「●し 清水 一行」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【584】 清水 一行 『花の嵐』
最後の相場師を描く。面白い。ネット証券隆盛の今や隔世の感もあるが、普遍性も。


『小説兜町 (角川文庫 緑 463-25)』['83年]/『兜町―小説 (1979年) (集英社文庫)』/『小説 兜町(しま) (徳間文庫)』['06年] 旧東京証券取引所
戦前、興業証券に入社したが兵隊にとられて退社、戦後、魚のブローカーとして働いていた山鹿梯司に、興業証券
創業者の大戸から誘いがかかる。最初は渋っていた山鹿だが、結局興業証券に復帰。一からやり直した山鹿は神武景気・岩戸景気の中、独自の発想と勘で大成功し「兜町最後の相場師」と呼ばれるのだが―。
城山三郎、高杉良らと並ぶ経済小説の第一人者として知られる清水一行(1931-2010)の1966(昭和41)年のデビュー作。その出版のタイミングは、山一証券が1回目の破綻をした「昭和40年不況」の翌年にあたり、本書はベストセラーとなって、再起をかけていた山一証券は景気付けのために本書を一度に千冊購入し、社員に配ったと言われています。
『兜町 (1966年) (三一新書)』['66年]
主人公の興業証券営業部長・山鹿梯司のモデルは、日興証券営業部長・斎藤博司で、彼が株屋から証券会社への近代化の波の中で相場に生きた波乱万丈の半生がそのままに描かれているのではないでしょうか。
株式は何のためにあるのか、どのような企業が成長するのか、米国のグロースストック(成長株)という考えを知った主人公が、当時中小企業だった本田技研、理研工学(現リコー)の大相場を先導していく様は、読んでいて痛快です。
ただし、小説としては面白いのですが、現代では当時のイメージが沸きにくいかもしれません。公募増資のいくつかの弊害や、個人が議決権を持てない投資信託の問題をこの当時から指摘しているのはさすがに鋭く、そう言えば、三大経済小説家の中でもこの作家は。「株」の世界が得意分野だったなあと改めて思わされはしますが。
やや隔世の感があるのは、当時の株取引はまさに人を介したものだったのに、今や〈ネット証券〉隆盛で、インターネットで人を介さないで取引するのが普通になっているというのもあるかと思います。この業界、電子メールではなく電話で株売買するのが常だったので(今でも証券マンに聞けば、会社の指示でメールは使ってはいけないようだ)、電話からメールを飛び超えて一気にネットへいった印象を受けます(茅場町駅あたりで降りて、証券会社の窓口に足を運ぶ人もそれなりにいるとは思うが)。
あと、大きな変化は、この小説の後半に初登場する〈投資信託〉の隆盛。こちらの方がむしろインターネット取引よりずっと前に、業界から相場師的な証券マンの活躍の場を奪う原因になったのではないかと思います。相場師の流れを組むと言えるものとして、有名ファンドマネージャーなどが挙げられるかもしれませんが、投資にすべてを賭けているような人ならともかく、フツーの庶民はあまり縁がないのではないでしょうか。やはり、投資信託の登場は大きかったように思います
でも、証券取引の本質的な仕組み自体は今も同じであるともとれ、本書が、株を巡っての財界から個人投資家まで様々な人々の思惑や欲望、それに関わる証券マンの仕事ぶりまを描いた経済小説の記念碑的作品であることの事実と、そこに一定の普遍性が認められことは変わらない思います。
【1979年文庫化[集英社文庫]/1983年再文庫化[角川文庫]/2006年再文庫化[徳間文庫]】






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ガソリン横流しでGHQに逮捕されたにもかかわらず、投獄期間中に看守を騙して外出し芸者遊びをした話など、ニヤリとさせられる"悪漢"ぶりで、作者の小佐野に対する愛着が感じられる一方、こんなに好人物に描いちゃっていいのかなあという気も。
バス会社だった国際興業は、ハワイのロイヤル・ハワイアン、モアナ・サーフライダー、シェラトン・プリンセス・カイウラニ、シェラトン・ワイキキといった名門ホテルを買収し、小佐野はハワイの「ホテル王」と呼ばれるようになって、更に自身が夢見た帝国ホテルの買収も果たしましたが、その後バブルが崩壊し、彼が社主だった国際興業は外資の傘下に入っています(従って帝国ホテルも現時点['06年時点]では外資の傘下となっている)。
因みに、清水一行の作品では、『女教師』('77年/カッパ・ノベルス)という小説があり、ストーリーは、若い音楽教師が中学校内で暴行され、3年生の不良グループの生徒が犯人と思われたが、事を荒立てたくない校長はじめ学校側はもみ消しをはかり、女教師が生徒を誘惑したのだという流言飛語まで流されたため女教師は失踪、そんな中、主犯格と思われる生徒が誘拐され、更に教師が殺害される―というもの。



この作品は映画化され、先月['06年10月]動脈瘤解離のため急逝した田中登が監督し、脚本は中島丈博、主演は永島暎子(1978年のエランドール賞新人賞を受賞)。日活ロマンポルノの一作品として作られたためか、一応テーマは原作に沿おうとしてはいるものの(基本的には学校や社会の体制を批判した真面目な作品だった)、登場人物などの改変が激しく、ロマンポルノの一環としてこの作品を撮るのはどうかという気もしました。名画座で併映の「赫い髪の女」は、中上健次の原作ながら愛欲がテーマ
だからロマンポルノでもいいのだけれど...。但し、映画はヒットし、第9作まで作られました(風営法の強化改正で、「女教師」という言葉がポルノ映画のタイトルに使えなくなったため、シリーズを終わらざるを得なかったらしい)。自殺した古尾谷雅人の映画デビュー作であり、泉谷しげる作詞・作曲の「春夏秋冬」が劇中で使われています。

「女教師」●制作年:1977年●監督:田中登●製作:岡田裕●脚本:中島丈博●撮影:前田米造●音楽:中村栄●原作:清水一行●時間:100分●出演:永島暎子/砂塚
英夫/山田吾一/鶴岡修/宮井えりな/久米明/穂積隆信/蟹江敬三/樹木希林/古尾谷康雅 (古尾谷雅人)/絵沢萠子/福田勝洋●公開:1977/10●配給:日活●最初に観た場所:銀座並木座 (評価:★★★)●併映:「赫い髪の女」(神代辰巳)
