2022年11月 Archives

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原作の雰囲気は伝えていたか。勝新は熱演、伊藤雄之助は怪演。
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とむらい師たち [DVD]」 勝新太郎/藤村有弘

 区役所戸籍係(藤本有弘)の窓口を訪ねた"ガンめん(顔面)"(勝新太郎)は、死亡届が来るなり死者の元に駆けつける。火葬場従業員の伜に生れたデスマスク屋のガンめんは、死人の顔に石膏をちぎっては投げつけ、できたデスマスクを葬式で飾る。そこに葬儀屋の正葬社・米「とむらい師たち」伊藤雄之助.jpg倉(遠藤辰夫)と安楽社・稲垣(財津一郎)が駆けつけ仕事の取り合いを始める。ガンめんの家にはこれまでに取ったデスマスクが陳列されている。ガンめんは助手の霊柩車運転手"ラッキョ"(多賀勝)に加え、戦地ガダルカナル帰りの美容整形医 "センセ"(伊藤雄之助)を新たに仲間に加え、死顔美容を施す商売を興して軌道に乗せる。正葬社から賄賂を貰って優先的に死亡先の連絡をしていたことが判明して区役所を辞めた"ジャッカン"(藤村有弘)もマネージャー役で加わり、「死んだらルンペンも大統領も一緒や」というガンめんの考えに共感した金持ちの社長も支援者になる。死顔美容、デスマスクを備えた「国際葬儀協会(国葬)」を設立、事業は順調に発展、生前の葬儀予約も"社長"(藤岡琢也)から取る。 ある日、センセが人を殺したと電話して、服飾屋とく(西岡慶子)に中絶手術を施して罪の意識に悩むセンセを見たガンめんは、水子供養イベントを思いつく。この計画は雑誌社の取材も受け、本番でヘリコプターから落として膨らました特大ビニール製水子「とむらい師たち」007.jpg地蔵は効果満点、中之島公園での水子供養の一大イベントがは大成功し、ガンめんたちは大儲けし、勢いに乗ってテレビで葬儀コマーシャルも流す。ラッキョ、センセ、ジャッカンは次にサウナ風呂もある葬儀会館を建て、葬儀を完全なビジネスにする計画を立てるが、ガンめんは「葬式は心でするもの」という自分の信念に背いていくこの計画に乗れず、3人と別れて出直す決心をする。ほとんど一文無しになったガンめんは、'70年に大阪で予定されている万国博の向こうを張ることを思いつき、死者の祭典である葬儀博を開催しようとする。しかし、資金提供者を得られず、協力者も紙芝居の絵描きだけ。ガンめ「とむらい師たち」01.jpgんは地下に広場を作り、デスマスクの陳列や戦没者絵図、地獄絵作りなど死の世界の再現に打ち込む。一方、ジャッカンが館長となった国葬会館では冷凍室まで設置され、センセは併せて立ち上げた「死顔様教団」の教祖となっていた。ある日、地下のガンめんは大衝撃を感じて地上に出た。地上は水爆でも落ちたのか、一面瓦礫と化していた。世界全部が葬博や、と狂ったように叫びながら飛び出したガンめん。その姿もいつしか消えて、あたり一面に死の静寂が包んでいた―。

「とむらい師たち」02.jpgとむらい師たち 野坂昭如y.jpg野坂昭如11.jpg '68(昭和43)年公開の三隅研次監督作で、'66(昭和41)年発表の野坂昭如の原作は、高度成長期において人の「死」というものが社会から隠蔽されようとされている風潮にアンチテーゼを投げかけた作品であり、「エロ事師たち」('63年発表)同様、スペシャリスト集団の男たちの奮闘をユーモアと哀切を込めて描いています。

藤本義一 2.jpg 脚本は藤本義一。映画の中で、「国際葬儀協会」の略称が「国葬」で、"ガンめん"(勝新太郎)が「この間あった元総理"国葬"とは違いまっせ」と客に説明するのは、1967年10月31日、吉田茂元総理が亡くなって11日後に行われた戦後初の(閣議決定で行われることになった)国葬のことで、原作発表の時点では吉田元総理は存命のため、原作には無いセリフです(今年['22年]9月27日に銃撃された安倍晋三元総理の国葬が(これも閣議決定で)55年ぶりに行われた)。

 原作では、ガンめんが新興宗教を立ち上げ、先生の助言のもと運営していくのですが、映画ではガンめんは"センセ"や"ジャッカン"らの金儲け主義に反発して、途中から独自行動をとるようになっていて、この辺りは脚本の藤本義一の考えが入っているのでしょうか。それとも、勝新太郎の世間的イメージを考慮したのか。

「とむらい師たち」勝5.jpg それでも、原作の雰囲気は伝えていたかと思います。基本的に喜劇であり、"ガンめん"の死人の顔に石膏をちぎっては投げつけるデスマスク作りは、現実にはちょっとあり得ないものですが、それを勝新太郎が生き生きとと熱演しています。また、「国葬」の電話番号が「307-4942(みんな、よく死に)」)というのが笑えます。伊藤雄之助が国葬で教祖的存在である"センセ"を怪演し、藤村有弘(この人の真っ先に思い浮かぶイメージは、NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」(原作:井上ひさし、山元護久)のドン・ガバチョ)が区役所職員からいけいけの国葬マネージャーに転じた"ジャッカン"を演じていて、いずれもハマリ役。水爆でも落ちたのか、すべてが灰塵と化すというカタストロフィ的結末は原作通りです(ただ、このシーンは当時の映像技術的にやや弱いか)。

辛口喜劇のススメ.jpg 先に取り上げた山本周五郎原作、川島雄三監督の「青べか物語」(1962年/東宝)と同じく神保町シアターの特集「辛口喜劇のススメ」で観ましたが、こちらもなかなかDVD化されず、2014年にやっとDVD化された作品です。

 因みに、野坂昭如原作の映画化作品には、今村昌平監督の「『エロ事師たち』」より 人類学入門」('66年/日活、2004年DVD化)、千野皓司監督の「極道ペテン師」(原作は『ゲリラの群れ』)('69年/大映、未DVD化)、石田勝心監督の「頑張れ!日本男児」(原作は『アメリカひじき』)('70年/東宝、未DVD化)、増村保造監督の「遊び」(原作は『心中弁天島』)('71年/大映、2001年DVD化)などがありますが、高畑勲監督のアニメ映画「火垂るの墓」('88年/東宝)の高い認知度に比べると未DVD化のものがあったりして観る機会が得にくく、認知度は落ちるというのが実態かと思われ、やや残念です。

「とむらい師たち」勝.jpg「とむらい師たち」●制作年:1968年●監督:三隅研次●製作:田辺満●脚本:藤本義一●撮影:宮川一夫●音楽:鏑木創●原作:野坂昭如●時間:89分●出演:森繁久彌/東野英治郎/南弘子/丹阿弥谷津子/左幸子/紅美恵子/富永美沙子/都家かつ江/フランキー堺/千石規子/中村メイコ/池内淳子/加藤武/中村是好/桂小金治/市原悦子/山茶花究/乙羽信子/園井啓介/左卜全/井川比佐志/東野英心/小池朝雄/名古屋章●公開:1968/04●配給:大映●最初に観た場所:神保町シアター(22-11-10)(評価:★★★☆)

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浦粕(浦安)で暮らす人々の悲喜こもごも。原作を巧みに再構成した新藤兼人脚本。

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青べか物語 [DVD]」森繁久彌/左幸子/フランキー堺/池内淳子
「青べか物語」p.jpg 「青べか物語」000.jpg
 東京都と千葉県の境を流れる江戸川の河口に、貝と海苔と釣場で有名な浦粕集落がある。ある日、「先生」と呼ばれる三文文士(森繁久彌)がやって来て、当分の住いを、片足が不自由な妻(乙羽信子)と暮らす増さん(山茶花究)の家の二階に決める。着て早々、先生は見知らぬ老人・芳爺(東野英治郎)から、青べか舟を売りつけられる。先生が観察するに、この地では他人の女房と寝るぐらいのことは珍しくなく、動物的本能が公然と罷り通っている大変なところだった。町にはごったく屋という小料理屋が多い。その中の一軒「澄川」に威勢のいいおせい(左幸子)、おきん(紅美恵子)、おかつ(富永美沙子)の3人が働いている。「澄川」の真ん前に「みその」洋品雑貨店があり、息子・五郎(フランキー堺)の花嫁(中村メイコ)は里帰りしたまま戻ってこない。べか舟を先生に売りつけた芳爺、消防署長わに久(加藤武)、天ぷら屋の勘六(桂小金治)あさ子(原悦子)夫婦などが五郎は不能らしいと噂をふりまいた。だが、孤独な生活を楽しんでいる老人もいる。廃船になった蒸気船に寝泊りしている老船長(左卜全)がそれだ。彼はいまだに若い頃の恋人(桜井浩子)を想い浮かべることによってのみ生き甲斐を感じているかのようである。飲み屋の連中の騒ぎ、バクチ場で血相変えて喚く連中、様々な人間模様に興味を感じながらも、煩わしさを避けて先生は青べか舟で釣りに出掛ける。五郎には母親(千石規子)が新しい花嫁(池内淳子)を連れてきて、今度は不能だなどと陰口も叩かれず、幸福な生活に入れるらしい。そんな先生に思いがけない事件が起きる。ごったく屋のおせいが先生に惚れたのだ。言い寄られた先生は眼を白黒。失恋のおせいは、腹いせに偽装心中を図る。とんでもない騒ぎに巻き込まれた先生は、様々な思いを抱きながらも浦粕集落から逃げ出すことにした―。

 1962(昭和37)年公開の川島雄三監督作品。個人的には劇場(神保町シアター)で観ましたが、昨年['21年]やっとDVD化された作品であり、これまでなかなか観る機会が無かった作品です。

青べか物語1.jpg 原作は山本周五郎が1960(昭和35)年1月から12月にかけて「文藝春秋」に連載したもので、この年、作者は57歳。ただし、実際に作者が浦安(作中では原作・映画とも"浦粕"となっている)に住んだのは、1924(大正15)年からの3年間、23歳から26歳までの間のことで、町の人から「先生」と呼ばれているけれど、実はまだ20代の若さだったのです。

 映画では設定を、浦安付近の埋め立てがまさに始まらんとする直前(浦安市の海面埋め立てが始まったのは1964(昭和39)年)、つまり映画撮影時の"現在('62年)"に置き換えているようにも見えますが(冒頭にそう思わせる浦安の'62年当時の風景シーンがあり、そのままドラマ部分に入っていく。警察官も戦後のそれの恰好をしている)、一方で、描かれている物語の中身や背景はとても戦後とは思われず、昭和初期といった感じなのはそのためでしょう(母親に売り飛ばされた娘の話などがあったりする)。永らくDVD化(ビデオ化)されなかったのは、地元の人に浦安とその周辺の描き方に根強い反発や忌避感があったためだとのことですが、それは、このアナクロニズムによるものではないでしょうか。

「青べか物語」12.jpg 原作は33篇のエピソードからなる「浦粕」とそこに暮らす人々のいわば"点描"ですが、映画ではそこから幾つかのエピソードを拾い上げて膨らませ、特にフランキー堺が演じる五郎の結婚騒動が中心にきているため、哀しい話もあるけれども、全体的には喜劇色が強くなっているように思いました。それでも、原作を巧みに再構成し(脚本は新藤兼人)、「浦粕」で暮らす人々の悲喜交交(こもごも)をよく描いた作品だと思います。

「青べか物語」11.jpg 森繁久彌は主人公の語り手の立場で、珍しく受け身的な演技でしたが、これはこれでぴったりでした。最後、逃げ出すかのように「浦粕」を去るのも原作と同じです。左卜全演じる「船長」が、退職後、廃船に住んでいまだに若いころの恋人(桜井浩子)を思い出しているというのも切なかったです。

「青べか物語」13.jpg 名優揃いですが、その魅力を引き出す川島雄三の演出はさすが。先に述べたように、時代が戦後なのか昭和初期なのかよくわからないのが残念で(戦後だとすればかなりアナクロということになる)星半分マイナス。でも、もうこうした映画は撮れないだろうという思いで(加えて、久しく待望されたDVD化を祝して)星半分オマケして、最終的に星3つ半というところでしょうか。

 
「青べか物語」14.jpg「青べか物語」●制作年:1962年●監督:川島雄三●製作:佐藤一郎/椎野英之●脚本:新藤兼人●撮影:岡崎宏三●音楽:池野成●原作:山本周五郎●時間:101分●出演:森繁久彌/東野英治郎/南弘子/丹阿弥谷津子/左幸子/紅美恵子/富永美沙子/都家かつ江/フランキー堺/千石規子/中村メイコ/池内淳子/加藤武/中村是好/桂小金治/市原悦子/山茶花究/乙羽信子/園井啓介/左卜全/井川比佐志/東野英心/小池朝雄/名古屋章●公開:1962/06●配給:東宝●最初に観た場所:神保町シアター(22-11-10)(評価:★★★☆)

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ある種の「叙述トリック」。振り返ってみて引っ掛かっる部分があった。

『ルビンの壺が割れた』.jpgルビンの壺が割れた (新潮文庫)

 「突然のメッセージで驚かれたことと思います。失礼をお許しください」―ある日、結城美帆子がフェイスブックで偶然見つけたメッセージの送り手は、かつての恋人で、大学の演劇部で出会い、28年前に結婚を約束した水谷一馬だった。やがて二人の間でぎこちないやりとりが始まるが、それは徐々に変容を見せ始める...。読み手に対して次第に明らかになっていく一馬と未帆子の過去―。

 「先の読めない展開、待ち受ける驚きのラスト。前代未聞の読書体験で話題を呼んだ、衝撃の問題作!」という惹句ですが、世評を見るに、まさにその通りの衝撃作だったという人と、そうでもなかったという人で評価が割れているようです。

 個人的には、これってある種の「叙述トリック」であり、かつて何度もあったパターンではないかなと。歌野晶午の『葉桜の季節に君を想うということ』('03年/文藝春秋)といった、この手法分野で有名な作品があり、そのような作品を覚えている人は、ラストの一行でナルホドそうだったのかとは思うかもしれませんが、衝撃を受けたというよりは、やっぱりこんなことだったのか、という印象ではないでしょうか。

 こうした作品は、叙述トリックそのものもさることながら、周辺部分がどれくらいリアリティをもって描かれているかというのが決め手になるかと思います。その点で、一馬と未帆子の演劇に纏わる過去の話は、作者に演劇の経験があるのか、リアリティがあったように思います。ただ、作品内の事件で、髪飾りから犯人にアシがつくというのは、ちょっと現実味が薄いように思いました。

 ただ、もっと全体を振り返ってみて(この作品によって「衝撃を受けた」派は、読み直してみてさらに衝撃を受けると言うが)それ以上に引っ掛かったのは、なぜ未帆子が一馬の素性を知りながら彼に返信したのかという点です。

 好意的に解せば、一馬が年月を経て変容したどうか、期待を込めて確認しようとしたのかもしれませんが、そのためにわざわざ自分の過去の暗い秘密までバラすかなあ。この点が、個人的には最も不自然に思った部分でした。まあ、読んでいる間は、これ、どうなのだろうとあれこれ想像して読む愉しさがあったので、評価は「×」ではないけれど「△」くらいかな。

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"母と娘"の物語としては新しいかもしれないが、作者の作品としては"定番"か。

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母性』['12年/新潮社]
母性 (新潮文庫)』(映画タイアップカバーとの二重カバー)戸田恵梨香/永野芽郁

 ある日、女子高生が自宅の中庭で倒れているところを母親が発見する。母親は言葉を詰まらせる。「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて」。世間は騒ぐ。事故か自殺か、真相は不明。遡ること十一年前の台風の日、彼女たちを包んだ幸福は、突如奪い去られていた。母の手記と娘の回想が交錯し、浮かび上がる真相。これは事故か、それとも―。

 「イヤミスの女王」とも呼ばれている作者の作品ですが、この作品もそれなりに"イヤミス"感を漂わせていました。一人称告白形式で綴っていくのも『告白』などと同じ。だから、コアなファンがいるのだろうなあと。

 今回は、「能うる限りの愛情」を母親より授けられてきたと信じる娘がいて、その娘が母となり、自分の娘に同様の愛を与えようとするものの思うように伝わらず、一方で、娘は娘で母親から愛されていないと感じている、その両者の葛藤がモチーフとなっています。両者の食い違いを、一つひとつの出来事に対する母と娘の捉え方の違いという形で端的に浮き彫りにしています。

 この辺りは上手いなあと。ただ、この「信頼できない語り手」という枠組み手法も『告白』などこれまでの作者の作品の中で用いれてきたものであり、本書の惹句「圧倒的に新しい"母と娘"の物語(ミステリー)」というほどには目新しいとは思いませんでした。いや、"母と娘"の物語としてはニュータイプなのかもしれないけれど、この作者の作品としては"定番"ではないかなあ(この作者は、なかなか『告白』を超えられないでいる印象を受ける)。

 今月['22年11月]、廣木隆一監督による映画化作品が公開される予定で、母親を戸田恵梨香、娘を永野芽郁が演じているようですが、どちらかと言うとエキセントリックなのは母親の方でしょう。「愛着障害」と言ってもいいくらい。これを女優はどう演じるのかなあ。

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(●2002年11月、廣木隆一監督による映画化作品公開。

「母性」soukan.jpg 女子高生が転落死する事件が発生。その原因を探っていた教師の清佳(永野芽郁)は、自身の過去を振り返っていく。彼女は母親・ルミ子(戸田恵梨香)の愛を受けられず、人知れず悩みを抱えた少女時代を過ごしてきた。一方、別の場所ではルミ子が娘との関係について、神父(吹越満)に告白する。ルミ子は、自身の母(大地真央)から受けてきた無償の愛を、そのまま清佳に注いできたと証言。しかし、両者の回想は徐々に食い違いが生じていき、日常に潜んだ壮絶な過去が明らかになっていく―。

「母性」2.jpg 母親・ルミ子役に戸田恵梨香、娘・清佳役に永野芽郁と、共に子役時代から活躍する演技派の二人をもってきていたが、戸田恵梨香が1988年生まれ、永野芽郁が1999年生まれと実年齢で10歳程度しか違わないので、あまり親子に見えなかったし、また、敢えてそうしたプロモーションのやり方をしていた(因みに、NHKの「連続テレビ小説」では、永野芽郁が2018年度前期の「半分、青い」でヒロインの発明家を、戸田恵梨香が2019年度後期の「スカーレット」でヒロインの陶芸家を演じていて、ヒ「母性」takahata.jpgロイン役は永野芽郁が先。永野芽郁はオーディション初参加ながら応募者2,366人の中から選出)。母親・ルミ子はかなりエキセントリックなキャラクターで、これを演じるのは難しいと思ったが、戸田恵梨香はまずます。ただし、ルミ子を苛める義母役の高畑淳子の演技ぶりが凄すぎて、主役の二人を喰ってしまった印象(演技過剰?)。高畑淳子は内田伸輝監督の「女たち」('21年/シネメディア=チームオクヤマ)で娘に苛立ちをぶつける半身不随の母親を演じていて、そこまでではないが、その時の演技の流れできている感じ。評価は原作と同じく★★★。)

「母性」2022.gif「母性」[.jpg「母性」●制作年:2022年●監督:廣木隆一●製作:谷口達彦/古賀俊輔/湊谷恭史●脚本:堀泉杏●撮影:鍋島淳裕●音楽:コトリンゴ●原作:湊かなえ●時間:116分●出演:戸田恵梨香/永野芽郁/三浦誠己/中村ゆり/山下リオ/高畑淳子/大地真央●公開:2022/11●配給:ワーナー・ブラザース映画●最初に観た場所:有楽町・丸の内ピカデリー2(2階席)(22-12-20)(評価:★★★)

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【2015年文庫化[新潮文庫]】

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単にエンタメというだけでなく、愛にとって過去とは何か? を問うている。

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ある男 (文春文庫 ひ 19-3)』『ある男』['18年/文藝春秋]

 2018(平成30)年・第70回「読売文学賞」受賞作。
『ある男』平野 単行本.jpg
 弁護士の城戸章良は、かつての依頼者である里枝から、「ある男」についての奇妙な相談を受ける。宮崎に住んでいる里枝には、2歳の次男を脳腫瘍で失って、夫と別れた過去があった。長男を引き取って14年ぶりに故郷に戻ったあと、そこで出会った谷口大祐と再婚、新たに生まれた女の子と4人で幸せな家庭を築いていが、ある日突然、林業に従事していた大祐は事故で命を落とす。ところが、法要の日に、長年疎遠になっていた大祐の兄・恭一が、遺影に写っているのは大祐ではないと告げたことから、夫が全くの別人だったことが判明する。かつて里絵を担当した城戸は大祐(=ある男X)の正体を追う中で、驚くべき真実に近づいていく―。

 今年['22年]映画化され(監督は石川慶、主演は妻夫木聡)、今月[11月]18日に公開予定の作品ですが、映画化の前に読んで面白かったです。何とか本物の大祐に辿り着いたかと思ったら、もう一捻りあって、ミステリとしてもなかなか。だだし、単にエンタメというだけでなく、愛にとって過去とは何か? 幼少期に深い傷を負っても人は愛にたどりつけるのか?といった重いテーマに向き合っています。

 里枝の長男の、実の父親より、血のつながらない父親のほうを好きである、という設定などは、作者もずいぶん考えて、書きたいと思っていたモチーフだったとあるトークイベントで語っていましたが、こうしたメタファミリー的なテーマは最近はやりなのかも。でも、これはこれで良かったです。

 「戸籍入れ替え」のモチーフは、「このミステリーがすごい!」の2008年の「20周年ベスト・オブ・ベスト」(過去20年間のランキングでベスト20に入った作品を対象したアンケート結果)で第1位となった宮部みゆきの『火車』というスゴイ作品があるため、そこまでは行かないかなという感じです。

 ミステリとしてやや弱いかなと思うのは、絵画のタッチが親子で似ることがあるかもということがヒントになっていて、しかも、それが本人が描いた絵ではなく、本人と接触のあった人物が描いたものであるという、この辺りがちょっと線が細いかなあ。

 でも、そうしたことをカバーしているのが、愛とは何かといったテーマへの深い掘り下げであったと思います。里枝にとって夫は、確かに谷口大祐とは全く別人であったし、自分の知らない過去を抱えていたわけですが、彼と過ごした短い結婚生活はまさに幸せな人生の一時期であり、そのことによってその意義が損なわれるものではないと思います。

 だから、夫に自分の知らない過去があったとしても、例えば松本清張の『ゼロの焦点』のような、実は夫は別に愛人を持つ二重生活者だったという話とは趣が違うように思います(『ゼロの焦点』そのものは傑作だが)。

 本作について個人的に参考になった書評としては、翻訳家でエッセイストの鴻巣友季子氏が「週刊新潮」書評で、「主人公は数奇な運命をたどる里枝ではなく、あえて弁護士の方に設定されている。城戸が謎の男「X」の正体を追う物語が本筋に見えて、実はそれを通して彼が自らの夫婦、親子の問題、ひと時の恋心、死刑や被災者支援にまつわる思想、そして在日三世としてのルーツと向き合うことが主眼である」とし、「「X」の正体は半ば過ぎで当たりがつくものの、間に幾人もの偽者がいて真相はなかなか掴めない。マグリットの絵画「複製禁止」や芥川龍之介の戯曲『浅草公園』、里枝の息子が詠む俳句がモチーフを多彩に変奏する。本作は著者が近年唱える「分人」という概念の大胆な発展形と言えるだろう」と評していました。

 作者の『私とは何か―「個人」から「分人」へ』('12年/講談社現代新書)も読んでみようかなあ。個人的評価は星4つとしましたが、「読売文学賞」の受賞は妥当と思いました。

映画化作品 2022年11月18日公開 ○ 石川 慶 (原作:平野啓一郎) 「ある男」 (2022/11 松竹) ★★★★
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【2021年文庫化[文春文庫]】

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ヒトラー暗殺計画「7月20日事件」の実際を知るうえで参考になる映画。

「ワルキューレ」2009.jpg「ワルキューレ」01.jpg  0シュタウフェンベルク大佐.jpg
ワルキューレ DVD」トム・クルーズ   クラウス・フォン・シュタウフェンベルク伯爵(1907-1944)
「ワルキューレ」04.jpg 1943年3月、ドイツの敗色濃い中、国防軍の反ヒトラー派将校トレスコウ将軍(ケネス・ブラナー)はヒトラー(デヴィッド・バンバー)の暗殺を企図するが失敗、同志のオルブリヒト将軍(ビル・ナイ)から、メンバーがゲシュタポに逮捕されたことを知らされ、後任の人選を急ぐ。同じ頃、北アフリカ戦線で左目・右手・左手の薬指と小指を失う重傷を負ったシュタウフェンベルク大佐(トム・クルーズ)が帰国し、ベルリンの国内予備軍司令部に転属、上官となったオルブリヒトは、シュタウフェンベルクにヒトラー暗殺計画に加わるよう求めるが、会合に参加した彼は、ゲルデラー(ケヴィン・マクナリー)たち文官にヒトラー打倒後の明確なビジョンがないことを理由に一度は断る。しかし、ドイツを破壊から救うにはヒトラーを倒すしかないと考え直してメンバーに加わる。トレスコウが前線勤務に戻った後、メンバーの中心となったシュタウフ「ワルキューレ」02.jpgェンベルクは暗殺を渋るゲルデラーたちを説得し、ヒトラーを暗殺した後に「SSの反乱を鎮圧するため」と称してベルリンを制圧するワルキューレ作戦を策定する。シュタウフェンベルクは、日和見な態度をとるフロム国内予備軍司令官(トム・ウィルキンソン)と共にベルクホーフ山荘での会議に出席し、ヒトラーにワルキューレ作戦の修正案を承認させ、さらに国内予備軍参謀長に任命されて、ヒトラー臨席の会議に出席する機会を得る。1944年7月15日、ヴォルフスシャンツェ(狼の巣)での作戦会議に出席したシュタウフェンベルクはヒトラー暗殺を試みるが、会議にヒムラー(マティアス・フライホフ)が出席していなかったため、ベルリンのオルブリヒトやゲルデラー、ベック退役将軍(テレンス・スタンプ)から作戦中止を指示される。しかし、シュタウフェンベルクはクイルンハイム大佐(クリスチャン・ベルケル)と共に暗殺の決行を決め、クイルンハイムはオルブリヒトを説得しワルキューレ作戦を発動させる。勝手に部隊を動員されたフロムは怒るが、シュタウフェンベルクは「政治家の優柔不断さが計画を狂わせる」と主張、自分たちの判断で暗殺を決行すると宣言する。 7月20日、再び狼の巣での会議に出席したシュタウフェンベルクは暗殺を決行、会議室に仕掛けた爆弾が爆発するの「ワルキューレ」03.jpgを確認した後、副官のヘフテン中尉(ジェイミー・パーカー)と共にベルリンへ帰る。同志のフェルギーベル将軍(エディー・イザード)は狼の巣とベルリンの通信回線を断絶させるが、ベルリンに「ヒトラー死亡」の情報が届かなかったため、オルブリヒトはワルキューレ作戦の発動を保留し、しびれを切らせたクイルンハイムは独断で部隊に動員を命令する。3時間後、ベルリンに戻ったシュタウフェンベルクは作戦が開始されていないことに激怒し、オルブリヒトを説得して計画に反対するフロムを拘束し、ワルキューレ作戦を発動させる。計画は順調に進み、部隊はベルリン一帯を制圧していくが、ゲッベルス(ハーヴェイ・フリードマン)逮捕に向かったレーマー少佐(トーマス・クレッチマン)は、ヒトラーからの電話をゲッベルスから受け取り、彼が生きていることを知る―。

 第2次大戦中の1944年7月20日、ナチスのクラウス・フォン・シュタウフェンベルク大佐を首謀者として決行された、最後のヒトラー暗殺計画と言われる「7月20日事件」とそこまでに至る経緯を、ブライアン・シンガー監督(この人はドイツ系ユダヤ人移民の家系)、トム・クルーズ主演で描いた歴史サスペンスです。

 トム・クルーズには最初、事変に翻弄されるトレーマー少佐の役が予定されていたのが、ヒトラー暗殺計画のリーダーのシュタウフェンベルク大佐をやることになったとのことで、やはり、その方が興行的に成功すると見たのでしょうか。本人の要望(ごり押し?)もあったのかもしれません。ただ、シュタウフェンベルク大佐は事件当時36歳で、当時40代半ばだったトム・クルーズが演じてもおかしくなく、得意の体を張ったアクションではなく、軍人としての誇りや苦悩、家族への愛、主人公の複雑な心理を表現し、新たな一面を披露しました。ヒトラー暗殺計画が失敗に終わることが分かって観ていてても、サスペンス・エンタテインメントとしての盛り上がりがあるのも、トム・クルーズが主演したことの効果かと思います。

 映画では、計画が失敗に終わったのは、文官メンバーの決断力の無さに拠るところが大きかったという描かれ方をしていますが、直接的な原因で比較的有名なのは総統大本営での爆発についてであり、ヒトラーが爆殺を免れた理由として、①当日の気温が高く、地下会議室で行われる予定の作戦会議が地上の木造建築の会議室で行われることになったため、爆風が戸外へ逃げた、②会議の開始が直前になって30分早まったため、用意していた2個の爆弾のうち1個しか時限装置を作動できなかった、③シュタウフェンベルクは爆弾が入った鞄を会議用テーブル下のヒトラーに近い位置に置いたが、総統副官のブラント大佐がその鞄を邪魔に感じ、それを木製脚部の外側へ移動させ、その偶然により、テーブル脚部がヒトラーに直撃する爆風への盾となった―という3点があるようですが、これらは映画でそのまま再現されていたように思います。

テレンス・スタンプ(ルートヴィヒ・ベック)
「ワルキューレ」ts.jpgベック大佐.jpg 計画全体が失敗に終わった直後の7月20日午後11時頃、フロム(トム・ウィルキンソン)はその場で軍法会議を開き、ベック(テレンス・スタンプ)が直ちに自決の許可を求め、フロムはそれを認めたのは事実です(ただし、ベックは2度自決に失敗し、最後はフロムの命令で一兵士がベックに止めの銃弾を撃ち込んだとのこと)。続いてフロムがオルブリヒト、シュタウフェンベルク、クイルンハイム、ヘフテンらに「即時死刑」を宣告したのも事実で、日付が替わった7月21日午前0時過ぎ、映画にもある通り、国内予備軍司令部の中庭で4トレスコウ少将(ケネス・ブラナー).jpgトレスコウ少将.jpg人は相次いで銃殺されましたが(東部戦線のトレスコウ少将(ケネス・ブラナー)は、これも映画の通りソ連軍との最前線付近で手榴弾を爆発させ自決)、テロップにもあったように、後にフロムもシュタウフェンベルクらを勝手に処刑した事が口封じと見なされて逮捕され、事件当日の態度が陰謀に断固抵抗せず、優柔不断だったとして1945年3月12日に銃殺されています。
ケネス・ブラナー(トレスコウ少将)

 「7月20日事件」の実際を知るうえで参考になる映画。同じく1944年7月20日のヒトラー暗殺未遂事件を描いた映画は幾つかあり、テレビ映画ですが、この作品の1つ前にヨ・バイアー監督の「オペレーション・ワルキューレ(原題:Stauffenberg)」('04年/ドイツ)があり、フロリアン・ヘンケル・フォン・ドナースマルク監督の「善き人のためのソナタ」('06年/ドイツ)で反体制・反ナチスの劇作家を演じたセバスチャン・コッホがシュタウフェンベルク役(主役)を演じており、DVD化もされています(言語は当然ドイツ語)。

「ワルキューレ」00.jpg 因みに、ドイツでは、シュタウフェンベルクは反ナチ運動の英雄として称えられていると同時に敬虔なカトリック教徒として知られていて、その彼をサイエントロジーの信者であるトム・クルーズが演じることに強い反発が起きたそうです(ドイツでは、サイエントロジーは悪質なカルトと見なされていて、シュタウフェンベルクの遺族も不快感を示したという)。一時は、ドイツ国防省が事件の舞台であるベンドラー街(現・シュタウフェンベルク街)などの国防軍関連施設での撮影を許可せず、それに対してドナースマルク監督が非難声明を発表する事態となって撮影が許されたとのことです。

 個人的には、登場人物と俳優を一緒にしてしまうのはどうかなと思います。多くの人に「7月20日事件」を知ってもらう効果の方が大きいのではないでしょうか。

「ワルキューレ」06.jpg「ワルキューレ」●原題:VALKYRIE●制作年: 2008年●制作国:アメリカ・ドイツ●監督:ブライアン・シンガー●脚本:クリストファー・マッカリー/ネイサン・アレクサンダー●製作:ブライアン・シンガー/ギルバート・アドラー/クリストファー・マッカリー●撮影:ニュートン・トーマス・サイジェル●音楽:ジョン・オットマン●時間:120分●出演:トム・クルーズ/ケネス・ブラナー/カリス・ファン・ハウテン/ビル・ナイ/ ジェイミー・パーカー/クリスチャン・ベルケル/ テレンス・スタンプ/ケヴィン・マクナリー/エディー・イザード/デヴィッド・スコフィールド/トム・ウィルキンソン/トーマス・クレッチマン/ デヴィッド・バンバー/トム・ホランダー/ケネス・クラナム/ マティアス・フライホフ/ハーヴェイ・フリードマン●日本公開:2009/03●配給:東宝東和(評価:★★★★)

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海外で映画化することで、ポップなハリウッドらしいアクション映画に。

「ブレット・トレイン」00.jpg
「ブレット・トレイン」(2022)ブラッド・ピット/真田広之
『ブレット・トレイン』p12.gif 東京。殺し屋の木村雄一(アンドリュー・小路)は、何者かに息子の渉(ケヴィン・アキヨシ・チン)を屋上から突き落とされ意識不明の重体になり、見舞いにやって来た父のエルダー(真田広之)に復讐する旨を伝える。一方、復帰したばかりの殺し屋のレディバグ(ブラッド・ピット)は引退したいと考えていたが、ハンドラーのマリア・ビートル(サンドラ・ブロック)により引き戻され東京発・京都行の高速列車(東海道新幹線)にあるブリーフケースを回収する任務を遂行するために乗り込むこととなる。一方、木村は、犯人であるプリンス(ジョーイ・キング)を殺そうとするも返り討ちに遭い、脅される形で彼女とブリーフケースを奪う協力をするハメになってしまう。中国マフィアから、誘拐されたホワイト・デス(マイケル・シャノン)の息子(ローガン・ラーマン)を救出したタンジェリン(アーロン・テイラー=ジョンソン)とレモン(ブライアン・タイリー・ヘンリー)は終点の京都まで彼の護衛と身代金の入ったブリーフケースの見張りをしていた。ところがレディバグがそれをこっそり盗み出し、降りようとしたところに彼に恨みを持つウルフ(ベニート・A・マルティネス・オカシオ)が乗り込んで来てしまい、戦闘に発展するも何とか彼を退けたが、この襲撃はブリーフケースとそれぞれの私情が絡む大騒動の始まりに過ぎなかった―。

『ブレット・トレイン』p22.jpg『マリアビートル』t.jpg 2022年公開のデヴィッド・リーチ監督作で、伊坂幸太郎の原作は、『グラスホッパー』('04年)、『マリアビートル』('10年)、『AX(アックス)』('17年)から成る作者の「殺し屋シリーズ」の第2作『マリアビートル』。先に映画化された作品「グラスホッパー」('15年/松竹)がイマイチだったことから、作者自身は国内での映画化は絶対にしないと決めて、映画化の話を断っていたところ、エージェントが海外に紹介したら(2022年「英国推理作家協会・インターナショナル・ダガー賞(外国語作品賞)」の候補作になった)ハリウッドで映画化したいということになって、それではということだったようです。

『ブレット・トレイン』3.jpg『ブレット・トレイン』4.jpg 原作の東北新幹線が東海道新幹線に変わったり、原作で中学生の男の子だった〈王子〉が少女に変わったり、原作では二人組の殺し屋の両方が死ぬのに映画では片方が生き残ったりしていますが、何よりも全体の雰囲気がポップなハリウッド調のアクション映画になっていて、ハリウッドスタイルに改変するとこうなるのか、という見方で鑑賞できて興味深かったです。

 監督がスタントマン出身ということもあって、アクションの9割をスタントマンを使わず、役者自らが監督の指導のもと演技していて、58歳のブラッド・ピットも頑張っていました(真田広之はさらにその3つ年上なのだが)。

 ただ、終盤、原作のストーリーから外れてくるとともに、CGを多用するようになって、作品全体大味になったように思われ、それまでせっかく身体を張って演技していた俳優陣の努力が霞んでしまった感じもあります。

『ブレット・トレイン』d.gif.jpg 観終わった瞬間はまあそれでも面白かったなあという印象でしたが、時間の経過とともに印象が薄れていく映画(要するに"残らない映画")でもあるように思いました。でも、こうした映画は、観る側も、観ているときに楽しいかどうかで観に来ていると思うので、本来ならば星3つくらい(△評価)ですが、オマケで星3つ半(何とか○)にしました(子どもと一緒に観に行ったというのもある)。

 現地の批評家の一致した見解は「『ブレット・トレイン』のカラフルなキャストとハイスピードなアクションは、物語の脱線後もほぼ十分に場を持たせている」となっているそうです。まあ、そんなところでしょう(物語が脱線してているというのは共通認識だった(笑))。

『ブレット・トレイン』真田.jpg 因みに、原作では登場人物は全て日本人ですが、この映画では、木村の家族以外の登場人物は全て外国人で、米国では、所謂「ホワイトウォッシング」であるとの批判が出たそうです。背景は原作通り日本であるという設定を維持しつつ、登場人物は外国人ばかりで主要な配役を占めていることがそうした非難を強めたようで、配役一つとっても、米国ではなかなか難しい問題があるのだなあと思いました(この映画を観た日本人の多くは、真田広之とかが出ているので、むしろ一定の配慮がされていると思うのではないか)。


ブラッド・ピット/サンドラ・ブロック
『ブレット・トレイン』5.jpg「ブレット・トレイン」●原題:BULLET TRAIN●制作年: 2022年●制作国:アメリカ・日本・スペイン●監督:デヴィッド・リーチ●製作:ケリー・マコーミック/デヴィッド・リーチ/アントワーン・フークア●撮影: ジョナサン・セラ●音楽:ドミニク・ルイス●時間:126分●出演:ブラッド・ピット/ジョーイ・キング/アーロン・テイラー=ジョンソン/ブライアン・タイリー・ヘンリー/アンドリュー・小路/真田広之/マイケル・シャノン/サンドラ・ブロック/ベニート・A・マルティネス・オカシオ/ローガン・ラーマン/ザジー・ビーツ/マシ・オカ/福原かれん●日本公開:2022/09●配給:ソニー・ピクチャーズ・エンタテインメント●最初に観た場所:TOHOシネマズ日比谷(22-09-26)(評価:★★★☆)

TOHOシネマズ日比谷.jpgTOHOシネマズ日比谷(2018年オープン)
スクリーン 座席数(車椅子用) スクリーンサイズ デジタル音響
SCREEN 1 456+(3) 19.8×8.3m TCX® カスタムオーダーメイドスピーカー
SCREEN 2 98+(2) 8.2×3.4m デジタル5.1ch
SCREEN 3 98+(2) 8.1×3.4m デジタル5.1ch
SCREEN 4 339+(2) IMAX®レーザー イマーシブ・サウンド
SCREEN 5 395+(2) 16.5×6.9m TCX® DOLBY ATMOS(対応作品のみ) VIVEオーディオ
SCREEN 6 98+(2) 6.3×2.6m スカルプトサウンド
TOHOシネマズ日比谷2.jpgSCREEN 7 151+(2) 11.8×4.9m VIVEオーディオ
SCREEN 8 120+(2) 8.8×3.7m VIVEオーディオ
SCREEN 9 257+(2) 12.9×5.4m スカルプトサウンド
SCREEN 10 98+(2) 8.5×3.6m デジタル5.1ch
SCREEN 11 98+(2) 9.1×3.8m デジタル5.1ch
SCREEN 12 489+(2) 15.0×6.2m VIVEオーディオ
SCREEN 13 106+(2) 7.1×4.1m デジタル5.1ch
13スクリーン 2,803+(27)

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映画を観て、改めて疑問に思った点や、新たに納得できた点があった。

「沈黙のパレード」2022.jpg「沈黙のパレード」01.jpg 「沈黙のパレード」02.jpg
「沈黙のパレード」(2022)福山雅治/柴咲コウ/北村一輝
「沈黙のパレード」03.jpg 物理学者・湯川学(福山雅治)の元に、警視庁捜査一課の刑事・内海薫(柴咲コウ)が相談に訪れる。行方不明になっていた女子学生が、数年後に遺体となって発見された。内海によると容疑者は、湯川の友人で内海の先輩刑事・草薙俊平(北村一輝)がかつて担当した菊野商店街の料理店「なみきや」の店主・並木祐太郎(飯尾和樹)と真智子(戸田菜穂)夫妻の長女・並木佐織(川床明日香)殺害事件で、完全黙秘を貫き無罪となった男・蓮沼寛一(村上淳)。蓮沼は今回も同様に完全黙秘し、証拠不十分で釈放され、被害者の住んでいた町に戻って来た。町全体を覆う憎悪の空気...。そして、夏祭りのパレード当日、その蓮沼が殺される。女子学生を愛していた、家族、仲間、恋人...全員に動機があると同時に、全員にアリバイがあった―。

東野 圭吾 『沈黙のパレード』.jpg 原作『沈黙のパレード』('18年/文藝春秋)はガリレオシリーズ第9作で、長編としては第4作。同シリーズではシリーズ第3作『容疑者Xの献身』('05年/文藝春秋)が'08年に、シリーズ第6作『真夏の方程式』('11年/文藝春秋)が'11年に映画化されていて、3度目の映画化作品です(何れも監督は西谷弘)。因みに原作は、「週刊文春ミステリーベスト10」(国内部門)で、作者の作品としては'85年の『放課後』、'99年の『白夜行』、'05年の『容疑者xの献身』、'09年の『新参者』に続いて5度目の第1位となっています。

「沈黙のパレード」p2.jpg 改めて容疑者の数が多いと思いましたが、映画のパンフレットを見たら、作者はアガサ・クリスティの『オリエント急行殺人事件』を意識したとあり、ナルホドと思いました。ある種、倒叙法的であり、主眼も謎解きではなく、事件に関わった人々の心情に置かれているように思いました。ただし、原作にある多くの登場人物のひとり一人を深掘りし、過去と現在が交錯する内容を全部映画に反映させるには時間的制約があり、その代わり、断片的な描写を細かく入れる形で人間関係や過去と現在の部分を圧縮する手法を取っています。

「沈黙のパレード」p3.jpg 『オリエント急行殺人事件』とちょっと違うなと思ったのは、いわば"チーム・リーダー"がメンバーをコントロール仕切れなかった点で、事態の急変によりリーダーが計画中止を決断するも、思い入れの強い実行犯が暴走してしまったということだったのだなあと改めて思いました。

 ほかに改めてこれどうなの?と思ったのは、過去の出来事で、並木佐織(川床明日香)と新倉留美(檀れい)が公園で揉み合い、並木佐織が頭を打って倒れ、新倉留美は気が動転してその場から走り去り、線路に飛び込もうとしてフェンスを登れず転倒し、正気に戻って公園に戻ったら並木佐織がいなかったという―本当に自分が殺害したなら死体はそこにあるわけで、そこに死体が無いということは生きている可能性があるわけだから、なぜ警察に届けなかったのかなあと(結果的に遺棄致死傷罪になることを怖れた?)。

 一方、原作を読んで疑問に思ったのが映画を観て納得したのは、原作を読んだ時、「普通の部屋」においてこんな理科実験的な仕掛けで犯行を完成させることが出来るのかなあと思ったのが(この点が個人的には妙に引っ掛かった)、映画で見ると本当に穴蔵みたいな部屋で、これなら中毒死もありかなと思った点です。映画「真夏の方程式」('11年)の"ペットボトル・ロケット実験"もそうでしたが、映像化作品を観て納得できた点もありました。

 一応、原作が既読でありながらも最後まで一定の集中をもって観ることができたので、評価は〇としました(甘いかな)。

「沈黙のパレード」p1.jpg「沈黙のパレード」p4.jpg「沈黙のパレード」●制作年:2022年●監督:西谷弘●製作:鈴木吉弘/大澤恵/山邊博文●脚本:福田靖●撮影:山本英夫●音楽:菅野祐悟/福山雅治●原作:東野圭吾●時間:130分●出演:福山雅治/柴咲コウ/北村一輝/飯尾和樹/戸田菜穂/田口浩正/酒向芳/岡山天音/川床明日香/出口夏希/村上淳/吉田羊/檀れい/椎名桔平●公開:2022/09●配給:東宝●最初に観た場所:TOHOシネマズ日比谷(22-09-26)(評価:★★★☆)

TOHOシネマズ日比谷.jpgTOHOシネマズ日比谷(2018年オープン)
スクリーン 座席数(車椅子用) スクリーンサイズ デジタル音響
SCREEN 1 456+(3) 19.8×8.3m TCX® カスタムオーダーメイドスピーカー
SCREEN 2 98+(2) 8.2×3.4m デジタル5.1ch
SCREEN 3 98+(2) 8.1×3.4m デジタル5.1ch
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SCREEN 10 98+(2) 8.5×3.6m デジタル5.1ch
SCREEN 11 98+(2) 9.1×3.8m デジタル5.1ch
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原作・映画ともいろいろケチをつけたくなるが、それなりに面白かった。

『真夏の方程式』文庫.jpg「真夏の方程式]2013.jpg 「真夏の方程式」0.jpg
真夏の方程式 (文春文庫)』「真夏の方程式 DVDスタンダード・エディション」福山雅治

 夏休みのある日から両親の都合で一人、親戚が経営する旅館で過ごすことになった小学4年生の恭平は、玻璃ヶ浦へ向かう電車の中で湯川に出会う。湯川は海底鉱物資源開発の説明会にアドバイザーとして出席するために玻璃ヶ浦へ行くことになっており、湯川は気まぐれから恭平の親戚の旅館に泊まることにする。そんな中、同じ旅館に泊まっていた客の塚原正次が夜中に姿を消し、翌朝海辺で変死体となって発見される。県警は現場検証を行い、堤防から誤って転落した事故死の線が濃厚と判断していた。同じ頃、草薙は多々良管理官から直々に特命の捜査を依頼される。玻璃ヶ浦の事件の被害者の塚原は元警視庁捜査一課所属の刑事で、その死に疑問を抱く多々良は、同じ旅館に湯川が泊まっていることを知り、草薙を連絡係にして独自の捜査を命じたのだ。草薙は内海とともに、湯川と連絡を取りながら捜査を行う。捜査を進めるうち、塚原は殺害された後に、海岸に遺棄された可能性が高くなってゆく。塚原は、何のために玻璃ヶ浦に来たのか。湯川は「ある人物の人生が捻じ曲げられる」ことを防ぐために、真相に挑んでいく。鍵を握るのは、16年前に塚原が担当した元ホステス殺人事件。そして、その裏には緑岩荘を営む川畑家が隠していたある重大な秘密があった―。
真夏の方程式
『真夏の方程式』単行本.jpg 2011年6月に文藝春秋より刊行されたガリレオシリーズ第6弾、シリーズ3作目の長編で、2013年6月29日に、「ガリレオ」シリーズの劇場版第2作として映画化・公開され、累計興収33.1億円で2013年度の邦画実写第1位となっています。シリーズでは『容疑者Xの献身』に次いで映画化された作品の原作であり、それなりに面白かったように思います。

 と言うか、世評の高い『容疑者Xの献身』の方を個人的にはあまり高く評価しておらず、なぜならば殺人の隠蔽のために別の殺人を犯すのはどうかと思ったからで、浮浪者だからと殺してしまっていいのかという点がどうしても引っ掛かるためです(これについては北村薫氏が、ミステリあるいは小説を道徳論で論ずるべきでないとの立場を示しているが)。

 この『真夏の方程式』も、まったく問題がないわけではなく、業務上過失致死を装って殺害された元刑事の塚原に何か非かあったのではないのに、彼の命が軽く扱われている気がするし、子どもに、本人が知らずにとは言え、殺人の手助けをさせていいのかというのもあります。ただ、複雑な人間関係の中、最後の最後まで読めない展開に引き込まれたので、一応○としました。

「真夏の方程式」4.jpg 映画化作品の方は、比較的原作に忠実に作られていたように思います。原作にある、川畑成実(杏)の高校時代の同級生で今は地元で警官をやっている西口や、フリーライターで環境保護活動家の沢村が割愛されていましたが、却ってスッキリしたかも(沢村が割愛されたおかげで、死体を運ぶのがたいへんそうだったが(笑))。

 ただ、宿に泊まった塚原(塩見三省)が元刑事であることを仄めかして川畑節子(風吹ジュン)に仙波の名前を出して話を聴きたいと言い、それによって節子が激しく動揺するという場面が早々にあるため、川畑家に何か重大な秘密があって、そのため塚原が殺されたことが早くから判ってしまい、「刑事コロンボ」ではないですが、半ば「倒叙式」みたいになってしまったのはいかがなものかと思いました。

「真夏の方程式]相関図jpg.jpg ラストで、湯川(福山雅治)が成実に、「きみは恭平君を守ってほしい」と言うのも、前後の脈絡からしてどうしてこうなるの?という疑問はありますが、これは原作では「きみの務めは人生を大切にすることだ」となっています。どちらにしても、事件はこれで終わりにしようということですが、この映画を観る限り、恭平君は「いつか」ではなく「明日にでも」自分が事件当日にやったことの意味に気づきそうな感じでした。

「真夏の方程式」3.jpg いろいろケチをつけましたが、原作「真夏の方程式]201前田3.jpgを読んでよくわからなかった、カメラ付きケータイ入りのペットボトル・ロケットを何度も海に向かって打ち上げる実験の全容が理解できたのと(かなりの尺をとっていた)、湯川と対峙した旅館の主人・川畑重治を演じた前田吟が、(これで事件を落着させたいという)重要な場面でベテランの演技力を見せていたので、映画も一応○としました。

「真夏の方程式」p2.jpg「真夏の方程式」●制作年:2013年●監督:西谷弘●製作:鈴木吉弘/稲葉直人●脚本:福田靖●撮影:柳島克己●音楽:菅野祐悟/福山雅治●原作:東野圭吾●時間:129分●出演:福山雅治/吉高由里子/北村一輝/杏/豊嶋花/青木珠菜/前田吟/風吹ジュン/白竜/塩見三省/山﨑光/西田尚美/田中哲司/永島敏行/根岸季衣/神保悟志/綾田俊樹/筒井真理子●公開:2013/06●配給:東宝(評価:★★★☆)

杏(川畑成実)

「真夏の方程式」永島敏行.jpg永島敏行(多々良管理官)/ 北村一輝(草薙俊平)

【2013年文庫化[文春文庫]】

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原作に忠実に作られていて良い。坂口良子・長門裕之共に体当たり演技。

「坂道の家」00.jpg
「松本清張の坂道の家」['83年/日テレ・火曜サスペンス劇場]坂口良子/長門裕之
「坂道の家」ks.jpg「坂道の家」011.jpg 寺島吉太郎(長門裕之)は、場末の町で地道に小間物屋を営んでいたが、ある日、彼の店に今まで見かけない女性が店を訪れる。吉太郎はその女性・杉田りえ子(坂口良子)に何となく好意を抱き、持ち合わせのなかった彼女が欲しがっていた店のセー「坂道の家」坂道.jpgターを渡してやる。杉田りえ子は、ホステスとして働いた金を実家に送金し「坂道の家」02.jpgながら質素な生活を送っていることがわかり、吉太郎は、親子ほど年の離れたりえ子に惚れてしまう。りえ子の勤めるクラブ「キュリアス」に夜な夜な通い詰めるようになり、これまで堅実だった吉太郎の生活は一変し、預貯金はどんどん減っていく。それでも吉太郎はりえ子にのめり込んでいき、彼女にクラブをやめさせるため、坂道の一軒家を賃借してそこに彼女を住まわせるが、そこからさらに、りえ子に執着するがゆえの吉太郎の蟻地獄が始まる―。

「黒い画集」1.jpg「坂道の家」文庫.jpg 松本清張による原作は、「週刊朝日」1959(昭和34)年1月から4月まで、「黒い画集」第3話として連載され、1959年4月に単行本『黒い画集1』収録の一編として、光文社より刊行されています(後に『黒い画集』('71年/新潮文庫)に第7話として所収)。

 この、1983年2月8日、日本テレビ系「火曜サスペンス劇場」枠で放映された坂口良子・長門裕之主演の「松本清張の坂道の家」は4回目のドラマ化作品で、視聴率21.8%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。その後、1991年にTBS系「月曜ドラマスペシャル」枠で黒木瞳・いかりや長介主演でドラマ化され(視聴率20.8%)、さらに、2014年にテレビ朝日系「松本清張二夜連続ドラマスペシャル」の第一夜として尾野真千子・柄本明主演でドラマ化されています。黒木瞳・いかりや長介版も尾野真千子・柄本明版もドラマ関係の賞を受賞していますが、やはり原作がいいのでしょう(演技系の受賞は柄本明だったが、りえ子役は女優がやりたがる役かも)。

•1991年「松本清張作家活動40年記念・黒い画集 坂道の家(TBS)」黒木瞳・いかりや長介
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•2014年「松本清張〜坂道の家(テレビ朝日)」尾野真千子・柄本明・小澤征悦・渡辺えり
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 坂口良子・長門裕之版は比較的原作に忠実に作られていて、真面目だった吉太郎が若いりえ子に溺れていく前半から中盤にかけてのどろどろした愛憎ドラマ部分と(坂口良子・長門裕之共に体当たり演技といった感じ)、すでに吉太郎が不審死を遂げて、なぜこうなったかというミステリ部分の終盤に分かれています。

 吉太郎が殺害される、その伏線として、吉太郎がりえ子にビールを飲ませて風呂に入れるという殺意が感じられる折檻をするのは原作と同じ。ただし、ドラマでは冒頭に、病院の診察室でりえ子が医者に心臓が弱いことを示される場面がありますが(タイトルバックは胸部レントゲン写真)、これは原作にはなく、ドラマではりえ子をはっきり心臓の持病持ちにしたことになります(これはこれで筋が通っていたのでは)。

「坂道の家」0i1.jpg石田純一.jpg ドラマでは、りえ子の自白シーンの回想場面で、りえ子の同郷の恋人・山口武豊(石田純一)がりえ子に「ヤツがやろうとしていることを逆にやってやれと」と殺害を唆し、心臓麻痺というその方法まで示した場面があり、山口がかなり"悪者"になっている印象もありますが、原作を読み直してみると、ラストのりえ子の漢字・カタカナ書きの調書の中で、吉太郎が自分に殺意を抱き、心臓麻痺で死んだように見せかけようとしたのを、逆に利用したのは山口が考え出したとありました(清張作品には謎解きを調書スタイルにしているものがいくつもあり、これもその1つ)。

「坂道の家」大地1.jpg こうした点も、原作に忠実に作られていて、いいと思いました。違った点と言えば、原作では事件当時、坂道の家の煙突から煙が出る時間(風呂が炊かれる時間)がいつもと違ったと証言するのが、向かい側の丘の家に住む浪人生だったのに対し、ドラマではさすがにもう風呂炊きで煙突から煙が昇る時代ではないということからか、風呂の覗き見の常習犯が証言するようになっていて、その風呂を覗く男を大地常雄(後の大地康雄)が演じていました。

「マルサの女」大地1.gif「深川通り魔殺人事件」('83年.jpg 大地康雄はこの年の7月、「深川通り魔殺人事件」('83年/テレビ朝日)(同名事件を基にしたノンフィクション)の主役の殺人犯役を演じて注目され(実際の犯人像は藤原新也『東京漂流』('83年/情報センター出版局)で見ることができるが、大地康雄と少し似ているか。当時「本人を出した?」という問い合わせがあったとか)、続いて伊丹十三監督の「マルサの女」('87年/東宝)の「マルサのジャック・ニコルソン」こと伊集院役でブレイクすることになりますが、この時はまだ無名時代だったのだなあ。

「坂道の家」0.jpg「松本清張の坂道の家」●監督:松尾昭典●プロデューサー:嶋村正敏(日本テレビ)/田中浩三(松竹)/樋口清(松竹)●脚本:宮川一郎●音楽:三枝成章●原作:松本清張●出演:坂口良子 (杉田りえ子:クラブ「キュリアス」のホステス)/長門裕之 (寺島吉太郎:小間物屋)/石田純一 (山口武豊:りえ子の同郷の恋人)/正司歌江(寺島の妻)/永島暎子 (さゆり:「キュリアス」のママ)/梅津栄(おでん屋台)/大地常雄(南:風呂を覗く男)/唐沢民賢 (渡辺監察医)/佐藤英夫(刑事)/大場順(刑事)/杉江廣太郎(マスター)/中村竜三郎 (吉太郎を看取る医師)/森章二(不動産屋店主)/成田次穂 (りえ子の主治医)●放送日:1983/2/28●放送局:日本テレビ(評価:★★★★)

《読書MEMO》
「坂道の家」の過去のテレビドラマ化
 •1960年「坂道の家(KR)」(全10回)市川中車・水谷良重・千石規子・梅若正二・芦田伸介
 •1962年「坂道の家(NHK)」(全2回)織田政雄・友部光子・菅井きん・堀勝之祐
 •1965年「坂道の家(KTV)」三國連太郎(30分番組)
 •1983年「松本清張の坂道の家(NTV)」坂口良子・長門裕之・石田純一・正司歌江
 •1991年「松本清張作家活動40年記念・黒い画集 坂道の家(TBS)」黒木瞳・いかりや長介・沖田浩之
 •2014年「松本清張〜坂道の家(EX)」尾野真千子・柄本明・小澤征悦・渡辺えり

1991年「黒い画集 坂道の家(TBS)」黒木瞳・いかりや長介
「黒い画集 坂道の家(TBS)」.jpg

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