【2503】 ◎ 相場 英雄 『ガラパゴス (上・下)』 (2016/01 小学館) ★★★★☆

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「労働経済」小説として考えさせられ、警察サスペンス小説としても面白かった。

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ガラパゴス 上』『ガラパゴス 下』(2016/01 小学館) 相場 英雄 氏

 警視庁捜査一課継続捜査担当の田川信一は、身元不明のままとなっている死者のリストから殺人事件の痕跡を発見する。不明者リスト902の男は、自殺に見せかけて都内竹の塚の団地で殺害されていた。遺体が発見された現場を訪れた田川は、浴槽と受け皿の僅かな隙間から『新城 も』『780816』と書かれたメモを発見する。竹の塚で田川が行った入念な聞き込みとメモから、不明者リスト902の男は沖縄県出身の派遣労働者・仲野定文と判明した。田川は、仲野の遺骨を届けるため、犯人逮捕の手掛かりを得るため、沖縄に飛ぶ。仲野は福岡の高専を優秀な成績で卒業しながら派遣労働者となり、日本中を転々としていた。田川は仲野殺害の実行犯を追いながら、コスト削減に走り非正規の人材を部品扱いする大企業、人材派遣会社の欺瞞に切り込んでいく―(版元サイトより)。

 2005年、『デフォルト(債務不履行)』で第2回ダイヤモンド経済小説大賞を受賞しデビューして以来、経済小説とハードボイルド風サスペンスとの合体版とも言える作風で『震える牛』('12年/小学館)などの話題作を発表してきた著者が、作家生活10周年記念作品として書き下ろした作品で、主人公の警視庁捜査一課継続捜査担当の田川信一は『震える牛』に続いての再登場です(所属部署が示すように、相変わらず'コールド・ケーズ'を扱っている)。

 非正規を巡る雇用格差問題を扱った「労働経済」小説として考えさせられ、刑事が地取りの積み重ねで事件の核心に迫っていく警察サスペンス小説としても面白かったです。普通、経済小説として考えさせられるものの推理小説としてはイマイチだったり、その逆に、推理小説としては面白いのだけれど、経済の部分は単なる'背景'にすぎなくなってしまっていたりするものが多い中、この作品は、両方の要素に十分に応えているように思いました。

 経済小説の部分では、自動車メーカーの燃費や安全性に関する不正など、非常にタイムリーな話題も盛り込まれていて、この辺りは、書き下ろしであることの利点を生かし、編集者とディスカッションしながら書いていったようですが、それでも7回くらい改稿したとのことで、作者(及び編集者)の苦心の跡が滲むものとなっています。

 サスペンスの部分は、ある程度最初からプロットは固めていたのではないかと思われますが、事件の真相に近づくにつれて、その複雑な構造が浮かび上がるようになっていて、これまた秀逸です。実行犯もある意味で被害者であって、それとは別に共犯がいて、誘導犯がいて、指令犯がいて、更にその上に...という構図が、そのまま、経済小説としてのテーマにも繋がっていきます。

 ということで、主人公の刑事らは、最終的にはほぼ事件の全容に迫りながらも、結局そうした犯罪の多重構造の下層の部分だけしか検挙するに至りません。彼らの捜査が、被害者である沖縄県出身の派遣労働者のある種'弔い合戦'的な様相を帯びていることからすると、カタルシス不全の終わり方のような気もしますが、経済小説として問題提起するうえではこの終わり方の方がよく、またリアリティもあったように思います。

 因みにこの作品は、2015(平成27)年・第28回「山本周五郎賞」の候補作となりましたが、受賞作は湊かなえ氏の『ユートピア』('15年/集英社)でした。選考委員のコメントの中では、佐々木譲氏の「タイトルから想像すれば、相場さんは本作を警察小説としてではなく、むしろ経済小説として構想したのではないかとも想像する。だとすると叙述のために採用した警察小説の枠組みが、題材に適合していない」「また、主人公がときおり漏らす道徳観、正義観が、現場警察官のものとしてナイーブ過ぎる印象がある」というのが、警察小説の先行者の発言だけにマイナスに作用したように思います(自分の専門ジャンルについては見方が厳しくなるなあ)。湊かなえ氏の方が作家としてのキャリアを買われたのかも。個人的には、作品単体で見れば、『ユートピア』よりもこっちの方が断然面白いと思いました。『震える牛』はWOWOWでTVドラマになりましたが、この作品も映像化してもいいような気もします。

【2018年文庫化[小学館文庫(上・下)]】

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This page contains a single entry by wada published on 2017年1月 3日 14:33.

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