2007年5月 Archives

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卓越した繊細な感性。「檸檬」もいいが、湯ヶ島時代の作品「冬の蝿」がよりいい。
梶井 基次郎 『檸檬』 武蔵野書院 1931.jpg
檸檬.jpg 檸檬2.jpg 檸檬・冬の日.jpg 檸檬 アイ文庫オーディオブック.jpg  梶井 基次郎.jpg 
檸檬』新潮文庫〔旧版/新版〕/岩波文庫/アイ文庫オーディオブック「檸檬」/梶井基次郎(1901-32/享年31)
梶井 基次郎 『檸檬』 武蔵野書院(1931年5月)[復刻版]
檸檬・城のある町にて (角川文庫)』『檸檬 (角川文庫)』角川文庫〔旧版/新版〕
檸檬・城のある町にて.jpg檸檬 梶井基次郎 角川文庫.jpg 1925(大正14)年に発表された梶井基次郎(1901‐1932)の「檸檬」は、「えたいの知れない不吉な塊りが私の心を終始圧えつけていた」という書き出しの通り、既に独特のタナトスの影を落としていて、以降の作品にも、芥川の晩年の作品「歯車」のような暗いムードが漂っています。

梶井 基次郎 『檸檬』 .JPG しかし「檸檬」は、鮮烈な描写と想像力、そしてラストの何か吹っ切った感じが明るく、その点が、彼の命日を"檸吉行 淳之介.jpg檬忌"と呼ぶほどに親しまれる作品である理由ではないでしょうか。吉行淳之介は梶井基次郎の小説を評価しながらも、本作の題は「檸檬」よりも「レモン」の方が良いと書いています。これは、"卓見"であると言うか、現代においてこの作品を読む人にとって示唆的な指摘だと思います。なぜならば、重厚な「丸善」のイメージに拮抗してそれを覆す力を持たせるには、「檸檬」よりも「レモン」の方が効果的ではないかという気がするからです。
  
京都三条通麩屋町「丸善」/河原町通蛸薬師「丸善」(2005年10月10日閉店)
梶井 基次郎 『檸檬』丸善.jpg京都河原町の丸善.jpg この作品の"レモン"のイメージは頭から離れません。但し、「私」が入った書店は、設定上、洋書・輸入雑貨も多く扱う「丸善」でなければならなかったのだろうけれど、自分は「日本橋の丸善」だと長く記憶違いしていました。正しくは「京都三条通麩屋町の丸善」であったわけで、この「丸善 京都支店」は河原町通蛸薬師への移転、改築、再改築を経て'05年10月10日に閉店、閉店の日は、平積みの本の上にレモンを置いていく人がいて話題になったとか。

丸善 京都.jpg丸善 京都 檸檬.jpg(その後、河原町三条にジュンク堂書店が進出していたのが、入居施設「京都BAL」の改装に合わせて2015年8月21日に、その地下1・2階に蔵書100万冊の「丸善 京都本店」として10年ぶりに再スタートをした。ジュンク堂ではな≪MARUZEN cafe0.jpg≪MARUZEN cafe01.jpgく丸善として再スタートしたのは、半年前の同年2月に丸善書店がジュンク堂書店を吸収合併したという経緯もあるが、他店では「ジュンク堂」の店名をそのまま使っていることからすると、"「檸檬」の書店"であることを売りにするという狙いがあったのだろう。また、丸善グループの"失地回復"の意味もあったかも)。
「丸善 京都本店」内の MARUZEN cafe

「八百卯」(2009年1月25日閉店)
梶井 基次郎 『檸檬』果物屋.jpg 一方、「私」がレモンを買った果物屋は「八百卯」という果物屋で、こちらは現在もあるとのことです(その後、2009年1月25日に閉店、創業130年の歴史に幕を下ろした)

梶井基次郎「檸檬」1.jpg(2010年のテレビでの映像化作品(「BUNGO-日本文学シネマ」)では、ちょうど作者がレモンをテニスボールに見立てているように、テニスボールケースのような円筒状の容器に入れて、乱雑に積み重ねた本の上にそれを立てるように置いたという設定になっているが、読み直してみて、やはりレモンを直接本の上に置いたというのが正しいようだ。)
TBS 2010年2月17日放映 「BUNGO-日本文学シネマ」 梶井基次郎「檸檬」(主演:佐藤隆太)

 梶井基次郎は知られている通りの"ゴリラ顔"ですが、外見に似合わず?小さい頃から病弱で、作品に見られる近代文学の中でも卓越した繊細な感性は、そうしたところからも来るものだと思います。
 ただし、若い彼の京都時代の生活はかなりの無頼ぶりで、自らの神経を尖鋭化するためにわざと不健康で退廃的な生活に向かったように思え、実際、肺をこじらせて東大英文科を中退し、川端康成がいた天城湯ヶ島温泉へ転地しています。

 新潮文庫版は執筆順に20の短篇を収めていますが、後半の湯ヶ島時代の作品はその清澄さを増している印象があり、評価の高い「冬の日」や、浪漫主義の香りがする「桜の樹の下には」もさることながら、「冬の蝿とは何か?」で始まる「冬の蝿」が個人的には良く感じられ、志賀直哉の「城の崎にて」と("湯治文学"?同士)読み比べると興味深いです。

 晩年近い作品である「愛撫」「交尾」に猫が出てきますが、川端康成の小動物を描いた短篇を思い出しました(梶井の方が、描写が理科系っぽいけれど)。
 最後の「のん気な患者」は、ブラック・ユーモア風でもありますが、作者自身が現実に死と直面しているため、"ブラック"が"ユーモア"を凌駕している感じがします。

檸檬 梶井基次郎 ちくま文庫.jpg『檸檬』 (新潮文庫) 梶井 基次郎.jpg 【2013年文庫化[角川文庫(『城のある町にて―他十三篇』)]/1954年再文庫化[岩波文庫(『檸檬、冬の日 他9篇』)]/1967年文庫改版・1985年改版[新潮文庫]/1972年再文庫化[旺文社文庫(『檸檬・ある心の風景 他』)]/1986年再文庫化[ちくま文庫(『檸檬-梶井基次郎全集 全1巻』)]/1989年再文庫化[角川文庫(『檸檬・城のある町にて』)]/1991年再文庫化[集英社文庫]/2011年再文庫化[280円文庫(ハルキ文庫)]/2013年再文庫化[角川文庫(『檸檬』)]】

檸檬 (新潮文庫)

梶井基次郎全集 全1巻 (ちくま文庫)

2019年、丸善創業150周年を記念して初版のカバーで復刻された『檸檬』(「ミチル日々」より)
初版のカバーで復刻された『檸檬』.jpg

《読書MEMO》
●「檸檬」...1924(大正13)年執筆、 1925(大正14)年発表 ★★★★☆「えたいの知れない不吉な塊りが私の心を終始圧えつけていた」
●「冬の日」...1927(昭和2)年執筆 ★★★★「季節は冬至に間もなかった」
●「桜の樹の下には」...1927(昭和2)年執筆 ★★★★「桜の樹の下には屍体が眠っている!」
●「冬の蝿」...1928(昭和3)年執筆 ★★★★☆「冬の蝿とは何か?」
●「愛撫」...1930(昭和5)年執筆 ★★★★「猫の耳というものはまことに可笑しなものである」
●「のん気な患者」...1931(昭和6)年執筆 ★★★★「吉田は肺が悪い」

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たった4ページの掌編「金の輪」の美しさと情感に見る、作者の亡き子への思い。
『小川未明童話集』.JPG小川未明童話集.jpg  日本幻想文学集成13・小川未明.jpg    小川未明童話集 (岩波文庫)200_.jpg
小川未明 初夏の空で笑う女 (日本幻想文学集成)』['92年]/『小川未明童話集 (新潮文庫)』['51年初版/'81年改版]/『小川未明童話集 (岩波文庫)』['96年]

 1919(大正8)年発表の小川未明(1882‐1961)の僅か4ページの掌編「金の輪」は、実に不思議な印象を残す作品です。

 長く病に臥していた太郎は、ようやく床を出られるようになったが、友達もおらず、1人しょんぼり家先に立っていた。太郎はある日、往来を2つの「金の輪」を重ねて転がして遊ぶ見知らぬ少年を見かけ、少年は太郎の方を見て微笑む。次の日もまた同じ「金の輪」を転がす少年を見かけ、彼はまた太郎を見て懐かしそうに微笑む。太郎はその夜、少年と友達になり「金の輪」を1つ分けてもらって、いつまでも一緒にそれを転がして遊ぶ夢を見る。そして結末1行―。その唐突さにも関わらず、なぜか心に滲みる美しさと郷愁にも似た情感を漂わせた作品です。

子どもの宇宙.jpg 心理学者の河合隼雄氏は、7歳の死は薄幸だが、一方で死は太郎にとって素晴らしいものであり、太郎の7歳の死は、他人の70歳の死に匹敵する重みを持つと『子どもの宇宙』('87年/岩波新書)の中で書いています。しかし自分としては、この作品は、作者の亡くなったわが子へのレクイエムのように思われ、生き残った側の切ない思い入れが「創作」に昇華したものであると感じずにはおれません。

小川 未明 (おがわ みめい) 1982-1961.jpg 小川未明(1882‐1961)は20代終わりから30代の時だけ旺盛な創作活動をし、その業績に対して1945(昭和20)年に第5回「野間文芸賞」が贈られていますが、児童文学界の重鎮的存在で在りながら、昭和以降ほとんど新作は発表していません。また、宮沢賢治の作品が「大人の童話」と言われるのと対照的に、過去の作品群の作風を"子ども向けのヒューマニズム"と揶揄された時期もあります。

 本書には、代表作「赤いろうそくと人魚」など20数編が収められていますが、海の向こうから来た漂泊者を村人が冷たくあしらったところ、村が廃れてしまうというようなパターンのお話が幾つかあり、勧善懲悪と言えば勧善懲悪、しかしその"懲悪"の度合いは、童話の教育的効果としては異質であり、怨念的であったり神話的であったりします。

小川 未明 (1982-1961/享年79)

 しかし本全集のように、幻想文学という切り口でその作品を捉えると(この全集には、童話作家ではもう1人宮沢賢治も入っているが)、この人の作品の場合よりシックリくるような気がします。

【「光の輪」は『小川未明童話集』('51年/新潮文庫)、『小川未明童話集』('96年/岩波文庫)のほか以下などにも所収】

未明童話-心の芽そのほか.jpg 新日本少年少女文学全集16-小川未明集.jpg 小川未明童話集2.jpg 小川未明童話集 心に残るロングセラー名作10話.jpg
【『未明童話-心の芽そのほか』 文寿堂出版 ['48年]/『新日本少年少女文学全集16-小川未明集』 ポプラ社 ['65年]/『小川未明童話集』 旺文社文庫 ['74年]/『小川未明童話集―心に残るロングセラー名作10話』 世界文化社 ['04年]】

《読書MEMO》
●「金の輪」...1919(大正8)年発表 ★★★★☆

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「夢十夜」の系譜を引くアンソロジー。面白さで言えば「件(くだん)」が一番。

冥土(福武文庫).jpg 『冥途 (福武文庫)』 冥途・旅順入城式.jpg 『冥途・旅順入城式 (岩波文庫)』 冥途.jpg冥途』 〔'02年/パロル舎/画:金井田 英津子〕

『冥途』 三笠書房版 ['34年初版]/ 『冥途』 芝書店版 ['49年初版]
内田 百閒.jpg冥途 三笠書房.jpg内田百閒『冥途』 昭和24年10月 芝書店.jpg 1921(大正10)年発表、翌年単行本刊行の『冥途』は、内田百閒(1989‐1971)が最初に発表したアンソロジーで、「冥途」「山東京伝」「花火」「件」「土手」「豹」など16篇の短篇からなりますが(福武文庫版は18篇所収)、何れも作者自身の見た夢をモチーフにしたと思われ、師匠であった漱石の「夢十夜」の系譜を引くものです。
 自分が読んだ福武文庫版('94年)は現在は絶版となり、短篇集2集を収めた岩波文庫版(『冥途・旅順入城式』('90年))の前半部分が福武文庫版と同じラインアップとなっています。

 表題作の「冥途」は、ビードロの記憶に託されたノスタルジックな抒情が良かったですが、面白さで言えば「件(くだん)」が一番だと思いました。
 牛に似た化け物「件」に変身してしまった「私」は、人々に予言をした後3日後に死ぬ運命にあるという―、これはカフカかと思わせるような不条理な設定ですが、村人にせっつかれても肝心の予言が思い浮かばないといところから、土俗民話的な雰囲気にユーモアと哀感の入り混じったものになっていきます。

 こうしたシュールな雰囲気がわりと楽しく、自分が江戸時代の戯作者・山東京伝の書生になっていて、そこへ訪れた客の姿が蟻だったとか(「山東京伝」)、自分の先生が馬の鍼灸師で、先生の弟が実は馬だったとかとか(「尽頭子」)、そういうかなりスラップスティックなものもあれば、女の子が老婆になる話(「柳藻」)や狐に化かされる話(「短夜」)など、怪談として十分に完結しているものもあり、「創作」の入れ方の度合いが作品ごとに異なる気もしました。

 多分、夢を「正確に」書き写すという行為の中に、イメージの断片を繋ぎ合わせていくうえで否応無く「創作」的要素が入るということを作者はよくわかっていて、そうなれば夢を書き写すという行為そのものが創作となるわけで、どこまで「創作」を入れるかというその辺りの線引きに厳密さは求めず、夢で得た鮮烈なイメージを損なわないまま言葉にどう置き換えるかといことに専念したのでは。
 夢が深層心理の表れであるとしても、そこから一義的に意味が読めてしまうような内容にはしたくないという方針だったのではないかという気がするですが、どうなのでしょうか。

 【1939年文庫化[新潮文庫(『冥途・旅順入城式』)]/1981年再文庫化[旺文社文庫(『冥途・旅順入城式』)]/1990年再文庫化[岩波文庫(『冥途・旅順入城式』)]/1991年再文庫化[ちくま文庫(『ちくま日本文学全集』)]/1994年再文庫化[福武文庫(『冥途』)]/2002年再文庫化[ちくま文庫(『冥途』)]

《読書MEMO》
●「冥途」「山東京伝」「花火」「件」「土手」「豹」...1921(大正10)年発表(翌年、単行本)

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「小さき者へ」がいい。作家自身よりも残された者の方が逞しかった気もする。

小さき者へ・生まれいずる悩み.jpg小さき者へ・生れ出ずる悩み2.jpg 小さき者へ・生れ出づる悩み.jpg 小さき者へ.jpg 有島 武郎.jpg 有島武郎(1878‐1923)
小さき者へ・生れ出ずる悩み (岩波文庫)』(旧版・新版)/『小さき者へ・生れ出づる悩み』新潮文庫/アイ文庫オーディオブック「小さき者へ」

『小さき者へ・生れ出ずる悩み』.JPG 1918(大正7)年に発表された有島武郎(1878‐1923)の「小さき者へ」は、母親(つまり有島の妻)を結核により失った幼い3人のわが子らへの作者の手紙の形式をとっていて、「お前たちは見るに痛ましい人生の芽生えだ」としながらも、「前途は遠い。そして暗い。然し恐れてはならぬ、恐れない者の前に道は開ける。行け。勇んで。小さきものよ」という結語は力強いものです。亡くなった母親の子どもたちへの愛情が、作家の抑制の効いた(よく読むとセンチメンタリズムとリアリズムが混ざっている)文章を通してひしひしと伝わってくる一方で、より不幸な死に方をした知人の死をも想えとするところに、作者らしさを感じます。

中等新国語3.jpg 同年発表の「生れ出ずる悩み」は、画家を志す青年が「私」を訪ねてくる冒頭の部分が国語教科書などでよくとりあげられているほど、吟味された美しい文章です(昭和40年代から50年代にかけて、光村図書出版の『中等新国語』、つまり中学の「国語」の教科書(中学3年生用)に使用されていた)。

 高級官僚の子に生まれながら小説家を志した自身を、労働と芸術の狭間で苦悶する青年に投影しているのが感じられる一方で、個人的には、漁師である青年のような生粋の労働者になりえない自分と対比するあまり、青年を物語の中で美化しすぎている気もし、危うささえ感じます。

 文学的には「生れ出ずる悩み」の方が評価は高い? 対し「小さき者へ」は、文庫本で15ページ程の掌編で、かつ「これって文学なの」みたいな感想もあるかと思いますが、個人的には、センチメンタリズムの中にも、わが子を一人前の人格として見る凛とした個人主義の精神が窺えて好きな作品です(なかなか、こんな親にはなれないが)。
 
 有島は、志賀直哉や武者小路実篤らとともに同人「白樺」に参加し、また自らの農場を開放するなどの活動もしますが、後にそうした活動にも創作にも行き詰まり感を見せ、45歳で中央公論社の記者(当時は編集者をこういった)だった波多野秋子と軽井沢で心中自殺します。
                                                
木田金次郎2.jpg木田金次郎.jpg 一方、「生れ出ずる悩み」のモデルとなった木田金次郎(1893‐1962)は、この事件を契機に漁師をやめ画家として生きる決意をします。描き溜めた作品1,500点が、洞爺丸台風襲来時の出火による「岩内大火」(1954年)で焼失したというのは残念ですが(この大火は水上勉の『飢餓海峡』のモチーフとなった)、それにもめげず創作活動を続けています(美術館の木田金次郎の作品を見ると、力強く少しゴッホっぽい)。

木田金次郎(1893‐1962/享年69)とその作品(岩内マリンパーク・木田金次郎美術館)
  
森雅之.gif さらに、「小さき者へ」で語られる側となった子のうち、長男は映画俳優の森雅森雅之 雨月物語.bmp羅生門 森雅之.jpg(1911-1973)で、黒澤明監督の「羅生門」('50年/大映)や溝口健二監督の「雨月物語」('53年/大映)、成瀬巳喜男監督の「浮雲」('55年/東宝)などの名作に主演しています。また、その森雅之の娘・中島葵(1945-1991/子宮頸癌のため死去、享年45)も女優 中島葵.jpg女優 中島葵ド.jpgテレビドラマや映画(で活躍した女優でした(不倫相手との間の子であったという事情ため、16歳の時まで父親=森雅之から認知されなかった。生涯独身)。何だか、残された者の方が逞しかったような気もする...。

『女優 中島葵』1992年刊

中島葵 愛のコリーダ.jpg中島葵.jpg 因みに、中島葵は大島渚監督の「愛のコリーダ」('76年/日・仏)にも、藤竜也が演じた吉蔵の妻役で出ていますが、当然のことながら、吉蔵の情婦・阿部定を演じた松田暎子の方が目立っていました。「愛のコリーダ」は公開の翌年に高田馬場のパール座で観ましたが、日本語の映画にフランス語だったか英語だったかの字幕がつくので変な感じがしました(日本国内での上映は大幅な修正が施されたため、ぼかしの上に外国語の字幕が乗っかっていたような印象がある。2000年に「完全ノーカット版」としてリバイバル上映された)。海外ではベルナルド・ベルトリッチの「ラストタンゴ・イン・パリ」('72年/伊)と比肩し得ると高く評価され、"オーシマ"の名を世界的なものにした作品ですが、国内では田中登監督、宮下順子主演の「実録阿部定」('75年/日活)の方が上との声もありました(阿部定に注目したことは面白いと思ったが、映画の出来としては個人的にはどちらもイマイチか)。

愛のコリーダ dvd.jpg愛のコリーダード.jpg「愛のコリーダ」●制作年:1965年●制作国:日本・フランス●監督・脚本:大島渚●製作:アナトール・ドーマン/若松孝二●撮影:伊東英男●音楽:三木稔●原作:山田風太郎「棺の中の悦楽」●時間:96分●出演:藤竜也/松田暎子/中島葵/芹明香/阿部マリ子/三星東美/藤ひろ子/殿山泰司/白石奈緒美/青木真知子/東祐里子/安田清美/南黎/堀小美吉/岡田京子/松廼家喜久平/松井康子/九重京司/富山加津江/福原ひとみ/野田真吉/小林加奈枝/小山明子●公開:1976/10●配給:東宝東和●最初に観た場所:高田馬場パール座(77-12-03)(評価:★★★)●併映:「ソドムの市」(ピエル・パオロ・パゾリーニ)

 【1940年文庫化・1962年・2004年改版[岩波文庫]/1955年再文庫化・1980年・2003年改版[新潮文庫(『小さき者へ・生れ出づる悩み』)]/1966年再文庫化[旺文社文庫(『生れ出づる悩み』)]】

《読書MEMO》
●「小さき者へ」...1918(大正7)年発表 ★★★★
●「生れ出ずる悩み」...1918(大正7)年発表 ★★★

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パロディ満載、イラストも文章も楽しめ、特に、戯作「雪国」では文才が光る。

倫敦巴里2.jpg倫敦巴里1.jpg倫敦巴里 (1977年)』話の特集 倫敦巴里2.jpg

I倫敦巴里4.jpg 著者が「話の特集」('66年創刊)に'66(昭和41)年から'77(昭和52)年にかけて発表した様々なパロディを一冊の本にしたものです('77年の刊行)。パロディとしてのイラストも文章も何れも理屈抜きで楽しく、特に文章パロディのセンスには舌を巻きます。

 冒頭の「暮しの手帳」のパロディ「殺しの手帳」には有名ミステリの多くのトリックが参照されていて、どの作品だったか思い出すのが楽しく(全部わかれば相当のミステリ通、と著者自身が述べています)、また、イソップの「兎と亀」の寓話を、ジョン・フォード、市川昆から黒沢明、フェリーニまで20人以上の内外の監督の作風に合わせて脚色してみせていて、こちらも、どの作品から引いているかというマニアックな楽しみ方ができます(本人弁によると、マニアックの度が過ぎないようにするのが難しいとか)。

倫敦巴里3.jpg その他にも、様々なパロディのオンパレードですが、何と言っても圧巻なのは、'70年から'77年の間5回に分けて掲載された、川端康成('68年ノーベル文学書受賞)の「雪国」の冒頭部分を、多くの文筆家らの作風に合わせて偽作したもの。

 とり上げられているのは、庄司薫、野坂昭如、植草甚一、星新一、淀川長治、伊丹十三、笹沢左保、永六輔、大薮春彦、五木寛之、井上ひさし、長新太、山口瞳、北杜夫、落合恵子、池波正太郎、大江健三郎、土屋耕一、つげ義春、筒井康隆、川上宗薫、田辺聖子、東海林さだお、殿山泰司、大橋歩、半村良、司馬遼太郎、村上龍、つかこうへい、横溝正史、浅井慎平、宇能鴻一郎、谷川俊太郎の総勢32名で、イラストが本業の著者の文才が光っていて、これは「あなたのライフワークですか」と人から聞かれたこともあったというぐらいの凝りよう。

 これだけでもこの本の価値は高いような気がし、初版本ではないけれど、所有していることを少し自慢したくなるような本。著者は'94(平成6)年に第42回「菊池寛」賞を受賞しており、この賞は挿画家(画家・漫画家・イラストレーターを含む)では過去に、横山泰三、岩田専太郎、近藤日出造、山藤章二、加藤芳郎、中一弥らが受賞、著者より後では、東海林さだお、風間完らが受賞しています。

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動物パニック映画のようで、抑制の効いた迫力「海の鼠」。映画よりずっといい「魚影の群れ」。

魚影の群れ 新潮文庫.jpg 魚影の群れ 新潮文庫2.jpg 『魚影の群れ』(監督:相米慎二/撮影:長沼六男/1983).jpg  海の鼠.jpg
魚影の群れ』 新潮文庫〔'83年〕映画「魚影の群れ」(監督:相米慎二/撮影:長沼六男)〔'83年〕 宇和海地方 鼠駆除事業報告書 [昭和30年]
魚影の群れ ちらし.bmp 吉村昭(1927‐2006)の動物をモチーフとした小説4編(「海の鼠」「蝸牛」「鵜」「魚影の群れ」)を所収していますが、'73(昭和48)年の単行本刊行時、この中で最も長い冒頭作の「海の鼠」が本のタイトルだったのが、'83(昭和58)年の文庫化に際して、巻末の「魚影の群れ」が文庫タイトルになったのは、同年、映画「魚影の群れ」が公開されたことも関係しているでしょう。

映画「魚影の群れ」(1983年)チラシ

 「海の鼠」は、愛媛・宇和島沖のある島で台風被害の後に鼠が大量発生し、それを駆除しようとする役場の担当係長をはじめ村人たちの凄絶な闘いを描いたものですが、まさに動物パニック映画みたいな感じで、ただし、それが記録文学風に書かれているだけに(台風も鼠被害も実際にあったものを小説に組み入れている)、抑制が効いてかえって迫力があります。

 殺鼠剤を撒いても天敵(青大将)を放しても鼠は増え続け、さらに新たな殺鼠剤、新たな天敵を投入してもダメ、農作物は全滅し島民は減り続け―と、状況は深刻化し、読んでいて恐ろしさもありますが、一方で天敵動物によせる人々の期待に反し、動物たちの思わぬ習性により次策を講じることを余儀なくされるという繰り返しが、何か滑稽だったりもします(鼠一匹を捕食したら満腹になり寝てしまう蛇とか)。

 「魚影の群れ」は、妻に去られ娘と2人で暮らす青森・大間のマグロ漁師が、娘に懇願されて娘の恋人を船に乗せるも、男は娘の恋人にうち解けず―、という感じで展開していく物語で、マグロ釣り漁の活写はさすがですが、全体としては、動物小説と言うよりヘミングウェイの「老人と海」にも通じるような人間ドラマ。

相米慎二.jpg魚影の群れ.jpg魚翳の群れ 夏目雅子.jpg 「セーラー服と機関銃」('81年)の相米慎二(1948‐2001/享年53)が監督し(この人の「台風クラブ」('85年)は良かった)、緒形拳佐藤浩市らが主演、長沼六男のカメラが大間漁師のマグロ漁をリアルなカメラワークで捉えていました。ただ、大間漁師を演じた緒形拳はともかく、娘が夏目雅子(1957-1985/享年27)、妻が十朱幸代で、キレイ過ぎて猟師の家族に見えないのが難であるのと、原作にはない人情ドラマを盛り込み過ぎたために間延びし、ラストも少し変えてしまってあるのが今一つ好きになれない理由です。原作は、文庫本70ページほどの中篇で、映画のようにべとべとしておらず、男臭さと言うより、男の生き方の不器用さや侘びしさが滲む佳作です。

 映画「魚影の群れ」1983 予告編

緒形拳.jpg佐藤浩市.jpg魚影の群れ 緒方・佐藤.jpg「魚影の群れ」●制作年:1983年●監督:相米慎二●脚本:田中陽造●撮影:長沼六男●音楽:三枝成章●テーマソング(唄):原田芳雄/アンリ菅野「Bright Light,in the Sea」(作曲:玉置浩二)●原作:吉村昭「魚影の群れ」●時間:135分●出演:緒形拳/夏目雅子/佐藤浩市/十朱幸代/矢崎滋/三遊亭円楽/レオナルド熊/石倉三郎●劇場公開:1983/10●配給:松竹富士●最初に観た場所:テアトル新宿 (84-02-12)(評価★★☆)●併映「居酒屋兆治」(降旗康男)

 【1973年単行本〔新潮社(『海の鼠』)〕/1983年文庫化〔新潮文庫〕/2011年再文庫化[ちくま文庫]】

「●よ 横山 秀夫」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2001】 横山 秀夫 『64(ロクヨン)

個人的には、「真相」「他人の家」「18番ホール」の順で良かった。

真相.jpg 『真相』(2003/05 双葉社) 真相/横山秀夫.jpg 『真相 (双葉文庫)』['06年]

 「真相」「18番ホール」「不眠」「花輪の海」「他人の家」の5編を収録していますが、「警察モノ」というイメージが強い著者としては、登場人物が税理士から前科者までバラエティに富んでいて、その部分では幅を感じました。

 一方で、過去に傷を持つ主人公たちのキャラクター設定が似ていて、そう言えばリレー方式で主人公が代わる『半落ち』('02年・講談社)の登場人物も、皆何となくキャラクターが似ていたなあと。 その古傷が、ある日突然、或いはじわ〜っと裂けてくるという展開までも、それれぞれの話が似ていますが、この点は、敢えてそういうプロットで統一した連載だったのかもしれません。

 個人的には、「真相」「他人の家」「18番ホール」の順で良かったです。「真相」は、息子を殺した犯人が10年ぶりに捕まって新事実が浮かび上がる話で、主人公のやるせない気持ちがよく描けていると思いました。

 「他人の家」は、前科のある男の、大家にそのことが知れることから始まる苦悩を描いたもので、めぐり巡って犯罪同士がカチ合うようなプロットが面白かったです。「18番ホール」も「他人の家」同様、現実に起こりうる可能性よりも、筋立ての妙でしょうか。著者は、松本清張賞を受賞してデビューした作家ですが、清張の短篇にもこうした趣向のものがあったような気がします。

 この2編は、新聞やマスコミの「言論の暴力」や「情報の垂れ流し」問題にも触れていて、元新聞記者の著者ならでの視点を感じます。村長選挙に立候補することになった男の話「18番ホール」は、男が猜疑心の渦にハマっていく様がうまく描かれていたけれど、ラストはやや寓話的過ぎる印象も。

「真相」横山秀夫サスペンス.jpgTVドラマ・横山秀夫サスペンス「真相」
TBS(2005/5/2 放映)
脚本:加藤正人
監督:榎戸耕史
出演:小林稔侍・中田喜子・岩崎加根子

 【2006年文庫化[双葉社文庫]】

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手続き上の瑕疵と作品の価値。直木賞選考委員会の曖昧な態度。

半落ち.jpg 横山秀夫 半落ち.jpg半落ち』['02年] 半落ち2.jpg半落ち (講談社文庫)』['05年]

 2002 (平成14) 年度「週刊文春ミステリー ベスト10」(国内部門)第1位。2003 (平成15) 年「このミステリーがすごい!」(国内編)第1位。

 妻を殺し自首した警察官。彼はなぜ殺したのか、そして彼はなぜ死ななかったのか。殺害から自首までの2日間、彼はどこで何をしていたのか―。

 刑事、検事、記者、弁護士、判事、刑務官と6人の話をリレー方式で繋いでいく方式にズズッと引き込まれましたが、人物造詣が何れも似ているため、後半少しだれました。極端に言えば、バトンを渡した人とバトンを受け取った人が職業が違うだけで、人物像はほぼ同じなのです。しかし、作品の良し悪しに対する個人的な評価と世間の評価とのギャップとは別に、直木賞の選考には煮え切らないものを感じました。

 選考では、11名の委員中、肯定2、中立2、否定7。北方謙三氏が指摘した"手続き上の問題"を直接の否定理由に挙げた人はいません。ただし、林真理子氏や阿刀田高氏のように2次的理由として挙げた人や津本陽氏のように肯定派でありながら強く推すことをしなかった人もいます。全体としては、北方謙三氏の「関係団体に問い合わせたら、主人公の警部の動きには現実性がない(受刑者には骨髄提供が許可されていない)ことがわかった」という報告に引っ張られた気がしないでもないですが、真相はよく分かりません。

 結局、この点に北方謙三氏以上にこだわったのは林真理子氏で、この作品が、「事実誤認」があるにも関わらず、既に他の複数の賞を受賞していることまで批判しています。

 北方謙三氏が問い合わせた関係団体は、過去に最高裁で死刑相当として高裁差し戻し審中の被告が骨髄提供を申し出た際に、「勾留一時停止を認める重大な理由」にはならないとして検察が却下したことがあったというたった1度の事例を以ってそのように回答したらしく、この場合、被告はドナー登録も未だしておらず、小説のケースとは異なります。

 状況に応じて「勾留一時停止を認める重大な理由」に該当するかどうかが判断されるならば、小説のようなケースは過去に無い訳で、そうした状況になってみないとわからないということであり、ハナからダメと言い切れるものでもないようです。鬼の首を取ったように手続き上の瑕疵(「事実誤認」)を強調した林真理子氏ですが、自分自身で、小説の前提状況ではどうかということを関係団体に問い合わせるということはしていないようです。

 表向きはフィクションにおける手続き上の瑕疵は、必ずしも作品の価値を貶めるものではないという立場(と推察される)をとりながら、委員会としてそのことを明言しない(結果、林真理子氏のような「事実誤認」と言い切る発言の一人歩きもあって、その瑕疵のため落選したと世間に思われている)のは、選考委員会が個人の集まりに過ぎないということか。「他の委員から指摘があって...」「そういうことを言う委員もいて...」という発言がそれを物語っています。直木賞との"絶縁"宣言をしたという(この言葉自体は少し変な気もするが、ノミネートされても辞退するということか)、作者の気持ちも理解できないではないです。

映画「半落ち」e.jpg映画「半落ち」.jpg映画「半落ち」(2003年/東映)
監督:佐々部清
出演:寺尾聰/原田美枝子/柴田恭兵

 【2005年文庫化[講談社文庫]】

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この人の本は意外と熟年より若者向けなのかも。

何用あって月世界へ.jpg 『何用あって月世界へ』文春文庫 〔'03年〕 山本夏彦.jpg 山本 夏彦(1915-2002/享年87)

 '02年に亡くなった山本夏彦(1915-2002)の名言集で、'92(平成4)年までに刊行された既刊コラム25冊から選出されており、10行近い短文からたった1行の箴言風のものまであります(選者は、植田康夫・上智大教授(出版論))。因みに著者は、'84(昭和59)に「菊池寛賞」を、更に'90(平成2)年に『無想庵物語』で読売文学賞受賞を受賞しています。

 短いのでは―、
 「あんなにちやほやされたのに」「美人が権高いのは魅力である」「芸術院会員は多くは情実で選ばれる」「いきり立つものと争うのは無益である」「言って甲斐ないことは言わないものだ」「世の中には笑われておぼえることが多いのである」「人生は短く本は多い」「人みな飾って言う」「なあーんだ、和服を着れば老人になれるのか」「馬鹿は百人集まると百馬鹿になる」「自信はしばしば暗愚に立脚している」「汚職は国を滅ぼさないが正義は国を滅ぼす」...etc.

 以前は、その"批評精神"にハマって何冊かこの人のものを読んだのですが(手元にあるのも単行本の初版)、こうしてみると、結構まっとうなことをまっとうに言っているだけのものもあり、また、批評的な観点よりも反語的な表現の旨さで読者をハッとさせるものが多いのではないかと...(コピーライター的?)。

 内容的にはすべてに納得できるわけでなく、と言って、アフォリズムというのは反論を寄せつけないものがあり(「死んだ人」の側から「生きている人を撃つ」という著者の立場は、反論不可能性の証ではないか)、結局、議論にならないため、「批評」としては弱いのではないかという気がしてきました。

 しかし、この人の本は、かつて絶版になったものが近年ほとんど文庫化されるなどしていて、一見すると隠居老人の繰り言みたいな感じがしなくもないに関わらず、若い人にもよく読まれていうようです。
 自分も含めて、若い頃の方がこうしたすっきりした言い草に惹かれるのかも知れず、意外と熟年より若者向けなのかも。

 それと、23年ぐらい続いた「夏彦の写真コラム」(ほとんど文庫になっている)などを読むと、写真と文章のとりあわせのセンスの良さが感じられ、インテリア専門誌の編集長兼発行人だった人でもあり、本書の中にある「広告われを欺かず」という言葉などにも、業界人としての側面が窺えますが、そうした洗練された素地があって若い読者を惹きつけているのではないかとも。

 【2003年文庫化[文春文庫]】

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「雨あがる」の主人公と似ている「日日平安」(「椿三十郎」の原作)の主人公。

雨あがる 山本周五郎短篇傑作選.jpg 日日平安.jpg    椿三十.bmp 「椿三十郎」1962.jpg
雨あがる―山本周五郎短篇傑作選』 〔'99年〕/『日日平安』 新潮文庫/「椿三十郎 [DVD]

 『雨あがる―山本周五郎短篇傑作選』('99年/角川書店)は、山本周五郎(1903‐1967)の時代小説のうち、「日日平安」「つゆのひぬま」「なんの花か薫る」「雨あがる」の4編を所収し、これらは何れも黒澤明(1910-1998)監督が映画化した、或いは映画化しようとして脚本化していたものにあたります。

椿三十郎 三船 仲代.jpg椿三十郎パンフ.jpg 「日日平安」は、映画「椿三十郎」('62年/黒澤プロ=東宝)の原作('54(昭和29)年7月「サンデー毎日涼風特別号」発表)で、城代家老を陥れようとする次席家老ら奸臣たちに対し、城代の危難を救うべく起ち上がった若い侍たちを素浪人が助太刀するというストーリーは映画と同じ。但し、原作の助太刀浪人・菅田平野は、映画の椿三十郎のような神がかり的剣豪ではなく(映画の中の三船敏郎と仲代達矢の"噴血"決闘シーンは有名だが、原作にこうした決闘場面は無い)、どちらかと言うと、切羽詰ると知恵を絞って苦境を乗り切るタイプで、未熟な若侍たちをリードしながらも、結構自分自身も窮地においては焦りまくっていたりします。

「椿三十郎」 (黒澤プロ=東宝)
「椿三十郎」.jpg『椿三十郎』(1962).jpg 城代のグループを手助けすることになったついでに、あわよくば仕官が叶えばと思っているくせに、城代の救出が成ると自ら姿を消すという美意識の持ち主で、それでも一方で、誰か追っかけて来て呼び止めてくれないかなあなんて考えている、こうした等身大の人物像がユーモラスに描かれていて、読後感もいいです。
Tsubaki Sanjûrô(1962)
椿三十郎ポスター.jpg 黒澤明は最初は原作に忠実に沿って、やや脆弱な人物像の主人公として脚本を書いたのですが、映画会社に採用されず、その後映画「用心棒」('61年)が大ヒットしたためその続編に近いものを要請されて、一度はオクラになっていた脚本を、「用心棒」で三船が演じた桑畑三十郎のイメージに合わせて「剣豪」時代劇風に脚色し直したそうで、ついでに主人公の名前まで「菅田平野」→「椿三十郎」と、前作に似せたものに変えたわけです(映画の中では、主人公が自分でテキトーに付けた呼び名とされている)。

 原作に大幅に手を加えて原作をダメにしてしまう監督や脚本家は多くいますが、黒澤明の場合は第一級のエンタテインメントに仕上げてみせるから立派としか言いようがなく(この作品は昭和47年のお正月映画だった)、「原作を捻じ曲げて云々...」といった類のケチをつける隙がありません。

雨あがる.jpg 黒澤明の没後に小泉堯史監督により映画化された「雨あがる」('99年/東宝)の原作「雨あがる」('51(昭和26)年7月「サンデー毎日涼風特別号」発表)の主人公・伊兵衛も浪人ですが、こちらは柔術などもこなすホンモノの剣豪で、ただし、腕を生かして仕官したいのはやまやまだが、人を押しのけてまで仕官するぐらいなら妻と仲良く暮らせればそれでいいという人物。人助けの際に見せた自分の腕前が見込まれて士官が叶いそうになるが...。

雨あがる 特別版 [DVD]

雨あがる 00.jpg 映画化作品の方は、28年間にわたって黒澤の助手を務めたという経歴を持つ小泉堯史監督の監督デビュー作で、スタッフ・キャストを含め「黒澤組」が結集して作った作品でもあり、冒頭に「この映画を黒澤明監督に捧げる」とあります。

雨あがる01.jpg 元が中編でそれを引き延ばしているだけに、良く言えばじっくり撮っていると言えますが、ややスローな印象も。伊兵衛を演じた寺尾聡は悪くなかったけれど、脇役陣(エキストラ級の端役陣)のセリフが「学芸会」調だったりして、黒澤明監督ならこんな演技にはOKを出さないだろうと思われる場面がいくつかありました。
  
 日本アカデミー賞において最優秀作品賞、最優秀脚本賞(故・黒澤明)、最優秀主演男優賞(寺尾聡)、最優秀助演女優賞(原田美枝子)、最優秀音楽賞(佐藤勝)、最優秀撮影賞(上田正治)、最優秀照明賞(佐野武治)、最優秀美術賞(村木与四郎)の8部門の最優秀賞を獲得。但し、個人的には、セリフの一部が現代語っぽくなっている部分もあり、それが少し気になりました。これは黒澤作品でもみられますが(そもそも、この作品の脚本は黒澤自身)、黒澤監督作品の場合、骨太の演出でカバーして不自然さを感じさせないところが、この映画では、先のエキストラ級の端役陣の「学芸会」調のセリフも含め、そうした勢いが感じられませんでした。そのため、そうした不自然さが目立った印象を受けたように個人的には感じました。

 映画の「椿三十郎」と「雨あがる」の主人公は、剣豪という意味では同じであるものの人物造型はかなり違っている感じがしましたが、それぞれの原作においては、片や脆弱、片や剣豪、ただし、ついつい人助けをする人の良さや、自分の腕前や手柄に自分自身何となく気恥ずかしさのようなものを持っている点で、かなり通じる部分があるキャラクターだと言えるのではないでしょうか。また、こうした人物像に対する愛着が、山本周五郎と黒澤明の共通項としてあるような気がします。

三船敏郎、土屋嘉男、加山雄三、田中邦衛  
椿三十郎4b0.jpg「椿三十郎」●制作年:1962年●製作:東宝・黒澤プロダクション●監督:黒澤明●脚本:黒澤明/菊島隆三/小国英雄●撮影:小泉福造/斎藤孝雄●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「日日仲代達矢 椿三十郎.jpg平安」●時間:96分●出演:三船敏郎/仲代達矢/司葉子/加山雄三/小林桂樹/団令子/志村喬/藤原釜足/入江たか子/清水将夫/伊藤雄之助/久保仲代達矢・三船敏郎 椿三十郎o.jpg三船三十郎と仲代.jpg明/太刀川寛/土屋嘉男/田中邦衛/江原達怡/平田昭彦/小川虎之助/堺左千夫/松井鍵三/樋口年子/波里達彦/佐田豊/清水元/大友伸/広瀬正一/大橋史典●劇場公開:1962/01●配給:東宝(評価★★★★☆)
三船敏郎/仲代達矢

雨あがる-Press01.JPG雨あがるes.jpg「雨あがる」●制作年:2000年●製作:黒澤久雄/原正人●監督:小泉堯史●脚本:黒澤明/菊島隆三/小国英雄●撮影:上田正治●音楽:佐藤勝●原作:山本周五郎「雨あがる」●時間:96分●出演:寺尾聰/宮崎美子/三船史郎/吉岡秀隆/仲代達矢/原雨あがる 辻月丹 仲代達矢.jpg田美枝子/井川比佐志/檀ふみ/大寶智子/松村達雄/奥村公延/頭師孝雄/山口馬木也/森塚敏/犬山半太夫/鈴木美恵/児玉謙次/加藤隆之/森山祐子/下川辰平●劇場公開:2000/01●配給:東宝 (評価★★★)
仲代達矢(剣豪・辻月丹)


 「雨あがる」...【1956年単行本〔同光社〕/2008年文庫化[時代小説文庫]】 「日日平安」...【1958年単行本〔角川書店〕/1965年文庫化・1989年・2003年改版〔新潮文庫〕/2006年再文庫化[ハルキ文庫→時代小説文庫]】

《読書MEMO》
●「日日平安」...1954(昭和29)年発表 ★★★★
●「つゆのひぬま」「なんの花か薫る」...1956(昭和31)年発表 ★★★
●「雨あがる」...1951(昭和26)年発表 ★★★★

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逆境の中、ひたむき、愚直に生きる人間像。悲恋物語だが、爽やかさも覚える「柳橋物語」。

柳橋物語・むかしも今も.jpg 『柳橋物語・むかしも今も (新潮文庫)』(カバー:岡田嘉夫)
明暦の大火(「江戸火事図会」江戸東京博物館)
明暦の大火.jpg 1946(昭和21)年発表の「柳橋物語」は、上方に働きに出る〈庄吉〉に、幼さゆえの恋情で「待っているわ」と夫婦約束をした〈おせん〉が、江戸の大火(明暦の大火・1657年)で生活のすべてを失って記憶喪失になるまでショックを受ながらも、逃げのびる際に拾った赤子をわが子のように育てるものの、上方から戻った庄吉はそれを見て彼女の不義理ととる―という、たたみかけるような逆境に翻弄される一女性の人生を描いたもの。

 逆境においても常にひたむきなおせんもそうですが、普段は粗野なスタイルでしか彼女に接することができず、庄吉一途の彼女に嫌われながも、大火の混乱の中、彼女を助けつつ死んでいく幸太や、無愛想だが被災後の彼女の生活をこまめに助ける松造など、印象に残る登場人物が多かったです。庄吉さえも本来は悪い人物ではなく、この作品は運命のいたずらがもたらした悲恋の物語と言えますが、最後におせんは死者である幸太と捨て子だった幸太郎とで、固い絆で結ばれた家族を形成しようとしているようで、その決意に爽やかさを覚える読者も多いのではないでしょうか。

 下町の人情と風俗を巧みに描いている点はさすがですが、その合間に1703年から翌年にかけての赤穂浪士の切腹、江戸大火、元禄地震、利根川洪水などの史実が盛り込まれていて、とりわけ主人公たちの運命を大きく変える明暦の大火の描写は、被災者の目線に立った臨場感溢れるものになっています。この作品が昭和21年に発表されたことを思うと、戦災の記憶を蘇らせながら読んだ読者も当時多かったのでは。

 1949(昭和24)年発表の「むかしも今も」は、グズで愚直な指物師〈直吉〉が、傾きかけた親方の商売とその家の娘〈おまき〉を懸命に守ろうと努力する話で、直吉のおまきに対する献身は、おまきが後に目を病んで三味線で生計を立てようとするところなども含め、山本周五郎版『春琴抄』といった趣きもある作品。最後におまきは直吉に心を開きますが、そこに至るまでの過程は、『春琴抄』の佐助以上にストイックであるとも言え、そのためラストは「柳橋物語」以上にストレートなカタルシスがあります。

 「むかしも今も」の直吉の人物像は後年の『さぶ』に繋がるような気がし、一方「柳橋物語」は、より初期の『小説 日本婦道記』の流れを引いている感じもしますが、作品の厚み、凄みのような部分では「柳橋物語」の方が1枚上であるような気がします。

 【1964年文庫化・1987年改版〔新潮文庫〕】

《読書MEMO》
●「柳橋物語」...1946(昭和21)年発表 ★★★★☆
●「むかしも今も」...1949(昭和24)年発表 ★★★★

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加賀飛脚の男っぽい世界。「三度飛脚」のシステムがよくわかり、興味深かった。

かんじき飛脚.jpg 『かんじき飛脚』 (2005/10 新潮社) かんじき飛脚2.jpg 新潮文庫 〔'08年〕

 寛政の改革で知られる老中・松平定信は策謀家でもあり、加賀百万石・前田家の影響力を弱めるために、藩主・前田治脩(はるなが)の内室が重篤の肝ノ病であるという情報を得ると、正月の賀宴に治脩をわざと内室同伴で招待し、側室が参勤交代制における幕府の人質としての役割を果たさないことを公にして前田家を容喙しようと画策。
 ちょうど江戸・前田屋敷では肝臓病の特効薬「密丸」が底を尽きかけていて、これを金沢から江戸まで届ける密命が金沢・浅田屋の「三度飛脚」と呼ばれる加賀飛脚の男たちに託されるが、その行く手には定信の御庭番(隠密)たちが待ち受ける―。

世直し大明神 おんな飛脚人.jpg 飛脚を扱ったものでは、出久根達郎の『世直し大明神-おんな飛脚人』('04年/講談社)というのがあり、NHKの金曜時代劇にもなりましたが(「人情とどけます〜江戸娘飛脚〜」)、あれは町飛脚で、今で言えばバイク便、こちらは定飛脚で、今で言えば長距離ライナー便といったところで、佐川急便どころか加賀鳶の上をも行く男っぽい世界が、加賀飛脚の金沢と江戸のそれぞれの組頭である弥吉と玄蔵の2人の友情を軸に展開される物語です。
 金沢と江戸の間を月に三度走るため「三度飛脚」と言ったそうですが、時代物によく出てくるのは江戸と京都を結ぶものではないでしょうか。
 この小説を読んで、当時の情報インフラとしてのそのシステムがよくわかり(売れっ子作家なのにここまで下調べしているのは立派)、越後親不知など命がけの難所もあったのだなあと。

ホワイトアウト.jpg 内部に密偵がいたりして、クライマックスの追分の猟師たちが加勢しての隠密との闘いも読んでいてハラハラドキドキさせられます(雪中の対決は、真保裕一の『ホワアイトアウト』('95年/新潮社)を思い出しました。ともにアクション映画っぽい感じが似ている)。
 ただし、読み終わると結構早く冷めてしまう類の小説だったかも。
 庶民(飛脚や猟師)vs.武家社会という構図ですが、飛脚たちだって、浅田屋のバックには加賀藩があるわけだし、むしろ猟師たちの方が純粋?

 因みに「浅田屋」は、小説にある通り、初代伊兵衛が加賀藩から「三度飛脚」の任を拝したことに端を発する今も続く老舗旅館で、高級料亭「加賀石亭」なども系列です(以前金沢に住んでいたとき、よく前を通ったが、中にはいる機会は一度も無かった)。

 【2008年文庫化[新潮文庫]】

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カタルシスはあるがご都合主義的な部分も。「豆腐」対決が面白く、丹念な取材の跡が。

あかね空.jpgあかね空 (文春文庫)』〔'04年〕あかね空m1.jpg あかね空m2.jpg 映画「あかね空」(2007年/角川映画)監督:浜本正機/出演:内野聖陽・中谷美紀・中村梅雀

 2001(平成13)年下半期・第126回「直木賞」受賞作。

 前半は、上方から深川蛤町の裏長屋へ単身やって来た豆腐職人・永吉が、最初自らの作る京風の豆腐が売れずに苦労するものの、その彼を親身になって支える桶屋の娘・おふみとやがて所帯を持つようになり商売を軌道に乗せていく話で、後半は、夫婦の間にできた3人の子どもたちが成長し、ただし両親がそれぞれに子どもを贔屓したために家族の関係がギクシャクしていく江戸時代版ホームドラマのような展開に―。

 前半は、枠組みとしては割合パターン化した人情噺という感じですが、「豆腐」対決みたいな面白さが1つ軸となっているために引き込まれました。
 後半は、「誰々のために誰々が死んだ」とかいう思い込みから抜けられない主人公たちに少しうんざりさせられましたが、最後にきっちりクライマックスを持ってきて、全体を通して読者のカタルシスをちゃんと計算しているなあと。

 主要な登場人物が生まれた年代を特定していて、そのことにより細部において時代考証の誤りを専門家から指摘されたりもしている作品ですが、登場人物たちの数奇な因縁をきっちり繋ぐ役割も果たしていて、何よりも豆腐作りの細部にわたっての描写が、作者の下調べの綿密さを窺わせます。

 直木賞選考で一番この作品を推していたのは平岩弓枝氏で、やはりこうした背景描写の苦労を知ってのことではないでしょうか。
 ただし、前半部で夫婦は、商売敵だけど本当は"いい人"だった職人さんに助けられ、後半部でもその子どもたちが侠気な親分さんとかに諭されて―。
 こうした"いい人"たちが、都合のいい時に登場するような気がして、お話の上のことだとしても、この人たちの助けがなかったら自壊しているんじゃないか、この家族は、と思わざるを得ませんでした。

 【2004年文庫化[文春文庫]】

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「●日本のTVドラマ (90年代~)」の インデックッスへ(「銀行 男たちのサバイバル」)

わかりやすい展開でクライマックスの合併推進派と反対派の対決へ持っていく企業ドラマ。

銀行 男たちのサバイバル.jpg  銀行 男たちのサバイバル1.jpg   銀行 男たちのサバイバル2.jpg   銀行 男たちのサバイバル4.jpg  銀行男たちのサバイバル9L.jpg
日本放送出版協会(単行本ソフトカバー版)/『銀行 男たちのサバイバル』(NHKライブラリー)['97年]/文春文庫 〔'00年〕/NHKドラマ「銀行 男たちのサバイバル」橋爪功・小林稔侍・中村敦夫 [Kindle版] 『銀行男たちのサバイバル
 バブル崩壊後の不良債権に喘ぐ都市銀行が舞台。独立系都銀中位行である三洋銀行の名古屋支店長・長谷部、総合企画部長・石倉、業務推進部長・松岡の3人は同期生だが、ある日、同期トップを走っていたエリート支店長が過労死し、それとほぼ時を同じくして、ライバルである富蓉銀行との合併話がもちあがり、期せずして3人とも合併プロジェクトのメンバーとなる。そのことにより重役レースの最前線に躍り出た彼らは、合併推進派と反対派の間で揺れるが、その背後には、現・旧の頭取のそれぞれの思惑や監督官庁・大蔵大臣の意向も絡んでいる―。

 '93年に単行本刊行されたもので、銀行合併の画策とそれに対する反攻を描いたものでは、高杉良の『大逆転!-小説三菱・第一銀行合併事件』('80年)などがありましたが、冒頭「貸し渋り」の場面から始まるこの小説は、バブル崩壊が'91年4月であったことを思うと、かなり切実感があります。

 歴史小説などもこなす作者ですが、出身が東京相和銀行(現・東京スター銀行)ということもあり、やはり銀行モノが原点(東京相和はかつてトップがワンマンだったことで知られ、バブリーなホテルなども経営していましたが、バブル崩壊で破綻した)。

 キャラクターがくっきり描き分けられていて、同期の仲間意識とライバル意識の混ざったような関係も自然だし、サバイバルレース的な話ではありますが、登場人物のうちの何人かは、組織に囚われない自分なりの生き方を選択していているのがよく、読後感も悪くありません。

 わかりやすい展開でクライマックスの合併推進派と反対派の対決へ持っていく筆の運びは、経済小説というよりは企業ドラマという感じでしょうか。ただし、ラストは、その後さらに進んだ銀行業界の再編を暗示していて予言的でもあります。

銀行 男たちのサバイバル nhk.jpg '94年1月にNHKでドラマ化されていて(この小説自体がドラマ化を前提に書かれたもの?)、主人公の長谷部を小林稔侍、切れ者の総合企画部長・石倉を中村敦夫、日黒木瞳.jpg和見的な業務推進部長・松岡を橋爪功がそれぞれ好演し、ラストで思わぬセリフを口にする副頭取は児玉清、女性初というMOF担は黒木瞳がやってましたが、それらもハマっていました(「MOF担」そのものは、官民癒着を助長するものとして廃止されたぐらいだから、ややキレイに描かれすぎている感じもあるが...)。

「銀行 男たちのサバイバル」DVD(廃盤)

銀行 男たちのサバイバル1.jpg銀行 男たちのサバイバル2.jpg銀行 男たちのサバイバル3.jpg「銀行 男たちのサバイバル」●演出:岡崎栄/原田和典●制作:小林由紀子●脚本:仲倉重郎●音楽(タイトルテーマ曲):五輪真弓「空」●出演:小林稔侍/橋爪功/中村敦夫/黒木瞳/鈴木瑞穂/児玉清/河原崎建三/穂積隆信/伊藤真/夏目俊二/伊藤栄子/吉野由樹子/桂春之助/古柴香織/杉山亜矢子/大寶智子/青空球一/倉石功●放映:1994/01(全3回)●放送局:NHK

 【1997年ソフトカバー版[日本放送出版協会]/2000年文庫化[文春文庫]】 

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無駄の少ない文体で、翻訳文学の影響も。当時としては新味があった。

ベッドタイムアイズ/山田詠美.jpg 『ベッドタイムアイズ (河出文庫)』 ['87年] ベッドタイムアイズ.jpg 『ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨 (新潮文庫)』  〔96年〕

 1985(昭和60)年第22回「文藝賞」受賞作品。

 酒場の女性シンガーが黒人兵士を養っている話で、性描写が多いこともあり話題になりましたが、その描かれ方は時にエロチックで時に侘びしいけれども、下卑たものは感じられず、最後は切なく終わるものでした。

 巻末に「文藝賞」の選評があり、江藤淳大江健三郎『飼育』と比較して「人生を感じさせる」と褒めていますが、もともと『飼育』と比べるには時間的に差がありすぎるのでは(脱走兵という意味では『飼育』と似ているが、この小説のとろんとしたヤク中みたいな感じの黒人は、実はけっこうスルドイ男だったりするし)。ただし、なるほど、"黒人"もそうですが"飼育する"というモチーフは、この人の他の初期作品にも見られるなあと。

小説の羅針盤.jpg 作家の池澤夏樹氏が、「スプーン(黒人の名前)は私をかわいがるのがとてもうまい。ただし、それは私の体を、であって、心では決してない」という書き出しに、この作品によって伝えたいと作者が願ったことの核心が余すことなく凝縮されていると述べていますが(『小説の羅針盤』('95年/新潮社)所収)、まさにその通りで、そうした体と心の乖離に対する真摯な探究心のようなものが、この作品が"倫理的"であると評価されたりもする所以でしょうか。

池澤夏樹 『小説の羅針盤』 ['95年/新潮社]

 無駄の少ない文体は川端康成の影響なども言われていますが、「あたし、今、トーストの上のバターよ」とか、「あんたを見る度にあたしの心はジェリイのように揺れる」「オレはスロットマシーンでスリーターを出した気分だよ」などといった表現は翻訳文学の影響がありありで、そのあたりのとりあわせの妙とでも言うべきか(ただし、今現在においてはさほど新味はない)。

 河野多惠子氏は本作を、女流文学が変革期に入る時期を象徴する作品としていますが、芥川賞を受賞した金原ひとみ氏なども影響を受けた作家の1人がこの人だそうで、読み直してみて逆に既視感があるのはそうしたせいでもあるのかも。

 本作に続く『ソウル・ミュージック・ラバーズ・オンリー』で直木賞を受賞した作者ですが、結局、芥川賞の選考委員になっています。

 【1987年文庫化[河出文庫]/1996年再文庫化[新潮文庫(『ベッドタイムアイズ・指の戯れ・ジェシーの背骨』)]】

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「●日本のTVドラマ (~80年代)」の インデックッスへ(「あ・うん」)

「文字がそんなに詰まっているわけではないのに、味わえる密度は高い」という感じ。

あ・うん 向田邦子 装丁・中川一政.jpg 『あ・うん (1981年)』(装丁・中川一政)あ・うん2.jpg 『あ・うん (文春文庫)』〔83年〕 
ドラマ人間模様「あ・うん」(NHK/'80.3.9〜3.30、全4回)
ドラマ人間模様「あ・うん」('80.3.9~3.30).jpgあ・うん obi.jpg 中小企業の社長で男気があり遊びも派手な門倉と、社命で転勤を繰り返す普通のぱっとしないサラリーマン水田という2人の男の友情に、水田の妻たみに対する門倉のプラトニックな想いが絡む、奇妙な三角関係の話です。

 何度かTVドラマ化され映画化もされているので、この状況設定はよく知られているのではないでしょうか。'00年にTBSの新春ドラマで久世光彦演出のもと小林薫主演で放映されましたが、個人的には、作者自身が脚本も手掛けた'80年のフランキー堺・杉浦直樹主演のNHKのもの方がいいと思いました('89年の映画化作品では高倉健・坂東英二が主演)。

 以前に読んで、会話主体のムダの無い文章で人物像や状況を浮き彫りにしていくうまさに感心させられましたが、小説よりドラマの方が先だったことを思うと、なるほどという感じもしました。と言うことは、優れた「脚本」であるということになるのでしょうか? しかし、読み返してみて、やはり「小説として」良くできていると思いました。著者は小説に関しては「遅筆」だったそうですが、単純稚拙な言い方をすれば、「文字がそんなに詰まっているわけではないのに、味わえる密度は高い」小説です。

 かなりドロドロしたものを孕んだ作品のように思え、門倉や水田という人物に対しても無条件で好きになれるわけではないのですが、ほんわかしたユーモアが随所に効いているせいか、読み進むうちにだんだん登場人物に愛着が出てくるから不思議です。たみに叱られているときが門倉にとっての至福のときである、などというのはユーモアの中にも作者の鋭い人間観察眼が窺えます。

 水田・門倉の男2人の「こまいぬ」のような関係が印象に残りますが、水田の娘さと子の初恋や父初太郎の山師ぶりなどを通して、戦局に向かう時代背景や戦前の三世代同居の家族像というものも描いているかと思います。

 さと子の成長物語でもあり、最後の方で水田も強くなる。しかし、強がるばかりに2人の男の友情は...、とちゃんとクライマックスのあるエンタテイメントに仕上げていて、この先2人の男がどうなるかも暗示されている話だったのだなあ。

あ・うん フランキー 杉浦.jpgあ・うん NHK.jpg「あ・うん」●演出:深町幸男/渡辺丈太●制作:土居原作郎●脚本:向田邦子●音楽(効果):大八木健治/岩田紀良●出演:フランキー堺/杉浦直樹/吉村実子/岸田今日子/岸本加世子/池波志乃●放映:1980/03(全4回)●放送局:NHK

 【1983年文庫化・2003年改訂[文春文庫]/1991年再文庫化(シナリオ版)[新潮文庫]/2009年再文庫化(シナリオ版)[岩波現代文庫]】

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「●「直木賞」受賞作」の インデックッスへ

少ない紙数で鋭く描き切る筆力。かなり"ブラック"なものもある。

思い出トランプ2.jpg思い出トランプ.jpg   男どき女どき.jpg  向田邦子2.jpg 向田邦子(1929‐1981)
思い出トランプ』新潮文庫 〔83年〕『男どき女どき (新潮文庫)』(表紙カット:風間 完)
『思い出トランプ (1980年)』
思い出トランプ tannkoubon.jpg 1980(昭和55)年上半期・第83回「直木賞」受賞作の「かわうそ」「犬小屋」「花の名前」を含む向田邦子(1929‐1981)の短編集。

 雑誌連載中に直木賞を受賞した3作を含むこの「思い出トランプ」所収の13篇や、航空機事故のため絶筆となった「男どき女どき(おどきめどき)」の4編(新潮文庫『男どき女どき』に所収)は、昭和という時代の家族や家庭への郷愁を感じさせる一方で、日常生活にふと姿を現す、封印したはずの過去の思い出や後ろめたさのようなものが、うまく描かれています。

 かなり"ブラック"なものもあり、冒頭の「かわうそ」もその1つだと思います。

『思い出トランプ』『男どき女どき』.JPG 定年後、家に自分の居場所のないような気分でいる夫に対して、生活場面や人付き合いにおいてどこか生き生きとしてくる妻。夫は最近に脳卒中で倒れたことがあり、発作の再発を恐れているが、そうした夫から見ると、生活上のイベントに奔走する妻が、獲物をコレクションするという"かわうそ"に、その風貌も習性も似て見えてくる。そしてある日、気付く。自分の病気という不幸さえも、妻から見れば...。

 『男どき女どき』の冒頭の「鮒」もいいです。

 42歳のサラリーマンで、妻と娘と息子のいる家庭人たる主人公の自宅の台所に、ある日突然何者かが一匹の鮒が入った盥を置いていくが、それは、以前は週一で通うほどに付き合っていたが今は別れた35歳の愛人女性と、まだ付き合っていた時分に飼うことにした鮒だった。息子は、家でその鮒を飼うと言って譲らない―。

 主人公が鮒に向かって、愛人と鮒に名付けた「鮒吉」という名前で呼びかけた時、後ろに妻がいたというのが、結末から振り返ると、あたかもミステリの伏線のようでもあり、これもちょっと怖いなあ

 今まで見えなかった夫婦や家族の位相のようなものが、あるとき突然に姿を現す―。
 こうしたヒヤッとした感じに読者を陥れる人間心理への通暁ぶりといい、人生のテーマを少ない紙数で鋭く描き切る筆力といい、脱帽させられます。

 直木賞受賞のとき選考委員だった山口瞳は、「選者よりうまい候補者に出会うのは驚きであり、かつ、いささか困ることでもある」と絶賛したそうです。

 【1983年文庫化[新潮文庫]】

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「●あ行の日本映画の監督」の インデックッスへ「●は行の日本映画の監督」の インデックッスへ「●「キネマ旬報ベスト・テン」(第1位)」の インデックッスへ(「泥の河」)「●「芸術選奨新人賞(映画監督)」受賞作」の インデックッスへ(小栗康平)「●加賀 まりこ 出演作品」の インデックッスへ(「泥の河」「道頓堀川」)「●殿山 泰司 出演作品」の インデックッスへ(「泥の河」)「●山﨑 努 出演作品」の インデックッスへ(「道頓堀川」)「●大滝 秀治 出演作品」の インデックッスへ(「道頓堀川」)「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(旧・第一生命ホール)インデックッスへ(吉祥寺松竹)「○存続中の映画館」の インデックッスへ(キネカ大森) 

正統派の抒情文学。「泥の河」と、その映画化作品にはグッときた。
「泥の河」.jpg  映画 「泥の河」.jpg 螢川 (1978年) 200_.jpg  道頓堀川 dvd 1.jpg
蛍川 (角川文庫)』映画「泥の川」タイアップカバー版 小栗康平監督「泥の河」(1978)『螢川』(筑摩書房) 「あの頃映画 「道頓堀川」 [DVD]
蛍川・泥の河 (新潮文庫)
『螢川・泥の河』.JPG泥の河-2.jpg 単行本『螢川』の刊行は'78年で、太宰治賞の「泥の河」と芥川賞の「螢川」の中篇2作を所収しています。「螢川」は思春期を、「泥の河」は少年期を扱っていますが、30歳で書いたというわりには、抒情性豊かな正統派文学に仕上がっているように思えました(さすが、後に芥川賞の選考委員になるだけのことはある?)。

 それぞれの舞台となる大阪と富山は、作者が5歳から9歳まで大阪に育ち、その後父親の仕事の関係で一時富山に移り住んだことに符号します。作者の家庭は、父親の事業の失敗などにより惨憺たるものであったらしいけれど、そうしたことが大学受験浪人の時に海外文学に耽溺する契機となり、作家・宮本輝を形成していったのではないでしょうか。

泥の河.jpg 「川」は流転の象徴であり、作者の小説には運命に翻弄される人々が時に生々しく描かれています。「螢川」「泥の河」のどちらも傑作だと思いました。芥川賞作品の「螢川」は、ホタルを少女に見せようとする少年の思いを透明感をもって描こうとしていて「性の目覚め」がモチーフにあって甘酸っぱささがあり、一方、「泥の河」の方は、下町の少年と錨船に住む母子との交流と別れを描いたもので、こちらの方は主要人物の年齢が低いせいか、鼻の奥にツンとくるような、ストレートに切ない読後感でした。

小栗 康平 「泥の河」2.png 「泥の河」は1981年に小栗康平監督で映画化され、第55回キネマ旬報ベストテンで第1位に選ばれましたが、最初に映画の製作発表の記者会見を行った際は、取材に来たマスコミは2社だけで、当初は上映館もなかなか決まらず自主上映だったとのとです。

「泥の川」田村高廣/藤田弓子

 朝鮮動乱の新特需を足場に高度経済成長へと向かおうとしていた昭和31年の大阪安治川河口が舞台。ある朝、河っぷちの食堂に住む食堂の息子、信雄(朝原靖貴)は置き去りにされた荷車から鉄屑を盗もうとしていた少年、喜一(桜井稔)に出会う。喜一は、対岸に繋がれているみすぼらしい舟に住んでおり、信雄は銀子(柴田真生子)という優しい姉にも会った。信雄の父、晋平(田村高広)は、夜、あの舟に行ってはいけないという。しかし、父と母(藤田弓子)は姉弟を夕食に呼んで、温かくもて泥の河-2-3.jpgなした。楽しみにしていた天神祭りがきた。初めてお金を持って祭りに出た信雄は人込みでそれを落としてしまう。しょげた信雄を楽しませようと喜一は強引に船の家に誘った。泥の河に突きさした竹箒に、宝物の蟹の巣があった。喜一はランプの油に蟹をつけ、火をつけた。蟹は舟べりを逃げた。蟹を追った信雄は窓から喜一の母(加賀まりこ)の姿を見た。裸の男の背が暗がりに動いていた。次の日、喜一の舟は岸を離れた。信雄は「きっちゃーん!」と呼びながら追い続けた-。

「泥の河」    .jpg「泥の河」  .jpg 原作の"原色の街"のイメージに反して映画は白黒映画で、それがかえって良く、昭和31年の大阪下町のひと夏をノスタルジックに描いていました。蟹に油を塗って火をつけ遊ぶ2人の少年が、船べりを逃げる蟹を追って眼にしたものは―、ラストの「きっちゃーん」という少年の呼びかけに応えることなく出て行く"船"―等々。
映画 「泥の河」ポスター
泥の河 ポスター.jpg 信雄の父、晋平(田村高廣)には実は前妻がいて、母親(藤田弓子)が父親と結ばれた経緯が信雄を妊娠したことを契機とする略奪婚であり、その前妻が死に目に信雄に会いたがっているので京都の病院まで見舞いに行き、そこで後妻が前妻に謝る―というのは原作には無い設定ですが、その辺りは多分に「螢川」のストーリーを下敷きにしているようです。こうした原作からの改変こそありましたが、夏の強い日差しを表すコントラストの強い画面や、子ども目線でのカメラ位置などの効「泥の河」 加賀.jpg泥の河 加賀まりこ.jpg果的な技巧が窺え、出演者の演技もベテラン、子役ともになかなか良かったです。特にラストはグッときます。登場場面が数カットしかなかった加賀泥の川.bmpまりこ(当時の加賀まりこは多忙を極め、スケジュールの合間をぬって僅か6時間で彼女の出る全シーンを撮泥の河 映画es.jpg小栗 康平 「泥の河」3.jpgった)が「キネマ旬報助演女優賞」を受賞しましたが、確かに情感たっぷりの堂々たる演技ぶりでした。
泥の河〓81東映セントラル〓 [VHS]

スティーブン・スピルバーグ5Q.jpg 但し、個人的に思うに、一番上手かったのは子役達ではなかったかと(特に、姉弟の姉の方を演じた柴田真生子がいい)。この映画の子役の演技にはスティーブン・スピルバーグも感嘆し、演出の秘密を知ろうとして来日時に小栗康平に面会を求めたそうです。


映画 道頓堀川 0.jpg ちくま文庫版は「川三部作」として、「泥の河」「螢川」に加えて「道頓堀川」が収録してしますが、こちらは、両親を亡くした大学生の主人公・邦彦が、生活の糧を求めて道頓堀の喫茶店に住み込んだところ、邦彦に優しい目を向ける店主の武内は、実はかつてビリヤードに命をかけ、妻に去られた無頼の過去を持つ男であり、邦彦もビリヤードを巡る男の勝負の世界へ没入していくというもの。

「道頓堀川」松坂慶子/真田広之

 「螢川」の主人公が思春期の終わり頃にあるとすれば、こちらは青年期の始めになりますが、それ以上に前2作とは雰囲気が違ったようにも思います。そう感じるのは、深作欣二(1930-2003)監督による映画化作品「道頓堀川」('82年/松竹)を観たせいもあるかもしれません。真田広之主演ということもあって、後に観た和田誠監督の「麻雀放浪記」('84年/東映)とイメージがダブりました(妻や愛人をかたに賭け事をするエピソードなど共通項多し)。松坂慶子が出ていることもあって深作欣二のこの次の監督作「蒲田行進曲」('82年/松竹)ともダブったりしましたが、原作よりウェットな感じになっていて、作者独特のドロった背景の中にもある透明感のようなものが感じられなかった気がします。映画の方はあくまで、深作欣二監督の作品として観るべきものだったのかも(深作欣二監督は、「道頓堀川」と「蒲田行進曲」の"合わせ技"で、この年の毎日映画コンクール監督賞を受賞している)。

泥の河00.jpg泥の河images.jpg「泥の河」●制作年:1981年●監督:小栗康平●脚本:重森孝子●撮影:安藤庄平●音楽:毛利蔵人●原作:宮本輝●時間:105分●出演:田村高廣/藤田泥の河01.jpg弓子/朝原靖貴/桜井稔/柴田真生子/加賀まりこ/殿山泰司/芦屋雁之助/西山嘉孝/蟹江敬三/八木昌子/初音泥の河 殿山泰司9.JPG泥の河 芦屋雁之助.jpg礼子●劇場公開:1981/01●配給:東映セントラル●最初に観た場所:日比谷・第一生命ホール(81-05-22)●2回目:池袋・テアトル池袋(82-07-24)(併映:「駅 STATION」(降旗康雄))●3回目:キネカ大森(85-02-02) (評価★★★★☆)
殿山泰司(屋形船の男)/芦屋雁之助(荷車の男)
キネカ大森2.jpg
第一生命館.jpg旧・第一生命ホール(左) 1952年9月15日、第一生命館6Fにオープン、1989年閉館。2001年11月、晴海アイランド・トリトンスクエアに2代目第一生命ホールオープン キネカ大森(右) 1984年3月30日、西友大森店内に都内初のシネコンとしてオープン(3スクリーン)
     
道頓堀川 ポスター.jpg映画 道頓堀川 1.jpg「道頓堀川」●制作年:1982年●監督:深作欣二●製作:織田明/斎藤守恒●脚本:野上龍雄/深作欣二●撮影:川又昂●音楽:若草恵(テーマ曲:上田正樹「哀しい色やねん」)●原作:宮本輝●時間:130分●出演:松坂道頓堀川 山崎努.jpg慶子/真田広之/佐藤浩市/古館ゆき/大滝秀治/渡瀬恒彦/山崎努/柄本明/カルーセル麻紀/加賀まりこ/名古屋章/片桐竜次/加島潤/成瀬正/岡本麗●劇場公開:1982/06●配給:松竹●最初に観た場所:吉祥寺松竹(82-07-04) (評価★★★)
渡瀬恒彦・佐藤浩市・真田広之/大滝秀治
道頓堀川  watase .jpg 大滝秀治 道頓堀川.jpg
加賀まりこ
加賀まりこ 道頓堀川.jpg 道頓堀川8.jpg

[下写真]吉祥寺スカラ座・吉祥寺オデヲン座(旧・吉祥寺松竹)・吉祥寺セントラル・吉祥寺東宝
吉祥寺オデヲンhoka.jpg吉祥寺オデヲン座 .jpg吉祥寺松竹/吉祥寺オデヲン座 1954(昭和29)年、吉祥寺駅東口付近に「吉祥寺オデヲン座」オープン。1978(昭和53)年10月、吉祥寺オデヲン座跡に竣工の吉祥寺東亜会館地下1階に「吉祥寺松竹オデヲン」オープン(5階「吉祥寺セントラル」、3階「吉祥寺スカラ座」、2階「吉祥寺アカデミー」(後に「吉祥寺アカデミー東宝」→「吉祥寺東宝」)、地下1階「吉祥寺松竹オデヲン」(後に「吉祥寺松竹」→「吉祥寺オデヲン座」)。 2012(平成24)年1月21日、同会館内の全4館を「吉祥寺オデヲン」と改称。 2012(平成24)年8月31日、地階の前 吉祥寺オデヲン座(旧 吉祥寺松竹)閉館。

吉祥寺東亜会館
吉祥寺オデオン.jpg吉祥寺オデヲン.jpg 

泥の河・螢川・道頓堀川 (ちくま文庫)00_.jpg【1978年単行本[筑摩書房(『螢川』)]/1980年文庫化[角川文庫(『螢川』)]/1986年再文庫化[ちくま文庫(『泥の河・螢川・道頓堀川』)]/1994年再文庫化・2005年改版[新潮文庫(『螢川・泥の河』)]】 

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2700年前の友情物語。才能を見抜く力、人を信じる力の重要さもテーマと言えるかも。

管仲上.jpg 管仲下.jpg  『管仲 上』 『管仲 下』 (2003/04 角川書店)
管鮑の交わり.jpg
 中国の春秋時代の最初の覇者となった斉の桓公に仕えた名宰相・管仲と、彼を桓公に補佐役として推挙した鮑叔(ほうしゅく)の、"管鮑の交わり"として知られる友情を描いた作品(「2700年前の友情」ということになる)。

 不遇時代を送っていた管仲は、幼馴染みの鮑叔に招かれ斉の国に来ますが、斉の襄公は血縁の妹・文姜と交わる一方、誅殺と暴虐を重ねるなど非道の圧政者で、その弟の公子糾や公子小白は、誅殺を逃れるために亡命、やがて襄公は公孫無知に暗殺され、その公孫無知もまたすぐに暗殺される事態となって、公子糾に仕えていた管仲と公子小白に仕えていた鮑叔は、君主の座をめぐる相続争いで対峙しなければならなくなる―。

 管仲は公子小白に弓矢を引きますが、その矢は小白の帯鉤((ベルトのバックル)に当たって小白は助かり、やがて公子糾を破り斉の桓公となった小白が、鮑叔の進言により敵方だった管仲を罰せずに宰相として起用した結果、その政治・経済・軍事面での天才ぶりに助けられて斉の国を復興、後に春秋五覇と言われる覇者の最初の1人となったのは有名な話。
 物語は、謎の多い管仲の前半生を鮑叔との運命的な出会いから語り起こしていて、共に商売したり遊学したりしつつ双方絆を深め、お互いを高めあっていく様が爽やかです。

 管仲が過去の悲恋体験から心に闇を抱えた人物として描かれている一方で、鮑叔が早くから管仲の天才を見抜き、その能力がいつか発揮できるようにと、常に明るく鷹揚に管仲をバックアップしているのが印象的でした。
 鮑叔自身も、主人の小白の首府脱出行を完璧に遂行するなど、度量と才覚のある人物で、一端の野心家なら自分が宰相になろうとするところですが、管仲の才能に絶大の信を置き、国治において彼は敵わないと思っている、この謙虚さが良く、むしろ管仲を通じて自分がやりたかった国づくりというものを十二分に実現したと言えるのではないでしょうか。

 一方で、公子糾のように管仲を傍に置きながらその才能の凄さがわからなかった人もいて、「友情」は確かにこの作品の主テーマですが、「才能を見抜く力」「人を信じる力」の重要さももう1つのテーマとなっている作品だと思います。

 【2006年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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風洪(後の大商人「白圭」)の義侠心が爽やか。ミステリ的要素も含んだエンタテインメント。

孟嘗君 1.jpg 孟嘗君 2.jpg 孟嘗君 3.jpg 孟嘗君 4.jpg 孟嘗君 5.jpg 『孟嘗君〈1〉』 『孟嘗君〈2〉』 『孟嘗君〈3〉』 『孟嘗君〈4〉』 『孟嘗君〈5〉』 (全5巻)
『孟嘗君』中日新聞連載.jpg
 中国戦国時代、紀元前4世紀半ば頃、斉の王族であり政治家でもある田嬰は、妾・青欄に産ませたわが子を殺すように命じるが、青欄はその子を庭師の僕延に託し、僕延は斉の警察長官の職にありながら実は反体制派である射弥(えきや)にその子を託す。そこには別に女の赤ん坊もいたが、僕延が射弥宅を再訪したときは射弥は殺され、赤ん坊は2人とも消えていた。その2人の赤ん坊のうち、「文」という刺青のある男児の方は、没落貴族の末裔で隊商の用心棒をしていた風洪という男に救われ、風洪は赤ん坊の出自がわからないままにその子をわが子として育てることになるが、女児の方は一体どうなったか―。

 中日新聞や神戸新聞などブロック紙・地方紙に連載された小説で、"食客三千人"で有名な孟嘗君(田文)が主人公の話ですが、単行本全5冊の物語の前半は、その育ての親で任侠の快男児・風洪(後の大商人「白圭」)を中心に展開され、第1冊は風洪の義弟となる公孫鞅が秦に仕官するまでの話(公孫鞅は後の「商鞅」、法治国家・秦の土台づくりをする人物)、第2冊は風洪の志学編といったところで、斉巨、鄭両といった豪商との交わり、罪人となっていた孫臏(孫子)の救出劇、第3巻はその孫臏の軍神的活躍を描き、第3冊の中盤ぐらいから、白圭の下で育ち天才軍師・孫臏を師とする田文が徐々に頭角を現し、以降第5冊にかけて、田文が中国全土に影響を及ぼす大政治家になるまでを描いています。

 前半は活劇風冒険譚といった感じで楽しめ、風洪の陽性の侠気が快く、後半は複雑な国家情勢の中で、常に人民を思いやる政治姿勢を貫く田文とそれを助ける食客たちの活躍がよく(その1つが"鶏鳴狗盗"の故事として伝えられる出来事)、また全体を通して様々な登場人物が数奇な運命の糸に操られながらも風洪・田文という2人の主人公に収斂していく様が、ミステリ的要素も含んだエンタテインメント性の高い物語として結実しています。

 国内の権力抗争や他国との合従連衡などは企業小説的な読み方も出来て、諸国を巡る論客である蘇秦や張儀、孟軻(孟子)などはいわば経営コンサルタント、斉・魏・秦の宰相となった田文はヘッドハンティングされる経営スペシャリストのような観もありますが、そういう読み方をする際にも忘れてはならないのは、田文に受け継がれた白圭の社会奉仕の精神でしょう(これはドラッカーの「企業は社会のものである」という考え方の先駆ともとれる)。
 白圭が臨終において田文に語る「助けてくれた人に礼をいうより、助けてあげた人に礼をいうものだ」という言葉が、単に言葉上のものでなく実を伴ったものとして伝わってきます。

 【1998年文庫化[講談社文庫(全5巻)]】

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洞爺丸事故を7年繰り上げた大胆さ。心筋梗塞後の作者がワープロ練習用に選んだ作品。

飢餓海峡 上.jpg 飢餓海峡下.jpg    飢餓海峡dvd.jpg  飢餓海峡1シーン.jpg
飢餓海峡(改訂決定版) 上』『飢餓海峡(改訂決定版) 下』〔'05年〕 『飢餓海峡 [DVD]』(三國連太郎(中)/伴淳三郎(左)/高倉健(右))
飢餓海峡(上) (新潮文庫)』『飢餓海峡(下) (新潮文庫)
飢餓海峡(上) (新潮文庫).jpg飢餓海峡(下) (新潮文庫).jpg飢餓海峡(ポスター).jpg 昭和22年秋、台風のため青函連絡船・層雲丸の転覆事故が起き、必死の救助活動が行われる中、3人の復員服姿の男が台風で不通になった列車から飛び降り、転覆事故の混乱に紛れ、本土へ向けて夜の海峡を船を漕いでいた。台風が去った後、転覆した層雲丸の乗客の遺体が次々と収容されるが、引取り人のいない遺体があり、収容遺体は実際の乗客数より2体多かった。一方、同じ台風の中、函館市内て質屋が全焼する火事があり、焼け跡から質屋一家の他殺体が発見され、質屋一家強盗殺人事件と、転覆事故の乗船者数より多い2体の遺体が結びついた―。

飢餓海峡2.jpg [映画]函館署のベテラン刑事の弓坂(伴淳三郎)は、亡くなった男2人と行動を共にしていた犬飼太吉なる大男の行方を粘りつよく捜索を続け、その男・犬飼太吉(三國連太郎)と思われる男と一夜を共にした女郎・杉戸八重(左幸子)の存在を突き止める―。

 水上勉(1919‐2004)(ミナカミベンと呼ぶ人もいるが本来は「みずかみ・つとむ」と読む)の代表作で、内田吐夢(1898‐1970(うちだ・とむ)監督による映画化作品も、様々なアンケートでいつも歴代邦画のベストテンに入っている、そうした評価に相応しい力作でした(水上勉は'71年に『宇野浩二伝』などの功績で「菊池寛賞」を受賞)。

「飢餓海峡」1.jpg「飢餓海峡」2.jpg

飢餓海峡.jpg 主人公・犬飼役の三國連太郎の生涯最高の演技に加えて、刑事役の高倉健の演技もいいですが、高倉健と共に捜査にあたる元「飢餓海峡」.jpg刑事役の伴淳三郎と、堅気になろうとしてなれない薄幸の女性・八重(ひたすら犬飼を思いながら生き続ける哀しさ)を演じた左幸子の演技が、この二人もまた生涯最高の演技と言っていいくらいに、とてもいいです。

飢餓海峡」3.jpg とりわけ伴淳三郎については、内田吐夢監督がロケで、大勢の見物人の前で彼を罵倒して何十回もNGを出し、喜劇王伴淳のプライドをズタズタに傷つけ、すっかり意気消沈させたとのことで、実はそれこそが内田吐夢の狙いであり、伴淳がいつもの喜劇と場が違って巨匠の撮る大作にシリアスな大役ということで、いいところを見せようと肩に力が入り過ぎるのを、監督が伴淳を怒鳴りつける事で意図的に元気をなくさせ、それが作品が求めるところの人生に疲弊している老刑事像に繋がったというから、恐ろしいまでの演出です。

 原作を以前に読んだときは、貧困から這い上がる男のパワーとその結末の哀しさが強く印象に残りましたが、「改訂決定版」('05年/河出書房新社(上・下))で再読し、終盤の主人公の更正施設への"寄付"の組み入れ方なども改めて良くできているなあと思いました(結果的にはこの寄付によって、主人公の犬飼は...)。本作発表当時にはもう人気作家だった作者ですが、"贖罪"というテーマが、晩年の宗教的回帰の「予兆」としてこの作品の中に既にあったともとれます。

虚無への供物.jpg 岩内大火というのは本当に洞爺丸の転覆事故と同じ日に起きたのだと知りませんでした。共に、昭和29年9月の台風15号の影響を受けての惨事ですが、2つの事件からよくここまで構想したものだと驚きます。洞爺丸の転覆事故をモチーフにしたものでは、中井英夫『虚無への供物』がありますが、『虚無への供物』が歴史どおり昭和29年の出来事としてこの事件を扱っているのに対し、『飢餓海峡』では岩内大火と併せて7年繰り上げて昭和22年の出来事としているわけであって、その大胆な"柔軟性"にも改めて感心させられました。 
虚無への供物』 講談社文庫

事件.jpg 純文学作家による推理小説の最高峰として、テーマは異なりますが大岡昇平事件とこの作品を挙げたいと思います。ただし、『事件』は〈裁判小説〉、『飢餓海峡』は〈社会派サスペンス小説〉と言った方がよいかもしれませんが...(『虚無への供物』が正統派ミステリーと言えるかどうかは別として、少なくとも『事件』も『飢餓海峡』も、一般的な推理小説とはかなり異なるタイプの作品と言えるだろう)。

 河出書房新社の「改訂決定版」は、仮名使いだけでなく、文章そのものにかなり手を加えていますが、筋立ての変更はありません。作者は'89(平成元)年、70歳の時に心筋梗塞で倒れ、リハビリとしてワープロに挑戦し、"入力練習用"に選んだのがこの「飢餓海峡」だったということです(自身の代表作の「改稿」とリハビリのための「入力練習」を同時にやったことになる。作者が亡くなったのは「改訂決定版」出版の前年('04(平成16)年)で85歳だった)。
Kiga kaikyô (1965)
Kiga kaikyô (1965) .jpg飢餓海峡film.jpg高倉健 若い頃.png「飢餓海峡」●制作年:1965年●制作:東映●監督:内田吐夢●脚本:鈴木尚之●撮影:仲沢半次郎●音楽:冨田勲●時間:183分●出演:三國連太郎(樽見京一郎/犬飼多吉)、左幸子(杉戸八重/千鶴)/伴淳三郎(弓坂吉太郎刑事、函館)/高倉健(味映画「飢餓海峡」2.jpg村時雄刑事、東舞鶴)/加藤嘉(杉戸長左衛門、八重の父)/三井弘次(本島進市、亀戸の女郎屋「梨花」の主人)/沢村貞子(本島妙子)/藤田進(東舞鶴警察署長、味村の上司)/風見章子(樽見敏子、樽見の妻)/山本麟一(和尚、弓坂34587552f0e389e1d42e569c1a635e71--japanese-film.jpgの読経を褒める)/最上逸馬(沼田八郎、岩内の強盗犯)/安藤三男(木島忠吉、岩内の強盗犯)/沢彰謙(来間末吉)/関山耕司(堀口刑事、東舞鶴)/亀石征一郎(小川、チンピラ)/八名信夫(町田、チンピラ)/菅沼正(佐藤刑事、函館)/曽根秀介(八重が大湊で働いていた娼館、"花や"の主人)/牧野内とみ子(朝日館女中)/志摩栄(岩内署長)/岡野耕作(戸波刑事、函館)/鈴木昭生(唐木刑事、東舞鶴)/八木貞男(岩田刑事、東舞鶴)/外山高士(田島清之助、岩内署巡査部長)/安城百合子(葛城時子、八重が東京で訪ねる)/河村久子(煙草屋のおかみ)/高須準之助(竹中誠一、樽見家の書生)/河合絃司(巣本虎次郎、網走刑務所所長)/加藤忠(刈田治助)/須賀良(鉄、チンピラ)/大久保正信(漁師の辰次)/西村淳二(下北の巡査)/田村錦人(大湊の並木座.jpg巡査)/遠藤慎子(巫子)/荒木玉枝(一杯呑み屋のおかみ)/進藤幸(弓坂織江、弓坂の妻)/松平峯夫(弓坂の長男)/松川清(弓坂の次男)/山之内修(記者)/室田日出男(記者)●劇場公開:1965/01●最初に観た場所:銀座並木座 (87-10-18) (評価★★★★☆) 
銀座並木座  1953年10月7日オープン。1998(平成10)年9月22日閉館。

 【1963年単行本(全1巻)・1978年改訂版(全1巻)[朝日新聞社]/1964年単行本(全1巻)・2005年改訂決定版(上・下)[河出書房新社]/1969年文庫化(全1巻)・1990年文庫改訂(上・下)[新潮文庫]】

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