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ニューヨークっ子作家が、その膨大な情報量をもって語る"ノスタルジアの首都"の歴史。
(表紙イラスト:和田 誠)
『マンハッタンを歩く』['07年]ピート・ハミル (Pete Hamill) 亀井 俊介 『ニューヨーク (岩波新書)
』['02年]
ブルックリンに生まれて対岸の摩天楼を見ながら育ち、マンハッタンで新聞ジャーナリストとして活躍した経歴を持つ生粋のニューヨークっ子作家ピート・ハミル氏が、その故郷とも言えるマンハッタンの歴史を語ったエッセイ。
マンハッタンにどのような人が住み着き、どのように開発され、どのような建物が建ち、それらがどのように変遷してきたかが、島南端のバッテリー・パークから始まって、ダウンタウンと呼ばれる島の南3分の1エリアを中心に、地域ごとに解説されています(本書原題は"Down Town")。
ハミル氏は、新聞記者時代によく図書館でニューヨークの街の歴史を調べたそうですが、新聞紙面は日々の事件や出来事で占められ、結局それらの多くは記事にはならなかったとのこと。
しかし、その時仕入れた知識が、作家・コラムニストに転じてから大いに役立っていて、とりわけ本書では、ニューヨークという街の各所に纏わる歴史や出来事がこと細かく記されており、その中でも新聞ジャーナリズムの歴史、ショービジネスの歴史、建造物の歴史などが特に詳しく書かれています。
ニューヨークはハミル氏にとって"ノスタルジアの首都"であると冒頭で述べていますが、エッセイの筆致は、詩的表現も多く見られるものの個人感情を排し、基調としては冷静に事実記載を積み上げる歴史ジャーナリストのそれであるような―、と思いきや、最終章で、自分史と照合させる形でマンハッタンを改めて語っていて、ここに来てノスタルジー噴出といった感じ。
本の大部分を占める、マンハッタン島南端
からブロードウェイ沿いに北上しながらその歴史を手繰るというスタイルは、米文学者・亀井俊介氏の『ニューヨーク』('02年/岩波新書)もそうだったので、一瞬、亀井氏がハミル氏を真似たのかとも思いましたが、亀井氏が自著を書き終え校正しているときに「9.11テロ」が起きたのに対し、ハミル氏が本書を書く契機は「9.11テロ」にあった(この時のハミル夫妻の経験は、妻の青木冨貴子氏の『目撃 アメリカ崩壊』('01年/文春新書)に詳しい)というから、真似はありえませんでした(失礼)。
ピート・ハミル、青木富貴子夫妻と山田洋次監督('05年/共同)
(ピート・ハミル氏は映画「幸せの黄色いハンカチ」の原作者とされている)
『ニューヨーク』も『マンハッタンを歩く』もニューヨークが好きな人には魅力満点の本ですが、自分には、ハミル氏のこの本を充分に味わうだけのニューヨーク体験が不足しているのが残念。本書の膨大な情報量が少しヘビィに感じられる人は、日本人とニューヨークっ子、新書と単行本の違い分だけ、情報の質と量は異なりますが、さらっと読みやすい亀井氏の本の方も一読されることをお薦めします(但し、どちらも観光案内ではありません。念のため)。
《読書MEMO》
●どうしょうもなくマンハッタンは上がっていった。最初は北方向にアップタウンへ。つぎに空へと。(101p)
●ブロードウェイは格子状の区画整理の言いなりにはならなかった。理由は単純だ。ブロードウェイはブロードウェイであり、都市計画プランナーたちはけっしていじってはならないとわかっていたからだ。(117p)