【3538】 ◎ 春日 太一 『鬼の筆―戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』(2023/11 文藝春秋)★★★★☆

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力作。名作脚本成立の経緯を("藪の中"的なものを含め)興味深く知ることができた。

鬼の筆.jpg鬼の筆 戦後最大の脚本家・橋本忍の栄光と挫折』['23年]

 2024(令和6)年・第55回「大宅壮一ノンフィクション賞」受賞作。

 歴史的傑作とされる数々の映画作品のシナリオを生み出した脚本家・橋本忍 (1918-2018/享年100)の評伝。著者が生前に行った9回、十数時間にわたるインタビューと、関係者への取材、創作ノートをはじめ遺族から託された膨大な資料をもとに、映画人の「真実」に迫っていきます。

 もともとは新潮社の月刊誌「新潮45」に連載する目的で始まった橋本忍への取材が、橋本の体調不良などもあって休載している間に雑誌そのものが廃刊になり、ただし文藝春秋に引き継がれ雑誌「文藝春秋」に掲載、編集部の人事異動によって歴代9人の編集者を経て完成に日の目を見たもの。個人的には著者の文章はコラムで読むことが多いのですが、こうして評伝として纏まったもの(全480ページ)を読むと、改めてその筆力に打たれ、力作であると思うとともに、著者が日本大学大学院博士課程を修了した芸術学博士、つまり、かつて学究の徒であっことに思い当たります。

 ただし、難しいことが論文調に書いてあるのではなく、橋本忍が脚本を書き始めることになったきかっけから始まって(師匠は伊丹万作(1900-1946)だったのかあ。修行時代に会社勤めをしながら師事した)、最初の脚本作「羅生門」から、以下、作品ごとにその出来上がった経緯を事実に沿って解説しています。そしてこれが、世間にはほとんど知られていないと思われる驚くべきことの連続で、読み物としても興味深く、時に刺激的なものとなっています。

羅生門dvd.jpg 最初の「羅生門」('50年)は、橋本忍が、夏目漱石は何度も映画化されているが芥川龍之介は映画化されていないことに目を付けて、芥川の「藪の中」を脚本化したが(3日で書き上げたとのこと)、病気療養中の暇潰しに書いたもので、自分でも映画化されるとは思ってなかったとのことです。それが黒澤明の目にとまり、長さ的に足りなかったので「羅生門」と併せて尺を長くしたとのこと。ただ、このアイデアは、黒澤は自著『蝦蟇の油』で自分の発案としていますが、橋本忍の自著『複眼の映像』では、自分が「羅生門」を入れたらどうかと言ったら、黒澤はきょとんとして、じゃあ「羅生門」を入れてあんた書き直して、と言われたという、まさに「藪の中」のような話(笑)。以下、どの作品においても、このような「藪の中」的な食い違いが少なからず出てきます(それだけ、著者が丹念に記録や証言を追っているといことでもある)。

生きる 映画.jpg 同じく黒澤が監督した「生きる」('52年)についても、これは橋本と黒澤明・小国英雄と共同脚本になっていますが、小国はトルストイの『イワン・イリッチの死』が黒澤のアイデアの原点としていますが、橋本の書いた脚本はそこから大きく離れた内容となっていて、これも黒澤のアイデアなのか橋本の創作なのかよくわからないようです(アプローチは原作と異なるが、テーマは原作と通底している点は橋本らしいとも)。

「七人の侍」.jpg蜘蛛巣城 1957 (1).jpg切腹 1962 dvd.jpg張込み 映画 dvd.jpgzero1b.jpg黒い画集 あるサラリーマンの証言 ポスター.jpgsunanoutuwa12.jpg「日本沈没」1973.jpg八甲田山 1977.jpg 以下、黒澤の「七人の侍」('54年)や「蜘蛛巣城」('57 年)、小林正樹次監督の「切腹」('62年)、松本清張の原作作品の「張込み」('58年)、「ゼロの焦点」('61年)、「黒い画集 あるサラリーマンの証言」('60年)、「砂の器」('60年)、超大作である「日本沈没」('73年)、「八甲田山」('77年)など、自分が観た映画に纏わる脚本成立の様々な裏話が興味深く読め、観ていない作品も見たくなりました。

 映画ではどうしても監督や役者に目がいきがちですが、作品の雰囲気のかなりの部分は脚本家が作り上げているとも言えるかもしれません。その割には、日本一の脚本家と言われる橋本忍でさえ、どの作品の脚本を書いたのかあまり知られなかったりするのではないでしょうか。そうした意味でも、脚本家に焦点を当てた本書は良かったと思います。

「鬼の筆」刊行記念 戦後最大の脚本家・橋本忍 名作選+春日太一トーク&サイン会(横川シネマ)
鬼の筆 トークサイン会.jpg

《読書MEMO》
●目次
序 鬼の詩
一 山の章
二 藪の章~『羅生門』
三 明の章~『生きる』『七人の侍』
四 離の章~『蜘蛛巣城』『夜の鼓』『女殺し油地獄』『風林火山』
五 裁の章~『真昼の暗黒』『私は貝になりたい』
六 冴の章~『切腹』『仇討』『侍』『日本のいちばん長い日』『上意討ち』『首』
七 血の章~『張込み』『ゼロの焦点』『人斬り』『黒い画集 あるサラリーマンの証言』『砂の器』
《特別インタビュー》山田洋次の語る、師・橋本忍との日々
八 計の章~『人間革命』
九 雪の章~『八甲田山』
十 犬の章~『八つ墓村』『幻の湖』
十一 鬼の章~『愛の陽炎』『旅路 村でいちばんの首吊りの木』『鉄砲とキリスト』『天武の夢』
橋本忍 脚本映画一覧

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