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作者のこのジャンル(宗教モノ)における集大成的な作品と言えるのではないか。
『仮想儀礼〈上〉』『仮想儀礼〈下〉』['08年] 「教祖誕生 [VHS]」('93年)萩原聖人
2009(平成21)年度・第22回「柴田錬三郎賞」受賞作。
38歳の作家志望の男・鈴木正彦は、ゲーム会社の矢口誠に誘われ、勤めていた都庁を辞めてファンタジーノベルを書くが、結局矢口の会社が倒産して仕事も家族も失い、不倫がもとで同じく職も家も失くしていた矢口との再会を機に、2人で正彦が書いた原稿をベースとした教義と手作りの仏像で宗教団体を設立、信者は徐々に増え、食品会社の社長がバックに付いてから飛躍的にその数は伸びて、5000人の信者を抱えるようになる―。
金儲けのために設立した極めていい加減な教義の教団に、こんなにホイホイ入信する人がいるのかなあもと思ったけれども、信者それぞれが抱えている事情が家族崩壊の様々なパターンを示していたりして("生きづらい"系の人にとっては「鰯の頭も信心から」なのか)、更に、色々な成り行きで教団が拡大していく様や、そうした教団に利害ベースで接近を図ったり出入りしたりする様々な人物がリアルに描かれているため、興味深く読めました。
後半は、更に予期せぬ出来事が次々と起こり、教団はマスコミからの誹謗中傷に加え政治家筋からも圧力をかけられ、一方、一部の女性信者たちが信仰を先鋭化させて暴走し、教祖である正彦自身にもそれを止められなくなってしまう様が、畳み掛けるように描かれていて一層引き込まれました。
本書を読んで高橋和巳の『邪宗門』を想起する人もいるかと思いますが、個人的には天間敏広監督の映画「教祖誕生」('93年/東宝)を思い出しました。
「教祖誕生 [VHS]」 ('93年/東宝/監督:天間敏広/原作:ビートたけし)
これ、意外と傑作でした(原作はビートたけし)。この映画にも、教団をビジネスと考える者(ビートたけし、岸部一徳)とそこに真実を求める者(玉置浩二)が出てきますが、映画ではむしろ後者に対する揶揄が込められています(オウム真理教による松本サリン事件の約半年前、地下鉄サリン事件の1年半前に作られたという点では予見的作品でもある)。
「教祖誕生」の主人公の青年(萩原聖人)は、後継教祖に指名されて自分がホントに神になったような錯覚を起こしますが、『仮想儀礼』の主人公・正彦は自分が作り上げたものが虚構であることを忘れない常識人であり、生起する諸問題に仕事上の問題解決に対応するビジネスマンのように、或いは一般的水準以上に理性人として対応しているように思えます。
しかし、重篤なトラウマを抱えた女性信者など、相手が相手だけに思うように彼らを御しきれず、やがて教団施設や財産の全てを失い、少数のファナティックな信者たちに拉致されるような形で逃避行へと追いやられていくことになり、あくまでもビジネスで「宗教」を始めた男が、そうした過程を辿るというのが、読んでいて強烈な皮肉に思われました。
信者たちが自らの内面で教義を自己救済的な方向に血肉化させて、教団をカルト化していく様が見事に描かれており、深刻で暗くなりがちな話でありながらも、随所に事態の思わぬ展開に対する主人公の軽妙な嘆き節があり(それこそ、正彦が常識人であることの証しなのだが)、どことなくカラッとした感じになっているのは、この作家の特質でもあるかも知れません(桐野夏生なら、こうはならない)。
だだ、全体にちょっと長いかなあ。取材したエピソードを出来るだけ漏らすまいという、作者のこのテーマに対する思い入れが感じられるのですが、全体構成的に見ると、前半はもう少し圧縮しても良かったかも。
とは言え、最後は急速展開。家族による信者奪回などを巡って凄惨な事件も起き、全体にカタストロフィに向かう予感の中、正彦自身にどういった形でそれが訪れるのか、後になればなるほど気がかりになりましたが、エンタテインメントとしてのバランスを保った終わり方になっているように思えました。
「教祖誕生」●制作年:1993年●監督:天間敏広●製作:鍋島壽夫/田中迪●脚本:加藤祐司/中田秀子●撮影:川上皓●音楽:藤井尚之●原作:ビートたけし「教祖誕生」●時間:93分●出演:萩原聖人/玉置浩二/岸部一徳/ビートたけし/下絛正巳/国舞亜矢/山口美也子/もたいまさこ/南美江/津田寛治/寺島進●公開:1993/11●配給:東宝(評価:★★★★)
ビートたけし/岸部一徳
「教祖誕生 <HDリマスター版> [DVD]」(2011)
【2011年文庫化[新潮文庫]】
《読書MEMO》
●2023年ドラマ化 【感想】2023年12月3日から2024年2月11日まで、NHK-BSプレミアム4Kの「プレミアムドラマ」枠で青柳翔と大東駿介の主演でドラマ化。最初の頃、すごくコメディ調で、これはこれで面白いのだが、原作がカタストロフィ的な結末であることを知っている側からすると、ドラマの落としどころをどうするのかなと思ったりもした。そしたら、最終回で一気に「それ」になったという感じで、視聴者からも演者の凄まじい熱量に感服する一方、「まさかの展開」的感想も多かったようだ。これはこれで、演出サイドの狙いだったのか。青柳翔と大東駿介はまずまずの嵌り役だった。)
「仮想儀礼」●脚本:港岳彦/江頭美智留●演出:岸善幸/石井永二/森義隆●音楽:岩代太郎●原作:篠田節子●時間:50分●出演:青柳翔/大東駿介/石野真子/美波/河井青葉/松井玲奈/川島鈴遥/奥野瑛太/齋藤潤/宮地真史/峯村リエ/尾美としのり/目黒祐樹/石橋蓮司●放映:2023/12~2024/02(全10回)●放送局:NHK-BSプレミアム4K/NHK BS
目黒祐樹(新宗教大教団「恵法三倫会」教祖・回向法儒)」/石橋蓮司(「聖泉真法会」の事業拡大のための経営戦略を指南するコンサルタント・石坂一光)