2023年4月 Archives

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裕次郎の日活青春映画の中ではやや異色なのは、芦川いづみの役どころのせい?

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あした晴れるか [DVD]」石原裕次郎/芦川いづみ
「あした晴れるか」000.jpg「あした晴れるか」m3.jpg 秋葉原のヤッチャバ(青果市場)に勤める三杉耕平(石原裕次郎)は写真大学卒で、本職はカメラマン。彼はある日、桜フィルムの宣伝部長・宇野(西村晃)から「東京探検」というテーマで仕事を依頼される。そして耕平の面倒をみる担当として、宣伝部員・矢巻みはる(芦川いづみ)を付けられた。みはるは才女で、耕平にとっては全くの苦手タイプだった。その上バー"ホブーブ"のホステス・セツ子(中原早苗「あした晴れるか」m2.jpgも耕平を追いかけ回し、苦手が二人になる。その夜、宇野に連れていかれたバーで、みはるが愚連隊に因縁をつけられるが、偶然通りがかったみはるの従弟・昌一(杉山俊o0420017915048971131.jpg夫)によって救われる。翌朝、耕平は目を覚まして仰天する。みはるの家に泊ってしまったのだ。みはるには、しのぶ(渡辺美佐子)という美しい姉がいた。しのぶは、美容学研究家の洒落男・下田(庄司永建)に求愛されていた。やがて、耕平の仕事が本格的に始まる。深川の不動尊、佃島の渡船場、旧赤線地帯、野犬抑留場―みはるは一日中耕平の傍に付きながら、彼に惹かれていくのを感じた。ふとしたことから耕平はセツ子の父親・清作(東野英治郎)と知り合う。清作は昔ヤクザだったが今は堅気の生活をしている。しかし六年前に清作がビッコにした人斬り根津(安部徹)という男が清作を探していた。ある日、根津に探し出された清作を、危機一髪、耕平が駆けつけて救ける―。

『あした晴れるか』.jpg '60年10月公開の中平康(1926-1978)監督作で、原作は菊村到(1925-1999)の新聞連載小説。'60年に東京新聞に268回に渡って連載されたものです。『あした晴れるか』('60年/光文社)として同年刊行されていますが、同じ年に映画化もされたことになります。菊村到は、「不法所持」で'57(昭和32)年・第3回「文學界新人賞」、「硫黄島」で'57(昭和32)年上期・第37回「芥川賞」を受賞していますが、個人的イメージとしては西村寿行(1930-2010)とかに近い印象。ビジネス小説も書いていたのかあ(しかもユーモア小説!まあ、ヤクザは出てくるが)。
あした晴れるか―長編小説 (1960年) -』 

o0420017915048875203.jpg「あした晴れるか」 芦川.jpg 全体としては、裕次郎のモテ男はつらいといったお話ですが、テンポが良くて楽しめるのと、どちらかというと可憐な女性の役が多い芦川いずみが、眼鏡をかけたキャリアウーマン風の女性を演じているところが変わったところでしょうか(実は周囲に馬鹿にされないための伊達メガネだったのだが)。

「あした晴れるか」m1.jpg 芦川いずみ演じる矢巻みはるは、中原早苗が演じる元気なホステス・セツ子と、裕次郎が演じる耕平を巡って張り合うし、渡辺美佐子が演じる矢巻みはるの姉しのぶも、政略的な婚約を断ち切り、最後、独り窓に向かって「昨日風吹き、今日雨吹り、明日晴れるか」と落書きし(これがタイトルの由来)、その瞳は耕平にじっと向けられていて―。

 最後は耕平の次々と発表した「東京探検」作品展は人気を呼び、大当りに気を良くした宇野(西村晃)は、この次の企画として「アフリカ探検」を耕平に用意してあると言うのだが、みはる、セツ子に加えて昌一までもが助手として同行することを希望し、さて一体誰が耕平についてアフリカに行くのか...。
「あした晴れるか」 n.jpg「あした晴れるか2.jpg

「あした晴れるか」c1.jpg 芦川いづみの大きな黒眼鏡の役どころのせいもあってか、彼女の出演作品としても、裕次郎の日活青春映画としてもやや異色ですが、肩が凝らずに楽しめるコメディでした。

 最後のヤクザとの乱闘シーンで、裕次郎がメロンを手に、「卸しでも300円する」と言っていますが、時代は1960年なのでかなりの高級品のはず。マスクメロンは、まだ庶民にとっては高嶺の花でした。これを投げつけるシーンには、当時批判があったのではなかったかなあ(因みに、この映画の鑑賞券(前売り券)には、「総天然色 主演:石原裕次郎 芦川いづみ」とあり、価格は「100円」とあった)。
『あした晴れるか』 (c).jpg「あした晴れるか」石原裕次郎/芦川いづみ

「あした晴れるか」 c2.jpg.gif「あした晴れるか」09.jpg「あした晴れるか」●制作年:1960年●監督:中平康●脚本:池田一朗/中平康●撮影:岩佐一泉●音楽:黛敏郎●原作:菊村到●時間:90分●出演:石原裕次郎/芦川いづみ/渡辺美佐子/杉山俊夫/信欣三/嵯峨善兵/高野由美/中原早苗/安部徹/草薙幸二郎/藤村有弘/庄司永建 o0420017915049307194.jpg/殿山泰司/宮城千賀子/西村晃/東野英治郎/三島雅夫●公開:1960/10●配給:日活●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-06)(評価:★★★☆)
      
殿山泰司(中年サラリーマン・植松伊之助。チンピラに絡まれるが耕平に助けられ、共に飲み屋で意気投合する。家庭では女房の尻に敷かれている)
  
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東野英治郎(セツ子の父親・梶原清作。今は花屋だが、かつては博打打ちで、根津(安部徹)が清作の親分を刺したため清作が根津を刺し、そのため根津から恨まれている)

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安部徹(人斬り根津。6年前に清作がビッコにしたヤクザで、最近出所して恨みを晴らすために清作を探している)
  
 
 
 
 
   
●菊村到原作
硫黄島」('59年)/「けものの眠り」('60年)
1硫黄島.jpg 1けものの眠り.png
俺は死なないぜ」('61年)/「夕陽の丘」('64年)
1俺は死なないぜ.jpg 1夕陽の丘.jpg

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芦川いづみ出演2作。タイトル=解題だった「誘惑」。青春メロドラマ「知と愛の出発」。

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誘惑」(1957)千田是也/左幸子/芦川いづみ
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「知と愛の出発」(1958)芦川いづみ/川地民夫
「誘惑」p.jpg「誘惑」左.jpg「誘惑」千田.jpg 杉本省吉(千田是也)は銀座の洋品店主。娘の秀子(左幸子)とやもめ暮しで、店の二階を画廊に改造しようと考えていた。洋品店には無愛想で化粧嫌いな竹山順子(渡辺美佐子)がいた。順子は他人の迷感も顧みない貧乏画家・田所草平(安井昌二)にその美貌を指摘されるや、一転してお化粧に専念し、草平を恋するようになる。省吉の画廊が完成する。画廊のお披露目パーティの日に、草平の絵が有名画家の岡本太郎らの目にとまり、彼は一躍有名となり、発表会は連日盛況を極める。秀子は、松山小平「誘惑」芦川9.jpg(葉山良二)の妹・章子(芦川いづみ)のもとに草平の画が4、5点埋れているというので、それを持って章子と画廊に来た。章子を見た省吉は、彼女が初恋の人(芦川いづみ、二役)に瓜二つであることに驚く。その後、彼女はその娘で、初恋の人本人は亡くなったということを知る。順子と草平の結婚式の夜、祝酒に深酔した章子は秀子の家に泊まる。いつしか省吉は章子の寝顔が初恋の人と重なって見える。熱い思いを前に衝動を抑えきれない省吉は、三十年前に果せなかった接吻を章子にする。章子の目には涙が浮んできたが、それは母と省吉の秘密を知っている章子の歓びの涙だった―。

 「誘惑」は1957年公開の中平康監督作。原作は、伊藤整(1905-1969 、伊藤整は個人的には『文学入門』('54年/カッパブックス))を思い浮かべる)が1957年の1月から6月にかけて朝日新聞に連載したもので、7月に『誘惑』として新潮社刊、同年9月にこの映画化作品が公開されているから、連載当時から注目されていたのでしょう。

「誘惑」1.jpg 全体としては、銀座すずらん通りの洋品店を舞台にしたちょっと洒落たコメディです。千田是也が演じる寡夫の父・省吉と、左幸子が演じるその娘・秀子と同世代の仲間たちの恋模様―といった群像劇風ですが、終盤で芦川いづみ演じる小平の妹・章子が登場して、これが省吉の秘められた過去の恋の相手の娘であったところから、ミステリアスな要素も入ってきます。

「誘惑」111.jpg 実は、当の章子は、母がかつて省吉から接吻されることを望んでいたことを知っていて、母に代わって自分が亡くなった母の願いを叶えたということになるのでしょう。そうなると、章子が酒に酔って秀子の家に泊まったのも、寝苦しそうに咳をして省吉に介抱させたのもすべて計画の内だったということになります。つまり、章子は母に代わって省吉を計画的に「誘惑」したわけであり、タイトルが即ち"解題"だったのだなあと思いました(ある意味スゴイね。これ、かなり特殊な心理だと思う。当時、母の望みが叶っていたら、自分は生まれてなかったのではないか)。

「誘惑」岡本.jpg 岡本太郎、東郷青児らが本人役で出ていて(映画.comではそれぞれ山本次郎、西郷赤児の役名になっているが、映画に中では本名で呼ばれていた)、岡本太郎などはしっかり草平の絵を褒める演技していました。その草平の絵が岡「さか屋」岡本風呂.jpg本太郎が描いたっぽいのが可笑しいです。そう言えば、中伊豆の吉奈温泉に「さか屋」という岡本太郎が贔屓にしていた旅館があって、そこには岡本太郎がデザインした風呂があります。個人的には、「さか屋」の向かいにある「東府や」を使うようにしているのですが(庭園が広い。初夏は蛍、秋は紅葉が楽しめる)、「さか屋」も日帰り入浴ができたのではないかと思います。岡本太郎って、「芸術は爆発だ!」から「グラスの底に顔があっても良いじゃないか」まで様々なキャッチで知られているけれど、映画に出て自分の絵を褒めたり、温泉に泊まって風呂をデザインしたり、いろんなことをやってるなあ。

  
「知と愛の出発」p.jpg「誘惑」11.jpg 諏訪湖のほとりの町に住む高校生・綾部桃子(芦川いづみ)は、同級生で病院長の令嬢・川野恵美(白木マリ)と湖に遊びに来たが、恵美の同性愛的な愛撫を拒んだため、ひとり湖の真中にある小さな島に取り残されてしまう。困り果てた桃子を同級生の南条靖(川地民夫)がボートで救ってくれ、桃子は彼と親しくなる。二人は大学進学の夢を語り合った。「知と愛の出発」12.jpgところが桃子の家は経済的に苦しく、寡の父・健司(宇野重吉)は大学進学を諦めろと告げる。女は大学など行く必要が無いという父に反発し、桃子はアルバイトをしてでも大学に行くことを決意する。靖は厳しい父の監視を受けながら、受験勉強を続けていた。桃子への同性愛に破れた恵美は、若い医師・三樹(小高雄二)と遊び、学友であるバーの娘・津川洋子(中原早苗)の家で、夫婦雑誌や実話雑誌を読んで性の世界に興味を抱いていた『知と愛の出発』.jpg。一方、三樹は恵美の若い母・順子(利根はる恵)をも狙っていた。夏休みに桃子と洋子は湖畔のホテルでアルバイトを始める。祭りの夜、桃子と靖は湖のほとりで月光の下、唇を触れ合った。洋子は都会から来た不良青年らに純潔を奪われてしまい、恵美の病院に担ぎ込まれた後、服毒自殺する。桃子は盲腸炎になり、三樹の手術を受けたが、靖の輸血で快方へ向かう。しかし輸血が靖からと知らぬ桃子は、他人の血が体に入ったことに不潔感を覚えた。そして三樹は桃子に迫る―。

『知と愛の出発』 .jpg 「知と愛の出発」は、1958年公開の齋藤武市監督作で、原作は中村八朗(1914-1999)の『知と愛の出発』('58年/小壷天書房)。中村八朗は、1954年まで直木賞候補に挙がること7回の記録を作ったものの最後まで受賞に至らず、1956年頃からは青春小説やジュニア小説をメインに執筆、昭和40年代のジュニア小説ブームの中で、十代を主人公に設定した小説を多く発表したとのこと。かなり人気はあったようで、この作品も刊行と同時に映画化されています。

 青春メロドラマといった感じでしょうか。人物造型もパターナルな印象。純真な主人公は道を踏み外しそうで外さずに、おそらくこの後大学進学(お茶女かあ、優秀なんだ)を目指すだろうし、意地悪な同級生はあくまで意地悪だし、プレイボーイの医師はとことんプレイボーイだし。

「知と愛の出発」芦川.jpg 芦川いづみがのセーラー服姿がよくて(当時22歳だが)、ウェイトレス姿も可憐。これらが見られるだけでこの作品の価値があるという人も結構いるのではないかと思わせます。ただし、この主人公の女性、純潔の証明を自分を犯そうとした医師に求めたり、自分の躰に他人の血が輸血されたことに不潔感を覚えたり、ちょっと今の時代からすると理解しにくい部分もありました。

「芦川いづみ特集」.jpg 神保町シアターでカラーDVD上映。当時コニカラーというシステムでカラー作品として製作公開されましたが、現在では復元が難しく、長らくモノクロでの視聴しか叶わなかったものを、白黒プリントから4Kスキャンを行い、疑似カラーによって復元したもの。 神保町シアターで2015年に「恋する女優 芦川いづみ」特集で上映された際は、当時まだ白黒版での上映でしたが、今回の2023年版「恋する女優 芦川いづみ」特集でカラー上映となりました。

 美しい諏訪湖の自然がカラーで見られるほか、芦川いづみの入浴シーンの肌の色などもまずまず。一方で、室内シーンなどが意図せずにセピア調になってしまっていて色の出がイマイチだったりし、芦川いづみのセーラー服のスカートが風に舞うごとにその色がブルーに見えたり茶色に見えたりして、もう少し色ムラの補正もして欲しかった気もしました。

「誘惑」1957.jpg「誘惑」2.jpg「誘惑」●制作年:1957年●監督: 中平康●製作:高木雅行●脚本:大橋参吉●撮影:山崎善弘●音楽:黛敏郎●原作:伊藤整●時間:91分●出演:左幸子/芦川いづみ/千田是也/渡辺美佐子葉山良二/安井昌二/轟夕起子/中原早苗/殿山泰司/小沢昭一/二谷英明/宍戸錠/(以下、本人役)岡本太郎/東郷青児/勅使河原蒼風/徳大寺公英●公開:1957/09●配給:日活●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-11)(評価:★★★☆)

誘惑 HDリマスター版 [DVD]

日活110年記念 ブルーレイ&DVDシリーズ 20セレクション 知と愛の出発 [カラー復元版] [DVD]
「知と愛の出発」d.jpg「知と愛の出発」●制作年:1958年●監督:齋藤武市●企画:高木雅行●脚本:植草圭之助●撮影:姫田真佐久●音楽:鏑木創●原作:中村八朗●時間:93分●出演:芦川いづみ(綾部桃子)/川地民夫(南条靖)//宇野重吉(桃子の父・綾部健司)/中原早苗(桃子の親友・津川洋子)/白木マリ(同・河野恵美)/小高雄二(医師・三樹)/永田靖(靖の父・南条茂人)/夏川静江(靖の母・南条夏江)/「知と愛の出発」p2.jpg永井智雄(恵美の父、河野病院院長・河野秀樹)/利根はる恵(恵美の妻・河野順子)/廣岡三栄子(洋子の母・津川咲江)/二谷英明(雑誌記者)/清水マリ子(諏訪湖ホテルのアルバイトの少女A)/鎌倉はるみ(同B)/江端朱実(靖の妹・南条春子)/近藤宏(咲江の愛人・吉川)/河上信夫(雑誌記者の上司)/河合健二(記者)/鴨田喜由(バー「ナポリ」の客)/弘松三郎(自動車会社のセールスマン)/長尾敏之助(諏訪湖ホテルの支配人)/阪井幸一朗(ボーイ頭)/小柴隆(バー「ナポリ」の客)/堀江勇(都会の青年)/柳瀬志郎(同)/大須賀更生(同)/須藤孝(記者)/亀谷雅敬(桃子の弟・綾部満)/松原光一(都会の青年)/清水千代子(看護婦)/高田栄子(同)/菅乃梨子(同)/鈴木俊子(同)/佐川明子(同)●公開:1958/06●配給:日活●最初に観た場所:神田・神保町シアター(23-04-11)(評価:★★★)

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ストーリーはぐちゃぐちゃなになのに面白い。スタイリッシュな「殺しの烙印」。

「殺しの烙印」1967.jpg「殺しの烙印」dvd.jpg「殺しの烙印」01.jpg
日活100周年邦画クラシック GREAT20 殺しの烙印 HDリマスター版 [DVD]」宍戸錠/真理アンヌ/小川万里子
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 殺し屋がランキングされ、すべての殺し屋がナンバー1になろうと鎬を削る世界。ナンバー3の花田(宍戸錠)は、元締めの藪原(玉川伊佐男)から名前を名乗らない謎の男(南原宏治)の護送を依頼され、任務中にナンバー4の殺し屋でスタイリストの高(大和屋竺)とナンバー2を倒し、新たなナンバー2の座を獲得して任務を終える。運転手兼相棒で元ランク入りの殺し屋の春日(南廣)を任務中に失った花田は、「夢は死ぬこと」と語る謎の女・美沙子(真理アンヌ)に迎えられて帰路につく。美沙子は来日「殺しの烙印」 00.jpg中の外国捜査官の男の狙撃を花田に依頼するが、花田は手元を狂わせ、無関係の人物を射殺してしまう。このためにランキング外に転落した花田は、殺し屋の掟として、彼を処刑しに来る殺し屋たちの襲撃を次々と受ける。妻の真実(小川万里子)や美沙子も処刑人のひとりだった。しかし美沙子と花田は互いを愛し合ったために殺し合うことができず、ともに逃げる立場となる。美沙子は殺し屋組織に囚われの身となる。美沙子以外の刺客をすべて倒した花田の前に最後の敵として現れたのは、かつて彼が護送した謎の男だった。この男・大類こそが伝説の殺し屋ナンバー1だった。花田は大類との決闘に臨む―。

「殺しの烙印」11.jpg 鈴木清順監督の1969年作。一応ストーリーは書きましたが、観ている分にはぐちゃぐちゃで、ぐちゃぐちゃなのに面白く、また、全体を通して映像がスタイリッシュでした。しかし、どうしてこんなぐちゃぐちゃなストーリーなのか。

「殺しの烙印」12.jpg まず、1966年に結成された脚本家グループ「具流八郎」によるシナリオ執筆が決まり、中心人物だった大和屋竺が「殺し屋の世界ランキング」というアイディアを立ててハードボイルド・タッチの前半部分を書き、他のメンバーがそれに話を加えていくという方式をとり、また、一部の場面でギャビン・ライアル『深夜プラス1』、リチャード・スターク『悪党パーカー/人狩り』といった小説を参考にしているようです(だから、冒頭は『深夜プラス1』になっている。ただし、途中で話が途切れる)。

「殺しの烙印」ぼ.jpg 作中には小川万里子ら女優のヌードが随所に登場しますが、編集当初はフィルムに直接白い矢印を書き、その矢印が自粛個所を追いかけながら隠すという手法を取ろうとしたのが、この方法は会社から無断でお蔵入りにされ、公開時点で、画面半分を隠すほどの大げさな黒ベタによって塗りつぶされることになったとのことです。このため、鈴木清順監督を含む製作スタッフは、この修正版を「インチキ『殺しの烙印』」と呼んでいたそうで、修正が入っていない「完全版」は東京国立近代美術館フィルムセンター(のちの国立映画アーカイブ)に収蔵され、のちにビデオソフトとしてこの「完全版」復活したそうです(自分がシネマブルースタジオで観たのは"修正版"の方だった)。

「殺しの烙印」水.jpg 本作は公開時、批評家や若い映画ファンに熱狂的に支持されましたが、一方、当時の日活社長・堀久作は完成した作品を観て激怒し、特に、宍戸錠が演じる主人公の殺し屋が、ガス炊飯器の蓋を開け、米飯の炊ける匂いに恍惚とする、という描写が特に気に入らなかったようです(後にこのシーンのためにこの映画は有名になるのだが、元々の意図はCMのパロディだったようだ)。

「殺しの烙印」13.jpg 堀久作は公開翌年1968年の年頭社長訓示において、「わからない映画を作ってもらっては困る」と本作品を名指しで非難し、同年4月に鈴木清順監督に対し電話で一方的に専属契約の打ち切りを通告しました。これらの問題を不服とした映画人や大学生有志による「鈴木清順問題共闘会議」が結成され、映画界を巻き込んだ一大騒動に発展し、鈴木も日活を提訴、1971年に和解が成立しましたが、鈴木は1977年に松竹で「悲愁物語」を監督するまで約10年間のブランクを送ることとなりました。

クエンティン・タランティーノ.jpg 本作はやがて海外で高い評価を得るようになり(クエンティン・タランティーノ、ジョン・ウー、パク・チャヌクらがその影響を認め、ジム・ジャームッシュ、ウォン・カーウァイらが絶賛している)、国内でも再評価されることになりましたが、こうしたことは時々あるパターンだなあという気がします(そして、クエンティン・タランティーノがそれによく噛んでいる(笑))。

真理アンヌ in「ウルトラマン(第32話)果てしなき逆襲」('67年)   
科学特捜隊インド支部・パティ隊1.jpg真理アンヌ2.jpg真理アンヌ3.jpg 真理アンヌは1948年生まれ。父親がインド人で母親が日本人。この作品と同じ年「ウルトラマン(第32話)果てしなき逆襲」('67年)に科学特捜隊インド支部・パティ隊員役で出ています。因みに、「ウルトラセブン」で菱見百合子が演じた「友里アンヌ隊員」の役名は、第1期ウルトラシリーズを企画した金城哲夫(1938-1976/37歳没)が真理アンヌのファンだったことからその名になったとのことです(この人は吉本興業所属の現役)。

「ピストルオペラ」 2001.jpg「ピストルオペラ」9.jpg 鈴木清順監督自身にとっても思い入れのある作品なのか、後に、この作品の"続編"と言うより、殺し屋がナンバーランキングされている世界というモチーフを生かした「ピストルオペラ」('01年/東宝)を撮り、その作品は第58回ヴェネツィア国際映画祭アウト・オブ・コンペ部門正式招待作品となり、同映画祭では「偉大なる巨匠に捧げるオマージュの盾」を受賞しています。

「ピストルオペラ」011.jpg「ピストルオペラ」02.jpg 日本でも多くの人がこの"続編"作品を高く評価しているようですが、個人的には、鈴木清順監督の独自の映像美が横溢している作品だと感じられた一方で(観終わった直後は新鮮さを感じた)、後で考えてみたら、主演の江角マキコと共演の山口小夜子の高身長二人組も、演技しているのかどうかもよく分からない作品でした(江角マキコのセリフが棒読みなのは、下手なのか監督の演出なのか)。結局、「殺しの烙印」よりは落ちるかなという印象です。
  

「殺しの烙印」真理.jpg「殺しの烙印」真理2.jpg「殺しの烙印」●制作年:1967年●監督:鈴木清順●脚本:具流八郎(鈴木清順/大和屋竺/木村威夫/田中陽造/曽根中生/岡田裕/山口清一郎/榛谷泰明)●撮影:永塚一栄●音楽:山本直純(主題歌:大和屋竺「殺しのブルース」)●時間:91分●出演:宍戸錠/南原宏治/真理アンヌ/小川万里子/南廣/長弘/大和屋竺●公開:1967/06●配給:日活●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-03-28)(評価:★★★★)


「ピストルオペラ」2001.jpg「ピストルオペラ」●制作年:2001年●監督:鈴木清順●脚本:伊藤和典●撮影:前田米造●音楽:こだま和文●時間:112分●出演:江角マキコ(皆月美有樹(殺し屋No.3))/山口小夜子(上京小夜子)/韓英恵(少女・小夜子)/永瀬正敏(黒い服の男(殺し屋No.1?))/樹木希林(りん)/ヤンB・ワウドストラ(白人の男(殺し屋No.5))/渡辺博光(車椅子の男(殺し屋No.4))/加藤善博(情報屋の男)/柴田理恵(女剣劇の役者)/青木富夫(劇場の男)/小杉亜友美(ターゲットの女)/上野潤(若い男)/乾朔太郎(渡辺謙作)(ダンスホールの男)/三原康可(殺し屋NO.6)/田中要次(殺し屋NO.7)/加藤照男(殺し屋NO.8)/森下能幸(殺し屋NO.9)/加藤治子(折口静香)/沢田研二(東京駅の男(殺し屋No.2))/平幹二朗(花田五郎(元殺し屋No.1))●公開:2001/11●配給:松竹●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-04-16)(評価:★★★)

ピストルオペラ スペシャル・コレクターズ・エディション [DVD]

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PTSDとそこからの立ち直り。存在感が印象に残る宮崎あおい。

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ユリイカ(EUREKA) [DVD]」(2002)役所広司/宮崎あおい/宮崎将

(ユリイカ)01.jpg 九州に住む田村直樹(宮﨑将)と梢(宮﨑あおい)の兄妹は、小・中学生だった二年前に、沢井真(役所広司)の運転するバスで登校中にバスジャックに遭遇した。犯人(利重剛)は刑事の松岡(松重豊)によって射殺されたが、兄妹と沢井以外の乗(ユリイカ)02.jpg客は犯人の銃で殺された。極度のショックを受けた兄妹は引き籠り、その影響で両親は離婚。親権者の父親は無謀運転で事故死し、兄妹は大きな屋敷に二人きりで住むようになった。一方の沢井も不安定になり、家族と揉めた末に、引き寄せられるように直樹たちの屋敷に転がり込む。二年後の夏、兄(ユリイカ)04.jpg妹の従兄の大学生・秋彦(斉藤陽一郎)が屋敷にやって来る。休暇期間中だけ親戚らに送り込まれたのだ。兄妹が全く口をきかず、沢井まで居ることに驚きつつ、同居を始める秋彦。土木作業員として働く沢井の会(ユリイカ)05.jpg社で、事務員の河野圭子(椎名英姫)が殺された。近辺では通り魔殺人が頻発しており、疑われた沢井は一時留置場に拘留される。沢井と直樹たち兄妹はバスジャックの被害者なのに、地域の人々から孤立し白い目で見られている。このまま引き籠っていてはいけないと感じた沢井は、中古の旧式バスを買って改造し、直樹と梢、秋彦を乗せて旅に出る。バスに寝泊りしながら九州を巡る四人。秋彦は、前日に泊まった阿蘇の町で、通り魔殺人が起きたことを知る。犯人は、夜中にバスから出た沢井か直樹ではないのか―。

青山 真治.jpg 昨年['22年]頸部食道がんのため57歳で亡くなった青山真治(1964-2022)監督作で、第53回カンヌ国際映画祭で「国際批評家連盟賞」と「エキュメニカル審査員賞」をW受賞した作品。日本公開は'01(平成13)年ですが、カンヌでの公開は'00(平成12)年5月18日でした。同年5月3日に当時17歳の少年による「西鉄バスジャック事件」が発生していますが、もちろん映画の撮影はその前です(撮影に使用されているのが「西鉄バス」であるというのはすごい偶然)。

(ユリイカ)03.jpg 上映時間は3時間37分と長尺で、ほぼ全編セピアカラーのような映像で、心象風景的なシークエンスも少なからずありましたが、時間の長さをあまり感じさせず、一定の緊張感を維持して観続けることができました(劇場で観られたというのもある)。役所広司に加えて、宮﨑将・あおい兄妹の演技力もあったと思います。兄妹はPTSDで会話ができないという設定でしたが、秋彦役の斉藤陽一郎より梢役の宮﨑あおいの方がその存在感が印象に残りました(兄・宮﨑将は現在俳優をやめているが、役者としては、自分より妹の方が優れていると思っているという発言をしたことがある)。

「ユリイカ」10.jpg 要するに、PTSD(心的トラウマ)とそこからの立ち直りの物語ですが、ほろ苦い結末でもあります。ここから先はネタバレになりますが、結局、連続通り魔事件は心を病んだ直樹の犯行であり、そのことに気づいた沢井は姿を消した直樹を追い、次の殺人を思い留まらせ、付き添って警察に自首させます。そして、残された梢の心を思いやり、バスで海や広大な景色を見せてから家路へと向かう―。

 ただ、あまり伏線にないようなものが無かった気もします。最後に沢井が秋彦のふと漏らした「一線を越えてしまったら隔離した方が周りにとっても本人にとっても幸せなんだよ」との一言に激高して、秋彦を殴った上でバスから路上に追い出してしまうのも、やや自己チュー気味で、共鳴する以前に唐突感を感じました。

 沢井と梢が海を見てから展望台に登るというラストシーンは、ロードムービーの定番的シチュエーションのように思えましたが、悪くなかったように思います。ただ、梢が「お兄ちゃん、見える?」と兄への思いを馳せて言う言葉が、尚のことほろ苦さを増すというか、これから二人が旅しても、新たなトラウマを背負っていくことになるのでは、という気もしなくはありませんでした。

 青山監督自身によって執筆されたノベライズは2000年に角川書店より刊行され、第14回三島由紀夫賞を受賞していますが、個人的には未読です。ただ、こうした実験的なアプローチで撮り切って、観客に映画館に足を運ばせる力量のある作品を生み出せる監督が亡くなったのは残念に思います。また、この作品が劇場であまり上映される機会が無いのも残念です(DVDは2002年に発売され、いったん廃盤となり、2008年に値下げして再リリースされたものの、現在は中古品がプレミア価格になってしまっている)。

(ユリイカ)いm.jpg「EUREKA(ユリイカ)」●制作年:2000年●監督・脚本:青山真治●撮影:田村正毅●音楽:青山真治/山田勳生●時間:217分●出演:役所広司/宮﨑あおい/宮﨑将/斉藤陽一郎/国生さゆり/光石研/利重剛/松重豊/塩見三省/真行寺君枝/でんでん/椎名英姫/中村有志/尾野真千子/本多哲郎(唄人羽(うたいびと はね))●公開:2001/01●配給:サンセントシネマワークス●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(23-03-19)(評価:★★★☆)

EUREKA ユリイカ(IMDb評価 7.8)

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アカデミー賞を総嘗め。今までアジア系を無視してきたことの反動ともとれるが。

「エブエブ」2022.jpg「エブエブ」08.jpg 「エブエブ」09.jpg
「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス 」(2022)ミシェル・ヨー
「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」7.jpg
「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」(1997)舞台はホーチミン(サイゴン)、ロケ地はタイのバンコク

「エブエブ」03.jpg 中国系移民のエヴリン(ミシェル・ヨー)は、自身が経営するコインランドリーが破産寸前で、しかも国税局から監査が入り、税金の申告をやり直さなければならなくなったという問題や、頼りにならない夫ウェイモンド(キー・ホイ・クァン)、反抗的な娘ジョイ(ステファニー・スー)、老齢で車椅子が必要な上に最近ボケてきた父親ゴンゴン(ジェームズ・ホン)といった家族の問題など、数多くのトラブル「エブエブ」06.jpgを抱えていた。疲れ果てた彼女の前にある日、夫に乗り移った"別の宇宙(ユニバース)の夫"が現れ、「全宇宙にカオス「エブエブ」04.jpgをもたらそうとしている強大な悪ジョブ・トゥパキを倒せるには君だけだ」と彼から告げられて、世界の命運を託されてしまう。彼女は"無限の多元宇宙(マルチバース)"に飛び込み、カンフーの達人の"別の宇宙のエヴリン"の力を得て、マルチバースの脅威ジョブ・トゥパキと戦うこととなるが、ジョブ・トゥパキの正体は"別の宇宙の自分の娘"だった―。

「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」1997.jpg007 ミシェル・ヨー.jpg 2022年制作のダニエルズ(ダニエル・クワン&ダニエル・シャイナート)監督よる「異次元間アクション映画(通称「エブエブ」)。主演は香港アクシTRUE LIES movie.jpgョン映画の華として活躍し、「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」('97年/英・米)、「グリーン・デスティニー」('00年/中国・台湾・香港・米)でハリウッドに進出したミシェル・ヨー(59歳)で(脚本は当初ジャッキー・チェンが主演を務めることを想定して書かれていたものだった)、共演は「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」('84年/米)で少年役だったキー・ホイ・クァン、「トゥルーライズ」('94年/米)のジェイミー・リー・カーティス(63歳)などです。

「エブエブ」オスカー.jpg どうして今このメンバー?とも思える組み合わせですが、先月['23年3月]発表の第95回アカデミー賞において、作品賞、監督賞、主演女優賞、助演男優賞、助演女優賞、編集賞の計7部門を受賞し、この3人ともが演技賞を受賞したことになります(主演男優賞は「ザ・ホエール」のブレンダン・フレイザ)。

 アカデミー賞の7部門独占は、今世紀に入って'04年の「ロード・オブ・ザ・リング/王の帰還」('03年)の11部門、'09年の「スラムドッグ$ミリオネア」('08年)に次ぎますが、この2作は「エブエブ」のような演技賞の受賞はなく、演技部門における3冠達成は、1951年の「欲望という名の電車」と1976年の「ネットワーク」に次いで3度目、ほぼ半世紀ぶりのこととなります。さらに、編集賞を除く主要6部門制覇は、「或る夜の出来事」「地上(ここ)より永遠に」「カッコーの巣の上で」「クレイマー、クレイマー」「愛と追憶の日々」「羊たちの沈黙」などの持つ最多記録(主要5部門制覇)を抜いて史上初とのことです。

「エブエブ」12.jpg アカデミー賞受賞決定の直後に観ました。そんなスゴイ作品かなあというのはありましたが、話は強引ながらも勢いがあり、乗せられて観てしまいました(フツーに娯楽映画として観たということか)。ミシェル・ヨー演じるエヴリンの、現実生活の苦しさをぶっ飛ばすキレキレのアクションは「グリーン・デスティニー」での彼女を髣髴させ、キー・ホイ・クァンも、一時俳優業から武術指導のアシスタントに転じていただけに、なかなかのアクションでした。共にCGは使っていないそうです(ミシェル・ヨーの小指での腕立て伏せのシーンはCGだと思うが)。

ダニエルズ(.jpg 人生をカオスと捉え、マルチバースの世界にそれを反映させているといった感じでしょうか(監督のダニエルズは「湯浅政明や今敏、宮崎駿などといった、日本のアニメ監督からインスピレーションを受けて作った」とコメントしている)。例えばエヴリンには、カンフーマスターであったり女優として成功するなど別宇宙での彼女が沢山いるといった具合です(ミシェル・ヨーの過去に出演したカンフー映画や、国際的な映画祭での実際の映像などを使っている。映画自体は低予算映画で、2023年・第38回「インディペンデント・スピリット賞 作品賞」を受賞している)。SFのスタイルを借りつつ、女性とマイノリティを励ます映画にもなっています。

ダニエルズ(ダニエル・クワン/ダニエル・シャイナート)

[エブエブ」.jpg 一方で、観終わってみれば、徹底した「現実逃避」映画ともとれ、要は、「母と娘」の関係の解(ほつ)れとその修復という古典的・感情的テーマを、大袈裟なマルチバースという枠組みの中で展開しただけに過ぎなかったという見方もできなくはないと思います(この点が「そんなスゴイ作品かなあ」という印象に繋がる)。

 アカデミー賞で多くの賞を受賞したのは、これまでアジア系の映画がアカデミーであまり評価されておらず、アジア系の俳優にも型通りの役しか与えられなかったことへの反省もあるでしょう。アカデミー賞はその時々で、過去のアンバランスを修正すべく反動形成された受賞がしばしば見られるように思います(偏向しているとの批判をかわし、賞の権威を維持するための調整が優先されがち)。

ミシェル・ヨー0.jpg この作品でアジア人女優として初めてアカデミー主演女優賞を受賞した(エントリーされること自体がアジア人女優初だった)ミシェル・ヨー(楊紫瓊・1962年生まれ)は、その前にゴールデングローブ賞(今年['23年]1月)でも主演女優賞を受賞していて、その時のスピーチで「昨年私は60歳を迎えた」「女性は年齢の数字が大きくなればなるほど、機会に恵まれることは少なくなる」と女性の年齢による機会損失について訴えていましたが、アカデミー賞の授賞式のスピーチでもオスカー像を掲げ、「これは希望と可能性の印です。夢が叶う証です。そして女性のみなさん、『あなたはもう盛りを過ぎた』なんて誰にも言わせてはなりません」と語ったことが、世界的に大きな反響を呼びました。

ミシェル・ヨー.jpg その彼女に、来月['23年5月]のカンヌ国際映画祭のオフィシャルディナーの場にて、「ウーマン・イン・モーション」アワードが授与されることが今月['23年4月]決定しました。2015年に発足した「ウーマン・イン・モーション」アワードは、女性に対するコミットメントや取り組みを称えるもので、アジア人では2019年のコン・リー以来2人目の授賞になります。

カンヌ国際映画祭オフィシャルディナーのフォトコールにて(2023.5.25)。左からフランソワ=アンリ・ピノー、ミシェル・ヨー、パートナーのジャン・トッド Vittorio Zunino Celotto


 彼女はインタビューで、「『グリーン・デスティニー』の頃は、ハリウッド業界はアジア人俳優を認める準備がまだできミシェル・ヨー2.jpgていなかったと思います。作品賞や監督賞はあっても、俳優だけはノミネートされなかった。ジョアン・チェンやコン・リーなど、私より先に活躍していた美しい女優たちは、本来ならアカデミー賞にノミネートされているべきでした。人種のせいなのか? 私はそうだと思います。しつ「グリーン・デスティニー」23.jpgこく言いたくはないですが、ただ『前に進みましょう』と言いたい。いまこそ前進するときです。素晴らしい映画の魅力とは、文化を超え、時代を超え、言語を超えるところにあると思います」と述べています。

ミシェル・ヨー in「グリーン・デスティニー」('00年)

 しつこく言いたくはないとしながらも、これまで偏向(人種差別)があったとはっきり言っている! さらに、自分より先にジョアン・チェン(陳冲・1961年生まれ、「ラストエンペラー」('87年)、「ラスト、コーション」('07年)など)やコン・リー(鞏俐・1965年生まれ、「紅いコーリャン」('87年)、「さらば、わが愛/覇王別姫」('93年)など)らがアカデミー賞にノミネートされるべきだったと言っているところがエライです。

「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」2.jpg ミシェル・ヨーは1985年、初主演作「レディ・ハード 香港大捜査線」('85年/香港)でアクション映画に初挑戦、バレエ仕込みの身体表現で激しいカンフーアクションや危険なスタントシーンを演じ、レディ・アクションスターの先駆けとなって、「皇家戦士」('86年/香港)では真田広之と共演、「ポリス・ストーリー3」('92年/香港)でジャッキー・チェンと共演し「走行中の貨物列車の屋根にオートバイで飛び乗る」というスタントを代役なしで演じています(ジャッキー・チェンをして「自分の見せ場を奪われるから競演NG」と言わしめたとか)。「ジ「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」3.jpgェームズ・ボンド」シリーズ第18作「007トゥモロー・ネバー・ダイ」('97年/英米)(公開時タイトルは「トゥモロー・ネバー・ダイ」で35歳で「ミシェル・ヨー」(それまではミシェル・キングまたはミシェル・カーンだった)としてハリウッドへ進出したのは、"満を持して"といった感じだったでしょうか。中国国外安保隊「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」よー.jpg員ウェイ・リンという役柄で、ジェームズ・ボンド役のピアース・ブロスナンと対等に渡り合う「戦うボンドガール」として注目を浴びました。ボンドと一緒に手錠をかけられた「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」ば.jpg状態でビルからジャンプするシーンや、そのままバイクで市中を駆け抜けるシーンは派手で、格闘シーンもよく脚が上がっていてキレキレと言う感じでした。ストーリーは大したことなかったものの、優れたSF・ファンタジー・ホラー作品に送られる「サターン賞」で4つのノミネートを受け、ピアース・ブロスナンが「サターン主演男優賞」を受賞していますが、ミシェル・ヨーの貢献も大きかったのではないでしょうか。

「エブエブ」05.jpg  因みに、この「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」で、ミシェル・ヨーより数多くの賞を受賞したのがキー・ホイ・クァンで、ゴールデングローブ賞助演男優賞、アカデミー助演男優賞のほかに、第88回「ニューヨーク映画批評家協会賞 助演男優賞」、第57回「全米批評家協会賞 助演男優賞」、第48回「ロサンゼルス映画批評家協会賞 助演男優賞」など多くの賞を受賞しています。「現実世界の頼りない夫」としてのハリウッド映画における従来のアジア人のパターナルな演技と、「"別の宇宙(ユニバース)の夫"」としてのヒロイックな演技(まるでブルース・リー(!?))の使い分けが際立っていたことが評価されたのでしょう。

ジェームズ・ホン br.jpgジェームズ・ホン.jpg さらに、ボケているのに頑固な父親ゴンゴンを演じたジェームズ・ホンは1929年生まれの今年94歳。ジェニファー・ジョーンズ、ウィリアム・ホールデン主演の香港を舞台とした映画「慕情」('55年)の頃からノンクレジットですが映画に出ており、「砲艦サンパブロ」('66年)のヴィクター・スー役などもありましたが、「ブレードランナー」('82年)のレプリカントの眼球を作っている遺伝子工学者ハンニバル・チュウの役などは、多くの人にとって懐かしいのではないでしょうか(あれから40年かあ)。と言うこキー・ホイ・クァン hフォード.jpgとは、ハリソン・フォードは、この映画に出ているキー・ホイ・クァンと「インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説」('84年/米)で共演したほかに、ジェームズ・ホンとも「ブレードランナー」で共演したことがあるということか。

ジェームズ・ホン in「ブレードランナー」('82年)


「エブエブ」02.jpg「エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス」●原題:EVERYTHING EVERYWHERE ALL AT ONC●制作年: 2022年●制作国:アメリカ●監督・脚本:ダニエルズ(ダニエル・クワン/ダニエル・シャイナート)●撮影:ラーキン・サイプル●音楽:サン・ラックス●時間:140分●出演:ミシェル・ヨー/キー・ホイ・クァン/ステファニー・スー(許瑋倫)/ジェイミー・リー・カーティス/ジェームズ・ホン/タリー・メデル/ジェニー・スレイト/ハリー・シャム・Jr/ビフ・ウィフ/スニータ・マニ/アーロン・ラザール/オードリー・ヴァシレフスキ/ピーター・バニファズ●日本公開:2023/03●配給:ギャガ●最初に観た場所:TOHOシネマズ西新井(シアター1)(23-03-15)(評価:★★★☆)
ジェイミー・リー・カーティス「トゥルーライズ」から28年
ジェイミー・リー・カーティス.jpg
 
11「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」.jpg「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」●原題:TOMORROW NEVER DIES●制作年:1997年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:ロジャー・スポティスウッド●製作:マイケル・G・ウィルソン/バーバラ・ブロッコリ●脚本:ブルース・フィアスティン●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:デヴィッド・アーノルド(主題歌:「トゥモロー・ネヴァー・「007 トゥモロー・ネバー・ダイ」び.jpgダイ」シェリル・クロウ)●原作:イアン・フレミング●時間:119分●出演:ピアース・ブロスナン/ジョナサン・プライス/ミシェル・ヨー/テリー・ハッチャー/ジョー・ドン・ベイカー/リッキー・ジェイ/ゲッツ・オットー/デスモンド・リュウェリン/ヴィンセント・スキャベリ/ジョフレー・パーマー/コリン・サーモン/サマンサ・ボンド/ジュディ・デンチ●日本公開:1998/03●配給:UIP(評価:★★★☆)

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リアリズム映画であると同時にファンタジー映画に。ほろ苦い結末。

「小さき麦の花」2022.jpg 「小さき麦の花」2.jpg「小さき麦の花」(2022)

「小さき麦の花」3.jpg 2011年、中国西北地方の農村。貧しい農家の四男・ヨウティエ(ウー・レンリン)は、三男ヨウトン(チャオ・トンピン)から厄介者として扱われながら兄の家で暮らしていた。働き者だが未だ独身で、兄は自分の息子の縁談話の前に(世間体を気にして「小さき麦の花」10.jpg)彼に縁談話を持ち掛ける。相手の女性クイイン(ハイ・チン)は、体「小さき麦の花」00.jpgに障碍があり、すぐ小便をもらしてしまい、左半身も不自由である。今まで結婚相手もなく、兄夫婦にいじめられて生きてきた。「どう?二人はお似合いよね」と仲介者は兄たちから200元の金を受け取り、本人たちが何も言わないまま、二人の結婚は決まる。村には空き家が目立ち、耕地は荒れていた。ロバ1頭が唯一の財産の新婚夫婦は、空き家に居を構える。農地を耕し、小麦の種を蒔き、野菜を育て、そうして不器用ながらも互いに思いやって慎ましく生きるが、やがて農村改革によって住んでいた空き家を追い出されることになる。立ち退きの補償金を元手にするなどして、二人だけで自分たちの家を建てるが―。

「小さき麦の花」12.jpg 「僕たちの家(うち)に帰ろう」('14年/中国)のリー・ルイジュン(李睿珺)監督による2022年作品で、家族から厄介者扱いされていた男女が夫婦となり、社会の変革などに翻弄されながらも絆を深めていく、第72回「ベルリン国際映画祭」のコンペティション部門に出品されたドラマ映画です(原題は「隐入尘烟」で「埃の中に隠れる」という意味、英題「Return to Dust」は「埃に還る」なので、ほぼ原題に近い)。

 時代設定は2011年だそうですが、ほんの10年ほど前とは思えないほどの貧しさ。中国の国内の「格差問題」を如実に示した作品で、ひと昔前なら国家の検閲が入って上映禁止にでもなりそうな内容ですが、ベルリン国際映画祭で絶賛され、中国国内でもレビューサイト「豆瓣(ドウバン)」では平均8.5(10点満点)という高い評価を獲得し、このスター不在の低予算映画映画が、社会現象となるほどの大ヒットを記録したとのこと、特撮の愛国ヒーローものアクションやコメディがヒットの定石になっていた中国映画市場に起きた「奇跡」と言われているどうです。

「小さき麦の花」8.gif「小さき麦の花」1.jpg とにかく徹底したリアリズム。ノーメイク(汚れメイク?)でクイインを演じたハイ・チン(海清)は、もう女優には見えず、このあたりが張藝謀(チャン・イーモウ)の「紅いコーリャン」 ('87年/中国)のコン・リー(鞏俐)などとは異なるところ(コン・リーは"中国版山口百恵"と言われた)。

「小さき麦の花」11.jpg 武仁林(ウー・レンリン)/海清(ハイ・チン)

「小さき麦の花」9.jpg ヨウティエを演じたウー・レンリン(武仁林)に至っては、映画の舞台となった甘粛省の村で実際に農業に従事している人物だそうで、そのため、一挙手一投足に芝居ではないリアルさがありました。クイイン役のハイ・チンは、本作の出演に当たってウー・レンリンの家に10カ月滞在し役作りに励んだことで、こちらも農民の動作が体にしみ込んでいました。

「小さき麦の花」7.jpg 季節が移って麦が成長し、卵が孵(かえ)り、ヨウティエ、クイインの夫婦の関係も深化していきます。最初はぎこちなかった二人の心の距離が徐々に縮んでいく様が、繊細に描き出されていました。

「小さき麦の花」6.jpg 映像美的にも、先祖に結婚を報告した後、砂丘の頂上に並んで座った二人が会話を交わすシーンや、卵を孵化させる段ボール箱から発せられる光がイルミネーションのように二人の顔を照らすシーン、屋根の上で二人が体を結んで寝るシーンなど、美しい場面をいくつもあり、リアリズム映画であると同時にファンタジー映画にもなっていると思います。

 ただし、夫婦を突然襲った悲運を経ての結末はほろ苦いものでした。二人の手作りの家が(日干し煉「小さき麦の花」4.jpg「小さき麦の花」5.jpg瓦造りから始めて、手作りで家を建てるというのもスゴいが)ブルドーザーであっけなく壊され、 補償金の1万5000元が支払われますが、それを受け取ったのはヨウティエではなかった―。

 何もかも失ったヨウティエはどうなるのかと思ったら、街の文化住宅みたいなアパートでで暮らすことになったみたいで(当局の検閲が入った?)、生きててくれて良かったと思う一方、金よりもロバを欲しがったようなヨウティエが、街で暮らして幸せになれるとはあまり思えませんでした(このあたりも含めての風刺か?)。

 特に中国の若者の間でヒットしたようですが、この結末を彼らがどう捉えたのか知りたい気がします。

海清(ハイ・チン)
「小さき麦の花」ハイチン.jpg「小さき麦の花」●原題:隐入尘烟/RETURN TO DUST●制作年: 2022年●制作国:中国●監督・脚本:リー・ルイジュン(李睿珺)●撮影:ワン・ウェイホア●音楽:ペイマン・ヤザニアン●時間:133分●出演:ウー・レンリン(武仁林)/ハイ・チン(海清)/ヤン・クアンルイ(杨光锐)/チャオ・トンピン/ワン・ツァイラン/ワン・ツイラン/シュー・ツァイシャ/リウ・イーフー/チャン・チンハイ/リー・ツォンクオ/ワン・チールー●日本公開:2023/02●配給:マジックアワー=ムヴィオラムヴィオラ●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(23-02-17)((評価:★★★★)

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やっぱり日本とは違うなあと思う一方で、あちらでも安楽死には壁があるのだなとも。

「すべてうまくいきますように」1.jpg 「すべてうまくいきますように」2.jpg
「すべてうまくいきますように」ソフィー・マルソー/ジェラルディーヌ・ペラス/アンドレ・デュソリエ
「すべてうまくいきますように」2021.jpg 人生を謳歌していた85歳のアンドレ(アンドレ・デュソリエ)は脳卒中で倒れて体が不自由になり、娘のエマニュエル(ソフィー・マルソー)に人生を終わらせる手助けをしてほしいと頼む。戸惑う彼女は父の考えが変わることを期待しつつも、合法的な安楽死を支援するスイスの協会と連絡を取り合う。一方、リハビリによって順調に回復するアンドレは積極的に日々を楽しみ、生きる希望を取り戻したかのようだった。しかし、彼は自ら定めた最期の日を娘たちに告げ、娘たちは葛藤しながらも父の決断を尊重しようとする―。

 「焼け石に水」「まぼろし」(共に'00年)などのフランソワ・オゾン監督が、安楽死を巡る父と娘の葛藤を描いたドラマで、原題はTout s'est bien passé(すべてうまくいった)。「まぼろし」「スイミング・プール」('03年)などで同監督と組んだ脚本家エマニュエル・ベルンエイム(1955-2017)による自伝的小説が原作で、オゾン監督のインタビューによれば、彼女の生前に映画化を持ちかけられたもののその時は触発されず、それが彼女が亡くなってから映画化してみようと思ったとのことです。

「すべてうまくいきますように」6.jpg5「すべてうまくいきますように」.jpg 長女エマニュエルを「ラ・ブーム」('80年)のソフィー・マルソー、父アンドレを「恋するシャンソン」('97年)のアンドレ・デュソリエが演じるほか、オゾン監督作「17歳」('13年)にも出演したジェラルディーヌ・ペラスが、父と姉の絆に複雑な想いを抱き嫉妬することもあるが、こうと決めたら真っ直ぐな姉を慕う健気な妹パスカルを演じています(メガネをしていて最初は分からなかった)。

「マリア・ブラウンの結婚」ハンナ・シグラ.jpg「すべてうまくいきますように」ハンナ・シグラ.jpg さらに、オゾン監督作の常連シャーロット・ランプリング(「まぼろし」の主演でもあった)がアンドレの妻、エマニュエル姉妹の母を演じ、安楽死を支援する協会から派遣されてくるスイス人女性(ちょっと怪しげ?)を、ライナー・ヴェルナー・ファスビンダー監督の「マリア・ブラウンの結婚」('79年/西独)のドイツ人俳優ハンナ・シグラが演じています(年齢を経ていて最初は分からなかった)。

 安楽死という重いテーマを取り上げた映画ですが、最初は安楽死を願う父親と向き合いたがらなかった娘が、いつの間にか"無事に"父親の願いを叶えられるよう奔走しているという、ちょっとコミカルな面もありました。途中から急にサスペンス風になり、果たして当局の追手をかわして、安楽死が認められているスイスに父親を送り届けることができるかハラハラさせるという、こうしたちょっとユーモラスな作りは、この監督ならではと思います。

 娘たちの心境の変化の背景には、欧米社会には死を個人の権利と考える考え方がもともとあって、安楽死のハードルが日本などよりは精神土壌的に低いということがあるのではないかとも思えるし、自国でダメでもクルマで国境を越えて隣国に行けば何とかなるという、物理的なハードルの低さもあったように思います。

 一方で、自殺を大罪とするカトリックの思想がフランス、イタリア、スペインなどラテン系国家にはあり、同じ欧米社会でもプロテスタント系国家との間に格差があって、そのあたりが娘たちが最初は父親の願いを聴こうとしないことにも繋がっているように思いました。やっぱり日本とは違うなあと思う一方で、あちらでも安楽死には壁があるのだなとも思いました。

 同じく安楽死を扱った映画に、クリント・イーストウッド監督の 「ミリオンダラー・ベイビー」 ('04年/米)があり、あの映画も観る側に考えさせる映画でしたが、感動のツボを押さえたハリウッド映画らしい作り方になっていたように思います。一方のこの作品は、死ぬ側である父がブラック・ユーモアを発したりしていて、同じく感動的ではありますが、感動に至るプロセスがヨーロッパ映画的であり、こちらの方が意外とリアリティがあったように思います。

「すべてうまくいきますように」3.jpg 因みに、フランソワ・オゾン監督はゲイであることを公言していますが、この映画のアンドレ・デュソリエ演じる父親アンドレもゲイであり(その元カレが"クソ野郎"と呼ばれていたジェラルドだが、彼もアンドレを愛している)、シャーロット・ランプリング(1946年生まれ)演じる母親はゲイだとわかっていても夫を愛していたから別れなかったという設定のようです(娘ソフィー・マルソーが母がシーロット・ランプリングになぜ別れなかったのか問い詰める場面がある)。シーロット・ランプリングの常に憂いを秘めた表情に、そのあたりの経緯が込められていたでしょうか。

「すべてうまくいきますように」4.jpg「ラ・ブーム」 dvd.jpg ソフィー・マルソー(1966年生まれ)の演技も悪くなかったです。「ラ・ブーム」 ('80年/仏)の少女、「デサント・オ・ザンファー 地獄に墜ちて」 ('86年/仏)の若妻、 「007 ワールド・イズ・ノット・イナフ」 ('99年/英・米)のボンドガールなどを経て、著述業や監督業、社会貢献活動などもやりながら恋愛遍歴も重ね、いつの間にか演技派女優になっていたのか。

ハンナ・シグラ(1943年生まれ)
マリア・ブラウンの結婚」(1079)
「マリア・ブラウンの結婚」ハンナ・シグラ2.jpgハンナ・シグラ.jpg「すべてうまくいきますように」●原題:TOUT S'EST BIEN PASSÉ(英:EVERYTHING WENT FINE)●制作年: 2021年●制作国:フランス/ベルギー●監督・脚本:フランソワ・オゾン●製作:エリック・アルトメイヤー/ニコラス・アルトメイヤー●撮影:イシャーム・アラウィエ●音楽:ニコラス・コンタン●原作:エマニュエル・ベルンエイム●時間:113分●出演:ソフィー・マルソー/アンドレ・デュソリエ/ジェラルディーヌ・ペラス/シャーロット・ランプリング/エリック・カラヴァカ/ハンナ・シグラ/グレゴリー・ガドゥボワ/ジャック・ノロ/ジュディット・マーレ/ダニエル・メズギッシュ/ナタリー・リシャール●日本公開:2023/02●配給:キノフィルムズ●最初に観た場所:ヒューマントラストシネマ有楽町(シアター2)(23-02-17)(評価:★★★★)

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ちょっとしたことから始まる人と人との関係の齟齬。結局、"精霊"って"死神"?

「イニシェリン島の精霊」2022 .jpg「イニシェリン島の精霊」図1.jpg
イニシェリン島の精霊」コリン・ファレル/ブレンダン・グリーソン

「イニシェリン島の精霊」1.jpg 1923年、アイルランドの小さい平和な孤島・イニシェリン島に暮らすパードリック(コリン・ファレル)はある日、親友のコルム(ブレンダン・グリーソン)から突然絶縁を告げられる。「ただお前が嫌いになった」と言い放たれ、長年友情を育んできたはずだった彼が何故突然そんなことを言い出したのか理解出来ないパードリックは、賢明な妹シボーン(ケリー・コンドン)や風変わりな隣人ドミニク(バリー・コーガン)の力を借りて事態を好転させようとするが、コルムから「これ以上自分に関わると自分の指を切り落とす」と恐ろしい宣言をされてしまう―。

 マーティン・マクドナー監督による2022年のアイルランド・イギリス・アメリカ合作。第80回ゴールデングローブ賞で最多7部門8ノミネートされ、作品賞、主演男優賞、脚本賞の3部門を受賞し、米アカデミー賞でも主要部門9部門にノミネートされました(ただし、先月['23年3月]発表の授賞結果では無冠に終わった)。「イニシェリン島の精霊」2.jpg

「イニシェリン島の精霊」3.jpg ブラック・コメディ映画とされていますが、確かに二人のオジサンによる喧嘩はユーモラスでもあり、「陽気な悲劇」と言えるかも。ただし、個人的にはブラックの要素の方が強かった気がします。特に、コルムが実際に自分の指を切り落としてパードリックの家の扉に投げつけたりした辺りから、ホラー的にさえなってきました(指切ってしまったら、楽器の演奏ができなくなって、パードリックとの関係を断ってまでも自分の残りの人生を注ごうとしている音楽創作にも差し障るのでは? そう考えると、ある意味で狂気である)。

「イニシェリン島の精霊」4.jpg ちょっとしたことから始まる人と人との関係の齟齬を描いた作品ともとれます。舞台である架空の島イニシェリン島の対岸のアイルランド本土では内戦の戦火が絶えず、砲撃音が平和な孤島にも聞こえてきますが、評論家と思しき人たちによれば、まさに二人の諍いがその象徴であるとのことです。

 さらには、この物語の時代設定がちょうど今からほぼ100年ほど前であることから、2022年の、そして今も続いているロシアのウクライナ侵攻をも象徴しているとして、メタファー構造の多重性を指摘し、ゆえにこの作品を米アカデミー賞の作品賞授賞最有力候補として絶賛する 評論家がいたりしましたが、そこまで深読みして評価する必要があるのかは疑問です(先述の通り、米アカデミー賞は無冠に終わった)。

 ただし、イニシェリン島における寒空と海の美しさが親友に絶交されたパードリックの冷え切った心と対応しており、また、パードリック=コリン・ファレルの、パードリックが愛するジェニーという名のロバにも喩えられるような間が抜けた喜劇役者的演技と、コルム=ブレンダン・グリーソンのジョン・ウェインみたいな風貌と滅茶苦茶に重厚な演技の対比も良かったです。

「イニシェリン島の精霊」p.jpg 結局、"精霊"って"死神"のことだったのか。実際、その"悪魔"を体現したような老女が出てきて、二つの死を予言し、この辺りはミステリっぽい感じも。二つの死の内の一つはロバのジェニーだったけれど(この映画、ロバだけでなく、カラス、馬、乳牛、ボーダーコリー犬など様々な動物を象徴的に使っている)、もう一つの死は...。

 最後、パードリックがロバのジェニーの敵討ちみたいな感じでコルムの家に火を放ち、ロバと住まいでは経済価値的にバランスが取れないのではと常識では思ってしまいますが、コルムの飼っているボーダーコリー犬は救われたことでコルムはパードリックに礼を言う―という、かなり苦いながらもハッピーエンドみたいな感じになっていて、ロバの値段とか家の値段とかではなく、みんなメタファーなのだろうなあ。

「イニシェリン島の精霊」5.jpg 島の唯一の知性の象徴は、パードリックの妹のシボーン(ケリー・コンドン)なのでしょう(バリー・コーガン演じる風変わりな隣人ドミニクも意外と賢かったが)。パードリックとコルムが芸術の遺産について口論を繰り広げ、無学者のパードリックが口負かされた後、シボーンはコルムが言ったモーツァルトの話は17世紀ではなく18世紀の話だと彼の間違いを冷静に指摘して颯爽と島を去っていきました(コルムの芸術的素養もそれほどのものではないということだろう)。そして、残された男たちはいつまで争いを続けるのか。「戦争は女の顔をしていない」という言葉を思い出しました(やっぱり、この話は戦争のメタファー?)

 個人的には、コルムの人生の限りある残された時間を無駄に使いたくないという気持ちにもっとフォーカスして欲しかった気もしますが、途中からそのコルムが狂気染みてきて、彼に感情移入できなくなったというところでしょうか。

「ヴェネツィア国際映画祭」コリン・ファレル.jpg「イニシェリン島の精霊」ファレル.jpg「ヴェネツィア国際映画祭」コリン・ファレル2.jpg 2022年・第79回「ヴェネツィア国際映画祭」においてコリン・ファレルが「ボルピ杯(最優秀男優賞)」を受賞し(彼はアイルランド人である)、さらにコリン・ファレルは2023年・第80回「ゴールデングローブ賞」において「最優秀主演男優賞(ミュージカル/コメディ)」、2022年・第88回「ニューヨーク映画批評家協会賞」において「主演男優賞」、2022年・第57回「全米批評家協会賞」において「主演男優賞」を受賞(ケリー・コンドンも「助演女優賞」を受賞)しています(ケリー・コンドンもアイルランド人、共演のブレンダン・グリーソン、バリー・コーガンも皆アイルランド人である)。

第79回「ヴェネツィア国際映画祭」にて、左からマーティン・マクドナー監督、ケリー・コンドン、コリン・ファレル、ブレンダン・グリーソン。

「イニシェリン島の精霊」6.jpg「イニシェリン島の精霊」●原題:THE BANSHEES OF INISHERIN●制作年: 2022年●制作国:アイルランド・イギリス・アメリカ●監督・脚本:マーティン・マクドナー●製作:グレアム・ブロードベント/ピーター・チャーニン/マーティン・マクドナー●撮影:ベン・デイヴィス●音楽:カーター・バーウェル●時間:109分●出演:コリン・ファレル/ブレンダン・グリーソン/ ケリー・コンドン/ バリー・コーガン●日本公開:2023/01●配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン●最初に観た場所:日比谷・TOHOシネマズシャンテ(スクリーン1)(23-02-05)(評価:★★★☆)

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