【2502】 △ 湊 かなえ 『ユートピア (2015/12 集英社) ★★★

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「山本周五郎賞」の選評は微妙か。個人的にはプロットを活かし切れていないと思った。

ユートピア 湊かなえ.jpg湊 かなえ  『ユートピア』.jpgユートピア』(2015/12 集英社)

 2015(平成27)年・第28回「山本周五郎賞」受賞作。

 太平洋を望む美しい景観の小さな港町・鼻崎町。実は5年前に資産家の老人が殺害される事件があり、芝田という男で、指名手配されていた。町には日本有数の大手食品会社があり、そこに勤める住民と、昔から住んでいる地元住民、移住してきた芸術家たちなど、それぞれ異なるコミュニティの人々が暮らしている。鼻崎町で仏具店を営む堂場菜々子の娘・久美香は、幼稚園の集団登園中に交通事故に逢い、小学生になっても車椅子で生活している。東京から父親の転勤によって鼻崎町にやってきた小学4年生の彩也子は久美香と仲良くなり、子ども同士が仲良くなったことから、菜々子と彩也子の母・相場光稀は交流をもつことになる。最近引っ越してきた陶芸家の星川すみれは、久美香を広告塔に、車椅子利用者を支援するブランド「クララの翼」を立ち上げ、翼モチーフのストラップを販売することを思いつく。出だしは上々だったが、ある日ひょんなことから「実は久美香は歩けるのではないか?」という噂がネット上で流れ、徐々に歯車が狂い始める。そんなある日、子どもたちが行方不明に―。

 ボランティア団体「クララの翼」の活動における女性たちの、ふとしたことから好意の裏側に芽生えた嫉妬や意地悪い気持ちがドロドロとした心理に発展していく描写などは作者のお手の物だと思いましたが、一方で、ややパターン化しているかなとも。主要登場人物である3人のキャラクターがあまり描き切れていなく、どこまで読み進んでもどれも同じように見えるのが難でした(実際、読みにくかった)。

 プロット的にはかなり凝っていたと言えるかもしれません。ただ、謎解きは全てエピローグの中で行われていて、本編の中にそれらの伏線があったかといと、そうでもなかったような。それに、留守中の子どもの火遊びによる火事みたいな偶然の出来事も重なっていて、殆ど推理不可能のように思えました(犯人探しに関しては、この人物が少しおかしいなとか思う出来事はあるのだが)。

 同じ時期に「山本周五郎賞」の候補になった相場英雄氏の『ガラパゴス』('16年/小学館)の方がずっと面白いと思いましたが、「山本周五郎賞」の5人の選考委員の中で、警察小説の先輩格にあたる佐々木譲氏の『ガラパゴス』への評価が厳しく、一方で、佐々木氏は本作『ユートピア』を強く推し、「大事なのは、この作品は広義のミステリーではあるが、様式的なクライム・ノベルではない点だろう。謎があり、事件が起こり、その一応の解決はみるが、解決それ自体は作品の主題ではない」と評しています。

 確かに、探偵役が出てくるわけでもなく、エピローグで謎解きをしているわけだから、ミステリの枠からはやや外れていると見るのが普通かもしれません。同じく選考委員の白石一文氏は、「(『ガラパゴス』と共に)△とする方針で選考会に臨んだ」とし、「佐々木委員は湊氏に○をつけていた」とする一方で(他の委員を意識している?)、氏自身は「最後の謎解きの部分は相当にひとりよがりと言わざるを得ない」としています。

 同じく選考委員で、自身にもこの作品同様に女性同士のドロドロとした心理を描いた作品がある角田光代氏も、「(女性たちの)異様な感情に変化する直前の、一瞬の輝くような瞬間もさりげなく書く」と中身を褒めながらも、「終盤、私にはいくつかわからないことがあった。(中略)作者があえて書かなかったのか、そうでないのかの判断が私にはつかなかった。その一点においてこの小説を受賞作として全面的に推すことがためらわれた」としています。一方で、同じく選考委員の石田衣良氏が、「ミステリーとしての整合性は、この作品の読みどころじゃないんだ。そこまでの過程のおもしろさのほうが重要だよ」と述べていますが、そうは言っても個人的にはやっぱりプロットを活かし切れていない作品であることが気になりました。

 ただ、先に否定的な意見を述べた白石一文氏も、「当選作を出すとなれば、やはり湊氏の作品しかないだろうというのは5人の委員全員の一致するところであった」としており、やはり作者19作目と言うことで、そろそろ賞をあげてもいいのではといった(功労賞的)雰囲気もあったのではないでしょうか。最後もう一人の選考委員である唯川恵氏が、「市井の人々の細やかな描き方は山本周五郎の作風に通じるものがあり、またこれまでの十分な実績から受賞にふさわしいと思えた」と言っていることからも、その辺りが窺えます。

【2018年文庫化[集英社文庫]】

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This page contains a single entry by wada published on 2017年1月 3日 13:56.

【2501】 ○ 内館 牧子 『終わった人』 (2015/09 講談社) ★★★☆ was the previous entry in this blog.

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