しきれない造作2話 「死を予告する女」楠侑子.jpg2話「死を予告する女」.jpgになっていて、これはこのシリーズの一つの特徴かもしれません。
楠侑子(黒衣の女)/藤田佳子(和恵)

山手教会地下「ジァン・ジァン」
山手教会地下「ジァン・ジァン」.jpg別役実.jpg 黒衣の女を演じた楠侑子は1933年生まれで撮影時36歳でした(劇作家の別役実(1937-2020)の妻で、渋谷の山手教会地下「ジァン・ジァン」で毎年男優一人を招いて別役作品を上演し続けていた。イラストレーターのべつやくれいは娘)。当時、名古屋章(1930年生まれ)よりは若かったですが、財津一郎(1934年生まれ)、蜷川幸雄(1935年生まれ)よりは年上でした。
蜷川幸雄(売れっ子の作家の酒巻)/楠侑子(謎の女:「あなたは明日の夜12時13分にお亡くなりになります」)
(第2話)/死を予告する女」.jpg

2話)/死を予告する女」 蜷川1.jpgゴーガの像1.pngゴーガの像図1.png また、坂巻の行きつけのクラブのママを演じた荒砂ゆき(1939年生まれ)は、谷崎潤一郎原作、神代辰巳監督・脚本の「鍵」('74年)に主演で出ますが、「ウルトラQ(第24話)/ゴーガの像」('66年)に「田原久子」の旧芸名で、アリーン(リャン・ミン)役でも出ていて、ああ、そう言えばこの「恐怖劇場アンバランス」も円谷プロだったかと改めて思ったりした次第です。

荒砂ゆき(クラブのママ)
荒砂ゆき in「ウルトラQ(第24話)/ゴーガの像」(1966)/映画「鍵」(1974)原作:谷崎潤一郎、監督:神代辰巳
「ゴーガの像」1荒砂.jpg 「ゴーガの像」3荒砂.jpg 2荒砂ゆき.jpg 3荒砂ゆき.jpg


第1話「木乃伊(ミイラ)の恋」(制作№10) 
 山城の国の村里。一軒家の地面の下から鉦(かね)の音が聞こえる。家の百姓・正次(川津祐介)が1話「木乃伊の恋」11.jpg掘り起こすと、そこに1話「木乃伊の恋」2.jpgは数百年前に入定した僧のミイラが手だけを動かして鉦を叩いている。復活したミイラは次第に生気を取り戻し、定助(大和屋竺)として村人と暮らすようになるが、生前の過度の禁欲の反動からか、老婆にちょっかいを出し、知恵遅れの後家と交わり、金色の「お仏様」を産み落とす。最初は畏怖の念を抱いてた村人たちも、すぐに彼を「入定の定助」とバカにするようになり、その振る舞いに呆れた挙句―。

 「恐怖劇場アンバランス」の第1話として放映されたものですが、制作№は「10」であり、第2話より3つ後です。このシリーズ、おおよそ3年のお蔵入り期間を経て放映された13話のうち、制作No.7まではオリジナル脚本のホラー路線だったのが、制作No.8以降は原作つきのサスペンスに路線変更しています。

『妖』円地文子.jpg『妖・花食い姥』.jpgペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29.jpg この「木乃伊の恋」は、円地文子が江戸時代の上田秋成による読本「春雨物語」(1808年成立)に材を得た「二世の縁 拾遺」(『妖』('57年/文藝春秋)・『妖・花食い姥』('97年/講談社学芸文庫)などに所収)を原作とし、この作品はこれまでも円地文子の個人全集や文学全集に収録されてきたほか、岩波文庫『日本近代短篇小説選 昭和篇3』('12年)にも収録されましたが、昨年['19年]刊行された村上春樹作品の翻訳者でもある編者による『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』(新潮社、ジェイ・ルービン編)という本にも収録されていました(序文を村上春樹が書いている)。『妖 (1957年)』/『妖・花食い姥 (講談社文芸文庫) 』['97年]/ジェイ・ルービン編(村上春樹・序文)『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短篇29』['19年]

鈴木清順  .jpg 監督は鈴木清順で、「殺しの烙印」('67年/日活)が当時の日活社長・堀久作の「わからない映画ばかり作られては困る」との発言を生んで解雇された1968年の〈鈴木清順解雇事件〉から「悲愁物語」('77年/松竹)でカムバックを果たすまで約10年間映画を製作しておらず、'70年製作のこのTV作品はこの期間の作品になります。

1話「木乃伊の恋」09.jpg 上田秋成の「春雨物語」は、村上春樹の『騎士団長殺し』のモチーフとしても使われていますが、円地文子版及びこの映像化1話「木乃伊の恋」101.jpg作品では、先に挙げた「春雨物語」の江戸時代の話(原作の中で原典である「二世の縁」のおそらく円地文子自身によるものと思われる全訳(下に前半部分を抜粋)が叙述されているが、これが意外と軽妙でいい)を挟んで、「笙子」を主人公とする現代の話があります(原典は仏教批判ともとれるが、円地文子は「二世の縁」における甦った定助の「性」への我執をモチーフとしつつ、実は現代の話としての「拾遺」を通して、布川の「性」及び笙子自身の「性」つまりは男女の「性」への〈我執〉をテーマとしているようだ)。

 国文学者の布川(浜村純)から「春雨物語」は実話だと聞かされた笙子(渡辺美佐子)は戦時中に夫が亡くなった工場跡を訪れ、そこで死んだはずの夫と再会し雨の中で愛し合うが、その間に、つい先ほど病床にありながら彼女に言い寄った布川が、今しがた急逝したことを駆けつけた女中から知らされる―(因みに、布川が亡くなったというのはドラマのオリジナルであり、原作には無い。また原作では、布川はかつて血気盛んな頃は笙子に迫っていたが、今は自身の"下の世話"まで女中頼みであるためそれはなく、ただし、その女中をずっと愛人にしてきたらしいなどといった点でも、原作はドラマとやや異なる)。

1話「木乃伊の恋」5.jpg こうして見ると確かにサスペンスと言えばサスペンスですが、「春雨物語」の部分が映像的にぶっ飛んでいて(それがいいとい人もいるかもしれないが)個人的にはややついていけなかったです。後の清順作品に見られる映像的な美意識はあまり感じられず、ミイラにしても「お仏様」にしてもただただ気持ち悪かったです。このシリーズ13話のうち、どの系統にも属さない異色作であり、なぜこれを第1話にもってきたのか、その意図がよく分かりませんでした(異質だからこそ敢えて第1話にもってきたのか?)。

川津祐介(正次・江戸時代の百姓)/大和屋竺(定助・数百年前に入定しミイラとして甦った僧))/渡辺美佐子(笙子・病床の師から「春雨物語」の口語訳の手助けを引き受けた)
(第1話)/木乃伊(ミイラ)の恋」.jpg

蜷川幸雄(謎の女に自らの死を予告される売れっ子の作家の酒巻)
(第2話)/死を予告する女 2.png2話「死を予告する女」4.jpg「恐怖劇場アンバランス(第2話)/死を予告する女」●制作年:1969年(制作№7)●監督:藤唐十郎×蜷川幸雄.jpg田敏八●監修:円谷英●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:小山内美江子●音楽:冨田勲●出演:蜷川幸雄/財津一郎/名古屋章/藤田佳子/荒砂ゆき/中原成男/小林寛/田中賎男/中ことみ/福田えみこ/福光洋子/楠侑子/青島幸男(解説)●放送:1973/01/15●放送局:フジテレビ(評価:★★★☆)   蜷川幸雄×唐十郎(2013)   
(第2話)/死を予告する女 .jpg

(第1話)/木乃伊(ミイラ)の恋 .jpg       
恐怖劇場アンバランス/ミイラの恋1.jpg1話「木乃伊の恋」4.jpg「恐怖劇場アンバランス(第1話)/木乃伊(ミイラ)の恋」●制作年:1970年(制作№10)●監督:鈴木清順●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:田中陽木乃伊(ミイラ)の恋  9.jpg造●音楽:冨田勲●原作:円地文子「二世の縁 拾遺」●出演:渡辺美佐子/浜村純/大和屋竺/加藤真知子/田中筆子/瀧那保代/昔々亭桃太郎/早(第1話)/木乃伊(ミイラ)の恋」51.png川研吉/白田和男/中原淑子/中原成男/相生千恵子/関陽子/市来まさみ/恒吉雄一/羽鳥靖子/川津祐介/青島幸男(解説)●放送:1973/01/08●放送局:フジテレビ(評価:★★★)

渡辺美佐子
      
恐怖劇場アンバランス Blu-ray BOX」(2016年リリース)
恐怖劇場アンバランス 1973.jpg
「恐怖劇場アンバランス」●監督:鈴木清順/藤田敏八/長谷部安春/山際永三/神代辰巳/森川時久/黒木和雄/満田かずほ/鈴木英夫/井田探●監修:円谷英二●特撮:佐川和夫●制作年:1969年8月~1970年4月●制作:円谷プロダクション/フジテレビ●脚本:田中陽造/小山内美江子/若槻文三/市川森一/山崎忠昭/滝沢真里/満田かずほ(禾+斉)/山浦弘靖/上原正三●音楽:冨田勲●解説:青島幸男●放映:1973/01~04(全13回)●放送局:フジテレビ

「恐怖劇場アンバランス」(全13話)放映ラインアップ
話数 制作No. サブタイトル ☆原作 脚本/監督
第1話 10 木乃伊(ミイラ)の恋 ☆円地文子 田中陽造/鈴木清順
第2話 7 死を予告する女 小山内美江/藤田敏八
第3話 9 殺しのゲーム ☆西村京太郎 若槻文三/長谷部安春
第4話 6 仮面の墓場 市川森一/山際永三
第5話 5 死骸(しかばね)を呼ぶ女 山崎忠昭/神代辰己
第6話 11 地方紙を買う女 ☆松本清張 小山内美江子/森川時久
第7話 12 夜が明けたら ☆山田風太郎 滝沢真理/黒木和雄
第8話 8 猫は知っていた ☆仁木悦子 満田穧(かずほ)/満田穧
第9話 3 死体置場(モルグ)の殺人者 山浦弘靖/長谷部安春
第10話 13 サラリーマンの勲章 ☆樹下太郎 上原正三/満田穧
第11話 2 吸血鬼の絶叫 若槻文三/鈴木英夫
第12話 1 墓場から呪いの手 若槻文三/満田穧
第13話 4 蜘蛛の女 滝沢真里/井田 探

制作№順
制作No. 話数 サブタイトル ☆原作 脚本/監督
1 第12話 墓場から呪いの手 若槻文三/満田穧
2 第11話 吸血鬼の絶叫 若槻文三/鈴木英夫
3 第9話 死体置場(モルグ)の殺人者 山浦弘靖/長谷部安春
4 第13話 蜘蛛の女 滝沢真里/井田 探
5 第5話 死骸(しかばね)を呼ぶ女 山崎忠昭/神代辰己
6 第4話 仮面の墓場 市川森一/山際永三
7 第2話 死を予告する女 小山内美江/藤田敏八
8 第8話 猫は知っていた ☆仁木悦子 満田穧/満田穧
9 第3話 殺しのゲーム ☆西村京太郎 若槻文三/長谷部安春
10 第1話 木乃伊(ミイラ)の恋 ☆円地文子 田中陽造/鈴木清順
11 第6話 地方紙を買う女 ☆松本清張 小山内美江子/森川時久
12 第7話 夜が明けたら ☆山田風太郎 滝沢真理/黒木和雄
13 第10話 サラリーマンの勲章 ☆樹下太郎 上原正三/満田穧

●円地文子「二世の縁 拾遺」より引用
 古曽部という村に年久しく住みついている豪農があった。山田を多く持って、豊年よ凶作よと騒ぎまくる心配もなく豊かに暮らしているので、主人も自然書物に親しむのを趣味とし、田舎人の中に殊更友を求めるでもなく、夜は更けるまで灯下に書見するのが毎日であった。母親はそれを案じて、
「さあさあ早くお寝み、子の刻(十二時)の鐘ももう疾うに鳴ったではないか。真夜中まで本を読むと芯が疲れて、さきへゆくときっと病気に罹るものとお父さんがよくお話なされた。好きな道というものはとかく、自分では気づかぬ内に深入りして後悔するものだよ」
 と意見をするので、それも親なればこその情けと有難いことに思って、亥の刻(十時)すぎれば枕につくように心がけていた。
 ある夜雨がしとしと降って、宵の中からひっそりと他の音といってはつゆばかりも聞えない静かさに、思わず書物によみふけって時を過ごしてしまった。今夜は母上の御意見も忘れて、大方丑の刻(午前二時)にもなったであろうかと窓をあけてみると、宵の中の雨はあがって、風もなく、晩い月が中空に上がっていた。「ああ静寂な深夜の眺めだ。この情感を和歌にでも」と墨をすり流し筆をとって一句二句、思いよって首をかしげ考えている中、ふと虫の音とのみ思っていた中に、鉦の音らしい響きの交って聞えるのに気づいた。はて、そう言ってみればこの鉦の音をきくのは今宵ばかりではないようだ。夜ごとこうして本を読んでいるときに聞えていたのを今はじめて気づいたのも思えば不思議である。庭に降り立ってあちらこちら鉦の音の聞える方角をたずね歩く中、ここから聞こえて来るらしいと思われる所は、普段、草も刈らず叢(むぐら)になっている庭の片隅の石の下らしかった。主人はそれをたしかに聞き定めて、寝間に帰った。
 さてその翌日、下男どもを呼び集めて、その石の下を掘るようにいいつけた。皆よって三尺ばかり掘り下げると鍬が大きな石に当ったので、それを取り除けると、その下にまた石の蓋をした棺らしいものがあった。重い蓋を大勢して持上げて中をみると何やら得体の知れぬものがいて、それが手に持った鉦を時々うち鳴らしているのだった。主人をはじめ近くによってこわごわさしのぞくと、人に似て人のようにも見えない......乾鮭のようにからからに乾固まって骨立っているが、髪の毛は長く生いのびて膝までもたれている。大力の下男を中に入れてそっと取出させることにしたが、その男は手をかけてみて、
「軽い、軽い、まるでただのようだ。じじむさいことも何もない」
 と気味悪半分大声に言った。こんなにして人々がかつぎ出す間も、鉦を叩いている手もとばかりは変らず動かしていた。主人はこの様子を見ていて尊げに合掌し、さて一同に言った。
「これは仏教に説く大往生の一つに「定に入る」といって、生きながら棺の中に坐り、坐禅しつづけて死ぬ作法がある。正しくこの人もこれであろう。わが家はここに百年余も住んでいるが、そのようなことのあったのをかつてきいたことがないところを見ると、これはわが祖先のこの土地に来たより以前のことであろう。魂はすでに仏の国に入って骸だけ腐らずこうしているものか。それにしても鉦を叩いている手だけが昔のまま動くのが執念深い。ともかくもこう掘り出した上は生命を再び蘇らせて見よう」
 主人も下男どもに手を添えて、木像のように乾し固まったそのものを家の中へかつぎ込んだ。
「危ないぞ、柱の角にぶち当てて毀すな」
 などとまるで毀れものを持ち歩くようにしてやっと一間に置いた。そっと布団など着せかけて主人がぬるま湯を入れた茶碗をもって傍らへゆき乾からびた唇を湿(うる)おしてやると、その間から舌らしい黒いものがむすむす動いて、唇を舐め、やがて綿に染ませた水をもしきりに吸うようである。
 これを見て女子供ははじめて、きゃっと声を上げ「こわい、こわい、化物だ」と逃げ退いて傍へよりつかなくなった。しかし、主人はこの様子に力を得て、この乾物を大事に扱うので、母なる人も一緒になって、湯水を与えるごとに念仏を称えるのを怠らなかった。
 こうして五十日ばかり経つ中に、乾鮭のようだった顔も手足も、少しづつ湿おって来て、いくらか体温も戻って来たようである。
「そりゃこそ、正気づくぞ」
 といよいよ気を入れて世話する中にはじめて目を見開いた。明るい方へ瞳を動かすようであるが、まだはっきりとは見えない様子である。おも湯や薄い粥などを唇から注ぎ入れると、舌を動かして味わう様子は、何のこともないただの人間であった。古樹の皮のようだった皮膚の皴が浅くなり少しづつ肉づいて来て手足も自由に動き、耳もどうやら聞えるのか、北風の吹きたてる気配に、裸のままの身体を寒げに慄るわしている。
 古い布子を持って来て渡すと、手を出して戴く様子はうれしそうで、物もよく食べるようになった。初めの中は尊い上人の甦りであろうと主人も礼を厚くして魚肉も与えなかったが、他人の食べるのを見て鼻をひくひくさせ欲しがるので、膳に添えると、骨のままかじって、頭まで食い尽くすには主人も興ざめる思いがした。
「あなたは一度定に入ってまた甦って来た珍しい宿世の方なのですから、私どもの発心のしるべに、この長い間どういう風にして土の下で生きていられたか覚えていられることを話して下さい」
 と懇ろにたずねて見ても、首を振って、
「何にも知らない」
 といってぼんやり主人の顔を見ているばかり、
「それにしてもこの穴へ入った時のことぐらいでも思い出せませんか、さても、昔の世には何という名で呼ばれた人か」
 といっても、一向に何も知らぬ人らしく、うじうじと後じさりして、指をなめたりしているさまが、全くこの辺りの百姓の愚鈍に生れついたものの有様そっくりである。
 折角数カ月骨折ってあたら高徳の聖を再生させたと喜んだのに、この有様には主人もすっかり気を腐らせ、後には下男同様に庭を掃かせたり、水を撒かせたり召使うようになったが、そういう仕事は別に厭いもせず、怠けずに立ち働いた。
「さても仏の教えとは馬鹿馬鹿しいものだ。禅定に入って百年余も土中にあり、鉦を鳴らしつづけるほどの道心はどこへ消え失せたのか。尊げな性根はさらになく、いたずらに形骸ばかり甦ったとは何たることか」
 と主人をはじめ村のなかでも少しこころある者は眉をひそめて話しあった。

円地文子「二世の縁 拾遺」より
『日本近代短編小説選』昭和編3(岩波文庫)収録

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雪女の正体とは? 相変わらずのユル~イ終わり方だが、これが最終回。

26話)ゆきおんな1.jpg k26_14.jpg 26話)ゆきおんな0.jpg
第26話「ゆきおんな」
26話)ゆきおんな21.jpg さおり(小橋玲子)の友人・秋子(松木路子)のもとに、那須のホテルへの差出人不明の招待状が届く。彼女はその招待に応じてホテルに26話)ゆきおんな31.jpg行き、SRIのメンバーがホテルのスタッフに変装するなどしてのガードのもと、さおりと共にホテルに泊まることに。彼女たちの部屋には謎めいた雪女の絵が飾られていた。26話)ゆきおんな41.png秋子は、今回の招待は死んだはずの自分の父からのものではないかと考える。 そして彼女の周りに謎の男達がうろつき始める。やがて銃を持った男が捕らえられ、警察の取り調べで、15年前のダイヤ盗難事件の犯人の一味であ<ることが分かる。彼女の父はそのグループの首謀者だったのだ。部屋の雪女の絵から地図を入手した彼女は、地図に書かれた場所に行ってダイヤを手に入れるが、一味が彼女を追って来る。雪降る中、ダイヤをばらまき助けを求めながら荒野を逃げる彼女。 突如、地平の彼方に巨大な雪女の顔が現れる―。

飯島敏宏.jpg 第26話で、制作№も26で、26話中5本メガホンを取った飯島敏宏(1932年生まれ)監督作。那須高原のホテルにメンバー揃ってのロケで、番組も高視聴率で予算も潤沢なのだろうなあと思ったら、ホテルとのタイアップだったため、変な(?)ショーのシーンとかホテルの全景を入れるたk26_08.jpgk26_01那須ロイヤルホテル.jpgk26_28ダンサー(那須ロイヤルダンスチーム).jpgめに大雪の中、夏タイヤの赤いスポーツカーで無理矢理坂道を登るシーンを撮った、とか予算にも恵まれず大変だったそうです。そして、結局これがシリーズ最終作になりました。タイトルはモロに「怪奇」ですが、内容は娘と父母の愛情物語の色合いが濃かったです。

 しかし、母親が雪女に雪女になって現れるというのもスゴイね。ラスト、ヒロインの秋子が「雪女が私を守ってくれたんだ、私のおかあさんよ」と感激に打ち震え、的矢所長(原保美)も、「秋子さんを守ってくれたのは雪女だ。君とそっくりなおかあさんだったんだ」と。

26話)ゆきおんな61.jpg なぜ、彼女のことを母親を知らない的矢が「君とそっくりなおかあさん」と言うのかと思ったら、すぐ後で三沢(勝呂誉)が、牧(岸田森)や野村(松山省二)と野原に散らばったダイヤを探しながら、「ある時の気象条件によって自分自身の影が雪のスクリーンに映し出されることがある」と説明しています(雪女役も松木路子だったということ26話)ゆきおんな5.jpgか)。「雪女の現象っていうのはだいたいそんなようなもんだ」とまで言われてしまうとエエーッと言いたくなりますが、「しかし、現在は広い原っぱにばら撒かれたダイヤモンドを探すことの方がはるk26_59.jpgかに難しい」って、どういう文脈になっているのか(笑)。視聴者に深く突っ込まれないようにするため? ダイヤが見つかる可能性に比べれば、雪女現象の方が簡単に起こり得ると言いたい?

 広い荒野で3人でダイヤを探し出すのは「難しい」と言うより「絶対無理」だし、そう思ってるのか思ってないのか、全然本気で探している風でもなく極めていい加減な感じで、このユル~イ終わり方も「怪奇大作戦」の1つの特徴と言えば特徴ですが、全然最終回らしくはなく、「また来週」といった感じでした。

 ここまでの視聴率は平均22.2%と当時としても悪くない数字だと思いますが、わずか2クールで終わってしまったのは、スポンサーの武田薬品の要求水準が高かったのと、世間全体に「妖怪」ブームが「スポ根」ブームにとって代わられる兆しが見られたことが原因らしいです。ただ、この「打ち切り」にも近い番組終了によって円谷プロは受注が途絶え、リストラを断行せざるを得なくなり、ウルトラマンの生みの親の一人、金城哲夫なども円谷プロを去ることになります。

松木路子.jpg井上秋子、雪女(2役)(松木路子).jpg 因みに、このエピソードでヒロインの秋子(雪女と二役)を演じた松木路子(1946年生まれ)は、デビュー当時は聖みち子の芸名で活動していましたが、1968年に当時の本名である松木路子に改名、26歳の時にテレビドラマ監督の永野靖忠と結婚し、1974年引退後2児をもうけますが、この間、70年に主演したライオン奥様劇場「罪人形」が高視聴率をマーク、70年代には「昼帯(ひるおび)の女王」と呼ばれるほど昼ドラマなどで活躍しています。さらに、夫・永野の病死(肝臓がん)により今度は「経済のため」和服デザインの仕事をし、2013年アメリカ人の大学教員と国際結婚、帰国後は1998年に着物デザイナーとしてデビューし、女優業も再開して、最近では料理教室の運営やコラム執筆も手掛けるというマルチぶりを見せています。

小松方正(秋子の父・角田彦次郎)
k26_16.jpgk26_46雪女.jpg「怪奇大作戦(第26話)/ゆきおんな」●制作年:1969年(制作№26)●監督:飯島敏宏●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:藤川桂介●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/小松方正/松木路子/阿部希郎/稲吉靖/宮浩之/上西弘次/大木史郎/山口雅生/小松方正岡﨑夏子●放送:1969/03/09●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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大人のラブストーリー。「怪奇大作戦」らしくないと思わせておいて、最後に「らしさ」も。

25話)/京都買います 01.jpg 25話)/京都買います06.png 25話 京都買います121.jpg
第25話「京都買います」 勝呂誉(下)  岸田森/斉藤チヤ子
25話 京都買います t2.jpg25話)/京都買います022.jpg 京都の寺で仏像が消失する事件が連続発生する。牧は考古学の権威・藤森教授を大学に訪ねるが、そこに助手として働いていた須藤美弥子(斉藤チヤ子)が彼の目にとまる。その夜、美弥子は盛り場で「京都を売って下さい」というビラを若者に配っていた。牧が彼女に話を訊くと、美弥子は仏像の美しさを分からない人々から京の都を買いたいのだと言う。25話)/京都買います03.jpg牧は京都を愛する彼女の話を聞き、次第に二人の距離は近くなる。一方、仏像消失事件は更に続出、その現場には常に美弥子らしき人物が訪れていたという。事件との関連を感じながらも、牧は彼女に惹かれていく。そんな中、SRIでは物質電送の原理を解明し、現場から発信装置を発見する。苦悩しつつ美弥子を尾行する牧。やがてある寺で、彼女が発信装置を取り付ける現場を目撃する―。

25話)/京都買います 13.png 監督は第23話「呪いの壷」と同じく実相寺昭雄で、「呪いの壷」の制作№が16でこの「京都買います」が17なので、出張ロケで2作続けて撮ったのでしょう。但し、やっつけ仕事で作っ印象は全くなく、むしろシリーズの中でも最高傑作との誉れ高いエピソードとなっています。

 美弥子(名前がミヤコ!)が夜出かけるのが当時の所謂ゴーゴー喫茶で、古都の街並みと"現代"風俗を多比的に映し出しているところなどは、美弥子の「京都買います」の意図が発展し変化する京都に何の思いも感じない人々への憤りからきていることからすると、背景の描き方としてもメッセージ性があって旨いと思います(ゴーゴー喫茶も今はレトロではあるが)。

25話)/京都買います11.jpg25話 京都買いますes.jpg カドミウム光線により仏像を物質転送させるというのが、怪奇モノとは言え随分粗っぽいようにも思いますが、観ていくうちにいつの間にか牧と美弥子の"恋愛モノ"になっていき、そんなことはどうでもよくなって、古都を背景とした、しっとりとした大人のラブストーリーとして楽しめます(放送当時の評価は低かったようだが、後に再評価されるようになった)。

東福寺・通天橋
25話)/京都買います04.png 因みに、場面ごと違った寺や同じ寺でも別の場所でロケしていて、出てくる寺は、①金戒光明寺・長安院(美弥子を追う牧)、②平等院・鳳凰堂(堂の前に座る美弥子)、③金戒光明寺・三門(語らう牧と美弥子)、④萬福寺・天王殿(現場検証するSRIメンバーら)、⑤東福寺・通天橋(共に歩く牧と美弥子)、⑥金戒光明寺・阿弥陀堂(美弥子を見張る牧)、⑦慈照寺・観音殿[銀閣](庭園を歩く牧)、⑧化野念仏寺・西院の河原(石仏群の中を歩く牧)、⑨常寂光寺・仁王門(萱葺き屋根の門を歩く牧)、⑩二尊院・栄子内親王墓(石灯篭の間でたたずむ牧)、⑪光悦寺・参道(門をくぐり石畳をステップする牧)、⑫祇王寺(ラストの尼寺)と、ざっとみてもこれだけある凝り様!!

25話)/京都買います07.jpg 最終的には牧の捜査によって教授の犯行が暴かれ、美弥子も当事者(と言うより共犯だけどなぜか逮捕されていない)であるため二人の恋は悲恋に終わり、牧が訪ねた尼寺で美弥子は出家して正蓮尼という尼さんになっているわけですが、牧が立ち去ろうとして正蓮尼こと美弥子を振り返ると、彼女はなんと仏像になっていた―。

 傑作だけれど「怪奇大作戦」らしくないなあと思わせておいて、最後にきっちり「らしさ」を見せるとともに、正蓮尼は実在したのか、実は美弥子は逮捕されていて、牧が見たのは美弥子が彼女の今の気持ちを牧に伝えるために牧の前に現出せしめた幻だったのではないかとか、いろいろ思いを巡らされる深みのある終わり方となっています。シリーズ№1エピソードに挙げるファンが多いのも頷けます。

斉藤チヤ子(須藤美弥子)
25話)/京都買います miyako1.png25話 京都買います11.jpg「怪奇大作戦(第25話)/京都買います」●制作年:1969年(制作№17)●監督:実相寺昭雄●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:山浦弘靖●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/斉藤チヤ子/岩田直二/佐藤祐爾●放送:1969/03/02●放送局:フTBS(評価:★★★★)
斉藤チヤ子「愛のバルコニー」(1962)
斉藤チヤ子2.jpg

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後味悪い結末はこのシーリーズらしい(笑)。「欠番」(放送禁止)になったのはなぜか。

23話)/呪いの壷 9.jpg 24話)/狂鬼人間 ki3.jpg 24話)/狂鬼人間 ki.png
第24話「狂鬼人間」姫ゆり子(美川冴子)
24話)/狂鬼人間3.png24話)/狂鬼人間2.jpg SRIは殺人を犯した犯人が心神喪失で無罪となり精神病院に送られるものの、じき恢復して退院してしまうといという事態を目の当たりにする。そして、一連のことの背後にある女性がいることを突き止める。その女性・美川冴子(姫ゆり子)には、家族が精神異常者に惨殺されるが、刑法第39条第1項「心神喪失者ノ行為ハ之ヲ罰セス」(当時)が適用され、犯人は精神鑑定で無罪になったという過去がある。実は、科学者である冴子が復讐のため、法律を逆利用した「狂わせ屋」を開業していたのだ。それは冴子が開発した特殊な機械により、人間を一時的に精神異常に仕立て上げ、その間に殺人を犯させることで無罪にするというものだった―。

424話)/狂鬼人間.jpg 1969(昭和44)年2月23日の放映後、1984(昭和59)年に岡山放送で再放映されたのを最後に再放送されておらず、1984年のビデオ化、1991年にはLDも発売されたものの発売と同時に回収され、1995年のLD-BOX所収を最後に(当LD-BOXは発売前に回収された)、その後ソフト化もされていない作品です。

24話)/狂鬼人間5.jpg 監督は満田穧(かずほ)で「『怪奇大作戦』での監督作品はこの作のみ(後継番組の「恐怖劇場アンバランス」(フジテレビ)では複数作監督している)、脚本は山浦弘靖。牧史郎(女性科学者の罠に嵌って一時的に狂気に陥り、仲間を撃ち殺そうとする!)役の岸田森はこの脚本に惚れ込み、港区瑞聖寺の境内に当時あった自宅を撮影場所として提供したとのことです。

24話)/狂鬼人間10.jpg24話)/狂鬼人間6.jpg しかしながら、この回は実質「欠番」(放送禁止)になってしまったわけで、その理由は公式には発表されていませんが、このことを扱った本などでは、「精神異常者の描写に問題があるため」「差別用語が頻発するため」といった推測がなされています。個人的には、いつものように事件を振り返るエピローグで、3第24話)/狂鬼人間.jpg原保美演じる的矢所長が「ニッポンのように精神異常者が野放しにされている国はないよ」と言い放ち、「政府はもっと考えてくれなきゃねえ」とまで言ってしまっているのが、後でこれはまずいということになったのではないかと思います。自粛したのか外からの圧力があったのか、圧力があったとすればどのレベルからの圧力かはわかりませんが。

 出演者たちの狂気の演技は悪くなく、後味悪い結末もこのシーリーズらしくて(笑)、出来としてはまずまずでしたが、シリーズで唯一「欠番」になって伝説化したことが、この作品の最大の特徴と言えるかもしれません。

姫ゆり子(美川冴子)
24話)/狂鬼人間9.jpg424話)/狂鬼人間2.jpg「怪奇大作戦(第24話)/狂鬼人間」●制作年:1969年(制作№25)●監督:満田穧(かずほ)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:山浦弘靖●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/姫ゆり子/笹岡勝治/和田良子/大村千吉/水野小夜子/代田英介/入江正徳/杉田紘助/林よし子/山田圭介/新裕子●放送:1969/02/23●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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シリーズの中でも圧巻の特撮・妙顕寺炎上シーン。

23話)/呪いの壷   t.jpg 呪いの壷 怪奇大作戦ド.jpg 呪いの壷 怪奇大作戦.jpg
第23話「呪いの壷」花ノ本寿(日野統三)/松川純子(市井信子)
23話)/呪いの壷 12.jpg 京都で、老人が縁側で骨董の壺をのぞき込んだところ、目が焼かれ絶命するという奇怪な事件が発生し、その後も古い壷を買った人物が次々に謎の死を遂げる。京都府警の依頼を受け、町田警部と共に府警の鑑識を訪れたSRIのメンバーは、壷を売った店の店員の日野統三と23話)/呪いの壷 2.pngいう青年に目をつける。統三はある陶芸家の息子で、その陶芸家は店からの要望に応えて壷を作り、その壷は数百年前の値打ち物として店に並べられるのだった。統三は病に侵されていたが、そうでなければ父の後を継ぎ父と同じ贋作者となるはずだった。 父の作品にその名を冠することができない贋作者の息子として悔しさを秘め、統三はとある山中から謎の土を持ち帰る。SRIはその土を調べるが、それは光に刺激されて有害なリュート線を放射するものだった―。

23話)/呪いの壷 3.png 監督はTBS社員だった頃の実相寺昭雄、脚本は石堂淑朗。話23話)/呪いの壷 41.pngとしては不本意のまま贋作を売らざるを得なかった若者の復讐劇といったところですが、ラストでSRIに犯行を覚られ、追い詰められてとった行動が、寺1つ燃やして焼身自殺(リュート線自殺でもある)するというものでした。犯人である主人公には彼のことを心配する恋人もいたりして、ちょっと哀しい結末でした。

23話)/呪いの壷 5.jpg この寺を燃やすシーンが凄かったです。京都・妙顕寺を燃やしているのですが、燃え方があまりにリアルで、放映時には本当に火事になったと思われ、電話が殺到したとか。実際はもちろん本物の妙顕寺ではなく6分の1の模型(通常1/20サイズで作られるミニチュアを1/6サイズで作った)を燃やしているのですが、極めて精23話)/呪いの壷 901.jpg緻に作られていたため、視聴者から本物と思われたみたいです(実在の門と焼け落ちるミニチュアの伽藍を合成したりしている)。

 「光に当たると有害なリュート線を発する土」ってどう説明つけるのかなと思ったら、土を掘り出していたのは、旧陸軍の秘密研究所があったところだったという...。「戦争のたびに科学が進歩する、か」と所長の的矢が呟いてそれ以上の解明はしないところが「怪奇大作戦」らしいです(笑)。でも、シリーズの中でも圧巻の特撮・妙顕寺炎上シーンがあるので、星4つとしました。

実相寺昭雄1.jpg「怪奇大作戦(第23話)/呪石堂淑朗.jpgいの壺」●制作年:1969年(制作№16)●監督:実相寺昭雄●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:石堂淑朗●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/花ノ本寿/北村英三/浮田左武郎/松川純子/北原将光/西山辰夫●放送:1969/02/16●放送局:TBS(評価:★★★★)

実相寺昭雄1石堂淑朗.jpg石堂淑朗(1932-2011)
実相寺昭雄(1937-2006)

 
 
 
 
 
石堂淑朗の脚本作品(映画・TV番組)
映画
太陽の墓場』(1960年)
日本の夜と霧』(1960年)
『丹下左膳 乾雲坤竜の巻』(1962年)
『天草四郎時貞 』(1962年)
『非行少女』(1963年)
『水で書かれた物語』(1965年)
『ちんころ海女っこ』(1965年)
『女のみづうみ』(1966年)
『樹氷のよろめき』(1968年)
『無常』(1970年)
『曼陀羅』(1971年)
『哥』(1972年)
『性教育ママ』(1973年)
『任侠外伝 玄海灘』(1976年)
『暗室』(1983年)
『南極物語』(1983年)
『ジャズ大名』(1986年)
『黒い雨』(1989年)
『眠れる美女』(1995年)
『いのちの海-Closed Ward-』(2001年)

TV番組
『おかあさん』(1962年、TBS)
『三匹の侍』(1963年、フジテレビ)
『マグマ大使』(1966年、フジテレビ)
『文五捕物絵図 』(1967年、NHK)
『われら弁護士』(1968年、日本テレビ)
『風』(1968年、TBS)
『怪奇大作戦 』(1968年、TBS)
『飢餓海峡』(1968年、NHK)
銀河ドラマ 『ゼロの焦点』(1971年、NHK)
『帰ってきたウルトラマン』(1971年、TBS)
『刑事くん』第1部(1971年、TBS)
『天皇の世紀』(1971年、TBS)
『シルバー仮面』(1971年、TBS)
銀河ドラマ『霧の旗』(1972年、NHK)
『ウルトラマンA』(1972年、TBS)
銀河テレビ小説 『楡家の人びと』(1972年、NHK)
『必殺仕掛人』(1972年、朝日放送)
『赤ひげ』(1972年、NHK)
『経験』(1974年、東海テレビ)
『ウルトラマンタロウ』(1973年、TBS)
『子連れ狼』(1973年、日本テレビ)
『追跡』(1973年、フジテレビ)
『刑事くん』第3部(1973年、TBS)
『もしも...... 』(1973年、東海テレビ)
『日本沈没 』(1973年、TBS)
『ウルトラマンレオ』(1974年、TBS)
『ザ・ボディガード』(1974年、テレビ朝日)
『天下堂々 』(1974年、NHK)
『怪奇ロマン 君待てども』(1974年、東海テレビ)
『刑事くん』第4部(1974年、TBS)
銀河テレビ小説『夜の王様』(1975年、NHK)
『ザ★ゴリラ7』(1975年、テレビ朝日)
銀河テレビ小説『崖』(1975年、NHK)
『冒険』(1975年、東海テレビ)
『幼年時代』(1976年、NHK)
銀河テレビ小説『霧の中の少女』(1976年、NHK)
連続テレビ小説 『火の国に』(1976年、NHK)
『暗い落日』(1977年、NHK)
『祭ばやしが聞こえる』(1977年、日本テレビ)
土曜ドラマ 『松本清張シリーズ・棲息分布』(1977年、NHK)
『愛人』(1978年、フジテレビ)
『飢餓海峡』(1978年、フジテレビ)
『混声の森』(1978年、TBS)
銀河テレビ小説『わかれ道』(1978年、東海テレビ)
少年ドラマシリーズ 『七瀬ふたたび』(1979年、NHK)
『家路~ママ・ドント・クライ』(1979年、TBS)
『ウルトラマン80』(1980年、TBS)
『同心暁蘭之介』(1981年、フジテレビ)
火曜サスペンス劇場 『愛の報酬』(1983年、日本テレビ)
ザ・サスペンス 『悪霊の午後』(1983年、TBS)
『復讐するは我にあり』(1984年、TBS)
火曜サスペンス劇場『水の迷路』(1984年、日本テレビ)
火曜サスペンス劇場『描かれた女』(1985年、日本テレビ)
水曜ドラマスペシャル 『欲ばり家の人々』(1986年、TBS)
『それぞれの旅立ち』(1988年、TBS)
『ヒロシマ 原爆投下までの4か月』(1996年、NHK)

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コンピュータ社会批判(第20話)とクルマ社会批判(第22話)だが、片や原理不明、片や犯人不明(笑)。
20)/殺人回路_15.jpg  22話)/果てしなき暴走_title.jpg 怪奇大作戦(第22話)/果てしなき暴走ロード.jpg
第20話「殺人回路」キャシー・ホーラン      第22話「果てしなき暴走」
(下)平田昭彦/宇佐美淳也
20話)/殺人回路_01.jpg 的矢(原保美)に大学時代の親友・伊藤(神田隆)から電話がかかってくる。 彼の会社では前社長が急死して今の社長(宇佐美淳也)が就任したばかりだが、その社長室にある絵とそっくりの女神ダイアナ(キャシー・ホーラン)が歩き回っていたというのだ。 的矢は牧(岸田森)と共に20話)/殺人回路_06.jpg夜に会社に忍び込むと、絵からダイアナが抜け出しドアをすり抜けて出て行ってしまう。 後を追う二人。ダイアナは一人残っていたプログラマの岡(杉裕之)に矢を向ける。彼は新社長の命令で殺人プログラムを制御していたのだった。彼は的矢たちと共に逃げる際にプログラムを止め忘れ、安全だと思われたエレベータ内で二人が見ている前でダイアナの矢に射抜かれる。その後、的矢と牧が調査にあたっている最中にも、ダイアナが抜けだし、第二の殺人が目前で行われるが阻止出来なかった。二番目の殺人の犠牲者は社長で、実はこれは、今度専務から新社長になった社長の息子(平田昭彦)の仕業だったのだ―(第20話「殺人回路」)。

20話)/殺人回路_14.jpg 脚本は市川森一と福田純(「ゴジラ・エビラ・モスラ 南海の大決闘」('66年/東宝)の監督)の共作となっていますが、実際には市川森一の脚本を福田純が大幅に改稿したもので、後に市川森一は「非常に不本意だった」とコメントしています。元々は父親と息子の近親憎悪がテーマだったらしいですが、福田純がそれを企業サスペンスものへ原型をとどめないぐらいまで改稿しています。ただ、コンピュータの反逆は「2001年宇宙の旅」的モチーフであり、なかなかのもの。また、コンピュータ計算で各種データと確率を出し、それに基づく経営方針や人事を設定するというのは、IBMの「ワトソン」による経営分析や、最近の所謂「AI人事」などで俄かに現実味を帯びており、その意味でたいへん先駆的であると言えます。(このエピソードでは、コンピュータ経営は一見効率の良さそうだが、人間がコンピュータを使うのではなくて、逆に支配されてしまうと愚行が行われるという批判的立場だが、その点でも示唆的と言える)。

20話)/殺人回路_18.jpg 惜しむらくは、ダイアナって結局ホログラムみたいなものであるわけですが、ホログラムに人が殺せるのかという点がひっかかるところです。最初の宇佐美淳也演じる社長の死は、もともと社長は心臓が悪かったということで心臓麻痺で説明できるにしても、杉裕之演じる若いプログラマが「ホログラムの矢」に斃れたことの方は、どういう原理なのか説明つかないと思われ、もやっとした印象が残ってしまいます。まあ、こうした終わり方は、このエピソードに限ったことではなく、次に取り上げる第22話の「果てしなき暴走」などは、犯人が分からず仕舞いのまま終わっていますが...。


22話)/果てしなき暴走ロード.jpg 深夜の第三京浜高速道で、自動車3台が暴走する三重衝突事故が起きる。22話)/果てしなき暴走_33.jpg捜査中の三沢は「トータス」号をヒッピー(久里みのる)のカップルに奪われるが、彼らも、やはり事故を起こす。さらに、三沢(勝呂誉)が同乗した野村(松山省二)のクルマも、運転中に野村が人が変わったようになり暴走、事故になりかける。どうやら、女優・眉村エミ(久万里由香)を乗せた赤いスポーツカーが通ると、排気ガスを浴びた後続の車が次々と事故を起こして怪奇大作戦(第22話)/果てしなき暴走 61.jpg22話)/果てしなき暴走_09 hippi-.jpgいるようだ。野村が運転するクルマも偶然それに遭遇し、排気ガスを浴びたのだった。捜査の結果、疑わしい人物は比較的簡単に特定出来たのだが―(第22話「果てしなき暴走」)。

22話)/果てしなき暴走_371.jpg いやー、ホントに迷宮入りのまま終わってしまいました。SRIは、事故を引き起こしていたのは赤いスポーツカーのエンジンオイルに仕込まれた神経ガスだとその「原理」までは突き止めたのですが、被疑者に「俺じゃねぇ...頼まれたんだ...」と言い残されて死なれてしまうし。脚本の市川森一によると、「自分たちがよしと思っているものが凶器になる」という逆の発想で執筆したのことで、ラストについては、「これは犯人が捕まらない話というより、今の車社会全体が犯人だという風に、それを誰かに押22話)/果てしなき暴走_36.jpgしつけるのは文明批評にならないと思ったんです。車社会全体への警告にするには、犯人を拡散して〈あなたも〉犯人の一人だと言った方がいいと思ってわざとそうしたんです」と、語っています(ハンドルを握る限りは誰でも加害者になり得るということか)。

22話)/果てしなき暴走_07.jpg 犯人不明のまま終わるのでフラストレーションは残りますが、時代の雰囲気は出ていたでしょうか。劇中に牧(岸田森)の「東京は半径50キロのところに200万台近くがひしめきあってんだ。それがいっぺに暴走したら怖いだろうね」「交通事故なら50秒に1件、犠牲者は38秒に1人」といったセリフがありますが(後者は「38分」の言い間違えだろう、因みに第9話「散歩する首」に野村のセリフとして「39分に1人死亡、41秒に1人負傷者だ」というのがある)、当時は第1次交通戦争の真っただ中で、1970年の交通事故死者が1万6765人(沖縄を除く)で過去最悪となっています(因みに2019年の交通事故死者数は過去(1948年以降)最少の3215人)。「迷宮入り」にも訳があるということで、一応「○」にしました。

20話)/殺人回路_title.jpg20話)/殺人回路_211.jpg「怪奇大作戦(第20話)/殺人回路」●制作年:1969年(制作№22)●監督:福田純●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:市川森一/福田純●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/平田昭彦/宇佐美淳也/神田隆/キャシー・ホーラン/杉裕之●放送:1969/01/26●放送局:TBS(評価:★★★☆)
        
キャシー・ホーラン in「あの頃映画 「吸血鬼ゴケミドロ」 [DVD]」('68年/松竹)/「あの頃映画 「昆虫大戦争」 [DVD]」('68年/松竹)
『吸血鬼ゴケミドロ』.jpg 吸血鬼ゴケミドロ1.jpg  『昆虫大戦争』.jpg 昆虫大戦争1.jpeg 

22話)/果てしなき暴走_x1080.jpg怪奇大作戦(第22話)/果てしなき暴走5.jpg「怪奇大作戦(第22話)/果てしなき暴走」●制作年:1969年(制作№24)●監督: 鈴木俊継●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:市川森一●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/万里由香/久里みのる/近藤宏/椎谷健二/五條真紀/柳家せん一/中島恵美子●放送:1969/02/09●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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突っ込みどころはあるけれど、格差社会の問題を扱った先駆と取れなくもない。

16話)/かまいたち.jpg 16話)/かまいたち2.jpg 怪奇大作戦(第16話)/かまいたちド.jpg
第16話「かまいたち」
16話)/かまいたち3.jpg 住宅街で夜間に一人で歩いていたらしい女性のバラバラ惨殺死体が発見されるが、町田警部(小林昭二)と牧(岸田森)で怨恨説と流し説で意見が分かれる。警察は切断面から日本刀による犯行と推定。悲鳴を聞いた者がいないことから、どこか別の場所で殺害されて、ここに遺棄されたと考え16話)/かまいたち4.jpgた。それに対し牧は、流しの犯行であり、第二、第三の事件も起こり得ると助言するが、警察は聞き流す。そして、同じ現場で第二のバラバラ殺人が起きるが、的矢(原保美)には、現場の状況と死体の状態から「かまいたち」のような現象が起こったとしか思えなかった。そこで、現場近くの工場で働く、集団就職で地方から出てきた一人の青年(加藤修)が容疑者に浮かぶが、あくまでも牧の直観によるもので、野村(松山省二)の目には彼は犯人には見えなかった―。

16話)/かまいたち5.jpg 監督は長野卓で、脚本は上原正三。牧の推理もかなり直感頼みでしたが、最後、SRIが勝負を賭けたのが、SRI紅一点のさおり(小橋玲子)を囮りにして犯人をおびき出すことだったとは! 彼女が犯人に殺られてしまったかと思って、野村などは滅茶苦茶興奮して、彼女への想いが迸っていましたが(笑)、事前に作戦のネタを知らされてなかったのかなあ。まあ、身内も勘違いするぐらい精巧なダミーだったと言いたいのでしょう(その割には、どう見てもぎこぎこと動くマネキンにしか見えなかったが)。

16話)/かまいたち6.jpg 結局、捕まった犯人は取り調べに対して黙秘を続け、自分の世界に閉じこもってしまい、犯行動機は明かされないまま終わってしまいます。しかるに、それまでの流れで、この犯人は優秀だったけれど経済的に恵まれなくて、集団就職で東京へ出てきてブルーカラーとして働いている(だが通信教育で勉強は続けている)、そうした境遇から、職場でも寡黙で、かつての仲間と一緒の時も打ち解けず、常に鬱屈とした何かを抱えている―といったその背景が見えてくるように思います。そうして見ると、彼の黙秘には、かなり重いものがあるように思いました(因みに、この年の10月-11月に「永山則夫連続射殺事件」が起きており、それをモデルにしたのではないかとも言われている)。

怪奇大作戦(第16話)/かまいたち last.jpg ただ、彼が優秀なのは分かりますが、「真空状態を人工的に作り出す」と言っても、屋外でどうやってそれをやったのでしょうか。SRIが検証したというのはあくまで実験装置の中での検証で、外での検証ってやっていないわけで、この辺りの"緩さ"は相変わらずだなあ16話)/かまいたち7.png(笑)。でも、そうした突っ込みどころはあるけれど、今で言うところの格差社会の問題を扱った先駆と取れなくもないエピソードでした。
  
「怪奇大作戦(第16話)/かまいたち」●制作年:1968年(制作№18)●監督:長野卓(たかし)●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:上原正三●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/小林昭二/加藤修/浅野進治郎/池田駿介/若山真樹/波多野克典/寺田柾/星重則/外波山文明/松尾文人/藤代裕士/中島恵美子/亀島笙子/右田洋子●放送:1968/12/29●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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「怪奇を暴け~」と謳っているが、決して全部を「暴く」ことはしないSRI(笑)。

9)/散歩する首1.jpg 9)/散歩する首2.jpg 9)/散歩する首5.jpg
第9話「散歩する首」
9)/散歩する首4.jpg 場所は美登利峠(架空の地名か)。夜になると散歩する首が出没し、驚いたドライバーが次々と事故を起こす。しかし警視庁では、単なる交通事故としか見てない。今朝世田谷で発見された変死体も交通事故死という判断だという。その死体の解剖結果から、血液中にジキタリスという植物の猛毒成分が発見された。実は、強い強心作用を持つジキタリスとを使って死人を生き返らせるという妄想と執念に憑りつかれた一人の科学者により、交通事故の犠牲者を検体にして死体を蘇生させる為の異様な人体実験が行われていたのだった。調査に来た牧(岸田森)は、現場に居合わせた峰村(鶴賀二郎)と以前に出会ったことがあるのを思い出し、事件解明の手掛かりを掴もうとする―。  

鶴賀二郎
9)/散歩する首6.jpg 監督は「点と線」('58年)の小林恒夫で、脚本は若槻文三。バイク相乗で(プラッシー飲んで)出発したはいいが山中で道に迷った若い男女、男・守(笠達也)のクルマに乗ったものの、山中に向かうことに彼の殺意を感じ、助けを求めるその若い男女を敢えてクルマに乗り込ませる女・律子(都築克子)―といった具合に、結構ドラマ的に凝った展開で、本間文子演じる薄気味悪い婆さんも雰囲気を盛り上げます(笑)。しかも起きている現象は謎だらけで、どうやって説明をつけるのかなと思ったら、結局、死体を蘇生させるのは可能だという自らの学説の正しさを証明するためにせっせと死体を集める、典型的なマッドサイエンティストが犯人で、動機は、過去に自分をクビにした研究所の所長を見返してやりたかったためのようです。
本間文子(1911-2009)
9)/散歩する首7.jpg プロセスはとても面白くて、最後まで一気に見せるし、マッドサイエンティストも単なるマッドではなく、リベンジファクターを有していました。しかしながら、観終わってみると、何だか分かったような分からなかったような点もある気もしました。まず、犯人は鏡のトリックを使いつつ、自分も女性に変装してが美女のマスクを被り、生首役を演じていたということでしょうか。それにしては、最初の方の、人魂のようにゆらゆら舞う生首はリアルで、どちらのトリックでも実現不可能のように思いました。「散歩する首」というのは気の利いたタイトルですが、肝心のその部分のトリック説明がなかったように思います。

9)/散歩する首8.jpg それと、峰村が捕まって連行されるときに、律子の遺体が起き上がり、ウソ泣き男の守(別れたかった女が事故死してくれて内心は嬉しいのだが)を指さし、それを見て峰村は「勝った!勝ったぞ!大崎に勝ったぞ!今度こそ、大崎を土下座させてやるんだ!」と喜びますが(要するに自分の実験が成功して死者が甦ったと思ったわけだ)、笑いながら峰村が連行された後、ナレーションで「律子の死体の硬直の状態、冷却の状態、死斑の状態は、死後約10時間、つまり彼女の肉体は転落事故の起きた前夜の8時に、やはり死亡していたのである。人間の生と死の間には、人間の知恵では解き得ない何かがある。何かが...」と入ります。

都築克子
9)/散歩する首9.jpg 死後硬直で説明しているわけでもないし、どうなっているのかなあと思ったら、SRIにおける恒例のエピローグで、所長の的矢(原保美)が「死んだ肉体の中から、殺されるという女の恐怖だけが蘇ったんだろうかねぇ〜」って。その後、野村(松山省二)が首のトリックがわからないと言うので、的矢所長はさおり(小橋玲子)を使ってトリックを証明してみせるけれど(これも「散歩する首」というところまで説明しきれていないが)、そっちの方は説明しておいて、死体が起き上がったことはもうそれ以上は話題にはしていません。でも、この辺りが「怪奇大作戦」っぽいと言えばそう言えます。「怪奇を暴け~」と謳ってますが、決して全部を「暴く」ことはしないのです。

「プラッシー」とのタイアップ?/「アリナミン」とのタイアップ?
9話)/散歩する首3.jpg 9話)/散歩する首1 1.jpg

09話 「散歩する首」.jpg「怪奇大作戦(第9話)/散歩する首」●制作年:1968年(制作№9)●監督:小林恒夫●監修:円谷英二●制作:円谷プロダクション/TBS●脚本:若槻文三●音楽:玉木宏樹●出演:勝呂誉/岸田森/松山省二/小橋玲子/原保美/鶴賀二/都築克子/笠達也/本間文子/中井啓輔/糸博/園田裕久/維田修二/伊藤慶子●放送:1968/11/10●放送局:TBS(評価:★★★☆)

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クリスティ風の上巻と現実事件の下巻の呼応関係が絶妙。"二度おいしい"傑作。

カササギ殺人事件 上.jpgカササギ殺人事件下.jpgカササギ殺人事件.jpg
カササギ殺人事件 上 (創元推理文庫)』『カササギ殺人事件〈下〉 (創元推理文庫)

Magpie Murders.jpg 1955年7月、サマセット州にあるパイ屋敷の家政婦の葬儀が、しめやかに執りおこなわれた。鍵のかかった屋敷の階段の下で倒れていた彼女は、掃除機のコードに足を引っかけて転落したのか、或いは?  彼女の死は、小さな村の人間関係に少しずつひびを入れていく。燃やされた肖像画、屋敷への空巣、謎の訪問者、そして第二の無惨な死が。病を得て、余命幾許もない名探偵アティカス・ピュントの推理は―(上巻・アラン・コンウェイ作『カササギ殺人事件』)。

 名探偵アティカス・ピュントのシリーズ最新作『カササギ殺人事件』の原稿を結末部分まで読んだシリーズ担当編集者であるわたしことスーザン・ライランドは、あまりのことに激怒する。肝心の結末の謎解きが書かれていないのである。原因を突きとめられず、さらに憤りを募らせるわたしを待っていたのは、アラン・コンウェイ自殺のニュースだった─(下巻)。

カササギ_0038.JPG 2016年8月刊行の原著タイトルは"Magpie Murders"。「週刊文春ミステリーベスト10(2018年)」、「このミステリーがすごい!(2019年版)」、「本格ミステリ・ベスト10(2019年)」、「ミステリが読みたい!(2019年)」の海外部門で1位を獲得し、年末ミステリランキングを「4冠」全制覇した作品ですカササギ殺人事件 7冠.jpg(翌'19年に発表された「本屋大賞」の翻訳小説部門でも第1位。'19年4月発表の第10回「翻訳ミステリー大賞」も同読者賞と併せて受賞。これらを含めると「7冠」になるとのこと)。年末ミステリランキングはこれまで('20年まで)に『二流小説家』(デイヴィッド・ゴードン)と『その女アレックス』(ピエール・ルメートル)の2作品が「3冠」を獲得していますが、「4冠」は史上初とのことです。国内部門のミステリ作品では『容疑者Xの献身』(東野圭吾)、『満願』『王とサーカス』(米澤穂信)、『屍人荘の殺人』(今村昌弘)の4作品が「3冠」を獲得していますが、年末ミステリランキングを4冠全制覇した作品はありません(『容疑者Xの献身』『屍人荘の殺人』は、それらとは別に本格ミステリ作家クラブが主催する「本格ミステリ大賞」も受賞しているが、こちらは海外部門が無い)(その後、米澤穂信『黒牢城』が4冠達成した)

 事前知識なく読み始めて、アガサ・クリスティへのオマージュに満ちたミステリ小説だと思いましたが、上巻から下巻にいって、その『カササギ殺人事件』は、作中作のミステリ小説であることに改めて思い当たりました。そして、それを読む女性編集者スーザンが、ある事を契機に現実の世界で起きた出来事の謎を解き明かそうと推理を繰り広げることになるのですが、その現実と小説が呼応し合ったパラレル構造が巧みであり、しかも、ラストは現実の謎解きと小説の謎解きがダブルで楽しめるということで(解説の川出正樹氏は「一読唖然、二読感嘆。精緻かつ隙のないダブル・フーダニット」と表現している)、初の「年末ミステリランキング4冠」もむべなるかなという印象です。

 2017年原著刊行の本書の作者アンソニー・ホロヴィッツは、1955年英国ロンドン生まれ。ヤングアダルト作品『女王陛下の少年スパイ! アレックス』シリーズがベストセラーになったほか、脚本家としてテレビドラマ「名探偵ポワロ」(「第26話/二重の手がかり」('91年)、「第27話/スペイン櫃の秘密」('91年)、「第36話/黄色いアイリス」('93)、「第43話/ヒッコリー・ロードの殺人」('95年)、など多数)や「バーナビー警部」(「第1話/謎のアナベラ」('97年)、「第2話/血ぬられた秀作」('98年)、「第4話/誠実すぎた殺人」('98年)、「第6話/秘めたる誓い」('99年)など多数)などの脚本を手掛け、2014年にはイアン・フレミング財団に依頼されたジェームズ・ボンドシリーズの新作『007 逆襲のトリガー』を執筆しています。

 「バーナビー警部」もクリスティ型のミステリドラマであると言え、架空の田舎町で犯罪が起きるのは「ミス・マープル」シリーズなども同じですし、これが自身YA向け以外で書いた初のオリジナルミステリ小説でありながらも、著者の経歴からみて、こうしたクリスティ型のミステリの面白くなるための"必勝パターン"を知り尽くしているという感じでしょうか。作中、アラン・コンウェイに対して版元の社長が『カササギ殺人事件(マグパイ・マーダーズ)』というタイトルは『バーナービー警部(ミッドサマー・マーダーズ)に似すぎているので変えた方がいいと意見するような"遊び"も織り込まれていて、ただし、それをアラン・コンウェイが断るという行いまでもが、複雑な謎解きの数多くある伏線の一つになっているという精緻さには感服します。

 アラン・コンウェイは自ら生み出した名探偵アティカス・ピュントを嫌いだったのかあ。これも、クリスティが晩年ポワロをあまり好きでなかったことなどと呼応していて巧みですが、アラン・コンウェイの場合、最初から憎んでいたわけだなあ(それが伏線の前提条件にもなっている)。作者(アンソニー・ホロヴィッツ)がミステリを貶めたり、或いは、ミステリを貶めたともとれるアラン・コンウェイを"罰した"ということではなく、ある意味、ベストセラー作家になることで自己疎外を昂じさせる作家の悲劇を描いたように思いました。そうした奥行きも備えつつ、クリスティを思わせる作中作の上巻と、現実事件の下巻の呼応関係が絶妙であり、1つの作品で"二度おいしい"傑作だと思いました。

2022年TVドラマ化(全6話、脚本:アンソニー・ホロヴィッツ)
「カササギ殺人事件」0.jpg 「カササギ殺人事件」1.jpg 「カササギ殺人事件(全6話1.jpg
【3232】 ○ ピーター・カッタネオ (原作・脚本:アンソニー・ホロヴィッツ) カササギ殺人事件(全6話)」 (22年/英) (2022/07 WOWWOW) ★★★★
「カササギ殺人事件(全6話)」●原題:MAGPIE MURDERS●制作国:イギリス●本国放映:2022/02/10●監督:ピーター・カッタネオ●原作・脚本:アンソニー・ホロヴィッツ●時間:270分●出演:レスリー・マンヴィル/コンリース・ヒル/ティム・マクマラン/アレクサンドロス・ログーテティス/マイケル・マロニー/マシュー・ビアード●日本放映:2022/07/09・10●放映局:WOWWOW(評価:★★★★)

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面白かった。ミステリと言うよりサスペンス、サスペンスと言うよりホラー。
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上.jpg ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ下.jpg  ヒッチコック「裏窓」1954.jpg 裏窓o2.jpg
ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 上』『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ 下』 アルフレッド・ヒッチコック「裏窓」

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ.jpg 神分析医のアナ・フォックスは、夫と娘と生活を別にして、ニューヨークの高級住宅街の屋敷に10カ月も一人こもって暮らしていた。広場恐怖症のせいで、そこから一歩たりとも出られないのだ。彼女の慰めは古い映画とアルコール、そして隣近所を覗き見ること。ある時、アナは新しく越してきた隣家で女が刺される現場を目撃する。だが彼女の言葉を信じるものはいない。事件は本当に起こったのか―。

 家の扉を閉ざし、社会から疎外された人間として生き、その慰めはワインとニコンD5500を使った覗き行為。不動産譲渡証書をネットで漁り、近所に越してきた新しい住人たちの出自をネットで調べる、言わば遠隔ストーカーである主人公。こんな主人公に感情移入できるかなと最初は思いましたが、巧みな筆致であるため、しっかりハマりました。

 解説によれば、作者自身もアナのように広場恐怖症とうつ病に長い間苦しめられ、2015年にはうつ病が再発し、家から出ることさえも出来なかったそうで、そんな辛い時期に思いついたのが本書のアイデアであったとのこと。編集者としての仕事を続けながら書き上げ、2018年1月に発表されたこの作者のデビュー長編は、ニューヨーク・タイムズ・ベストセラーリスト初登場1位の快挙を成し遂げ、その後も29週にわたりランクインしたそうです。やはり、切迫感のある描写は、それだけの苦労の賜物なのかもしれません。

ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ eiga.jpg 最後の畳み掛けるような、且つ意外な展開も良く、素直に「面白かった」と言える作品でした。ミステリと言うよりサスペンス、サスペンスと言うよりホラーでした。

 2019年に映画化され(2020年公開予定)、主人公アナを演じたのは「ザ・ファイター」('10年)や「アメリカン・ハッスル」('13年)の女優エイミー・アダムス。ゲイリー・オールドマンやジュリアン・ムーアなども出演しているようです。

Amy Adams in "The Woman in the Window"
  
ヒッチコック「裏窓」ド.jpg 主人公が古い映画を観るのが趣味で、多くの映画作品が作中に登場するのが、また楽しいです。とりわけアルフレッド・ヒッチコック作品が多く、この作品そのものがヒッチコック作品へのオマージュともとれますが、やっぱりストレートに「あれ、これってあの映画と同じかも」と言えるのが、ヒッチコック「裏窓」('54年/米)ではないかと思います。
Uramado (1954)
裏窓01.jpg 「裏窓」も、実際に殺人事件はあったのだろうかということがプロセスにおいて大きな謎になっていて、映画の中で実際には殺人が起こっていないのではないか、という仮説をもとにして論証を試みた、加藤幹郎著『ヒッチコック「裏窓」ミステリの映画学』('05年/みすず書房)という本もあったりします(加藤幹郎氏の主眼は「裏窓」そのものの読解ではなく、そこから見えてくるヒッチコック映画の計算された刷新性を見抜くことにあるかと思われるが、「裏窓」における事件が無かったとすることについては無理があるように思う)。

映画術 フランソワ トリュフォー.jpg ヒッチコックは、『映画術―ヒッチコック・トリュフォー』('81年/晶文社)でのインタビューの中で、「わたしにとっては、ミステリーはサスペンスであることはめったにない。たとえば、謎解きにはサスペンスなどはまったくない。一種の知的なパズル・ゲームにすぎない。謎解きはある種の好奇心を強く誘発するが、そこにはエモーションが欠けている」と述べており(p60)、「観客はつねに、危険にされされた人物の方に同化しておそれをいだくものなんだよ。もちろん、その人物が好ましく魅力的な人物ならば、観客のエモーションはいっそう大きくなる。「裏窓」のグレース・ケーリーがその例だ」と述べています。

ヒッチコック「裏窓」4.jpg 「裏窓」は公開当時、ジェームズ・ステュアート演じる主人公の〈のぞき〉の悪趣味ぶりを攻撃されましたが、「これこそが映画じゃないか。のぞきがいかに悪趣味だって言われようと、そんな道徳観念よりもわたしの映画への愛のほうがずっと強いんだよ」(同書P20)と答えています。ある批評家が、「『裏窓』はおぞましい映画だ、のぞき専門の男の話だ」と「吐き捨てるように書いた」のに対しても、「そんなにおぞましいものかね。たしかに、『裏窓』の主人公はのぞき屋(スヌーパー)だ。しかし、人間である以上、わたしたちはみんなのぞき屋ではないだろうか」と述べています(同署p218-219)。

 この『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』で言えば、先に書いたように(さらにヒッチコック流に言えば)、単なるサスペンスではなく、エモーショナルな部分が加わって(ホラー小説としても)成功しているように思いました。この成功のベースには、読者が主人公のアナにどれだけ感情移入できるかということにあるかと思いますが、元々作者にそうした闘病経験があったうえに、(ヒッチコックの示唆に則れば)主人公をのぞき屋(スヌーパー)にしたことで、すでに半分は成功が約束されていたのかもしれないと思った次第です。

「裏窓」DVD/Blu-ray
裏窓 dvd.jpg裏窓 br.jpg「裏窓」●原題:REAR WINDOW●制作年:1954年●制作国:アメリカ●監督・製作:アルフレッド・ヒッチコック●脚本:ジョン・マイケル・ヘイズ●撮影:ロバート・バークス●音楽:フランツ・ワックスマン●原作:ウィリアム・アイリッシュ「裏窓」●時間:112分●出演:ジェームズ・スチュアート/グレース・ケリー/レイモンド・バー/セルマ・リッター/ウェンデル・コーリイ/ジュディス・イヴリン/ロス・バグダサリアン/ジョージン・ダーシー/サラ・ベルナー/フランク・キャディ/ジェスリン・ファックス/ギグ・ヤング●日本公開:1955/01●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:新宿文化シネマ2(84-02-19)(評価:★★★★)

「裏窓」ヒッチ.png.jpg



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短編の中から「都会もの」を集めたもの。結婚や家族に対してシニカルなものが多かった。
モーパッサン短編集(二) (新潮文庫).jpgモーパッサン短編集(二) (新潮文庫)ジャン・ルノワール「ピクニック」dvd.jpg ジャン・ルノワール「ピクニック [DVD]
 ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)の新潮文庫の短編シリーズ(全3巻)の「田舎もの」を集めた第1巻に対し、パリ生活を扱った「都会もの」を集めたのがこの第2巻で、1887年刊行の短編集『オルラ』所収の「あな」ほか、「蠅」(1890年)、「ポールの恋人」(1881年)、「春に寄す」(1881年)、「首飾り」(1885年)、「野遊び」(1881年)、「勲章」(1884年)、「クリスマスの夜」(1882年)、「宝石」、「かるはずみ」(1886年)、「父親」(1885年)、「シモンのとうちゃん」(1881年)、「夫の復讐」、「肖像画」、「墓場の女」、「メヌエット」(1883年)、「マドモアゼル・ペルル」(1886年)、「オルタンス女王」、「待ちこがれ」、「泥棒」(1882年)、「馬に乗って」、「家庭」(1881年)の22編を収めています(カッコ内は何れも短編集の一編として刊行された年)。

 「あな」は、ボート釣りの穴場を巡る争いで殴打傷害致死罪で訴えられた男が独特の陳述を展開する話。「蠅」は、かつて5人で1艘のボートを共有した若者たちと"彼女"の青春譚(この場合のボートは女性の比喩か)。「ポールの恋人」は、これも人々がボートで行きかう水上カフェを舞台とした、同性愛がモチーフとなっている珍しい作品。「春に寄す」は、陽春の船着場で若い男が娘を誘惑しようとしたら、奇妙な男に恋愛と結婚の落差の話を聞かされて...(作者の結婚に対する悲観的な見方が表れている作品か)。

La parure.jpgLa parure(首飾り)0.jpgLa parure(首飾り)4.jpg 「首飾り」(La parure)は、パーティにで注目されたいがための見栄から借りたダイヤの首飾りを失くしてしまった女が、取り敢えず贋物を戻しておいて、弁済しようと長年にわたって身を粉にして働き、やっと金をためて同じダイヤの首飾りを買って密かに貸主に戻すが...(O・ヘンリーの短編みたい。夏目漱石がオチを批判したそうだが、彼女自身は人間的には以前よりずっと堅実な人になったに違いない)。このジャン・ルノワール「ピクニック」2.jpg作品は2007年にクロード・シャブロル監督により「首飾り」に続く第2弾としてテレビドラマ化されています。「野あそび」は、ジャン・ルノワール監督の映画「ピクニック」('36年/仏)の原作。考えてみれば結構エグい話ですが(俗に言えば疑似"親子丼")、全体の描写が美しいのと(映画も監督の父の印象派の絵画のように美しく撮られていた)、最後にやっぱり恋愛と結婚の落差が浮き彫りに(モーパッサンは生涯独身だった)。

 「勲章」は、勲章を貰うことに固執する男が、代議士に取り入って画策・奔走しどんな仕事でもやるが、実はもう勲章は家にあった...(彼の奥さんはどうやって勲章を手に入れた? やはり、交換条件としてアレしたとしか考えられない?)。この作品、溝口健二監督の「雨月物語」('53年/大映)の一部にモチーフとして使われているようです。「クリスマスの夜」は、太った女がすきな男がクリスマスの夜にナンパした女がベッドで産気づいて大騒動に(実は、妊娠していたわけ)。

 「宝石」は「首飾り」の逆で、偽と思っていたものが真であって莫大な富を得た男の話(「首飾り」が不幸に見えてそうとも言えない話であるのに対し、こちらは、結局は男が不幸な結婚をしてしまう点でも対照的か)。「かるはずみ」は、結婚生活がやや倦怠期にさしかかっている夫が、妻に促されれるままに過去の女性遍歴を話したばっかりに...(何やら妻の危なっかしい情熱に火を点けた?)。「父親」は、若い頃に子供の束縛から逃れた男が、老いてから今度は孤独から逃れるため子供を見ようとする話(切ない)。

Le papa de Simon 2.jpgLe papa de Simon 1.jpgLe Papa de Simon by Guy de Maupassant.jpg 「シモンのとうちゃん」(Le papa de Simon)は、父無し子として仲間から苛められていた少年に訪れた幸せ(珍しく?いい話だった!)。「夫の復讐」では、仲が良いとされていた夫婦間で、ちょとしたことが夫の嫉妬心を掻き立てる(これ、修復が難しそう)。「肖像画」は、作者の母親を投影しているのか。「墓場の女」は、墓場に佇む喪服の"未亡人"の秘密(結構エグいかも) 「メヌエット」は、メヌエットを踊る老人を通してみる、誰にでも訪れる人生の老い。

 「マドモアゼル・ペルル」「オルタンス女王」「待ちこがれ」は、いずれも女の哀れがテーマですが、「マドモアゼル・ペルル」は、ある人物が自分を愛していたことを知らされたのが本当によかったのか、語り手同様に考えさせられます。「オルタンス女王」も老女物ですが、子供のいない女性が死の間際に、いないはずの子供の面倒をだれが見るのか心配の余り憤死するという凄まじい話。

 「泥棒」は、酔っぱらって"軍隊ごっこ"をしていた3人の若者がたまたま泥棒を捕まえるが、捕まえた後も"軍隊ごっこ"を続け、泥棒に"死刑"を宣告したので泥棒はビックリ(モーパッサン自身の青春時代が反映されているよう)。「馬に乗って」は、奮発して馬車を借りてピクニックに出かけて家族だったが、馬が暴れて悲惨な結末に...("家族的"なものに対する作者のシニカルな見方を感じる。それは次の「家庭」も同じ)。「家庭」は、老いた母親が死に、自分は途方に暮れるが、妻は現実的で、親戚に連絡する前に老人の持ち物を漁る―ところがその母親が生き返る(しかし、結構いい加減な医者だなあ)。

 全体を通しても、結婚や家族に対してシニカルなものが多かったでしょうか。因みに、このシリーズの第3巻は、モーパッサン自身も従軍した普仏戦争を扱った「戦争もの」と、超自然現象を取材した「怪奇もの」を集めて収めています。

ジャン・ルノワール「ピクニック」dvd.jpgピクニックelle.jpg「ピクニック」●原題:PARTIE DE CAMPAGNE●制作年:1936年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャン・ルノワール●製作:ピエール・ブロンベルジェ●撮影:クロード・ルノワール●音楽:ジョゼフ・コスマ●原作:ギ・ド・モーパッサ「野あそび」●時間40分●出演:シルヴィア・バタイユ/ジョルジュ・ダルヌー(ジョルジュ・サン=サーンス)/ジャック・B・ブリュニウス/アンドレ・ガブリエロ/ジャーヌ・マルカン/ガブリエル・ファンタン/ポール・タン●日本公開:1977/03●配給:フランス映画社●最初に観た場所:京橋フィルムセンター(80-02-15)(評価:★★★★)●併映:「素晴しき放浪者」(ジャン・ルノワール)
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短編の中から「田舎もの」を集めたもの。滑稽譚や不倫話が多いが全体におおらか。

モーパッサン短編集(一) (新潮文庫).jpgモーパッサン短編集(一) (新潮文庫)ジュールおじさん.jpgジュールおじさん (1967年) (旺文社文庫)

 ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)の文学活動は30歳から40歳までで、その10年間に360余編の短・中編小説、7巻の長編小説、3巻の旅行記、2つの詩集、1巻の詩、計29冊の作品を生んでいるとのことです。この新潮文庫の翻訳シリーズは(かつて6分冊だったものを改編したものだが)、360編の短・中編から代表作65編を抽出し、それを、郷土ノルマンディをはじめその他の地方に取材した「田舎もの」を集めた第1巻、パリ生活を扱った「都会もの」を集めた第2巻、自身も従軍した普仏戦争を扱った「戦争もの」と、超自然現象を取材した「怪奇もの」を集めた第3巻の3冊に分けて収めています。

 第1巻は、1885年刊行の短編集『トワーヌ』所収の「トワーヌ」ほか、「酒樽」(1884年)、「田舎娘のはなし」(1881年)、「ベロムとっさんのけだもの」(1886年)、「紐」(1884年)、「アンドレの災難」(1884年)、「奇策」(1882年)、「目ざめ」(1882年)、「木靴」(1883年)、「帰郷」(1885年)、「牧歌」(1884年)、「旅路」、「アマブルじいさん」(1886年)、「悲恋」(1884年)、「クロシュート」(1887年)、「幸福」(1885年)、「椅子なおしの女」(1883年)、「ジュール叔父」(1884年)、「洗礼」、「海上悲話」、「田園悲話」、「ピエロ」、「老人」(1885年)の24編を収めています(カッコ内は何れも短編集の一編として刊行された年)。

クロード・シャブロル 酒樽2.jpg 「トワーヌ」は、脳溢血で寝たきりになった男が、家族に邪険にされながらも寝床で鶏の卵を孵すことに歓びを見出すようになる話(残酷な中にも救いがある?いや、やっぱり残酷?)。「酒樽」は、貪欲な男が老女から屋敷を手に入れようとするが、老女がいつまでも元気でいるため、酒を持ち込んでアルコール中毒にして死なせてしまうという話(これこそ残酷か)で、2007年にクロード・シャブロル監督によりテレビドラマ化されています。「田舎娘のはなし」は、下男に妊娠させられた女中娘が、男に逃げられた後で子を産み、何年か後に今度は主人から強引に求婚されて子供がいることは伏せていたら...(この主人は鷹揚だったなあ)。

 「ベロムとっさんのけだもの」は、ある男が耳の中にけだものがいるといって大騒ぎする典型的な滑稽譚で、耳の中にいたのは...。「紐」はある男が道で紐を拾っただけなのに他人の財布拾ってくすねたと疑われ、最期は憤死してしまう話(同じ滑稽譚でも結末は哀しい)。「アンドレの災難」は、不倫の最中に子供が泣き止まず...不倫相手の男がとった行動とは?(児童虐待ホラーだったなあ。現代にも通ずるか)。

 「奇策」は、妻が自宅で不倫行為中に(また不倫かあ)相手が突然死し、もうすぐ夫が帰ってくると混乱する中、連絡を受け駆け付けた医者がとった"奇策"とは(いざという時はご相談ください...か)。「目ざめ」は、性愛に目ざめた妻が二人の若い男と不倫するが(またまた不倫)...この辺り、モーパッサンは結婚に対して悲観主義だったのではないかと思わせます(実生活でも、女友達はいたが結婚は生涯していない)。「木靴」は、女中に出た先で主人の言うことを何でも聞いているうちに妊娠してしまった田舎娘の話(「木靴をごっちゃにする」という表現が面白い)。

 「帰郷」は、船乗りの亭主が船が遭難したらしくて戻らず、女は2人の子供を10年育てた後に再婚、3年の間にさらに2人の子供をもうけたが、ある日、知らない男に家を覗かれているように感じる―(マルグリット・デュラス原作、アンリ・コルピ監督の「かくも長き不在」を想起させられた)。「牧歌」は、汽車の車中で乳が張ってしまった女を楽にさせてやるためにその乳を吸ってやった男が最後に言った言葉が傑作。「旅路」は、かつて汽車の旅の途中に逃亡中の見知らぬ男を匿ったことがあるロシア貴婦人は、今は不治の病の床にあるが、そこへ彼女を訪ねてくるが彼女には会わない青年が...(究極のプラトニックラブ。美男子は得か?)。

 「アマブルじいさん」は、主人公が息子の死と貧困のため希望を失って自殺する話ですが、残酷な話である一方で、ノルマンジィの農村の風俗が描かれていて、どこか牧歌的でもある作品。「悲恋」(訳本によっては「ミス・ハリエット」)は、年増のイギリス人女性の秘められた恋情と残酷な最期の話(残酷な話が多いなあ)。「未亡人」「クロシュート」「幸福」も同じ系列と言えるかも。

ジュールおじさん (1967年) (旺文社文庫)
ジュールおじさん.jpgMon oncle Jules.jpgMon oncle Jules .jpg 「椅子なおしの女」は、これも不幸な女の話。でも彼女は死ぬまで恋をしていた...(精神的な恋愛と世俗的な物欲の対比が際立っている)。「ジュール叔父」(Mon oncle Jules)は、そう豊かではない一家の希望は、外国で一旗あげて郷里に帰ってくるはずの父の弟ジュール叔父だったはずが...(これも皮肉譚。牡蠣を剥いているというのが何とも言えない)。「洗礼」は、子供の洗礼式で司祭がとった驚きの行動とは...。自分の人生の欠落を認識するのって辛いだろなあ(これって妻帯不可のカトリック司祭なんだろなあ。なんで司祭になんかなったのだろう)。

 「海上悲話」は、トロール船の事故で腕を切断せざるを得なかった男が自分の腕の"葬式"をやるという滑稽なオチですが、最後に自分の腕よりも船の方を大事にした兄への恨みが出てきて、やりこれも"悲話"か。「田園悲話」は、貧しい夫婦が子供のいない金持ちに子供を売ることを迫られ断るも、代わりに子供を売った隣家が、成長した子供が立派になって戻ってきて、自分たちの子供は親に恨みつらみを言うという...。「ピエロ」「老人」も同じく、農民の貪欲がテーマであり、貧しさを美化することなくそのまま貪欲に結び付けているところが、このあたりの作品の特徴でしょうか。

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「モーパッサンの特徴がよく表れている」9編。大佛次郎が自作にアレンジした「手」。
モーパッサン―首飾り.jpgモーパッサン―首飾り2.jpg La parure(首飾り)0.jpg  大佛次郎  .jpg
モーパッサン―首飾り (世界名作ショートストーリー)』(カバー絵「マドモアゼル・ペルル」)/TVドラマ「La parure(首飾り)」/大佛次郎

 ギ・ド・モーパッサン(1950-1993)が遺した300を超える中短編の中から、モーパッサンの特徴がよく表れているものを選んだとのことで、文庫でモーパッサンの短編集は多くありますが、本書は文庫よりやや大きめのサイズで、行間も広く、かなも振ってあって読みやすいです。第1弾がモンゴメリ、第2弾がサキときて、第3弾がこのモーパッサンですが、このシリーズは若年層読者を意識しているようです(このあと、ヘルマン・ヘッセ、ポーと続いて全5巻で一旦完結している)。

 収録作品は、1885年刊行の短編集『昼夜物語』所収の「首飾り」「手」、1881年刊行の短編集『テリエ館』所収の「シモンのパパ」、1884年刊行の『ロンドリ姉妹』所収の「酒樽」、1887年刊行の『オルラ』所収の「クロシェット」「穴場」、1886年刊行の『ロックの娘』所収の「マドモアゼル・ペルル」、『昼夜物語』所収の「老人」、1884年刊行の『ミス・ハリエット』所収の「老人」の9編。新潮文庫の青柳瑞穂訳『モーパッサン短編集Ⅰ~Ⅲ』は、第1巻に「田舎物」を、第2巻に「都会物」を、第3巻に「戦争・怪奇物」を集めていますが、9編をそれとの対比でみると、「首飾り」Ⅰ(田舎)、「手」Ⅲ(怪奇)、「シモンのパパ」Ⅱ(都会)、「酒樽」Ⅰ、「クロシェット」Ⅰ(田舎)、「穴場」Ⅱ(都会)、「マドモアゼル・ペルル」Ⅱ、「老人」Ⅰ(田舎)、「ジュール叔父さん」Ⅰ(田舎)となります。

ゲーリー・ケリー(絵)『ネックレス』('97年/西村書店)
ネックレス  ギィ ド・モーパッサン.jpgLa parure.jpg 表題作「首飾り」(La parure)は、ある女性が夫と共に招かれたパーティの場で見栄をはりたくて宝石持ちの婦人からダイヤの首飾りを借り、お陰でパーティの場では紳士たちから注目を浴びるが、パーティが終わった後その首飾りを失くしてしまう。取り敢えず婦人には贋物を戻しておいて、最終的にはちゃんと弁済しようと長年にわたって身を粉にして働き、爪に火を灯すような生活を経て、やっと金をためて同じダイヤの首飾りを買って密かに貸主である婦人に戻すが、ある日街角でその婦人と出会い、婦人から思わぬ事実がLa parure(首飾り)1.jpgLa parure(首飾り)3.jpg明かされる...(O・ヘンリーの短編みたい。夏目漱石がオチを批判したそうだが、彼女自身は人間的には以前よりずっと堅実な人になったに違いない)。因みに、この作品はゲーリー・ケリーLa parure(首飾り)5.jpgLa parure(首飾り)4.jpgというアメリカのイラストレーターにより絵本化されています。また、2007年にクロード・シャブロル監督によりテレビドラマ化されています(日本でもBS日テレなどで放映されたが個人的には未見)。

 「手」は、語り手である主人公が、ある時に知り合ったイギリス人の家に行くと、前腕の中ほどで切断され干からびた人間の手が、鎖が手首に巻き付いた状態であり、イギリス人はこれを「わが最強の敵」だと言う。その1年後、当のイギリス人が何者かに殺害される事件があり、検死医が言うには「骸骨で絞殺されたいたいだ」と―(怪奇物においてはホフマン、アラン・ポーの後継者と言われるだけのことはある)。

Le papa de Simon 2.jpgLe papa de Simon 1.jpgLe Papa de Simon by Guy de Maupassant.jpg 「シモンのパパ」は、父無し子として仲間から毎日苛められていた少年が、ある日惨めな気持ちで泣いていると、大柄な職人風の男と出会い励まさられる。シモンは男に「パパになっておくれよ」と頼むと―(いい話だった! 男はやはりどれだけ仕事ができて、分別、優しさ、人望があるかが大事か)。

Le Papa de Simon by Guy de Maupassant

 「酒樽」は、宿屋経営の貪欲な男が隣家の老女から農場と屋敷を手に入れようとするが、老女クロード・シャブロル 酒樽2.jpgは手放したがらない。そこで男は一計を案じ、老女をそこに住まわせたまま、毎月銀貨を彼女に払う(要するに、実質少クロード・シャブロル 酒樽1.jpgしずつ自分のものにしていきつつ、老女が亡くなったら残債相当分はチャラにしてしまう考えか)。しかし、あと数年しか持たないと思われた老女がいつまでも元気でいるため、このままでは赤字になってしまうと考え、老女の家に酒樽を持ち込んでアルコール中毒にして死なせてしまおうと―(残酷だけどちょっとユーモラス。岩波文庫版は表題作になっている)。この作品も2007年にクロード・シャブロル監督により「首飾り」に続く第2弾としてテレビドラマ化されています

 「クロシェット」は、語り手である主人公が子供のころ慕った通いのお針子であるクロシェットばあやは、ひげの生えたおばあさんで、足が不自由だったが、いつも編み物をしながら素敵な話を聞かせてくれた(カバー絵)。実は彼女には過去に哀しい恋の物語があった―(悲恋物もこの作家の得意ジャンルと言えるかも)。

 「穴場」は、ボート釣りの穴場を巡る家族同士の争いで殴打傷害致死罪で訴えられた男が、裁判で独特の陳述を展開する。襲ってきたところを殴り返して川に落ちた相手の男を助けようにも、女同士の喧嘩を仲裁するのに手こずってしまい助けられなかったという言い訳がまかり通ってしまうのがおかしいです。

 「マドモアゼル・ペルル」は、独身で通してきた老女が、語り手によってある人物が自分を愛していたことを知らされ―(語り手は、余計な事を言わない方が良かったのではないかという気もする)。

 「老人」は、農場の夫婦が、百姓女の方の父親が臨終の床にあるため、農作業との兼ね合いもあって、先に葬式の手配をしてしまう。ところが、葬式を予定していた日になっても老人は死なず、やがて喪服姿の客たちが家に来てしまう―。

 「ジュール叔父さん」は、港町ルアーブルのそう豊かではない一家の希望は、外国で一旗あげて郷里に帰ってくるはずの父の弟ジュール叔父だったはずが...。

大佛次郎『怪談その他』天人社図2.jpg世界怪談叢書 怪談仏蘭西篇.jpg 300余辺から厳選されているだけあって、どれも面白かったですが、この中で唯一の「怪奇物」である「手」は、どこかに似たような話があったなあと思ったら、大佛次郎の「手首」(「怪談」)(『文豪のミステリー小説』('08年/集英社文庫)などに所収)とモチーフは同じでした(大佛次郎の「手首」の方が物語に肉付けがされているが)。それで、たまたま横浜・港の見える丘公園にある「大佛次郎記念館」のホームページを見たら、2019年のテーマ展示として「大佛次郎の愛書シリーズ」というのがあり、展示資料の中に青柳瑞穂訳『世界怪談叢書 怪談仏蘭西篇』('31年/先進者)があったことが分りました。この中には、モーパッサンの「手」が収められています。大佛次郎がモーパッサンの「手」から自作「手首」の着想を得、日本風にアレンジ、応用したことは、ほぼ確実であると思います。

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