2013年8月 Archives

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ベン・アフレック才気煥発。「強いアメリカ」と言うより「賢いアメリカ」を強調した作品か。

映画アルゴ dvd.jpg映画アルゴ2.jpg 映画アルゴ1.jpg
アルゴ [DVD]

 第85回アカデミー賞の作品賞、脚色賞、編集賞受賞作で、その前にゴールデングローブ賞のドラマ部門作品賞と監督賞も受賞しており、ゴールデングローブ賞とアカデミー賞の作品賞が重なることはもう珍しいことではなくなったという感じ出です(その他に放送映画批評家協会賞作品賞なども受賞)。

映画アルゴ0.jpg イラン革命真っ最中の1979年、イスラム過激派グループがテヘランのアメリカ大使館を占拠し、52人のアメリカ人外交官が人質に取られたが、占拠される直前に6人のアメリカ人外交官が大使館から脱出、カナダ大使公邸に匿われる。CIA工作本部技術部のトニー・メンデス(ベン・アフレック)は6人をイランから救出するため、「アルゴ」という架空のSF映画をでっち上げて6人をそのロケハンのスタッフに身分偽変させるという作戦を立てる―。

 あの池上彰氏が試写会で、「すべて史実に基づいていると念頭に置いて楽しんでほしい」とアピールしたそうですが、ラストの脱出劇、テヘランの空港のカウンターで、一旦取り消された搭乗券の予約が土壇場で復活する場面から滑走路での軍のジープと飛行機のチェイス・シーンまでは殆どがフィクションだそうで、物理的にも、離陸直前ボーイング747の後をジープで追っかけたりすれば、追いつく前にエンジン排気によってジープはぶっ飛ばされてしまうことになるとの話もあります。

映画アルゴ3.jpg 個人的には、こうした映画の娯楽性を高めるための演出はあってもいいかなとは思います。池上彰氏の言う「史実」には、こうした"細部"の表現は含まれないのでしょう。ベースになっているのは、CIAが17年間公表を控えていた事実であることには違いないし、タイトルにもなっているニセ映画「アルゴ」をでっち上げるという奇抜なアイデアが実行されたのも事実だし、概ね「事実」だと思って観るからこそハラハラし、面白くもあるわけで、そう思って観る方が確かに楽しめるかと思います(仮に全てが創作だとして、それが事前に分かって観ているとすれば、ハラハラ度はずっと低下するに違いない)。

アルゴ6.jpg 監督兼主演のベン・アフレックって才人だなあと思いました。本人の抑制された演技だけでなく、演出面でも、俳優6人に事前に合宿生活を送らせ、潜伏生活を疑似体験させたという効果は出ているし、エンドロールのサービスカットで、場面ごとにディテールまで忠実に再現したことをアピールするなどの技はなかなかのものです(これで、映画の「全ての場面」が事実通りであると錯覚してしまう?)。

 但し、これまで「カナダの策謀」と呼ばれてきたこの救出劇において(CIAの関与が公表されたのは1997年)、CIAの果たした役割を強調するあまり、カナダの果たした役割が相対的に軽んじられているキライもあるようです。

映画アルゴ 05.jpg CIAから送り込まれたのは、映画のように主人公1人ではなく2人だったのを、トニー(アントニオ)・メンデス1人に集約させているといったヒロイズム的効果を狙っての改変は許せるとしても、ビザの日付にミスがあって危ういところだったのをカナダ大使館員の1人が気づいて指摘した事実は割愛されているし、非常事態に備えて色々と奔走したカナダ大使が、映画では、いきなりもうこれ以上匿えないからといって6人に緊急出国を余儀なくさせたように描かれているのは、元カナダ大使本人は一応はアメリカから表彰されているせいか苦言を呈さなかったようですが、カナダ側からすれば不満が出て当然の作りのように思えます。
George Clooney: 'Argo' Premiere with Stacy Keibler
George Clooney ARGO.jpg まあ、この作品を観て一番頭にくるだろうと思われるのは、イランの人たちだろうなあ。「強いアメリカ」と言うより「賢いアメリカ」を強調した"愛国"作品と言えるのでは。この作戦が実行された時、アメリカはジミー・カーター大統領の民主党政権で、ベン・アフレックも、この映画のプロデューサーの1人ジョージ・クルーニーも共に民主党及びバラク・オバマ大統領支持者。因みに、スティーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカス両監督やロバート・デ・ニーロ、トム・ハンクス、ブラッド・ピット、モーガン・フリーマン、ウィル・スミスらも民主党支持者であり、一方、クリント・イーストウッド、アーノルド・シュワルツェネッガーら政治家経験者や、ブルース・ウィリス、シルベスター・スタローンらは共和党支持者。支持政党によって、作る映画、出る映画に傾向の違いはあるかも。

アルゴ73.jpg「アルゴ」●原題:ARGO●制作年:2012年●制作国:アメリカ●監督:ベン・アフレック●製作:ジョージ・クルーニー/グラント・ヘスロヴ/ベン・アフレック●脚本:クリス・テリオ●撮影:ロドリゴ・プリエト●音楽:アレクサンドル・デスプラ●原作:アントニオ・J・メンデス「The Master of Disguise」/ジョシュア・バーマン「The Great Escape」●時間:124分●出演:ベン・アフレック/ブライアン・クランストン/クレア・デュヴァル/ジョン・グッドマン/マイケル・パークス/テイラー・シリング/カイル・チャンドラー/アラン・アーキン/ケリー・ビシェ/ロリー・コクレーン/クリストファー・デナム/テイト・ドノヴァン/ヴィクター・ガーバー/ジェリコ・イヴァネク/リチャード・カインド/スクート・マクネイリー/クリス・メッシーナ●日本公開:2012/10●配給:ワーナー・ブラザーズ(評価:★★★☆)

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結構、凝った展開か。真犯人はラストでじわ~っと明かされる感じ。

バーナビー警部 首絞めの森  dvd.jpgバーナビー警部(第7話)/首締めの森 1.jpg  バーナビー警部 首絞めの森 02.png
バーナビー警部~首締めの森~ [DVD]」 "Midsomer Murders" Strangler's Wood(首締めの森)

バーナビー警部 首絞めの森 カーラ.jpgバーナビー警部 首絞めの森 マーケ部長.jpg ミッドサマーワーシー近付近レイヴンズウッド(カラスの森)で女性の全裸死体が子供により発見された。死因はネクタイによる絞殺、身元は大手タバコ会社モナクのヒット商品「カーラ」のテレビCMに出ているブラジル人女優カーラ(左上)だった。現場は9年前に3人の女性が同様にネクタイで絞殺され未だ解決を見ず、マスコミに「首締めの森」と名付けられた場所だった。バーナビーの捜査で、現場で見つかった高級時計は、カーラのCM起用を決めたタバコ会社のマーケティング部長ジョン・メリル(右上)のものと分かる。
バーナビー警部 首絞めの森 タバコ会社社長.jpgバーナビー警部 首絞めの森 妻.jpg 地元紙の身の上相談蘭を担当し、タバコ会社の社長(左下)と不倫関係にあるジョン・メリルの妻(右下)も、夫が犯人でないかと疑い始める。バーナビーは、9年前に一連の事件を担当していた元警察官ジョージ・ミーカムから、満月の夜に次の犠牲者が出るとの警告を受けていたが、果たしてその予告通り、第2、第3の事件が起きる―。

バーナビー警部 首絞めの森 01.png トム・バーナビー警部のシリーズの第7話となる本作「首絞めの森」(原題:Strangler's Wood)の本国放映は1999年2月、日本では2002年6月から7月にかけてNHK‐BS2にて前後編(第11話・第12話)に分けて初放映され、その時のタイトルは「カラスの森が死を招く」でした。原作はキャロライン・グレアムということになっていますが、脚本家アンソニー・ホロヴィッツのオリジナル色が強いように思われます。

バーナビー警部 首絞めの森 旅館主.jpg ジョン・メリルが犯人であることを示す状況証拠が続出し、これが却って不自然なわけで、誰かが彼に罪をなすりつけようとしていることはバーナビーならずとも分かることであり、高齢の母親と一緒に暮らし、のらりくらりとバーナビーの質問をかわす旅館経営の男がどう見ても雰囲気的に怪しい...。これは殆ど「刑事コロンボ」風の倒叙法に近いのではないかと思わされましたが、その男が何者かに風呂場で「サイコ」風に刺殺されてから、全く犯人の見当がつかなくなりました。

 カーラ殺害の真犯人はラストでじわ~っと明かされる感じで、この辺りは上手い作りだなあと(確かに動機となり得るものがあった訳だ。但し、これを事前に推理・予見することはほぼ無理)。その人物も含め、過去・現在を通して殺人を犯した人間が複数いたことが事件を複雑にしていたわけかあ。結構、凝った展開と言えるのでは。80作以上あるトム・バーナビー警部のシリーズ中、本作を最高傑作に挙げる人もいるようです。

 バーナビー警部の娘カリーとの約束は、いつも新たな事件の発生で中断。娘のためにハロルド・ピンターの芝居のチケットを職権を濫用して入手する場面が可笑しいです(切符売場のおばさんが、舞台上で役者が謀殺された「劇的なる死」(第3話)の事件を解決した刑事だと知って「また殺人があるのですか」と目を輝かせる)。結局、この芝居も開幕直前に事件が発生してバーナビーは行けず、部下のトロイ巡査部長(ダニエル・ケイシー)を代役に。トロイは難解なピンターの芝居には関心がないが、カリーには大いに関心がある...。

トロイ.jpg トロイって、ポルトガル語(正しくはスペイン語か)がかなり上手に話せるくせに、サンパウロがどこにあるのかとかは知らなかったね。イタリアですかね、なんてね。バーナビーをあきれさせたり、はたまた驚かせる能力を発揮したりと、なかなか面白い。

バーナビー警部 首締めの森.jpg いつもながら、複雑な事件の展開と併せて、家族サービスしようと思ってなかなか出来ないでいるバーナビーやそのバーナービーと部下トロイとの遣り取りなどのコミカルなシーンが楽しめ、加えて、イギリスの片田舎の田園風景が美しい作品です。

バーナビー警部 首締めの森  dvd.jpg 「バーナビー警部(第7話)/首締めの森(カラスの森が死を招く)」●原題:MIDSOMER MURDERS:STRANGLER'S WOOD●制作年:1999年●制作国:イギリス●本国上映:1999/01/3●監督:ジェレミー・シルバーストン●脚本:アンソニー・ホロヴィッツ●撮影: ナイジェル・ウォルターズ●原作:キャロライン・グレアム「蘭の告発」(バジャーズドリフトの殺人)●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/ピーター・アイアー/キャスリーン・バイロン/フランク・ウィンザー/アン・ストーリーブラス/トルーディ・スタイラー/ジェレミー・クライド/フィリス・ローガン/ニコラス・ファレル●日本放映:2002/06●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)  「Midsomer Murders: Strangler's Wood [DVD] [Import]」 

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"改変の妙を愉しむ"という範疇を超えている。前監督の方が改変のツボをわきまえていた。

フレンチ・ミステリー/エッジウェア卿の死dvd.jpgエッジウェア卿01.jpg エッジウェア卿02.bmp
輸入盤DVD

 モリエールの喜劇「ドン・ジュアン」公演を控えた劇場で、若い女性が惨殺される。犯人からの挑発を受け、劇場を訪れたラロジエール警視とランピオン刑事。時を同じくして、ラロジエールの娘ジュリエットが母親の家から家出してくる。若手俳優に熱を上げる娘に気を揉みながら捜査を開始する警視だったが、まもなくそのジュリエットが行方不明に。娘の身を案じる警視。やがて佳境に入ったリハーサルの舞台裏で連続殺人の幕が開く―。(AXNミステリー「クリスティのフレンチ・ミステリー」第9話「エッジウェア卿の死」ストーリーより)

クリスティのフレンチ・ミステリー エッジウエア卿の死3.jpg ポワロやミス・マープルに代わって、ラロジエール警視とランピオン刑事のコンビが事件を解決していく「フレンチ・ミステリー」の2012年の作品で、「AXNミステリー」で放映された際は第9話でしたが、もともと「フランス2」での放映では「第11話」となっています。このシリーズは2013年4月に第13話が放映されていますが、アントワーヌ・デュレリ(ロジエール)、マリウス・ コルッチ(ランピオン)コンビとしてはこの「第11話/エッジウェア卿の死」が最終出演作品でした(日本での放映は本国放映(9/14)の翌日(9/15)であり、この日はクリスティの誕生日だった)。

エッジウェア卿の死 ハヤカワミステリ文庫.jpg 原作は、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が1933年に発表した名探偵ポワロシリーズの長編第7作で(原題:Lord Edgware Dies)、結構プロットは複雑な方ではないかと思いまが、どう料理するのかと思ったら、最初からいきなり原作には無い絞殺魔(劇場の管理人)が出てきて連続殺人を犯し、次は、事件の捜査に当たるラロジエール警視にくっついてきた娘のジュリエットを狙うという展開で、なんじゃこりゃという感じ。

クリスティのフレンチ・ミステリー エッジウエア卿の死1.jpg 往年の大女優が夫と離婚したがっているのは原作と同じですが、この夫は原作にあるエッジウェア「男爵」ではなく、かつては名優で今はアル中の「役者」という設定になっていて、大女優は彼と別れて伯爵(原作では「公爵」)と結婚したいと思っているけれど、今はとりあえず夫と「ドン・ジュアン」の舞台稽古をしている―ところが夫はいつもへべれけで稽古はままならず、これには大女優も舞台監督(オカマっぽい)も切れてしまう。一方、ラロジエール警視は昔から憧れていた大女優に会うことが出来て感激し、彼女を崇拝するあまり、捜査の方はやや片手間気味で、しかも、そこへ娘が行方不明になるという事態が発生し、なおさらそれどころではないといった状況に。そんな中、大女優の夫が殺害されますが、大女優の要請で代役でなんとラロジエールがドン・ジュアンを演じることに。更に、大女優の付き人の元女優(原作では有名女優の形態模写を得意とする新進女優)が殺害されます。一方、絞殺魔の劇場の管理人を追って娘の行方を突き止めたラロジエールが、娘共々管理人に殺さそうになったところへランピオン刑事が駆けつけ、あわやのところでの逆転劇。これで絞殺魔が犯した倒叙型の事件は決着。絞殺魔の最期の言葉から、大女優の夫と付き人を殺害した犯人は別にいると察したラロジエールは、犯人と思しき人物にある罠をかける―。

クリスティのフレンチ・ミステリー エッジウエア卿の死4.jpg 大女優の夫を殺害したのが大女優自身であり、アリバイ作りに自分にそっくりの真似ができる女性をパーティに出席させていたというのは原作と同じ。更に、パーティの席上で古代エジプト文明についての知識を披瀝したのが大女優の偽者であったことを確認するために、ラロジエールが大女優にエジプト風の置物をプレゼントしたというのも、原作のモチーフを一応は踏襲しています(原作では、別々のパーティに出席した同一女性であるはずの人物の教養の格差に気付き不審に思った俳優がポワロに相談をしようと電話するが、その前に殺害されてしまう。大女優よりも「新進女優」の方が教養があったということだが、ここでは大女優よりも「付き人」の方が教養があったということになっている)。

 この映像化作品だけ単独で観れば結構楽しめるかと思われ、今述べたように、原作の最も肝心なポイントは一応踏襲するなり織り込むなりしていることもあって自分も実際それなりに楽しみました。但し、あまりにも前半の"原作には全く出てこない"絞殺魔"の話のウェイトが大き過ぎて、"改変の妙を愉しむ"という範疇を超えているという印象。「どうせ別物」と割り切って観ればいいのかもしれませんが、個人的にはやはり、ここまではやり過ぎのように思いました(監督はいつものエリック・ウォレットではなく、初顔のルノー・ベルトラン。前監督の方が改変のツボをわきまえていた)。

クリスティのフレンチ・ミステリー エッジウエア卿の死5.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第11話)/エッジウェア卿の死」」●原題:LES PETITS MEURTRES D'AGATHA CHRISTIE/ LE COUTEAU SUR LA NUQUE(Lord Edgware Dies)●制作年:2012年●制作国:フランス●本国上映:2012/9/14●監督:ルノー・ベルトラン●脚本:Thierry Debroux●出演:アントワーヌ・デュレリ/マリウス・コルッチ/A Maruschka Detmers/Jean-Marie Winling/Alice Isaaz/Guillaume Briat/Julien Alluguette/Frédéric Longbois●日本放映:2012/09/15●放映局:AXNミステリー(評価:★★★)

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不測の要素に振り回された感はあるものの、プロットとドラマを兼ね備えた傑作。

満潮に乗って hpm 1957.jpg 満潮に乗って ハヤカワミステリ文庫.jpg 満潮に乗って クリスティー文庫.jpg Taken at the Flood.jpg
満潮に乗って (1957年) (世界探偵小説全集)』『満潮に乗って (1976年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『満潮に乗って (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』 "Taken at the Flood: A Hercule Poirot Mystery (Mystery Masters)"

TAKEN AT THE FLOOD .Fontana.jpg ロンドン郊外の片田舎ウォームズリイに住むクロード一族は、億万長者ゴードン・クロードの庇護下で金に不自由しない生活を送っていたが、ゴードンがニューヨークで孫のような年の娘ロザリーンと結婚、ロンドンに戻ってきて数ヵ月後に空襲で亡くなったことから、一族の歯車が狂いだす。空襲では3人の使用人とゴードンは死んだが、ロザリーンと、一緒にいた彼女の兄デイヴィッド・ハンターは助かる。ゴードンは莫大な遺産をロザリーンが相続させるよう遺言状を書き換えていた。彼女は再婚で、最初の夫ロバート・アンダーヘイはナイジェリアの行政官だったが、現地で熱病にかかって死亡していた。教養に乏しいロザリーンに全てを持っていかれるのがクロード一族の人々には耐え難かったが、粗野で下品なロザリーンの兄のデイヴィッド・ハンターは、一族の者が金に困ってロザリーンに無心に行くと、頼みを断れないロザリーンの代わって断り追い返していたため、ロザリーン以上に嫌われていたー。

TAKEN AT THE FLOOD .Fontana.1970

 ある日ウォームズリイにイノック・アーデンと名乗る男が現れ、村の宿屋に宿泊した。彼はハンター、ロザリーン兄妹に手紙で、ロザリーンの前夫アンダーヘイのことで重要な話があると言い、ハンターが宿にアーデンを訪ねると、アンダーヘイは存命で自分はその証拠を握っているので幾らでその証拠を買うかとハンターを恐喝、ハンターは1万ポンドを2日後に払うことで手を打ち、ロザリーンをロンドンに避難させて金策を始める。しかし、ハンターがアーデンに金を払う予定だった日の夜、アーデンは宿の客室で頭を殴打されて死亡しており、傍らには凶器と思われる暖炉の火掻き鋏が落ちていた。宿屋の女主人ビアトリス・リピンコットが、アーデンがハンターを恐喝するのを立ち聞きしていたことから、ハンターに容疑がかかる。クロード一族にとっては犯人が誰なのかより、アンダーヘイが生きているかどうかの方が問題であり、仮にアンダーヘイが存命なら、ゴードンとロザリーンの結婚は無効で、ロザリーンは遺産相続ができないことになる。クロード一族の一人ローリイ・クロードはエルキュール・ポアロに電話し、アンダーヘイを知る人を探し出してくれるように依頼、ポアロは戦争中にクロードとロザリーンの結婚とクロードの死、ロザリーンが突然億万長者になった話をクラブで聞いており、クラブ会員でアンダーヘイの知人だったポーター少佐を探し出す。少佐は検死審問で、イノック・アーデンと名乗る死体をアンダーヘイだと証言、この証言によってアーデン殺害犯はハンターしかいないとされ、ハンターは警察に拘引されるが、後に新事実が判明し、ハンターにはアリバイが成立してしまう。では、誰が何の目的でイノック・アーデンを名乗る男を殺したのか―。

満潮に乗って コリンズ.jpg満潮に乗って usa.jpg 1948年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロシリーズの長編第23作で(原題:Taken at the Flood (米 There Is a Tide))、戦争が生んだ一族の心の闇をポアロが暴くもの。前半部で一族の関係を丁寧に描いていますが、傍らに家系図のメモが必要かも。ポワロが本格登場するのは第2部からで、前半部分を冗長と感じるか、伏線として後半の展開を楽しみにしながら読めるかで評価は分かれそうです(個人的には愉しめた)。
"Taken at the Flood "Collins Crime Club(英)/"There Is a Tide"Dodd Mead Company(米)

 死亡事件が3件というのはクリスティ作品としては珍しくない数ですが、結構プロットは複雑な方ではないかと思われ、物語を複雑にしている要因は、自殺か、他殺か、事故死かが入り交じって考えられることで、普通の推理小説であれば、結局は全て特定の犯人による犯行(他殺)であったということに行き着くのですが、この作品では...。

 加えて、作品の中でポワロ自身が仄めかしているように、通常であればAがBを殺害し、CがDを殺害したと見えるような状況において、犯人と被害者の組み合わせを変えてみる必要があるということ。しかし、まさかその結果、利害関係が一致するように見える者同士の間で「犯人-被害者」関係が成立するとは誰も思わないのではないでしょう。そこには偶発的な要素も介入していて、これはもう読者には解決不可能な、ポワロにしか解けない(言い換えれば作者にしか判らない)結末になっているような印象も。

 という訳で、ここからはややネタばれになりますが、イノック・アーデンどころかロザリーンも真っ赤な偽物だったわけだなあ。空爆で誰が死んだか正確に伝わってなかったのかなあ。アンダーヘイの顔も知る人が殆どいなかったわけで、まあ、戦前から戦中、戦後にかけてのごたごたの中では、そうしたこともあり得たかもしれないけれど。ましてや、アフリカの奥地で亡くなった前夫となると、写真もないんだろうなあ。

 でもクリスティの中期以降の「ドラマ重視型」作品の中では、本格ミステリの要素も十分に備えた作品だと思います。この類型では、『ナイルに死す』(1937)が知られていますが、クリスティー文庫の解説で中川右介氏が書いているように、「誰が殺したか」の前に「誰が殺されるか」、「意外な犯人」と併せてその前に「意外な被害者」をもってきている点では、本格ミステリとして『ナイルに死す』から進化していると言えるかもしれません。事故や自殺といった測り知れない要素に振り回された感もややあるものの、個人的には傑作だと思います。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗ってdvd.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って01.jpgクリスティのフレンチ・ミステリー⑧満潮に乗って06.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第8話)/満潮に乗って」 (11年/仏) ★★★★
DVD(輸入盤)
 
【1957年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(恩地三保子:訳)]/1976年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(恩地三保子:訳)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(恩地三保子:訳)]】

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本格推理として楽しめ、主人公の特異なキャラクターの描き方も優れている傑作。

『エッジウェア卿の死』 (ハヤカワ・ミステリ).jpgエッジウェア卿の死 ハヤカワミステリ文庫.jpg エッジウェア卿の死 クリスティー文庫.jpg 晩餐会の13人 (創元推理文庫.jpg  Lord Edgware Dies.jpg
『エッジウェア卿の死』(1ハヤカワ・ミステリ)『エッジウェア卿の死 (1979年) (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『エッジウェア卿の死 (ハヤカワ文庫―クリスティー文庫)』(福島正実:訳) 『晩餐会の13人 (創元推理文庫 105-23)』(厚木淳:訳) "Lord Edgware Dies (Poirot)"

 ある夜、ポアロとヘイスティングスは舞台上で演じられる、カーロッタ・アダムスの見事な形態模写を楽しんだ。彼女は客席にいた大女優ジェーン・ウィルキンスンまでをも完璧に演じ喝采を浴びていた。舞台終了後、ジェーンはポアロに相談を持ち掛けるが、それは別居中の夫エッジウェア卿との離婚を調停するというつまらないものだった。事件性の無く場違いな頼み事にヘイスティングスは辟易するが、ポアロは不思議な心理の動きを感じ取り依頼を快諾し、翌日、エッジウェア卿を訪ねるも、彼は離婚に全く異存は無く、既に手紙で同意の意思を伝えてあるはずだと言う。その夜、ジェーンを名乗る女がエッジウェア邸を訪れ、翌朝殺害されたエッジウェア卿が発見されるという事件が勃発、ジェーンに殺害動機があったにしても既に解決したはずであり、彼女には確かなアリバイもある。その女がカーロッタだとすれば、動機は不明であるが、今度はそのカーロッタが何者かによって毒殺される―。

Lord Edgware dies 1984.jpg 1933年に刊行されたアガサ・クリスティのエルキュール・ポアロシリーズの長編第7作で(原題:Lord Edgware Dies)、ヘイスティングスが事件の顛末を語るスタイルのものですが、結構プロットは複雑な方ではないかと思います。

 物語を複雑にしている要因として、幾つかの偶然の出来事(必然かもしれない)が事件に関係していることがあり、エッジウェア卿が殺された夜、彼と不仲だった甥で遺産相続人のロナルド・マーシュがエッジウェア卿の屋敷を訪ねていたこともその1つ(容疑者として逮捕されたロナルドは、実は金銭的にも逼迫していた)。そして彼のことが好きなエッジウェア卿の娘ジェラルディン・マーシュも、その夜オペラハウスで彼と会ってその場所へ向かい、屋敷に上がっているわけで、彼女にも殺害の容疑が。更に、金をくすねて逃げたというエッジウェア卿の執事も俳優のブライアン・マーティンによく似ていたといい、ブライアンも怪しくなり―と、相変わらず容疑者の数には事欠きません。

Berkley Books (New York、1984)

 個人的には、犯人は、論理的にと言うよりも雰囲気的に見当はついた感じでしょうか。ジェーン・ウィルキンスンが、自分の物真似をするのが上手な女優カーロッタ・アダムズを何らかの目的のために替え玉に使ったことは比較的容易に憶測可能ですが、自分は晩餐会に出席していて、その間に自分に化けたジェーン・ウィルキンスンをエッジウェア卿の屋敷に向かわせ、夫を殺させた―と読者に思い込ませるところが作者の巧みな点で、これには自分も見事に騙されました。

 晩餐会の出席者が大勢いて、誰も変だと気づかなかったのかというリアリティ欠如を指定する向きもありますが、女優は舞台や新聞写真で観るのと間近で見るので違って見えるというのもあるだろうし、彼女の知己と呼べるような人は晩餐会の客にはいなかったという点でリアリティは担保されているとみていいのでしょう。

 しかも、全く誰も気付かなかったというわけではなく、後になってからですが、俳優のドナルド・ロスは、別の昼食会で、問題の人物の会話から察せられた本人の無教養から、晩餐会に出ていた教養ある女性と昼食会の女性は別人物であることに気付いたわけです("本物"は"偽物"よりずっと無教養だったわけか!)。そして、疑問を感じた彼も、ポワロと連絡を取ろうとして行き違いになった間に殺害されてしまい、これが第三の殺人。

 犯人が目的のためにあまりに易々殺人を犯してしまうのも、犯人の確証を得にくい原因かもしれませんが、公爵・侯爵・伯爵・子爵・男爵という序列の貴族社会において、男爵夫人から公爵夫人に成り上がるということは、上流指向の強い人間にとってはかなりの動機付けになるのでしょう。マートン公爵ががちがちのカトリック信者で、初婚または夫との死別後に再婚する女性しか結婚相手として考えておらず、離婚では条件を満たさないというのも、戦国・江戸時代から武家の間でも出戻り再婚があった日本人の感覚からすると分かり辛いですが、犯人の動機の背景になっています。

 凝ったプロットですが、凝り過ぎたゆえにクリスティ作品の中でもややマイナーなのかも。或いは、犯人の動機が離婚・結婚を巡るもので、せせこましい印象があるのかも(3人も殺されてはいるのだが)。但し、本格推理としても楽しめ、一方で、ジェーン・ウィルキンスンという女性の特異なキャラクターの描き方も優れていて、クリスティらしい傑作であるように思います。

エッジウェア卿殺人事件 vhs2.jpgThirteen at Dinner 1985 04.jpg「名探偵ポワロ/エッジウェア卿殺人事件」 (85年/米) ★★★☆  David Suchet/Peter Ustinov

フレンチ・ミステリー/エッジウェア卿の死dvd.jpgエッジウェア卿01.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第11話)/エッジウェア卿の死」 (12年/仏) ★★★

【1955年新書化[ハヤカワ・ポケットミステリ(福島正実:訳)]/1975年文庫化[創元推理文庫(厚木淳:訳『晩餐会の13人』)]/1979年再文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(福島正実:訳)]/1990年再文庫化[新潮文庫(蕗沢忠枝:訳『エッジウェア卿殺人事件』)]/2004年再文庫化[ハヤカワ・クリスティー文庫(福島正実:訳)]】

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作者の"最高傑作"とは言い難い気がするが、それなりに楽しめた。WMは電気にこだわり過ぎ?

バーニング・ワイヤー0.JPG『バーニング・ワイヤー』.JPG
バーニング・ワイヤー』(2012/10 文藝春秋)

 2012 (平成24)年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(海外部門)第4位、2013(平成25)年「このミステリーがすごい」(海外編)第8位作品。

 ニューヨークで、何者かが市内の4つの変電所の電力をバス停近くの変電所に集中させて放電、アークフラッシュ(電気による爆発)の市バス直撃は逸れたもののバス停のポールを直撃、溶けた鉄が高速シャワーとなってバスに乗ろうとしていた乗客に降り注ぎ、死者1名、ケガ人多数という事故となる。当該変電所The Burning Wire.jpgを所有する電力会社アルゴクイン・コンソリデーテッドは、大量の化石燃料を燃焼させて二酸化炭素を排出しており、現社長は再生可能エネルギーに前向きではない。折しも地球の日"アースデイ"が間近に迫っており、環境テロの可能性も考えられる。市警から事故捜査依頼を受けた四肢麻痺の科学捜査顧問リンカーン・ライムの元に、FBIや市警の面々が駆けつける。その頃ライムは、"ウォッチメイカー"がメキシコで新たな犯行を計画中との情報を掴んでおり、メキシコ連邦警察の協力を取り付け、ニューヨークからその動きを見張っていた。彼は市バスの事故現場にアメリア・サックスとルーキーのプラスキーを向かわせるが、収穫は得られない。やがて、アルゴクインの社長ジェッセンの自宅宛に犯人から脅迫状が届き、ニューヨーク市内全域の電気供給を半分に落とさなければ、また事故を起こすという。犯人はいわばニューヨークを人質にとったのだった。残された時間は3時間しかなく、犯人は単独犯か複数犯か、目的は何かなどが全く不明なまま、脅迫状の期限の時間が迫る―。
"The Burning Wire: A Lincoln Rhyme Novel"[ Audiobook](CD)

 2010年発表のジェフリー・ディーヴァーの"リンカーン・ライム"シリーズの第9作で(原題は"The Burning Wire")、ライムの"パートナー"アメリア・サックスをはじめ介護士のトム、ルーキーのプラスキー、FBIのデルレイなどオールキャストが集結したという感じ(別シリーズのキャサリン・ダンスや、『悪魔の涙』の筆跡鑑定士パーカー・キンケイドまで顔を出す)。加えて、宿敵" ウォッチメイカー"が三度目の登場ということで、しかも、電力問題という時事的なテーマを扱っており、書評などを見ると、作者のこれまでの邦訳作品の中で最高傑作に推す人も多いようです。

 個人的にも、2段組み470ページ超の大著ながらスンナリ引き込まれてグイグイ読み進むことができましたが、これで"ウォッチメイカー"が絡んでこなければ、何のための前振りか―と思いつつ読み進んでいた分、ラストのドンデン返しはさほどのこともなかったかなあ。むしろ、えーっ、こんなもんであの" ウォッチメイカー"との決着はついてしまったの、という感じでしょうか。

 その前に、ライムと"ウォッチメイカー"との間で、延々と事件の経緯及び謎解きを"読者向け解説"調で話しているのも、親切と言えば親切ですが、状況的に不自然と言えば不自然とも言えるのではないでしょうか。「2時間ドラマ」などによくある、犯人が自らの犯行を滔々と解説している内に捕まってしまうというパターンを踏襲してしまっている印象も受けました。

 とは言え、FBIニューヨーク支局補マクダニエルの科学的捜査の前に、自分の足で稼ぐ捜査方法は時代遅れになってしまったのかと思い悩むベテランFBIデルレイの話など、サイドストーリーの噛ませ方は上手く、また、ルーキーのプラスキーの成長ぶりや事件解決後にライムがとった行動なども、物語を単なるサスペンスに終わらせず、余韻を残すものにしています。

 個人的には、作者の"最高傑作"とは言い難い気がしますが、それなりに楽しめました。但し、作者が「電気」にこだわった分、"ウォッチメイカー"もあまりに「電気」にこだわり過ぎたという印象はあります。"ウォッチメイカー"は「電気」の"お勉強"に勤しみ過ぎて、実地で詰めを欠いたのかな。あの"ウォッチメイカー"にして不甲斐なさすぎる結末。むしろ、デルレイの物語の結末の方が、マクダニエルとの対比において読み手側としてはカタルシス効果があったように思います(これも"最新鋭"の捜査手法がベテランが足で稼ぐという泥臭い手法の前に敗れ去るというパターナルな組み合わせではあるが)。

 【2015年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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『ボーン・コレクター』に匹敵するか、心理描写の部分ではそれ以上。結局これが一番の傑作。

『静寂の叫び』hn.jpg『静寂の叫び』.jpg 『静寂の叫び』上.jpg『静寂の叫び』下.jpg 『静寂の叫び』文庫.jpg
静寂の叫び (Hayakawa novels)』『静寂の叫び〈上〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』『静寂の叫び〈下〉 (ハヤカワ・ミステリ文庫)』 
『静寂の叫び』新.jpg カンザス州で聾学校の生徒と教員を乗せたスクールバスを3人の脱獄囚が乗っ取り、閉鎖された食肉加工場に生徒たちを監禁して立て籠もるという事件が発生、FBI危機管理チームのアーサー・ポターは犯人側との人質解放交渉に臨むが、聡明な女生徒が凶弾に倒れ犠牲となる。一方、工場内では教育実習生のメラニーが生徒たちを救うために独力で反撃に出るが―。

A Maiden's Grave.jpg 1995年にジェフリー・ディーヴァー(Jeffery Deaver)が発表した作品で(原題:A Maiden's Grave(乙女の墓))、『ボーン・コレクター』('97年)の一つ前の作品ということになりますが、この作品でコアなミステリ・ファンの間でディーヴァーの名が認知されるようになったとのことです(「このミステリーがすごい!」第5位、「週刊文春ミステリーベスト10」第8位)。そして『ボーン・コレクター』で一気に世界的メジャーのサスペンス作家になったわけですが、この作品も『ボーン・コレクター』に匹敵するぐらいの力作で、むしろある部分では超えているくらいの出来ではなかったかと思います。

 『ボーン・コレクター』ほどの人気でないのは、主人公の交渉人ポターが妻を亡くした寡男で腹の出た中年で、しかも人質交渉において必ずしも完璧ではなく、一時は相手に完全に裏をかかれてしまうなど、ハリウッド映画的ヒーローの基準からやや外れているからでしょうか。ジェフリー・ディーヴァーの『ボーン・コレクター』以降の作品は、映画的ヒーロー及び犯人、映画的展開をかなり意識しているように思います。

 最初の方で聡明な女生徒が犠牲になってしまうというのも、ハッピーエンドを望む読者には沿わないものだったかもしれません。こうした人質交渉において人質の生命の安全を第一に考える日本の警察の絶対価値基準に対し、向こうは人質をテロリストであると見做し、彼らに絶対に屈服することなく、"最小限の犠牲のもと"事件を解決することが第一優先のようです。この違いを受け容れたうえで読めば、或いは受け容れられないまでも日米の考え方の違いを念頭に置いて読めば、この作品に対する興味は深まるのではないでしょうか。

 個人的には、交渉の詳細な過程や犯人・人質・交渉人の心理の描写、FBI・州警察の現場での主導権争い等々、十分に堪能できました。『ボーン・コレクター』のような"ジェット・コースター"的展開が好みの読者にはこのあたりが冗長感をもって受け止められるのかもしれませんが、こうした交渉人と犯人の心理戦を克明に描いた作品も悪くないと思いました。面白さや緊迫感という点では、この作者の作品の中で一番かも。

デッドサイレンス.jpg 但し、残酷な場面も多く、映画化はされにくい作品との印象を持っていましたが、ダニエル・ペトリー・ジュニア監督、ジェームズ・ガーナー、マーリー・マトリン(「愛は静けさの中に」('86年)でアカデミー主演女優賞受賞。彼女自身、難聴者)主演でテレビ映画「デッドサイレンス(Dead Silence)」('96年製作、1997年放映/米)として映像化されています(日本では劇場公開されたようだが、前半部分で少女が射殺される場面や、後半部分で中年の女教師がレイプされる場面などは改変されているのではないか)。

 因みに、原題の"A Maiden's Grave"(乙女の墓)は、メラニーが8歳の頃、コンサートで聴いた曲のタイトルを兄に訊ねたところ、兄が「アメイジング・グレイス」だと答えたのを「ア・メイデンズ・グレイヴ」と聞き間違えた―つまり、その頃から聴力が急激に落ち始めていた―エピソードに由来していますが、人質交渉の冒頭で殺害されてしまった少女に懸けているのではないでしょうか。
 
【2000年文庫化[ハヤカワ・ミステリ文庫(上・下)]】

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そこそこ楽しめたが、"ディーヴァーらしさ"と"007らしさ"が両立できているかというと微妙。

007白紙委任状.JPGジェフリー・ディーヴァー「007 白紙委任状」.jpg 007 スカイフォール dvd.jpg 007 スカイフォール 001.jpg
007 白紙委任状』(2011/10 文藝春秋) 「007/スカイフォール [DVD]

 2011(平成23)年・第30回「日本冒険小説協会大賞」(海外部門)受賞作。

 ODGの工作員ジェームズ・ボンドは、イギリス政府通信本部が傍受した「...20日金曜日夜の計画を確認。当日の死傷者は数千に上る見込み。イギリスの国益にも打撃が予想される...」との電子メールを発端に、計画の詳細を突き止めてテロを未然に防ぐ使命を帯びてセルビアに向かった。セルビアに現れた問題の男《アイリッシュマン》は用心深く冷静で、ボンドの出現という想定外の事態にも即座に対応し、ボンドの追跡をかわしてセルビアから脱出、イギリス国内に戻っていた。ODGはイギリス国内に管轄権を持たない。つまり、この地球上で唯一、ボンドがODGのエージェントとして活動する権限を持たない場所がイギリスであり、通常ならばミッションと同時に与えられる"白紙委任状"が無効になる地域だった。金曜の夜に、どこでどんなテロ行為が計画されているのか。白紙委任状がない状態で、ボンドは4日後に迫ったテロの危険から数千の命を救うことができるのか―。

 イアン・フレミングの版権を管理する《イアン・フレミング・エステート》からのオファーを受けて、2011年にジェフリー・ディーヴァーが発表した"007物"で(原題:Carte Blanche)、上下2段組みで456ページありますが、比較的テンポよく読めました。因みに、本書刊行時のインタビューによれば、ジェフリー・ディーヴァーはこの作品のラストを、2010年11月に来日した際にホテルニューオータニで書き上げ、書き終えた翌日から次作(キャサリン・ダンス・シリーズの第3作)にとりかかったというから、精力的に仕事してるなあ。

 一応お決まりではあるものの、次々と危機が迫り来る中、ボンドがそれをどう乗り越えるかという関心から、ジェットコースター感覚とまではいかないものの話の展開に自然に引き込まれ、話の舞台もセルビアからロンドン、ドバイ、南アフリカへとワールドワイドに広がっていくし、ボンドガールに関しても、候補が何人か現れてどれが本命かという点で楽しめました。ただ、読み進んでいくほどに話の本筋自体が深化していくという印象がやや薄く、何となく同じ次元で横滑りしているような感じもしました。

 プロットが何度も反転し、ドンデン返しが連続するような作者らしい小説―という点では、終盤は期待したほどでもなかったかな。財団からのオファーのもとに書いているという点では、007のファンも満足させなければならないというというが作者の"使命"でもあったと思うし、"ディーヴァーらしさ"と"007らしさ"が両立できているかというと、微妙なところかもしれません。

 "007らしさ"という点では、ボンドが普段どのような職場で仕事をしているのかといった背景に関する記述も多くあって興味深かったし、IT時代に相応しい小道具もふんだんに登場、一方、ボンドのキャラクター造型は、少なくともショーン・コネリーやロジャー・ムーアなどよりは、ピアーズ・ブロズナンやダニエル・クレイグなどのボンド像に近いかも。まあ、ピアーズ・ブロズナンとダニエル・クレイグの二人だって随分違うし、映画におけるボンド像もかなり幅広くなってきていて、固定的には捉えられなくなってきていますが。

007 スカイフォール 01.jpg ダニエル・クレイグ(Daniel Craig)などは最初見た時は、ジェームズ・ボンドと言うよりもボンドの敵役のスナイパーかなにかのような印象で、最初の出演作「007 カジノ・ロワイヤル」('06年/英・米)がシリーズ第21作でありながら原作の第一作ということもあって(かつて'67年にパロディとして映画化された)、かなり今までのボンド像と違った印象を受けましたが(肉体派? 若気の至りからか結構窮地に陥る)、演じていくうちに独自のボンド像が出来上がっていき、彼自身にとっての第3作「007 スカイウォール」('12年/英・米)あたりになると、もうすっかりそれらしく見えます。

 skyfall.jpgサム・メンデス監督による「007 スカイウォール」はそこそこ楽しめました。特に前半部分は映像と音楽に凝っていたように思われ、それに比ミス・マネーペニー.jpgべると後半はドラマ重視性重視だったでしょうか。ジェフリー・ディーヴァーの本書『白紙委任状』におけるボンドの上司"M"は、映画と異なり男性ですが、ジュディ・デンチ(Judi Dench)演じる"M"が「スカイウォール」で殉職することは以前から決まっていたということなのでしょう(因みに秘密兵器開発担当の"Q"も配役が入れ替わった。そして、"ミス・マネーペニー"もナオミ・ハリス演じるイヴに入れ替わり)。「スカイフォール」の製作は、MGMの財政難のために2010年の間は中断されていたとのことです。結局、製作費は前作「慰めの報酬」の2億ドルから1億5千万ドルに抑えられ、それが前半と後半の手間のかけ方の違いに表れているような気がしないでもありませんが、興業的にはかなりの成功を収めたようです(チッケト代のインフレ調整をした上での比較で、シリーズ中、「サンダーボール作戦」「ゴールドフィンガー」に次ぐ興行収入だとか)。

「007 スカイフォール」1.jpg ベレニス・マーロウ(Bérénice Marlohe)演じるボンド・ガー「007 スカイフォール」2.jpgルが(ボンドが助け出すと約束していたにも関わらず)早々に犯人に殺害されてしまうとか、犯人の犯行目的が、"M"への復讐という個人的怨念に過ぎないものであるとか、冒頭の派手なアクションや前半の凝ったシークエンスに比べると、後半はボンドの実家に籠って「スカイフォール」廃墟の島1.jpg「ホーム・アローン」風の戦いになってしまい、前半ではディーヴァーの小説の犯人並みにサイバー攻撃をしていた敵役も、ここへきて火薬を使いまくるだけの芸の無い攻撃しかしなくなるとか、もの足りない面は少なからずありますが、ダニエル・クレイグのボンド像そのものは悪くなく、ディーヴァーもインタビューで、自身が映画のプロデューサーだったら、今回の作品のボンド役には誰をキャスティングするかと訊かれて「個人的にはダニエル・クレイグが気に入っている」と言ってます。
「スカイフォール」廃墟の島2.jpg
 マカオ沖に浮かぶ廃墟の島として敵役シルヴァのアジトとなった「デッドシティ」は、長崎港から約17km沖合にある「軍艦島」(正式名称は端島)がモデルですが、軍艦島は上陸に厳しい制約があって実際に軍艦島でロケは行うことはできず、スタッフが何度も訪れて細部まで酷似したセットをスタジオに作り上げたそうです。

「007 スカイフォール」●原題:SKYFALL●制作年:2012年●制作国:イギリス・アメリカ●監督:サム・メンデス●製作:マイケル・G・ウィルソン/「007 スカイフォール」.jpgバーバラ・ブロッコリ●脚本:ジョン・ローガン/ニール・パーヴィス/ロバート・ウェイド●撮影:ロバート・エルスウィット●音楽:トーマス・ニューマン[●原作:イアン・フレミング●時間:143分●出演:ダニエル・クレイグ/ハビエル・バルデム/レイフ・ファインズ/ナオミ・ハリス/ベレニス・マーロウ/アルバート・フィニー/ベン・ウィショー/ジュディ・デンチ/ロリー・キニア●日本公開:2012/12●配給:ソニー・ピクチャーズエンタテインメント(評価:★★★☆)

【2014年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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同じ所をぐるぐる回っている感じで深化しない。スペシャリスト不在だと面白くない作家か。

追撃の森.jpg 『追撃の森 (文春文庫)』 『追撃の森』2.JPG

the Bodies Left Behind.jpg 断片的な通報を受けたウィスコンシン州ケネシャ郡の保安官は、女性保安官補ブリン・マッケンジーを、現場である周囲を深い森に囲まれた湖畔の別荘へ派遣、彼女はそこで別荘の所有者である夫婦が殺されているのを発見するとともに殺し屋の銃撃に遭い、現場で出会った銃撃を逃れた女性を連れて深夜の森を走る。無線も無く、援軍も望めない中、女2人vs.殺し屋2人の戦いが始まる―。

 2008年にジェフリー・ディーヴァー(Jeffery Deaver)が発表した作品で(原題:The Bodies Left Behind)、"リンカーン・ライム"シリーズのようなシリーズ作品ではなく、所謂スタンドアローン作品です。

 『ボーン・コレクター』('97年)以降、ハリウッド映画のヒーロー的な主人公が多かった彼の作品にしては新基軸と言うか、むしろ、心理描写、犯人との直接的駆け引き重視という点で、初期作品『静寂の叫び』('95年)に原点回帰した印象です。

 全体の8割が森の中での追走劇に割かれている点では、ほぼ同じ割合が食肉加工工場に立て籠もった犯人と交渉人の遣り取りに割かれている『静寂の叫び』と似ているし、その後のどんでん返しのパターンも良く似ています。

 但し、主人公のブリンは単なる女性保安官補に過ぎず、『静寂の叫び』のFBI危機管理チーム交渉人アーサー・ポターや、『ボーン・コレクター』('97年)の犯罪学者リンカーン・ライム、『悪魔の涙』('99年)の文書検査士パーカー・キンケイド、『スリーピング・ドール』('07年)の「キネシクス」分析の天才キャサリン・ダンスといったスペシャリストは出てきません。

 そうした意味ではディーヴァーの"新境地"なのかもしれないけれど、森の中での追走劇が同じ所をぐるぐる廻っている感じで、ストーリー的に深化していかず平板な印象を受け、結果的に、単刊の割には冗長に感じられました。

 『静寂の叫び』にも「冗長」との批評はありましたが、交渉人のテクニックなどが披瀝されていて、その分、心理描写も深いものになっていたように思われ、それに比べるとこちらは物足りない感じ。やはりこの人の作品は、スペシャリストが出てこないと面白くないのか。

 例の女性の正体が途中でバレないのも不自然。殺し屋の方は彼女の正体を知っているのに何故そのことを利用しなかったのか、やや不思議に思われました。

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主人公は変われどパターンは同じ? リアリティ面での疑問も残るが、そこそこ楽しめた。

悪魔の涙.jpg悪魔の涙 (文春文庫)』 悪魔の涙』1.JPG

The Devil's Teardrop0_.jpg 大晦日の午前9時、大勢の人々が行き交うワシントンの地下鉄の駅で乱射事件が発生し、多数の死傷者が出る。まもなく犯人から市長あてに脅迫状が届く。正午までに二千万ドル用意しなければ、午後4時から4時間おきに無差別殺人を繰り返すという内容だった。刻一刻と迫る期限。しかし思いもかけないアクシデントが。犯人を追うための唯一の手がかりは、手書きの脅迫状のみ。FBIは数年前に引退した筆跡鑑定の第一人者、パーカー・キンケイドの出動を要請する―。

 1999年にジェフリー・ディーヴァー(Jeffery Deaver)が発表した作品で(原題:The Devil's Teardrop)、『ボーン・コレクター』('97年)、『コフィン・ダンサー』('98年)とリンカーン・ライム・シリーズを発表した後、ちょっと目先を変えてと言うか、この作品の主人公は、文書検査士のパーカー・キンケイド。彼はリンカーン・ライムと知己ということで、リンカーン・ライムもちょこっと電話で登場します。

"The Devil's Teardrop: A Novel Of The Last Night Of The Century (English Edition)"

 パーカー・キンケイドは離婚した後に、2人の子どもと暮らしていますが、子供を危険に晒したくないという思いもあり、また、いいかげんな母親に子供の監護権を奪われたくないという気持ちもあって、最初はFBIの要請を拒みますが、結局、プロ魂の成せる業というか、捜査にずっぽりハマっていきます。

 お話は1日の出来事を追っていて、その1日で完結するものの、僅か1日の中に様々な展開があって、最後はこの作者お約束のドンデン返し。しかもそれが一度ならず二度、三度あって...。

 パーカー・キンケイドが定型的な筆跡鑑定というものを否定し独自の「文書鑑定」という手法を用いているのは、リンカーン・ライムが犯人捜査のための定型的なプロファイリングを否定し、独自の手法を採るのとパラレルになっている感じで、その他にも、実行犯にサイコパスのきらいがあったり、捜査陣の身内に犠牲者が出たり、キンケイドの家族に危険が及んだりと、リンカーン・ライム・シリーズとの相似形が多々見られましたが、結局この作者、このパターンで書くのが一番面白く、また、テンポ良く書けるのかな。

 キンケイドのキャラクターはリンカーン・ライムほど気難しくなく、私生活で子どもの養育権を守るための元妻との争いに苦労しているなど、何となく親しみを覚え、最後のFBI女性捜査官マーガレット・ルーカスとの事の成り行きも、良かったねと言うか、まあ、こうなるだろうなあと(この男女関係もリンカーン・ライム・シリーズとパラレル)。

 やはり予測がつかなかったのは、立て続けのドンデン返しで、特に犯人側に関わる大きなのが2つ。但し、プロットが凝り過ぎて(特に実行犯の方)、リアリティ面でどうかなあという印象も―。実行犯はある種"被催眠状態"のような感じで犯行を繰り返しているわけで、そんな実行犯にそこまでのことが出来るかなあという思いもありました。

 でも、まあ、そこそこ楽しめました。文庫本で1冊に収まっているのもいいです(と言っても570頁あるが)。

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ドラマ以上にフーダニット(犯人探し)がじっくり堪能できる原作。

Written in Blood Caroline Graham.jpg空白の一章2.JPG 空白の一章.jpg CAROLINE GRAHAM.gif 血ぬられた秀作 dvd.jpg
"Written in Blood: The 4th Inspector Barnaby Mystery"『空白の一章―バーナビー主任警部』Caroline Graham「バーナビー警部~血ぬられた秀作[DVD]

Written in Blood.jpg アマチュア作家サークルのメンバー、ジェラルド・ハドリーが自宅で惨殺された。殺害される直前、ジェラルドが緊張しているのを他のメンバーは不審に思っていた。その夜、サークルがゲストに招いたプロ作家マックス・ジェニングズと関係があるのか......。捜査が進展するにつれ、被害者ジェラルドの素性を誰も知らないことがわかる。一方、疑惑の人、ジェニングズは事件後に旅立ったまま、行方がわからない。ロンドン郊外の架空の州ミッドサマーを舞台に、バーナビー主任警部と相棒のトロイ刑事が、錯綜する人間関係に挑む―。

 バーナビー警部とトロイ部長刑事のコンビが活躍するTVドラマシリーズ「バーナビー警部」の原作者である英国のキャロライン・グレアム(Caroline Graham、1931-)の「バーナビー主任警部」シリーズの1994年に発表された第4作(原題:Written in Blood)で、作者はシリーズ第1作『蘭の告発』(1987)で注目を集め、1997年からイギリスのITVでの放映が開始、2012年までに92話が放映されています。

Written in Blood (Chief Inspector Barnaby Series #4) Audiobook

 「92話」というとスゴイ数ですが、原作そのものは7作しかなく、翻訳されているのは第1作『蘭の告発』、第2作『うつろな男の死』とこの第4作『空白の一章』のみです。グレアムは、舞台女優やフリーランスのジャーナリストなどの職業を経て作家となり、最初はロマンス小説や児童書などを書いていて、「バーナビー主任警部」シリーズの第1作を発表したのが56歳の時、2004年にシリーズ第7作を発表した時点で73歳になっていますから、今後は「新作」を望むというより、「新訳」を望むということになりそうです。

 本書は単行本で500ぺージ以上ある大作ですが、翻訳がこなれていて読み易い上に、ストーリーの展開が巧みで引き込まれ、ほぼ一気に読めます。
 映像化作品の方は、シリーズ第4話として1998年に英国で放映され、日本では2002年に「小説は血のささやき」としてNHK-BS2で放映され、ミステリチャンネルで再放映された際に「血ぬられた秀作」というタイトルとなり、それがDVDのタイトルにもなっています。

 多くの人物が登場するにも関わらず、人物描写の書き分けが丁寧で、犯人当ての醍醐味も十分楽しめます。本来は、映像化作品を観る前に原作を愉しみたいところですが、ドラマ版が日本で初放映されて10年以上たってやっと翻訳が出されているわけで、殆どの人がドラマの方に先に触れることにならざるを得ないのは致し方ないところでしょうか(自分もその一人)。

 ドラマと比べると、ジェラルド・ハドリーが殺害される前にプロ作家マックス・ジェニングズと二人きりにしないでくれと懇願した相手が違っていたり、ドラマにおける、マックス・ジェニングズの作家になる前の職業が精神科医であって、精神分析を通してジェラルド・ハドリーの過去の秘密を知るといった経緯が、ドラマ版のオリジナルであったことが分かりますが、何よりも大きな違いは、ドラマで殺害されるマックス・ジェニングズが原作では殺されないという点で、そのため、マックス・ジェニングズ自身の口から過去の出来事の経緯が語られるという点ではないでしょうか。

Written in Blood (1998).jpg とは言え、ドラマは原作のストーリー展開をほぼ活かしていたように思われ、但し、時間的制約もあって、その重厚さにおいてやはり原作にはかなわないといった印象もあり、そのために、第二の殺人を強引にもってきたのではないでしょうか。今風のテンポの速いサスペンスに慣れた読者には、原作はやや話がゆったりし過ぎているように感じられるというのもあるのかもしれませんが、個人的にはやはり原作の方が上。

 ドラマのラストにあったヒッチコックの「サイコ」ばりのエピソードは原作通りだったのだなあ。原作もドラマもこれからという人は、先に原作を読んでフーダニット(犯人探し)をじっくり堪能した上で、ドラマで改変を愉しむという順番の方をお勧めします。 「バーナビー警部(第2話)/血ぬられた秀作」 (98年/英) ★★★☆

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面白かった。真犯人の意外性はインパクトがあった。

バーナビー警部 ~秘めたる誓い dvd.jpg   秘めたる誓い 輸入盤dvd.jpg 秘めたる誓い 輸入盤dvd2.jpg
バーナビー警部~秘めたる誓い~ [DVD]」/輸入盤DVD"Midsomer Murders Death's Shadow"(秘めたる誓い)

秘めたる誓い 04.jpg 結婚25周年目のバーナビー夫妻は、妻のたっての望みで12世紀建造の教会で結婚式をやり直すことに。その教会は牧師のスティーブン・ウェントワース(ジュディ・パーフィット)が中心となって補修基金を集めているのだが、修繕委員の一人で脳腫瘍のため余命幾許も無いと診断された不動産開発業者リチャード・ベイリー(ドミニク・ジェフコット)が、深夜に何者かにインド刀で惨殺される。リチャードはタイ・ハウス地域の開発を進めていたが、立ち退きを拒み続けていたタイ・ハウスの不動産管理人デビッド・ホワイトリー(クリストファー・ビラーズ)も深夜に自分のトレーラーハウスに閉じ込められて焼き殺され、村で子供時代を過ごし、たまたま村に帰ってきていた演劇監督のサイモン・フレッチャー(ジュリアン・ワダム)も教会修繕基金を集うバザーの最中に弓矢で殺される。当初、事件はタイ・ハウスの開発を巡るトラブルに起因しているとバーナビー(ジョン・ネトルズ)は考えていたが、村の元小学校教師で村の開発反対派アグネス・サンプソン(ヴィヴィアン・ピクルス)から聞いた10歳の子供の話を思い出し、次に狙われるのは、殺された3人と小学校の同級生だった村の不動産屋イアン・イーストマン(ニック・ダニング)だと推測、また事件が教会を中心に起こっていることに気づく―。

Midsomer Murders Death's Shadow.jpg トム・バーナビー警部のシリーズの第6話「秘めたる誓い」(原題:Death's Shadow)の本国放映は1999年1月、日本では2002年6月から7月にかけてNHK‐BS2にて前後編(第13話・第14話)に分けて初放映され、その時のタイトルは「少年時代は秘密のベール」でした。一応、シリーズの原作はキャロライン・グレアム(Caroline Graham)ということになっていますが、この辺りから原作の洋書版が見当たらず、原作者名のクレジットもされていないため、脚本家アンソニー・ホロヴィッツ(Anthony Horowitz)のオリジナルであるように思われます。但し、この作品に関しては、それまでのキャロライン・グレアムの原作に沿ったエピソードより面白かった面もありました。

 怪しいと思われた人物が殺され犯人は別にいるのだと観る側に推理のやり直しをさせるとのはよくある手ですが、それが次々続いて、ああ、被害者同士でミッシングリングを成していたのだなあと。そのこと自体は、プロローグのいじめに遭っている少年のシーンから何となく窺い知ることが可能ですが、微妙なのは誰が過去の事件において被害者であったのかということで、小学校の同級生たちが今は地域の開発を巡って対立するなど現在の問題も絡んでいたりするため、誰が誰を殺してもそうおかしくない状況―プロローグで過去の出来事を結末まで全ては明かさないで、途中から徐々に事の真相を見せていく作りが上手いと思いました。

秘めたる誓い 01.jpg 結局、個人的には、完全にプロットの罠にハマったのですが、バーナビーも途中まで現在起きている問題に引っ張られてミスリード されていたわけだなあ―それが、事件が教会を中心に起こっていることに気づいて...。前作「沈黙の少年」同様、"隠された係累"ということで、最後は後出しジャンケンみたいな印象もありましたが、真犯人の意外性はインパクトがありました。

 斬殺、焼殺、刺殺...という順番は聖書からきているのかな(ややマニアックだけど、これも犯人に至る推理上の伏線だったのか)。村の不動産屋だけが助かるわけですが、居所を不明にして少年愛に耽っていたのが幸いした? こうした変態的素材も含め、アンソニー・ホロヴィッツの脚本はこれまでのトーンをきちんと踏襲しているように思いました。

秘めたる誓い 風景.jpg 凄惨で猟奇性を帯びた連続殺人事件と、その捜査に当たるバーナビーとトロイのユーモラスな遣り取り、或いはバーナビーを支える暖かい家庭―このギャップのある2つの要素の取り合わせに加えて、ストーリーの出来不出来に関わらず、ロケ地にこだわった美しい田舎町の風景が楽しめるシリーズです。

'Badgers Drift' in 'The Killings at Badgers Drift', 'Deaths Shadow', and also seen 'Death of a Stranger' and 'Painted in Blood'

「バーナビー警部(第6話)/秘めたる誓い(少年時代は秘密のベール)」」●原題:MIDSOMER MURDERS:DEATH`S SHADOW●制作年:1998年●制作国:イギリス●本国上映:1999/01/20●監督:ジェレミー・シルバーストン●脚本:アンソニー・ホロウィッツ●撮影:ナイジェル・ウォルターズ●原作:キャロライン・グレアム●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケーシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/リチャード・ブライヤー/ジュディ・パーフィット/ジュリアン・ワダム/ドミニク・ジェフコット/クリストファー・ビラーズ/ニック・ダニング/ジェシカ・ターナー/ヴィヴィアン・ピクルス/アナ・クロッパー/ゴードン・ゴステロワ/モシー・スミス/テレンス・コリガン/ニック・ロビンソン/エイリーン・デイビス●日本放映:2002/06●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★★

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レズビアンとか新興宗教とかミッドサマーでは色々あるね。2作ともプロットがやや弱いか。

誠実すぎた殺人dvd.jpg FAITHFUL UNTO DEATH dvd.jpg   沈黙の少年dvd.jpg DEATH IN DISGUISE dvd.jpg
バーナビー警部~誠実すぎた殺人~ [DVD]」"Faithful unto Death"(誠実すぎた殺人)/「バーナビー警部~沈黙の少年~ [DVD]」"Death in Disguise"(沈黙の少年)
02誠実すぎた殺人.gif 村人が資金を出しあった工場の経営が行き詰まり、責任者のアラン・ホリングスワース(ロジャー・アラム)を糾弾する声が高まっていた。批判者の急先鋒グレイ(マーク・ベズレイ)はチャリティーバザーで「殺す」とアランに脅しをかける。最悪の事態を回避するため捜査を始めたバーナビー(ジョン・ネトルズ)は、アランの妻シモーヌ(レズリー・バイカレッジ)が実家に帰ったのではなく何者かに誘拐され、出資金は身代金に使われたものと推定する。トロイがホリングスワース家誠実すぎた殺人02.gifを見張っていたが、ブレンダ(ミシェル・ドゥートリス)の手引きでアランはトロイをまいて何処かへ行ってしまい、アランを追っていたブレンダが何者かに殺されてしまう。更にブレンダに続きアランが睡眠薬で何者に殺され、前夜訪れていたパブの主人ナイジェル(ポール・ブルック)の指紋がそこら中から検出される。だがナイジェルは犯人ではなかった。バーナビーは捜査の末、シモーヌの元恋人ビンス・ペリー(アンドリュー・ポール)を逮捕する。バーナビーは犯人一味を逮捕し追及するが、主犯を有罪にもちこむ決定的証拠に欠けていた―。

Faithful Unto Death.jpgFAITHFUL UNTO DEATH title.gif トム・バーナビー警部のシリーズの第4話「誠実すぎた殺人」(原題:Faithful unto Death)の本国放映は1998年4月、日本では2002年5月から6月にかけてNHK‐BS2にて前後編(第9話・第10話)に分けて初放映され、その時のタイトルは「愛する人のためならば」でした。原作はキャロライン・グレアムのシリーズ第5作"Faithful unto Death"(1996年発表)ですが、2013年現在邦訳はされていません。

 第1話「謎のアナベラ」でバジャーズドリフトを舞台に近親相姦を、第2話「血ぬられた秀作」でミッドサマー・ワーシィを舞台にホモセクシュアル、女装癖をモチーフとして扱い、第3話「劇的なる死」でもフェーンバゼットを舞台に軽いタッチではあるもののゲイの世界を扱って、そしてこの第4話ではレズビアンと、まあこのロンドン郊外の架空の州ミッドサマーでは何でもありなのかという印象も。

 ラスト、主犯格が逃げおせてしまいますが、トロイ巡査部長(ダニエル・ケイシー)から相方の現在を知らされ、自らの愛が破れたことを悟った共犯者が自供に靡くことを示唆して終わっています。でも、やはり、ちょっとカタルシス不足かな(トロイは結構重要な役回りをバーナビーから任されたことになる。ちゃんと権限委譲による部下育成してるね)。

Death in Disguise.jpg 続くシリーズ第5話「沈黙の少年」(原題:Death in Disguise)は、本国放映は1998年5月、日本では2002年4月から5月にかけて前後編(第5話・第6話)に分けて初放映され、その際のタイトルは「祈りの館に死が宿る」。原作はキャロライン・グレアムのシリーズ第3作"Death in Disguise"(1992年発表)ですが、これも2013年現在邦訳はされていません。

02沈黙の少年.gif 新興宗教団体ゴールデンウィンドホースロッジのメイ・カトル(ジュディ・コーンウェル)から、教団設立時の出資者の一人ウィリアム・カーター(ロバート・ピッカバンス)が階段から落ちて死んだとの知らせがバーナビーに入る。事故ということで片付いたものの、嵐の夜、屋根飾りの砲弾が落ちて危うく信者に当たりそうになる不審事が起きる。新参の若い沈黙の少年3.gif沈黙の少年01.gif信者クリストファー・ウェンライト(ステファン・モイヤー)は、信者の一人スハミことシルビー・ガムラン(アンナ・ボルト)と仲良くなる。スミハの父で俗物の金持ちガイ・ガムラン(マイルズ・アンダーソン)は、娘スハミの誕生日祝いに団体を訪ねて娘に贈った大金を、彼女が全て教祖イアン・クレイギー(マイケル・フィースト)に寄付したため激怒する。そのスハミの誕生日の祝いの席で、教祖は何者かに刺殺される。事件の鍵を握るのは自閉症の物言えぬ少年だった―。

 う~ん。ミッドサマーには新興宗教団体まであるんだなあ。美しい自然に恵まれた環境ながら、そこには怪しげな人物がいっぱい。メイは、古代ローマの将軍に憑依されて託宣をのたまうし、施設内で養蜂をしている老夫婦も昔は売春宿を違法経営していたらしい...。

沈黙の少年 06.jpg 教祖の殺害が、部屋の灯りが消えた一瞬の隙に行われるのは、クリスティの『予告殺人』を想起させるし、言葉を発することがなかった少年が、何者が教祖を刺したのかというバーナビーの問いに初めて発した言葉が「マジック」であるというのもクリスティの『魔術の殺人』を意識してか。憑依による儀式が行われるところは『蒼ざめた馬』もそうであるし、クリスティへのオマージュが感じられるととるのは、穿ち過ぎた見方でしょうか。

 第4話「誠実すぎた殺人」に比べてプロットはそう複雑ではないけれど、犯人が最後まで分からなかったのは、動機となる係累が最後まで伏されていたことによるかと思います。

 2作とも原作は全てがこの通りではないようですが、今まで邦訳されていないのは、ややプロット的にカタルシス効果が弱かったり地味であるというのもあるのではないかな。これらの映像化作品によって、田園風景や人々の暮らしぶりなどは楽しめましたが。

FAITHFUL UNTO DEATH06.jpg「バーナビー警部(第4話)/誠実すぎた殺人(愛する人のためならば)」●原題:MIDSOMER MURDERS:FAITHFUL UNTO DEATH●制作年:1998年●制作国:イギリス●本国上映:1998/04/22●監督:ジェレミー・シルバーストン●脚本:アンソニー・ホロウィッツ●撮影: ナイジェル・ウォルターズ●原作:キャロライン・グレアム●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケーシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/ロジャー・アラム/レズリー・バイカレッジ/ポール・ブルック/ロザリンド・アイレス/エレオノーラ・サマーフィールド/ピーター・ジョーンズ/ポール・チャプマン/ミシェル・ドゥートリス/ソフィー・スタントン/マーク・ベイズレィ/テッサ・ピーク-ジョーンズ●日本放映:2002/05●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★)

沈黙の少年 07.jpg「バーナビー警部(第5話)/沈黙の少年(祈りの館に死が宿る)」」●原題:MIDSOMER MURDERS:DEATH IN DISGUISE●制作年:1998年●制作国:イギリス●本国上映:1998/05/06●監督:バズ・テイラー●脚本:ダグラス・ワトキンソン●撮影: ナイジェル・ウォルターズ●音楽 : ジム・パーカー●原作:キャロライン・グレアム●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケーシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/ロバート・ピッカバンス/マイケル・フィースト/ダニエル・ハート/アンナ・ボルト/マイルズ・アンダーソン/スーザン・トレーシー/コリン・ファレル/ダイアン・ビル/ジュディ・コーンウェル/チャールズ・ケイ/ステファン・モイヤー●日本放映:2002/04●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★)

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プロット的には物足りない。関係者ほぼ全員が劇団員であるのが最大のミソか。

バーナビー警部/劇的なる死 dvd 輸入盤.jpgバーナビー警部/劇的なる死 dvd.jpg 劇的なる死00.jpg  アマデウス dvd.jpg
バーナビー警部~劇的なる死~ [DVD]」 Death of a Hollow Man' 「アマデウス [DVD]
ハロルド・ウィンスタンリー(Bernard Hepton)/エスリン(Nicholas Le Prevost)
ハロルド・ウィンスタンリー(バーナード・ヘプトン).gifエスリン(ニコラス・レプレボ).gif ミッドサマー地区で中年女性アグネス・グレイ(デニーズ・アレクサンダー)が何者かに殺された。アグネスは不治の病に冒されており、「とてつもない過ちを犯したのでそれを正したい」と漏らし、意外なほどの大金を動物保護団体に寄付していた。一方、ハロルド・ウィンスタンリー(バーナード・ヘプトン)が舞台監督を務めるコーストン・アマチュア劇団による舞台劇「アマデウス」の初日が近づいていたが、バーナビー(ジョン・ネトルズ)の妻ジョイス(ジェーン・ワイマーク)も端役で出演する、サリエリ役で主演する会計士のエスリン(ニコラス・ラ・ブレボスト)はアグネスのいとこで唯一の親族だった。
バーナビー警部/劇的なる死01.jpgキティ(Debra Stephenson)/ローザ(Sarah Badel)
キティ(デブラ・スティーブンソン).gifローザ(サラ・バデル).gif エスリンの妻キティ(デブラ・スティーブンソン)は(舞台ではモーツァルトの恋人役)は不倫をしており、そのことを同じ劇団員のエスリンの元妻のローザ(サラ・バデル)がエスリンに示唆したことで、エスリンはローザに離婚話を切り出す。人々の愛憎が錯綜する中で初日の幕は上がるが、クライマックスでエスリンは、何者かによってテープが剥がされた剃刀で喉を切ってしまい死亡。バーナビーの調べで劇団員兼大道具係デービッド(イアン・フィッツギボン)の父で大道具係のコリン(ジェフリー・ハッチングス)が「自分が殺した」と自供するが、それは息子を庇ってのことで息子も無実が明らかになり、となると、アグネスとエスリンを殺した真犯人は別にいることになる―。

うつろな男の死.jpg この1998年3月本国イギリスでの放映の第3話「劇的なる死」(Death of a Hollow Man)は、日本初放映は2002年5月で、前後編(第7話・第8話)に分けて放映され、当時のタイトルは「開演ベルは死の予告」。キャロライン・グレアムによる原作は、1989年に発表されたバーナビー警部シリーズ第2作『うつろな男の死』(Death of a Hollow Man)であり、1993年に創元推理文庫で翻訳が刊行されています。
うつろな男の死 (創元推理文庫)

バーナビー警部/劇的なる死 03.jpg アマチュア劇団を舞台にした演出家と俳優の確執をモチーフにした作品ですが、ちゃんと原作者の著作がある作品で、しかも、今回は珍しく原作者本人が脚本を担当しているにしては、第1話「謎のアナベラ」、第2話「血ぬられた秀作」と比べると、人間関係の入り組み具合もさほどではなく、プロットも単純で、分かりやすけれど物足りないと言うか、ミステリとしてはややランク落ちの印象を受けます。

 ミッドサマー地区は、アマチュア作家のサークルとかアマチュア劇団とか、アマチュアの文化活動が盛んだなあと。しかし、芝居の小道具で、テープを張るにしろ本物の剃刀を使うかなあ。

デアドレ・ティブス(ジャニーン・ダヴィツキー).gif プロットは物足りないけれども、今回も怪しい人物、奇妙な人々には事欠きません。エスリンの妻の不倫相手は、ゲイの書店主アベリーの本屋で働いていた"ゲイ友"の書店員ティムだったんだなあ(舞台では2人は舞台美術係と照明係)。ハロルドのお手伝い(舞台では進行係兼小道具係)デアドレ・ティブス(ジャニーン・ダヴィツキー)が、ハロルドが劇の評判を聞くよう彼女に頼んだのに、彼女は事件のことを記者たちに話したくて仕方がない様子がおかしいです(でも、これが"マトモな感覚"なんだろなあ)。

バーナビー警部/劇的なる死02.jpg トロイ巡査部長(ダニエル・ケイシー)が初めて警部の娘カリー(ローラ・ハワード)に出会って一目惚れするのはこの回だったんだなあと。彼女は、役者の卵ニコラス(エド・ウォーターズ)の方と仲良くなってしまいましたが、このプロの役者を目指している青年も書店員。バーナビーも、舞台美術の手伝いで書割の絵をかいているし、今回は、関係者ほぼ全員が劇団員であるか何らかの形で舞台に関係しているという中で事件が起きるというのが、最大のミソと言えるのでしょう。

劇的なる死 劇場.jpg しかし、「アマデウス」とはねえ。田舎のアマチュア劇団にしては随分難しそうな演目を選んだものだと思いますが、わざとそうした設定にしたのでしょう。原作は、サリエリが喉を搔き切る場面で"血糊"を見せるかどうかを演出家らが議論している場面から始まり、シェークスピア劇をはじめ演劇に関する薀蓄がてんこ盛りです。

The Summer house used for an illicit affair in 'Death of a Stranger'

 「アマデウス」(Amadeus)は、チェコスロヴァキア出身のミロス・フォアマン監督の映画「アマデウス」('84年/米)が知られていますが、元々は英国の劇作家ピーター・シェーファー原作の戯曲で、初演もロンドン(1979年)。それが翌年に米国に渡り、ブロードウェイで上演され、1981年には戯曲部門でトニー賞を受賞したもので、日本でも舞台化されましたが、個人的には映画化作品しか観ていません(旧「新宿ピカデリー」で観たが、ここ、いつの間にか、館名は変えないまま「二番舘」から「ロード館」になっていた)。

アマデウス 1.jpg 映画の方は、アカデミー賞の作品賞、監督賞、主演男優賞など8部門を獲得した作品で、双葉十三郎(1910-2009/享年99)の『ミュージカル洋画ぼくの500本』('07年/文春新書)をみると、年代別に見て85点(著者流に表せば☆☆☆☆★)以上の評点を付けている最後の作品が「アマデウス」で、それ以降はありません。

アマデウス モーツアルト.jpgアマデウス サリエリ.jpg 個人的にも大作であるとは思いましたが、モーツァルト像がややデフォルメされ過ぎている印象もありました。アカデミー賞の「主演男優賞」には、"ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルト"を演じたトム・ハルスと、"サリエリ"を演じたF・マーリー・エイブラハムの両方がノミネートされましたが、F・マーリー・エイブラハムが受賞したのは順当と言えるかと思います(F・マーリー・エイブラハムはゴールデングローブ賞「主演男優賞」(ドラマ部門)、ロサンゼルス映画批評家協会賞「主演男優賞」も受賞)。モーツァルトのオペラは、少年少女合唱団レベルでもドイツ語で歌われているのに、映画の中では全て英語になっているのもやや気になりましたが、アメリカ映画ですからこれはまあ仕方がないか。

「バーナビー警部(第3話)/劇的なる死(開演ベルは死の予告)」●原題:MIDSOMER MURDERS:DEATH OF A HOLLOW MAN●制作年:1998年●制作国:イギリス●本国上映:1998/03/29●監督:ジェレミー・シルバーストン●脚本:キャロライン・グラハム●撮影: ナイジェル・ウォルターズ●音楽 : ジム・パーカー●原作:キャロライン・グレアム●時間:101分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケーシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/バーナード・ヘプトン/デニース・アレクサンダー/ニコラス・ラ・ブレボスト/ジャンニ・ドュヴィッキ/イアン・フィッツギボン/サラ・バデル/エド・ウォーターズ●日本放映:2002/05●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★)

アマデウス 0.jpg「アマデウス」●原新宿ピカデリー.jpg題:AMADEUS●制作年:1984年●制作国:アメリカ●監督:ミロス・フォアマン●製作:ソウル・ゼインツ●脚本:ピーター・シェーファー●撮影:ミロスラフ・オンドリチェク●音楽:ジョン・ストラウス●原作:ピーター・シェーファー●時間:160分(ディレクターズカット180分)●原作:ピーター・シェーファー●出演:F・マーリー・エイブラハム/トム・ハルス/エリザベス・ベリッジ/サイモン・カロウ/ロイ・ドトリス/クリスティン・エバソール/ジェフリー・ジョーンズ/シンシア・ニクソン●日本公開:1985/02●配給:松竹富士●最初に観た場所:新宿ピカデリー(85-05-19)(評価:★★★☆)

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おどろおどろしさは尽きせず、一方でユーモアも。楽しめたけれど、疑問点も。

血ぬられた秀作 dvd.jpg WRITTEN IN BLOOD DVD.jpg      John Nettles.gif Daniel Casey.gif
バーナビー警部~血ぬられた秀作[DVD]」/輸入盤DVD"Midsomer Murders" Written in Blood" DCI.Barnaby(John Nettles)/Sgt.Troy(Daniel Casey ) 
Gerald Hadley(Robert Swann)/Max Jennings(John Shrapnel)
Robert Swann.pngJohn Shrapnel.gif アマチュア作家サークルを主宰するジェラルド・ハドリー(ロバート・スワン)の家で、主人の死体が発見される。サークルでは前夜、プロの作家マックス・ジェニングス(ジョン・シャープネル)を招いて講演会を開いていたが、ジェラルドとマックスの間には緊張感が漂っていた。
Amy Liddiard(Joanna David)/Honoria Lyddiard(Anna Massey)
Joanna.gifAnna Massey.gif マックスを招くことを提案したエイミー(ジョアンナ・デビッド)は、講演会の前にハドリーから「マックスと二人きりにしないでくれ」と懇願されていたが、義姉オノーリア(アンナ・マッセイ)の命令で、やむなく二人だけを残して先に帰っってしまったことを後悔していた。
Brian Clapper(David Troughton)/Edie Carter(Nancy Lodder)
David Troughton.gifNancy Lodder.gif バーナビー警部(ジョン・ネトルズ)は、トロイ巡査部長(ダニエル・ケイシー)と共にサークルの面々に聞き込みに廻るが、ハドリーの素性を訊いいても誰も知らない。サークルのメンバーで中学校で演劇を指導しているブライアン(ディビッド・トロートン)も、事件当時不審な行動をとった一人だが、教え子イーディー(ナンシー・ロデル)に性的行為をしている現場の写真を生徒に撮られてしまって、事件どころではない。
Selina Jennings (Una Stubbs)/Barbara Kneale(Annoushka Le Gallois)
Una Stubbs.gifAnnoushka Le Gallois.gif そうした中、ハドリーに続いて、マックス・ジェニングスも海辺のコテージで遺体となって発見される。マックスの妻のセリーナ(ウナ・スチュブス)や秘書バーバラ(アノーシュカ・ルガロア)の話によれば、彼は海外へ講演旅行に行っていたはずとのことだったが、バーナビーの調べで、彼は出張を装い、愛人であるバーバラとそこで落ち合うことになっていたことが判る。二人を殺した犯人は一体誰なのか―。

空白の一章.jpg この1998年3月本国イギリスでの放映のシリーズ第2話「血ぬられた秀作」(Written in Blood)は、第1話「謎のアナベラ」(1997)がパイロット版であるため、実質、第1シーズン第1話になります(日本初放映は2004年4月。前後編(第3話・第4話)に分けて放映され、当時のタイトルは「小説は血のささやき」)。キャロライン・グレアムによる原作は、2010年になって『空白の一章―バーナビー主任警部』(論創社)として訳出されました。

Midsomer Murders 1998 (British TV Series).jpg ジェラルド・ハドリーはプロ作家マックス・ジェニングスと会うのを嫌がり、それでもサークルのメンバーの総意で彼を呼ぶことになって渋々それに従い、一方、マックス・ジェニングスもジェラルド・ハドリーと会うことを恐れていた―そして、その両方が殺される、という展開にぐぐっと引き込まれます。

 ジェラルド・ハドリーとマックス・ジェニングスの秘められた過去の因縁がカギになるわけですが、より詳しく言ってしまうと、エイミーの義姉オノーリアの亡くなった弟(つまりエイミーの夫だった人物)とジェラルド・ハドリーの関係が過去にあって、それに元精神科医で今や人気作家マックス・ジェニングスが絡んでいたということだったんだなあ。原作ではマックス・ジェニングスは元精神科医ではなく広告代理店勤務。殺されるには至らず、最後、自らの口から、亡くなったエイミーの夫(オノーリアの弟)と殺されたジェラルド・ハドリーの関係を明かします(それをネタに小説を書いて、流行作家の地位を得た...)。

 しかし、ハドリーの過去、凄すぎるなあ。第1話「謎のアナベラ」の近親相姦に続いて、今度は父親殺し(冒頭シーンで暗示されている)にホモセクシュアルに女装癖。しかし話はこれだけにとどまらず、更に真相はエスカレートしていき、もうおどろおどろしさは尽きることを知らないといった感じで、ステーヴン・キングの「シャイニング」か、はたまたヒッチコックの「サイコ」か、といった場面もあります(但し、これは原作通り)。

Written in Blood (1998).jpg バーナビーが捜査の最中に首筋を掻いてばかりいるのは、後の方で、娘から預かったペルシアン・ブルーのお蔭で猫アレルギーを発症していたことが判明します。重厚でゴシック調の暗っぽさも感じられる事件周辺の雰囲気と、バーナビーのこうした家族との暖かいふれあいやユーモラスな様との取り合わせがこのシリーズの妙なのでしょう(娘の猫を預かる話は原作通りだが、猫アレルギーの話は原作には無い)。田園風景の美しさも楽しめました。

 しかし、こんな因縁を持った二人が、嫌々ながらでも会おうとするかなあ。ハドリーの立場からすれば、サークルのメンバーの意見を容れて呼んだのは、潜在的に復讐の意図があったのか(他に候補に挙がって却下されたのが、フレデリック・フォーサイスだったりジェフリー・アーチャーだったりするのが可笑しいが、この両作家名が招聘候補に挙がるのも原作通り)。でも、マックス・ジェニングスの立場からすれば、ノコノコ出向いていくのは意図不明の印象も受けました。

 それに犯人がたまたま過去の真相を知ったタイミングが合っちゃったわけで、事件が複雑になった...。しかも、二人は同じ村に住んでいて、同じサークルに属していた...。これ、ホントに偶然なのか、何か伏線があったのか、よく分からなかったなあ。

 結局、最初一番怪しくて、生徒に嵌められたりした中学校の演劇の先生は、視聴者の推理をミスリードさせるための目くらましだったということになるのでしょうか。それにしても問題アリの生徒たちだなあ。トロイ巡査部長がこの学校に7年間通っていたということは、彼が労働者階級の出身であることを示唆しているのでしょう。

「バーナビー警部(第2話)/血ぬられた秀作(小説は血のささやき)」」●原題:MIDSOMER MURDERS:WRITTEN IN BLOOD●制作年:1998年●制作国:イギリス●本国上映:1998/03/22●監督:ジェレミー・シルバーストン●脚本:アンソニー・ホロヴィッツ●撮影: ナイジェル・ウォルターズ●音楽 : ジム・パーカー●原作:キャロライMidsomer Murders - On the Set - Written in Blooda.jpgン・グレアム●時間:102分●出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/ロバート・スワン/ジェーン・ブッカー/ローラ・ハットン/ジョアンナ・デビッド/アンナ・マッセイ/ディビッド・トロートン/ジュディス・スコット/ジョン・シャープネル/アノーシュカ・ルガロア/マレーネ・サイダウェイ/ナンシー・ロダー/ティモシー・ベーテソン/ウナ・スチュブス●日本放映:2002/04●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★☆)
Midsomer Murders - On the Set - Written in Blood

「●TV-M (バーナビー警部)」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1986】 「バーナビー警部(第2話)/血ぬられた秀作
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おどろおどろしさとユーモア。周辺人物を紹介的に描きながら、二転三転のプロットでも魅せる。

謎のアナベラ.jpgThe Killings at Badger's Drift dvd.jpg 謎のアナベラ01.jpg  「蘭の告発」.jpg
バーナビー警部~謎のアナベラ~ [DVD]」 輸入盤DVD"The Killings at Badger's Drift" 『蘭の告発 (角川文庫)

謎のアナベラ6.jpg 高齢の元教師エミリー・シンプソン(ルネ・アッシャーソン)が自宅で不審死を遂げる。捜査を開始したトム・バーナビー警部(ジョン・ネトルズ)は、年の離れたキャサリン・レイシー(エミリー・モーティマー)との結婚を控えた富豪ヘンリー・トレース(ジュリアン・グローバー)の最初の妻ベラの「事故死」が今回の事件に関係しているのではないかと考える。エミリーの葬儀から幾日もしない内に、今度はレインバード親子(エリザベス・スプリッグス/リチャード・キャント)が何者かに殺され、二人が町のゴシップを収集して金を脅し取っていたことが判明する。
謎のアナベラ3.jpg 殺された時刻に二人の家を訪れていたキャサリンは、ショックを受け結婚式の延期を懇願する。謎のアナベラ4.jpgバーナビーは新たな証拠にもとづき、ヘンリーの義妹フィリスを1995年のベラ殺害容疑で逮捕、フィリスは自白し、拘留中に自殺を遂げる。更に新たな証言を得て、バーナビーはキャサリンの兄で画家のマイケル・レイシー(ジョナサン・ファース)をレインバード親子殺害容疑で逮捕、マイケル宅からは凶器の刃物も発見される。事件はこれで解決したかに思われたが、新たな証言でマイケルのアリバイが成立し、彼は釈放される。エミリー及びレインバード親子を殺した真犯人は誰なのか―。

謎のアナベラ1.jpgThe Killings at Badger's Drift.jpg 原作は、イギリスの女流推理作家キャロライン・グレアム(Caroline Graham)による、イングランド中部の田舎町のコーストン警察の犯罪捜査課に所属するバーナビー警部のシリーズで、原作シリーズの第1作『蘭の告発』(The Killings at Badger's Drift、1987)が、このジョン・ネトルズ(John Nettles)主演のTVシリーズの第1話(正確にはパイロット版)の「謎のアナベラ」として映像化され、バーナビー警部のシリーズのスタートとなりました(本国放送1997年3月、本邦初放映は2002年4月にBS‐2で前後編(第1話・第2話)に分けて放映され、その際のタイトルは「森の蘭は死の香り」)。

謎のアナベラ2.jpg 連続殺人事件とそれに纏わる村の奇妙な人々、そして謎めいた兄妹―と、おどろおどろしい雰囲気満載でありながらも、バーナビー警部と部下のトロイ巡査部長(ダニエル・ケイシー)とのユーモラスな会話や、警部と妻ジョイス(ジェーン・ワイマーク)や一人娘カリー(ローラ・ハワード)とのホームドラマ的な遣り取りなどのバランスが絶妙で、この一話でもってバーナビー警部が好きになった視聴者も多いのではないでしょうか。海外でも当シリーズ作品の人気投票で、この第1話「The Killings at Badgers Drift」が1位にくることが圧倒的に多いようです。

 原作者のキャロライン・グレアムは、この原作『蘭の告発』で、地味ながら日本でも一部で評判になりましたが、英国ITVが試験的に単発ドラマ化したこの作品が好評を博し、翌年からシリーズ化されて、それがNHKのBS2で2002年4月から12月にかけて、第3シリーズ第13話まで放映されたことで、日本でも一般によく知られるようになった―という流れかと思います。

The Killings at Badger's Drift 原作.jpg 原作は7作ぐらいしかないようですが(しかも、邦訳されているのは2013年現在3作のみ)、トム・バーナービーを主人公としたTVシリーズの方は2011年まで13シーズン81作作られ、実質的には早い段階で脚本家アンソニー・ホロヴィッツによるシリーズになったと言えます。
 但し、この第1話に関しては、マカヴィティ賞最優秀処女長編賞の原作に比較的忠実に作られているとのことで、二転三転する事件の展開が楽しめました。第1話として、ミッドサマーにおけるバーナビーの周辺人物を紹介的に描きながらも、同時にこれだけの凝ったプロットで魅せるのは上手いし、また、なかなかのテンポの良さとも言えます。

 この映像化作品で観ると、論理的に筋立てて説明することは出来ないけれど、途中から何となく犯人の見当はつくといった感じで、但し、どこでその確証が得られるかが見所といった感じでしょうか。いきなり思いがけない真犯人が登場するよりも、こうした展開の方が個人的には好みだったりします。それでも謎解きは刺激的なものでした(珍しい蘭の採取に行った元教師エミリーは見たものは...なるほどネ。ラストのマイケルの描いた妹の絵は絵画と言うよりピンナップみたいだった)。

Midsomer Murders Barnaby's Top 10.jpg このTVシリーズ、トム・バーナビー警部引退後は、従兄弟にあたるジョン・バーナビー警部に主役が交替して、2012年末までで新たに2シーズン(通算15シーズン92話まで)が作られています。
 タイトルバックで分かりますが、架空の田舎町コーストンを中心としたミッドサマーで起きた事件を扱っているため「MIDSOMER MURDERS」というのが元々のシリーズ名です。ミッドサマーでの殺人事件発生率、スゴイことになってるなあと。

 先にも述べたように、このシリーズ、本国では多くのファンがベストエピソードの選出を行っていますが、主演のジョン・ネトルズ自身が様々な見地から選んだベスト10というのがあって、それらがまとめてDVDになっています(Midsomer Murders: Barnaby's Top 10)。

"Midsomer Murders: Barnaby's Top 10 [DVD] [Import]"(輸入盤)

●THE TOP TEN(ジョン・ネトルズ自身が様々な見地から選んだ)
 ・How It All Began: The Killings at Badger's Drift 第1話・謎のアナベラ(森の蘭は死の香り)
 ・Favorite Story Line: Blue Herrings 第11話・美しすぎる動機(ラストダンスは天国で)
 ・Favorite Leading Lady: A Worm in the Bud 第21話・セトウェル森の魔
 ・Best Location: Dark Autumn 第18話・時代遅れの殺意
 ・Funniest Moments: Dead Man's Eleven 第8話・不実の王(採石場にのろいの叫び)
 ・Most Intriguing Crime: Death of a Hollow Man 第3話・劇的なる死(開演ベルは死の予告)
 ・Most Difficult to Film: The Electric Vendetta  第16話・UFOの殺人
 ・Most Dramatic Episode: Murder on St. Malley's Day  第23話・デヴィントン学院の闇
 ・Most Bizarre Episode: A Talent for Life 第24話・黄昏の終末
 ・Favorite Episode: Strangler's Wood 第7話・首締めの森(カラスの森が死を招く)

Midsomer Murders 1997 (British TV Series).jpg「バーナビー警部(第1話)/謎のアナベラ(森の蘭は死の香り)」●原題:MIDSOMER MURDERS:THE KILLINGS AT BADGER`S DRIFT●制作年:1997年●制作国:イギリス●本国上映:1997/03/23●監督:ジェレミー・シルバーストン●脚本:アンソニー・ホロヴィッツ●撮影: ナイジェル・ウォルターズ●原作:キャロライン・グレアム「蘭の告発」(バジャーズドリフトの殺人)●時間:120分●出演:ジョン・ネトルズ/The Killings at Badger's Drift start.jpgEmily Mortimer  .jpgEmily Mortimer.jpgジョナサン・ファース/エミリー・モーティマーダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン/ルネ・アッシャーソン/ロザリー・カーチレイ//ジュリアン・グローバー/セリーナ・カデル/クリストファー・ヴィリエ/リチャード・キャント/エリザベス・スプリッグス/ビル・ウォリス/ダイアナ・ハードキャッスル/ジェシカ・スティーブンソン/バーバラ・ヤング/アブリル・エルガー●日本放映:2002/04●放映局:NHK‐BS2(評価:★★★★) Emily Mortimer

John Nettles & Daniel Casey 
バーナビー警部.jpg「バーナビー警部」 title.jpg「バーナビー警部」MIDSOMER MURDERS (ITV1 1997~2011) <○日本での放映チャネル:NHK‐BS2(2002~)/ミステリチャンネル/AXNミステリー
出演:ジョン・ネトルズ/ダニエル・ケイシー/ジェーン・ワイマーク/ローラ・ハワード/バリー・ジャクソン

●THE MIDSOMER MURDERS 'FAVOURITE EPISODES' POLL(RESULTS OF VOTING AS AT 13TH JAUARY 2009)
 ・1位 The Killings at Badgers Drift 第1話・謎のアナベラ(森の蘭は死の香り) - 288 votes
 ・2位 Judgement Day 第12話・審判の日(人形の手に血のナイフ) - 130 votes
 ・3位 Ring Out Your Dead 第22話・死を告げる鐘 - 113 votes
 ・4位 Death & Dreams 第25話・背徳の絆 - 99 votes
 ・5位 Death's Shadow 第6話・秘めたる誓い(少年時代は秘密のベール) - 98 votes
 ・6位 Ghosts of Christmas Past 第35話・錯覚の証明 - 85 votes
 ・7位 Written in Blood 第2話・血ぬられた秀作(小説は血のささやき) - 80 votes
 ・8位 Dark Autumn 第18話・時代遅れの殺意 - 76 votes
 ・9位 Dead Man's 11 第8話・不実の王(採石場にのろいの叫び) - 71 votes
 ・10位 The Straw Woman 第34話・炎の惨劇 - 66 votes

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意外と原作の持ち味を活かしたソフトな改変だった。分かりやすい。

第7話)/五匹の子豚 dvd.jpg 五匹の子豚01.jpg 五匹の子豚00.jpg 新・刑事コロンボDVDコレクション 05.jpg

五匹の子豚02.jpg ある日、ランピオン刑事(マリウス・コルッチ)が歩いていると怪しげな男が近づいてきて、男はルブランという浮気調査の探偵だった。君は出世の道をラロジエール警視(アントワーヌ・デュレリ)に邪魔されているとランピオンに話すルブランは、ランピオンを探偵社にスカウト、常日頃のラロジエールの横暴に耐えかねていたランピオンは、警察を辞め、探偵社に転職する。その探偵社に一人の女性マリー(プリュンヌ・ブシャ)が訪ねてきて、死んだと聞かされていた母親が夫殺しの罪で獄中にあることを最近知り、画家である父親は心臓発作で亡くなったと聞かされていたのだが、その15年前の出来事の真相を知りたいと調査依頼する。元上司のラロジエールを見返すべく、ランピオンは調査に奔走、事件は、女性の母親が、愛人を同じ屋敷内に住まわせた夫に対して嫉妬し、毒入りのビールを飲ませたというものだったが、マリーは母親の無実を信じていた―。

五匹の子豚 文庫2.jpg フランス2で2009年から放映されている「クリスティのフレンチ・ミステリー」シリーズの、2011年放映の通算第7話で、原作は1943年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品(原題:Murder in Retrospect)で、実質的に同じ頃に書かれ、作者の遺言により没後に発表された『スリーピング・マーダー』と同じ、所謂"回想の殺人"物です。

五匹の子豚10.jpg 原作では、16年前に画家である夫を殺害したとして死刑を宣告され、その1年後に獄中で死亡した母の無実を訴える遺書を読んだ若き娘が、母が潔白であることを固く信じポアロのもとを訪れる―というものですが、この映像化作品では母親は獄中にて存命しています。

五匹の子豚04.jpg 加えて、本編冒頭からラロジエール警視の横暴に不満の募るランピオン刑事の探偵社への転職話があったりして、原作が非常に完成度の高い構成を備えた傑作であるため、あんまり極端な改変をしないで欲しいなあと思って観ていましたが、まあ、上司・部下の関係の展開はサブストーリーであって、観終わってみれば、本筋の部分では原作をそう外れておらず、むしろ、母親がなぜ自身の無実を娘に伝えながらも公には冤罪を主張することをしなかったのか、或いは、なぜ犯人は被害者に対して殺意を抱いたのか、などといったことが状況と併せてスンナリ分かるものとなっています。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑦五匹の子豚 04.jpg 原作では、事件当時の5人の関係者それぞれにポワロが会って、過去の事件の状況を訊いて回り、まるで童謡にある「五匹の子豚」のような行動をとった5人に"レポート"まで出させるわけですが、さすがに"レポート"提出まではないものの、最後に関係者を集めて謎解きをしてみせるのは原作と同じ。しかもそこへ、存命だった(であることにしてしまった)母親が疑い晴れて釈放されて現れるというハッピーエンドで、冒頭で母親が絞首刑になる場面を入れた改変を行っているデヴィッド・スーシェ版(第50話、2003年)の暗さの対極にある、このシリーズならではの明るさです。カタルシス効果もあって良かったのではないかと思います。

五匹の子豚09.jpg 原作では、母親が被害者の殺害現場にあったビール瓶の指五匹の子豚06.jpg紋を拭ったのを見たと言う元家庭教師の後からの証言から、それこそ彼女が犯人ではないことを証明するものだというポワロの洞察が導かれるわけですが、この映像化作品では、当時5歳くらいだった娘に、二十歳過ぎの今になって、母親のそうした所為を見た記憶が甦ってくるというふうに改変されていて、これは改変する必要があったのかなとも。

 妻と愛人が同居する生活に自らも翻弄されながらも、愛人をモデルに絵を描くことに没頭し、現実の問題を解決しようともしなければ、女性心理を見抜くことも出来なかった被害者の画家は、いかにも芸術家らしいエゴを体現していていました。

殺意のキャンパス011.jpg殺意のキャンパス TITLE.jpg そう言えば、「刑事コロンボ」の中にも、「殺意のキャンバス」(Murder, a Self Portrait、第50話、1989年)という、3人の女性(妻・前妻・愛人)と海辺のコテージで暮らす天才画家の話がありました。こうした状況設定のモデルはパブロ・ピカソ(1881-1973)だそうです。

Murder, a Self Portrait.jpg殺意のキャンパス022.png 「殺意のキャンパス」の方は、前妻は隣りのコテージに住んでいますが、今の妻と絵のモデルの愛人は自分のコテージに同居させていて、何れにせよ、妻妾同居はトラブルの元―といったところでしょうか。

 この画家マックス・バーシーニ(パトリック・ボーショー)は、実は過去に画商を殺害しており、前妻もその秘密を知っていて、精神分析治療の際に過去の出来事に関連する事柄を口走りはじめるようになった前妻を、画家が身の危険を感じて殺害するというもので、殺害のトリックは、酒場の店主ヴィト(ヴィト・スコッティ)に頼まれた絵を、昔その酒場の2階で自分がアトリエとして使っていた部屋に籠殺意のキャンパス01.jpgって描いていたとうことをアリバイに、実は既に出来上がっていいる絵を持ち込んで、その間にアトリエを抜け出して海辺で日光用中の前妻を殺害するというもの。3人の女性との暮らしがギクシャクして、前妻を殺したら多少は落ち着くかと思ったら、現在の妻も愛人も画家の自己チューぶりに愛想をつかして出て行ってしまうという展開も皮肉がよく効いていて、80年代終わりに始まった新・シリーズの中では、比較的よく出来ている方ではないでしょうか。

殺意のキャンパス021.jpg殺意のキャンパス ヴィと1.jpg このシリーズのコメディっぽいシーンに欠かせない俳優ヴィト・スコッティは、新旧シリーズ通して6話に登場していて、これが最後となりました。この作品以前は、第19話「別れのワイン」のレストラン支配人、第20話「野望の果て」のテーラーの主人、第24話「白鳥の歌」の葬儀屋、第27話「逆転の構図」の浮浪者、第34話「仮面の男」のぶどう輸入会社社長の役で出演しています。 
  
  
五匹の子豚05.jpg五匹の子豚08.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第7話)/五匹の子豚」」●原第7話)/五匹の子豚 dvd.jpg題:LES PETITS MEURTRES D'AGATHA CHRISTIE/CINQ PETITS COCHONS(Five Little Pigs)●制作年:2010年●制作国:フランス●本国上映:2011/4/8●監督:エリック・ウ ォレット●脚本:Sylvie Simon●出演:アントワーヌ・デュレリ/マリウス・コルッチ/Julia Vaidis-Bogard /Vincent Winterhalter/Michel Muller/Prune Beuchat /Eglantine Rembauville/Gabrielle Atger/Marine Mendes/Lily-Rose Miot ●日本放映:2011/09●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

新・刑事コロンボDVDコレクション 05.jpg殺意のキャンパス00.jpg「刑事コロンボ(第50話)/殺意のキャンバス」●原題:MURDER, A SELF PORTRAIT●制作年:1989年●制作国:アメリカ●監督:ジェームズ・フローリー●製作:スタンリー・カリス●脚本:ロバート・シャーマン●音楽:パトリック・ウィリアムズ●時間:90分●出演:ピーター・フォーク/ロバート・フォックスワース/パトリック・ボーショー/フィオヌラ・フラナガン/シーラ・ダニーズ/イザベル・ロルカ/ヴィト・スコッティ/ジョージ・コー/デヴィッド・バード●日本初放送:1994 /11●放送:NTV:★★★☆) 
隔週刊 新・刑事コロンボDVDコレクション 2013年 8/6号 [分冊百科]

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最初はビックリ。でも意外とプロットの根幹部分は変えず、"味付け"にこだわっている感じ。

フレンチ・ミステリー(第11話)/書斎の死体 dvd.jpg クリスティのフレンチ・ミステリー⑪書斎の死体05.jpg 書斎の死体2.jpg

 泥酔したラロジエール警視が目覚めると、ベッドに若い女性の死体が横たわっていた。全く身に覚えのないラロジエールだったが、第一容疑者として警察に身柄を拘束されてしまう。やがて、女性は娼婦と判明する―。

書斎の死体 ハヤカワ文庫.jpg ポワロやミス・マープルに代わって、ラロジエール警視とランピオン刑事のコンビが事件を解決していく「フレンチ・ミステリー」で、2011年10月に本国で放映されたもの。原作はアガサ・クリスティが1942年に発表したものです。シリーズ9話目ともなると、思い切り遊んでいる感じもします(「AXNミステリー」で放映された際は〈第11話〉としての放映だったが、元々のフランス2での放映時は〈第9話〉として放映された)。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑪書斎の死体01.jpg そもそも原作では、「退役大佐の家の書斎」で若い女の死体が見つかることになっているのが、何と、このシリーズの探偵役であるラロジエール警視の「自宅」で女の死体が見つかってしまうわけで、冒頭からビックリ。これ、爆笑パロディ版なのかと。

書斎の死体4.jpg 原作では、被害者の女性がホテル付きのダンサーであったことから、ホテルを舞台に謎解きが進むわけですが、こちらは「ホテル」ではなく「売春宿」になっていて、しかも、ラロジエール警視の馴染みの店であるというのが笑えます。拘禁の身にあったラロジエールは、移送中に脱走し、売春宿に逃げ込んでそのままそこを根城にしてしまう―。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑪書斎の死体04.jpg 事件の源となる大金持ちの老人も、高級ホテル住まいの客ではなく、売春宿の女に惚れてそこに滞在し続けているという設定で、原作はこのホテル住まいの大富豪を中心に関係者の姻戚関係がかなり複雑なのですが、そこは放蕩癖のある「娘婿」を「実の息子」に置き換えたり、「息子の嫁」も方は出てこなかったりして、やや端折っています。
 でも、原作は容疑者が豊富で、富豪の娘婿・息子の嫁の他に、いつも自宅で騒がしいパーティを開いている映画関係の男、ホテル・ダンサー兼テニスのコーチのハンサム男、被害者の女が消える前に一緒にいた男などがいましたが、大体それらに該当する人物は一応は揃えてみせています。

書斎の死体5.jpg 前半は第一容疑者としてラロジエール警視に容疑がかかっているため、その無実を晴らせるかどうかは、ランピオン君にかかっているという感じすが、ラロジエール警視の指示で、ホモセクシャルの彼が嫌々ながら売春宿に行った揚句、宿の経営を手伝っているハンサム男とホモ達になってしまうのは、このシリーズならでは(何と、ホモ達同士ベットで知恵を出し合う。そして、ランピオンがその彼を犯人ではないかと疑ってしまったことで二人の仲は決裂、そのことをランピオンは後々まで悔いる―という、この部分だけでBL的なストーリーが1つ仕上がっている)。

 結局、この話は、言ってしまえばアリバイ作りのための「死体入れ替え」トリックであって、結構"本格"推理っぽい複雑さを秘めたプロットであるわけですが、ラロジエール警視の最後の謎解きは、それを分かりやすく説明しているため、原作のプロットを忘れてしまった人は、この作品を見て十分思い出せると思います(但し、犯人像は一部改変されてしまっている。おそらく、原作を知っている人向けに捻ったのだろうが)。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑪書斎の死体02.jpg 個人的には原作を大きく捻じ曲げているものはあまり好きではないのですが、このシリーズは最初から「改変の妙」を楽しむものであってあまり気にならず、この作品などは、冒頭どうなることかと思ったけれど、結局は、意外とプロットの根幹部分は変えずに、どう"味付け"するかにこだわっているなという感じ。

 時代設定はクリスティの原作に近いところまで遡るようですが、雰囲気はイギリスとフランスで全然違うなあ、「ホテル」を「売春宿」に置き換えてしまったというのが、その大きな要因としてあるかと思いますが、売春宿の退廃的レトロ感と言うか気だるい雰囲気などはよく出ていたように思います。コアなクリスティの原作ファンには、冒頭でもうすぐに拒絶反応を起こしそうな出だしだったけれど、観終わってみれば個人的にはまあまあ面白かったです。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑪書斎の死体03.jpg「クリスティのフレンチ・ミステリー(第9話)/書斎の死体」」●原題:LES PETITS MEURTRES D'AGATHA CHRISTIE/ UN CADAVRE SUR L'OREILLER(BODY IN THE LIBRARY)●制作年:2011年●制作国:フランス●本国上映:2011/10/28●監督:エリック・ウォレット●脚本:Sylvie Simon ●出演:アントワーヌ・デュレリ/マリウス・コルッチ/Valérie Sibilia/Juliet Lemonnier/Nicolas Abraham/Charles Templon/Vernon Dobtchef●日本放映:2012/09●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

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初めは改変過剰の気がしたけれど、終わってみればまあまあマトモな翻案になっていた。

フレンチ・ミステリー/スリーピング・マーダー dvd.png フレンチ・ミステリー/スリーピング・マーダー01.jpg フレンチ・ミステリー/スリーピング・マーダー02.jpg
DVD(輸入盤)
フレンチ・ミステリー(第10話)/スリーピング・マーダー.jpg 20歳のサーシャは閉じ込められていた精神病院から脱出し、密かに所持していた大金で空き家となっていた邸宅を購入して身を潜めるが、その最初の晩から、邸の階段下に血まみれになった女性の姿が見えるという恐ろしい幻想に苛まれる―。

スリーピング・マーダー クリスティー文庫.jpg ポワロやミス・マープルに代わって、ラロジエール警視とランピオン刑事のコンビが事件を解決していく「フレンチ・ミステリー」の2012年の新作で、このシリーズは改変の妙が楽しいのですが、原作で新婚ほやほやの若妻で、強い前向きの意志を持った女性だった主人公が、この作品では、精神不安定で離婚して精神病院に入れられていた女性に置き換わっていて、何だかキャラクター的には真逆の設定のような感じも。

フレンチ・ミステリー⑩スリーピング・マーダー03.jpg 冒頭、若い女性(サーシャ)が電気ショック療法を受けているという、原作には全く無いシーンから始まるので、何だ、こりゃ、という感じも。一方、ラロジエール警視とランピオン刑事は、冒頭から女性精神分析学者の講義を受けていて、ラロジエール警視はこの女性が気になるようで、と思ったら女性の方から逆アプローチを受けて、どっぷり情事にハマるという―。

フレンチ・ミステリー⑩スリーピング・マーダー02.jpg おい、おい、こんな女性、原作には出てこないよと思いつつ、更に原作には無い殺人事件が早々に起き、サーシャが第一容疑者に。そんなサーシャを救おうと、ホモセクシャルが定着していたはずのランピオン刑事が「女性で愛せるのは君だけだ」と奮闘、女性精神分析学者との交際でインポテンスになってしまったため生きがい喪失気味のラロジエール警視と、上司-部下関係を逆転させたロールプレイを演じつつ、現在と過去の両事件の解決にあたるという―あ~あ、何だかドタバタ喜劇みたい。

 この辺りにくると、もうかなり自由に作っているという感じで、容疑者や真犯人も原作とは別物になってしまうんじゃないかと思ったら、ちゃんと原作通り、職業・性別は違えど(弁護士が公証人になっていたりした)3人の容疑者が浮かび上がるようになっていました。

 女性精神分析学者が出てきたのは一体何だったのかと思ったら、最後、精神分析学的観点から、ラロジエール警視とランピオン刑事に真犯人に行きつく手掛かりとなるヒントを提供する役割を担うことになった(要するに、事件解決のキーパーソンとなった)ということで、初めは無茶苦茶な感じがしたけれど、最後は原作との相似形で、ばらばらだったピースがしっかりハマった印象があります。

フレンチ・ミステリー⑩スリーピング・マーダー01.jpg ということで、振り却ってみれば、まあまあ真っ当な翻案になっていたと言えるかも。ユーモアナ乃至エスプリと(かなり"お遊び"しているが)、どろっとした気味悪さが混在した、このシリーズらしい作品でした。

「クリスティのフレンチ・ミステリー(第10話)/スリーピング・マーダー」」●原題:LES PETITS MEURTRES D'AGATHA CHRISTIE/ UN MEURTRE EN SOMMEIL●制作年:2012年●制作国:フランス●本国上映:2012/2/17●監督:エリック・ウォレット●脚本:Anne Giafferi/Muriel Magellan●出演:アントワーヌ・デュレリ/マリウス・コルッチ/Jennifer Decker/Sophie Le Tellier/Patrick Descamps●日本放映:2012/09●放映局:AXNミステリー(評価:★★★☆)

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ランピオン刑事の女装が効き過ぎて、ドタバタ・コメディに。

クリスティのフレンチ・ミステリー/杉の柩.jpg DVD(輸入盤) クリスティのフレンチ・ミステリー⑥杉の柩03.jpg

クリスティのフレンチ・ミステリー/杉の柩02.jpg フランスの大富豪の館で起きた2つの殺人事件の判決が下ろうとしていた。容疑をかけられているクレール・ヴィゾル(レナ・ブレバン)という女性は、館の主である実母エリザベット(フレデリク・ティルモン)と下男の娘である母の付き添い人だったクレマンス(ルー・ドゥ・ラージュ)殺害したとされ、彼女には死刑が宣告される。殺害された二人には、3ヵ月前に「財産が狙われている」との脅迫状が届いており、エリザベットの秘書でクレールの無罪を信じるルイ・セルヴェ(ヤニック・ショワラ)は、古くからの友人でもあるランピオンに助けを求めていた―。

 ポワロやミス・マープルに代わって、ラロジエール警視とランピオン刑事のコンビが事件を解決していく「フレンチ・ミステリー」の2010年の作品で、2009年に本国フランスで放送された「ABC殺人事件」「無実はさいなむ」「動く指」「エンドハウスの怪事件」の好評を受けて制作された通算第5話から第8話の内の第6話です(他は、第5話「鳩のなかの猫」、第7話「五匹の子豚」、第8話「満潮に乗って」)。

杉の柩 ミステリ文庫.jpg 原作は、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が1940年に発表した名探偵ポワロシリーズの一作で(原題:Sad Cypress)、すごく面白いというわけでもないですが、登場人物の心理描写がキメ細やかな作品。特に、婚約者の前に現れた美しい付添人に婚約者を奪われたことから、嫉妬心から自分が本当に彼女を殺したのではないかと思い込んでしまう主人公の心理がよく描けています。

クリスティのフレンチ・ミステリー(第6話)/杉の柩03.jpg こちらの"フレンチ版"も倒叙スタイルで彼女の裁判から始まる点は原作と同じであり、彼女の無実を信じるランピオン刑事の友人の男性秘書(原作では家付きの医師)に頼まれて、ラロジエール警視とランピオン刑事が調査をしたが、結局、彼女の無実を証明できなかった―彼女は処刑の日を待つしかないのか、といった状況から、事件発生当時に時を遡って話が展開していきます。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑥杉の柩02.jpg  クレールの実母は女権推進者で(という話は原作には全く無いのだが)、邸に女権活動家を招いて庭で講演会を開こうとしているという設定になっていて、そこへラロジエール警視の命により、ランピオン刑事が女性活動家に化けて乗り込む(しかも、そこで本物に成り代わってj女権拡張講演をしなければならない)というスゴイ無茶な話で、ラロジエール警視は妻の尻に敷かれているその夫という役回りなのに、邸に早めに来たある女性の後を追いまわすという、いつもながらの猟色漢ぶりを発揮します。

クリスティのフレンチ・ミステリー⑥杉の柩 01.jpg 原作がストーリー的にそう複雑ではないためか、女装がばれそうになって慌てるランピオン刑事など、ドタバタのユーモアにウェイトが置かれてしまった感じで、第二の殺人が起きて(原作の毒殺ではなく刺殺になっている)、いきなり仕掛人のラロジエール警視自身に皆の前でその正体を明かされてしまったのはやや気の毒でした(ラロジエール警視が追い回していた件の女性が、「あなたより奥さんの方が好み」と言っていたのはどこまで本気か。女装したランピオン刑事は実は同性愛者であるだけに複雑?)。

 でも、クレールの死刑執行が翌日に迫った土壇場になって、ある新聞記事から事件解決への糸口を見出したのはランピオン刑事で、友人である男性秘書への義理も果たす―しかし、裁判所が捜査に協力して犯人逮捕に向けて一芝居打つなんてことは、ちょっと現実には考えられないのでは。

クリスティのフレンチ・ミステリー(第6話)/杉の柩04.jpg ラスト近くでのクレールと彼女を思い続けてきた男性秘書との会話は切ないのですが、原作ではポワロが「彼女にはあなたが必要だ」と男性を後押しする優しさを珍クリスティのフレンチ・ミステリ杉の柩.jpgしく見せるのに、このラロジエール警視の方はそうした役回りが苦手なのかこうした場面には出てこず(むしろここまでランピオン刑事が男性を後押ししている)、最後は二人が別れの言葉を交わす感じになっていて、えーっという印象も。

 全体としては、やはりランピオン刑事の女装が効き過ぎて、ドタバタ・コメディ風になっているけれど、こうした展開もフランス風の味付けということなのでしょうか。個人的には今一つノリ切れなかったという感じでした。

「クリスティのフレンチ・ミステリー(第6話)/杉の柩」」●原題:LES PETITS MEURTRES D'AGATHA CHRISTIE/ JE NE SUIS PAS COUPABLE(I'm not Guilty)●制作年:2010年●制作国:フランス●本国上映:2010/9/15●監督:エリック・ウォレット●脚本:Thierry Debroux●出演:アントワーヌ・デュレリ/マリウス・コルッチ/Jennifer Decker/Sophie Le Tellier/Patrick Descamps●日本放映:2011/09●放映局:AXNミステリー(評価:★★★)

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意外と原作に忠実。観終わった後で、犯人の死は自殺か他殺か、解釈議論に花が咲きそう。
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鏡は横にひび割れて dvd.jpg  鏡は横にひび割れて7.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX5

鏡は横にひび割れて 10.jpg鏡は横にひび割れて02.jpg ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は友人のドリー・バントリー(ジョアンナ・ラムレイ/左)と一緒に女優マリア・グレッグ(リンゼイ・ダンカン/右)の主演映画「マリー・アントワネット」を鑑賞し、王妃が息子を奪われる場面に涙する。そのマリア・グレッグは、ゴシントン・ホールをドリーから買い取って村の住人になったばかりで、二人は邸に招かれるが、帰り道ミス・マープルは暴走する車鏡は横にひび割れて05.jpgに煽られて転んで足首を捻挫し、傍にいたヘザー・バドコック(キャロリーネ・クエンティン)に介抱してもらうことになる。よって、後日、マリア・グレッグが映画監督で彼女の5番目の夫ジェィソン・ラッド(ナイジェル・ハーマンと共にゴシントン・ホールで開いたお披露目の慈善パーティには、邸の前所有者であるドリーだけが出席するが、パーティ大いに賑わい、グレッグの4番目鏡は横にひび割れて03.jpgの夫で芸能ゴシップ記者のヴィンセント・ホグ(マーティン・ジャーヴィスが愛人で女優のローラ・ブルースター(ハンナ・ワディンガムまで連れてやってくる(彼女はジェイソンの元愛人)。その時、グレッグの昔からの熱狂的ファンで、戦時中に病気をおして彼女に会いに行ったことがあるヘザー・バドコックが、その話をグレッグに一方的に話したあと、何者かが抗うつ剤のカーモで規定の6倍の量入れたダイキリを飲んで死んでしまう。ドリーは、ヘザー・バドコックがグレッグに一方的にお喋りしていた時、グレッグの表情は、テニスンの詩にあるシャロット姫のような"鏡が横にひびわれた"表情をしていたとミス・マープルに話す。鏡は横にひび割れて04.jpgヒューイット警部(ヒュー・ボネヴィルと若いティドラー巡査部長(サミュエル・バーネットが事件捜査にあたるが、ティドラーもグレッグのファン。一方、ヒューイット警部は、警視総監からミス・マープルに話を聞くことを勧められていた。
鏡は横にひび割れて04.jpg マープルの捻挫を治療した医師ヘイドック(ニール・ステューク)の話では、ヘザーがダイキリのグラスをこぼしてグレッグの服を濡らし、グレッグは自分のグラスをヘザーに渡したという。そうすると、これはグレッグの命を狙った犯行だったのか。パーティ会場では、写真家のマーゴット・ベンス(シャーロット・ライリーが写真を撮っていたが、ドリーとそのスタジオを訪ねたマープルは、グレッグのこわばった表情が写った問題の写真を見つけるとともに、彼女が、グレッグが3番目の夫との間でも子どもができないでいた時に養子になったものの、直後にグレッグが妊娠するや相手にされなくなったという過去があることを知る。そのグレッグが生んだ息子には重度の障害があり、彼女は以来、情緒不安定を繰り返しているのだった―。

鏡は横にひび割れてクリスティー文庫.jpg 2010年制作のグラナダ版「ミス・マープル」第5シーズンの第4話(通算第20話)で(本国放映は米国2010年、英国2011年、)。原作は、アガサ・クリスティ(1890‐1976)が1962年、72歳で発表した作品で(原題"The Mirror Crack'd from Side to Side")、個人的にはミス・マープルのシリーズの中でも傑作だと思います。先行するBBCのジョーン・ヒクソン(Joan Hickson、1906‐1998)主演のミス・マープルシリーズでは最後に作られていますが(1992年、第12話)、こちらのジュリア・マッケンジー主演のものも、当シリーズでは今のところ('13年現在)最近作に位置しています。

 ジョーン・ヒクソン版はかなり原作に忠実に作られていますが、ジュリア・マッケンジー版は改変の多いものも目立ち、どうなるのかなあと思っていたら、いきなりミス・マープルが足を挫いてパーティに出てこない! このまま、安楽椅子探偵のスタイルでいくのかと思いきや、後の流れは意外と原作に忠実であり、原作が傑作であるだけにほっとした感じも(このシリーズ、非マープルものの原作にマープルが出てくると改変が激しく、元がマープルものであればそうでもないという傾向か)。

Joanna Lumley and Julia McKenzie.jpg ゴシントン・ホールはシリーズ第1話「書斎の死体」(2004年)の舞台でもありますが、ドリー・バントリーを同じくジョアンナ・ラムレイが演じていて、マープルの方はジェラルディン・マクイーワンからジュリア・マッケンジーに交代しているのに、この人は変わらないなあ。元ボンドガールだけあって、マリア・グレッグ役のリンゼイ・ダンカンよりむしろ派手かも。

Joanna Lumley and Julia McKenzie

 ジェイソン・ラッドの元愛人が今は妻グレッグの4番クリスタル殺人事件45.jpg目の夫の愛人で、元恋人がグレッグの秘書で(今も恋人)、映画監督ってそんなにモテるのかなあ。ハリウッド女優をイギリスに連れてきて「クレオパトラ」を撮ることもないだろう、同原作の映画版「クリスタル殺人事件」('80年)のエリザベス・テイラーに懸けたのか?

 このシリーズ、毎回刑事が変わるけれど、この回の、片手に手袋を嵌めた「ヒューイット警部」もなかなかよかったね。ミス・マープルに子供の頃に自分の母親が亡くなっ時の話を語ったり、女優のローラ・ブルースターに聞き込み中に彼女からセクシーポーズを見せつけられてたじたじとなったり、マリア・グレッグに夢中で捜査に身の入らないティドラー巡査部長に活を入れたりと、結構細かいところで見せ場がありました。

 細部はともかく、全体としては原作の持ち味を損ねていない佳作となっていますが、この作品の主人公とも言える犯人は、最後は自殺だったのか、それとも夫が全ての幕引きをしたのか―原作並びにジョーン・ヒクソン版では、夫による他殺の線が色濃いですが、この映像化作品では、夫が早くから全てを察していたという点では同じですが、グレッグが重度障害の息子を訪ねる場面などがあり、自殺とも他殺ともとれる終わり方をしています(どちらかと言うと自殺っぽい)。これはこれで、"余韻"と言うより"推理の余地"を残す終わり方であって、見方によっては犯人に寄り添っているとも言えます。観終わった後で、一体どっちだ、との解釈の議論に花が咲きそうで、こういうのもありかなあと。

鏡は横にひび割れて03.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第18話)/鏡は横にひび割れて」●原題:THE MIRROR CRACK'D FROM SIDE TO SIDE, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 5●制作年:2010年(本国放映[米国]2010年(5/23)/[英国]2011年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:トム・シャンクランド●脚本:ケヴィン・エリオット●撮影:シンダース・フォーショウ●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「鏡は横にひび割れて」●時間:89分●出演:ジュリア・マッケンジー/ジョアンナ・ラムレイ/リンゼイ・ダンカン/ナイジェル・ハーマン/マーティン・ジャーヴィス/ハンナ・ワディンガム/ヴィクトリア・スマーフィット/ブレナン・ブラウン/シャーロット・ライリー/ロイス・ジョーンズ/キャロライン・クエンティン/ウィル・ヤング/ミッシェル・ドトリス/ニール・ステューク/ヒュー・ボネヴィル/サミュエル・バーネット●日本放送:2012/03/29●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★★)

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短編集『火曜クラブ』の一話を映像化。原作のことは考えないで、これだけで十分に楽しめる。

青いゼラニウム dvd.jpg     青いゼラニウム 2010.jpg 青いゼラニウム axn01.jpg
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青いゼラニウム axn08.jpg青いゼラニウム axn04.jpg  航空会社社長ジョージ・プリチャード(トビー・ステーヴンス)の妻メアリー(シャロン・スモール)は、占いに凝って青い花を恐れていたが、ある朝、メイドのキャロライン(クレア・ラッシュブルック)が食事を持っていくと部屋には鍵が掛かっており、ジョージが扉を突き破って中に入ると、彼女は口から血を吐いて死んでいた。事件は「青いゼラニウム事件」として報じられ、浮気をしていた夫ジョージが逮捕された。半年後に新聞で公判の予告記事を読んだミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は、庭師ジョン(イアン・イースト)の蜂避け薬を混ぜる作業を見て、自分は事件現場に居合わせながら真犯人を突き止められなかったことを悟り、警察を引退したサー・ヘンリー・クリザリング(ドナルド・シンデン)に会って、ジョージは間違って死刑にされようとしていると説明する。
青いゼラニウム axn19.jpg マープルは6ヵ月前、友人のダーモット牧師(ディヴィッド・カルダー)に招かれ向かったリトル・アンブローズ村行きのバスで、エディー・セワード(クリザリング・ジェイソン・ダー)と乗り合わせたことから話す。彼はどもりがちで、アルコール依存症のようだった(後に断酒施設から来たことが判明する)。マープルは教会の寄付活動を手伝いに来たのだが、寄付の目当Claudie Blakley marple.jpgてのプリチャード家は兄弟、姉妹で結婚していた。ジョージは元婚約者フィリッパ(クラウディー・ブレイクリー)を振って、そこへ割り込んだ姉のメアリーと結婚していたが、メアリーがすぐに癇癪を起こすためうんざりしていた。フィリッパはジョージの弟で売れない作家ルイス(ポール・リス)と結婚し、競馬に金を注ぎ込み作品を完成させない夫のために生活苦に陥っていた。ダーモット牧師の姪で、プリチャード家の料理人ヘスター(ジョアンナ・ペイジ)とは、マープルは、彼女が幼い頃に会ったきりの再会だった。
 メアリーは公衆の面前で暴言を吐くなど皆の嫌われ者だったが、夫ジョージの地元ゴルフクラブの会長就任式でも、ダーモットの教会をこき下す。その式典でジョージのティーショットの行方を追った子供らが、エディの溺死体を発見する。メアリーは女占い師に「青い花は死の宣青いゼラニウム axn 医師.jpg告」と脅され発狂寸前で、壁紙のゼラニウムが赤から青になったと大騒ぎして皆をうんざりさせるが、彼画家青いゼラニウム axn.jpg女が亡くなったのはその翌朝だった。彼女は常に薬を飲んでいたが、医師ジョナサン・フレイン(パトリック・バラディ)は「本当は病気じゃない」とニセ薬(水)を与えていた。メアリーが恐慌をきたした夜、壁紙のゼラニウムは青く変色していたため、その壁紙を描いた画家で、ジョージの不倫の恋人ヘイゼル(キャロライン・キャッツ)が疑われる。ヘスターが、ジョージがメアリーの前看護婦スーザン・カーステアーズ(レベッカ・マニング)に、室内でゴルフを教えながらキスしていたと話すのを聞いたヘイゼルはショックを受ける。そのスーザンが絞殺死体で発見され、彼女は妊娠しており、首にはジョージのネクタイが巻かれていた―。

 2010年制作のグラナダ版「ミス・マープル」第5シーズンの第3話(通算第19話)。原作は、1932年に刊行されたアガサ・クリスティ(1890‐1976)の短編集『火曜クラブ』全13話の中の一話(原題:The Blue Geranium)で、「火曜クラブ」とは、マープルの甥で作家のレイモンド・ウェストが彼女の家を借りて主催する、メンバーが過去に遭遇した難事件を披露して皆で謎解きをするという趣向もの。もともと全6話でしたが、単行本化するにあたって7話書き加えられ、「青いゼラニウム」は7話目(つまり、書き加えられた第1話)で、後の長編『書斎の死体』(1942)の舞台となるゴシントン・ホールの持主であるバントリー大佐が披露した話。事件の話そのものの中にはミス・マープルは登場しないわけであって、原作はミス・マープルものでありながら、「非マープルもの」であるとも言えますが、この映像化作品では、最初から事件の中にマープルが居て、但し、その大部分は、6ヵ月前の出来事として彼女の口から語られるという枠組み。因みに、そのマープルの話を聞く元警視総監のサー・ヘンリーもこの「火曜クラブ」のメンバーの一員でしたが、このクラブを通してミス・マープルの抜群の推理力に圧倒され、以降、彼女の有力な支持者となります(この映像化作品では、もう完全にマープル信奉者になり切っている?)。

青いゼラニウム axn09.jpg 元が短編であるだけに、かなり話を膨らませていますが、教会での牧師ダーモットのメアリー追悼シーンなどはかなりドタバタ。メアリーにこき下された経験を持つ牧師は、説教の中で「神もメアリーの人生は無駄なものだったと言われるでしょう」なんて言っちゃうし、それに反発するかの如く、フィリパは、メアリーは殺されたのだと(犯人はヘイゼルだと)言う―聖域どころじゃないね。教会でこんなことってあるのかなという気もしますが、犯人は誰かをミスリードさせる上では効を奏していて、以前に原作は読んでいるはずなのに、観ていて誰が真犯人なのか判らなくなってきてしまいました(共犯者もいたのだなあ。どちらかと言えば、こっちの方が主犯っぽいかも)。

青いゼラニウム axn02.jpg 牧師はミス・マープルに、実はフィリパが告発した時刻、ヘイゼルは自分にジョージとの恋愛について告解に来たのだがこのことは守秘義務上話せなかったのだと言いますが、牧師が、フィリッパがメアリーのために作ったスープをつまみ食いして体調がおかしくなった時点でも、フィリパにさほど疑念を抱いていなかったのか。サマーセット警部(ケヴィン・R・マクナリー)はジョージを犯人だと確信して彼を逮捕し、その時点ではミス・マープルも彼が犯人だと(或いは第一容疑者だと)思っていたことになるのかな。「私が間違ったことがありますか」とサー・ヘンリーに言うミス・マープルにしてみれば珍しいチョンボかも。サマーセット警部って、かつて酒で失敗して今地方で燻っているのに(その辺りは全てミス・マープルに見抜かれてしまっている?)、未だにアルコールが手放せない。人間臭いと言えば人間臭い警部だけれど、この事件の解決は彼の功績になるのか気になります。

青いゼラニウム axn05.jpg青いゼラニウム axn 12.jpg ジョージは、始まった公判でエディ、メアリー、スーザンの殺害を認めますが、半年後にして真相に気付いたミス・マープルは、ジョージが愛する女性を守るために罪を被っていると言って、それを聞き驚いたヘンリー卿の急遽の計らいで、開廷中の法廷に駆け込んで証人の立場で謎解きをし、まるで、E・S・ガードナーの「ペリー・メイスン」シリーズみたい。

 壁紙の花の色が変わったのは、本来メアリーの薬のアンモニア塩を予め張ってあったリトマス紙に吹き付けたためで、これは原作通りですが、謎解きには化学の基礎知識も必要なわけだなあ(犯人の方には当然その心得があるが、原作ではマープルも、これは初歩的知識だとしていた)。

ミス・マープル(第19話)/青いゼラニウム00.jpg 今回映像化作品を観て、ああ、そうだったのかと思ったのは、マープルがバスで乗り合わせた、ワーズワースの詩を唱えていたアルコール依存症のエディ・セワードが会いに来た相手は、ヘイゼルだったということ(最初はよく解らなかった)。ジョージとヘイゼルの繋がりは、不幸な結婚をした者同士ということか(フィリッパの結婚も不幸だったわけで、その源はジョージにあるのだが)。犯人はジョージに罪を着せるために、エディを殺したということか。そのジョージは、ヘイゼルが犯人だと思い込んで身代わりになって絞首刑に処せられようとしたわけか。但し、ヘイゼルの方も、ジョージの逮捕に対する抗弁のシーンが無いことからすると、ジョージが自分と結婚するために3人を殺したのではないかと疑ってしまったものと解されます(お互いの誤解。う~ん、原作、こんな複雑な話だった?)。

 細部で突っ込み所はありますが、元が短編だから膨らませるしかないわけであって、その膨らませ方の方向性としては悪くなかったように思います。婚約者から振られて不幸な結婚をした犯人には同情の余地あり? 結局、財産目当てで犯人と共謀した(犯人を脅した)奴が一番悪いということになるね。原作のことは考えないで、これだけで十分に楽しめる作品です。

「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第19話)/青いゼラニウム」●原題:THE BLUE GERANIUM, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 5●制作年:2010年●制作国:イギリス・アメリカ●演出:デビッド・ムーア●脚本:スチュワート・ハーコート●撮影:ピーター・グリーンハーフ●音楽:ドミニク・シャーラー●原作:アガサ・クリスティ「青いゼラニウム」●時間:89分●出演:ジュリア・マッケンジー/シャロン・スモール/トビー・スティーヴンス/ケヴィン・R・マクナリー/ジョアンナ・ペイジ/クローディー・ブレイクリー/クレア・ラッシュブルック/キャロライン・キャッツ/パトリック・バラディ/ ポール・リス/ドナルド・シンデン/デヴィッド・コールダー●日本放送:2012/03/26●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★★)

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原作(バトル警視もの)が面白いだけに、原型を留めない改変ぶりはどうしても楽しめなかった。

チムニーズ館の秘密 dvd.jpg 第18話「チムニーズ館の秘密」02.jpg チムニーズ館の秘密 09.jpg
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第18話「チムニーズ館の秘密」05.jpg 1932年、チムニーズ館階下で開催された舞踏会の曲に合わせて踊っていたメイドのアグネス(ローラ・オトゥール)は侵入者に気付いて止めようとして殴られ、鉄枠に頭を打って死ぬ。それから23年後の1955年、チムニーズ館所有者のクレモント・ケイタラム卿(エドワード・フォックス)は、政府高官ジョージ・ロマックス議員(アダム・ゴッドリィ)から、オーストリアの鉄鉱石の権利を有するルードウィッヒ伯爵の依頼により、チムニーズ館で取引交渉したいとの申し出を受シャーロット・ソルト1.jpgけていた。一方、ケイタラム卿の娘ヴァージニア・レヴェル(シャーロット・ソルト)は、男に誘拐されそうになったところを通りがかりのアンソニー・ケイド(ジョナス・アームストロング)に救われ、犯人はアンソニーを殴って逃走する。ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は、従妹の娘に当たるヴァージニアの運転でチアンソニー・ヒギンズ.jpgムニーズ館へ。週末に館に集まって来た人々は、ケイタラム卿の上の娘バンドル(デルヴラ・キルワン)、オーストリアの伯爵ルードウィッヒ(アンソニー・ヒギンズ)、社会活動家ブランケンソープ(ルース・ジョーンズ)など。伯爵がチムニーズ買収の話を持ち出すとバンドルは「売り物じゃない」と反発するが、ケイタラム卿は売買契約を受け入れる。同日の真夜中、護衛が誰かに殴られ、客らは警報で起こされるが、館の秘密の通路から銃声が聞こえ、そこでは伯爵がアンソニー・ケイドの腕の青いゼラニウム.jpg中で死んでいた。アンソニーは容疑者として部屋に監禁され、スコットランド・ヤードから主任警視フィンチ(スティーブン・ディラン)が来て調査を進める。全員から話を聞いた後、フィンチはミス・マープルと秘密の通路を現場検証し、伯爵のポケットから暗号文(楽譜)を発見する。アンソニーはチムニーズ館に夜忍んで来るようにという手紙を受け取っており、夜警を殴り倒して秘密の地下通路に入ったが、23時30分頃に館の煙突から煙が出ているのを目撃したという。バンドルとマープルは楽譜の謎を解こうとする。
第18話「チムニーズ館の秘密」06.jpg フィンチとマープルが召使トレッドウェル(ミシェル・コリンズ)に話を聞くと、1923年の夜会の晩にメイド仲間のアグネスが誰かに殺されたのを目撃したと言い、離れの石棺をフィンチとケイタラム卿が開くと、彼女の白骨死体が発見された。楽譜はバンドルが解読し、当時この館でルードウィッヒ伯爵は秘密の恋人に呼び出されたらしい。侯爵のダイイング・メッセージ「ヴァント」はドイツ語の「壁」の意味だとフィンチとマープルは気付く。夕食時にヴァージニアは、ジョージの助手ビル(マシュー・ホーン)に作らせた館の立体模第18話「チムニーズ館の秘密」01.jpg型で銃撃当夜の人々の位置を示すが、それぞれにアリバイがあるようだった。そんな中、皆の気分が急に悪くなり、夕食を中断してそれぞれ部屋に帰る。食中毒らしいが、トレッドウェルは翌朝亡くなり、残された彼女の昔の手紙がかつて楽団員だったルードウィッヒ伯爵への恋文であったことから、マープルは彼女は毒殺されたと推理する。更にマープルは、タイプライターの文字の特徴から、アンソニーを呼び出した手紙の主はビルで、ヴァージニア誘拐未遂は、南アフリカで事業に失敗した友人の金策していたアンソニーと組んだ狂言だったとの告白を彼から引き出す。アンソニーはチムニーズのダイヤをネタに脅迫されていた。彼に裏切られたヴァージニアはロマックスの求愛を受け入れようと決心する―。

チムニーズ館の秘密 クリスティー文庫.jpg 2010年制作のグラナダ版「ミス・マープル」第5シーズンの第2話(通算第18話)。原作は1925年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:The Secret of Chimneys)で、クリスティの作品の中で『殺人は容易だ』(1939)、『ゼロ時間へ』(1944)など5作あるバトル警視ものの第1作であるとともに、おしどり探偵トミーとタペンスの『秘密機関』(1922)など8作ある冒険ミステリの内の1作です。

 原作は、バルカン半島のある国を巡って王政派と共和政が争っているという政治背景に加え、ルパンのような怪盗まで出てくる冒険譚ですが、時代設定が30年後にずれているということもあってか、ミス・マープルものにしてしまったということもあってか、大幅にスケールダウンしている印象。リアリティ重視が裏目に出ているのではないかなあ。それにしても改変が甚だしいです。

 原作ではヴァージニアはジョージ・ロマックス議員の従妹なのに、この作品ではケイタラム卿の娘で、バンドルの妹ということになっており、ロマックスからは求婚されています。そうすると、アンソニー、ビルと三つ巴の争奪戦かあ。う~ん、美人ではあるけれど、原エドワード・フォックス.jpg作ほどに社交の場を仕切るような超絶的魅力は無いなあ。また、原作では快男児であるはずの主人公のアンソニー・ケイドも、ここではスティーブン・ディラン.jpgチンケな詐欺師みたいな設定になっているし、率先して謎解きをするはずが、伯爵殺しの容疑者として部屋に監禁され、ヴァージニアに助けを求めるという情けない設定。原作で殺害される賓客は、ヘルツォスロヴァキアの王子ミカエルですが、この作品では、オーストリアの伯爵ルードウィッヒで、王族ではない上にかなりのお年寄。「ジヤッカルの日」のエドワード・フォックス演じるケイタラム卿ばかりが矢鱈その存在感が目立ちましたが、これも原作とは違った意味で俗物だった...。フィンチ警視のスティーブン・ディランも悪くは無いけれど、原作のバトル警視はポアロ、ミス・マープルに次ぐキャラだからなあ。ここではミス・マープルの相手役にならざるを得ない。とは言え、これまで多くの部下の刑事がミス・マープルを最初は小馬鹿にして最後は彼女に鼻を明かされてきたのに対し、最初から協調路線で彼女と推理を遣り取りして、共に事件を解決していく様は、これまでの警部連中より一段レベルが高いと言えるでしょう。さすが、スコットランド・ヤードの主任警視。

 原作にある怪盗キング・ヴィクターも政治的ごろつきも謎の探偵もパリ警視庁の刑事も出てこず、チムニーズ館にあると目される消えたダイヤの謎よりも、男女の愛を巡る個人の(端的に言えば"寝取られ男"の)復讐譚になってしまっています。それによって犯人も置き換えられており、殆ど原作の面影を留めないプロットになっています。

 この作品だけ観れば結構面白いのかもしれませんが、先に原作を読んでしまうと、原作が面白いだけに、これらの改変はどうしても楽しめないものでした。元がノン・シリーズ物であるところへミス・マープルが出てくると、どうしてもミス・マープルの出しゃばり感がつきまといますが、こも映像化作品は特にそれを感じてしまいました。

第18話「チムニーズ館の秘密」04.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第18話)/チムニーズ館の秘密」●原題:THE SECRET OF CHIMNEYS, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 5●制作年:2010年●制作国:イギリス・アメリカ●演出:ジョン・ストリックランド●脚本:ポール・ラトマン●原作:アガサ・クリスティ「チムニーズ館の秘密」●時間:89分●出演:ジュリア・マッケンジー/スティシャーロット・ソルト2.jpgーヴン・ディレイン/シャーロット・ソルト/エドワード・フォックス/アダム・ゴドリ/デヴラ・カーワン/マシュー・ホーン/ョナス・アームストロング/ミシェル・コリンズ/ルース・ジョーンズ/アンソニー・ヒギンズ●日本放送:2012/03/27●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★)

シャーロット・ソルト(CHARLOTTE SALT)

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原作はノン・シリーズもの。犯人の意外性が高い原作の特徴を活かしているが、原作の弱点も反映。

蒼ざめた馬 DVD.jpg  THE PALE HORSE AGATHA CHRISTIE`S MARPLE.jpg  ミス・マープル 蒼ざめた馬 title.jpg
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第17話「蒼ざめた馬」08.jpg 霧深い夜、瀕死のディビス夫人(エリザベス・ライダー)を訪ねたゴーマン神父(ニコラス・パーソンズ)は、夫人から邪悪な計画の犠牲者たちの名前を伝えられ、その名前リストを封筒に入れてミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)宛に投函するが、その直後に何者かに襲われ撲殺される。封書は翌朝マープルの許に届き、新聞で神父の死を知ったマープルは警察に捜査を依頼するが、ルジューン警視(ニール・ピアソン)と監察医のケリガン(ジェイソン・メレルズ)はリストにあまり関心を示さない。故ディビス夫人の宿を訪問したマープルは、ディビス夫人の靴の中から神父のメモと同じ名前の書かれたホテル「蒼ざめた馬」の便箋を見つける。宿の女主人コピンズ夫人(リンダ・バロン)によれば、ディビス夫人は何かに怯えていたと言い、宿泊人で会計士のポール・オズボーン(JJ・フィールド)は、神父撲殺事件当夜に現場付近で目撃した頬に傷のある男のことを語ってくれた。
 ルジューン警視はリストにあった珍しい名前ヘスケス・デュボワ宅に電話をし、資産家の彼女が6ヵ月前に亡くなっていることを知る。電話に出たのは、デュボワの甥の民俗学者マーク・イースターブルック(ジョナサン・ケイク)で、警視の空軍時代の知人だった。マークは最初の妻が事故死して悲嘆にくれていた際に励ましてくれた、名付け親でもある夫人の死の真相を探り始め、警視らも、リストに名のある人達は皆最近死んでいるのではないかと疑い始める。

蒼ざめた馬 1997 3老婆.jpgPauline Collins as Thyrza Grey/Holly Valance as Kanga
第17話「蒼ざめた馬」03.jpg第17話「蒼ざめた馬」04.jpg 一方、ミス・マープルは、ハンプシャーの小村マッチディーピングにある小さなホテル「蒼ざめた馬」を訪れ、経営者のサーザ・グレイ(ポーリーン・コリンズ、受付のシビル・スタンフォーディス(スーザン・リン第17話「蒼ざめた馬」02.jpgチ)、料理人ベラ・エリス(ジェニー・ギャロウェイ)らに挨拶される。「蒼い馬亭」の客は、家事で家が焼けたコッタム大佐(トム・ワード)とその妻カンガ(ホリー・ヴァランス、ポリオの後遺症で車椅子生活で頬に傷のあるヴェナブルズ(ナイジェル・プラナー)。マープルは大佐の家政婦リディア・ハースネット(サラ・アレクサンダー)やマーク・イースターブルック、友人トマシーナ・タッカートンの死を悲しむジンジャー・コリガン(エイミー・マンソン)らと会う。
 翌日、サーザが黒魔術による死についてミス・マープルらに熱っぽく言及している際に、客室からリディアの叫び声が聞こえ、コッタム大佐が寝室で死んでいるのが発見される。解剖の結果、大佐の死は性的興奮剤によるものだった。マープルは毒がスパニッシュ・フライを粉にしたものだと推理、自分が日頃使うクリームの瓶の置き方の違いから殺人者の接近を感じたマープルは、資格を剥奪された弁護士ブラッドリー(ビル・パターソン)を訪ね、彼が死の請負業の金銭授受に関わっていると推理する―。

蒼ざめた馬 アガサ・クリスティ ハヤカワ文庫 2ー.jpgアガサ・クリスティー・コレクション 蒼ざめた馬2.jpg 2010年制作のグラナダ版「ミス・マープル」第5シーズンの第1話(通算第17話)で(本国放映は英国2010年、米国2011年)。原作は、1961年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で(原題:The Pale Horse)、ポアロもマープルも登場しないノン・シリーズもの。映像化作品としては、1997年制作のTV版「アガサ・クリスティ/青ざめた馬」 が先行してあります(VHS販売時のタイトルは「魔女の館殺人事件」)。

 原作では、マーク・イースターブルックがジンジャー・コリガンと協力して事件の真相を探ろうとしますが、ミス・マープルシリーズの一つとして作られたこの作品では、ジュリア・マッケンジー演じるミス・マープルが早くから登場して、マークらや警察に先行して「蒼ざめた馬」に乗り込み、ぐいぐい彼らを先導していきます。そして、最後に、関係者に協力を依頼して、「ヴェナブルズは本当は歩けた」「マークはコリガンと大喧嘩の末に喧嘩別れした」などの芝居を仕組んで、殺人犯をトラップにかける―という、まさにミス・マープルの独壇場。

 ミス・マープルシリーズだからこれでいいんだけど、マーク・イースターブルック(ジョナサン・ケイク)の影がやや薄くなったか。ジンジャー・コリガン(エイミー・マンソン)については、原作では、マークを励まして自ら率先して犯人に対する囮になるという積極派であるのに対し、この映像化作品では、やや線細で受動的な印象。ルックス的にも、コッタム大佐の妻カンガ(ホリー・ヴァランス)や、コッタム大佐と不倫関係にあったリディア・ハースネット(サラ・アレクサンダー)の方が印象に残る感じかな。この二人、何となく感じが似ているけれど、原作には無いキャラであり、そもそも原作では「蒼ざめた馬」は宿屋業はもうやってなかったように思います。黒魔術の儀式がそこで行われ、マークが弁護士ブラッドリーを介してそこへ依頼人を装って乗り込むのは原作と同じ。彼の職業は民族学者になっているけれど、原作では歴史学者。ポール・オズボーンは会計士になっているけれど、原作では薬局店主(因みに、「魔女の館殺人事件」では、マークは彫刻家、オズボーンは医師に改変されていた)。

 結局、黒魔術で人を殺しているわけではなく、ある種犯罪ネットワークであるわけですが、その黒幕は誰かというのが焦点で、ヴェナブルズに容疑がかかるのは原作通りですが、原作では彼は謎の美術品蒐集家で、実は銀行強盗の黒幕でもあったというのに対し、この映像化作品にはそうしたことは全く出てきません。そうしたこともあって、全体的に原作のイメージとちょっと違っている印象ですが、一方で、原作の分かりにくい部分を解説的に表現している箇所もあり、原作を読んでから観た方がいい作品です。

 犯人の意外性の度合いが高い原作の特徴をよく活かしていますが、ブラッドリー弁護士やサーザ・グレイの動機は金銭目的であるとして、彼らの元締めである犯人の動機が今一つ掴めないという原作の弱点もそのまま反映されているような印象でしょうか(結局、"サイコ・キラー"だったということか)。

Pauline Collins.jpg忘れられぬ死(2003年)洋DVD.jpg 「蒼ざめた馬」の女主人サーザ・グレイを演じたポーリーン・コリンズ(Pauline Collins)は、「アガサ・クリスティ/忘られぬ死」 ('03年/英)では、探偵役となって事件を解決する側でした(老夫婦"おしどり探偵"の妻の役。かなり夫役のリヴァー・フォード・デイヴィスをこき使っていた)。

Holly Valance Kiss Kiss.jpg また、コッタム大佐の妻カンガを演じたホリー・ヴァランス (Holly Valance)はオーストラリア出身で、モデル、歌手を経て女優になった人です。かつて、ヒット曲"Kiss Kiss"(2002)で一世を風靡し、また、セクシーなプロモーションビデオで話題になりましたが、いつの間にか演技派女優に転身していたのだなあと。

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ホリー・ヴァランス(Holly Valance)
Holly Valance 2011.jpgHolly Valance1.jpg Holly Valance3.jpg 
  
  

アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX5.jpgアガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX5
【収録作品】
 『青いゼラニウム』     脚本:スチュワート・ハーコート、演出:デビッド・ムーア
 『チムニーズ館の秘密』   脚本:ポール・ラトマン、演出:ジョン・ストリックランド
 『蒼ざめた馬』       脚本:ラッセル・ルイス、演出:アンディ・ヘイ
 『鏡は横にひび割れて』   脚本:ケビン・エリオット、演出:トム・シャンクランド

第17話「蒼ざめた馬」01.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第17話)/蒼ざめた馬」●原題:THE PALE HORSE, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 5●制作年:2010年(本国放映[英国]2010年/[米国]2011年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:アンディ・ヘイ●脚本:ラッセル・ルイス●原作:アガサ・クリスティ「蒼ざめた馬」●時間:89分●出演:ジュリア・マッケンジー/ニール・ピアソン/エイミー・マンソン/ジョナサン・ケイク/ポーリーン・コリンズ/JJ・フィールド/サラ・アレクサンダー/ジェイソン・メレルズ/スーザン・リンチ/ホリー・ヴァランス/リンダ・バロン/ナイジェル・プレイナー/ビル・パターソン/ジェニー・ギャロウェイ/ニコラス・パーソンズ/エリザベス・ライダー/トム・ウォード●日本放送:2012/03/28●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★☆)

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最後、スゴかった。改変には目くじらを立てずに観ようと決め込めば、充分に楽しめた。

、エヴァンズに頼まなかったのか?.jpg ミス・マープル なぜエヴァンズに頼まなかったのか01.jpg Miss Marple  Why Didn't They Ask Evans02.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX4

Miss Marple  Why Didn't They Ask Evans title.jpgWHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer 0.jpg ボビー(ショーン・ビガースタッフ)はゴルフのプレー中に崖の上で瀕死の男を発見する。男は息絶える前に「なぜ、エヴァンズに頼まなかったか?」という言葉を残す。男は事故死とされたが、男の最後の言葉と男が持っていた美女の写真が紛失していることが気になったボビーは、幼馴染みの第16話「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」02.jpg第16話「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」01.jpg令嬢フランキー(ジョージア・モフェット)と母親の友人ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)と共に謎解きを始める。3人は男の持ち物のなかにサベッジ城に印の付いた地図を発見し、ボビーは何者かに命を狙われた矢先で怯えるが、好奇心旺盛なフランキーは単身で城に乗り込み、城の前でクルマ事故を起こしてしまい、サベッジ家の女主人シルヴィア・サヴェィジ(サマンサ・ボンド)の世話になる―。 Georgia Moffett/Sean Biggerstaff

なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか? クリスティーb.jpg 2009年制作のグラナダ版第4シーズンの第4話(通算第16話)で(本国放映は米国]2009年、英国2011年)、ミス・マープル役はジュリア・マッケンジー(Julia McKenzie、1941-)で吹替版の声の担当は藤田弓子。原作『なぜエヴァンズに頼まなかったのか』は、1934年の刊行で、ポアロやミス・マープルのようなシリーズ・キャラクターは登場せず、この作品限りのキャラクターが主人公です。

 フランキーが乗り込んだ城では、主人のジャック・サヴェィジは心臓発作で半年前に亡くなっており、女主人シルビア・サヴェィジの外に、毒蛇を飼う病的な青年トム(フレデリー・フォックス)とやや小生意気なその妹ドロシー(ハンナ・マレー)の姉弟、ピアノ教師のロジャー・バッシントン(ラフェ・スポール)がおり、近所には、シルヴィアの主治医アレック・ニコルソン(リック・メイオール)と妻のモイラ(ナタリー・ドーマー)、ジャックのかつての共同経営者で今は庭師のクロード・エヴァンズ(マーク・ウィリアムズ)などが住み、女主人の知己には警視長ピーターズ(ウォーレン・クラーク)も―。

なぜエヴァンズに頼まなかったのか?00.jpg 原作に出てこないミス・マープルがどう事件に絡むのかと思ったら、いきなりフランキーの元家庭教師ということで乗り込んできて(「城」という住いは、いつ誰が来ても滞在する部屋はあるのかと...)、それにボビーがフランキーの運転手に扮してミス・マープルに付いてきて(原作ではこれはフランキーのアイディアとなっている)、淡い恋心を抱く二人が偽の主従関係を演じる中、フランキーはピアノ教師ロジャー・バッシントンに言い寄られ、ボビーはドロシーに追い回されたり、ニコルソン医者の妻モイラと真夜中に思わぬ場面で遭遇したりで、二人の関係の行方はどうなるのかみたいな趣向も。

 犯人はエヴァンズだとかニコルソン医師だとか二人でやり合っているうちに、そのエヴァンズは庭で蛇の毒で殺され、警視長ピーターが捜査に乗り出し、蛇の毒はニコルソン医師から貰ったとのトムの証言をもとに医師を逮捕、ボビーらは医師に監禁されていたモイラを救い出すが―。

 これで一件落着したかに見えますが、この作品の本当の結末はこれからであり、その結末には犯人の過去の怨念が絡んでいてヘビィで、ちょっとおどろおどろしい雰囲気も。原作は、タイトル通り、フーダニット(誰が犯人か)、ホワイダニット(動機は何か)より、ハウダニット(どうやって犯行を成したか)に白眉を見出せる作品ですが、この映像化作品はホワイダニットが結構重いね。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer2.jpg しかし、それにしても随分と原作と変えちゃったなあ(原作の保守的なファンは許さないだろうね)。原作は、確かに大富豪のジョン・サヴェィジは既に死んでいますが、物語の舞台はバッシントン・フレンチという地元の名家で、こちらの当主ヘンリイ・バッシントン・フレンチは物語の前半まで生きており(彼がモルヒネ中毒)、原作の女主人シルヴィア・サヴェィジに該当するであろうその奥さんシルビア・バッシントン・フレンチはまだ若く(こちらは健全)、ヘンリイ・バッシントンの弟がロジャー・バッシントン・フレンチ。毒蛇を飼う病的な青年も生意気なその妹も登場せず、更には庭師のクロード・エヴァンズも登場することなく、物語の途中で殺されるのはエヴァンズではなく、当主のヘンリイ・バッシントン・フレンチとなっています。
 
 原作では、書き変えられた遺言はジョン・サヴェィジのものとみられ、そこでジョン・サヴェィジの死が終盤怪しくなるわけですが、その点においては、本作でジャック・サヴェィジの死が怪しくなるのと一応は符合するのかも。ただ、犯人の犯行動機は純粋に相続財産狙いで、この映像化作品にあるような、植民地在留時代の父親兄弟を巡る凶行に対する、成人となったその子供たちの復讐―という風にはなっていません(原作では、女は捕まるが、男は海外に逃げおうせる。この点は、原作の方にややもやもやした印象が残る)。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer 02.jpgWHY DIDN'T THEY ASK EVANS Natalie Dormer.jpgWHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer.jpg
 Natalie DormerWHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer3.jpg
 それにしても、ナタリー・ドーマー(Natalie Dormer)演じるモイラがどんどん美しくなっていく(原作でも、フランキー自身モイラが自分より美しいことを認めているが)。そして、一番美しく見える時が一番怖いNatalie Dormer as Anne Boleyn.jpg時...。最初のうちは、ジョージア・モフェット(Georgia Moffett)演じるフランキーの明るく活発で、突然「城」を訪ねてそれなりに丁重に扱われる英国風お嬢さんぶりが目を引く一方、モイラの方は、初登場時はやつれた感じでしたが、次第に存在感が逆転していき、最後はスゴかった...。ナタリー・ドーマーって、怖い時が一番美しく見える女優なのか(最近は「THE TUDORS〜背徳の王冠〜」に出ている)。

WHY DIDN'T THEY ASK EVANS dormer 4.jpg 改変の激しさには賛否があるかと思いますが、元がミス・マープルものではないこともあってそれはある程度仕方ないとしても、子供向けにも翻訳されている原作に対して、ある意味"人間の業"を描いており、かなりヘビィな仕上がりかも。但し、あのラストの背中のスネーク・タトゥーはあまりにエロチックで、シリーズのトーンからやや外れていたかもしれません(ちょっとやり過ぎ?)。でも、改変には目くじらを立てずに観ようと決め込めば、「こう来ましたか」という感じで充分に楽しめた作品でした。星3つ半の個人評価は、ある程度原作と切り離してのもので(このシリーズに「原作に忠実であること」を求めても詮無いことなのか)、原作との対比で評価すると星3つ。「ダルジール警視」のウォーレン・クラークがピータース警視長役で出てたけれど、濃いなあ、この人。

ジョージア・モフェット(Georgia Moffett)/ナタリー・ドーマー(Natalie Dormer)
Georgia Moffett.jpgNatalie Dormer.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第16話)/なぜエヴァンズに頼まなかったのか?」●原題:WHY DIDN'T THEY ASK EVANS?, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 4●制作年:2009年(本国放映[米国]2009年/[英国]2011年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:ニコラス・レントン●脚本:パトリック・バーロウ●原作:アガサ・クリスティ「殺人は容易だ」●時間:93分●出演:ジュリア・マッケンジー/ショーン・ビガースタッwarren clarke.jpgフ/ジョージア・モフェット/ヘレン・レデラー/サマンサ・ボンド/リック・メイオール/レイフ・スポール/マーク・ウィリアムズ/ウォーレン・クラーク/ハンナ・マレー/フレディー・フォックス/ナタリー・ドーマー/リチャード・ブライアーズ/シューアン・モリス/デビッド・ブキャナン●日本放送:2012/03/21●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★☆)

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それなりに面白かったけれど、改変の意図がよく分からなかったりする。

魔術の殺人.jpg 第15話「魔術の殺人」1.jpg 第15話「魔術の殺人」3.jpg
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THEY DO IT WITH MIRRORS title.pngミス・マープル 魔術の殺人01.jpg ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は、友人のルース・ヴァン・リドック(ジョーン・コリンズ)から、青少年更正施設を運営するルイス・セロコールド(ブライアン・コックス)と結婚した妹キャリー・ルイーズ(ペネロープ・ウィルトン)のことが心配だと第15話「魔術の殺人」2.jpg聞かされる。キャリーは最初の夫の遺産で暮らしているが、数週間前に屋敷でEmma Griffiths Malin THEY DO IT WITH MIRRORS.jpg火事があった。ルースに調査を依頼されたミス・マープルは、静養を装ってキャリーのもとを訪れる。彼女を駅に出迎えたのは,キャリーの養女で明朗なジーナ・エルスワース(エンマ・グリフィス・マリン)で、アメリカで結婚した夫ウォルター(ウォリー)・ハッド(エリオット・コーワン)と実ミス・マープル 魔術の殺人02.jpg家へ戻っているのだが、義弟(キャリーの二番目の夫の息子)のスティーヴン・魔術の殺人 インディアン.jpgレスタリック(リーアム・ギャリガン)は彼女に気があるようだ。その他に屋敷には、キャリーの実娘ミルドレッド(サラ・スマート)、施設上がりの秘書の青年エドガー・ローソン(トム・ペイン)、家政婦ジョリー・ベレバー(マキシーネ・ピーケ)らがいた。そこへ、ルイスの共同経営者クリスチャン・ガルブランドセン.jpgクリスチャン・ガルブランドセン(ナイジェル・テリー)が尋ねて来るが、彼はキャリーの最初の夫の長男である。ルイスは施設で予定されている演芸会の練習に余念が無く、その夜もインディアンの酋長に扮装して皆を相手に練習していた。そこへエドガーが拳銃を携えてやって来て、ルイスに恨みがあると言い立て、拳銃を発射、偶然やって来たキャリーの二番目の夫で演劇プロデューサーのジョニー・レスタリック(イアン・オジルビー)に取り押さえられる。その騒ぎの最中に、隣室でクリスチャンが刺殺され、カリー警視(アレックス・ジェニングス)が来訪して捜査を始める―。

魔術の殺人 hpm2.jpg 原作は1952年に発表されたアガサ・クリスティのミス・マープルシリーズの長編第5作で(原題:They Do It with Mirrors)、この映像化作品は2009年制作のグラナダ版のシーズン4(ジュリア・マッケンジー(Julia McKenzie)主演)の第3話(通算第15話、本国放映は米国]2009年、英国2010年))、演出のアンディ・ウィルソンは、当シリーズでは、第1話「書斎の死体」と第3話「パディントン発4時50分」を手掛けています。

 このシーリズ、シーズン4以降は、ノン・マープル物にミス・マープルを登場させて脚色したりしている作品もあり、それだけ原作からの改変も激しいのですが、この映像化作品は元がマープル物とあって、登場人物も、原作では故人のはずの二番目の夫ジョニー・レスタリックが、(殺害されるところまで含め)原作におけるその長男アレックス(スティーヴンの兄)の役割を果たしていた点を除いては原作と比較的符合しており、シリーズの中では改変が少ない方か?

 いやいや、結構細かい部分でも改変があったかも。ルイスがいきなりインディアンの酋長の恰好で出てきたのにはビックリ。原作では普通に皆が居間にいるところに事件が起きて、別に芝居の練習をしていたわけではなかったはず。原作の肝(キモ)である殺人事件の起きた状況をより分かりよいものにするための「舞台」設定だったのでしょうか。でも、根は明朗なジーナを、「暗~いモンロー」風のインディアンの娘に仕上げる必要はあったかなあ(自らの出生の秘密を知ってしまったということか)。

 キャリー・ルイーズが、原作のひ弱な老女から、ごつい感じのお婆さんになっていたりするなどのキャラクター改変も行われていますが、一応、誰が誰だか分からなくなるようなことはありませんでした。但し、原作からして、キャリー・ルイーズ・セロコールドの今の夫ルイス・セロコールドは彼女3番目のジョーン・コリンズ.jpg夫ということで、前夫の子や養女もいたりして、人物相関の複雑さは相当なもの。キャリーの最初の夫の長男クリスチャン・ガルブランドセンがやけに老けているのがややこしいけれど、原作でも、この継子の方が継母のキャリーより2歳年上となっています。原作を読んでいないと人物関係を追うのがややキツイかも。因みに、原作では、彼女の姉ルース・ヴァン・リドックも3回結婚し、3回離婚して、その度に金持ちになっていった女性という設定です(この役を演じているジョーン・コリンズは実生活で5回結婚している)。

Joan Collins

リーアム・ギャリガン(Liam Garrigan)
ミス・マープル 魔術の殺人03.jpg この映像化シリーズの特徴で、若い男女、とりわけヒロインに相当する女性の恋愛の行方をミステリと同じくらいの比重で扱ったりするものが幾つかある中で、この作品はその典型であり、そうなると、エンマ・グリフィス・マリン(Emma Griffiths Malin)演じるジーナにどれぐらい好感が持てるかが、この作品に対する好悪の分かれ目になることもあるかもしれません。彼女は、離れて見ている分にはいいけれど、付き合うとなる(ましてや結婚するとなると)大変そう―という感じかな。

エンマ・グリフィス・マリン(Emma Griffiths Malin)
Emma Griffiths Malin0.jpgEmma Griffiths Malin2.jpg 犯人は原作ではエゴイスティックな殺人鬼という印象でしたが、この作品では、配偶者への思いやりから殺人を犯しているような解釈になっていて、原作ではあと2人若者を殺害していますが、この映像化作品では、あと1人、オジさん(ジョニー・レスタリック)を殺すのみ―と、やや犯人寄りの改変?(犯人に共感的に描くことで、その加害性をうやむやにしてしまうというのは、「パディントン発4時50分」などにも見られたこの演出家の傾向か)

 原作からの改変が激しいと嫌気がさす人も多いかと思いますが、このシリーズ、先行するBBCのジョーン・ヒクソン版が原作に忠実に作られているのと差別化するために、「改変の妙を愉しむ」趣向にしているのではないでしょうか。その意味では本作もそれなりに面白かったけれど、例えばジーナが矢鱈暗かったりしたかと思ったら最後は明るかったりで、改変のトーンに一貫性がないようにも思えました。

Emma Griffiths Malin
Emma Griffiths Malin.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第15話)/魔術の殺人」●原題:THEY DO IT WITH MIRRORS, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 4●制作年:2009年(本国放映[米国]2009年/[英国]2010年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:アンディ・ウィルソン●脚本:ポール・ラトマン●原作:アガサ・クリスティ「魔術の殺人」●時間:93分●出演:ジュリア・マッケンジー/ペネロープ・ウィルトン/ブライアン・コックス/エマ・グリフィス・マリン(Emma Griffiths Malin)/サラ・スマート/マキシン・ピーク/エリオット・コーワン/リアム・ギャリガン/トム・ペイン/イアン・オギルビー/ナイジェル・テリー/ジョーン・コリンズ/ジョーダン・ロング/アレクセイ・セイル/アレックス・ジェニングス/ショーン・ヒューズ●日本放送:2012/03/22●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★)

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「アガサ・クリスティー協会」公認の改変とはいえ、大枠からしてどうみても改変過剰気味。

殺人は容易だ.jpg 第14話「殺人は容易だ」011.jpg SHERLOCK A STUDY IN PINK.jpg 
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX4」「SHERLOCK / シャーロック [DVD]」【収録話数】第1話:「ピンク色の研究」(A Study in Pink)/第2話:「死を呼ぶ暗号」(The Blind Banker)/第3話:「大いなるゲーム」(The Great Game) 

Marple - Murder is Easy  title.jpg 地方の村の教区の牧師が養蜂作業中に毒を吸い込んで死ぬ。ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)は列車内で村の老婦人ラヴィニア・ピンカートン(シルヴィア・シムズ)に出会うが、彼女は牧師の毒死も以前に村で起きた老婦人の毒キノコ中毒死も何れも殺人事件だと言い、捜査依頼のためロンドン警察へ行くところだと。彼女は「殺人は容易だ」と連続死を仄めかすが、その直後、乗換駅で何者かにエスカレーターで突き落とされて死亡する。
Marple - Murder is Easy 1.jpg 新聞でその死亡記事を見たミス・マープルは葬儀に参列し、植民地から来た元警官ルーク・フィッツウィリアム(ベネディクト・カンバーバッチ)と知り合ってホテルに間借りし、共に謎解きを始める。ラヴィニアの予言通り、今度はハンブルビー医師(ティム・ブルック・テイラー)が敗血症で死亡するが、その夫人ジェシー(ジェンマ・レッドグレイヴ)は夫の死に疑問を持っていない。

Julia McKenzie/Benedict Cumberbatch

James Lance / Shirley Henderson / Russell Tovey
第14話「殺人は容易だ」06.jpg第14話「殺人は容易だ」02.jpg第14話「殺人は容易だ」07.jpg その娘ローズ(カミラ・アーフウェドソン)、彼女と恋仲でハンブルビーの後継のトーマス医師(ジェイムズ・ランス)、退役軍人ホートン少佐(デヴィッド・ヘイグ)、公立図書館員アボット(ヒューゴ・スピア)、教会のオルガン弾きオノリア(シャーリー・ヘンダーソン)、メイドのエイミー(リンゼイ・マーシャル)といった面々に若い捜査官テレンス・リード(ラッセル・トビー)はマープルの助言をもとに聞き込みを行う―。

 2008年制作のグラナダ版第4シーズン第2話(通算第14話)で(本国放映は2009年)、第3シーズンまでミス・マープル役を務めたジェラルディン・マクイーワン(Geraldine McEwan、1932‐)が退き、第4シーズン通算第13話からジュリア・マッケンジー(Julia McKenzie、1941-)がミス・マープルを演じています(吹替版の声の担当は藤田弓子)。

殺人は容易だ[装]上泉秀俊 pm.jpg 原作『殺人は容易だ』は、1939年にクリスティが発表した「バトル警視もの」でミス・マープルは出てきませんが(といってもバトル警視も最後ちょっと出てくるだけで、中心となる探偵役は元警官ルーク)、この映像化作品ではマープルがルークや若い捜査官テレンス・リードと協力して事件を解決します(と言っても、解決するまでにいっぱい人が死ぬわけだが)。

MURDER IS EASY 2008 リディア.jpg オノリアには知的傷害者の弟がいて、昔、泥酔して川に落ちて死亡しており、エイミーは、教会で何かを告解しようとしていた矢先に帽子塗料をセキ止め薬と誤飲して死亡(彼女は妊娠していた)、ホートン少佐は議員選挙に出馬するつもりだったが、過去の買収行為をネタに脅喝されて出馬を取りやめ、それに落胆したかのようには妻リディア(アナ・チャンセラー)が浴室で死亡、インスリンの過剰注射による自殺と思われたが―。牧師、老婦人、医師、メイド、少佐夫人と、ホント次々と人が死ぬなあと。

 ここまで5人死ぬのは原作と同じ。但し、原作で亡くなるのは、老婦人、医師、メイドの外は、飲んだくれの居酒屋亭主ハリーが川に落ちて死に、嫌われ者のいたずら小僧トミーが博物館の窓を拭いているときに墜死、この映像化作品でルークが村に入ってから亡くなる医師、メイドも含め5人とも、ルークが村に入る前に亡くなっており、ルークが村に来てから更に1人死にます。原作の方も人物が錯綜していて、これを更に改変して93分位に詰め込んでいるだけに、テンポはいいけれど人物の相関関係を追うのがたいへんかも。

Margo Stilley(マーゴ・スティリー) in MURDER IS EASY
第14話「殺人は容易だ」03.jpg第14話「殺人は容易だ」08.jpgMarple_Murder_is_easy2.JPG 原作の先入観無しで見ると、ベネディクト・カンバーバッチが演じる元警官が先ず怪しげな雰囲気ですが、しばらくすると今度はアメリカから教会に古文書の拓本を採りに来たというブリジット(マーゴ・スティリー)が怪しげに見えてくるかも(彼女は幼いころ親に棄てられた過去を持つ。その親とは...という話もこの映像化作品の全くのオリジナル。原作では、ブリジットは早くからルークと捜査上の協力関係となる)。

 原作に覚えがある人は、登場人物の造形や殺害方法などの"改変の妙"を楽しめるかも。夫が愛犬家だったのが、妻が愛猫家であることに変わっていたり、交通事故死がエスカレーターでの事故死になっていたり...。

MURDER IS EASY 2008.jpg 但し、こうしたトリビアな改変はさておき、大枠そのものについても「アガサ・クリスティー協会」公認の改変とはいえ、どうみても改変過剰気味で、結局、何と犯人まで改変されていたけれど(完全に別個の犯人当てクイズみたいになっている。原作にこだわりを持つ人には受け容れられないだろう)、原作では犯人はサイコっぽいシリアルキラーという印象でしたが、この作品では、人間の原罪を背負った悲劇的人物という描かれ方をしている印象もあり(これも原作には無い近親相姦の話が絡んでいる)、一方で、ミス・マープルが謎解きと犯人への追及を同時に行うため、クライマックス場面は結構キツイ感じの作りになっています。
Margot Stilley
Margot Stilley.jpgPicture of Margo Stilley.jpg 別の意味で楽しめたのは、'10年にTVシリーズ「SHERLOCK (シャーロック)」の主役に抜擢されることになるベネディクト・カンバーバッチ(一度見たら忘れられない英国俳優)演じるルークと、スタイル抜群のマーゴ(マルゴ)・スティリー(アダルト女優からセレブ女優へ転身?)演じるブリジットの遣り取りで、"将来のシャーロック"は、魅惑的な謎の女ブリジットに惹かれるも、ずっと彼女に翻弄されっぱなしで、でも最後は何となく脈ありの雰囲気で終わる―という、ドロドロした話にしてしまった後の"口直し的ラスト"とも言えますが、事件解決によって明らかになったブリジットの"出自の重さ"を考えると、こんなんでいいのか~という、やっかみめいた感想も抱かざるを得ませんでした(改変も含め、トータルではそれなりに楽しめたが)。

SHERLOCK s1.jpgピンク色の研究.jpg 因みにTVシリーズ「SHERLOCK」は、ドイルの原作でホームズとワトスンが初めて出会う『緋色の研究』を読んだうえでシーズン1第1話「ピンク色の研究」を観ると、今風にアレンジされた"改変の妙"が効いていて、ベネ君の英国俳優らしい雰囲気と併せて、これ、かなり楽しめます。

ピンクの研究5.jpg ワトスンが、軍医として従軍したアフガン戦争で負傷して右足が不自由なうえに、戦争トラウマにより左手に断続的な痙攣があって職業生活に困難をきたし、 物価の高いロンドンで暮らしていくため必要に迫られて下宿をシェアできるルームメイトを探し、そこでホームズと出会うという設定になっていて、まずホームズは初対面のワトスンを一目見て、彼の経歴や現況からからストレスの原因まで全て言い当ててしまう―というのはお約束通りでしょうか。ワトスンがそうしたホームズのことを最初は気味悪く思いながらも、彼を通して次第にトラウマを克服していく一方、やや引き籠り傾向のあるホームズも、ワトソンを通して現実社会との関わりを保っていくという両者の"共生"関係のようなものが、第1話にして分かり易く示唆されていたのは、今思えば、かなりの"巧みの技"だったかも。やはり、目の肥えた視聴者が多い英国だと、ただ改変すればいいということでは済まないのだろうなあ。

ピンク色の研究 dvd.jpgピンク色の研究 04.jpg「SHERLOCK(シャーロック)(第1話)/ピンク色の研究」」●原題:SHERLOCK:A STUDY IN PINK●制作年:2010年●制作国:イギリス●演出:ポール・マクギガン●脚本:スティーブン・モファット/マーク・ゲイティス●出演:ベネディクト・カンバーバッチ/マーティン・フリーマン/ルパート・グレイヴス/ウーナ・スタッブズ●日本放映:2011/08●放映局:NHK-BSプレミアム(評価:★★★★)
SHERLOCK / シャーロック [DVD]」【収録話数】第1話:「ピンク色の研究」(A Study in Pink)/第2話:「死を呼ぶ暗号」(The Blind Banker)/第3話:「大いなるゲーム」(The Great Game)

Margo Stilley 5.jpgMarple - Murder is Easy 1.5.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第14話)/殺人は容易だ」●原題:MURDER IS EASY, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 4●制作年:2008年(本国放映2009年)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:ヘティ・マクドナルド●脚本:スティーヴン・チャーチェット●原作:アガサ・クリスティ「殺人は容易だ」●時間:93分●出演:ジュリア・マッケンジー/ベネディクト・カンバーバッチ/シャーリー・ヘンダーソン/マーゴ(マルゴ)・スティリー/アナ・チャンセラー/ジェンマ・レッドグレイブ/カミラ・アーフウェドソン/デビッド・ヘイグ/ヒューゴ・スピア/ラッセル・トビー/ジェームズ・ランス/ティム・ブルック・テイラー/シルビア・シムズ/リンゼイ・マSHERLOCK (シャーロック) .jpgーシャル●日本SHERLOCK.jpg放送:2012/03/20●放送局:NHK‐BSプレミアム(評価:★★★☆) Margo Stilley(マーゴ・スティリー)

「SHERLOCK (シャーロック)」SHERLOCK (BBC 2010~) ○日本での放映チャネル:NHK‐BSプレミアム(2011~)

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ジュリア・マッケンジー初登場版は、意外と原作に忠実だった。

ミス・マープル ポケットにライ麦を dvd.jpg 第13話「ポケットにライ麦を」01.jpg 第13話「ポケットにライ麦を」04.jpg
アガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX4」      Julia McKenzie/Helen Baxendale

第13話「ポケットにライ麦を」03.jpg第13話「ポケットにライ麦を」05.jpg 朝の投資信託会社内で社長秘書のグロブナー(ラウラ・ハドック)が社長のレックス・フォテスキュー(ケネス・クランハム)にお茶を持って行くと、お茶を飲んだ社長は苦しみ出してじき亡くなる。ニール警視(マシュー・マックファディンとビリングスリィ巡査部長(ポール・ブルーク)の調べにより、自宅での朝の紅茶に毒物のタキシンが入れられたと考えられたが、社長の上着のポケットにライ麦が詰め込まれていたことの意味は解らない。
第13話「ポケットにライ麦を」07.jpg第13話「ポケットにライ麦を」06.jpg フォテスキュー家には、レックスの若い後妻アデール(アンナ・マデリー)、長男のパーシヴァル(ベン・マイルズ)、パーシヴァルの妻で元看護婦のジェニファー(リズ・ホワイト)、娘のエレーヌ(ハッティー・モラハン家政婦のメアリー・ダヴ(ヘレン・バクセンデール、執事のクランプ(ケン・キャンベル)とその妻で料理人の(ウェンディ・リチャード)、ミス・マープル(ジュリア・マッケンジー)が教育した養護施設出身の小間使いグラディス(ローズ・ハインニー)がいて、アデールにはヴィヴィアン・デュボア(ジョセフ・ビーティー)という若い男の愛人がいた。

第13話「ポケットにライ麦を」5.jpg ちょうど翌日、放蕩のため家を追い出されていたパーシヴァルの弟ランスロット(ルパート・グレイヴズが、父に呼ばれたからと妻パット(ルーシー・コフ)と共にアフリカのケニアから戻ってくる。そのランスが帰還した日に、アデールが飲んだ紅茶に入っていた青酸カリのために亡くなる。そして同じ夜、小間使いのグラデイスが洗濯場で絞殺死体で発見され、鼻を洗濯バサミで挟まれていた。自分が仕込んだグラディスが亡くなったことで、ミス・マープルは、ニール警視とピックフォード巡査部長(ラルフ・リトル)による事件捜査に協力を申し出る。ミス・マープルは、事件の経緯が執事クランプの口ずさんだマザーグースの歌と符合していることに気づき、歌の中に出てくるクロツグミ(ブラックバード)のことで家人に聴いてみるようニール警視に示唆すると、クロツグミの死骸がレックス・フォテスキューの机の引き出しに入れられていた事件が何か月か前にあったことと、アフリカのクロツグミ鉱山を共同経営していたマッケンジーという男がアフリカの地でレックスに置き去りされる形で横死し、彼には妻との間に息子と娘がいたらしいことがわかる。ミス・マープルがサナトリウムいるマッケンジーの妻を訪ねると、息子は戦死し、娘はいないと言うが、ミス・マープルは、娘のルビー・マッケンジーが偽名を使って復讐のためにフォーテスキュー家に潜入していると推理、ニール警視は、しっかり者だがどことなく冷たい感じの家政婦メアリー・ダヴがルビーではないかと疑うが―。

第13話「ポケットにライ麦を」02.jpg 2008年制作のグラナダ版第4シーズン第1話(通算第13話)で(本国放映は2009年)、第3シーズンまでミス・マープル役を務めたジェラルディン・マクイーワン(Geraldine McEwan、1932‐)が退き、この第4シーズン第1話からジュリア・マッケンジー(Julia McKenzie、1941-)がミス・マープルを演じています(吹替版の声の担当は藤田弓子)。

ポケットにライ麦を ハヤカワ文庫.jpg 原作『ポケットにライ麦を』は1953年にアガサ・クリスティ(1890‐1976)が発表した作品で、グラナダ版の映像化作品は原作の独自の改変が目立つものが多いのですが、このチャールズ・パーマー演出、ケヴィン・エリオット脚本の映像化作品は、原作にほぼ忠実に作られています。

Julia McKenzie

 ミス・マープルはニール警視に、これはクロツグミ事件を利用した犯罪であり、レックス・フォテスキュー殺しはグラデイスがそうとは知らずにマーマレードに毒を入れたことによるもので、そのグラデイスを利用した真犯人がアデールとグラデイスを殺し、但し、グラデイスは歌の順番と異なりアデールより先に殺されていたとの推理を話します。

 ミス・マープルの話を聞いてもニール警視には真犯人が分からないのも原作と同じ。真犯人の名を聞いてビックリ。納得はしたものの、証拠が無いため、立証するのは貴方の仕事ですよ、頭のいい貴方ならできます、とマープルが励ますところでほぼ終わるのも原作通りで、これが"原作に忠実に作られている"として評価の高いジョーン・ヒクソン主演のBBC版('86年)では、最後、犯人を自動車事故死させてしまっていることを考えると、むしろこちらの方が原作に忠実と言えるかもしれません(このシリーズ、演出・脚本のコンビによって、改変度にかなり差がある)。

 原作に対する評価で、犯人がわざわざ証拠を多く残すようなことをするかとの疑問が付されることもありますが、個人的にはマザーグースを実際のプロットに用いた傑作だと思われ(クリスティ作品にマザーグースの引用は多いが、この作品や『そして誰もいなくなった』のようにそれがプロットに完全に組み込まれているものは少ない)、この映像化作品は、「原作を読む代わり」とするには手頃かも。但し、BBC版もそうでしたが、登場人物のイメージが自分が抱いていたものとやや異なりました。

ヘレン・バクセンデール.jpg 家政婦メアリー・ダヴ役のヘレン・バクセンデールは、悪女ぶりがものすごくキマっていたように思います(原作より存在感が大きい)。パーシヴァルの妻で元看護婦のジェニファー(リズ・ホワイト)は、本来は影がある女性ではないかと思われるですが、ヒステリニックかと思ったら落ち込んだりの情緒不安定で、あまり頭も良さそうでなく、むしろ、レックスの実の娘のエレーヌ(ハッティー・モラハン)の方が魅力的だったかも(原作でも元々影が薄いというのはあるが)。ランスロット(ルパート・グレイヴズ)の妻パット(ルーシー・コフ)も、ちょっと老けた感じだったなあ。あなたはまだ若いんだから...とは言いにくい?

Helen Baxendale

 何よりも、原作の魅力は、嫌な人間ばかりがいる中で最も好人物だと思われた人物が実は―という(ある種、叙述トリックに近いような)点にあるわけですが、それに該当する人物がそう魅力的に描かれておらず、最初から、複数の「犯人であっもおかしくない人物」の内の一人になっているのが難点かな。「眺めのいい部屋」「モーリス」のルパート・グレイヴズは"久しぶり!"という感じだったけれど。

 それでも、原作が個人的には気に入っているものであるだけに、原作に忠実であるは喜ばしいことでした。

ミス・マープルdvd4.jpgアガサ・クリスティーのミス・マープルDVD-BOX4
ミス・マープル マッケンジー.jpg【収録内容】
全4話収録
 第1巻 『ポケットにライ麦を』
 第2巻 『殺人は容易だ』
 第3巻 『なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?』
 第4巻 『魔術の殺人』
 主演:ジュリア・マッケンジー(声:藤田弓子)

ミス・マープル マッケンジー2.jpg「アガサ・クリスティー ミス・マープル(第13話)/ポケットにライ麦を」●原題:A POCKETFULL OF RYE, AGATHA CHRISTIE`S MARPLE SEASON 4●制作年:2008年(米国放映2009年7月5日/英国放映2009年9月6日)●制作国:イギリス・アメリカ●演出:チャールズ・パーマー●脚本:ケヴィン・エリオット●原作:アガサ・クリスティ「ポケットにライ麦を」●時間:93分●出演:ジュリア・マッケンジー/マシュー・マクファディン/ルパート・グレイヴス/ベン・マイルズ/ルーシー・コウ/ヘレン・バクセンデイ/リズ・ホワイト/アンナ・マデリ/ハティ・モラハン/ラルフ・リトル/ケン・キャンベル/ウェンディ・リチャード/ジョセフ・ビーティー/プルネラ・スケイルズ/ローズ・ハイニー/クリス・ラーキン/ケン・クラナム/エドワード・チューダー・ポール/ローラ・ハドック/ティア・コリンズ●日本放送:2012 /03/19●放送局:NHK‐BS2(評価:★★★★)

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