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面白かったが重厚さはさほどなかった。映画化でますます浅くなった感じがした『人間の証明』。

『人間の証明』1976単行本.jpg 『人間の証明』1977角川文庫.jpg 『人間の証明』1997カッパノベルズ.jpg 『人間の証明』講談社文庫.jpg.png
『人間の証明』2004.jpg 『人間の証明』20047カッパノベルズ.jpg 『人間の証明』2015.jpg 「人間の証明」dvd.jpg 「人間の証明」b.jpg
『人間の証明』['76年/角川書店]/['77年/角川文庫]/['83年/講談社文庫]/['97年/カッパ・ノベルズ]『新装版 人間の証明 (角川文庫)』['04年]『人間の証明 (カッパ・ノベルス) 』['04年]『人間の証明 (角川文庫)』['15年]「人間の証明 角川映画 THE BEST [DVD]」「人間の証明 角川映画 THE BEST [Blu-ray]
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 東京・赤坂にある「東京ロイヤルホテル」のエレベーター内で、胸部を刺されたまま乗り込んできた黒人青年ジョニー・ヘイワードが死亡した。麹町署の棟居弘一良刑事らは、ジョニーを清水谷公園から東京ロイヤルホテルまで乗せたタクシー運転手の証言から、車中で彼が「ストウハ」という謎の言葉を発していたことを突き止める。さらに羽田空港から彼が滞在していた「東京ビジネスマンホテル」まで乗せた別のタクシーの車内からは、ジョニーが忘れたと思われる恐ろしく古びた『西條八十詩集』が発見された。一方、バーに勤めていたとある女性が行方不明になる。夫の小山田は独自に捜索をし、妻・文枝の浮気相手である新見を突き止めるが文枝の居場所は分からなかった。文枝はこの時点で轢死しており、犯人は政治家郡陽平とその妻の家庭問題評論家・八杉恭子の息子・郡恭平だった。恭平は車の運転中、スピンを起こし文枝をはねてしまったのだ。発覚を怖れた恭平は同棲相手の路子と共に遺体を東京都西多摩郡の山林へ隠す。その後路子の勧めで身を隠すため、路子を伴ってニューヨークへ渡った。棟居刑事は「ストウハ」がストローハット(麦わら帽子)を意味すると推理した。また、事件現場であるホテルの回転ラウンジの照明が遠目には麦わら帽子のように見えるため、ジョニーがそれを見て現場に向かったのだと解釈した。また、タクシーから発見された詩集の中の一編の詩が「麦わら帽子と霧積(きりづみ)という地名」を題材としていたことと、ジョニーがニューヨークを去る際に残した「キスミー」という言葉から、捜査陣は群馬県の霧積温泉を割り出した。棟居らが現地に向かうと、ジョニーの情報を知っているであろう中山種という老婆がダムの堰堤から転落死していた。群馬県警は転落による事故と考えていたが棟居らは殺人事件と主張する。棟居らは中山種の本籍のある富山県八尾町へ向かう。そして捜査の中で、八杉が八尾出身であることを偶然発見する。更にアメリカ側からの捜査により、ハーレムに住むジョニーの父親が資産家アダムズの車に飛び込み示談金を得て、ジョニーの渡航費を捻出したことがわかる。父親はその後死亡した。新見によるひき逃げ事件の捜査も進み、現場に残されていた熊のぬいぐるみの所持者が恭平であること、ぬいぐるみに付着していた血液が文枝のものであることが明らかになると、新見は単身ニューヨークへ飛び、恭平からひき逃げと死体遺棄を白状させた。同じ頃、文枝の遺体がハイカーの大学生アベックに山中で発見され、その現場に恭平のコンタクトケースが落ちていたことで、犯人は恭平と断定された。新見から、恭平と路子の身柄が警察へ引き渡された。八杉とジョニーは生き別れた母子だった。ジョニーの父親は八杉と恋人同士であったが、当時は米国軍人と正式な結婚をすることが出来ず、親子3人で霧積温泉へ旅行した後、父親は二歳になるジョニーを連れて米国へ帰国し、日本に残された八杉は勧められるままに郡と見合結婚をした。ジョニーの存在が世間に知れ渡り、過去に黒人と関係を持っていた事実が露見することを恐れた恭子は自分に会いに来日したジョニーを殺害し、事情を知っている中山種も殺していた―。

 作者が、1975年に父を引き継ぎ角川書店社長に就任した角川春樹から、「作家の証明書になるような作品を書いてもらいたい」と依頼されて書いた作品で、1975年に旧「野性時代」(角川書店)で連載されました。1976年・第3回「角川小説賞」受賞作。

 映画監督の押井守氏が対談で、「『人間の証明』というのは松本清張みたいな話じゃん。『ゼロの焦点』とかあの辺の話だよね。戦後に暗い過去があって混血児を生んだ女が、いまはセレブになってるんだけどその息子が会いに来て、結局殺しちゃいましたというさ。これってまるっきり松本清張だよ」と言っていましたが、まさにそうだと思いました(「ストウハ」がストローハット(麦わら帽子)を意味したというところなどは、『砂の器』の「亀田」が「亀嵩」だったというのを想起させる)。

 テンポよく読めて面白く、様々な伏線もちゃんと繋がっていて、文庫の解説で横溝正史が評価し、帯で宮部みゆき氏が推薦しているのも分かります。ただ、松本清張作品ほどの重厚さは感じられなかったでしょうか。戦後の闇市で強姦されかけていた恭子を助けた棟居の父は、米軍兵士たちに袋叩きにあって命を落としていますが、その米軍兵の一人がケン・シュフタン刑事だったというのも、あまりに偶然が過ぎて、ご都合主義的な気がしました(一方で、ケン・シュフタン刑事が混血だったと最後に出てくるが、途中どこにもその説明が無かったのが不可解)。

「人間の証明」03.jpg 1977年、角川春樹事務所製作の第2弾として映画化され、八杉恭子を演じた岡田茉莉子は、角川春樹と作者で直接を出演依頼し、松田優作、ジョージ・ケネディらが日本映画で初めて本格的なニューヨークロケをしたとのこと。映画は途中までは原作に比較的近いですが、原作では棟居とケン・シュフタンの刑事同士接触はなく、棟居(松田優作)がアメリカに行ってケン・シュフタン刑事(ジョージ・ケネディ)に会う辺りから急激に原作を外れてしまいます。作者自身は「映像化にOKを出した時点で、嫁に出すようなもの。好きに料理してくれ、という考えです」と言い、原作にはない米国ロケでアクションを繰り広げた松田優作にも感謝していたそうですが...。

「人間の証明」松田ハナ.jpg それにしても原作から外れすぎ、と言うか、いろいろ付け加えすぎて、ますます浅くなった感じ。八杉恭子の息子・恭平(岩城滉一)は 、ヘイワード殺しの犯人を追っていたはずのニューヨーク市警ケン・シュフタン刑事(ジョージ・ケネディ)に射殺されるし、息子の死の知らせを受けた八杉恭子は、授賞式の舞台で「あの子は私の生きがいです。 あの子は私の麦わら帽子だったんです。 私はすでに一つの麦わら帽子を失っています。 だからもう一つの麦わら帽子を失いたくなかったんです」という、黒人の息子より恭平の方が大事だったみたいな演説をぶって、最後は霧積まで行って『ゼロの焦点』よろしく自殺するし―。

「人間の証明」岡田.jpg 莫大な宣伝費をかけたメディアミックス戦略の効果で映画はヒットし、実際、観た人の中には感動したという人も少なくなかったようですが、映画評論家からは酷評されました(第51回「キネマ旬報ベスト・テン」では第50位、読者選出では第8位)。「山本寛斎のファッションショーが延々と長すぎる」「松田優作が、テレビドラマのジーパン刑事そのままで何とも異様」等々。小森和子は雑誌の映画評で「日米合作としては違和感のない出来上がり。ただすべてが唐突な筋立て」と述べたように、滅多に悪く批判しない映画評論家までが映画作品としての密度の希薄さを指摘し、特に大黒東洋士と白井佳夫の批判がキツ過ぎ、この二人は角川関連の試写会をボイコットされたそうです。出演した鶴田浩二も映画誌で、「製作に12億かけて宣伝に14億かけるなんて武士の商法じゃない。本来、宣伝費は製作費の1割5分か2割でしょう。これは外道の商法です」と角川商法を批判しました。

「人間の証明」松田.jpg 批判の多さに原作者の森村誠一自身が激怒し、「作品中のリアリティと現実を混同したり、輪舞形式をとった設定をご都合主義と評したりするのは筋違いの批評...映画評論家は悪口書いて、金をもらっている気楽な稼業。マスコミ寄生人間の失業対策事業で、マスコミのダニ」などと映画評論家を猛烈に批判したとのことです。

 いずれにせよ、メディアミックス戦略等で映画業界に1つ革新をもたらしたのは事実だと思いますが、そうしたビジネス上の功績と併せて、角川映画ってこんなものだという質的評価は、良くも悪くも映画「人間の証明」で定まってしまったように思います。

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野性の証明 単行本.jpg「野性の証明」図3.jpg 作者は、『人間の証明』の発表翌年に『野性の証明』を発表、東北の寒村で大量虐殺事件が起き、その生き残りの少女と、訓練中、偶然虐殺現場に遭遇した自衛の二人を主人公に、東北地方のある都市を舞台にした巨大な陰謀を描いた作品でした。こちらも発表翌年に高倉健、薬師丸ひろ子主演で映画化されましたが、大掛かりな分、多分に大味な映画になっていました。結局、高倉健演じる自衛隊の特殊部隊の隊員(味沢岳史)がある集落でたまたま正当防衛的に住民を殺してしまい、いろいろな経緯があって、薬師丸ひろ子演じる集落の生き残りの少女を守りながら、三國連太郎演じる日本のある地方を牛耳ってるボスと戦うというわけのわからない話である上に、映画では誰もが簡単に人を殺し、味沢もまたその例外ではなく、ラストも原作の味沢が細菌に侵されて狂人になってしまうというものではなく、異なる結末になっていました。まあ、とことん駄作にしてしまった感じ。結局は高倉健のカッコ良さも空回りしていて、お金をかけてこうした映画を撮る監督(どちらかと言うと製作者?)の気が知れないです。

「人間の証明」d.jpg「人間の証明」三船.jpg「人間の証明」●英題:PROOF OF THE MAN●制作年:1977年●監督:佐藤純彌●製作:角川春樹/吉田達/サイモン・ツェー●脚本:松山善三●撮影:姫田真佐久●音楽:大野雄二(主題歌:ジョー山中「「人間の証明のテーマ」)●原作:森村誠一●時間:133分●出演:岡田茉莉子/松田優作/ジョージ・ケネ「人間の証明」長門夏八木勲范文雀.jpgディ/ハナ肇/鶴田浩二/三船敏郎/ジョー山中/岩城滉一/高沢順子/夏八木勲/范文雀/長門裕之/地井武男/鈴木瑞穂/峰岸徹/ブロデリック・クロフ「人間の証明」09.jpgォード/和田浩治/田村順子/鈴木ヒロミツ/シェリー/竹下景子/北林谷栄/大滝秀治/佐藤蛾次郎/伴淳三郎/近藤宏/室田日出男/小林稔侍(ノンクレジット)/西川峰子(仁支川峰子)/小川宏/露木茂/坂口良子/リック・ジェイソン/ジャネット八田/小川宏/露木茂/三上彩子/姫田真佐久/今野雄二/E・H・エリック/深作欣二/角川春樹/森村誠一●公開:1977/12●配給:東映(評価:★★★)「人間の証明」m」.jpg「人間の証明」八田.jpg 「人間の証明」深作.jpg 「人間の証明」長門.jpg
[上]坂口良子(おでん屋の女将)/大滝秀治(おでん屋の客A)・佐藤蛾次郎(おでん屋の客B)
[下]森村誠一(ロイヤルホテル チーフ・フロントマネージャー)/ジャネット八田(ハーレムで写真屋を営む女性・三島雪子...写真提供:吉田ルイ子)/深作欣二(渋江警部補)・長門裕之(なおみ(范文雀)の夫・小山田武夫)

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「野性の証明」●制作年:1978年●監督:佐藤純彌●製作:角川春樹/坂上順/遠藤雅也●脚本:高田宏治●撮影:姫田真佐久●音楽:大野雄二(主題歌:町田「野性の証明」高倉.jpg義人「戦士の休息」)●原作:森村誠一●時間:143分●出演:高倉健/薬師丸ひろ子/中野良子/夏木勲 /三國連太郎(特別出演)/成田三樹夫/舘ひろし/田「野性の証明」[図3.jpg村高廣/松方弘樹/リチャード・アンダーソン/鈴木瑞穂/丹波哲郎/大滝秀治/角川春樹/ジョー山中/ハナ肇/中丸忠雄/渡辺文雄/北村和夫/山本圭/梅宮辰夫/成田三樹夫/寺田農/金子信雄/北林谷栄/絵沢萠子/田中邦衛/殿山泰司/寺田「野性の証明」3.jpg農/芦田伸介(特別出演)/角川春樹/ジョー山中●公開:1978/10●配給:日本へラルド映画=東映(評価:★★)

田中邦衛(八戸市のバーのマスター)/殿山泰司(八戸市のおでん屋台の主人)
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『人間の証明』... 【1977年3月文庫化[角川文庫]/1977年3月新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 人間の証明』)]/1983年再文庫化[講談社文庫]/1997年再文庫化[ハルキ文庫]/2004年再文庫化[角川文庫(『新装版 人間の証明』) ]/2004年再新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 人間の証明』)]/2015年再文庫化[角川文庫(2004年角川文庫版に「永遠のマフラー」を併録)]】
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『野生の証明』... 【1978年3月文庫化[角川文庫]/1978年3月新書化[カッパ・ノベルズ(『長編推理小説 野生の証明』)]/2004年再文庫化[角川文庫(『新装版 野生の証明』) ]/2015年再文庫化[角川文庫(2004年角川文庫版に「深海の隠れ家」を併録)]】
『野性の証明『』.jpg 『野性にの証明』文庫.jpg

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観ていて〈しんどい〉感じがした。議論が〈空疎〉で〈内向き〉であることが浮き彫りに。

「日本の夜と霧」ポスター.jpg『日本の夜と霧』.jpg 「日本の夜と霧」1960-0.jpg
あの頃映画 日本の夜と霧 [DVD]」芥川比呂志/渡辺文雄/桑野みゆき
日本の夜と霧」ポスター
「日本の夜と霧」6.jpg 60年安保闘争で6月の国会前行動中に知り合った新聞記者の野沢晴明(渡辺文雄)と、女子学生の原田玲子(桑野みゆき)の結婚式が行なわれていた。野沢はデモで負傷した玲子と北見(味岡享)を介抱する後輩の太田(津川雅彦)に出会い、2人は結「日本の夜と霧」津川.jpgばれたのであった。北見は18日夜、国会に向ったまま消息を絶つ。招待客は、それぞれの学生時代の友人らで、司会は同志だった中山(吉沢京夫)と妻の美佐子(小山明子)。その最中、玲子の元同志で逮捕「日本の夜と霧」小山1.jpg状が出ている太田が乱入し、国会前に向かっ「日本の夜と霧」佐藤戸浦.jpgたまま消息を絶った北見の事を語り始める。一方で、野沢の旧友だった宅見(速水一郎)も乱入してきて、自ら命を絶った高尾(左近允宏)の死の真相を語り始める。これらを契機に、約10年前の破防法反対闘争前後の学生運動を語り始め、玲子の友人らも同様に安保闘争を語り始める。野沢と中山は暴力革命に疑問を持つ東浦(戸浦六宏)と坂巻(佐藤慶)を「日和見」と決めつけていたが、武装闘争を全面的に見直した日本共産党との関係や「歌と踊り」による運動を展開した中山、「これが革命か」と問う東浦や「はねあがり」など批判し合う運動の総括にも話が及び、会場は討論の場となる―。

 1960年10月公開の大島渚監督作で、大島渚監督は同年に「青春残酷物語」(6月公開)、「太陽の墓場」(8月公開)という、後にこれも代表作と評価される2作を撮っているわけで、この時期は凄く精力的だったと思います。

 この映画は異例のスピードで制作された背景には、松竹が制作を中止することを大島渚監督が恐れていたためで、実際、公開からわずか4日後、松竹が大島に無断で上映を打ち切ったため、大島渚監督は猛抗議し、翌1961年に松竹を退社しています。

 実際に撮影中にも松竹社長から異議が出ていたといい、撮影を短くすませるために、カット割りのない長回しの手法を多用し、俳優が少々セリフを間違えても中断せずに撮影を続けていて、それによって独特の緊張感が生まれています。

 上映中止は、「過激な」政治をテーマにしたメジャー映画(商業映画)というものの成立の難しさを示しているように思いますが、今の若い人がこの映画を観たらどう思うのかなあ。「青春残酷物語」や「太陽の墓場」のように、安保闘争時の時代の雰囲気を、恋人同士やドヤ街の人々に落とし込んだものの方が、「安保闘争」のことは分からなくとも、雰囲気は伝わりやすい気がします。

 この作品は劇場で観るのは今回が初めてですが、ストレートに安保闘争を巡る議論になっていて、個人的にも〈しんどい〉感じがしました。それは、1つは、彼らの語る言葉が非常に〈空疎〉に聞こえることで、多分、大島渚はその〈空疎〉を計算して描いているのではないかと思いました。

 もう1つは、議論が〈内向き〉であること。「誰があの時どうだったか」という、仲間の過去の言動のあげつらい合戦になっていて、これが、「革命運動」とやらがこれを以って終焉を迎えたという「連合赤軍事件」における「総括」と称する内部粛清に引き継がれていったとのではないかと思うとぞっとします。

 これって、さらには「オウム真理教」で繰り返された「構成員リンチ殺人事件」にもつながるように思います。脱会しようとした信徒を教祖・麻原の指示で殺害したわけですが、そう言えば、「太陽の墓場」でも愚連隊「信栄会」を抜けようとしたヤス(川津祐介)が会長の信(津川雅彦)に殺されるわけで、大島渚という人は、これらの日本的組織に通底するものを見抜いていたのではないかと思いました。

 力が〈内向き〉に働くというのは、日本の会社組織における権力争いなどもそうで、外国企業であれば別会社に自分を売り込んでさっさと転職してしまうけれども、日本企業の場合、会社に留まってキャリアの長い期間と大きな労力を内部の権力争いに費やすことが多いように思います。

 何だか、登場人物の議論に入っていけない分、そういうことを考えてしまいました。議論が〈空疎〉で〈内向き〉であることが浮き彫りにされるのも大島渚監督の計算の内だとは思いますが、映画としては前2作の方が自分との相性は良かったように思います。

「日本の夜と霧」小山2.jpg「日本の夜と霧」●制作年:1960年●監督:大島渚●製作:池田富雄●脚本:大島渚/石堂淑朗●撮影:川又昂●音楽:真鍋理一郎●時間:107分●出演:渡辺文雄/桑野みゆき/津川雅彦/味岡享/左近允宏/速水一郎/戸浦六宏/佐藤慶/芥川比呂志/氏家慎子/吉沢京夫/小山明子/山川治/上西信子/二瓶鮫一/寺島幹夫/永井一郎●公開:1960/10●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(22-03-20)(評価:★★★)

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この頃の大島渚のパワーはスゴイ。 主演は川津祐介でも佐々木功でもなく、炎加世子だった。

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あの頃映画 太陽の墓場 [DVD]」津川雅彦/川津祐介/炎加世子/佐々木功

「太陽の墓場」p.jpg「太陽の墓場」101.jpg 大阪の小工場街の一角にバラックの立ち並ぶドヤ街の建物の中で、若い男ヤス(川津祐介)に見張らせて、元陸軍衛生兵の村田(浜村純)が大勢の日雇作業員から採血し、花子(炎加世子)がそれを手伝い、ポン太(吉野憲司)が三百円払う。動乱屋(小沢栄太郎)は国難説をぶって一同を煙にまき、花子の家に往みつくことに。ヤスとポン太は新興の愚連隊「信栄会」の会員で、この種の小遣い稼ぎは会長の信(津川雅彦)から禁じられている。二人の立場を見抜いた花子は、支払いを値切る。一帯を縄張りとする大浜組を恐れる信は、組の殴り込みを恐れてドヤを次々に替えた。二人は武(佐々木功)と辰夫(中原功二)という二少年を信栄会に入れる。仕事は女の客引き。ドヤ街の一角には、花子の父・寄せ松(伴淳三郎)、バタ助(藤原釜足)・ちか(北林谷栄)夫婦、ちかと関係のある朝鮮人・寄せ平(渡辺文雄)、ヤリ(永井一郎)とケイマ(糸久)ら「太陽の墓場」3n1.jpgが住む。一同は旧日本陸軍の手榴弾を持った動乱屋を畏敬の目で迎える。武は信栄会を脱走して見つかるが、「太陽の墓場」x.jpg花子の力でリンチを免れる。信の命令で仕事に出た武、辰夫、花子は公園でアベックを襲う。花子が見張り、物を盗り、辰夫が女を犯した。花子は動乱屋と組んで血の売買を始めたが利益分配で揉め、信栄会と組む。信の乾分の手で村田は街から追い出される。動乱屋のもう一つの仕事は、色眼鏡の男(小池朝雄)に戸籍を売る男を世話することで、その戸籍は外国人に売られるのだった。その金で武器を買い、旧軍人の秘密組織を作るのだと豪語する。花子は医師の坂口(佐藤慶)を誘惑し、採血仲間に加える。やがて信栄会は分裂し、信と花子は喧嘩別れに。仲間のパンパンを連れて大浜組に身売りしようとしたヤスは信に殺される。アベックの男も自殺し、これらを見た武は嫌気がさすが、その武に花子は惹かれる。村田を拾い上げた花子は、動乱屋と組んで再び血の売買を始める。バタ助は動乱屋に戸籍を売ると、その金で大盤ふるまいをして首を吊る。人のいい大男(羅生門)の戸籍を買った動乱屋は、男を北海道に追いやる。花子は武の口からそれとなく信栄会のドヤを聞く。二人が「太陽の墓場」171.jpg公園まで来ると、恋人に死なれたアベックの女(富永ユキ)が武に飛びかかり、花子が突き放すと女は崖から転落する。安ホテルの一室で二人は激しく抱き合う。信栄会を辞める決心した武は辰夫に相談、反対する辰夫はナイフを抜くが、格闘の末倒れたのは辰夫だった。花子は大浜組に信栄会のドヤを教え、信栄会は殴り込みを受け、信以外は全員殺される。武と逃げる信は、ドヤの場所が武の口から花子に知れたことを悟り、武を銃で撃つ。撃たれた武は信にしがみつき、離れない二人の上を列車が通過する。呆然とする花子に動乱屋のヤジが聞こえた。ソ連が攻めて来て、世の中が変ったところで、このドヤ街に何の変化が来よう!花子もヤジる。騒然とした中で動乱屋の手榴弾が爆発し、バラックは吹っ飛ぶ。その中を、採血針を持った村田が花子の後を気ぜわしげに駈け廻っていた―。

「太陽の墓場」えp.jpg「太陽の墓場」さつえい.jpg 1960年に公開された、大島渚(1932-2013/80歳没)が、彼自身と助監督の石堂淑朗との共同オリジナル・シナリオを監督した作品で、大阪のドヤ街を舞台にしていますが、「青春残酷物語」('60年)を撮り終えた後、こちらの方は非常に短い期間で撮り切ったようです。この年にさらに「日本の夜と霧」('60年)も撮っているわけで、'60年代の大島渚監督作は16作に及び、例えば1967年にも「忍者武芸帳」「日本春歌考」「無理心中 日本の夏」の3作を撮っていたりします(精力的!)

「太陽の墓場」9.jpg ストーリーを長々書きましたが、群像劇なので、ストーリーの細部や順番はあまり重要ではないのかもしれません。大阪が舞台であるのに、出演者の大阪弁がヘタクソとの声もありますが、それさえもあまり重要ではないことかも。とにかく、登場人物たちの熱気を感じます。

 当時あまり売れていなかった役者を拾い上げたのも良かったのかもしれません。松竹への移籍後、ヒット作に恵まれていなかった津川雅彦も然り、出演2作目の新「太陽の墓場」2.jpg人で、本作の成功で松竹専属となった佐々木功(後のさ「太陽の墓場」19.jpgさきいさお)も然り、劇団員だったところを大島に起用されて映画に転じた戸浦六宏も然り、いずれもこの映画が転機となった俳優です。一方で、「青春残酷物語」から引き続いての起用の川津祐介、渡辺文雄、佐藤慶、浜村純などもいて、上手く組み合わせて化学反応を起こさせている感じです。

「太陽の墓場」炎.jpg「太陽の墓場」佐々木.jpg 主人公は最初に登場する川津祐介が演じるヤスかと思いましたが、これがあっさり殺されてしまい、そっか、佐々木功が演じる武が主人公だったのかと思ったら、彼も最後、信と一緒に轢死してしまい、最後に残ったのは炎加世子「太陽の墓場」炎2.jpg「太陽の墓場」炎3.jpgが演じる花子でした。思えば、最初にクレジットされているのは炎加世子だったし、この群像劇の中で最も強烈な印象を残したのも彼女でした。

 DVDの口上では、「60年安保闘争で揺れる世相の中、釜ヶ崎という小さな地域を日本全体の縮図とみたてて、縦社会である暴力団の非人間性を暴きたてた作品」とありますが、そこまで言い切「太陽の墓場」4 m.jpgらなくとも、ドヤ街に住む最底辺の人々が、飲めば、やれ革命だ、やれ戦争だと騒ぐのを見れば、60年代安保が頭に浮かびます。ただ、最近の若い人にどう伝わるかなというのはありました。

 でも、このパワーと言うか喧噪感は伝わるみたいです。今回この映画を観たのは芸術センターのシネマブルースタジオで、観客は自分以外は、東京芸大生と思われる男女3人だけでした。映画が終わった後、女子学生が拍手して、席の立ち際に「すごい映画を観てしまった」と言っていました。

田中邦衛
IMG_20220308_15561.png「太陽の墓場」田中.jpg「太陽の墓場」●制作年:1960年●監督:大島渚●製作:池田富雄●脚本:大島渚/石堂淑朗●撮影:川又昂●音楽:真鍋理一郎●時間:97分●出演:炎加世子/伴淳三郎/渡辺文雄/藤原釜足/北林谷栄/小沢栄太郎/小池朝雄/羅生門/浜村純/佐藤慶/戸浦六宏/松崎慎二郎/佐々木功/津川雅彦/中原功二/川津祐介/吉野憲司/清水元/永井一郎/糸久/宮島安芸男/田中謙三/曽呂利裕平/小松方正/茂木みふじ/山路義人/田中邦衛/富永ユキ/檜伸樹/左卜全/安田昌平●公開:1960/08●配給:松竹●最初に観た場所:シネマブルースタジオ(22-03-08)(評価:★★★★)
羅生門(綱五郎) in「太陽の墓場」(1960)/「用心棒」(1961)
「太陽の墓場」羅生門.jpg「用心棒」羅生門1.jpg

「用心棒」羅生門2.jpg
 
 
  
 
kawazu.jpg 川津祐介(1935-2022.2.26)

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安保闘争とその後の時代を反映する主人公の怒り。今の若い人が観たらどうか?

「青春残酷物語」p.jpg 「青春残酷物語」p2.jpg 「青春残酷物語」d.jpg 「青春残酷物語」01.jpg
「青春残酷物語」ポスター「あの頃映画 青春残酷物語 [DVD]」桑野みゆき/川津祐介

「青春残酷物語」4d1.jpg「青春残酷物語」00.jpg 真琴(桑野みゆき)と陽子(森島亜樹)が夜の街から帰る際に用いる手段は、クルマの窓を叩いて、運転者に家まで送らせるというもの。真琴は赤いシボレーの男(春日俊二)に声を掛けたりし、結局パッカードの男(山茶花究)にホテルに連れ込まれそうになり、清(川津祐介)という大学生に救われる。翌日、二人は隅田川の貯木場で遊び、丸太の上で清は真琴を抱く。その後1週間経っても清から連絡はなく、真琴は彼のアパートへ行き、バー「クロネコ」で伊藤(田中晋二)と陽子とで待つ。彼ら二人が去り、残った真琴に、チンピラの樋上(林洋介)や寺田(松崎慎二郎)が言い寄る。清が来て喧嘩になるが、兄貴分「青春残酷物語」032.jpgの松木(佐藤慶)が止めて金で話がつく。清は、アルバイト先の人妻・政枝(氏家慎子)と関係があったが、真琴の真情に惹かれ、アパートに泊める。真琴が朝帰りすると、姉の由紀(久我美子)がそれを叱り、彼女は家に閉じ込められるが、隙を見て逃げ、清と同棲を始める。由紀はその居所を突き止めるが、真琴は家には戻らない。金が必要だっベンツの男・堀尾(二本柳寛)を騙せなかった。彼女は妊娠していたが、清は堕胎しろと言い、そのためにも例の仕事は必「青春残酷物語」053.jpgた清は、真琴と出合った時のことを応用し、マーキュリーの男(森川信)を真琴が釣り、清が強請った。学校で同棲が噂になり、真琴は受持ちの下西(小林トシ子)に呼ばれるが、由紀が噂を否定する。妹の生き方を認めたくなっていたのだ。その夜、真琴は要だと。真琴は清のもとを去る。偶然に堀尾に会って、清を忘れるためにホテルへ泊る。清は政枝から金を借りるが、真琴が堀尾と寝たことを知ると、堀尾を強請る。一方の「青春残酷物語」渡辺文雄4.jpg由紀は、昔愛して破れた医者の秋本(渡辺文雄)を訪ねる。工場街で診療所を開き、看護婦の茂子(俵田裕子)と関係があり、昔日の面影はない。真琴が寝ていた。ここで子を堕ろしたのだ。清が現われ、秋本や由紀を罵倒し、真琴をいたわる。海辺で、二人の結びつきは堅いようにみえた。アパートに帰った時、警官が待っていた。堀尾が訴えたのだ。真琴は家へ帰され、清は政枝の奔走で情状酌量された。別れようと清は言う。君を守る力がないと。追いすがる真琴を突き放すが、樋口たちが女を貸せと脅したため、殴り合いになる。彼らは清を殴り続け、彼は死ぬ。真琴はフォードの男(田村保)に誘われ、ふらっと乗り込むが、突然飛び降り、クルマに引き擦られて動かなくなる―。

「青春残酷物語」お.jpg 大島渚(1932-2013/80歳没)監督による1960(昭和35)年6月公開作。 "松竹ヌーヴェルヴァーグ"という言葉が生まれるきっかけとなった作品で、これを機に大島渚監督自身も篠田正浩や吉田喜重とともに"松竹ヌーヴェルヴァーグ"の旗手として知られるようになりました(しかし、自身はそのように呼ばれることを望まなかったという)。

 この映画では、川津祐介演じる主人公の清の怒りが、当時の多くの若者が抱いていた世の中への憤りと重なっている点が一つのポイントでしょう。そう見ないと、清は金を得るために美人局的なことぐらいしか思いつかない、単なる破滅型の愚かな敗北者ということになってしまいます。ただ、実際、真琴の自分への真情に自らも彼女に惹かれる一方で、彼女が妊娠すると堕ろせと命じているわけで、責任回避型のどうしょうもない男にも見えなくもありません。

「青春残酷物語」04.jpg 安保世代とその後の世代のギャップというものが時代背景としてあり、渡辺文雄が演じる町医者の秋本は、青春を投げ打ってまで社会と闘った過去を持ち、一方、清の友人の伊藤は、今まさに安保反対デモに参加しながらも、ガールフレンドともテキトーに付き合っています。それに対して清は、安保闘争のようなものには秋本のように没頭することも、伊藤のようにテキトーに関わることもできず、家庭教師先の熟女マダムと爛れた関係を持つばかりで、そこへ現れた真琴が眩しく見えたのではないでしょうか。

「青春残酷物語」しぼr.jpg やはり、時代背景抜きにしては川津祐介演じる主人公の清に共感しにくいように思われ、安保闘争とその挫折という時代の流れを知らない若い人が観たらどうかな?という思いはあります(清が乗るのが単車でしかも盗難車、それに対しクルマの男たちが乗るのが、シボレー、パッカード、マーキュリー、ベンツ、フォードとどれも高級外車というのが当時のくすぶった日本の現実を象徴しているともとれる。ただ、今の若者がこうした外車に憧れを抱くか?)。個人的にはむしろ、表現面で、表情の大写しなど今の映画ではあまり使われない手法が取られているのが印象的でした。

「青春残酷物語」j2.jpg この作品は、大島渚監督が亡くなった翌年['14年]4Kデジタル修復版が第67回「カンヌ国際映画祭」でワールドプレミア上映され、さらに同年の第15回「東京フィルメックス」でも上映され、審査委員長の賈樟柯(ジャ・ジャンクー)監督(カンヌ国際映画祭でもコンペティション部門の審査員だった)が舞台挨拶でこの作品に触れています。

「青春残酷物語」j1.jpg そこで述べたのが、「この作品の特徴は、青春のただ中にいる若者たちの個人的な事を扱いながら、非常に社会性があるという事です。大島監督はこの作品の中で、個人と社会を断ち切ることなく、個人が属する社会の問題をしっかり見据えていたわけです。この観点は、現在の映画の中で、啓発を受けるべき非常に重要な姿勢だと思いました」「我々個人はあくまでも社会に属しているわけで、決して関係を断ち切ることはできません。『青春残酷物語』の中には、様々な問題が盛り込まれています。青春という意識の問題、命の問題、社会、経済、学生運動といったものです。さらに、大島監督の凄いところは、社会をしっかり見つめながら、ただ社会の方向にだけ映画を持っていくのではなく、そこに人間性に対する洞察力をしっかり込めているということ。社会を題材に、社会的な見方でしか映画を撮らないとしたら、それは芸術ではなくなってしまいます。この点が社会学者とは違い、芸術にまで高めているところだと思います」ということで、ああ、やっぱりという印象です。

「青春残酷物語」j3.jpg「青春残酷物語」ま.jpg さらに、"忘れられない場面"として、序盤、街で出会った主人公の真琴(桑野みゆき)と清(川津祐介)が丸太の浮かぶ川で遊ぶ場面を挙げ、「男が女の子にキスしようとすると、彼女が嫌がります。すると、男は彼女を水の中に突き落とし、彼女は溺れそうになりながら必死にあ「青春残酷物語」02.jpgえぐわけです。その時の会話がまさに人生に関わることでした。セリフのやり取りを通じて、2人が傷つけ合いながら互いの存在感を確かめ合っているようで、大きな孤独感を感じました。そのような表現が、この場面に盛り込まれていたわけです」と述べていて、この辺りはさすが、中国映画界の「第六世代」の監督として知られる賈樟柯監督らしいなあと思います。大島監督の作品を初めて見たのは、北京電影学院で映画を学んでいた頃だったといいます。今年['22年]の北京冬季五輪・パラリンピックの開閉会式の総監督の張芸謀(チャン・イーモウ)監督が、かつて高倉健主演の「君よ憤怒の河を渉れ」('76年/松竹)を観て感動したという、「第五世代」の日本映画に対する出会いや感じ方とはまた違うなあと。

 賈樟柯監督は、この作品が「自分が映画を撮り始めた1990年代の中国を思わせ、不思議な感じがする」とも語っていて、やはり社会を反映している分、その時代(あるいは同じような時代背景の時代)を見知っているかどうかというのは、この映画を観る時かなり大きな要素になってくる気がしました。

 結局、〈60年安保闘争〉の後に〈70年安保闘争〉というのもあったわけで、後者についてこの作品に該当するのが、藤田敏八監督の 「八月の濡れた砂」('71年/ダイニチ映配)ではないかなと勝手に思っています。

佐藤慶(チンピラの兄貴分・松木)/渡辺文雄(町医者・秋本)
「青春残酷物語」佐藤0.jpg 「青春残酷物語」渡辺文雄01.jpg

「青春残酷物語」ぽ.jpg「青春残酷物語」●制作年:1960年●監督・脚本:大島渚●製作:池田富雄●撮影:川又昂●音楽:真鍋理一郎●時間:96分●出演:桑野みゆき/川津祐介/久我美子/ 浜村純/氏家慎子/森島亜樹/田中晋二/富永ユキ/渡辺文雄/俵田裕子/小林トシ子/佐藤慶/林洋介/ 松崎慎二郎/堀恵子/水島信哉/春日俊二/山茶花究/ 森川信/田村保/佐野浅夫/城所英夫●公開:1960/06●配給:松竹●最初に観た場所(再見):シネマブルースタジオ(22-02-22)(評価:★★★★)

桑野みゆき in「彼岸花」('58年/松竹) 久我美子/渡辺文雄 in「彼岸花」('58年/松竹) 
「彼岸花」桑野3.jpg 彼岸花 映画5O.jpg 

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「寒流」が原作。原作とも映画とも異なる結末はイマイチだったが、俳優を見ていて愉しめた。

「愛の断層」1975.jpg「松本清張シリーズ・事故」dvd2.jpg 「愛の断層」11.jpg
土曜ドラマ 松本清張シリーズ 上巻 DVD 全5枚」「愛の断層」平幹二朗/香山美子/中谷一郎

「愛の断層」12.jpg 東陽銀行の支店長・沖野一郎(「愛の断層」13.jpg平幹二朗)は融資先の料亭の女将・前川奈美(香山美子)と深い仲になっていた。だが学生時代からの友人で常務の桑山英己(中谷一郎)は、二人の関係を訝って探[愛の断層_s2.jpg偵の伊牟田(殿山泰司)を使って二人の仲を突き止める。そして、自分の権限を使って沖野から出されていた奈美の店の支店出店のための資金融資の稟議を却下してしまう。その上で、自分と沖野と奈美の三人での温泉旅行を設定し、途中で沖野に帰るよう命じて、自分は奈美を奪ってしまう。失意の沖野は銀行を辞めようとするが、そんなある日、探偵の伊牟田から桑山常務と奈美の密会写真を提供される―。

黒い画集 00_.jpg黒い画集2.png黒い画集3.png黒い画集 第二話 寒流.jpg『黒い画集』 .jpg '75(昭和50)年放送された、NHK「土曜ドラマ」松本清張シリーズ版('75年-'78年)の第3作で、原作は、'59(昭和34)年4月から翌年7月にかけて光文社から刊行された『黒い画集』第1巻から第3巻の中の1つであり、鈴木英夫監督の「黒い画集 第二話 寒流」('61年/東宝)として、池部良(沖野一郎)、新珠三千代(前川奈美)、平田昭彦(桑山常務)の出演で映画化されてます。

 一方、ドラマ化作品は以下の通り。
 •1960年「寒流 (日本テレビ)」山根寿子・細川俊夫・安部徹
 •1962年「寒流 (NHK)」原保美・春日俊二・環三千世
 •1975年「松本清張シリーズ・愛の断層 (NHK)」平幹二朗・香山美子・中谷一郎
 •1983年「松本清張の寒流 (テレビ朝日)」:露口茂・山口崇・近石真介
 •2013年「松本清張没後20年スペシャル・寒流 (TBS)」椎名桔平・芦名星・石黒賢
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2013年・TBS月曜ゴールデン「松本清張没後20年スペシャル・寒流」椎名桔平・芦名星(1983-2020/36歳没)

 このNHK版だけ「愛の断層」というタイトルなので、原作が「寒流」であることを見過ごしている人もいるかもれないと思われます。原作は、銀行員である主人公が踏んだり蹴ったりの目に遭いますが、最後に策を凝らして逆転すると言うか常務を罠に嵌める復讐劇になっています。

「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(1961/11 東宝) ★★★☆ 出演:池部良/新珠三千代
黒い画集 寒流01.jpg黒い画集 寒流03.jpg 一方、鈴木英夫監督の映画の方は、原作同様、主人公(池部良)が仕事上のきっかけで美人女将(新珠三千代)と知り合い、いい関係になったまではともかく、そこに主人公の上司である好色の常務(平田昭彦)が割り込んできて、主人公の仕事人生をも狂わせてしまうというものですが、主人公は原作と異なり、踏んだり蹴ったりの散々な目に遭うだけ遭って、反撃策を講じても相手に裏をかかれ、ただ敗北者で終わってしまう結末になっています(鈴木英夫監督は、欲に駆られて自滅する人間や犯罪者を描いた和製フィルム・ノワール的作品を得意とした)。

「愛の断層」14.jpg そして、このNHKの中島丈博(「無宿 やどなし」('74年)、「祭りの準備」('75年)、「女教師」('77年))脚本版は、どちらでもない結末でした。殿山泰司演じる探偵の伊牟田が、平幹二朗演じる沖野の前に現れる以前に、中谷一郎演じる桑山常務の依頼を受けて、香山美子演じる奈美と沖野の関係を密偵したことがあったというのはドラマのオリジナルです。桑山常務と奈美の密会写真を沖野に渡すのは原作と同じですが(ただし、桑山常務の対抗勢力である"副頭取派"に渡すよりも、写真をどうするか沖野に判断して欲しかったとの注釈がつく)、沖野が奈美といる旅館へ桑山常務を呼び出したり、その際に奈美が問題の写真をこっそり奪ったりと、この辺りはドラマのオリジナルで、どんどん原作と違った方向に行くなあという感じがしました。

「愛の断層」18.jpg.png.jpg 沖野が銀行を辞めるというのもドラマのオリジナルですが、原作とも映画とも決定的に異なるのは、沖野が奈美のところへ出向いて写真もネガも燃やして欲しいと頼むところで、奈美はそれを拒絶し、副頭取に送ると言い放ったために二人は揉み合いに。最後は転落事故でしたが、「無理心中」にされているということは、事故&自殺というこ「愛の断層」16.jpgとなのでしょう。それはともかく、どうして最後に沖野が桑山を守るような行動をとったのが謎で、ラストシーンで、むっつり顔の沖野の遺影が桑山にニヤッと微笑みかけるといったシュールなオチから逆算すると、沖野と桑山は最後まで友情で結ばれていたことになります。

「愛の断層」19.jpg しかしながら、最初に三人で旅館に行った際に、桑山が沖野に自分の背中を流せと言ってマウントしたのに対し、後に沖野が桑山を旅館に呼び出したときは沖野が桑山に自分の肩を揉めと言って(どちらもドラマのオリジナル)、権力の見せつけ行為とその仕返しという関係になっていただけに、その底流に「友情」があったとはちょっと理解しがたい気もします(友情と言うよりホモセクシャルな関係ととる人もいるようだ)。

黒い画集 寒流 ド.jpg 一方、奈美の自殺は沖野が死んだショックからのものと考えられ、結局、奈美は沖野を好きだったのだろなあ。原作でも映画でも、奈美は最後は沖野に「はっきり言って、自分より惨めに見える人、好きになれないわ」と絶縁宣言し、そのファム・ファタールぶりを露わにするのですが(新珠三千代が役に嵌っていた)、ドラマの香山美子演じる奈美は、桑山に抱かれた時こそ騙し討ちに遭った気持ちだったけれども、ホントは最後まで沖野のことを好きだったのではないかと考えます。

「愛の断層」香山.jpg
 同じ「松本清張シリーズ」で、この作品の翌週に放送された「事故」もそうでしたが、この頃のこのシリーズ、脚本家の意図かどうかは分かりませんが、メロドラマ的改変が多いように思います。「愛の断層」の場合、原作「寒流」やその映画化作品と異なり、総会屋(映画では志村喬が演じた)ややくざ(映画では丹波哲郎が演じた)も出てこず、「愛の断層」17.jpg.pngタイトルからしてそうですが、主人公の男女の恋愛心理に重点を置いている印象。原作から改変された結末は個人的にはイマイチでしたが、平幹二朗、中谷一郎、殿山泰司といった俳優たちの手堅い演技と、奈美を演じた香山美子(当時31歳)の美貌が堪能で「愛の断層」清張.jpgきるドラマでした。香山美子はこの2年後に「江戸川乱歩の陰獣」('77年/松竹)で初ヌードを披露することになりますが(本作にでも情事の場面がある)、一方で、時代劇「銭形平次」('70年‐'84年/フジテレビ)で平次の妻・お静役を長く務めました。因みに、この「松本清張シリーズ」の第1次シリーズ12作のすべてに原作者・松本清張がカメオ出演しています。

松本清張(タクシー運転手)

松本清張シリーズ・愛の断層  20.jpg「愛の断層」t.jpg「松本清張シリーズ・愛の断層」●演出:岡田勝●脚本:中島丈博●音楽:眞鍋理一郎●原作:松本清張「寒流」●出演:平幹二朗/香山美子/中谷一郎/殿山泰司/高田敏江/森幹太/鈴木ヒロミツ/山崎亮一/松村彦次郎/鶴賀二郎/望月太郎/テレサ野田/桂木梨江/石黒正男/戸塚孝/小林テル/本田悠美子/風戸拳/西川洋子/松本清張(クレジット無し)●放送日:1975/11/01●放送局:NHK(評価:★★★)


●「土曜ドラマ(第1次・第2次)」松本清張シリーズ(全15話)放映ラインアップ
        放送日   脚本/演出       出 演 (《第1次》は松本清張本人がすべてに出演)
《第1次》
 1975年
  遠い接近  10月18日  大野靖子/和田勉   小林桂樹、笠智衆、吉行和子、荒井注
  中央流沙  10月25日  石松愛弘/和田勉   川崎敬三、佐藤慶、内藤武敏、中村玉緒
  愛の断層   11月1日    中島丈博/岡田勝   平幹二朗、香山美子、中谷一郎、殿山泰司
  事故    11月8日   田中陽造/松本美彦   田村高広、山本陽子、野際陽子、二瓶康一(火野正平)
 1977年
  棲息分布   10月15日  石堂淑朗/和田勉   滝沢修、佐藤慶、津島恵子、中山麻里
  最後の自画像  10月22日 向田邦子/和田勉   いしだあゆみ、加藤治子、内藤武敏、乙羽信子
  依頼人    10月29日  山内久/高野喜世志   太地喜和子、小澤栄太郎、二木てるみ、沖雅也
  たずね人   11月5日   早坂暁/重光亨彦   林隆三、鰐淵晴子、小山明子、戸浦六宏
 1978年 
  天城越え    10月7日   大野靖子/和田勉   大谷直子、佐藤慶、鶴見辰吾、中村翫右衛門
  虚飾の花園   10月14日  高橋玄洋/樋口昌弘    岡田嘉子、奈良岡朋子、内藤武敏、河原崎建三
   一年半待て   10月21日  杉山義法/高野喜世志   香山美子、早川保、南風洋子、藤岡弘
  火の記憶    10月28日  大野靖子/和田勉    高岡健二、秋吉久美子、村野武憲、山内明
《第2次》
  天才画の女   1980年4月5日・12日・17日  高橋康夫/高橋玄洋  竹下景子、佐藤慶、 鹿賀丈史、篠ひろ子
  けものみち   1982年1月9日・16日・23日  和田勉/ジェームス三木 名取裕子、山崎努、 西村晃、伊東四朗
  波の塔  1983年10月15日・22日・29日  和田勉/ジェームス三木 佐久間良子、山崎努、 鹿賀丈史、和由布子
土曜ドラマ 松本清張シリーズ3.jpg

「遠い接近」('75年)/「中央流沙」('75年)/「最後の自画像」('77年)/「天城越え」('78年)/「火の記憶」('78年)/「けものみち」('82年)

●松本清張カメオ出演集《第1次・松本清張シリーズ》(1975-1978)
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土曜ドラマ 松本清張シリーズ 上巻 DVD 全5枚
土曜ドラマ 松本清張シリーズ1.jpg「遠い接近」(1975/10/18放送)
 昭和23年(1948)、三重県・御在所山の崖から男が突き落とされて死亡。事件の裏には、戦争の傷跡が深く刻まれていた。昭和17年(1942)、自営の印刷色版画工・山尾に召集令状が届く。入隊後は古参兵にいじめられ、朝鮮の前線部隊へ配属、復員すると家族は広島の原爆で亡くなっていた。山尾はふとしたことから自分の召集のカラクリを知り、人生を奪った相手に復讐の炎を燃やす。

「愛の断層」(1975/11/1放送)(原作「寒流」)
 沖野一郎は銀行支店長に就任早々、前支店長から料亭の女将・前川奈美を紹介される。やがて二人は深い仲に。奈美から八千万円の融資を頼まれた沖野は、学生時代からの友人で上役の桑山常務に了解を求めるが、桑山は奈美の体と引き替えという条件を出す。沖野は理不尽な条件に内心憤りつつも逆らえない。若くして支店長になれたのも桑山あってこそ。ある日、沖野は見知らぬ男から桑山と奈美の密会写真を提供され...。

「事故」(1975/11/8放送)
 興信所の調査員・浜口久子は、会社重役夫人・山西三千代の浮気調査を担当する。三千代の情事の確証を得るため、知り合いのトラック運転手に頼んで、夫の留守に山西邸の玄関に突っ込むという事故を起こさせる。現場に待機していた久子は、慌てて2階から下りてきた三千代と愛人を見て衝撃を受ける。なんと三千代の密会相手は、久子が勤める興信所の所長だった...。

「棲息分布」(1977/10/15放送)
 井戸原俊敏は戦時中に軍の物資を横領し、敗戦のどさくさに闇屋から巨財を築いた男。あくどく冷徹に会社を乗っ取り、利権を求めて政界の有力代議士にも近づこうとする。井戸原の過去を握る根本常務は元憲兵で、それをネタに井戸原に一泡吹かせ、金を引き出そうとたくらむ。さらに井戸原の妻や愛人たち、井戸原夫婦の情事をかぎつけたゴシップ記者などもからんで...。

「最後の自画像」(1977/10/22放送)(原作「駅路」)
 定年を迎え、第二の人生を前に小旅行に出かけた小塚貞一。一か月たっても戻らないため、妻の百合子は安否を気遣い捜索願いを出す。二人の刑事が捜索に当たるが、誰に聞いても小塚は謹厳実直で、社内の信頼も厚く、浮いた噂ひとつない。趣味といえば写真と旅行だけ。ところが、その小塚が旅に出る前、銀行から500万円を引き出していたことが判明。さらに、一人の若い女性の存在が浮上して...。

土曜ドラマ 松本清張シリーズ 下巻 DVD 全5枚
土曜ドラマ 松本清張シリーズ2.jpg「依頼人」(1977/10/29放送)(原作は小説としては存在せず)
 美容院を営む佐伯伊佐子は、ある会社会長の愛人で、店も会長に買ってもらったものだ。その会長が息を引き取ると、顧問弁護士の沼田が伊佐子に接触してくる。遺族の意向で伊佐子の出方を探るのが目的だったが、沼田は土地問題で悩んでいた伊佐子の弱みにつけ込み、自分の愛人にしようと画策し始める。追い詰められた伊佐子を、若手弁護士・河村亮平が助けようとするが、法曹界の壁が立ちはだかる。

「たずね人」(1977/11/5放送)(原作は小説としては存在せず)
 3年ぶりに帰国したカメラマンの綾村省三は、オランダで出会ったルキアという女性を連れていた。彼女は日本軍人の父とインドネシア人の母との間に生まれた子どもで、終戦直後に別れた父親を捜しに来日しただった。綾村とルキアはテレビの人捜し番組に出演するが、手がかりは「サイトウ少尉」という名前と、父が母に教えた「砂山」という歌だけだった。

「虚飾の花園」(1978/10/14放送)(原作「獄衣のない女囚」)
 リバーウエストマンションの10階に住むのは、独身女性ばかり。住人の一人で社長秘書の服部和子は、屋上で女性の死体を発見する。死んだのはマンションの住人ではない山本菊江で、他殺と断定。担当刑事らは、動機や犯行時間から容疑者を3人に絞る。元外交官夫人の栗宮多加子、洋裁学校教師の村瀬妙子、そして、モデルの南恭子。捜査が進むにつれて、中年を過ぎた独身女性たちの隠された一面が浮上してきて...。

「一年半待て」(1978/10/21放送)
 郊外の交番に、「夫を殺しました」という子連れの女が自首してきた。女は保険外交員の須村さと子。二人目の子どもができたころに夫の会社が倒産。働きに出たさと子の稼ぎが増えるにつれて、無職の夫は酒と賭博と女に明け暮れるように...。ある日、さと子は、酒を飲んで子どもに乱暴する夫を殺してしまう。世間は彼女に同情して嘆願書も集まり、執行猶予つきで刑は軽くなりますが、再出発を前に新しい事実が浮かび上がる。

「火の記憶」(1978/10/28放送)
 高村泰雄は父の顔を知らず、母もすでにこの世にはいない。記憶を閉ざしていた泰雄は、母の十七回忌に見つけた一枚のはがきを手がかりに、恋人とともに過去を探す旅に出る。母と暮らした幼い日々を思い出すと、なぜか"火の記憶"がよみがえり、母のそばには父ではない一人の男が寄り添っていた。封印していた過去の扉を開き、事実が明らかになるにつれて、泰雄の心は次第に解き放たれていく。


池部良/新珠三千代/平田昭彦
黒い画集 寒流 title.jpg黒い画集 寒流00.jpg「黒い画集 第二話 寒流(黒い画集 寒流)」(映画)●制作年:1961年●監督:鈴木英夫●製作:三輪礼二●脚本:若尾徳平●撮影:逢沢譲●音楽:斎藤一郎●原作:松本清志「寒流」●時間:96分●出演:池部良(沖野一郎)/荒木道子(沖野淳子)/吉岡恵子(沖野美佐子)/多田道男(沖野明黒い画集 寒流_0.jpg)/新珠三千代(前川奈美)/平田昭彦(桑山英己常務)/小川虎之助(安井銀行頭取)/中村伸郎(小西副頭取)/小栗一也(田島宇都宮支店長)/松本染升(渡辺重役)/宮口精二(伊牟田博助・探偵)/志村喬(福光喜太郎・総会屋)/北川町子(喜太郎の情婦)/丹波哲黒い画集 第二話 寒流12.jpg郎(山本甚造)/田島義文(久保田謙治)/中山豊(榎本正吉)/広瀬正一(鍛冶久一)/梅野公子(女中頭・お時)/池田正二(宇都宮支店次長)/宇野晃司(山崎池袋支店長代理)/西条康彦(探偵社事務員)/堤康久(比良野の板前)/加代キミ子(桑山の情婦A)/飛鳥みさ子(桑山の情婦B)/上村幸之(本店行員A)/浜村純(医師)/西條竜介(組幹部A)/坂本晴哉(桜井忠助)/岡部正(パトカーの警官)/草川直也(本店行員B)/大前亘(宇都宮支店行員A)/由起卓也(比良野の従業員)/山田圭介(銀行重役A)/吉頂寺晃(銀行重役B)/伊藤実(比良野の得意先)/勝本圭一郎/松本光男/加藤茂雄(宇都宮支店行員B)/細川隆一/大川秀子/山本青位●公開:1961/11●配給:東宝(評価:★★★☆)


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ミステリ、サスペンスとして愉しめ、メロドラマ的だが情感があり、ラストの改変も悪くない。

「松本清張シリーズ・事故」dvd1.jpg「松本清張シリーズ・事故」dvd2.jpg 「事故」1975.jpg 「事故」m.png
土曜ドラマ 松本清張シリーズ 上巻 DVD 全5枚」佐野浅夫/山本陽子/野際陽子/田村高廣/二瓶康一(火野正平)/千昌夫/渡辺文雄 松本清張『事故』(文春文庫)
「松本清張シリーズ・事故」00.jpg「松本清張シリーズ・事故」01.jpg ある晩、民家の玄関先にトラックが突っ込む事故が起きる。事故を起こしたのは運送会社のトラック運転手の山宮健次(二瓶康一(火野正平))。突っ込んだ先は会社重役宅で、夫人の山西三千代(山本陽子)が寝間着姿で出てきた。後日、運送会社の事故担当の高田(佐野浅夫)は山西宅に謝罪に行くが、三千代夫人が出てきて、夫は「出社」していると言う。その頃、興信所の調査員・浜口久子(野際陽子)は、所長の加納(田村高廣)に辞職を申し出てい「松本清張シリーズ・事故」02.jpgた。有能な部下の突然の辞意を訝しがる加納。久子は、山西三千代の浮気調査を担当していた。実はトラック事故は、久子が三千代夫人の情事の確証を得るため、自分の年下の愛人である山宮に頼んで、夫の留守に山西邸の玄関に突っ込ませたという人為的なものだった。一方、それ以前に加納は、三千代夫人から夫の山西省三(渡辺文雄)の浮気調査の依頼を受けていた。そして、山西の浮気の確証が「松本清張シリーズ・事故」03.pngを得るも、三千代夫人は現場を押さえることなく加納の胸に飛び込んできたのだった。そして今度は、妻の浮気を疑った山西が加納の興信所へ調査依頼にきて、それを担当していたのが調「松本清張シリーズ・事故」04.png査員の浜口久子だった。山宮に事故を起こさせた際に現場に待機していた久子は、慌てて二階から下りてきた三千代夫人とその愛人を見て、三千代夫人の密会相手が自分が勤める興信所の所長の高田だったとわかり衝撃を受けたのだった。彼女がそのことを吹き込んだテープを聴いた加納は、同じものを彼女が山西に送れば身の破滅であると悟り、久子と山宮の殺害を決心する「松本清張シリーズ・事故」05.jpg―。山梨県内で同じ日に久子と山宮の死体があがる。遺体安置所には山宮の遺体と久子の遺体が並べられ、運送会社の高田が山宮の遺体確認のためそこを訪れた際には、加納も久子の遺体確認に来ていた。高田にすれば、片や自分の会社の社員で、片やその社員がトラックで突っ込んだ家の夫人である。高田はふと山宮が起こした事故に不自然なものを感じ、山宮の死と久子の死は関連があるのではないかとの疑念を抱く。山宮の事故当時の相方の運転手だった佐々(千昌夫)に事情を訊くなどするうちにその疑念は確証に代わり、加納と久子が公園で逢っているところを直撃して牽制する。しかし、山宮の死体と久子の死体は同じ県内とは言え50キロ離れた場所で見つかっており、その謎が高田にはまだ解けなかった―。

「事故」ぽk.jpg '75(昭和50)年放送のNHK「土曜ドラマ」松本清張シリーズ版('75年-'78年)の第4作で、原作は松本清張が「週刊文春」1962(昭和37)年12月31日号・1963(昭和38)年1月7日号合併号から1963年4月15日号まで、「別冊黒い画集」第1話として連載した文庫で200ページほどの小説です。因みに、過去5回のドラマ化は、帯番組も含め以下の通りとなっています。
 ・1972年「真昼の月(CX)」[全50回]市川和子・土屋嘉男・下條正巳
 ・1975年「松本清張シリーズ・事故(NHK)」田村高廣・山本陽子・佐野浅夫 
 ・1982年「松本清張の事故 (ANB)」山口崇・松原智恵子・中尾彬
 ・2002年「松本清張スペシャル・事故 (NTV)」古谷一行 ・斉藤慶子 ・十朱幸代
 ・2012年「松本清張没後20年特別企画 事故〜黒い画集〜(TX)」高橋克実 ・京野ことみ

 新しいものになるほど原作からの改変の度合いが大きいようですが、この田中陽造(鈴木清順監督「恐怖劇場アンバランス(第1話)/木乃伊の恋」('70年)/「ツィゴイネルワイゼン」('80年)の脚本)による脚本のNHK版は、途中までは比較的原作に忠実ではなかったでしょうか。ただ、原作が事件がいったん迷宮入りした後、不審に思った刑事が再捜査するのに対し、このドラマ版では、佐野浅夫演じる運送会社の事故担当の高田が"探偵役"になっています(ただし、この"探偵"、犯人の確証が得られたら、犯人から息子の大学進学費用300万円をゆすりとろうとするのだが)。

 夫(渡辺文雄)の浮気調査の依頼主(山本陽子)と依頼された興信所の所長(田村高廣)とが矩を越えた禁断の関係に陥ってしまい、その秘密を知った女調査員(野際陽子)とその協力者である彼女の愛人(火野正平)を局長が自分の職業的地位を守るため殺害するのは原作と同じです(原作では女調査員は真面目にこつこつ調査することだけが取柄だが、ドラマでは野際陽子が演じることで"有能な"調査員になっている)。さらに、その夫が今度は妻の浮気を疑って調査を依頼してくるのも同様です(実はその依頼した相手こそが妻の浮気相手だったということなのだが)。

 原作は途中から興信所の局長の自身の犯行の回想が入る変則的な倒叙法と言えるものでしたが、ドラマの方はもっと早くから田村高廣演じる所長が登場して、野際陽子演じる女調査員が辞めるという話もほとんど冒頭に出てくるため、つまり原作の回想をリアルタイムにしていることになります。そして、犯人が追いつめられて犯行を決意するまでが描かれていて、実際の犯行はその後で行われるのですが、スタイルとしてはよりオーソドックスな倒叙法になっているとも言えます(ちょうどNHKで「刑事コロンボ」を放映していた頃だなあ)。

「事故」m3.png.jpg ただ、泥臭い犯行場面は割愛して佐野浅夫が演じる運送会社の高田の推理に任せることとし、田村高廣と山本陽子が不倫関係に陥ってしまった男女を情感豊かに演じることに注力した、メロドラマ的色合いが濃い作りになっていますが、これはこれでいいのでは。その流れで、ラストは"道行き"のような感じで、報道上はこれも「事故」の1つに過ぎないという、冒頭のトラックの「事故」が実は人為的なものだったということに絡めたオチでもありました。

「事故」hino.jpg「松本清張シリーズ・事故」06.jpg ミステリとしてもサスペンスとしても楽しめ、「寒流」が原作の前作「愛の断層」同様にメロドラマ色が強いけれど演技力のある俳優が演じているのでしっとりした情感が出ていてよく、ラストの改変も悪くなかったです。火野正平や渡辺文雄といった脇役陣の演技まで愉しめるし、なぜか「事故」清張 m.png.jpg千昌夫が火野正平の同僚のトラック運転手役で出ていた「事故」m4.png.jpgり、公園の遊具の整備係の役で原作の松本清張がカメオ出演していたりもします。ドラマ化作品の中ではよく出来ている方だと思います。

松本清張(公園の遊具の整備係)

「松本清張シリーズ・事故」●演出:松本美彦●脚本:田中陽造●音楽:眞鍋理一郎●原作:松本清張●出演:田村高廣/山本陽子/佐野浅夫/野際陽子/渡辺文雄/二瓶康一(火野正平)/千昌夫/松本清張(クレジット無し)●放送日:1975/11/08●放送局:NHK(評価:★★★★) 

山本陽子2.jpg山本陽子.jpg 山本陽子
俳優・山本陽子(やまもと・ようこ=本名同じ)2024年2月20日、静岡・熱海市内の病院で死去。死因は急性心不全。81歳。

『映画情報』1965年6月号(国際情報社)より

「●ふ 藤原 審爾」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【3090】 藤原 審爾 「放火
「●日本のTVドラマ (~80年代)」の インデックッスへ(「新宿警察」)「●さ行の日本映画の監督」の インデックッスへ 「●渡辺 文雄 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ「○都内の主な閉館映画館」の インデックッスへ(新宿昭和館)

ドラマ「新宿警察」の原作。粒ぞろいだが、「新宿心中」が一番か。

I新宿警察I (双葉.jpg新宿警察 tv4.jpgseijyugakuen.jpg聖獣学園 [DVD]」(多岐川裕美)
新宿警察I (双葉文庫)』['09年] TVドラマ「新宿警察」北大路欣也/藤竜也/財津一郎/花沢徳衛/小池朝雄 
新宿警察1-4.jpg新宿警察 tv図2.jpg '75年9月から'76年2月にかけてCX系で放映された北大路欣也主演のドラマ「新宿警察」の原作です。既刊の『新宿警察』('75年/双葉社)を分冊したもので、本書に収められているのは「新宿警察」「復讐の論理」「若い刑事」「新宿心中」「ズベ公おかつ」の全5篇です(残りは『慈悲の報酬-新宿警察Ⅱ』に収められ、さらに『続新宿警察』('75年/双葉社)』も分冊化され、『所轄刑事-新宿警察Ⅲ』『新宿生餌-新宿警察Ⅳ』に収められている)。当初からの物語の主要メンバーは、主人公の新宿署の根来、課長の仙田(ドラマでは主任)、署の生き字引と言われる徳田、後に根来の妹・登志子(ドラマでは戸志子)の婚約者となる戸田などです。

新宿警察 仙田.jpg「新宿警察」... 新宿の街に若い女性に硫酸を浴びせる硫酸魔が出没。新宿署の仙田らは、地道な調査を続け、犯人の特定と犯人の次のターゲットの保護を目指す―。ちようど今年['21年]8月に、東京・港区の東京メトロ白金高輪駅で硫酸を使った傷害事件が起きたばかりで、怖いなあと思いながら読みました。新聞報道によれば、今回の事件は、警視庁が容疑者の男の逮捕までに駅や街中の防犯カメラ約250台を解析していたとのこと。時代は変わったのか変わっていないのか。初出は「推理ストーリー」1968年3月号ですが、Kindle版監修の杉江松恋氏によれば、タイトルは同年刊行の『新宿警察』('68年/報知新聞社)を意識したのではないかとのことです(ドラマ「新宿警察」で仙田を演じたのは小池朝雄)。

新宿警察 登志子.jpg新宿警察 根来.jpg「復讐の論理」... 静岡の刑務所を脱獄した犯人。かつて、船上での逮捕時に、情婦が彼を逃がすために時間を稼ごうと身投げして命を絶ったことから、彼を追い詰めた新宿署の刑事・根来を憎んでいた。脱獄犯は東京に潜入し、ついには根来の唯一の肉親である妹・登志子の住むアパートの屋上に現れる。手にライフルを携えて―。これもハラハラドキドキさせられます。昭和のマンションって屋上が住民たちの洗濯物干し場になっていたのだなあ。そう言えば学校や会社の建物にも屋上があり、バレーボールとかやっていた...(ドラマ「新宿警察」で根来を演じたのは北大路欣也、登志子を演じたのは多岐川裕美)。

「駈けだし刑事」.jpg「駆けだし刑事」1.jpg.png「若い刑事」... 今は亡き敏腕刑事を父に持つ正介は、大学を卒業して金融会社の社長秘書になるも、実はその会社はブラック企業だったために退職、警察学校を経て警官になって1年後、新宿署の刑事に抜擢される。その正介が担当した事件が、前の勤務先のブラック企業絡みのものだった―。若い刑事の成長物語。散々な目に遭って、自分には刑事は向かない、もう辞めてやると思った頃に、傍から見ると"デカ"らしくなっているというのが可笑しいです。1959(昭和34)年に雑誌に発表されたシリーズのパイロット版的作品(シリーズ第1作)です(短編集『若い刑事』('60年/彌生書房)として刊行されたが、 表題作「若い刑事」のみがシリーズ作品)。この「若い刑事」は、「駈けだし刑事」('64年/日活)として前田満洲夫監督、長門裕之主演(共演:長谷百合・伊藤雄之助・高品格)で映画化されていますが、個人的には未見です。

新宿警察 山辺.jpg「新宿心中」... 若い女性を香港や台湾に売り飛ばすことを業としている組織を挙げるために新宿署も協力することになる。仙田は、柔道五段剣道三段の猛者・山辺に担当させることにするが、彼の妻は、山辺と彼の仕事のことで喧嘩したはずみに事故に遭い、寝たきりで精神状態も不調で、山辺ともろくに話さない―。辛い話だなあと。事件の方は無理心中事件の謎解きを経て、組織のアジトへの警官隊の突入にへ。事件が解決したところで、山辺と妻との関係も希望が持てるものに改善。最初が辛かっただけに、カタルシス効果が大きかったです。5篇の中では個人的にはこれが一番良かったです(ドラマ「新宿警察」で山辺を演じたのは財津一郎)。

「ズベ公おかつ」...冒頭の「新宿警察」で危うく硫酸魔の餌食になりかけた"おかつ"。ホントは気のいい女なのだが、新宿西口の寿司屋で大乱闘事件を起こしたために、根来は、おそらく彼女が潜伏している故郷・尾道の島まで彼女を逮捕しにいく途上である。彼女が自分に淡い恋情を抱いだいていることは根来も感じており、どうもやりにくい―。刑事ものにしてはロマンスとユーモアが感じられる一篇でした。

 短篇集ながらその事件の多くが多重構造になっていて、なかなか一直線には解決できず、刑事たちの地道な捜査が続きます(ドラマにおいても「『太陽にほえろ!」と同じ新宿を舞台にしながら、刑事たちを決してヒロイックには描いていなかった)。その一方で、多重構造になっていている分、思わぬところから解決への糸口が見えたりもし、実際の捜査や事件解決ってこんな感じなのだろうなというシズル感がありました。また、全体に昭和の雰囲気も感じられました(監視カメラもなければスマホもない時代だったからなあ)。

 藤原審爾は『秋津温泉』を読み、岡田茉莉子主演の映画「秋津温泉」('62年/松竹)を最近観ましたが、それとはまったく異なる作風の作品で、所謂"警察小説"と言われるものです。この「新宿警察」シリーズは数十年にわたり100篇以上書かれたのではないとも言われていますが、確認されているのは58篇ぐらいで正確な全容は分からないそうです(この問題は、1994年刊行の『活字探偵団』(本の雑誌社)でも取り上げられている)。

『活字探偵団』(1994//10 本の雑誌社)
「新宿警察」書誌0.jpg
「新宿警察」書誌.jpg

藤原審爾
藤原審爾2.jpg 文芸評論家の細谷正充氏の文庫解説によれば、作者の自伝的随筆の中に、「今、当時の作品表をみてみると、(昭和)44年のその頃からは、
 新宿警察もの
 ユーモア昭悦
 動物小説、
その三種の作品が圧倒的に多い」とあるそうで、警察小説だけでないところがスゴイです(動物小説については、1972年発表の動物小説集『狼よ、はなやかに翔べ』などがある)。

 実際、先に挙げた映画「秋津温泉」ばかりでなく、自分が観たものに限っても、市川雷蔵主演の映画「ある殺し屋」('67年/大映)、「ある殺し屋の鍵」('67年/大映)の原作も藤原審爾(雰囲気は警察ものにやや近いか)、森繁久弥・倍賞美津子主演の「喜劇女は男のふるさとヨ」('71年/松竹)の原作も藤原審爾です。文芸的な雰囲気の恋愛もの、警察もの、時代劇、ハードボイルド、お色気ユーモア小説と、これだけ異なる得意ジャンルを持った作家も珍しいと思います。

聖獣学園 takigawa.jpg 因みに、ドラマでの根来(北大路欣也)の妹・登志子(ドラマでは戸志子)を演じた多岐川裕美は、ドラマ出演の前年に成人漫画を映画化した鈴木則文(1933- 2014/80歳没)監督の「聖獣学園」('74年/東映)でデビューしており、この映画は修道院を舞台にしたエロティック・バイオレンスで、多岐川裕美がヌードを披露する他、拷問シーンなど体当たりの演技を見せました。封切り当時は全くヒットせず、忘れ去られた映画になっていましたが、多岐川裕美が清純派イメージで人気を高めていた1980年頃、かつて映画でヌードになっているとメディアに取り上げられて再公開されています。個人的には'83年に新宿昭和館でo0聖獣学園.jpg観ましたが、多岐川裕美の学芸会的演技ぶりでその時の個人的評価は×(★★)、ただし、後に多岐川裕美が"嫌々脱がされた"と訴え、そのことで鈴木則文監督から逆提訴されそうになったとの話もあったりして、いろいろな意味でレアものであるとのことでオマケで△(★★☆)に。ウィキペディアに<よれば、日本におけるナンスプロイテーシ聖獣学園 1974すち.jpgョン映画(尼僧や女子修道院を主題とするエクスプロイテーション映画)の傑作とのことですが、ひとえに後に多岐川裕美が有名女優になったことによるのではないかという気がします。三原葉子(修道院の副院長)や渡辺文雄(司祭)、谷隼人やたこ八郎が出演していて、作家の田中小実昌なども出ています。
山内えみ子(絵美子)/多岐川裕美

「新宿警察」多岐川.jpg 多岐川裕美はこのドラマ出演中に人気が急上昇し、元の「新宿警察」の方の出演が多忙中の綱渡りになってしまったため、最初の内は事件に関与していたりしたものの(第2話「地下水道」)、後は第21話「新宿心中」、第22話「新宿・初恋」で事件に絡む程度でした。最終回の序盤で、ネグリジェ姿のままエプロンをつけ、朝ご飯の支度新宿警察 多岐川.jpgをしている場面があり、兄の根来に「いくら兄貴の前だって、服くらい着ろよ」とたしなめられますが、当時の一部の視聴者が多岐川裕美に求めていたイメージ的役割に応えたともとれます(ただし、これはドラマ用に作ったシーンではなく、本書所収の「復讐の論理」の冒頭に実際に同じようなシチュエーションで兄妹がこうしたやりとりをする場面がある)。'76年にNHKの大河ドラマ「風と雲と虹と」で主人公の平将門が求婚する性に奔放な女性・小督(こごう)を演じ、'78年にはテレビドラマ版「飢餓海峡」のヒロイン役でヌードを拒否し、浦山桐郎監督と揉めて降板しています(この頃から清純派志向になったか)。NHK大河ドラマの方は、その後も「草燃える」('79年・実朝の妻・音羽役)、「峠の群像」('82年・竹島素良役)、「山河燃ゆ」('84年・ 畑中(天羽)エミー役)に出多岐川 NHK.jpg演したほか、同じくNHKドラマの「風神の門」('80年・ 隠岐殿役)にも出演、さらに80年代後半ではフジテレビドラマ「鬼平犯科帳」シリーズで長谷川平蔵(二代目中村吉右衛門)の妻・久栄を長らく演じるなどし、すっかり貞淑妻路線を行っていたように思います。
多岐川裕美 in「風と雲と虹と」('76年)/「草燃える」('79年)/「風神の門」('80年)
「鬼平犯科帳」('89年 -'07年、スペシャル含む)
鬼平犯科帳 多岐川2.jpg

新宿警察 コレクターズDVD.jpg新宿警察 9.jpg「新宿警察」●監督:真船禎/原田雄一ほか●脚本:江里明(小川英)/尾中洋一/永原秀一/池田一朗ほか●音楽:クニ河内●原作:藤原審爾●出演:北大路欣也/藤竜也/財津一郎/三島史郎/司千四郎/花沢徳衛/小池朝雄/多岐川裕美●放映:1975/09~1976/02(全26回)●放送局:フジテレビ

新宿警察 コレクターズDVD <デジタルリマスター版>


0新宿警察 4.jpg   

聖獣学園 dvd.jpg「聖獣学園」p.jpg「聖獣学園」●制作年:1974年●監督:鈴木則文●脚本:掛札昌裕/鈴木則文●撮影:清水政夫●音楽:八木正生●原作:鈴木則文/(画)沢田竜治●時間:91分●出演:多岐川裕美/山内えみこ(恵美子→絵美子)/谷隼人/渡辺やよい/大谷アヤ/城恵美/田島晴美/石田なおみ/美和じゅん子/大堀早苗/村松美枝子/謝秀客/竹村清女/早乙女りえ/谷本小代子/森秋子/山本緑/衣麻遼子/マリー・アントワネット/木村弓美/木挽[三原葉子.jpgwatanabehumio2.jpg輝香/鈴木サチ/根岸京子/三原葉子/山田甲一/田中小実昌/小林千枝/章文栄/太古八郎(たこ八郎)/渡辺文雄●公開:1974/02●配給:東映●最初に観た場所:新宿昭和館(83-05-05)(評価:★★☆)●併映:「純」(横山博人)

三原葉子(副院長・松村定子)/渡辺文雄(司祭・柿沼信之)
     
新宿昭和館2.jpg新宿昭和館3.jpg
新宿昭和館 1951(昭和26)年K's cinema.jpg7月13日新宿3丁目にオープン(前身は1932年開館の洋画上映館「新宿昭和館」)。1956年、昭和館地下劇場オープン。2002(平成14)年4月30日 建物老朽化により閉館。跡地にSHOWAKAN-BLD.(昭和館ビル)が新築され、同ビル3階にミニシアター「K's cinema」(ケイズシネマ)がオープン(2004(平成16)年3月6日)。

《読書MEMO》
●映画「駆けだし刑事」('64年/日活)
「駆けだし刑事」2.jpg

「●小津 安二郎 監督作品」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【2099】 小津 安二郎 「お早よう
「●野田 高梧 脚本作品」の インデックッスへ 「●厚田 雄春 撮影作品」の インデックッスへ「●斎藤 高順 音楽作品」の インデックッスへ「●佐分利 信 出演作品」の インデックッスへ 「●笠 智衆 出演作品」の インデックッスへ「●田中 絹代 出演作品」の インデックッスへ「●中村 伸郎 出演作品」の インデックッスへ 「●佐田 啓二 出演作品」の インデックッスへ 「●久我 美子 出演作品」の インデックッスへ 「●山本 富士子 出演作品」の インデックッスへ 「●有馬 稲子 出演作品」の インデックッスへ 「●桑野 みゆき 出演作品」の インデックッスへ 「●渡辺 文雄 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(里見 弴) ○あの頃映画 松竹DVDコレクション

初カラー作品。佐分利信の"昭和的頑固親父"ぶり全開。後期作品の多くの原型的スタイルを含む。

彼岸花 映画pos.jpg彼岸花 映画 dvd.jpg
彼岸花 [DVD]」 山本富士子/有馬稲子/久我美子
[下]「「彼岸花」 小津安二郎生誕110年・ニューデジタルリマスター [Blu-ray]
彼岸花 タイトル.jpg彼岸花 小津00_.jpg 会社常務の平山渉(佐分利信)は、妻・清子(田中絹代)と共に出席した旧友・河合(中村伸郎)の娘の結婚式に、同期仲間の三上(笠智衆)が現れないことを不審に思っていた。実は三上は自分の娘・文子(久我美子)が家を出て男と暮らしていることに悩んでおり、いたたまれずに欠席したのだった。三上の頼みで平山は銀座のバーで働彼岸花 映画 02.jpgいているという文子の様子を見に行くことになる。一方の平山にも、適齢期を迎えた娘・節子(有馬稲子)がいた。彼は節子の意思を無視して条件のいい縁談を進める傍ら、平山の馴染みの京都の旅館の女将・佐々木初(浪花千栄子)の娘・幸子(山本富士子)が見合いの話を次々に持ってくる母親の苦情を言うと「無理に結婚することはない」と物分かりのいい返事をする。一方、平山が勝手に縁談を進めていた自分の娘・節子には、実は親に黙って付き合っている谷口(佐田啓二)という相手がいた。そのことを知らされ、それが娘の口から知らされなかったのが平山には面白くなく、彼は娘の恋愛に反対する―。

 小津安二郎監督の1958(昭和33)年作品で、小津監督初のカラー作品でもあり、里見弴の原作は、小津と野田高梧の依頼を受け、映画化のために書き下ろしたものです(小津に里見弴の作品を使うよう口利きしたのは志賀直哉らしい)。因みに、この作品と同じく、なかなか結婚しない娘のことを気遣う親をモチーフとしたその後の作品「秋日和」('60年)、「秋刀魚の味」('62年)共に里見弴の原作であり(里見彼岸花 佐分利信A.jpg彼岸花 映画1_s.jpg弴ってこんな話ばかり書いていた?)、本作品では、他人の娘には自由恋愛を勧めるのに、自分の娘には自分のお眼鏡に適(かな)った相手でなければ結婚を許さないという、佐分利信の"昭和的頑固親父"ぶりが全開です(浪花千栄子の関西のおばはんぶりも全開だったが)。
佐分利信/田中絹代

江川宇禮雄/笠智衆/北竜二          中村伸郎
彼岸花 映画 dousoukai .jpg中村伸郎 higanbana .jpg 佐分利信、中村伸郎、北竜二が演じる旧友3人組は「秋日和」でも形を変えて登場し、「秋刀魚の味」では笠智衆、中村伸郎、北竜二の3人組になっていました。この「彼岸花」では、佐分利信、笠智衆、中村伸郎、北竜二の"4人組"となっています(その他に江川宇禮雄ら同窓生多数)。加えて佐分利信の娘に有馬稲子(当時26歳)、笠智衆の娘に久我美子(当時27歳)、佐分利信の知人の娘で、この作品においてコメディ・リリーフ的な役割を果たす女性に山本富士子(当時26歳)(大映から借り受け)という顔ぶれですから、考えてみれば結構豪華メンバーでした。
                                       久我美子/渡辺文雄
彼岸花 映画 00.jpg彼岸花 映画5O.jpg 佐分利信演じる平山は、三上の娘・文子(久我美子)には理解を示す一方で(その恋人役は渡辺文雄)、自分の娘・節子(有馬稲子)の結婚には反対し、平山の妻・清子(田中絹代)や次女・久子(桑野みゆき)も間に入って上手く取りなそうとしますが、平山は山本富士子 hujin.jpgHiganbana (1958) .jpgますます頑なになります。そこへ節子の友人でもある幸子が現れ、平山に自分の縁談について相談する。が、それは節子の結婚のための芝居だったわけで、結局、彼は出ないと言っていた結婚式にも出ることになり、最後は娘と谷口の結婚を認めて彼女らのいる広島に向かう―という結末です。
   
Higanbana (1958)

「婦人画報」'64年1月号(表紙:山本富士子)
    
 別に結末まで書こうと書くまいと、そんなビックリするような話ではない点は、その後の小津作品と同じではないかと...。佐田啓二は、「秋日和」では司葉子彼岸花 映画 浪花.jpgが演じたヒロインの結婚相手でしたが、この「彼岸花」と「秋日和」「秋刀魚の味」の3作の中で(主要人物の)結婚式の場面があるのは「秋日和」だけです。結婚式の場面が無いのはその結婚が必ずしも幸せなものとはならなかったことを暗示しているとの説もあるようですが、この「彼岸花」の場合どうなのでしょう(渡辺文雄、何となく頼りなさそう)。「秋刀魚の味」で佐田啓二は、岡田茉莉子演じる妻の尻の下に敷かれて、ゴルフクラブもなかなか買えないでいましたが...(因みに、「秋刀魚の味」では佐田啓二が会社の屋上でゴルフの練習をしているが、この「彼岸花」では佐分利信がゴルフ場で独りラウンドしている。しがないサラリーマンと重役の違いか)。

浪花千栄子/山本富士子

彼岸花 映画01.jpg モチーフばかりでなくセリフや撮影面においても、その後の小津カラー作品の原型的なスタイルを多く含んでおり、この作品に見られる料亭での同期の男たちの会話やそれに絡む女将(高橋とよ)との遣り取り、家の1階に夫婦が暮らし2階に娘たちが暮らすが、階段は映さないという"ルール"(映さないことで親子の断絶を表しているという説がある)、会社のオフィスやバーのカウンターでの会話やその際のカメラワークなど、そして例えばオフィスであればくすんだ赤と緑を基調とした色使いなど、その後も何度も繰り返されるこうした後期の小津作品における"セオリー"的なものを再確認するうえでは再見の価値ありでした。

佐分利信/高橋貞二
彼岸花 映画s.jpg高橋貞二.jpg この作品で、佐分利信演じる平山の部下で、佐田啓二演じる谷口の後輩でもある近藤役を演じてコメディ的な味を出している高橋貞二(佐田啓二の後輩を演じたが、佐田啓二と同じ1926年生まれで生まれ月は高橋貞二の方が2カ月早い)は、この作品に出た翌年1959年に33歳で自らの飲酒運転で事故死しています(この年に結婚したばかりだった妻も3年後に自殺、青山霊園に夫と共に埋葬されている)。

高橋貞二・佐田啓二.jpg そして佐田啓二も、1964年に37歳で、信州蓼科高原の別荘から東京に戻る際にクルマで事故死していますが(運転者は別の人物)、共に4人でクルマに乗っていて事故に遭い、亡くなったのはそれぞれ高橋貞二と佐田啓二の一人ずつのみでした。
高橋貞二(1926年10月生まれ・1959年に33歳で自らの飲酒運転で事故死)
佐田啓二(1926年12月生まれ・1964年に37歳で自動車事故死)

佐田啓二/久我美子/有馬稲子
彼岸花 映画16.jpg彼岸花 映画9_s.jpg彼岸花 有馬稲子.jpg「彼岸花」●制作年:1958年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●原作:里見弴●時間:118分●出演:佐分利信/有馬稲子/山本富士子/久我美子/田中絹代/佐田彼岸花 sata%20.png啓二/高橋貞二/笠智衆/桑野みゆき/浪花千栄子/渡辺文雄/中村伸郎/北竜二/高橋とよ/桜むつ子/長岡輝子/十朱久雄/須賀不二男/菅原通済/江川宇禮雄/竹田法一/小林十九二/清川晶子/末永功●公開:1958/09●配給:松竹●最初に観た場所:三鷹オスカー(82-09-12)●2回目(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-08)(評価:★★★★)●併映(1回目):「東京物語」(小津安二郎)/「秋刀魚の味」(小津安二郎)

「彼岸花」出演者.jpg

音楽:斎藤高順

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「晩秋」と"裏返しの相似形"か。同じ手を使いながらも、ラストに女性の強さが感じられる。

映画 秋日和  dvd.jpg 映画 秋日和  ブルーレイ.png  映画 秋日和 女性3人.jpg
あの頃映画 秋刀魚の味 [DVD]」「「秋日和」 小津安二郎生誕110年・ニューデジタルリマスター [Blu-ray]」司葉子/岡田茉莉子/原節子
映画 秋日和  七回忌.jpg 亡き友・三輪の七回忌に集まった間宮(佐分利信)、田口(中村伸郎)、平山(北竜二)の3人は、未亡人の秋子(原節子)とその娘アヤ子(司葉子)と談笑するうち、年頃のアヤ子の結婚に話が至る。映画 秋日和  男3人.jpg3人は何とかアヤ子を結婚させようと動き始めるが、アヤ子は母親が一人になることが気がかりでなかなか結婚に踏み切れない。間宮の会社の後藤(佐田啓二)がアヤ子に似合いだと考えた3人は、アヤ子が嫁ぐ気になるためにはまず母親が再婚することが先決と考え、平山を再婚相手の候補として画策する。映画 秋日和  伊香保.jpgその動きを察したアヤ子は同僚の佐々木百合子(岡田茉莉子)に相談し、それを聞いて憤慨した百合子は間宮らを一堂に会させてやり込めるが、彼らの説明を聞いて百合子も納得し、母娘の結婚話が進むことになる。しかし秋子は娘と二人で出かけた伊香保温泉の宿で、自分は一人で生きていく決意だと伝え、娘の背中を押す―。

 小津安二郎監督の1960(昭和35)年製作作品で、「彼岸花」('58年)に続いての里見弴の原作であり、娘の結婚を巡る親子の感情のもつれと和解を淡々としたコメディタッチで描いています。

 なかなか結婚しない娘のことを気遣う親という、小津映画に繰り返し見られるモチーフを踏襲していますが、この作品では「親」が、「晩春」('49年)などで見られる「父親」ではなく「母親」になっていて、その母親を、「東京物語」('53年)で笠智衆の義理の娘を、「晩春」で笠智衆の実の娘を演じた原節子が演じているのが興味を引きます。

映画 秋日和 原2.jpg映画 秋日和 司.jpg 原節子は当時実年齢40歳にして45歳の未亡人秋子役で、娘役の司葉子は実年齢26歳で24歳のアヤ子を演じていますが、実年齢では14歳差ということになります。当時56歳の笠智衆が秋子の義兄(59歳)という設定であるため、「晩春」と比べると原節子が1世代上にスライドしたことになります。

 「晩春」においてもこの「秋日和」においても、親の再婚話を前にして娘が「不潔よ」「汚らしい」などという場面がありますが、「晩春」でそのセリフを言った原節子が、今度は娘・司葉子に言われる側に回っているわけです。その秋子が、再婚話に乗り気になったふりをして、アヤ子を嫁に行く気にさせるというのも、「晩春」で笠智衆が再婚話に乗ったふりをして原節子演じる娘・紀子を嫁に行かせるのと"同じ手"を使っている訳で、言わば"裏返しの相似形"になっている点が興味深いです。

映画 秋日和 原.jpg 但し、「晩春」のラストで笠智衆は、娘を嫁にやった後に家で独りになって林檎の皮を剥きながら深くうなだれますが、この作品の原節子演じる秋子は、娘の結婚式を終えてアパートに戻った後、独り静かに微笑を浮かべます。原節子が母親役を演じていることに注目が行きがちな作品ですが、「晩春」と比べるとこの点が大きく異なるように思います。

 秋子に再婚の意思が無いことは本人が最初から言っていることですが、この"笑み"によって、それは確信として最初からあり、途中で揺らぐことも無かったのだと、個人的には感じられました。平山(北竜二)が、妻に先立たれて不自由し、自分が秋子の再婚相手として話が進んでいると勘違いして有頂天になった挙句に、アヤ子の結婚式では一人しおれていたのとは対極的で、小津安二郎はこの作品で、男と女の強さの違いを描いたかのようにも思います。

秋日和 記念撮影.jpg秋日和 司葉子 佐田啓二.jpg また、「晩春」にも「秋刀魚の味」にも無い結婚式の場面がこの作品にあるのは(新郎新婦そろっての式当日の記念撮影シーンなど)、このアヤ子(司葉子)と後藤(佐田啓二)の結婚のみが、小津映画ではごく例外的に"幸せな結婚"として暗示されているためとの説もあるようです。個人的には、「お茶漬けの味」('52年)、「早春」('56年)などでもお馴染みのラーメン屋「三来元」で2人が並んでラーメンを食べる場面に、この先2人が上手くいくであろう予兆が示唆されているように思いました。

司葉子(当時26歳)/岡田茉莉子(当時27歳)
秋日和 司葉子.jpg映画 秋日和 岡田.jpg 名匠・小津の作品として気負って観たところで、話としては何てことない話のような気もしますが、主人公のアヤ子を演じた司葉子を美しく撮っているほか、アヤ子は同僚の佐々木百合子を演じた小津映画初出演の岡田茉莉子(当時27歳)の活き活きとした演技も印象的であり、特に百合子が秋子に会いに行く場面は、昭和前期型(原節子)と昭和後期型(岡田茉莉子)の異なる演出パターンが1つの場面に収まっているという点が興味深かったです。

秋日和 屋上から1.jpg秋日和 屋上から2.jpg 小津安二郎監督の映画と言えば、鉄道の駅や走っている列車を映すところから始まるものが多いのですが(或いは作中に必ず駅や列車が出てくる)、この作品は2年前に完成した東京タワーが冒頭に映し出されています。では列車秋日和9.jpgは出てこないかというと、アヤ子や百合子が秋日和 岩下志麻.jpg勤めるオフィスの屋上から東海道線が映し出されていました(その列車には、新婚旅行に向かう二人のかつての同僚が乗っていて、二人は列車に向かって手を振る)。

 ローアングルは和室場面だけでなく、会社のオフィスでの場面もローアングルで撮っていたのだなあと改めて思わされましたが、そのオフィスの受付嬢役で出演していたのが、2年後に「秋刀魚の味」に主演することになる岩下志麻(当時19歳)でした。佐分利信がいる重役室のドアの開け閉めだけで4回登場します。小津作品における"試用期間"だったのでしょうか。
岩下志麻(当時19歳)/原節子(当時40歳)

佐分利信 秋日和.jpgIMDbの評価は「8.2」。海外でも高い評価を得ている作品と言えます。

(●2019年に劇場で観直して改めて思ったが、佐分利信はいかにも会社の重役という感じだった(仕事らしい仕事をしている場面はほとんど無いのだが)。間宮(佐分利信)、田口(中村伸郎)、平山(北竜二)らが大学生だった頃、本郷三丁目の薬屋の看板娘だったのが秋子(原節子)ということは、3人の出身校は東大ということか。原作者の里見弴が東大だからなあ。) 
佐分利信  

映画 秋日和  チラシ.jpg「秋日和」●制作年:1960年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧/小津安二郎●撮影:厚田雄春●音楽:斎藤高順●原作:里見弴●時間:128分●出演:原節子/司葉子/佐分利信/岡田茉莉子/佐田啓二/中村伸郎/北竜二/桑野みゆき/三宅邦子/沢村貞子/三上真一郎/渡辺文雄/高橋とよ/十朱久雄/南美江/須Akibiyori (1960)AL_.jpg秋日和 原 司.jpg秋日和ード.jpg賀不二男/桜むつ子/笠智衆/田代百合子/設楽幸嗣/千之赫子/岩下志麻●公開:1960/11●配給:松竹●最初に観た場所(デジタルリマスター版):神保町シアター(13-12-21)●2回目:(デジタルリマスター版):北千住・シネマブルースタジオ(19-06-04)(評価:★★★★)
Akibiyori(1960)
A widow tries to marry off her daughter with the help of her late husband's three friends.
「秋日和」桑野みゆき.jpg桑野みゆき(宗一(佐分利信)の娘・間宮路子)
「秋日和」渡辺.jpg 渡辺文雄(アヤ子(司葉子)の同僚で遊び仲間・杉山常男)

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藤田敏八監督の創作活動において、象徴的なポジショニングにある作品と言えるかも。

八月の濡れた砂 dvd.jpg 八月の濡れた砂dvd.jpg  「八月の濡れた砂」01.jpg 
八月の濡れた砂 [DVD]」「日活100周年邦画クラシック GREAT20 八月の濡れた砂 HDリマスター版 [DVD]」テレサ・野田(テレサ野田)当時14歳
八月の濡れた砂 タイトル.jpg 夏の朝の海岸で、西本八月の濡れた1.jpg清(広瀬昌助)は、大学生らに襲われ置き去りにされた少女・三原早苗(テレサ・野田)を救い出すが、少女の姉の三原真紀(藤田みどり)に自分が妹を襲ったと疑われてカ「八月の濡れた砂」02.jpgッとなり、真紀を襲う。一方、西本の同級生の友人で、高校がいやで退学した野上健一郎(村野武範)は、秀才の川村修司(中沢治夫)がプラトニックな交際をしていた稲垣和子(隅田和世)に悪戯をしたことを言い、川村はその悔しさから和子を呼び出して襲い、それによって和子は自殺する―。
 西本、野上、早苗らはつるんで行動するようになり、身勝手な大人たちに反逆していきますが、それは苛立ちや焦燥感からくるものであって、何か自分たちに確たる目的があっての反抗ではありません。

八月4.bmp 藤田敏八(1932-1997)監督の'71年作品で、'71年と言えば大学紛争が後退を余儀なくされた直後であり、目標を失った当時の若者のシラけた雰囲気をよく伝えている作品とされ「八月の濡れた砂」03.jpgています。但し、その時代にその世代に達していないと、観てもぴんとこない部分もあるかも。散文詩的な作り方を織り交ぜたりしているので、随所に見られる抒情的な映像イメージは印象に残りましたがhatigatu.jpgストーリーが繋がりにくく、湘南を舞台にした青春映画なのに何だか暗いなあとか、どうしてこの若者たちはこんなことばかりしているのかとか、初めて観たときはそんな感じで、後で観直してみて、あぁ、70年代の閉塞感ってこんな感じかという印象を改めて受けました。

「八月の濡れた砂」ポスター/予告スチール2点(沖雅也の顔が隠れているものと見えているもの))
八月の濡れた砂 沖雅也9.jpg八月の濡れた砂.1.jpg八月の濡れた砂 沖雅也  .jpg 今観るとレトロ感に溢れた作品であり、藤田みどり、テレサ・野田、隅田和世といった女優陣そのものにノスタルジーを感じます。沖雅也沖雅也.jpg(1952-1983/享年31(自死))が当初の主演予定でしたが、バイク事故のため急きょ広瀬昌助(1946-1999/享年53)に主役が代わっており、ただし予告スチールには真ん中に沖雅也が写っています(ポスターには沖雅也の顔が正面からは写ってなく隠れているものの方を部分合成して使用村野武範ド.jpg八月3.jpgしている)。そのことはともかくとして、村野武範などはデビューしたてではありましたがこの時すでに26歳で、高校生にも不良にも見えないのがやや難点で、翌年にはNTV系の青春ドラマ「飛び出せ!青春」の教師役におさまっています。
  
「八月の濡れた砂」.jpg この作品の音楽にはメイン・テーマと主題歌があって、BGMのようなムーディ・ポップス調のメイン・テーマに対して、当時19歳の「石川セリ」が歌う主題歌「八月の濡れた砂」(この映画主題歌が石川セリのデビュー曲で、レコード・デビューは翌年)の方は演歌みたいだなあと思っていたら、後に「石川さゆり」がカバーしています(テーマと主題歌のどちらも映画に合っている。要するにポップス調も演歌調もフィットしてしまう、そういう映画なのかも)。

八月5.bmp 日活がロマンポルノに路線変更する前の青春映画路線の最後の作品ですが、石原慎太郎原作・石原裕次郎主演の往年の青春映画「狂った果実」('56年/日活)を意識してたようなカメラ撮りがあったりする一方で、内容的にはもうこの頃はヤクザが出てきたりレイプシーンがあったりして、かなりB級色が強くなっているように思います。公開時の併映は蔵原惟二監督の「不良少女魔子」('71年/ダイニチ映配)で、この2作を最後に日活は「にっかつロマンポルノ」路線へと製作方針を転換させます。

赤い鳥逃げた? 藤田 dvd.jpgエロスは甘き香り 藤田 dvd.jpg 藤田敏八監督はその後も、原田芳雄、桃井かおり主演の焦燥感に苛まれている28歳の青年・坂東宏(原田芳雄)を主人公とした「赤い鳥逃げた?」('73年)などを撮っていますが、これは東宝映画。同じ年に日活では、桃井かおり主演で「エロスは甘き香り」('73年)を撮っており、秋吉久美子主演の「赤ちょうちん」('74年)や「妹」('74年)も日活映画、更には江藤潤、永島敏行主演の「帰らざる日々」('78年)も日活です。「エロスは甘き香り」などは日活ロマンポルノ作品ということになっているみたいですが、これも確かに桃井かおりも伊佐山ひろ子も川村真樹も皆ヌードになっていますが、話の中身的には青春映画であり、オーソドックスにポルノ映画と言えるものは(オーソドックスにポルノって何?)藤田敏八監督は撮っていないのではないかという気がします。
           
「ツィゴイネルワイゼン」.jpgツィゴイネルワイゼン1.jpg 藤田敏八監督の映画人としてのデビューは、三島由紀夫原作・蔵原惟繕監督「愛の渇き」('67年/日活)における脚本担当でしたが、この人は結局、70年安保の挫折感とその後の虚無感を描いた映画を10年近く撮り続けたという感じがします(鈴木清順監督藤田敏八  .jpgの「ツィゴイネルワイゼン」('80年)に出演してからは、役者として活躍していた記憶の方が個人的には強い)。

藤田敏八&大谷直子 in「ツィゴイネルワイゼン」 

 藤田敏八監督の創作活動において、また「70年代的雰囲気」の映画として、この「八月の濡れた砂」という作品は、象徴的かつ代表的なポジショニングにある作品と言えるかもしれません。

石川セリ.jpg
「八月の濡れた砂」予告編     
隅田 和世/テレサ野田/藤田みどり
隅田和世.jpg八月の濡れた砂 テレサ野田.jpg八月の濡れた砂 藤田みどり.jpg

「八月の濡れた砂」●制作年:1971年●監督:藤田「八月の濡れた砂」.bmp敏八●脚本:藤田敏八/峰尾基三/大和屋竺●撮影:萩原憲治●音楽:むつひろし(主題歌:「八月の濡れた八月1.jpg砂」(作詞:吉岡治/作曲:むつひろし/歌:石川セリ))●時間:91分●出演:広瀬昌助/村野武範/剛たつひと/赤沢直人/隅田和世/藤田みどり/テレサ八月の濡れた砂 野田.jpg・野田(テレサ野nuretasuna5.jpg田)/三田村元/八木昌子/奈良あけみ/渡辺文雄/地井武男/原田芳雄/山谷初男/藤田みどり/中沢治夫/英原穣二/野村隆/赤塚直人/原田千枝子/新井麗子/重盛輝江/田畑善彦/溝口拳/中平哲仟/市村博/大浜詩郎/木村英幸/野村隆/長八月の濡れた砂 6.jpg浜鉄平/小島克巳/衣あけみ/光でんすけ/ザ・ハーフ・ブリード/●公ギギンレイホール.jpg飯田橋ギンレイホール内.jpg開:1971/08●配給:ダイニチ映配●最初に観た場所:飯田橋・ギンレイホール(79-05-23)(評価:★★★☆)●併映:「赤い鳥逃げた?」(藤田敏八)/「帰らざる日々」(藤田敏八) ギンレイホール 1974年1月3日飯田橋にオープン 2022年11月27日閉館

渡辺文雄
八月の濡れた砂 22.jpg
 
「赤い鳥逃げた?」●制作年:1973年●監督:藤田敏八●製作:奥田喜久丸●脚本:藤田敏八/ジェームス三木●撮影:鈴木達夫●音楽:樋口康雄(主題歌:「赤い鳥逃げた?」(作詞:福田みずほ/作曲:樋口康雄/歌:安田南)●時間:98分●出演:原田芳雄/大門正明/桃井かおり/白川和子/内田朝雄/穂積隆赤い鳥逃げた? 1973 1.jpg赤い鳥逃げた? 1973 3.jpg信/殿山泰司/地井武男/佐原健二/江波多寛児/青木義朗/阿藤海/戸浦六宏/加村赳雄/山谷初男/広瀬正一/大出洋行/古山桂治●公開:1973/02●配給:東宝●最初に観た場所:飯田橋・ギンレイホール(79-05-23)(評価:★★★)●併映:「八月の濡れた砂」(藤田敏八)/「帰らざる日々」(藤田敏八) 
「赤い鳥逃げた?」22.jpg

エロスは甘き香り vhs.jpgエロスは甘き香り 1973   .jpeg「エロスは甘き香り」●制作年:1973年●監督:藤田敏八●脚本:大和屋竺●撮影:萩原憲治●音楽:樋口康雄●時間:98分●出演:桃井かおり/伊佐山ひろ子/川村真樹/高橋長英/山谷初男/五条博/谷本一/橘田良江●公開:1973/03●配給:日活●最初に観た場所:池袋文芸地下(79-11-25)(評価:★★☆)●併映:「あらかじめ失われた恋人たちよ」(清水 邦夫/田原 総一朗) 

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サスペンス・ドラマ風作品(寓話っぽい話?)。加賀まりこより他の女優らの方が印象に残る。

悦楽 dvd.jpg悦楽 [DVD]」  悦楽4.jpg  悦楽3.jpg

 脇坂篤(中村賀津雄)は貧乏学生の頃に家庭教師として教えていた金持ちの娘匠子(加賀まりこ)を密かに愛していたが、実は彼女がまだ小学生の頃、彼女を暴行しその後も彼女の両親を脅迫し続けていた青年(小林昭二)を列車のデッキから突き落として殺してしまったという秘めた過去があった。そんな脇坂のもとへ、脇坂の犯行現場を見たと言う元官僚・速水(小沢昭一)が現れ、速水は横領した公金3千万円の入悦楽61.gifったトランクを脇坂に渡し、脇坂の秘密を守ることと引き換えに、5年後悦楽 カラー1.jpgに刑期を終え出所するまでその金を預かって欲しいと言う。それから4年後、匠子が有名化粧品会社社長と結婚してしまったことを知った脇坂は絶望し、速水から預かった金を1年で使い切って後は自殺をしようと考え、月百万円で女を次々と買うという彼の生活が始まる―。

悦楽1.bmp 原作は山田風太郎の『棺の中の悦楽』で、大島渚監督にしては珍しく("巨匠"とか言われる以前の作品ということもあるためか)ストーリー性が前面に出たサスペンス・ドラマ風作品であり、導入部は面白かったです(カラー作品なのだが、80年代に映画館で観た時は、すでにかなりフィルムが色褪せていた)。

悦楽 カラー21.jpg 脇坂が最初に愛人契約をしたのが、どことなく翳のあるバーホステス眸(野川由美子)、次が夫との不幸な家庭生活から逃れられないアルサロの女・志津子(八木昌子)、3人目は研究医のインテリ女圭子(樋口年子)、そして最後が唖で知的障害のある娼婦マリ(清水宏子)―何れも女優らがそれぞれの持ち味を出しているという感じがしましたが(演技自体は野川由美子がいいが、じっくり描かれているのは樋口年子、役柄的には清水宏子がいい)、それらが必ずしも全体のオムニバス効果に繋がっておらず、時間の経過とともに平板な印象を受けるようになってしまうのはどうしてかなあ。

悦楽2.bmp 1年の間に大金を女に注ぎ込み「悦楽」を汲み上げるという脇坂のプランに、自分だったらこんなことはしないだろうなあとマトモに考えてしまったのも、今1つノリきれなかった原因かも―。結局、脇坂は女性たちに「悦楽」ではなく、匠子の面影を求めていたように思え、女性の肉体を得られても心が得られなければ気持ちは満たされず、女性遍歴を辿っていくと次第に"本来目的"に近づきつつあったようにも思えますが、色々ごたごたもあって、いずれの女性の前からも彼の方から去っていくことになります。

 「女性の肉体を得られても心は得られない」その原因はそもそも脇坂の「金で女性の気持ちが買える」という傲慢さにあり(そう考えると何だか寓話っぽい話かも)、トランクの中の大金が底をついた時に彼は死ぬ―トランクは棺桶のメタファーだったのか―但し、それは彼の意に反し、充足感に満たされたものではなく虚無感に包まれたものだった(ますます寓話的。結末にはドンデン返しがあって、この通りにはならないのだが)。

2悦楽 野川 とうら.png 野川由美子ら4人の女を演じた女優たちに比べると、加賀まりこはやや影が薄いと言うか、最後にもう一度出てきて、ああ、そういうことだったのかと思わせる部分はありますが、ミステリとしてもイマイチだし、再登場によって凄味が増すとかいったことはありません。

野川由美子/戸浦六宏

 女性の強さと弱さ、優しさと怖さ、それと対比的に男の哀しさを描いた作品ともとれますが、むしろ、出自が貧乏であることを割り引いても、脇坂の子供っぽさの方が目立った作品のように思えました。懐かしい作品ではありますが、個人的には主人公に共感できないため低い評価になってしまった?という感じでしょうか。

「悦楽」小沢・渡辺2.jpg『悦楽』大島渚.jpg「悦楽」●制作年:1965年●監督・脚本:大島渚●撮影:高田昭●音楽:湯浅謙二●原作:山田風太郎「棺の中の悦楽」●時間:96分●小沢 快楽.jpg出演:中村賀津雄/加賀まりこ/野川由美子/清水宏子/樋口年子/八木昌子/文芸坐.jpg小沢昭一/戸浦六宏/小松方正/渡辺文雄/草渡辺文雄「悦楽」.jpg野大悟/佐藤慶●公開:1965/08●配給:松竹●最初に観た場所:池袋・文芸地下(82-11-03)(評価:★★☆)●併映:「儀式」(大島渚)

    
 
          
     

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