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限りある生を超え、"伝説"として人々の記憶に生き続ける―芸術家の究極の姿か。

『猫を抱いて象と泳ぐ
』(2009/01 文藝春秋) 映画「ブリキの太鼓 HDニューマスター版 [DVD]
」
唇が閉じて生まれ、切開手術で口を開いたという出生の経緯を持つ寡黙な少年は、体が大きくなりすぎて屋上動物園で生涯を終えた象と、壁の隙間に挟まり出られなくなった女の子を架空の友とし、7歳で廃バスにポーンという名の猫と暮らす巨漢の男と遇って、彼を師匠にチェスを習い、その才能を開花させる。男が象と同様にその巨体のために亡くなると、彼は自らの意思で11歳のまま身体の成長を止め、名棋士アリョーヒンに因んでリトル・アリョーヒンと名づけられたチェスのカラクリ人形の中に入り、人知れず至高の対戦を繰り広げる―。
2009(平成11)年度「『本の雑誌』編集部が選ぶノンジャンル・ベスト10」第2位。2010(平成22)年・第7回 「本屋大賞」第5位。同作者の『博士の愛した数式』('03年/新潮社)が"数式"をモチーフにしていたのに対して、今度は"チェス"がモチーフということで、そうした独自の素材が物語にうまく溶け込んでいるという点では、『博士の愛した数式』を凌いでいるかも。

自らの意思で成長を止めた少年というのは、ギュンター・グラスが1959年に発表した処女作『ブリキの太鼓』(フォルカー・シュレンドルフ監督の映画「ブリキの太鼓」('79年/西独・仏))の"オスカル少年"のようでもあり、廃バスに住むマスターは、エーリッヒ・ケストナーの『飛ぶ教室』の学校近くの廃車となった禁煙車両に住む"禁煙先生"をも想起させます。
「ブリキの太鼓」('79年/西独・仏)
(●ギュンター・グラスの『ブリキの太鼓』を読書会のテーマ本となったのを機に読み、面白くて映画も再見した。映画は、戦争が終わり、成長を決意したオスカルが家族とともに西ドイツ独に移住する場面で終わっているが(文庫3巻の上巻・中巻に該当)、原作はその後が描かれている(文庫3巻の下巻)。戦後、オスカルは故郷ポーランドのダンツィヒを離れ西ドイツに移住(これは敗戦国民としてポーランドを追放されたギュンター・グラス自身の来歴と重なる)、闇商売から出発し、石工、美術学校のモデルと職業を替えた後(グラスも彫刻家・石工として生計をたてながら美術学校に通っていた時期がある)、ジャズバンドのドラマーとして成功し脚光を浴びる一方で、殺人事件に巻き込まれたりもする。成長するとともにガラスを破壊する声は失ってしまっていたが、「ブリキの太鼓」を叩くことで観客たちの幼少時の記憶を喚起するという新たな機能を見出し、彼は再び「ブリキの太鼓叩きのオスカル」に戻っていく―。オスカルが成長を再開してからトーンが変わって、むしろ話がぶっ飛んでいるように思ったが(この部分を映画化しなかったのは正解)、「大人としての新生活」に向かって歩み始めたはずの彼の戦後が虚構でしかなかったことの表れか。)
『ブリキの太鼓 (1972年) (現代の世界文学)』['82年改版版]/『ブリキの太鼓 1 (集英社文庫) 』『ブリキの太鼓 2 (集英社文庫) 』『ブリキの太鼓 3 (集英社文庫) 』['78年]/『ブリキの太鼓 (池澤夏樹=個人編集世界文学全集2) 』['10年]
個人的には『博士の愛した数式』のような母子モノの話には感動させられ易いのですが、現実を描いている風でありながら大人のメルヘン的要素を醸した『博士の...』に比べると、こちらは、最初から「物語」乃至「寓話」であることがフレームとして読者の前に提示されている感じで、いったん物語の中に入り込めてしまえば、よりすんなり感動できるかも知れません(実際、感動した。自分は「母子モノ」に弱いと言うより、このタイプの「小川作品」に弱いのかも)。
主人公の師匠である巨漢男だけでなく、優しい祖母や老人ホームに住まう往年の名プレーヤーたちなど、印象に残る登場人物が多く、彼らはやがて死んでいきますが、それぞれに生きている者の中に記憶として生きていると言えます。
そして、主人公の最期もまたあっけないものですが、彼は"伝説"として人々の記憶に生き続けることになる―、ある意味、人間の限りある生を超えられるものは何かを問いかけるような作品でもあります。
主人公はチェスプレーヤーですが、「ビショップの奇跡」と呼ばれる1枚の棋譜と1葉のスナップ写真のみを残したその生き方は、芸術家の究極の姿でもあるように思えました。
そのことは、「もし彼がどんな人物であったかお知りになりたければ、どうぞ棋譜を読んで下さい。そこにすべてのことが書かれています」という、この作品の最後のフレーズにも象徴されているかと思います。

実際、チェスの世界は伝説的な話には事欠かないようで、'08年にアイスランドで亡くなったボビー・フィッシャー(米国)みたいに、何度も世界チャンピオンになりながら何度も消息不明になった人などもいて、ボビー・フィッシャーの再来といわれた天才少年ジョシュ・ウェイツキンを主人公にした「ボビー・フィッシャーを探して」('93年/米)という映画も作られるなどしました(Photo:Bobby Fischer: (1958)He wins US Chess Championship at age 14)。
ボビー・フィッシャーは日本に潜伏していた時期もあったらしく、無効パスポート保持で成田で拘束されたこともあり、米国に強制送還される恐れがあったため、チェスが"趣味"の羽生善治氏が、彼に日本国籍を与えるよう当時の小泉首相に嘆願メールを出したということもありました。
作者が取材した麻布高校のチェスサークルは、在学中に全日本チャンピオンとなり、'08年度まで4年連続タイトルを保持した小島慎也氏('09年度は、アイルランドのIM(インターナショナル・マスター)サム・コリンズに敗れ準優勝だった)の出身サークルでもありますが、小島氏に言わせれば、日本チェス界で一番強いのは羽生善治であるとのこと、羽生は主に海外で対局していて、国際レイティングは今も('09年)日本人トップで、羽生を倒せるようになるのが"全日本チャンピオン"の座に4度輝いた小島氏の目標だそうです(羽生ってスゴイなあ。まるで、生ける"伝説"みたいな感じ...)。
「ボビー・フィッシャーを探して」('93年/米)と同様、チェスの世界大会を舞台にした映画では、カール・シュンケル監督の「美しき獲物」('93年/米・独)があり、チェスの世界選手権に絡んで起きた猟奇殺人事件を描くサスペンス・サイコ・スリラーで、ストーリーそのものは悪くないのですが、主演のクリストファー・ランバートとダイアン・レイン(私生活で当時は恋人同士)の2人とも、それぞれに「チェスの天才」にも「女性心理学者」にも見えないのが難、「ボビー・フィッシャーを探して」に出演した子役は賢そうに見えたけれど...。

「ブリキの太鼓」●原題:DIE BLECHTROMMEL●制作年:1979年●制作国:西ドイツ・フランス●監督:フォルカー・シュレンドルフ●製作:アナトール・ドーマン/フランツ・ザイツ●脚本:ジャン=クロード・カリエール/ギュンター・グラス/フォルカー・シュレンドルフ/フランツ・ザイツ●撮影:イゴール・ルター●音楽:モーリス・ジャール●原作:ギュンター・グラス●時間:142分●出演:ダーフィト・ベンネント/マリオ・アドルフ/アンゲラ・ヴィンクラー/カタリーナ・タールバッハ/ダニエル・オルブリフスキ/ティーナ・エンゲル/ローラント・トイプナー●日本公開:1981/04●配給:フランス映画社●最初に観た場所:有楽町スバル座(81-04-26)(評価:★★★★)
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「ボビー・フィッシャーを探して」●原題:SEARCHING FOR BOBBY FISCHER●制作年:1993年●制作国:アメリカ●監督・脚本:スティーヴン・ザイリアン●製作総指揮:シドニー・ポラック●撮影:コンラッド・ホール●音楽:ジェームズ・ホーナー●原作:フレッド・ウェイツキン●時間:110分●出演:マックス・ポメランツ/ジョー・マンティーニャ/ジョアン・アレン/ローレンス・フィッシュバーン/ベン・キングズレー/マイケル・ニーレンバーグ●日本公開:1994/02●配給:パラマウント映画=UIP (評価★★★☆)


「美しき獲物」●原題:KNIGHT MOVES●制作年:1992年●制作国:アメリカ/ドイツ●監督:カール・シェンケル●製作:クリストファー・ランバート/ジアド・エル・カウリー ●脚本:ブラッド・ミルマン●撮影:ディートリッヒ・ローマン●音楽:アン・ダッドリー●時間:116分●出演:クリストファー・ランバート/ダイアン・レイン/トム・スケリット/ダニエル・ボールドウィン/アレックス・ディアクン/フェルディ・メイン/キャスリーン・イソベル/アーサー・ブラウス●日本公開:1992/11●配給:アスキー(評価★★★)
【2011年文庫化[文春文庫]】
《読書MEMO》
●NHK 総合 2024/10/30「映像の世紀バタフライエフェクト#82―ふたつの敗戦国 ドイツ さまよえる人々」

大戦後、東欧には1500万のドイツ人がいた。ドイツ降伏はその運命を変えた。現地の人々のドイツ人への恨みは暴力となり、住み慣れた土地からは強制追放された。しかしドイツ本国に戻っても彼らの苦しみは終わらなかった。戦争責任を重く受け止める西ドイツでは、彼ら被害者の声はかき消され、東ドイツでは、そもそも語ることが許されなかった。シリーズ「ふたつの敗戦国」、前編はドイツ人の被害者としての側面をみつめる。