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忍ぶ恋でありながらも、ねっとりした情念を滲ませる「白萩屋敷の月」。余韻もいい。
『白萩屋敷の月―御宿かわせみ
』
文庫旧版
『白萩屋敷の月―御宿かわせみ〈8〉 (文春文庫)
』 ['04年]
「御宿かわせみ」シリーズ第8弾で、単行本の刊行は'86(昭和61)年10月。「美男の医者」「恋娘」「絵馬の文字」「水戸の梅」「持参嫁」「幽霊亭の女」「藤屋の火事」「白萩屋敷の月」の8編が収められています。
東吾はある日、兄・神林通之進の名代として青江但馬の御後室に会いに白萩屋敷へ出かけるが、香月というその女性の美しさに驚くとともに、その顔の片側を火傷の痕が蔽っていることに気づく―。
こうした展開で始まる表題作の「白萩屋敷の月」は、東吾に、遠い昔に兄・通之進と香月の間にあったであろう互いの想いについて心を馳せる機会を与えることになりますが、話はそれだけでは終わりません。
白萩屋敷という美しく風情のあるバックグランドに対し、この話における香月の想いの激しさには、忍ぶ恋でありながらも、その中にねっとりした女性の情念が感じられました。
それでいて、東吾がこの経験を自らの胸に静かに収めることで、そこはかとない余韻の漂う結末となっているように思えます。
その結果、通之進は、自分の香月に対する想いは"片想い"であったと終生思い続けることになるわけですが...。
「美男の医者」で天野宗太郎が初登場。るい、東吾の関係を軸に、るいが女主人を務める「かわせみ」の奉公人である嘉助とお吉、事件の際にタッグを組んで解決にあたる神林通之進、畝源三郎、岡っ引の長助といったレギュラーメンバーの役割やキャラクターが読者に完全に定着したところで、シリーズ前半部分の最後のレギュラーメンバーの登場といったところでしょうか。
「美男の医者」自体は、呉服問屋の"計画倒産"の話なのですが、この頃から"計画倒産"ってあったのか。
何だか、だんだん事件物と人情話の比率が半々になってきたみたいな...。
大方は、はっきりこれは「人情物」と言い切れるものでもなく、「人情物」であっても事件が付帯している場合が殆どですが、「白萩屋敷の月」は、主として通之進の個人史に係る話と言えます(一応これも、"火事"という過去の事件が付随しているが)。
このシリーズの人気作品アンケートなどでも常に上位に来る作品ですが、個人的にも好きな作品です。
【1989年文庫化・2004年文庫新装版[文春文庫]】