2014年8月 Archives

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神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集める? 最後の一文をどう訳すか。

幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫).jpg 幸福の王子 バジリコ.jpg 幸せな王子 金原1.jpg 幸福の王子 原.jpg  Oscar Wilde.jpg
幸福な王子―ワイルド童話全集 (新潮文庫)』(西村孝次:訳/表紙絵:南桂子)/『幸福の王子』['06年/曽野綾子:訳(建石修志:画)]/『幸せな王子』['06年/清川 あさみ(絵) (金原瑞人:訳)]/『幸福の王子』['10年/原マスミ(抄訳・絵)]/Oscar Wilde
『幸福な王子』.JPGThe Happy Princeby AnyaStone.jpg 1888年、当時33歳の詩人だったオスカー・ワイルド(1854-1900)の最初の童話集『幸福な王子ほか』は、「幸福な王子」「ナイチンゲールとばらの花」「わがままな大男」「忠実な友達」「すばらしいロケット」の5編から成り、1891年刊行の第2童話集『ざくろの家』は、「若い王」「王女尾の誕生日」「漁師とその魂」「星の子」の4編から成るもので("ざくろ"は各編の共通モチーフとして出てくる)、西村孝次訳の新潮文庫版はこれら9編を網羅して所収いるため、ワイルドの童話集といえば「定番」ということになるかと思います。
The Happy Prince by AnyaStone

 訳者は当初から童話集という言い方をしていて、新潮文庫の改版版もカバータイトルは『幸福な王子』ですが、扉をめくると括弧して「ワイルド童話全集」とあります。童話集という呼び方に異を唱えるわけではないですが、イコール児童文学というイメージが付き纏いがちで、そうなるとどうかなあと。作者のワイルド自身、幅広い年齢層に向けて書いたものであることを後に公言しており、一篇一篇に込められた寓意からみても、「大人の童話」という色合いが濃いように思います。

 読み手によってそれぞれ好みの違いはあるかと思われ、「ナイチンゲールとばらの花」なども知られている方の話だと思ひますが、やはり一番有名なのは表題作の「幸福な王子」であり、その出来栄えにおいても他から抜きんでているように思います。これ読むと、ワイルドはいろいろあった人生でしたが、純粋なキリスト者であったような気がします(テクニックだけでこうした作品はそう書けないのでは。因みに、第2童話集『ざくろの家』発表年は『ドリアン・グレイの肖像』と同年)。

 この作品のラストで、神さまから「町じゅうでいちばん貴いものをふたつ持ってきなさい」と言われた天使が、王子像の鉛の心臓と死んだツバメを神のもとへ届けると、「おまえの選択は正しかった」と神さまは言って、更に神の、「天国のわたしの庭で、この小鳥が永遠に歌いつづけるようにし、わたしの黄金の町で幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにするつもりだから」(西村孝次訳)という言葉で物語は終わっていますが、「幸福な王子がわたしを賞めたたえるようにする」というのが何となく違和感がありました。しかしながら原文(下記)はそうなっている...。

 "You have rightly chosen," said God, "for in my garden of Paradise
 this little bird shall sing for evermore, and in my city of gold
 the Happy Prince shall praise me."

 これは、1993年に偕成社から刊行された、今村葦子訳、南塚直子絵の、児童向けにルビが振られている『幸せの王子』でも、「幸せの王子は、黄金の都で、我が名をたたえることになるだろう」となっています。

「幸福の王子」 曽野綾子訳 バジリコ.jpg 2006年バジリコから曽野綾子訳、建石修志挿画のものが刊行され、比較的オーソドックな訳調で、挿画についてもそれは言えるなあ(ヴィム・ヴェンダース監督の「ベルリン 天使の詩」という映画を思い出させる)と思って読んでいたら、最後の最後で、「私の天国の庭では、このつばめは永遠に歌い続けるだろうし、私の黄金の町で『幸福の王子』は、ずっと私と共にいるだろう」となっていました。

 この部分について曽野氏はあとがきで、天国において神を賛美するということは、必ず神とともに永遠に生きることが前提となっており、「そこをはっきりさせないと、神は自分を褒めたたえてくれる人だけを天国に集めるのか、と思われてしまう。それゆえ、そこだけ本来の意味に重きをおくことにした」とのことです。

 なるほどね、童話1つにしても、いろいろな訳者のものを読んでみるものだなあと。

幸せな王子 2.jpg 因みに、同じ2006年にリトルモアより刊行された、気鋭の翻訳家の金原瑞人氏がコラージュ造形作家の清川あさみ氏と組んで作った絵本版の『幸せな王子』では、「つばめはこの天国の楽園にいてもらおう。ここで、いつまでもさえずってほしい。そして幸せな王子はこの黄金の街にいてもらおう。ここで、いつまでもわたしをたたえてほしい」となっており、曽野氏ほど"意訳"の領域には踏み込んでいないものの、「幸せな王子はこの黄金の街にいて」という部分で王子が神と共にいることを補足しており、しかも翻訳に原文と同じリズム感があって、この辺りはさすが金原氏という感じです(因みに、曽野綾子訳は2006年12月刊行で、金原瑞人訳はその少し前の2006年3月刊行)。

原マスミ.png幸福の王子 原1.jpg また、絵本化された抄訳版では、イラストレーターでミュージシャンでもある原マスミ氏が絵を描き自身で抄訳もしている2010年刊行の『幸福の王子』(ブロンズ新社)があります。原氏としては絵本も抄訳も初挑戦だったとのことですが、王子が泣き落としでツバメにいろいろお願いし、ツバメが"べらんめえ口調"それに返答幸福の王子 絵本 原.jpgするなど、親しみやすいものとなっています(原氏はそれまでの学級委員長的な王子像からの脱却を図った?)。また、原作では神様の命により天使(の一人)がそのもとに届けたのは炉に入れても溶けなかった王子の鉛の心臓であるのに対し、こちらは、バラバラになった王子の体全体を天使(たち)が神様のもとへ届け、神様は王子とツバメに新たな命を授け、「この永遠の楽園で、いつまでも、なかよくくらすがよい」と言ったとするなど、若干改変されています(但し、原作の趣旨を損なわない範囲内でのオリジナリティの発露―といったところか)。

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コラージュ(写真)系「かくれんぼ絵本」。子どもとやってみたらいい勝負だったりして...。

I SPY:A BOOK OF PICTURE RIDDLES.jpg  ミッケ 1992.jpg  Jean Marzollo.png Jean Marzollo
I Spy: A Book of Picture Riddles』Reprinted版 (1992/01) 『ミッケ!―いつまでもあそべるかくれんぼ絵本 I SPY 1
ミッケ 絵本 2.gif 「かくれんぼ絵本」とか「探し物系絵本」というのは「ウォーリーをさがせシリーズ」から「ポケモンをさがせ!」とか「アンパンマンをさがせ!」といったものまでいろいろあるようですが、ジーン・マルゾーロ(Jean Marzollo)の文章(文章と言っても何を探すかという簡単な問いのことだが)、ウォールター・ウィック(Walter Wick)の写真によるこれは、「かくれんぼ絵本」の中でも"コラージュ系"とでもいうべきものです。

 いや、正確には「写真絵本」というべきでしょうか。積み木やボタンやビーズなどのミニサイズの小物をセンス良く並べたりしていますが、切り貼りしているわけではなく、実際並べたものをそのまま写真に撮っているわけであって、よくこれだけ集めたなあと感心させられます。

ミッケ 絵本 シリーズ.jpg 原著"I Spy: A Book of Picture Riddles"の刊行は1991年で、個人的にはこうした類では最初に触れた本であり、また、同作者らのシリーズの中で最初に刊行されたのも本書です。それまで普通の絵本作家(文章専門)だったマルゾーロは、その後は通常の絵本原作者としての仕事をしながら、毎年のようにこのシリーズを出しています。

Walter Wick.png 「かくれんぼ絵本」系統のものはこのマルゾーロ&ウィックのコンビ以外の作者によるものも多く出されているようですが、"コラージュ系"乃至"写真系"はこのマルゾーロらのシリーズ以外はあまり見ないように思います。

Walter Wick

ミッケ 絵本.jpg 「かくれんぼ絵本」の類の中ではかなりセンスがいい方ではないでしょうか。オブジェの1つ1つが、なにか普遍的な郷愁を醸すものとなっています。一見雑然とオブジェをばらまいた感じで、実は巧妙に計算され尽くしていたりもして、これ、実際にやってみると結構大人でも難しいです。

 では、子どもにとって難し過ぎるかというと、子どもの年齢にもよりますが、この手の「探す能力」というのはかなり早くから伸長し、子どもがある程度の年齢になるとあまり大人と変わらなくなるようです。子どもと実際やってみたらいい勝負だったりして...。こっちの老化現象とはあまり思いたくないけれど、集中力の持続という点では、子どもの方が勝っていたりする面もあるのかもしれません。

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本当の英雄というのは、自分が英雄であることに気づいない。

『夜間飛行』0.JPG
夜間飛行 文庫 旧.jpg サン=テグジュペリ1.png couv15318698.jpgFOLIO版(2007)
夜間飛行 (新潮文庫)』新カバー版イラスト:宮崎駿/旧カバー版 Antoine de Saint-Exupéry,1900-1944 

Saint-Exupéry Vol de nuit 1963.jpgVol de nuit Saint-Exupéry 3.jpgSaint-Exupéry Vol de nuit.jpgSaint-Exupéry Vol de nuit 2.jpg 表題作「夜間飛行」(Vol de nuit)は、郵便輸送のためのパイロットとして欧州南米間の飛行航路開拓などにも携わったアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリが、「南方郵便機」(1929)でデビューした2年後の1931年に発表したものです(因みに本名はアントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・ロジェ・ド・サン=テグジュペリ)。

Livre de Poche(1963・1966)/FOLIO(1971)/FOLIO(1931・1990)/FUTUROPOLIS(2012)

Livre de Poche(1952).jpg アルゼンチンで郵便の速配のために夜間に飛行機を飛ばす人たちの物語であり、そのため、勇敢で孤独な飛行パイロットが主人公の作品だと思われているフシもありますが、天候の悪化によって生じた緊迫した各路線機の危機的状況を巡る群像劇的な構成となっています。そうした中、最強の暴風雨に遭遇するパタゴニア機の勇敢なパイロット、ファビアンも重要な位置を占めますが、圧倒的に物語の中心的な位置を占めているのは、パイロットではなく地上における支配人リヴィエールです。ファビアンも含め配下の操縦士や整備士、現場の管理者に指示を出す彼は、明らかにこの作品の主人公です。
Livre de Poche(1952).

 リヴィエールは部下に厳格で、情状を挟んだ判断はしません。整備不良のかどでロブレという老整備工を解雇する際も、解雇通知を破り捨ててしまえばロブレはどんなに喜ぶだろうかということを思いつつ、荷役係への配置転換を拒否した彼を毅然とした態度で解雇します。リヴィエールは、自らは何も行動せず、部下に自らの能力を最大限に発揮することを求めますが、これぞまさに「管理職の極致」と言えるのでは。悪天候の中で飛行機の運航を確保しようとする、一見すると資本主義、経営合理主義の急先鋒たる非情な管理職のように見えますが、実はそれ以前に、それ以上に、部下とその家族を深く愛していることが、「部下の者を愛したまえ、ただ彼らにそれと知らさずに愛したまえ」という配下の管理者に向けた言葉などからも窺えます。

 リヴィエールは、大事な部下、しかも、その中で最も勇敢で優秀なパイロットを失った状況においても、これを「どちらかといえば、最も勝利に近い敗北」と捉え、危険な路線を廃止することなどは全く考えません。実際に、郵便飛行業の草創期には勇敢なパイロットと併せて、彼らから勇気を引き出すこうした人物がいて、事業の死活を賭けて奮闘していたのでしょう。しかし、作者のリヴィエールの描き方は、事業の成功に全力を傾けた人という面もありますが、むしろ神に導かれるかのようにより高次のものを目指す偉大な超越者のように描かれている印象を受けます。この物語の結語は「勝利者リヴィエール。」となっています。

アントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ 1.jpg リヴィエールは、危険な飛行に赴く部下の恐怖心の取り除く術を熟知していますが、ファビアンはそうした魔法を駆使する必要のない勇敢なパイロットであり、遭難したと思われるこのファビアンについても、「神に導かれるかのようにより高次のものを目指す偉大な超越者」というのは当て嵌るかと思います。本当の英雄というのは、自分が英雄であることに気づいておらず、そして、気づかないままに「英雄的な死」を遂げるのでしょうか。パイロットに適した年齢を過ぎてもパイロットであり続けたことにより、結果的に、撃墜死を遂げた作者は、ファビアンのような死にある種の憧憬を抱いていたのかもしれません(2008年にサン=テグジュペリ機を撃墜したいう旧ドイツ軍パイロットの証言が明らかになったが、彼もサン=テグジュペリの愛読者だった。勿論その時は、サン=テグジュペリが操縦しているとは知らなかった) 。

 「夜間飛行」は作者の「星の王子さま」(1943)と並んで有名な作品であり、この新潮文庫版は不思議とどこの本屋でも見かけるし、文庫で約100ページと併録の「南方郵便機」より更に短いこともあって、ただ有名というだけでなく今日でも実際よく読まれているのではないでしょうか(中高生の場合は『星の王子さま』から『夜間飛行』へという流れか)。中学生の読書感想文の対象になりそうな作品ですが、大人目線で見て意外と奥が深いかもしれません。リヴィエールにとって大事なものは手紙を届けることであり、さらに大事なものは部下であるパイロットであり、そのパイロットより大事なことは、彼らが「実現すべき人間」であるということである―つまり、勇気や責任感や自己犠牲といった美質の体現者たることの方が(時には命よりも)大事であるというのは、かなりスゴイことかと。ドラッカーは、「上司は部下のキャリアに対して責任を持つ」と言いましたが、これを、リヴィエール(またはサン=テグジュペリ)風に言うと、「上司は部下の人間としての価値に対して責任を持つ」ということになりそうな...。

夜間飛行 (サン=テグジュペリ・コレクション).jpg 「南方郵便機」は、フランスからアフリカに郵便機で飛ぶパイロット、ベルニスの話ですが、主人公の過去の恋愛が追憶で語られるという、ロマン主義的なトーンの作品で、堀口大學は「夜間飛行」と同じくらいこの作品を評価しています。「夜間飛行」にも格調高く詩的な側面がありますが、「南方郵便機」と比べると、映画化されそうなくらいずっと冒険サスペンス風であるとも言えます(実際、1933年にクラレンス・ブラウン監督によりアメリカで映画化されている)。文庫解説の山崎庸一郎氏が、「夜間飛行」と「星の王子さま」は作者の二面性をそれぞれ象徴する作品であるとし、「星の王子さま」は「南方郵便機」を継承しているとしているのには納得させられました。

夜間飛行 (サン=テグジュペリ・コレクション)』山崎 庸一郎:訳

人間の土地 (新潮文庫) 0_.jpg宮崎駿.jpg 新潮文庫版『夜間飛行』は1993年の新装カバーから宮崎駿監督によるカバ夜間飛行 昭和9.jpgーイラストとなっています(同じく『人間の土地』は1998年の新装カバーから宮崎駿監督によるカバーイラストになっているほか、解説も同監督によるものとなっている)。

【1956年文庫化・1993年改版〔新潮文庫(堀口大學:訳)〕/2010年再文庫化[光文社古典新訳文庫(二木麻里:訳)]】

『夜間飛行』 サン・テグジュペリ 堀口大學:訳 第一書房 1934(昭和9)年 (装丁:亀倉雄策)

サン=テグジュペリ3.pngアントワーヌ・ド・サン=テグジュペリ (カナダ・モントリオールにて[1942年5月])

《読書MEMO》
・「夜間飛行」(1931)...★★★★☆
・「南方郵便機」(1929)...★★★★


「サンテクジュペリ機を撃墜」元独軍パイロットが証言(2008年3月16日1時30分配信 読売新聞)
【パリ=林路郎】仏誌フィガロ(週刊)などは15日、第2次大戦中、連合軍の偵察任務でP38戦闘機を操縦中に消息を絶った童話「星の王子さま」の著者アントワーヌ・ド・サンテグジュペリ(1900年~44年)について、同機を「撃墜した」とする元ドイツ軍戦闘機パイロットの証言を伝えた。
 元パイロットは、ホルスト・リッペルトさん(88)。44年7月31日、メッサーシュミット機で南仏ミルを飛び立ち、トゥーロン上空でマルセイユ方向へ向かって飛んでいる敵軍機を約3キロ下方に発見。「敵機が立ち去らないなら撃つしかない」と攻撃を決意。「弾は命中し、傷ついた敵機は海へ真っ逆さまに落ちていった。操縦士は見えなかった」と回想している。
 敵機の操縦士がサンテグジュペリだったとはその時はわからず、数日後に知った。リッペルトさんは、「あの操縦士が彼でなかったらとずっと願い続けてきた。彼の作品は小さいころ誰もが読んで、みんな大好きだった」と語っている。
 サンテグジュペリの操縦機は2000年に残骸がマルセイユ沖で見つかったが、消息を絶ったときの状況は不明だった。仏紙プロバンスによると、その後テレビのジャーナリストとして活動したリッペルトさんは友人に、「もう彼のことは探さなくてもいい。撃ったのは私だ」と告白したという。

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「ロボット」という言葉を生み出しただけでなく、SFの一定のモチーフを確立させた作品。

カレル・チャペック 『ロボット』岩波.jpgカレル・チャペック 『ロボット』2.jpg チャペック戯曲全集.jpg カレル・チャペック戯曲集.jpg 2001年宇宙の旅 特別版.jpg
ロボット (岩波文庫)』['89年('03年版)]/『R.U.R.ロボット (カレル・チャペック戯曲集 (1))』['92年](表紙絵:ヨゼフ・チャペック)/『チャペック戯曲全集』['06年]/『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』['12年](装丁・挿絵:和田誠) 「2001年宇宙の旅 特別版【ワイド版】 [DVD]

『ロボット (R.U.R.)』.JPGカレル・チャペック 『ロボット』 2.jpg 舞台はヨーロッパ旧世界を遠く離れた海の孤島、そこに建てられたロボット=人造人間の製造・販売会社、R.U.R.(エル・ウー・エル=ロッスムのユニバーサル(万能)ロボット)社。ここで作られるロボットは、生殖能力はなく、寿命は最長で約20年で、不良品や寿命を迎えた物は粉砕装置で処分される。そのロボット製造会社R.U.R.のオフィスで執務するドミン社長を、「人権連盟」の代表で、R.U.R.社会長の娘ヘレナが訪問する。ロボット製造の起源、ロボットの性質、そしてロボットによる人類社会変革の理想を語るドミンと、おのおのの担当部門の観点からそれを説明・擁護する役員達を相手に、ヘレナは労働者として酷使されているロボット達が人道的扱いを受けられるよう申し入れるが―。

1920年版表紙
rur 1920.jpgカレル・チャペック 『ロボット』 原著.jpg 『山椒魚戦争』(1936)などでも知られているカレル・チャペック(1890-1938)は、大戦間のチェコスロバキアで最も人気のあった作家で、1920年刊行の戯曲『ロボット (R.U.R.)』は「ロボット」という言葉を生んだことでも知られています(本邦初訳は1923年『人造人間』(宇賀伊津緒:訳))。作者によれば、「ロボット」という言葉そのものは、カレル・チャペックの兄で画家・漫画家のヨゼフ・チャペックの発案から生まれたものだそうで、チェコ語のrobota(もともとは古代教会スラブ語での「隷属」の意)に由来しているとのこと。ストーリーは労働用に作られたロボットが人間に対して反乱を起こすというものです。
  
カレル・チャペック 『ロボット』 3.jpgフランケンシュタイン dvd.jpg 人間が自ら作ったものに襲われるというのは、メアリー・シェリーの『フランケンシュタイン』(1818)以来ずっとあるモチーフと言えるでしょう(映画「フランケンシュタイン」('31年/米)では怪物の呼び名はFrankenstein 博士による"creator"(創造物)となっている)。アイザック・アシモフ(1920-1992)がいわゆる「ロボット工学3原則」を提唱したのは、短編集『ロボットの時代』(1964)で自ら語っているところによれば、『フランケンシュタイン』や『R.U.R.』から延々と繰り返されてきた「ロボットが創造主を破滅させる」というプロットと一線を画すためであったようですが、アシモフの作品にも、創造主である人間に抵抗し滅ぼそうとするロボットが登場します。このチャペックの『ロボット』では、人間は最後アルクピストという建築士だけが生き残り、ロボット同士の結婚を認めるという(生殖機能を有している?)、ロボットにとってのハッピーエンドとなっています。
アルクピスト建築士 in 『ロボット (R.U.R.)』

人間ども集まれ!.jpg あの「鉄腕アトム」の生みの親である手塚治虫も、『人間ども集まれ!』(1967)で、奴隷や兵士として消耗されていたロボットが一斉に立ち上がって人間に抵抗する話を描いていますが、丁度その頃読んだチャペックの『山椒魚戦争』に触発されたのではなかったかと後に述懐しています。
人間ども集まれ!
 『山椒魚戦争』に出てくるサンショウウオと人間の中間みたいな奇妙な生物たちも、労働力として人間に使役されるうちに反乱を起こすわけですが、この『R.U.R.』のロボットは、脳・内臓・骨といった各器官は攪拌槽で原料を混合して造られる人工の原形質の培養で、神経や血管は紡績機で作られ、それらを部品として組み上げたもので、プログラムで動く点は機械であると言えますが、外観は人間と同じになっています。これは、本作が戯曲であることも関係しているかと思います。

『ブレードランナー』3.jpg もともと感情を持たず、20年くらいで消耗し破壊されるが、「死」を怖れるといったこともない―そうしたものだったはずのロボットが、開発者グループの博士の一人が密かに高次元のプログラムを組み入れたために自ら思考するようになり人間に近くなってしまったという設定で、こ『ブレードランナー』4.jpgれは所謂「自律型ロボット」と呼ばれるものであり、彼らの哀しみからは、個人的には、フィリップ・K・ディック(1928-1982)の『アンドロイドは電気羊の夢を見るか?』(1968)の映画化作品「ブレードランナー」('82/米)年の「レプリカント」を想起させられました(「レプリカント」はクローン技術の細胞複製(レプリケーション)からとった造語)。                       

 当時のチェコは労働者と富裕層との階級対立が深刻化していて、貴族階級の没落や社会主義革命への脅威といった世相がこの作品には反映されているとされていますが、政治的背景を除いて純粋にSFとしてみると、「ブレードランナー」とちょっとモチーフやテーマが重なるのではないでしょうか。「ブレードランナー」に限らず、この「人間 vs. 人間の創造物」というモチーフは様々な作品で2001年宇宙の旅1.jpg2001年宇宙の旅 haru.png青豆とうふ.jpg繰り返されているように思われ、イラストレーターで今年('14年)亡くなった安西水丸氏と同じくイラストレーターの和田誠氏のリレーエッセイ『青豆とうふ』('03年/講談社)を読んでると、和田誠氏がこの作品に触れて、「ロボット」と「コンピュータ」の区別が曖昧になっている気がするとし、拡げて解釈すれば、「ハル」と呼ばれるコンピュータが反乱を起こすスタンリー・キューブリックの「2001年宇宙の旅」('68年/米)などもこの範疇、系譜に入るような捉え方をしていました(和田氏は『カル・チャペック戯曲集』の装丁・挿絵を手掛けている。安西氏はプラハでチャペックのこの小説に出てくるロボットの置物を土産に買ったとか)。

2001 space odyssey2.jpg 「2001年宇宙の旅」は、雑誌「ぴあ」の読者が選ぶ「もう一度観たい映画No.1」の座を長年に渡って占めていた作品で、最初2001年宇宙の旅 2.jpg観た時は、哲学的な示唆が感じられる内容にやや驚き、他の人は皆が解ったのかなとも思ったりしましたが、脚本を書いたキューブリックとアーサー・C・クラークは「この映画は観客がどう解釈してもよい」と言い残2001年宇宙の旅 1968年.jpg2001年宇宙の旅 1978年リバイバル.jpgしています(キューブリックとアーサー・C・クラークがアイデアを出し合い、先ずアーサー・C・クラークが小説としてアイデアを纏め、その後キューブリックが脚本を執筆し、映画の公開の後に「小説」は発表されているが、その「小説」にはアーサー・C・クラーク独自の解釈がかなり取り入れられていることから、厳密に言えば、映画の原作であるともノベライゼーションであるとも言えないものとなっている。因みにコンピュータ「HAL9000」のHALは、IBMをアルファベット順で一文字ずつずらしたネーミング)。

1968年/1978年(リバイバル)各チラシ

2001年宇宙の旅 last.jpg 完璧な映像構成からキューブリック2001 space odyssey.jpgがカメラマン出身であることを強く感じさせる作品でしたが、ジョン・レノンも讃えたというラストのSFXは今日観るとそれほどでもないかも(もともと、このラスト及び映画自体は毀誉褒貶があり、小松左京、筒井康隆氏といった人たちはあまり買っていなかった記憶がある)。むしろ、ツァラトゥストラはかく語りき」や「美しく青きドナウ」などの曲が映像とマッチさせて上手く使われているのを感じました(宇宙飛行士が宇宙船外に放り出される場面は怖かった)。

 チャペックの『R.U.R.』は、単に「ロボット」という言葉を生み出したというだけでなく、それまであった一定のモチーフをSFとして確立させたという点でも、後に及ぼした影響力は大きいのではないでしょうか。「ブレードランナー」や「2001年宇宙の旅」に限らず、多くの映画や小説がこのモチーフを引き継いでいることを思うと、19世紀初頭の『フランケンシュタイン』と並んで、20世紀におけるエポック・メイキングな作品であると言えるかと思います。

珈琲屋チャペック2.jpg 因みに、北陸の金沢に行った時、金沢城の城跡付近に「チャペック」というコヒー・ショップがありましたが、この作品の作者の名前からとったようです。ネットで確認すると、確かに兄ヨゼフ・チャペックの絵を使っている...。行った時には前を通っただけでしたが、店内にはチャペック関連の趣向も施されているようで、あの時店の中に入ればよかったと後でやや後悔しました。


ブレードランナー チラシ.jpgブレードランナー.jpg「ブレードランナー」●原題:BLADE RUNNER●制作年:1982年●制作国:アメリカ●監督:リドリー・スコット●製作:マイケル・ディーリー ●脚本:ハンプトン・フィンチャー/デイヴィッド・ピープルズ●撮影:ジョーダブレードランナー4.jpgン・クローネンウェス●音楽: ヴァンゲリス●時間:117分●出演:ハリソン・フォード/ルトガー・ハウアー/ショーン・ヤング/ダリル・ハンナ/ブライオン・ジェイムズ/エドワード・ジェイムズ・オルモス/M・エメット・ウォルシュ/ウィリアム・ サンダーソン/ジョセフ・ターケル/ジョアンナ・キャシディ/ジェームズ・ホン●日本公開:1982/07●配給:ワーナー・ブラザース●最初に観た場所:二子東急(83-06-05)●2回目:三軒茶屋東映(84-07-22)●3回目:三軒茶屋東映(84-12-22)(評価:★★★★☆)二子東急.jpg二子東急.gif●併映(2回目):「エイリアン」(リドリー・スコット)/「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)●併映(3回目):「遊星からの物体x」(ジョン・カーペンター)
 


2001 nen: Uchuu no Tabi(1968)
2001 nen Uchuu no Tabi(1968).jpg「2001年宇宙の旅」●原題:2001:A SPACE ODYSSEY●制作年:1968年●制作国:アメリカ●監督・製作:スタンリー・キューブリック●脚本:スタンリー・キューブリック/アーサー・C・クラーク●撮影:ジェフリー・アンスワース/ジョン・オルコット●音楽:リヒャルト・シュトラウス《ツァラトゥストラはかく語りき》/ヨハン・シュトラウス2世《美しく青きドナウ》/他●時間:152分●出演:キア・デュリア/ゲイリー・ロックウッド/ウィリアム・シルベスター/ダニエル・リクター有楽座(旧)1.bmp/ダグラス・レイン(HAL 9000(声))●日本公開:1968/04●配給:MGM●最初に観た場所:日比谷・有楽座(78-12-10)(評価:★★★★)  右写真:有楽座[1984(昭和59)年9月]「ぼくの近代建築コレクション」より
旧有楽座内.jpg有楽座.jpg
旧・有楽座 1935(昭和10)年6月に演劇劇場として開館。1949(昭和24)年8月~ロードショー館(席数1,572)。1984年10月31日閉館。 

 
「RUR」hukamati.jpg【1924年単行本[金星堂(『ロボット』鈴木善太郎:訳)]/1968年単行本[平凡社『現代人の思想22 機械と人間との共生』収録(『ロボット製造会社R.U.R.』鎮目泰夫:訳)]/1977年文庫化『華麗なる幻想-海外SF傑作選』収録[講談社文庫(『R.U.R.』深町眞理子:訳)]/1989年再文庫化[岩波文庫(『ロボット (R.U.R.)』千野栄一:訳)]/1992年単行本[十月社(『R.U.R.ロボット』栗栖継:訳)]/2006年単行本[八月舎『チャペック戯曲全集』収録(『RUR』田才益夫:訳)]/2012年[単行本(『カル・チャペック戯曲集〈1〉ロボット/虫の生活より』栗栖継:訳)]】

RUR...ロッサム万能ロボット会社」電子版(深町眞理子:訳)

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ポーランド現代文学の中では珍しく「徹底的に非政治的で官能的な小説」という見方に共感。

尼僧ヨアンナ―他 (東欧の文学)2.jpg尼僧ヨアンナ (岩波文庫).jpg イヴァシュキェヴィッチ.jpg 尼僧ヨアンナ [DVD].jpg 尼僧ヨアンナ ps デザイナー大島弘義.jpg
尼僧ヨアンナ (岩波文庫)』Jarosław Iwaszkiewicz(1894-1980)
尼僧ヨアンナ [DVD]」/「尼僧ヨアンナ」ポスター(デザイン:大島弘義)
尼僧ヨアンナ―他 (東欧の文学)』福岡 星児:訳(1967/07 恒文社)

尼僧ヨアンナ 格子03.jpg『尼僧ヨアンナ』.JPG 中世末期、ポーランドの辺境の町ルーディンで、修道院の若き尼僧長ヨアンナに悪魔がつき、悪魔祓いに派遣された若き神父スーリンはあれこれ手を尽くすが万策尽きる―。

 ウクライナ出身のポーランド人作家ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ(1894-1980)が、1943年、作者49歳の時に執筆した作品で(1946年に中短編集の中で発表された)、フランスの小都市ルーダンで実際に行われた悪魔裁判を素材とした作品ですが、それを、中世末期のポーランドの辺境の町「ルーディン」に舞台を置き換えています。その他は、驚愕の結末を除いてはほぼ史実に忠実だそうです。

ルーダンの悪魔.jpg 実際に起きた事件は、1632年からフランスの小都市ルーダンで、ウルスラ会の修道女たちが悪魔憑きの症状を示し、神を冒涜する言葉、痙攣と硬直、淫らでショッキングな振舞い等が人々に衝撃を与えたため、悪魔祓いと原因究明の審査が行われ、ルーダンの教会の司祭であり、教養と魅力的な物腰で街の女を次々にものにし(その結果、多くの敵も作っていた)ウルバン・グランディエが、悪魔と契約を結んだとの罪状で生きながら火刑に処されれたいうもので、この事件を素材とした小説には、この作品のほかにイヴァシュキェヴィッチと同年生まれの英国の作家オルダス・ハックスリー(1894-1963)の『ルーダンの悪魔』(The Devils of Loudun 、1952)などがあります。

ルーダンの悪魔
尼僧ヨアンナ パティオ.jpg
 この作品の原題は『尼僧長"天使たちの"ヨアンナ』(Matka Joanna od Aniołów)ですが、1961年にポーランドの映画監督イェジー・カヴァレロヴィッチ(1922-2007)によって「尼僧ヨアンナ」(英文タイトル:Mother Joanna of the Angels)として映画化され、カンヌ国際映画祭で審査員特別賞を受賞するなどして世界的に有名になったことから、岩波文庫版('96年)関口時正氏の訳でもこれをタイトルにしています。本邦初訳は『「東欧文学全集」第8巻‐イヴァシュキェヴィッチ集』(恒文社)の福岡星児訳('67年)でこれも映画化の後の刊行であり、映画が本邦公開された時点('62年)では原作の邦訳は無かったことになります。

イェジー・カヴァレロヴィチ.jpg 個人的にもイェジー・カヴァレロヴィッチの映画の方を先に観て(1962年に発足した日本アート・シアター・ギルド(ATG)の配給第1作でもある)、やや内容を忘れかけた頃に原作を読みましたが、そのことにより改めて映画のシーンが甦ってきました。映画を観た際は、ストーリー面で、ラストでスリン神父(ミエチスワフ・ウォイト)がヨアンナ(ルチーナ・ヴィニエツカ)を悪魔から守ることと引き換えに自らが悪魔を引きうけ殺戮を行うというのは、やや映画的な作り方をしているのではないかとも思いましたが、読んでみたら原作もその通りでした。
Jerzy Kawalerowicz(1922-2007)

ツイン・ピークス1.jpgツイン・ピークス3.jpg まるで、デイヴィッド・リンチが監督して90年代初頭に人気を博したTVドラマ「ツイン・ピークス」の、主人公のFBI捜査官が少女を守るために悪魔に魂を売り渡してしまうラストみたいです。デイヴィッド・リンチによると、あのラストはあくまでも第2シーズンの最終話に過ぎないとのことですが、その続きは作られていません。

尼僧ヨアンナ 08.jpg 個人的には「原作が映画と同じ展開だった」のがやや意外であり、岩波文庫版の翻訳者・関口時正氏の解説でも、スーリンに重罪を犯させる結末ではなく、"小説的筋書きとしての効果の成否"についてはともかく、自殺させることでも足りたのではないか尼僧ヨアンナ 05.jpg(自殺も罪ではあるが)と書いているのは、文学作品を読んだつもりが結構"ホラー"だったかもしれないという自分の読後感をある部分代弁してくれているようにも思えました(ヨアンナが突然表情を変え、悪魔の語り口で話し始めるのはまるで映画「エクソシスト」みたい)。

 但し、"ホラー"と言っても作者の筆致は冷静であり、むしろ、憑依現象を冷静に解析した情動力学的な"心理劇"ともとれるように思います。読んでいて、修道院で起きていることは、戒律による性的抑圧に起因する集団ヒステリーに類するものであることの察しがつくようになっています。また、ヨアンナの体の中に複数の悪魔がいて、それらが交互に姿を現すというのは、ダニエル・キイスの『24人のビリー・ミリガン』を想起させます(「複数の悪魔」は複数人格を呈す解離性障害として説明可能ではないか)。

尼僧ヨアンナ 07.jpg 因みに、小説は前任者の司祭が火刑に処せられ、若き神父スーリンが悪魔祓いのため派遣されるところから始まりますが、ヨアンナにはジャンヌという実在のモデルがいる一方、このスーリンにもスュランという実在のモデルがいて、1634年、34歳の時に悪魔祓いのため修道院に派遣されて、ジャンヌの悪魔をわが身に引き受けた結果としてボロボロになり、殺人を犯したり自殺したりするまでには至らなかったけれど(自殺未遂はあった)、20年近く闘病・治療生活を送って、60歳を過ぎてやっとジャンヌと過ごした濃密な時間を書き記したものを完成させたようです(内容は、宗教的な矩を超えない範囲で、神秘主義的色合いの濃いものらしい)。

ルチーナ・ヴィニエツカ (カヴァレロヴィッチ監督夫人)

尼僧ヨアンナ パティオ02.jpg 1961年に作られた映画「尼僧ヨアンナ」は、スターリン主義の抑圧を受けていた当時のポーランド情勢を、戒律下に置かれた修道尼らの性的抑圧として表したと解されることが多いようですが、イエジー・カヴァレロヴィッチ監督には、社会派サスペンス映画「影」('56年)など、ポーランドの政治情勢を反映させながらも娯楽性を含んだ作品も撮っており(この作品と「夜行列車」('59年)、「尼僧ヨアンナ」の3本が最高傑作とされている)、また、「尼僧ヨアンナ」において修道尼たちが一斉に地面に倒れ込むのを俯瞰で撮るなど、カメラワークにも非常に洗練されたものがあって、芸術的完成度は高いように思います(その分、"政治"が後退する? 少なくとも個人的にはあまりプロパガンダ性を感じなかった)。

尼僧ヨアンナ 04.jpg また、イヴァシュキェヴィッチの原作の方も、1943年という、ポーランドのユダヤ人や知識層が厳しい弾圧を受けていた時期に書かれたものですが(イヴァシュキェヴィッチは既にポーランドを代表する文人であったとともにレジスタンス運動を指揮していた)、岩波文庫版解説で関口時正氏は、「尼僧ヨアンナ」にしてもその他の作品にしても、彼の作品はポーランド現代文学の中では珍しく「徹底的に非政治的で、官能的な小説」であるとしています。

尼僧ヨアンナ_2.jpg この関口時正氏の本作に対する見方には痛く共感しました。イヴァシュキェヴィッチという人は政治と文学を分けて考えていたのではないか。そうして考えると、映画「尼僧ヨアンナ」も、いろいろと背景はあるのかもしれませんが、先ずは、観たままの通り感じればよい作品なのかもしれません。 
 
尼僧ヨアンナ0.jpg「尼僧ヨアンナ」●原題:MATKA JOANNA OD ANIOLOW(MOTHER JOAN OF THE ANGELS)●制作年:1960年●制作国:アメリカ●監督:イェジー・カヴァレロヴィッチ●脚本:タデウシュ・コンビッキ/イェジー・カヴァレロヴィッチ●撮影:イェジー・ウォイチック●音楽:アダム・ワラチニュスキー●原作:ヤロスワフ・イヴァシュキェヴィッチ●時間:110分●出演:ルチーナ・ウィンニッカ/ミエチスワフ・ウォイト/ミエチスワフ・ウォイト/アンナ・チェピェレフスカ/マリア・フヴァリブク/スタニスラフ・ヤシュキェヴィッチ●日本公開:1962/04●配給:東和/ATG(共同配給)●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(79-04-18)●2回目:北千住・シネマブルースタジオ(10-07-03)(評価:★★★★)●併映:「パサジェルカ」(アンジェイ・ムンク)

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ロイド主演作の中でベスト。中盤、後半と、"引き込まれ度"がステップアップしていく。

ロイドの要心無用 チラシ.jpgロイドの要心無用 dvd.jpg HAROLD LLOYD COLLECTION [DVD].jpg ハロルド・ロイド COMEDY SELECTION DVD-BOX.jpg
ロイドの要心無用 [DVD]」['14年6月]/「HAROLD LLOYD COLLECTION [DVD]」['08年]/「ハロルド・ロイド COMEDY SELECTION DVD-BOX」['12年]
'76年リバイバル時チラシ(ニュー東宝シネマ2)

ロイドの要心無用 00.jpg 周囲の期待を一身に集め、田舎から都会に出て来た青年がいた。残してきた恋人には主任を任され......なんて手紙を出すが、実のところ、ただのデパートの売り子。それも度重なるドジで、首さえも危ない状態だった。そこへ彼女がやってきて、なんとか取り繕おうとしてますますドツボにはまり、ついに解雇通告を受け取ってしまう。だが、壁登りが得意な友人をビルに登らせる販促キャンペーンに借り出すことで、何とか汚名返上を果たそうと画策。しかし宿敵の警官に友人は追われ、ついに彼自身がビルに挑むことに―(「allcinema ONLINE」より)

ロイドの要心無用 01.jpg ハロルド・ロイド(1893-1971)主演の1923年作品で、本邦公開は1923(大正12)年12月。淀川長治はこの作品をロイド主演作の中でベストとしていますが、大方の見方も同じでしょう。先に「ロイドの人気者」('25年)の方をとり上げましたが、ロイドと言えばやっぱりこの作品。デパートのビルの大時計からぶら下がるシーンは、この作品を観ていない人でも知っているくらい有名です。

 原題「SAFETY LAST」は、「SAFETY FIRST」、建設現場などにある標語の「安全第一」をもじったもので、直訳すれば「安全最後」、つまり「安全後回し」ということなのです。邦題の「要心無用」の「要心」は現在の「用心」と同義であり、それが「無用」であるというのは、直訳に近い邦題であるとも言えます。

ロイドの要心無用 02.jpg 前半の細かいギャグの連続がロイド作品の中でもテンポがいいというのもありますが、やはり後半の、ロイドが1階ずつビルの壁をよじ登っていく場面が見せます。どうやってこうした危険そうに見えるシーンを撮ることが出来たのか、タネを知ればナルホドで終わってしまうのですが、それにしてもカメラワークが巧みです。創意工夫によって、映像上のスリルと、撮影上の安全性の両方を成り立たせている点は、CG全盛の今日において、大いに参考にすべき映画の原点的な技と言えるのではないでしょうか。

ロイドの要心無用 05.jpg デパートに新入社員として入社し、洋服の生地売り場でのお客対応でこき使われているロイドからは宮仕えのツラサもたっぷり感じられますが、解雇通告を受けてもめげず、何百人も客をデパートに呼び寄せれば報奨金1000ドルを出すという支配人の発言を聞きつけ発奮するロイドからは、チャンスを生かせば誰もが恵まれた人生を手にすることが出来るという、アメリカ的な考え方、成功への上昇志向が窺えます(因みに、ハロルド・ロイドが作品中で「ハロルド・○○○」として登場した作品は多いが、ちゃんと「ハロルド・ロイド」として登場した作品はこの「ロイドの要心無用」のみ。但し、オープニングクレジットでは単に「The Boy」となっている)。

ロイドの要心無用 step by step.jpgロイドの要心無用 last.jpg 主人公は、最初は取り敢えず1階分だけ登って後は壁登りの得意な友人と交代する手筈だったわけで、それが結果として...。この1つ1つ目の前の"課題"に取り組むことで、意図せずして当初不可能と思われたことを独力で成し遂げていたという話の流れも上手いと思います。ビルの下に集まってくる群衆なども、非常に多くのエキストラを使っているように思われますが、それらが、実際にロイドがスタント無しでビル登りしているのを固唾を飲んで見守っているかのように撮られているのが絶妙です(実際にはビル登りするロイドは最初の下の方の階を除いては別撮りであり、スタントは使っていないが、先述の通り一定の安全は確保されていた)。

ロイドの要心無用 04.jpg 後半の壁登りに次ぐ見所は、その前の、恋人を安心させるために自分が会社で要職に就いていると偽っていたところ、その恋人が会社を訪ねて来てしまい、社内で新入社員のくせにあたかも支配人であるかのように振る舞ってみせる場面でしょうか。これもなかなか楽しめ、このことにより、中盤、後半と、"引き込まれ度"がステップアップしていく作品になっているように思います。

大学は出たけれど0.jpg このシチュエーションで思い出されるのが、小津安二郎監督の「大学は出たけれど」('29年)での、大学を卒業したものの就職が決まらないでいる主人公(高田稔)が、郷里の母親と許嫁(田中絹代)には一流企業に勤めているように偽っていたところ、母親と許嫁が上京して来てしまうという設定です。小津版は主人公がそもそも会社に勤めていないため、許嫁が上京してからの展開は全くのオリジナルとなりますが、アメリカ喜劇映画の熱心なファンだった小津安二郎が(「大学は出たけれど」には、主人公の部屋に「ロイドのスピーディー」('28年)のポスターがある)、ロイドのこの作品に着想を得た可能性は高いように思えます。

Safety Last! (1923).jpgロイドの要心無用~Safety Last~ [VHS].jpg「ロイドの要心無用」●原題:SAFETY LAST!●制作年:1923年●制作国:アメリカ●監督:サム・テイラー/フレッド・ニューメイヤー●製作:ハル・ローチ●原作:サム・テイラー/ハル・ローチ/ティム・フェーラン●脚本:ハロルド・ロイド/ジャン・ハヴェズ●撮影:ウォルター・ランディン●時間:66分●出演:ハロルド・ロイド/ミルドレッド・デイヴィス/ビル・ストローザ―/ノア・ヤング/W・B・クラーク●日本公開:1923/12●配給:日活(評価:★★★★)ロイドの要心無用~Safety Last~ [VHS]
Safety Last! (1923)

HAROLD LLOYD COLLECTION [DVD].jpgHAROLD LLOYD COLLECTION [DVD]
【収録作品】
Disk.1 ・『ロイドのブロードウェイ』 ・『都会育ちの西部者』 ・『ロイドの大勝利』
Disk.2 ・『危険大歓迎』 ・『好機逸すべからず』 ・『俺がやる』
Disk.3 ・『豪勇ロイド』 ・『ドクター・ジャック』 ・『ロイドの要心無用』
Disk.4 ・『巨人征服』 ・猛進ロイド ・客に混って
Disk.5 ・『ロイドの初恋』 ・『ロイドの人気者』 ・『落胆無用』
Disk.6 ・『ロイドの福の神』 ・『田吾作ロイド一番槍』 ・『ロイドの父に聞いて』
Disk.7 ・『ロイドの化物屋敷』 ・『ロイドのスピーディ』 ・『ロイドの水平』 ・『其の日ぐらし』
Disk.8 ・『ロイドの活動狂』 ・『ロイドの神出鬼没』 ・『ロイドの何番々々』・『眼が廻る』・『ハート張り』
Disk.9 ・『ロイドの牛乳屋』 ・『足が第一』

ハロルド・ロイド COMEDY SELECTION DVD-BOX.jpgハロルド・ロイド COMEDY SELECTION DVD-BOX
【収録作品】
1.『豪勇ロイド』 Grandma's boy 1922年 48min
2.『ロイドの要心無用』Safty Last! 1923年 66min
3.『猛進ロイド』Girl Shy 1924年 63min
4.『ロイドの人気者』The Freshman 68min
5.『ロイドの活動狂』Movie Crazy 85min
6.『ロイドの牛乳屋』The Milky Way 88min

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作者の自らの記憶に対する結晶化作用を、読む側も追体験しているような感じ。

なぎさホテル 伊集院 静 単行本.jpgなぎさホテル 表紙.png 『なぎさホテル』(2011/07 小学館)

 広告制作会社をわけあって辞め、妻子も東京も捨てたある冬の午後、故郷に帰ろうとしていた「私」はその前に関東の海が見たくなり、降り立ったのが逗子だった。そして、ふとしたきっかけで湘南海岸に建つホテルに住むことになる―。

 前作『いねむり先生』と同じく作者の自伝的小説であり、東京での生活に疲れ、人生に絶望した「私」は、20代後半から30代前半にかけての7年間、逗子にあった名門ホテル「逗子なぎさホテル」で暮らすことになります。その経緯から、作家デビューしていく過程、宿泊代を取らずに支えてくれたI支配人のこと、ホテルで出逢った不思議な女性や人々との心温まる交流など、作家を生業としていくまでの苦悩や青春の日々が綴られています。

 「なぎさホテル」に7年('78年冬から'84年に該当)も世話になることになった経緯というのが、金は一銭もないまま昼間浜辺でビールを飲んでいたら、このIさんが来て、近くに宿がないか訊ねたらうちのホテルがあると言われ、「お金なんていいんですよ」「あなた一人くらい何とかなります」と言ったというのがスゴイね。かつては氷川丸の厨房長も務めたという洒脱な海の男I支配人、ふらりとやってきた一見の客を、一番いい部屋にタダで何年も居候させ(宿泊料取っていないから客とは言えないよね)、ホテルの床が抜けるほどの本を買い込んで読書に明け暮れる男のために本棚まで作らせたというから尋常でないと言えばそうですが、何か見返りを期待しているわけでもなく、「あせって仕事なんかしちゃいけません」とか言っているのが、まるでお伽噺の登場人物みたいです。

なぎさホテル.jpg でも、実際にこういうホテルがあって、こういう人たちがいたんだろうなあ。何だか不思議な気がしますが、作者自身、後に振り返って、どうしてそうした待遇を受けたのか今でも分からないと言っているところに、逆に真実味を覚えます。出てくる人の全てが「いい人」ばかりというわけではなく、「嫌な人」も出てくるのですが、読み終えると「いい人ばかり」だったという印象しか残らないというのも不思議な読後感。作者の自らの記憶に対する結晶化作用を、読む側も追体験しているような、そんな感じでしょうか(実際には、作者が一番もがいていた時期のことが書かれているわけだが)。

なぎさホテル2.jpg 在りし日の「逗子なぎさホテル」(大正15年開業のこのホテルは平成元年に取り壊された)の姿はウェブなどでも見ることが出来、単行本表紙デザインに使われている図柄の元などもありますが、本書の中では写真家の宮澤正明氏が取り壊し直前のなぎさホテルを撮影した写真を使っていて、これが最初からこうだったのか後から加工したのか分かりませんが、ソフトフォーカスと言うかピンホール写真機で撮ったかのようにややボケていて、涙目で見たようになっているのが却っていいです。この写真も、本書が電子書籍化されたこともあってウェブで全部またはその一部を見ることができます。

 『いねむり先生』よりエッセイ風の作品とでも言うか、随所に作者の創作に対する考え方なども出てきて、"「伊集院静」入門"としては欠かせない作品とされているようです。個人的にも、例えば、自分は作家として自分の経験に全く関係ないところを起点に小説は書けないタイプであるといったことを書いてる点などは興味深かったです。

 一方で、この作品には、"夏目雅子さんと愛を育んだホテル"といったキャッチが付いていたり、「夏目雅子さんの人柄が偲ばれます」といった感想を見かけたりします。確かに「なぎさホテル」は作者の後の妻・夏目雅子との愛を育んだ場所ではあったかもしれませんが(2人の交際期間は7年であったといい、作者の「なぎさホテル」滞在期間とほぼ重なる)、しかしながら作中では、「私」が長らく馴染みにしている地元の寿司屋の夫婦などと共に終盤にちょことだけ「M子」として登場しているくらいで、"夏目雅子さんと愛を育んだホテル"というキャッチもどうかと思いますが、少なくとも後者の「人柄が偲ばれます」云々といった感想は、何か別のところからの情報が混ざっているのではないでしょうか(そもそも作者は夏目雅子を直接的にモデルとしたものを小説では書かないことをポリシーとしている)。 

 作者がホテルを出たのは夏目雅子との結婚生活を送るためであり('84年に結婚)、時系列的にみると、その翌年1985年9月11日に夏目雅子は27歳の若さで急性骨髄性白血病で死去、作者はそこからまたアルコール中毒に陥って無頼の徒のような暮らしぶりになるわけですが、そこで出会ったのが色川武大であり、前作『いねむり先生』の世界へと繋がっていくことになります。

【2016年文庫化[小学館文庫]】

【2014年電子書籍化[デジタルブックファクトリー・Kindle版]】

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作者が「先生」の思い出を熟成させて描いた渾身の作。人生の恩師へのレクイエム。

いねむり先生 伊集院 静 単行本.jpgいねむり先生』(2011/04 集英社)

 女優だった妻の死後、アルコール依存、ギャンブルに溺れ、壊れてしまったボクは「いねむり先生」こ出会い、"大きな存在"との交流の中で、再生を果たす―。

 「小説すばる」(集英社)に2009年8月号から2011年1月号まで連載された作品で、2011年4月単行本刊行。作者は同じ年の7月単行本刊行の『なぎさホテル』の中で、自分は作家として自分の経験に全く関係ないところを起点に小説は書けないタイプであるといったことを書いていました。実際これまでも野球を素材にした作品など自分の経験をベースにした作品は多くありましたが、これは主人公の名前がサブローとなってはいるものの、ほぼ自伝的小説とみていいのではないでしょうか。作者が最も苦しんでいた時期に巡り合った「先生」色川武大とのかけがいの無い思い出を描いているように思えました。

 作者の妻だった夏目雅子が亡くなったのが1985年9月11日で作者が35歳の時。作者が色川武大に出会ったのは、この作品には書かれていませんが、色川武大のエッセイによると作者の亡妻の命日だったとかで、その何年か後になります(おそらく一周忌?)。その日は夏目雅子ファンが某所に500人くらい集まっており、色川武大には挨拶だけにしてそちらへ出席する予定が、ほんの遊びでチンチロリンを始めたら負けが込んで席を立てなくなったということで、亡妻の命日に賭け事で"尻が長くなる"という作者の状況に色川武大は哀しみと愛着を覚え、作者に弟のような感情を持ち、やがてそれは恋人のような気持ちにまで発展していったということです(因みに、作者を色川武大に引き合わせたのは漫画家の黒鉄ヒロシ氏で、作中ではKさんとなっている。新幹線の車中で先生が富士山を見て先端恐怖症の発作を起こし、サブローが助けを求めて電話する相手がこのK氏)。

 しかし、この作品はあくまで主人公サブローの視点から描かれており、主人公は「先生」に誘われるがまま、競輪場を巡り毎晩マージャンに明け暮れる「旅打ち」に出かけるわけですが、そうしたことを淡々と時にユーモアを交えて綴りながら、先生の人間的な奥の深さ、自らが抱える心と身体の闇(色川武大がナルコレプシーの持病があったことは有名)、自分に対する先生の優しさがじわーっと伝わってくるようになっているのがいいです(先生が主人公に再び小説を書くよう何度も勧める場面が、今日の作者の活躍を思うと感慨深い)。

いねむり先生 4.jpg この作品は能條純一作画で劇画化され、藤原竜也・西田敏行主演でテレビドラマ化(単発)もされていますが、やはり原作が一番いいのでは(漫画も読んでおらず映像化作品も観ていないため確証は無いけれど)。テレビドラマでは夏目雅子役の女優(波瑠)が出ており、藤原竜也と二人で夏目雅子の墓前に墓参りに行ったのが何かで報じられていましたが、原作では夏目雅子は登場せず、なぜこんないじくり方をするのか腑に落ちません(やはり視聴率狙いか。夏目雅子という人を直接的に売り物にしないというのが作者のポリシーであるはず。ドラマよりはコミックのほうがまだ良さそうか?)。

いねむり先生 コミック 1-4巻セット (ヤングジャンプコミックス)

 物語で、サブローが先生と行動を共にしていく中で再生(恢復)していくところが、年齢の違いはありますが、色川武大が「阿佐田哲也」名義で書いた『麻雀放浪記』における〈ドサ健〉と行動を共にすることで成長していく〈ボヤ哲〉とダブっているように感じられるのが興味深かったです。和田誠監督の映画化作品ではそれぞれ鹿賀丈史と真田広之が演じています。因みに、色川武大が60歳色川武大.jpgで亡くなったのは1989(平成元)年4月で、映画「麻雀放浪記」公開はその5年前。映画「麻雀放浪記」公開の頃、作者は未だ「先生」に見(まみ)えておらず、2人の出会いが1985年9月に亡くなった夏目雅子の一周忌以降であるとすれば、一緒にいた時期はそう長くないことになります(2、3年か。それだけ密度が濃かったとも言える)。

色川武大パネル(遺品展にて)

 終盤まで面白く読めましたが、ラストのサブローが先生の訃報に触れる場面では、読んでいるこちら側も思わずグッときてしまいました。それまで先生のことを淡々と描いていたことも含め、作者の"泣かせ"のテクニックだったのかとも思ったりもしましたが、やはりここはストレートに感動させられたことを素直に認めることにします。

 単行本は、全く絵柄の無い表紙。そのことが却って、作者が20年余りの間に記憶(「先生」の思い出)を熟成させて描いた渾身の作品であり、また、人生の恩師へのレクイエムであることを物語っているように思いました。

【2013年文庫化[集英社文庫・Kindle版]】

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女性版「池井戸潤」? 主人公が「派遣社員」であることがポイントか。

その名もエスペランサ 徳永.jpgその名もエスペランサ』(2014/03 新潮社)

 本郷苑子29歳。生マジメ、独り暮らし、日課は通い猫のエサやり、目指すは「派遣のプロ」。前の職場で受難、3カ月ぶりの新たな派遣先は、英文事務のはずが、作業服を着せられ部品係とトラブル処理班も兼務、しかもチャラ男に仙人、いびりの鬼がいた。今度の職場もハズレなのかと思った矢先に、社内初の海外プロジェクトの一員に。こんなエンジン工場から新製品エンジン「希望(エスペランサ)」は生まれるのか?

 女性版「池井戸潤」みたいな感じでしょうか。すらすら読めるし、読後感もいい「お仕事小説」でした。終盤の畳み掛け感などは、エンタテイメント性を感じます。取材がしっかりされていることが窺え(ホンダなどが主な取材先か)、それでいて、専門的な話をある程度噛み砕いて、読み物としての面白さ、ピッチを損なわないようにしているように思いました。

 一方で、「ビジネス小説」にありがちですが、主人公を巡る登場人物のキャラクターがやや画一的であるような気がしました。同じく「工場」を舞台にした池井戸潤氏の直木賞受賞作『下町ロケット』('10年/講談社)などと比べると、キャラクター造型の幅や深さに関しては物足りないという印象です。

 ストーリーもおそらく予定調和であろうことが予想され、主人公の恋の予感なども定番。落とし所は大方見えていて、最後に軽いドンデン返しというか逆転劇がありましたが、これすらも予測がついてしまうといった感じでした。但し、だからと言ってカタルシスが全く削がれてしまうというものでもなく、その辺りは、一定の力量レベルにある作者だと思います(しっかりした取材が下支えになっているということもある)。

 この物語はテーマ的には『下町ロケット』と同じく町工場のイノベーションというのがありますが、最大の特徴またはポイントは、主人公が「派遣社員」であるということでしょう。世の中で正規社員と非正規社員の処遇格差がずっと言われ続ける中、この主人公は図らずも仕事にドップリ浸かっていくことによって、派遣社員であるという身分の問題はもう殆ど関係なくなっているといった感じです。

 そのことによって正規社員・非正規社員間の格差問題を韜晦させているということではなく、そうした主人公の変化を通して「仕事って何」みたいなところに踏み込んでいるのがいいです。星3つ半はやや辛目の評価かもしれませんが、今後に更なる期待したいと思います。

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シリーズ第3弾にしてパワーアップ? 作者のシリーズへの愛着が感じられる。

「まほろ駅前狂騒曲」三浦しをん.jpg  まほろ駅前多田便利軒.jpg 
まほろ駅前狂騒曲』(2013/10 文藝春秋)『まほろ駅前多田便利軒』(2006/03 文藝春秋) 「まほろ駅前狂騒曲」2014年映画化(監督:大森立嗣/主演:瑛太・松田龍平)

 多田便利軒に行天が転がり込み、居候を始めて早3年が経とうとしていた。そして多田は、ついに禁断の依頼(子供の預かり)を引き受けることに。それに対して行天の反応は―。

 作者の直木賞受賞作『まほろ駅前多田便利軒』('06年/文藝春秋)の第2弾『まほろ駅前番外地』('09年/文藝春秋)に続くシリーズ第3弾ですが、シリーズ物はシリーズが続いていくにつれてパワーダウンしていく傾向があるのに対し、このシリーズはここにきてパワーアップしている感じで、作者自身もこのシリーズに殊の外に愛着を抱いているのではないかと思わせるものでした。

 当初のコマ切れの話の連なりから、ここにきて大きなうねりのようなストーリー展開になっていて、相変わらず横中バスの間引き運転疑惑の追及に燃える岡さん(憎めないキャラだなあ)が、何故か、怪しげな無農薬野菜の販売組織の秘密を暴こうとする多田便利軒の多田・行天らの意向に沿った行動をとるようになるといった、ややご都合主義ともとれる話の展開もありましたが、まあ、面白かったからいいか。大きなストーリーになっている分、盛り上がりも十分でした。

 今回は、行天が主役といった感じで、その秘められた過去が徐々に明かされますが、飄々とした感じの男が、実は重い過去をしょっているという設定が何とも言えません(行天は怖いものを問われ「記憶」と答える)。預かった子供は実は仰天と別れた妻との間の実子であるわけですが、最初はその娘に恐怖を抱き、距離を置こうとして「あれ」呼ばわりしていた彼が、次第に親としての親愛の情を見せるようになり、終盤は「はる」と名前で呼ぶようになる展開は絶妙です。最後は実際に身を挺して娘を守ろうとして...(多田の方は多田の方で、バツイチ男&寡婦のキャリアウーマンの恋愛話があり、これはこれで楽しませてくれたが、行天に比べると今回はややインパクトが弱いか)。

 第1弾『まほろ駅前多田便利軒』が瑛太・松田龍平主演で映画化されたのに対し、第2弾『まほろ駅前番外地』はTVドラマ化でした。そして、この第3弾『まほろ駅前狂騒曲』は今年('14年)秋に映画化作品が公開予定です。但し、個人的には、これまでの映像化作品は観ていません。作中の「多田・行天」と配役の「瑛太・松田龍平」にギャップを感じ、映像化されたものに引っ張られるのが嫌だからというのがその理由です。シリーズが完結するまでは、映像化作品の方は観ないでおこうと勝手に決め込んでいます(それでも観てしまうかもしれないが)。

【2017年文庫化[文春文庫]】

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安心して観ていられ、最後はほんわかした気分に。ヒネリが無い分、ややもの足りないか。

ロイドの人気者 yunyu.jpgロイドの人気者 dvd2.jpg  ロイドの人気者 dvd.jpg  ロイドの人気者 dvd  red.jpg
The Freshman (1925) 輸入版DVD/「ロイドの人気者 [DVD]」['99年]「ロイドの人気者 [DVD]」['04年]「ロイドの人気者 [DVD]」['14年6月]

ロイドの人気者 pa-teli.jpg 田舎から出てきて憧れの大学生となったハロルド(ハロルド・ロイド)は、学内の人気者になりたくて皆にアイスクリームを御馳走したりパーティを開いたりする。車中で知り合って意気投合した下宿屋の娘ペギー(ジョウビナ・ラルストン)の気を引こうとしたのだった。恋敵に触発されて今度はフットボール部に入り花形選手を目指すが、監督ロイドの人気者 01.jpgは彼を補欠として在籍させるものの、練習の時は選手のタックルの練習台として、試合の時はウォーターボーイ(水汲み)としてしか扱わない。そんな中、大事な試合でケガ人が続出し、やがてハロルドにも出場の機会が訪れる―。

 1925年公開のハロルド・ロイド(1893~1971)主演作で(原題:The Freshman)、ロイドはチャールズ・チャップリン、バスター・キートン共に"三大喜劇王"と言われる一方で、「The Third Genius(第三の天才)」と呼ばれ、その両者に次ぐ3番目の位置づけとされていますが、3人の中で一番興行的に稼いだのはロイドであるとされるくらい人気があったようです。

ロイドの人気者 04.jpg パントマイム系であるにも関わらず表情豊かでおとぼけぶりも際立つチャップリン、アクロバット系であるにも関わらずピンチでも無表情を崩さないシュールなキートン―個性が強烈で存在そのものがエキセントリックなこの両者に比べると、ロイドはその特徴的な眼鏡を除いてはごく普通の若者といった感じで、逆に眼鏡によって都会的な印象を醸しており、その辺りが当時の観客に親近感を与えたのではないでしょうか。

ロイドの人気者 06.jpg 「ロイドの要心無用」('23年)、「猛進ロイド」('24年)と並ぶ彼の代表作とされるこの作品で、その年の最大のヒット作だったそうですが、自分が人気者になったつもりでいた青二才が、実は皆からおもちゃにされていたことを知って落ち込むものの、恋人に「あるがままの自分になって、本当の人気者になって」と言われ、スポーツで奮起して最後は恋人の真の愛を得るというストーリーは、やや定番といった感じです。安心して観ていられるし、最後はほんわかした気分にさせられるものの、「要心無用」などと比べるとややもの足りないか。

ロイドの人気者 tokaihu.jpg この作品は「キートンのカレッジ・ライフ(大学生)」('27年)などにも影響を与えたとされ、その結果、「カレッジ・ライフ」の方がこの作品のパクリであると見なされてキートンの作品の中でも相対的にやや評価が低くなる傾向があるようですが、この作品でロイドが活躍するスポーツはフットボール、「カレッジ・ライフ」でキートンが活躍するのはボート競技であり(キートンがフットボールで活躍するのは「ロイドの人気者」の前々年公開の「キートンの恋愛三代記」('23年)だった)、キートンの「カレッジ・ライフ」の方が、ラストで苦手だったはずのあらゆるスポーツ競技の技を使って恋人の救出にいくなどヒネリが効いていて、"パクリ"と呼ばれる筋合いのものでもないように思います(個人的好みからのキートン擁護的な見方?)。

ロイドの人気者 05.jpg 但し、この作品も、終盤のフットボールシーンのロイドのアクションは愉しめるし、どちらかと言うとギャグ系のロイドが、ここでは体を張って頑張っています。随所にエスプリも効いていて、恋人の泣かせる励ましの言葉もあり、人によっては「要心無用」よりこちらが好みだという人がいてもおかしくないかもしれません(個人的にはやはり「要心無用」の方が上にきてしまうのだが)。

大学は出たけれど 5.jpg 因みに、ハロルド・ロイドが作品中で「ハロルド・ロイド」として登場した作品は「要心無用」のみで、この作品では「ハロルド・ラム(Harold Lamb)」、通称「スピーディー(Speedy)」となっています。このスピーディーという愛称はその後の作品に引き継がれ、「ロイドのスピーディー」('28年)などは、小津安二郎監督の「大学は出たけれど」('29年)の1シーンにそのポスターが出てくることでも知られています。
「大学は出たけれど」('29年)田中絹代/高田 稔

 チャップリンが下層階級を主に演じ、キートンが主に上流階級を演じたとすれば、ロイドはその中間あたりでしょうか。この作品でも、ちょっと周囲に大盤振る舞いしたばかりに、後のやり繰りが苦しくなってしまう主人公ハロルドであり、まあ、大学に行くということ自体が当時としては恵まれていた方なのかもしれないけれど、特別お金持ちというわけでもなさそう。学生同士のダンスパーティなどは都会的雰囲気に満ちていて、当時の大学生の風ロイドの人気者 siai.jpg俗を描いているという点では、映像的には貴重かも。同じく小津安二郎の「学生ロマンス 若き日」('29年)などと比べてみるもの面白いかもしれません(片やエール大学、片や早稲田大学がモデルか)。

The Freshman (1925).jpg「ロイドの人気者」●原題:THE FRESHMAN(THE FUNNY SIDE OF LIFE)●制作年:1925年●制作国:アメリカ●監督:サム・テイラー/フレッド・ニューメイヤー●製作:ハロルド・ロイド●脚本:ジョン・グレイ/サム・テイラー/フレッド・ニューメイヤー●撮影:ウォルター・ランディン●音楽:ウォルター・シャーフ●時間:100分●出演:ハロルド・ロイド/ジョビナ・ラルストン/ブルックス・ベネディクト/ジェームズ・アンダーソン/パット・ハーモン●日本公開:1963/11●配給:コロムビア映画(評価:★★★)
The Freshman (1925)

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戦争の悲劇を描いたマルグリット・デュラス原作(脚本)の映画化作。DVD化されていない名作。

かくも長き不在 ポスター.jpgかくも長き不在 vhs.jpg かくも長き不在 01.jpg かくも長き不在 ちくま.jpg
輸入版ポスター/「かくも長き不在」VHS/『かくも長き不在 (ちくま文庫)

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE.jpg パリ郊外でカフェを営むテレーズ(アリダ・ヴァリ)はある日、店の前を通る浮浪者に目を止める。その男(ジョルジュ・ウィルソン)は16年前に行方不明になった彼女の夫アルベールにそっくりであった。テレーズはその男とコンタクトをとるが、その男は記憶喪失だった―。

 アンリ・コルピ(1921-2006/享年84)監督の1961年公開の作品で、この人は映画監督の他に雑誌編集者、脚本家、音楽家、編集技師として幅広く活動した人ですが、逆に単独監督した作品として有名なのはこの一作くらいではないでしょうか。但し、この作品でカンヌ国際映画祭パルム・ドールを受賞しています。

 この作品もある種"企画"的側面があり、原作者のマルグリット・デュラス(1914-1996/享年81)は1960年にこの物語を、同じくデュラスマルグリット・デュラス.jpgの小説『モデラートカンタービレ』(原題:Moderato Cantabile, 1958年)を原作としジャンヌ・モロー、ジャン=ポール・ベルモンドが主演した「雨のしのび逢い」('60年/仏・伊)の脚本家ジェラール・ジャルロと共同でいきなり脚本から書き起こしていて、それは「ちくま文庫」に所収されています。
Marguerite Duras(1914 - 1996)
かくも長き不在 02.jpg
 戦争の悲劇を描いた感動作ですが、マルグリット・デュラスの作品の中でも分かり易く、また、件(くだん)の浮浪者は果たしてテレーズの夫であるのかどうかという関心から引き込まれます。そして、事実は結末で意外な形で示唆されますが(テレーズの呼んだ夫の名を街の人が次々と伝えていき、それに反応する形で浮浪者が降参するかのように両手を上げるのが悲しい)、その前のテレーズと浮浪者のダンスシーンなども、ぎこちなく二人が抱き合うところなどは逆にリアルで感動させられ、定番的な作り物にしてしまわない脚本と演出の上手さが感じられました。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE aridabari.jpg アリダ・ヴァリはキャロル・リード監督の「第三の男」('49年/英)が有名ですが、この作品を観ると、ミケランジェロ・アントニオーニ監督の「さすらい」('57年/伊)で夫と別れて暮らすことになった妻を演じていたのを思い出します。「さすらい」において、夫は疲弊して妻の元に戻りますが、アリダ・ヴァリ演じる妻は既に新たな生活を築いており、夫は妻の目の前で自死を遂げます。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 1.jpg この「かくも長き不在」においても、アリダ・ヴァリ演じるテレーズには日常においては暗さは無く、16年前にゲシュタポに捕えられたまま消息を絶った夫の帰りを待ちながらも店を営んで逞しく生活しており、若い恋人までいるような様子であって、そこへ抜け殻のようになって現れた"夫かもしれない男"との対比が、逆に男の心的外傷によるトラウマの闇の深さを際立たせています。テレーズが男とぎこちないダンスをした際に、男の頭部の傷に気づく場面はぞっとさせられますが、一方で、そのことにより"夫かもしれない男"に憐れみと慈しみを覚えるテレーズの表情は、まさにアリダ・ヴァリにしか出来ないような演技であり、この作品の白眉と言えます。

 因みに、この映画を観て、いくら心的外傷を負ったとは言え、自分の夫と他人の区別がつかないものだろうかという慰問を抱く人がいますが、心的外傷だけでなく記憶中枢である海馬を損傷するなど脳に器質的障害を負った場合、その人の顔つきまでも全く変わってしまうことが見受けられるようで、個人的にもそうしたケースに接したことがあります。

「二十四時間の情事」1.jpg マルグリット・デュラスは多くの作品を残しながら自身も監督業を手掛けていますが、どちらかと言うと原作や脚本を書いたものを別の映画監督が映画化したものの方が知られており、有名なものでは原作・脚本を書き、アラン・レネが監督してカンヌ国際映画祭FIPRESCI(国際映画批評家連盟)賞を受賞した「二十四時間の情事」('59年/仏・日)がありますが、こちらもモチーフとしてナチの収容所体験を持つ女性が出てきます。ヌーヴェル・ヴァーグの色合いを感じる作品で、観念的な原作の文脈でそのまま映像化するとこんな感じかなという作品ですが、これもオリジナルよりは分かり易くなっています。同じアラン・レネ監督の、後にノーベル文学賞を受去年マリエンバートで 01.jpg賞する作家アラン・ロブ=グリエ(1922-2008/享年85)原作の「去年マリエンバートで」('61年/仏)ほどには前衛的ではなく、デュラスの小説の映画化作品は、小説より分かり易くなる傾向にあるように思います(それでもまだ難解な面もあるが、「去年マリエンバートで」のように観ていて眠くなる(?)ことはない)。デュラスの小説『ジブラルタルから来た水夫』を原作とするトニー・リチャードソン監督の「ジブラルタルの追想」('67年/英)なども、えーっ、原作ってこんなラブロマンスなの、というようなハーレクイン風の仕上がりで、ここまで噛み砕いてしまうとどうかなというのはありますが、さすがにこの作品は自身で脚本までは書いていないようです。

UNE AUSSI LONGUE ABSENCE 7.jpg 「かくも長き不在」のちくま文庫版の原作脚本を読むと、自身で監督したものに有名な作品は無いけれど、(脚本家の協力・示唆はあったにせよ)小説的効果と映画的効果の違いはわかっていた人ではないかという気がします。特に、この映画のラストの男を呼ぶ声が伝言のように街中を伝わっていく場面は、映画的シチュエーションの極致と言ってよいかと思います。

 しかし、この「かくも長き不在」、以前はビデオとLD(レーザーディスク)で発売されていたけれど、2014年現在DVD化はされていないようです。どうして?(2015年完成の4Kスキャン→2K修復画質により2018年に初めてDVD&Blu-ray化された)

かくも長き不在 シアターアプル.jpgUNE AUSSI LONGUE ABSENCE 3.jpg「かくも長き不在」●原題:UNE AUSSI LONGUE ABSENCE●制作年:1960年●制作国:フランス●監督:アンリ・コルピ●脚本:マルグリット・デュラス/ジェラール・ジャルロ●撮影:マルセル・ウェイス●音楽:ジョルジュ・ドルリュー●時間:98分●出演:アリダ・ヴァリ/ジョルジュ・ウィルソン/シャルル・ブラヴェット/ジャック・アルダン/アナ・レペグリエ●日本公開:1964/08●配給:東和●最初に観た場所:新宿シアターアプル(85-04-21)(評価:★★★★)
ポスター(イラスト:和田 誠

二十四時間の情事 02.jpg「二十四時間の情事」●原題:HIROSHIMA 二十四時間の情事_.jpgMON AMOUR●制作年:1959年●制作国:フランス・日本●監督:アラン・レネ●脚本:マルグリット・デュラス●撮影:サッシャ・ヴィエルニ/高橋通夫●音楽:ジョヴァンニ・フスコ(イタリア語版)/ジョルジュ・ドルリュー●時間:90分●出演:エマニュエル・リヴァ/岡田英次/ステラ・ダサス/ピエール・バルボー/ベルナール・フレッソン●日本公開:1959/06●配給:大映●最初に観た場所:京橋・フィルムセンター(80-07-15)(評価:★★★★)
二十四時間の情事 [DVD]

去年マリエンバートで  チラシ.jpg去年マリエンバートでes.jpg「去年マリエンバートで」●原題:L'ANNEE DERNIERE A MARIENBAT●制作年:1961年●制作国:フランス・イタリア●監督:アラン・レネ●製作:ピエール・クーロー/レイモン・フロマン●脚本:アラン・ロブ=グリエ●撮影:サッシャ・ヴィエルニ●音楽:フランシス・セイリグ●時間:94分●出演:デルフィー去年マリエンバートで ce.jpgヌ・セイリグ/ ジョルジュ・アルベルタッツィ(ジョルジョ・アルベルタッツィ)/ サッシャ・ピトエフ/(淑女たち)フランソワーズ・ベルタン/ルーチェ・ガルシア=ヴィレ/エレナ・コルネル/フランソワーズ・スピラ/カリン・トゥーシュ=ミトラー/(紳士たち)ピエール・バルボー/ヴィルヘルム・フォン・デーク/ジャン・ラニエ/ジェラール・ロラン/ダビデ・モンテムーリ/ジル・ケアン/ガブリエル・ヴェルナー/アルフレッド・ヒッチコック●日本公開:1964/05●配給:東和●最初に観た場所:カトル・ド・シネマ上映会(81-05-23)(評価★★★?)●併映:「アンダルシアの犬」(ルイス・ブニュエル)

THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER.jpg「ジブラルタルの追想」●原題:THE SAILOR FROM GIBRALTAR PERFORMER●制作年:1967年●制作国:イギリス●監督:トニー・リチャードソン●製作:オスカー・リュウェンスティン●脚本:クリストファー・イシャーウッド/ドン・マグナー/ジブラルタルの水夫.jpgトニー・リチャードソン●撮影:ラウール・クタール●音楽:アントワーヌ・デュアメル●原作:マルグリット・デュラス「ジブラルタルから来た水夫(ジブラルタルの水夫)」●時間:90分●出演:ジャンヌ・モロー/イアン・バネン/オーソン・ウェルズ/ヴァネッサ・レッドグレーヴ●日本公開:1967/11●配給:ユナイテッド・アーチスツ●最初に観た場所:大塚名画座(78-12-12)(評価:★★☆)●併映:「悪魔のような恋人」(トニー・リチャードソン)(原作:ウラジミール・ナボコフ)
ジブラルタルの水夫

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壮大華麗な舞台装置に埋没しない強烈な個性の配役陣と演出力はヴィスコンティ映画ならでは。

ルートヴィヒ 完全版 dvd.jpgルートヴィヒ taiknnsiki.jpg
ルートヴィヒ 復元完全版 デジタル・ニューマスター [DVD]」['06年]       
ヘルムート・バーガー(Helmut Berger)/ロミー・シュナイダー(Romy Schneider)
ルートヴィヒ 01.jpgLudwig movie 3.jpg 1864年18歳でバイエルン王に即位したルートヴィヒ(ヘルムート・バーガー)は、やがて年上の従姉エリザベート(ロミー・シュナイダー)に惹かれていくが、その思いは叶えられない。またルートヴィヒは政治や軍事より芸術を好み、特にワーグナー(トレヴァー・ハワード)を援助した。そのワーグナーは王をなめきっていて、愛人コジマ(シルヴァーナ・マンガーノ)と共に彼を食い物にする。ルートヴィヒは、贅を極めた宮殿での愚かしい生活や虚しい日常と、当時勃発した普墺戦争の中で精神的に消耗していき、その行動は次第に常軌を逸したものとなっていく―。

ルートヴィヒ 2.jpg  ルキノ・ヴィスコンティ(1906-1976)監督の1972年のイタリア・フランス・西ドイツ合作映画で、「地獄に堕ちた勇者ども」('69年)、「ベニスに死す」('71年)と並ぶ「ドイツ三部作」の最後となるもの。バイエルン王ルートヴィヒ2世の即位から死までを描いた作品で、元々は約4時間もの作品だったのですが、配給会社から長すぎるとのクレームが出て、仕方なくヴィスコンティ自身の手によって約3時間に短縮されたとのこと。ヴィスコンティが没して4年後の'80年にようやく日本で初公開されたのはこの短縮版であり、「ルードウィヒ/神々の黄昏」というタイトルであったため、「ウ」ではなくその前の「ト」の方を濁る言い方に馴染んでしまった印象はあります。

ルートヴィヒ 02 雪.jpg 同じく'80年にヴェネツィア国際映画祭において、ヴィスコンティの当初の意図に限りなく近いとされる4時間版が初公開され、劣化したフィルムの修復作業を経たものが'06年に新宿のテアトルタイムズスクエアで開催された「ヴィスコンティ生誕100年祭」で、「ルートヴィヒ【完全復元版】」として「山猫」「イノセント」と共に上映されましたが、個人的にはその時は遺作となった「イノセント」しか観ることができず、今回、北千住・シネマブルースタジオのヴィスコンティ監督特集の一本として上映されたのを観ました(特集と言っても、「若者のすべて」('60年)と2作だけの上映だったが)。完全版もビデオ化されていましたが、やはりいつか劇場で観たいという思いもあって今回足を運んだ次第です。
Rûtovihi (1973)
Rûtovihi (1973).jpg
Ludwig movie 7.jpg 4時間という長さそのものが劇場向きですが、冒頭のルートヴィヒの戴冠式から荘厳な舞台劇を観ているみたいで、劇場で観た価値はありました。王族の絢爛豪華な世界を妥協なく再現している点で、中期以降のヴィスコンティ作品に観られる貴族趣味が最も徹底している作品と言えるかと思いますが(撮影はリンダーホーフ城など実際にルートヴィヒ2世が建設した王城でも行われた)、そうした壮大なバックグラウンドの中で、繊細で孤独を好むルートヴィヒの理知と狂気をきっちり浮き彫りにしてみせていて、「大味」感が全くないところがスゴいと思います。

Ludwig movie 2.jpg 改めて完全版を観て思ったのは、史実に比較的忠実に描かれている点で、ルートヴィヒは近侍させた美青年たちを愛し、女性を嫌忌していたものの、エリーザベトだけには女性でありながら唯一心を許していたというのも事実らしく、また、彼女の妹のゾフィーと婚約者として押しつけられ、挙式を伸ばし延ばしにした挙句、婚約を反故にしてしまったのも実際のことのようです。ワーグナーに入れ込んで金を使い、城を幾つも建てて税金を使い、政治よりも詩を愛し、社交よりも真夜中の彷徨を好んだルードウィッヒですが、バイエルンの国民には人気があったそうです。

 映画は、ルートヴィヒに王としての統治能力があるかどうか重臣たちが証人を喚問して査問会議を開いているという外枠的状況があって、終盤は王は精神を病んでいるとの結論に至った重臣たちが王を廃位すべく反乱を起こす経緯とそれに対するルートヴィヒの抵抗が詳しく描かれていますが、短縮版ではこの部分がかなり削られていたのではなかったかと。こうしてみると、かなり史劇として丁寧に作られていたのだという印象を受けましたが、重臣たちがルートヴィヒを廃位したのは、多くの城を造営した彼の乱費が最大原因だったというのが最近の有力な説のようです(家臣たちがワーグナーの召喚を快く思っていなかったのも事実らしい)。但し、「狂王」とも呼ばれたように、次第に王の奇行が目立つようになり、首相らが医師たちに診断書を作成させて精神病を理由に王を禁治産者にしようとしたのもほぼ事実のようです。

 ルートヴィヒがベルク城に送られ、その翌日に城付近の湖で侍従医と共に水死体となって発見されたのも事実ですが、その事件の経緯は「謎」であるようで、映画の中でのルートヴィヒが彼を監視していた医師を殺して自殺したという重臣の台詞は、実際にその場面が出てこないことからも、あくまで映画内における重臣による事件の決着のさせ方なのでしょう。映像化して史実を逸脱してしまうことを回避するとともに、観る者に「謎」を投げかけつつも、幽閉されるよりは死を選ぶというルートヴィヒの絶望と美学を示唆するような描かれ方をしているように思いました。

Ludwig movie.jpg ヘルムート・バーガーは好演してると言うか、前半の美男子ぶりから終盤は一転して顔を白塗りにしての怪演、ホモセクシュアルはさほど強調されていませんが、「地獄に堕ちた勇者ども」を想起させるようなシーンがありました(ヴィスコンティとヘルムート・バーガーは"恋人同士"の関係にあったと言われ、ヘルムート・バーガーは姉として慕っていたロミー・シュナイダーから"バーガー嬢"或いは"バーガー夫人"とからかわれたほどであったという)。

Ludwig movie 03.jpg ワーグナーを演じるトレヴァー・ハワードも怪演、加えて、ロミー・シュナイダーの強い意志を秘めた美しさとシルヴァーナ・マンガーノのアクの強さ―といった具合に、壮大華麗な舞台装置に決して埋没してしまうことのない強烈な個性の配役陣と、その持ち味を十二分に引き出しているヴィスコンティの演出力が光ります。やはり、これはこの監督にしか撮れない作品なのだと思いましたが、'12年にワーグナー生誕200周年としてマリー・ノエル、ピーター・ゼアー共同監督でドイツ映画「ルートヴィヒ」が作られています。ある意味、こっちの方が「ご当地」版ということになりますが、出来の方はどうなのでしょうか。
        
ルートヴィヒ 04.jpgルードウィヒ 神々の黄昏 ポスター.jpg「ルートヴィヒ (ルードウィヒ/神々の黄昏)」●原題:LUDWIG●制作年:1972年(ドイツ公開1972年/イタリア・フランス公開1973年)●制作国:イタリア・フランス・西ドイツ●監督:ルキノ・ヴィスコンティ●製作:ウーゴ・サンタルチーア●脚本:ルキーノ・ヴィスコンティ/エンリコ・メディオーリ/スーゾ・チェッキ・ダミーコ●撮影:アルマンド・ナンヌッツィ●音楽:ロベルト・シューマン/リヒャルト・ワーグナー/ジャック・オッフェンバック●時間:(短縮版)184分/(完全版)237分●出演:ヘルムート・バーガー/ロミー・シュナイダー/トレヴァー・ハワード/シルヴァーナ・マンガーノ/ゲルト・フレーベ/ヘルムート・グリーム/ジョン・モルダー・ブラウン/マルク・ポレル/ソーニャ・ペドローヴァ/ウンベルト・オルシーニ/ハインツ・モーグ/マーク・バーンズ1962年の3人.jpgロミー・シュナイダー.jpg●日本公開:1980/11(短縮版)●配給:東宝東和●最初に観た場所:(短縮版)高田馬場・早稲田松竹(82-06-06) (完全版)北千住・シネマブルースタジオ(14-07-30)(評価:★★★★)

ロミー・シュナイダー


ロミー・シュナイダー(手前)、アラン・ドロン、ソフィア・ローレン(1962年)

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"正統派"ラブロマンス。若くして映画のセオリーをマスターし切っていることを見せつける作品。

恋人たち モロー dvd.jpg恋人たち dvd.png 恋人たち(1958) 00.jpg 
恋人たち [DVD]」['06年] Jeanne Moreau & Jean-Marc Bory
恋人たち【HDマスター】《IVC 25th ベストバリューコレクション》 [Blu-ray]」['13年]

恋人たち(1958) 夫.jpg 1954年の仏ディジョン。新聞社主アンリ(アラン・キュニー)の妻ジャンヌ(ジャンヌ・モロー)は閉塞的な日常からの逃避を月に二度のパリ行きと愛人ラウール(ホセ・ルイ・ド・ビラロンガ)との密会に求めていた。妻の不倫を疑うアンリの思惑により、逆に、ラウール恋人たち(1958) kuruma.jpgたちを屋敷に迎えざるを得なくなったその当日、車が故障した所を若い考古学者ベルナール(ジャン・マルク・ボリー)に拾われ家に辿り着いた彼女。友人らを迎えたその晩、眠れずに戸外へ出ると、そこにベルナールの姿もあった。夢遊病者のように庭をさまよい歩き、いつしか二人恋人たち(1958) バス.jpgは、ジャンヌの寝室で愛を交わす。そして翌朝、驚く夫や愛人を後目に、彼女は新しい男と共に家を出る―。

LES AMANTS ジャンヌモロー.jpg ルイ・マルの監督デビュー第2作目('58年)で、カンヌ国際映画祭「審査員特別賞」受賞作。実業家の若い妻ジャンヌが、仕事人で嫉妬深い夫とスポーツマンで貴族的生活を送っているプレイボーイの愛人の間で揺れ動いていたと思ったら、偶然出会った若い考古学者と一夜にして突然の恋に落ちるという、ストーリーとしては意外な展開ですが、ラブロマンスとしてはむしろオーソドックスなタイプの1LES AMANTS 1958 2.jpgつ。むしろアンニュイな若妻を主人公とする(この頃ルイ・マルとジャンヌ・モローは恋人同士の関係にあったと思うが)この"正統派"ラブロマンスを26歳で真っ向から撮っているというのがスゴイなあと思うし、ちょっと背伸びしている感じもなくもないですが、既に「死刑台のエレベーター」という傑作を撮っているだけに、何か映画の文法というものを若くして体得してしまっている印象を受けます。

恋人たち(1958) ボート.jpg ジャンヌが夜中に偶然にベルナールと出くわして、そこから二人が結ばれるまでの映像の流れはまるで夢の世界のようであり(カメラは「死刑台のエレベーター」と同じくアンリ・ドカエだが、この夜のシーン、何となく〈道行〉のような印象を受けたのは自分だけか)、それに被るクラシック音楽も効いています。子どもに別れまで告げていることからジャンヌの強い決意が窺える一方で、ラストではどことなく未だ不安の表情を残しているというのがリアル。それでも、もう彼女は元の世界に戻ることはない...

 二人が出会う夜のシーンの音楽は、ブラームスが27歳の時に作曲した「弦楽六重奏曲1番」を使っていますが、これはブラームスの作品の中で最も"甘い"とされている曲だそうです。「死刑台のエレベーター」でパリに公演に来ていたマイルス・デイヴィスにラッシュに合わせてトランペットを吹いてもらって、後に、映画が注目されたことの理由の1つとしてマイルス・デイヴィスの音楽が使われていることも当時あったことをトリュフォー自身認めていますが、そうしたこともあってここではクラシックを使ったのでしょうか。この物語の原作が、18世紀の作家イヴァン・ドノンの"ポワン・ド・ランドン"(明日はない)という古典であることも意識されているかと思われます。

恋人たち(1958) 6.jpg 「死刑台のエレベーター」のマイルス・デイヴィスの使われ方といい、「鬼火」のエリック・サティのピアノ曲の使われ方といい、この監督の映像と音楽の融和レベルの高さは他の追随を許さないものあるとこの作品を観ても思います。強いて言えば、自分が映画のセオリーというものをマスターし切っていることを見せつけるために撮った作品ともとれるのが難点と言えなくもないですが、(デビュー作がフロックでないことを証明するために?)敢えて古典に材を得つつ、クラシカルな優美さを現代に移し替えても損なわないのは、やはり巧みの技と言えるかと思いました。

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「恋人たち」●原題:LES AMANTSD●制作年:1958年●制作国:フランス●監督:ルイ・マル●製作:イレーネ・ルリッシュ●脚本: ルイ・マル/ルイ・ド・ヴィルモラン●撮影:アンリ・ドカエ●音楽:ヨハネス・ブラームス●原作:イヴァン・ドノン「明日シネマブルースタジオ1.jpgシネマブルースタジオ2.jpgはない」●時間:95分●出演:ジャンヌ・モロー/ジャン・マルク・ボリー/アラン・キュニー/ホセ・ルイ・ド・ビラロンガ/ジュディット・マーグル/ガストン・モド/ジュディット・マーレ●日本公開:1959/04●配給:映配●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(14-07-08)(評価:★★★★)

シネマブルースタジオ 2006年4月、北千住・東京芸術センター内にオープン。

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小津 安二郎 「お早よう」('59年/松竹)の大泉滉・泉京子夫婦の家の室内にあるポスターは「恋人たち」のもの

 
 

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