2007年9月 Archives

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「●「うつ」病」の インデックッスへ

ビジネスパーソンの目線に立ってわかりやすく解説した啓蒙的入門書。

部下を「会社うつ」から守る本.jpg 『部下を「会社うつ」から守る本』 〔'07年〕 渡部卓さん.jpg 渡部 卓(たかし) 氏 (ライフバランスマネジメント社社長) NHK教育テレビ「福祉ネットワーク」 '05.06.14 放映 「ETVワイド-"うつに負けないで"」より

会社のストレスに負けない本.jpg そのわかりやすさで好評だった『会社のストレスに負けない本』('05年/大和書房)の著者が、今度は管理職の立場から見た、部下のメンタルヘルスケアの問題を扱って解説したもので、前半は「社内うつ」とその予防や対応について、後半は、メンタルヘルスケア全般についての個人および組織・企業ぐるみの対応について書かれていています。

会社のストレスに負けない本

 本書では、職場ストレスに起因する心因性のうつ状態、うつ病、適応障害などをひっくるめて「うつ病」(会社うつ)と表現し、現実のビジネス現場で部下がこうした状態に陥らないようにするには、上司がどのように考え、行動したらよいのかを具体的に解説しています。

 人と話すことで「うつ」というのはかなり防げるわけで、本書では「傾聴」というカウンセリングの概念を重視しており(同時にそれがコーチングの基本でもあるという捉え方は正統的であるという印象を受けた)、さらに、ワークライフ・バランスの向上、アサーションの効用といったことから、認知療法、森林療法などについても触れられていますが、著者は医者ではなく、産業カウンセラーであり、また多くの外資系企業で要職にいた経歴の持ち主でもあることから、医学的な観点よりも、ビジネスパーソンの目線に立ってそれぞれ実践的に書かれています。

 最近のビジネスのトレンドの中での職場環境というものを捉えて、セクハラ・パワハラ、ITストレス、EAP(Employee Assistance Program=従業員支援プログラム)といったことにも言及しているため、やや網羅的になって1つ1つのテーマの捉え方が浅くなっている傾向がありますが(入門書というより啓蒙書?)、特定分野ごとにもっと知識を深めたいという人向けに、適宜、参考図書を紹介しています。

 〈メンタルヘルス〉を〈メンタルタフネス〉と置き換えてみると経営者の興味・反応が大きく変わるというのが、何かよくわかる気がしますが、〈メンタルタフネス〉をつけるには、3つのR(Rest 休養、Recreation 気分転換、Relaxation くうろぎ)が大事だということで、そこのところ、上司または経営者は理解してくれるでしょうか(彼ら自身が、余裕がなくなっているケースも多いけれど)。

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「好き嫌い」人事のバックにある明確なポリシーとキッチリした手順。

好き嫌いで人事.jpg 『好き嫌いで人事』 (2005/07 日本実業出版社)

 いち早くインターネット株取引に参入し、ネット証券の雄となった松井証券の松井道夫社長の本で、組織論、人材論、採用・教育論、評価論、分配論、リーダー論の6章に分かれていますが、売上高経常利益率60%というスゴイ業績を維持している秘密が簡潔によく分かる、経営啓蒙書と言えます。

 商人の気概を大事にし、ソツの無い人間よりは「ソツあり人間」を、デジタル人間よりはアナログ人間を重視するなど、一般的なネット業界のイメージとは異質のユニークさがあり、「社員研修は愚の骨頂」などと言った刺激的なフレーズも並びますが、読んでみるとナルホドという感じ。

 本書から示唆を受けた部分は多かったのですが、あえて人事・賃金制度面に絞って言うと、「退職金制度は奴隷制度だ」 として、'02年に会社退職金制度をやめ厚生年金基金も脱退して、退職金前払い制度に移行しています。
 「株屋だったら生涯の資産の運用・管理は自分でやれ」という考えで、本書には書かれていませんが、この会社は、退職金清算分が税法上の退職所得となるように当局と粘り強く交渉し、また、制度廃止後は、会社員の個人加入が可能な「(企業内個人型)確定拠出年金」を入れ、前払い制度との選択ができるようにしています。

 賃金制度は全社員年俸制で、金額査定の幅がかなり大きく、そうすると評価の公平性が通常は問題となるわけですが、、「評価は所詮好き嫌い」 であるとしていて、"客観的な評価ルール"など〈神学論争〉だと言っている―、では、社長が独断で社員の評価をしているか(この会社の規模なら出来なくはない)というとそうではなく、一般の被評価者は、1次評価者とも2次評価者とも面談をするシステムにするなど(これ、なかなか大変なことだと思う)、非常にキッチリしたやり方をしています。

 官僚主義の排除、消費者論理(顧客第一主義ではなく顧客中心主義)、強みを活かした経営、株主と経営者の関係など、マネジメント全般についての確固たるポリシーがあり、また、それを実践しているだけに説得力があります。
 内容的も小難しい話し方は一切しておらず、人にも薦められる本だと思います。

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処世術としてではなく、組織論の1つの考え方、言い表し方として押さえておきたい。

ピーターの法則s.jpgピーターの法則.jpg The Peter Principle.jpg ピーターの法則 sin .jpg
ピーターの法則』(1970/01 ダイヤモンド社)『ピーターの法則』新訳版 〔'03年〕 The Peter Principle〔'84年版〕 『[新装版]ピーターの法則―「階層社会学」が暴く会社に無能があふれる理由(2018/03 ダイヤモンド社)再選評
ピーターの法則9.JPGLaurence J. Peter.jpg 教育学者ローレンス・J・ピーター(Laurence.J.Peter、1919‐1990)が唱えた有名な「ピーターの法則」の原著『The Peter Principle』は'69年に出版され(実際にはカナダ人作家のレイモンド・ハルが書いた)、'70年に邦訳されていますが、'02年には新訳が出されていることから、やはりインパクトは今でもあるのではないかと思われます。
Laurence J. Peter(1919‐1990)

vision03.jpg 「ピーターの法則」とは、「階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのが無能レベルに到達する」というものです。さらに、これに続く「ピーターの必然」というものがあり(「ピーターの法則」の系1,系2とされることもある)、それは、 「やがて、あらゆるポストは、職責を果たせない無能な人間によって占められる」、「仕事は、まだ無能レベルに達していない者によって行われている」というものですが(何れも渡辺伸也氏訳)、組織論的に見てかなり当たっているのではないかという気がしています。

 読む側が、上司である管理職の無能を嘆いている場合は、一定のカタルシスを得られる本かもしれませんが、最後の「必然」を飛ばしてしまうと、自分がいる組織は回らなくなるというパラドックスに陥ります。それでも組織が回っているのは、「必然」の後段(系2)が示唆するように、組織を構成する個々において"無能化"に至る時間差があるためです。

 冒頭にこうしたパラドックスの種明かしをしておきながら、本文全体は、人々が"無能化"する経緯を様々な事例を挙げてパラドキシカルに述べているために本書は"奇書"と見なされ(新訳の帯にも「"構造社会学"の奇書」とある)、しかも最後に、"昇進しない"ための〈創造的無能〉を"大真面目に"説いていているため、書店では、ビジネス書コーナーよりも、啓蒙書・人生論のコーナーに置かれていたりします。

 "スロー・キャリア"などが唱えられる昨今、意外と自らのキャリア・プランのヒントとして、或いは処世術として本書を読む人もいるかも知れませんが(新訳の帯に「無敵の処世術!」とある)、一方で、著者の読者を煙に巻くような言い方が合わない人も多いのではないでしょうか。本書の啓発的ポイントはどこかという観点から見れば、努力することによって無能に到達するまでのステップを増やせ、という自助努力論であって、所謂効率良く世の中を泳ぎ切ろうという"処世術"とは少し違うのではないかと思います。

 これまで個人的には、本書に横溢するパラドックスはユーモアとしてのものであると捉え、処世術の本としてではなく、ちょっとひねった感じの組織論の本として読んできましたが、最近は、結構奥が深いというか、「ピーターの法則」とは必ずしもパラドックスというようなものではなく、むしろ、現実のジレンマとしてあるものではないかと思うようになりました。

 人事コンサルティングの現場においても、「プレイヤーとして優秀な人が必ずしも優秀なマネジャーになるとは限らない」といったことはよく聞きますし、昇格・昇進において当初は「卒業方式」でいくとしても上位職層にいけばいくほど「入学方式」でいきべきだとも言われますが、これらなども「ピーターの法則」が示唆する教訓と呼応するのではないでしょうか。「役職定年制」や「役職任期制」などを提案する際などもこの「ピーターの法則」を引くことが多く、組織論の1つの考え方、言い表し方として、是非とも押えておきたい概念ではないかと思います。

 マネジャーになるために、一旦会社を辞めて大学に通ってMBAを取ってから企業に入り直すようなことが珍しくない米国などと、その部署で係長の仕事をしていた人がやがて課長になり、その何年か後に部長になるような日本と比べた場合、「ピーターの法則」の"ジレンマ"により陥りやすいのは日本の方かもしれません。

ピーターの法則 "The Peter Principle" lectured by KATUYA KOBAYASHI

 【1970年単行本[ダイヤモンド社『ピーターの法則―創造的無能のすすめ』(田中融二:訳)]/2002年単行本[ダイヤモンド社『ピーターの法則―創造的無能のすすめ』(渡辺伸也:訳)]/2018年新装版[ダイヤモンド社『[新装版]ピーターの法則―「階層社会学」が暴く会社に無能があふれる理由』(渡辺伸也:訳)]】

【2202】 ○ ダイヤモンド社 『世界で最も重要なビジネス書 (世界標準の知識 ザ・ビジネス)』 (2005/03 ダイヤモンド社)

【2298】 ○ 水野 俊哉 『明日使える世界のビジネス書をあらすじで読む』 (2014/04 ティー・オーエンタテインメント)

《読書MEMO》
●「ピーターの法則」(田中融二氏訳)
「階層社会にあっては、その構成員は(各自の器量に応じて)それぞれ無能のレベルに達する傾向がある」
系1:「時がたつに従って、階層社会のすべてのポストは、その責任を全うしえない従業員(構成員)によって占められるようになる傾向がある」
系2:「仕事は、まだ無能のレベルに達していない従業員(構成員)によって遂行される」

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派遣社員の置かれている状況を知る上では手頃な1冊。会社側も取材して欲しかった。

派遣のリアル.jpg  『派遣のリアル-300万人の悲鳴が聞こえる (宝島社新書)』 〔'07年〕 門倉貴史.jpg 門倉貴史 氏(略歴下記)

ワーキングプア.jpg 民間エコノミストである著者の、『ワーキングプア―いくら働いても報われない時代が来る』('06年/宝島新書)に続く同新書2冊目の本で、今回は「派遣社員」の実態をつぶさにレポートしています。

 前半3分の2は、派遣の仕組みや派遣産業の歴史、女性派遣社員が抱える問題などを取り上げ、後半で、ネットカフェ難民化するスポット派遣労働者(ワンコール・ワーカー)について、さらに、派遣社員の今後を労働法改正との関連において考察しています。

 統計や図表をコンパクトに纏めて解説しつつ、各章の終わりに派遣社員に対するインタビューを載せていて、こうした構成は前著と同じですが、派遣社員の置かれている状況を知る上では手頃な1冊と言えます。

 "労働ダンピング"に苦しむ派遣社員の"悲鳴"を伝えるだけでなく、派遣期間に制限(正社員雇用の申し入れ義務)を設けた労働者派遣法の網目をかいくぐって、部署名を変えるだけで派遣期間を"半永久的"なものとする企業のやり口や、改正「パート労働法」で、正社員と差別することが禁じられる条件に該当するパート・アルバイトが、全体の数パーセントに過ぎないことなど、法律の粗さも指摘していています。
 また、企業を定年退職した団塊世代が派遣に回り、こうした"団塊派遣"の増加により、若年非正社員の賃金に下落圧力がかかるだろうという予測は、興味深いものでした。

 ただし、インタビューにおいて企業名が実名で出てこないためインパクトが欠けるのと、派遣社員ばかりではなく、それを使っている企業側や派遣している派遣会社の方も取材して欲しかったという点で、個人的にはやや不満が残ったように思います。

 派遣社員として本当に優秀な人も多くいるかと思いますが、そうした人材は企業側が労働条件を引き上げることにより抱え込んでいるのではないかと思われます(そうした人は、本書のインタビューにも登場しない)。
 一方で、「紹介予定派遣」という形で短い審査期間を経て正社員となりながら、派遣会社が当初示していたスペック(あまり良い言い方ではないかも知れないが)を満たしておらず、結局この仕組みが、新規学卒より簡単に正社員になれる抜け道として、労働者側で利用されているような印象もあります。
 企業側に見抜く力が無かったと言えばそれまでですが、派遣会社には紹介斡旋料が入るため損はしないようになっていて、大手企業の有能な派遣人材の抱え込みも含め、こうしたことに派遣会社も一枚噛んでいるように思えてなりません。
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門倉貴史 (かどくら・たかし)
1971年、神奈川県横須賀市生まれ。95年、慶應義塾大学経済学部卒業後、(株)浜銀総合研究所入社。99年、(杜)日本経済研究センターへ出向、シンガポールの東南アジア経済研究所(ISEAS)へ出向。2002年4月から05年6月まで(株)第一生命経済研究所経済調査部主任エコノミスト。05年7月からは、BRICs経済研究所のエコノミスト作家として講演・執筆活動に専念。専門は、日米経済、アジア経済、BRICs経済、地下経済と多岐にわたる。
著書は、『ワーキングプア〜いくら働いても報われない時代が来る』(宝島新書)『統計数字を疑う〜なぜ実感とズレるのか?』(光文社新書)『 BRICs富裕層』(東洋経済新報社)など。

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対象企業を絞り込んで(キヤノン・松下・クリスタル)まとめているため、問題の根深さがよくわかる。

偽装請負.jpg   『偽装請負―格差社会の労働現場』 ('07年/朝日新書) 偽装請負が大企業の工場で横行している実態を報じた朝日新聞の記事.jpg

 '06年7月31日に「偽装請負」追及のキャンペーン報道をスタートさせた朝日新聞の特別報道チームの8カ月の取材の集大成で、取材した企業の数はかなり多かったと思いますが、新書に纏めるにあたり対象企業を絞り込んでいるため、新聞連載の新書化にありがちな、総花的ではあるが1つ1つの事件についての突っ込みが浅くなるという欠点が回避されているように思えました。

1eacf628.jpg 全5章から成りますが、第1章で〈キヤノン〉、第2章で〈松下〉の偽装請負を、第3章で請負会社の実態として〈クリスタル〉を取り上げ、この3つの章が本書の中核となっています。

 〈キヤノン〉は、宇都宮光学機器事業所の請負社員の内部告発に端を発してあからさまになった恒常的な偽装請負が取材されていますが、「御手洗キヤノン」と呼ばれるほどの会社で、日本経団連会長・経済財政諮問会議メンバーの御手洗冨士夫会長の考えが、請負労働者や記者取材に対する会社の管理部門の対応に強く反映されているように感じました(悪く言えば、"開き直り"?)

b15cb69b.jpg 一方、〈松下〉の方は、松下プラズマディスプレイ㈱茨木工場で、偽装請負を形式上回避するために、請負会社に自社社員を大量出向させるという"奇策"で知られることになりましたが、このやり方を、請負会社は自分たちの発案だと言っているのに対し、松下PDP側は、大阪労働局の助言に従ったと主張している点が興味深いく(結局、このやり方が「クロ」であると判断したのも大阪労働局で、短い期間で行政の対応が変わった可能性もあるのではないだろうか)、いずれにせよ、尼崎への工場進出に際して助成金を受けるため、その審査機関だけ請負社員を派遣に切り替えるなど、〈松下〉のやり方は、"姑息"という感じがします(本書の書きぶりだと、兵庫県も一枚噛んでいる?)。

 また、請負会社〈クリスタル〉の業績発展の背後には(この会社は人の出し入れの速さが売りだったようですが)、グローバル化により安価な労働力が求められていることのほかに、工場で生産する商品のライフサイクルの短期化などが影響しているというのには、ちょっと考えさせられました。
 それにしても無茶苦茶な労働条件で労働者をこき使い、創業者は稼ぐだけ稼いで、〈グッドウィル〉に会社を売り渡してしまった(要するに売り抜けた)...。

 プロローグに、〈クリスタル〉系列の請負会社からニコン熊谷製作所に「派遣」され、半導体製造現場(所謂"クリーンルーム")に勤務し過労自殺した若者の話がありますが、母親が亡くなった息子のホームページを引き継いでいて、それを閲読すると、もうこんな事件はあってはならないとつくづく思うのですが、事件が起きたのが'99年だったことを考えると、まだその時点では"始まり"に過ぎなかったのか。

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会社草創期の話が面白かったが、冷めた老人の淡々とした回想録のような感じも。

リクルートのDNA 起業家精神とは何か.jpgリクルートのDNA―起業家精神とは何か』('07年/角川oneテーマ21) 江副浩正.jpg 江副 浩正 氏

 リクルートが輩出した起業家人材は数多く、それらは前書きなどでざっと紹介されていますが、第1章では、「社員皆経営者主義」などリクルートの「経営理念とモットー」が纏められていて、さらに第2章では、松下幸之助、本田宗一郎など江副氏が薫陶を受けた名経営者がズラリと並び、今も昔も、成功した起業家にはメンターのような人がいたのだなあと改めて思いました(そうした人たちから可愛がられる要素をこの人は持っていたのではないか)。

「企業への招待」.jpg 後半はほとんど、リクルートの歩んできた道について書かれていて、森ビルの物置小屋で就職情報誌(「企業への招待」、のちの「リクルートブック」)」事業を始めたという第4章の草創期の部分が、サークル的なノリが感じられて読み物としても面白く、、融資を受けるのに担保がなくて困ったという話や人材獲得においての工夫などのエピソードは、最近のITベンチャーの創業物語に通じるもありのがあります。

 リクルートという会社が伸びた理由の1つとして、自社媒体に載せる広告を代理店を介さずに自分たちで集めたということがあると思いますが(これは現在の「グーグル」などにも通じる)、こうした業態が、「一人二役」という考え方や、若い社員をモチベートするための成果主義的な処遇方針にも繋がっている気がします。

 ある程度の企業規模になってからの話では、発想は良かったが事業化のタイミングが早すぎたために撤退を余儀なくされた新規事業が多数あったことがわかり、ファーストリテイリングの柳井正氏の『一勝九敗』を想起させました。

 ただ、手掛けたことがあまりに数多く書かれていて、一つ一つの記述が浅く、こうした冷めた記述も江副氏らしいのかも知れませんが、「起業家精神とは何か」について書かれた本というよりは、冷めた老人の淡々とした回想録みたいになってしまっている感じもします(体系的、理論的に書かれた経営書ではない、と本人も後書きで述べているが)。

 ピーター・ドラッカーの書物から「企業家精神」を学んだ点で、ファーストリテイリングの柳井正氏と似ており、刑事事件での逮捕もあって柳井氏以上に毀誉褒貶のある人物ですが、大沢武志氏などの智謀を得ることで、権限委譲という点では江副氏の方がうまくいったと言えるでしょう。

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川上(ヤマハ)、中内(ダイエー)の世襲の壁にぶつかった「プロの専門経営者」。

社長の椅子が泣いている.jpg 『社長の椅子が泣いている』 河島博.jpg 河島 博 (1930‐2007/享年76)

 '07年4月に亡くなった元ダイエー副会長で元日本楽器製造(現ヤマハ)社長の河島博氏のビジネス人生を辿ったドキュメンタリーですが(本書刊行時、河島氏はまだ存命中)、ヤマハ、ダイエーというワンマンのトップが君臨する企業で、それぞれ社長、副社長を務め、ヤマハ(当時、日本楽器)では経営体質を刷新し業績回復を果たしながらも"源さま""天皇"と呼ばれた川上源一会長に疎まれて解任され、ダイエーでは"Ⅴ革"と言われたV字回復を実行しながらも社外(倒産したリッカー)へ管財人として出され、しかし、そこでもリッカーを再建して見せたことという、この人の敏腕経営者としての経歴はよく知られています。

経営者の条件.jpg リクルートで江副浩正氏を支えた大沢武志氏が『経営者の条件』('04年/岩波新書)の中で「オーナー経営者」と「サラリーマン経営者(専門経営者)」での求められるものの違いを書いていますが、この河島氏はまさに、「プロの専門経営者」と言えるかと思います(ダイエー時代は自らを「ビジネステクノラート」だと言っていたと本書にある)。

 彼が大事にしたのは、どんな逆境でも状況を冷静に客観的に分析する「合理性」と、その上で戦略を立て目標を社員と共有する「ビジョン」、そして遂行に関しては公平な基準をくずさない「人間性」であり、これらは米国法人の社長時代に培われた「現地主義」や「リーダーシップ」、自分で考え行動する「カワシマズ・ウェイ」が基礎となっていたことが、本書を読むとよくわかります。

 しかし、こうした有能人材に最後まで仕事を全うさせてやることができない経営者のエゴというのは困ったもので、結局これらの企業は、河島氏を放逐した後、せっかく回復した業績が、またどんどん駄目になっていきます。

 ヤマハの川上源一会長のワンマン経営ぶりは有名でしたが、この本で描かれているその内実、特に河島氏を解任するところは滅茶苦茶で、さらに、河島氏を招聘した中内氏も、ジュニアに対する盲目的な思い入れから道を誤った点では川上氏と同じであり、ワンマンの危険もさることながら、「世襲経営」というものがそれに重なった時、後継者が無能だと経営は一気に傾くことがあり得るのだなあと。

 ヤマハって、オーナー企業でもないのに世襲になってしまうところが、日本のサラリーマンの「組織の中で出世したいならボスに楯突くな」という体質と関係あるのかと考えさせられもし、河島氏はまさにその「世襲の壁」にぶつかってその結果不完全燃焼に終わらざるを得なかったわけで、川上父子と北朝鮮の金日成・金正日父子がそれぞれ同じ年生まれだというのが、なんだかブラック・ジョークぽく感じられました。

《読書MEMO》
●「中期三ヵ年計画」の作成にあたった高木哲也や佐藤陳夫にたいして、河島はこう厳命した。
「書店に並んでいるようなビジネス書を参考にして、月並みな経営計画をたてるな。あくまでも自分で考えてくれ」
他社を真似たり、横並びの発想をしたりの、企業から独自性を失わせるマネージメントを、河島はもっとも嫌っていた。(269p)

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「浪花節・メロドラマ・被害者意識」を武器に論理(契約)を覆す日本人。

日本人と交渉する法2.jpg日本人と交渉する法―欧米の論理はなぜ通用しないのか 日本人と交渉する法.jpg 『日本人と交渉する法 - The Japanese Negotiator: Subtletyand Strategy Beyond Western Logic

 オーストラリア人の心理学者で、社会学、経営学も修め、米・豪・日の各大学で教鞭を執った経験があり、日本文化にも造詣の深い著者が、欧米人からみた日本人の「わからなさ」の背景にある独特の文化を鋭く分析し、なぜ欧米流の論理が日本人には通用しないのか、では一体どうすればビジネス交渉などが上手く捗るのかを解説しています。

 確かに日本人は質問しても明確に答えを出さず、また契約に際しても感情的なことで左右される―、その後者の例として、日米の「野球論争」がとりあげられています。

Murakamimasanori1965.jpg これは、今は大リーグ解説などで知られる村上雅則氏の話で、かつて日米の選手交換協定で、南海入団2年目の彼が1年間の野球留学でサンフランシスコ・ジャイアンツ1Aに行ったとき、協定の中にSFジャイアンツは親球団に1万ドル払えば選手契約を買い取れるとの条項があって、ジャイアンツは村上をメジャー昇格させ、南海は(それまでまさか日本人投手がメジャー昇格するとは思ってなかったが)とりあえず1万ドルを受け取った―、ところが、村上が正月に日本に戻ると、彼は日本人であり長男なのだから日本に留まるべきだという意見があり、プレッシャーに押された南海は彼に南海でプレーするよう契約をとり付けたという二重契約事件。

 どう見ても南海の契約違反であり、当然米国側は怒るわけですが、著者はここに日米の契約に対する考え方の違いがあるとしています。
 つまり、契約が交わされた後も再交渉の余地があると考えるのが日本人であり、「浪花節」(論理より感情優先)、「メロドラマ」(自分はいつも悲劇の主人公のような立場でいる)、「被害者意識」(相手の"良心"に訴える)という3つの武器で論理(契約)をひっくり返してしまうということです(この武器は本物の感情と演技力があれば欧米人でも使えると著者は言っている)。

 随分前に出された本ですが、日本人が独自の精神性をビジネスの場に持ち込むことについては、大方は今も変わっていないような気がします。
 欧米人に向けて書かれた本ですが、日本人にとっても異文化交渉で役立つものであり、実際、本書はアメリカに先立って日本で刊行されています。

 【1990年ペーパーバック版[講談社インターナショナル]】

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'80年代のリーダーシップ・マニュアルの1つ。マニュアルであると同時に啓蒙書。

boss.JPG  最高の上司とは何か  リーダー実践マニュアル.jpg  Being a Boss.jpg
最高の上司とは何か―リーダー実践マニュアル』['87年]『リーダー実践マニュアル―最高の上司とは何か (PHP文庫)』['94年] ペーパーバック版

1分間マネジャー.jpg '80年代に多く訳出されたリーダーシップ・マニュアルの1つとも言えるもので、1時間で読める手軽さは、『チーズはどこへ消えた?』('00年/扶桑社)のS・ジョンソンらが書いた『1分間マネジャー』('83年/ダイヤモンド社)の流れを汲むものと言えます(訳者も『1分間マネジャー』と同じく小林薫氏)。

 原題は"Being a Boss"で、第1章に「ナンバーワンの上司になるための7つの秘訣」とあり、その中で、「専門家としての専門知識・技能領域を拡げること」を最初にもってきているのには共感しました。
 やはり、専門知識が無い、現場を知らない、誰が何しているのか状況が掴めていない上司というのは、部下から頼られる存在とはなりえないでしょう。

 以下各章にわたり、「勝つチームづくり」や「仕儀の委ね方」「部下に最善を尽くさせる方法」などが、ビジネス場面における事例とあわせ述べられていますが、至極真っ当なことが書かれている分、以前読んだときよりはインパクトを感じませんでした。
 書かれていることは現代でも充分に通じることばかりなのですが、タイトルから過度の期待を抱かないほうがいいのでは...。

 第2章に「いかにして権威をもつか」というのをもってきていて、落ち着いた態度の見せ方や信頼と権威を表すボディランゲージなどについて解説されており、このあたりはアメリカ的だと思いました。

 この「リーダー実践マニュアル」シリーズでは、ほかに、G・ホーランド『ビジネス会議の運営術』('87年)なども読みましたが、ともに、マニュアルであると同時に啓蒙書であるという印象を持ちました(定期的に読み返せば、それなりに効果があるかも)。

 【1994年文庫化[PHP文庫]】

《読書MEMO》
●「ナンバーワンの上司になるための7つの秘訣」(第1章)
1.専門家としての専門知識・技能領域を拡げること
2.コミュニケーションの技術を磨くこと
3.熱意を涵養すること
4.拓かれた心を保つこと
5.実績に対して考慮を払うこと
6.上司に近づきやすい環境をつくること
7.自分のスタッフを尊敬すること


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進むM&Aと、求められるVBA(企業価値向上)ガバナンス。

企業買収の焦点.jpg 『企業買収の焦点―M&Aが日本を動かす (講談社現代新書)』 〔'05年〕

堀江・村上.jpg 著者は国際会計事務所KPMGの出身のM&Aコンサルタントで、第1章で、近年なぜ日本でM&Aが増え、「企業価値」という言葉が登場してきたのかを、第2章では、「会社は誰のものか」議論の背景にある日本特有の「企業意識」と「企業価値」との関係を述べ、第3章、第4章は、M&Aの種類や財務理論を解説したテキストになっています。
 本書が刊行されたのが、村上ファンドの村上世彰氏による阪神電鉄株の大量取得や、ライブドアとフジテレビのニッポン放送株を巡る経営権取得攻防があった'05年で、そうした事例が各章の解説に生々しく盛り込まれています。

 「会社は株主のものだ」とか「いや、社員のものだ」という議論がありますが(著者の基本的立場は「株主のもの」ということだろう)、著者の言う「企業価値」を高めるということは、財務的に健全で長期的に発展可能な組織を築くということであり、それには、そうした立場の違いからくる議論を超え、経営者や社員が頑張って生産性や効率性を追求する「内科療法」だけでなく、M&Aなどの「外科療法」が必要であり、また、「企業価値」をバロメータに健全性のチェックをする「VBA(企業価値向上)ガバナンス」の機能が必要だとして、第5章でそのモデル図を示しています。

 著者によれば、このガバナンスの機能を担うのが、「持ち株会社」であったり「ファンド」であったりするようですが、それがすべての企業にあてはまるか、また、うまくガバナンス機能が働くのかという"?"は残りました(著者の立場からすれば、大丈夫ということなのだろうが)。
 '05年6月のニレコのポイズン・ピル(新株予約権発行)に対する差し止め命令が紹介されていますが、この判断をしたのは東京地裁だったわけで、今後、こうした係争が増えるのでは...。

 それにしても、本書に列挙されている'05年のM&Aをめぐる動きを見ると、ライブドア、村上ファンドにとどまらず、バンダイ(ピープル株取得)、楽天(TBS株取得)、ブルドッグソース(イカリソースの営業権取得)など、慌しいと言うか夥しいものがあります。
 「株式持ち合い」の解消(相対的に外部株主の発言権が強まる)やカリスマ経営者の退場(現場主義の限界)が、こうした流れと無関係ではないことを指摘している点は、ナルホドと思いました。

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新しいアイデアを生み出すには、新しい流儀で考えること。

頭にガツンと一撃 2.jpg頭にガツンと一撃.jpg 『頭にガツンと一撃』 ('90年/新潮文庫) Awhackonthesideofthehead.jpg "Whack on the Side of the Head"
頭にガツンと一撃』('84年/新潮社)

 知識は新しいアイデアを作り出す素材であるが、知識だけで創造的になれるわけではなく、知識がただ眠っているのは、新しい流儀で考えようとしないからだ―と、著者のロジャー・フォン・イークは述べています。

 創造的思考とは何かを示す例で、グーテンベルグが、「ブドウ絞り器」と「硬貨打印器」の機能を組み合わせるというアイデアから、印刷技術を生み出したという話が紹介されていますが、こうした着想は、このモノはこれだけの為に使うのだというような思い込みからいったん離れる必要があるということです。

A Whack on the Side of the Head.gif 頭のこわばりをほぐすには、禅における"喝"ではないが、一度頭の横をガツンとやられる必要があり(原題は"A Whack: on the Side of the Head")、あのエジソンも、電信技術の改良発明をしたものの、電信事業が大手企業に独占されたことを知り、「頭にガツン」とやられて、それで電球、発電機、蓄音機など他分野の発明に乗り出し、成功をおさめたとのこと。

 そこで以下、頭のこわばりをほぐし、創造的に考えるということはどういうことなのかを、設問や事例で示していますが、最初に「次の5つの図形から、他のすべてと性格の異なるものを選べ」という設問があり、これが、どれもが正解になり得ることを示していて、のっけから、おおっという感じで、「物事の正解は一つだけではない」ということを端的に示しています。

 以下、全部で10か条、頭のこわばりをほぐす方法を示していて、紹介されている事例を読むだけでも楽しい本ですが...。

 一度決めたことはなかなか変えられないということの事例で、タイプライターの「QWERTY配列」が、タイプライター・メーカーの技術者が、速く打ちすぎるとキーがからむため、「速く打てなくしたらどうだろう? そうすれば、キーもそれほどからむまい」と考え、キーボードの配列を意図的に非能率的なものにしたものが今でも残っているのだという話があり(80p)、これは話としては面白いけれども、事実とは言えないとの指摘もあるらしいです。

 このように、所々に例証や論理の強引はありますが、大体、ビジネスアイデア・コンサルタントって昔からこんな感じでしょう。こうした発想は、プランナーやクリエイターの素養にも繋がる部分があるかと思います。

 役に立つかどうかは読む人次第かもしれませんが(本来ならば意外と読み手を選ぶ本?)、単に読み物としても楽しいため、誰が読んでも一応損はないと思います(読んで時間を無駄にしたということはないと思うのだが、やはり読み手次第?)。

 故・城山三郎自身が本書を読んで「ガツンと一撃くらって」自ら翻訳に乗り出したというだけのことはあります。とりわけプランナーやクリエイターを目指す人にはお奨めです。
 あらゆる仕事でこうした柔軟な発想は求められると考えれば、新入社員や内定者の課題図書としてはいいかも。そうした対象者に限れば★★★★です(実際、広告業界で本書を内定者の課題図書に選んでいる会社がある)。

頭脳を鍛える練習帳.jpg川島 隆太.jpg '05年に『脳を鍛える大人の計算ドリル』『脳を鍛える大人の音読ドリル』の川島隆太氏の訳で『頭脳を鍛える練習帳―もっと"柔軟な頭"をつくる!』(三笠書房)として改訳版が出ましたが、先に城山訳が刊行されていることに言及していないとのことで、それはいかがなものか(先んじて本書に着眼した故・城山三郎に対し失礼ではないか)。

頭脳を鍛える練習帳―もっと"柔軟な頭"をつくる!

 【1990年文庫化[新潮文庫]/2005年改訳[『頭脳を鍛える練習帳―もっと"柔軟な頭"をつくる!』]】

【2203】 ○ ジャック・コヴァート/トッド・サッターステン (庭田よう子:訳) 『アメリカCEOのベストビジネス書100』 (2009/11 講談社)

《読書MEMO》
●頭のこわばりをほぐす10か条
1)物事の正解は一つだけではない
2)何も論理的でなくてもいい
3)ルールを無視しょう
4)現実的に考えようとするな
5)曖昧のままにしておこう
6)間違えてもいい
7)遊び心は軽薄ではない
8)「それは私の専門外だ」というな
9)馬鹿なことを考えよう
10)「創造力」は誰でも持っている

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原著出版は大正12年。アメリカにおける広告ビジネスの歴史の長さを感じた。

広告マーケティング21の原則.jpg 『広告マーケティング21の原則』 (2006/11 翔泳社)

 著者のクロード・C・ホプキンス(1866‐1932)は19世紀から20世紀にかけて活躍した広告会社の経営者で、本書は広告ビジネスのエッセンスを凝縮した貴重なテキストとして、長年にわたり、広告関係者の間で読みつがれてきたものであるとのこと―、と言っても、個人的には今回初めてホプキンスの名を知ったのですが。

18人のアメリカ広告界の鬼才.jpg 以前読んだものに『18人のアメリカ広告界の鬼才-時代を拓いた巨人たちに聞く』(バート・カミングス著/'87年/電通)という本があり、BBDOやオグルビーをはじめアメリカの巨大広告会社の中興の祖たちがズラリ紹介されていましたが、しかし、この中にもホプキンスの名はなく、考えてみれば、ホプキンスが本書を発表したのが1923年ということで、そうした広告界の巨人たちより更に一時代前の人ということになるわけだと。

 なにしろテレビCMなどなく、紙媒体がメインの時代の話なので、やや時代ズレしている部分もありますが、「広告はセールスマンシップだ」という主張を軸に、広告は消費者の求める情報を提供し、消費者に利益をもたらすものならないとし、また広告は結果(売上への貢献度)によって評価されなければならないとして、テストマーケティングや販売店経路の確保の重要性にまで言及していて、その主張は概ね現代でも通じます。

 著者自身はコピーライターの出身であり、「広告の文章は、セールスマンの話と同じように簡潔で、明瞭で、説得力のあるものでなければならない」、「イラストはそれ自体がセールスマンだ」、「人間は太陽に、美に、幸福に、健康に、成功に引きつけられる」といったクリエイティブの原則も多く盛り込まれていますが、これらもスジ論という感じ。

 やや真っ当過ぎて、正直なところ個々の主張についての印象があまり強くなかったのですが、日本で言えば関東大震災のあった年(大正12年(1923年))に、アメリカでは既にこうした広告ビジネスの手法を原理的・経験的に分析・解説する本が出版され、且つ、その内容が今でも原則的に通用することにむしろ驚き、改めてアメリカにおける広告ビジネスの歴史の長さを感じました。

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「戦略は人に宿る」。結局、戦略よりも経営幹部の人選が肝心ということか。

経営戦略を問いなおす.jpg経営戦略を問いなおす (ちくま新書)』 〔'06年〕  三品 和広氏.jpg 三品 和広 氏(略歴下記)

 第1章で、日本の上場企業の多くが'60年代から40年間、売上面では成長しているが、営業利益率が下降の一途を辿っていることをデータをもとに指摘し、ただし、その中でも営業利益を伸ばしている企業は、他の競合企業と経営戦略の面でどう異なるのか分析、それはまさに時代の流れに即した選択がなされているからだということを示しています。
 「成長戦略」という言葉がよく使われますが、成長ということが目的化することの愚を説き、また、MBA信仰に見られる「戦略=サイエンス」といいう考え方の危うさを指摘し、戦略とは主観的なものであり、それは「人に宿る」と。
 
business strategy.jpg 第2章では、経営戦略を立地(ポジショニング)」、「構え(垂直統合、シナジー、地域展開)」、「均整(ボトルネックの克服)」の3つの軸で解説し、第3章では、経営戦略の立案を現場に押し付けてはならず、日本企業では、トップと現場の間(はざま)で事業本部長あたりが戦略計画の立案などに追われているが、もともと、過去に成功した戦略とは、優れた経営者が時代のコンテクストにおいて洞察力を示した結果であり、短期の事業計画に付随してスイスイ実行できるものでもなければ、部課長クラスの手に負えるものでもなく、そこに日本企業の多くが、戦略があってもそれが機能していないという「戦略不全」状態に陥っている原因があると述べています。
 
 結局は、下手な戦略より経営幹部の人選が肝心であるということで、弟4章以降は経営人材論のようになっていて、戦略をつくる人を選ぶには過去の実績やパーソナリティより、テンパラメント(気質、感受性)を重視すべきというのが著者の主張で、最後の第5章のタイトルが「修練」。この部分は、若年層、中堅・幹部社員に送るメッセージがあり、キャリア論的な感じ。 

 経営戦略とは何かという話から、だんだん、戦略を担う人材は いかに育成されるのかという帝王学的な話になっていく感じもしますが、ハーバードビジネススクールで教鞭をとっていた人が、「戦略はサイエンスではなくアートである」とか、「研究すべきは創業者の理念である」とか言っているのが面白い。 
 目の前の人がMBAかどうかは、目の奥に「田の字」が見えればMBA、というジョークが笑え、SWOTとかPPMとか2×2のマトリックスで経営ができるるならば、確かに経営なんてわけない、ということになるなあと納得させられました。
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三品 和広氏
一橋大学商学部卒、同商学研究科修士課程修了、ハーバード大学ビジネスエコノミックスPh.D.、ハーバードビジネススクール助教授を経て神戸大学大学院経営学研究科助教授。
主な著書論文に、"Learning by New Experiences:Revisiting the Flying Fortress Learning Curve"、"日本型企業モデルにおける戦略不全の構図(組織科学)"、"日本企業における事業経営の現実<日本企業変革期の選択(東洋経済新報社)>"等。

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