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読書案内を兼ねた"読書半生記"。人文専攻ネタ、松波信三郎ゼミネタで懐かしくなってしまった。

『新書百冊(新潮新書)』坪内 祐三(1958-2020)
本書の著者で、今年['20年]1月に61歳で亡くなった評論家・エッセイストの坪内祐三(1958年生まれ)は、本好き、古本好き、神保町好きとしても知られていましたが、その著者が、自らの半生の折々に読んできた新書百冊を重ねて振り返ってコラムとして綴った"読書半生記"であり(エッセイとも言えるか)、新潮新書の創刊ラインアップの10冊のうちの1冊として刊行されています。
タイトルから「読書案内」的なものを想像する人もいるかと思いますが、その要素もしっかり満たしていて、文中で取り上げた百冊の新書が、巻末に「百冊リスト」として章ごとに整理されています。ただし、その他にも多くの本を紹介していて、「新書百冊」にそれらを含めた約300冊の書名索引もそのあとに付されています。
いい本を選んでいるなあという印象で、古本が多いせいか、岩波新書・中公新書・講談社現代新書の「新書御三家」が占める割合が高くなっています。「講談社現代新書のアメリカ文化物は充実していた」(第4章)というのは確かに。かつては岩波新書・中公新書・講談社現代新書の3つが、一般向け新書では絶対的代表格でリジッドなイメージがありました。
自伝的エッセイっぽい印象を受けるのは、例えば第1章が「自らの意志で新書を読み始めた頃」、第2章が「新書がどんどん好きなっていった予備校時代」というふうになっていたりするためで、御茶ノ水での浪人生活を振り返り、「私が通っていた御茶ノ水の駿台予備校は、当時、単なる受験合格のテクニックではなく、もっと本質的な「学問」を教えてくれた。特に英文解釈の奥井潔先生の授業はいつも心待ちにした。教壇で奥井先生は例えばT.S.エリオットやポール・ヴァレリーの文学的意味について語ってくれた」といった下りは、その頃浪人生活を送り、駿台予備校で学んでいた人などは懐かしくて仕方がないのでは。
と思って読んでいたら、「浪人時代の多読が功を奏して(?)」早稲田大学第一文学部に入学し、2年次の専攻分けで、学問の多様化を見据え、オール―ジャンルの学科の授業に出席できる人文専攻を選んだとのこと(本当は1時限目の授業や原書購読が無いことが理由であったとも)。実は自分も同じ大学・学部・専攻であり、そのことは以前から知っては知ってはいたものの、人文専攻を選んだ理由もほぼ同じであることを改めて知りました。

さらに、第5章では、人文専攻のゼミで『存在と無』を読まされ、教官はその本の翻訳者の松波信三郎で、「全然歯が立たなかった」とありますが、自分も同じ頃このゼミを受けました。松波信三郎先生の講義は『存在と無』をものすごいスピードで読み下して解説するので、講義中にかなりの集中力を要したように記憶します。毎回の授業がそんな感じで進められ、それを丸々1年かけてやるのですが、『存在と無』そのものがかなり大部な本なので、結局、本の要所要所を押さえはするものの、全部は読み通せませんでした。
松波信三郎先生は大男だったとのこと(そうだったかも)、躰の大小の違いはあるが風貌はサルトルに似ていたとのこと(言われればそうだったかも)。なんだか、早大一文(「第一文学部」という呼称は今は無い)ネタ、人文専攻ネタ、松波信三郎ゼミネタで懐かしくなってしまいましたが、著者の方は修士課程に進んだのだのだなあ。
著者の社会人としてのスタートは雑誌「東京人」の編集者であり、その後次第に書き手としての本領を発揮していくことになりますが、ベースにしっかりした読書体験があることを改めて感じました。本書で紹介されている本には絶版本も多いですが、今はほぼネットの古本市場で入手可能です。それにしても、一方で1996年から「週刊文春」で「文庫本を狙え!」の連載を亡くなる前まで続けていて、こちらの方は文庫の新刊を追っていたわけですから、改めてスゴイなあと思います。



今年['20年]1月に61歳で亡くなった評論家・坪内祐三(1958年生まれ)が、「週刊文春」誌上で亡くなる直前まで20年以上にわたって長期連載した「文庫本を狙え!」の第1回から171回分を1冊の文庫に纏めたものです。2000年11月に単行本『文庫本を狙え!』(晶文社)が刊行されていますが、第18回から第171回までが収録されていて、最初の17回分は著者の初の書評集『シブい本』('97年/文藝春秋)に掲載されたため、両方を纏めたものはこの文庫が初となります。第1回の高見澤潤子『のらくろひとりぼっち』の掲載は1996年8月で、171回の小林信彦『読書中毒』の掲載は2000年5月です。


著者が選んだ「考える人」16人は、小林秀雄、田中小実昌、中野重治、武田百合子、唐木順三、神谷美恵子、長谷川四郎、森有正、深代惇郎、幸田文、植草甚一、吉田健一、色川武大、吉行淳之介、須賀敦子、福田恆存となっていて(作家または文芸評論家ということになる)、著者なりに、これらの先人たちの軌跡を通して、彼らの「考える」スタイルを考察しているといったところでしょうか。
小林秀雄と福田恆存を最初と最後にもってきていることで、人選の性格づけがある程度窺える一方、中身はバラエティに富み、(植草甚一が「歩きながら考える人」であるというのは衆目の一致するところだが)武田百合子のような天性の人は、「見る人」であって「考える人」というイメージから外れるような気もしましたが、読んでみて納得、こうして見ると「考える」ということを既成の枠にとらわれず、むしろ自身の読書経験の流れにおいて、自らの思索と関わりの深かった人を取りあげているようでもあります。
それは、1958年生まれの著者が読書体験に嵌まった時分には在命していて、今は故人となっているというのが、もう1つの人選基準になっていることでも窺えますが(後書きには「同時代に同じ空気を吸っていた人たち」とある)、結構、そのころの受験国語で取りあげられていた人が多いのも興味深く、小林秀雄、唐木順三、深代惇郎(天声人語)などは、著者と同世代の人は何度かその書いたものに遭遇しているはずです(吉行淳之介にエッセイから入っていったなどというのも世代を感じる)。
田中小実昌と色川武大の近似と相違など、誰か論じる人はいないかなあと思っていたのですが(著者は編集者時代にまさに生身のその2人とその場にいたわけなのだが)、見事にそれをやっているし、吉行淳之介と芥川龍之介の対比なども面白かったです(この中で三島由紀夫が「考えない人」に分類されているのも、ある意味当たっていると思った)。