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戦前の〈スクリューボール・コメディ〉のテイストが60年代でどう変わったか。

ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス
「男性の好きなスポーツ」ポスター/「Man's Favorite Sport? [DVD] [1964] by Rock Hudson」
ロージャー・ウィルビー(ロック・ハドソン)は釣り具メーカーの敏腕セールスマンで、彼の著書『かんたん釣り教本(Fishing Made Simple)』はベストセラーになっている。ある日、ワカプーギー湖で催される競技会にゲストスターとして出場するよう主催者側のイージー(マリア・ペルシー)とアビー(ポーラ・プレンティス)に口説かれ、社長(ジョン・マクギバー、しょっちゅうカツラがずれる)の命令ということもあり渋
々承諾するが、実は彼には一度も釣りの実地経験が無く魚は嫌いなのだ。美人2人と湖に行くと聞
いた婚約者のテックス(シャーレン・ホルト)は嫉妬する。湖での3日間の競技会の始まる前夜、アビーが彼に言い寄ってくる。何
とか言い逃れてコテージに戻ると、彼女は彼のベッドで寝ている。翌朝、彼のコテージをテックスが不意に訪れ、状況を誤解
して怒る。競技会が始まり、初日の彼の成績はマグレで2位。その夜、彼はテックスに詫び、彼女の心も和らぐが、彼女が再び訪ねて来ると、皮肉にもロージャーのネクタイがイージーのドレスのジッパーに引っ掛かって背中がはだけている場面に遭遇する。2日目はマグレで1位となり、その3日目は熊の捕まえた魚を横取りして遂に優勝。だが、アビーに諭されてトロフィーは返上、自分は今まで釣りをしたことが無かったことを皆に告白する―。
ハワード・ホークス(1896-1977/享年81)監督の1964年公開のスラップスティック・コメディで、ハワード・ホークスはハンフリー・ボガート主演の「脱出」('44年)、「三つ数えろ」('46年)といったハードボイルドタッチの作品や、ジョン・ウェイン主演の「赤い河」('48年)、「リオ・ブラボー」('59年)といった西部劇など男臭い映画を撮る一方で、マリリン・モンローが出演している「モンキー・ビジネス」('52年)や「紳士は金髪がお好き」('53年)など男女のドタバタ・ロマンティック・コメディも撮っていて、この作品もその部類と言えます。1975年にアカデミー名誉賞を授与されていますが、現役時にはアカデミー賞の受賞どころかノミネートも一度しかなく、多くの傑作を残しながら、批評家からは通俗的な娯楽専門のB級映画監督としてしか見られなかったといいますが、器用過ぎて却って損をしたのかなという気もします。
この作品は、戦前に〈スクリューボール・コメディ〉と言われたものへのオマージュが込められているらしいですが(〈スクリューボール・コメディ〉の第1号は「或る夜の出来事」('34年)であると言われているが、この作品のオマージュ対象はハワード・ホークス自身が監督した「赤ちゃん教育」('38年)らしい)、古き良き時代のおおらかな雰囲気のラブ・コメディという感じがします。主人公ロージャーが釣りの本を書いてベストセラーになっているのに自身は釣りをしたことがないという設定は面白いと思いましたが、そのために事実を知ったイージーら女性陣からは釣りの手ほどきを受けつつもペテン師扱いされているけれど、自分で情報を集めているわけだし、「自分はどこそこで大物を釣った」とか言わない限りはペテン師にはならないのではないかな。
ロージャーが美女に振りまわされる姿をギャグでつないでいくという流れで、ロージャーの乗ったバイクが熊とぶつかったと思ったら、熊がバイクを乗りこなしていたり、更にはロージャーが再び熊に遭遇して湖面を水しぶきを上げながら走って逃げるといった(「レモ/第1の挑戦」('85年)のラストみたい)、現実にはありえないようなシュールな場面もありますが、まあ概ねオーソドックスなドタバタ劇という感じでしょうか。
〈スクリューボール・コメディ〉のセオリーは、プロセスですっちゃかめっちゃかあってもラスト男女が結ばれること(但し露骨なセクシー表現は無し)。結局、ロージャーは女性たちから散々ひどい目に遭いながらもアビーと結ばれ、「男性の好きなスポーツ」(原題:Man's Favorite Sport?)の答は「女性」だったということになるでしょうか。後に、有名人で最初に同性愛をカミングアウトした人物となるロック・ハドソン(カミングアウトする頃には業界内では"公然の秘密"だったようだが)がこれを演じているのはやや皮肉な気もします。
「孔子曰く」と言って色々なものを売りつける先住民風の男(ノーマン・アルデン)が、最後、「じゃじゃ馬は押していけ」とロージャーを励ましますが、この言葉は孔子じゃなくて自分の言葉で、孔子は世間知らずだという。だったら、どうして今まで孔子の言葉を引いていたのか。この辺りが微妙に可笑しかったです。
全体としては、肩が凝らずに観られる作品だけれど、やや笑いのパンチ不足? 国内でソフト化されていない理由も分からなくもないといった感じでしょうか。ソフト化されていないことが付加価値になっている部分もあるし、〈スクリューボール・コメディ〉のテイストが戦前と60年代でどう変わったか知るにはいい作品かもしれません(ちょっとだけセクシーな表現がある点が変わった?)。
「男性の好きなスポーツ」●原題:MAN'S FAVORITE SPORT?●制作年:1964年●制作国:アメリカ●監督・製作:ハワード・ホークス●脚本:スティーヴ・マックニール/ジョン・フェントン・マレイ●撮影:ラッセル・ハーラン●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:120分●出演:ロック・ハドソン/ポーラ・プレンティス/マリア・ペルシー/ジョン・マクギバー/シャーレン・ホルト/ロスコー・カーンス/ノーマン・アルデン/フォレスト・ルイス●日本公開:1964/03●配給:ユニヴァーサル(評価★★★)




ジャクリーン・ビセットがジョージ・シーガルと共演した「料理長(シェフ)殿、ご用心」('78年)なんて、何てことはない映画だけれどよくできていたのでは(監督は4年後に「
因みに、「クリスチーヌの性愛記」('72年)は、そのタイトルやチラシなどからポルノ映画と思われているフシがありますが、下にあらすじを書いたように、自分の気の赴くままに生きる若い女性の運命とその悲劇をテーマとしています。ジャクリーン・ビセット演じる、田舎の退屈から抜け出し、刺激と幸せを掴めると期待しながらカナダからラスベガスにやってきた19歳の若い女性が、ホテルのショー
・ガールとしてせっせと働くも、結婚相手が殺害されて生活のためコール・ガールとなり、さらには男に貯めた金を持ち逃げ
されたりして、最後は夢破れては田舎に戻るという社会派女性映画です。ただ、そう多くの人がこうした映画を見たいとは思わないわけで、そこで原題("The Grasshopper"「バッタ」。次々に世の中を渡り歩く主人公を示していると思われる)を外れて「性愛記」みたいなタイトルにしたのでしょう(ところがポルノチックな場面はほとんど無いため、日本でもヒットしなかった)。(演出面などから)佳作とまでは言えないものの、今思えば多くの点で当時の米国の世相の一端を映し出していた作品でした。
あと、個人的な収穫は、「
「料理長(シェフ)殿、ご用心」●原題:SOMEONE IS KILLING THE GREAT CHEFS OF EUROPE●制作年:1978年●制作国:アメリカ●監督:テッド・コチェフ●脚本:ピーター・ストーン●撮影:ジョン・オルコット
●音楽:
ヘラルド映画●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ(80-02-18)(評価:★★★☆)●併映「セント・アイブス」(J・リー・トンプソン)/「クリスチーヌの性愛記」(アロイス・ブルマー)


「クリスチーヌの性愛記」●原題:THE GRASSHOPPER●制作年:1969年●制作国:アメリカ●監督:ジェリー・パリス●製作:ジェリー・ベルソン●脚本:ジェリー・ベルソン/イリー・マーシャル●撮影:サム・リーヴィット●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ●原作:マーク・マクシェイン「通り魔」●時間:96分●出演:ジャクリーン・ビセット/ジム・ブラウン/ジョセフ・コットン/コーベット・モニカ/クリストファー・ストーン●日本公開:1972/02●配給:フォックス●最初に観た場所:五反田TOEIシネマ(80-02-18) (評価★★★)●併映「セント・アイブス」(J・リー・トンプソン)/「料理長(シェフ)殿、ご用心」(テッド・コチェフ)






大学生のクリスチーヌ・アダムス(ジャクリーン・ビセット)はカナダの田舎の生活に退屈し、恋人のエディを訪ねてロサンゼルスに向ったが、途中、有名なコメディアンのダニー(コーベット・モニカ)と知り合い華やかなラスベガスを案内してもらった。やっとのこ
とでエディに会い、しばらく生活したが、ここでも退屈はついてまわった。彼女は再びラスベガスを訪れ、ホテルのショー・ガールとして生活するようになつた。バンドマンのジョイや、支配人トミー(ジム・ブラウン)と知り合い、クリスチーヌはトミーと結婚した。二人はやがてロサンゼルスに移ったが、トミーは、以前クリスチーヌに手を出そうとして喧嘩したデッカーの部下に殺された。失意のどん底に落とされたクリスチーヌはコール・ガールとなり、モーガンという金持の老人の面倒を受けるようになったが、ジェイと再会し、彼との幸福な家庭を夢見てせっせと働いた。ところが、田舎で牧場を経営するためにためた金をジェイに持ち去られ、彼女の夢は一瞬にして消えた。短期間ではあったが、彼女は人生の表裏を見た。22歳の彼女は田舎に戻るより外はなかった。





美術評論家デイル・キングストン(ロス・マーティン)は、叔父の絵画収集家ランディ・マシューズを射殺し、画家志望の恋人トレイシー(ロザンナ・ハフマン)に、銃声を発するとともに2枚のドガの絵を盗み出させて、絵画強盗
の仕業に見せかけるよう工作、更にそのトレイシーをも殺害し、その罪を叔父の遺産を相続人である元妻エドナ(キム・ハンター)に
被せることで、遺産を独占しようとする―。
コロンボが「この絵にはあたしの指紋がある」と言ったところで、犯人が第2の犯行から戻ってきた際の、待ち受けていたコロンボとの"あの時"のやりとりが思い浮かび、「そっか」という感じはあるのですが、直後の犯人の反駁に対してコロンボが無言でしてみせたことには、犯人ならずとも「参った」という感じ。
それにしてもコロンボは、"あの時"偶然絵に触ったことを、後で思い出したのか、それとも最初からわざと指紋をつけたのか。これは、わざとでしょうね。
犯人役のロス・マーティンはピーター・フォークの演技の師匠でもあり、"スペシャル・ゲストスター"として招かれ、被害者マシューズの元妻エドナを演じたキム・ハンター(1922-2002/享年79)は「欲望という名の電車」の舞台版でピューリッツァ賞、映画版(1951)でアカデミー助演女優賞を受賞した名女優(映画「猿の惑星」シリーズでの猿の女科学者ジーラ役でもお馴染み)、弁護士役のドン・アメチーもいい味を出しているなど、役者陣も充実しており、シリーズ屈指の傑作と言えるかと思います。 
第3話であり、シリーズ第1作でもある「構想の死角」は、ジム・フェリスとケン・フランクリン(ジャック・キャシディ)という2人のミステリ作家がコンビを組んでミステリー・シリーズを発表し、ベストセラー作家として名声を手に入れていたが、実は、彼らの作品のすべての原稿はジムが書いたものであり、ケンは交渉やPRをやっていたに過ぎず、ジムがこれからはシリアスな小説を書きたいとコンビの解消を言い出したため、ケンはマズいと考え、また互いに生命保険をかけていたことから金目当てもあって、ジムを殺害するというもの。
連続殺人に発展し、コロンボは、作家が殺された最初のトリックは見事だが、第2の殺人のトリックはお粗末であると犯人の前で評価をしますが、最初の殺人のトリックは被害者によるメモがあり、これは被害者の筆跡。最後に自白を迫られた犯人のケンは、あれは自分のアイデアをジムがメモに書きとったものだと明かし、比較的弱い状況証拠しか無かったにも関わらず、犯人のコンプレックスから来る意地のようなものが自白を促したと取れるところが、皮肉が効いています(犯人の畢生の傑作トリックだったわけだが、コロンボ自身は犯人の自白を聞くまで、犯人自身のアイデアとは思ってなかった?)。
何だか脚本家の内輪ネタにも似た話ですが、脚本そのものはスピルバーグではありません。スピルバーグはTV映画「
本はあったということか)。「構想の死角」では途中で変わった形をしたホットドッグ屋が出てきますが、こういうのを映し込むアイデアはスピルバーグの発案なのかもしれません。因みに、犯人役のジャック・キャシディは、このシリーズの第22話「第三の終章」、第36話「魔術師の幻想」でも犯人役として出ています(計3回)。
傑作と言えば、ピーター・フォーク自身が監督した第9話「パイルD-3の壁」などもそうではないかと。
事業家ウィリアムソン(フォレスト・タッカー)が行方不明になり,彼の前妻ゴールディー(ジャニス・ペイジ)からの捜索依頼を受けたロス市警が捜査に乗り出すが、ウィリアムソンの現在の妻ジェニファー(パメラ・オースチン)や建築家のエリオット・マーカム(パトリック・オニール)は、彼は仕事でロスを離れたのだろうと言い、ウィリアムソンの車も空港で発見される。しかしコロンボは、その車を他人が運転していた形跡を見つけ、殺害の線で捜査を開始する―。 
被害者の死体捜しが鍵となっているこの作品は、ストーリー的には
単純な方かと思われますが、そのことによって、「人間心理の逆を突いた犯人の更に逆を突くコロンボ」という構図がよりハッキリ浮かび上がる作りになっているように思いました(原題は「殺人の青写真(Blueprint for Murder )」。「青写真」と設計図の「青焼き」を懸けたものだが、今の時代においては邦題の方がいいかも)。
コロンボは、被害者の遺体が埋められていると思われる場所を掘り返す許可を得るため役所に行き、さんざん盥回しにされてやっと許可が下りたかと思ったら(この"苦労"も推理の伏線になっているところが上手い)、死体が出なかった―その際のがっくりきたコロンボの様は、あれは犯人に対するフェイクではなく、ホントにがっくりきていたのかなあ(前妻役ジャニス・ペイジに慰めのキスをされていた)。いや、やはりあれは、犯人に死体の隠し方法を示唆することで死体を引っ張り出せるためのフェイクとみるのが筋(スジ)でしょう。被害者のクルマにあったクラシック音楽のカセットと犯人がクラシック音楽好きであることから、早期にホシであると目をつけていたことは、ラストでコロンボ自身が犯人に明かしていることでもあるし。
「刑事コロンボ(第6話)/二枚のドガの絵」●原題:SUITABLE FOR FRAMING●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:ハイ・アヴァバック●製作:リチャード・レヴィンソン/ウィリアム・リンク●脚本:ジャクソン・ギリス●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ●時間:76分●出演:ピーター・フォーク/ロス・マーティン/ロザンナ・ハフマン/キム・ハンター/ドン・アメチ/ジョアン・ショーリー/バーニー・フィリップス/カート・コンウエイ●日本公開:1972/10 (NHK-UHF)(評価:★★★★)
「刑事コロンボ(第3話)/構想の死角」●原題:MURDER BY THE BOOK●制作年:1971年●制作国:アメリカ●監督:スティーヴン・スピルバーグ●製作:リチャード・レビンソン/ウィリアム・リンクズ●脚本:スティーブン・ボッコ●音楽:ビリー・ゴールデンバーグ●時間:76分●出演:ピーター・フォーク/ジャック・キャシディ/マーティン・ミルナー/ローズマリー・フォーサイス/バーバラ・コルビー/リネット・メッティー/アニトラ・フォード●日本公開:1972/11●放送:NHK-UHF(評価:★★★★)
「刑事コロンボ(第9話)/パイルD-3の壁」●原題:BLUEPRINT FOR MURDER●制作年:1972年●制作国:アメリカ●監督:ピーター・フォーク●製作:リチャード・レヴィンソン/ウィリアム・リンク●脚本:スティーヴン・ボチコ●音楽:ギル・メレ●時間:75分●出演:ピーター・フォーク/パトリック・オニール/フォレスト・タッカー/ジャニス・ペイジ/パメラ・オースティン/ジョン・フィードラー/ジョン・フィネガン/ロバート・ギボンズ/ベティ・アッカーマン/クリフ・カーネル●日本公開:1973/02(NHK-UHF)(評価:★★★★)





1958年春に出版された米国の作家トルーマン・カポーティ(Truman Capote, 1924-1984/享年59)の34歳の時の作品(原題は"Breakfast at Tiffany's")ですが、村上春樹氏の翻訳は新潮文庫旧版('68年)の龍口直太郎訳と比べるとかなり読みやすいのではないかと思いました。
'61年にブレイク・エドワーズ監督により、オードリー・ヘプバーン主演で映画化されたため、お洒落な都会劇というイメージが強いように思いますが(「麗しのサブリナ」ではまだ控えめだったジバンシーとの衣装提携が、この作品ではまさに"全開"という感じだったし)、そうしたファッション面でのお洒落というのと、この原作のセンスはちょっと違うような...。
映画化に際してトルーマン・カポーティは、主人公のホリーをマリリン・モンローが演じるのが理想と考え、またモンローを想定して脚本を書くように脚本家にも依頼したものの、モンローの起用は彼女の演技顧問だったポーラ・ストラスバーグに反対されて見送られ、結局、ヘプバーンがホリーを演じることになったというのはよく知られている話です。個人的印象としては、この小説を書き始めた段階からカポーティはモンローと自分自身を念頭に置いて書いているように思え、モンローの気質を想定して読むと、スッキリとホリーのキャラクターに嵌るような気がします。
実際、ヘップバーンがティファニーの前でパンを食べるという映画の冒頭シーンで(タイトルのままだなあ)、観ていたカポーティが思わず椅子からずり落ちてしまったという逸話があるぐらいですから、相当イメージ違ったのだろうなあ。トルーマン・カポーティは、ノーマン・メイラーと並んで、モンローに袖にされた"片思い組"で、彼は背が低くて、モンローの好みの対象外だったし、しかもバイ・セクシュアル、本質的にはゲイだったとも言われています。


「ティファニーで朝食を」●原題:BREAKFAST AT TIFFANY'S●制作年:1961年●制作国:アメリカ●監督:ブレイク・エドワーズ●製作:マーティン・ジュロー/リチャード・シェパード●脚本:ジョージ・アクセルロッド●撮影:フランツ・プラナー●音楽:ヘンリー・マンシーニ●原作:トルーマン・カポーティ●時間:114分●出演:オードリー・ヘプバーン/ジョージ・ペパード/パトリシア・ニール/バディ・イブセン/マーティン・バルサム/ホゼ・ルイス・デ・ビラロニア/ミッキー・ルーニー●日本公開:1961/11●配給:パラマウント映画●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(85-11-03) (評価:★★★☆)●併映:「めぐり逢い」(レオ・マッケリー)



「ひまわり」(I Girasoli 、'70年/伊・仏・ソ連)は、最初に観た時、ジョヴァンニ(ソフィア・ローレン)が戦地で消息を絶った夫アントニオ(マルチェロ・マストロヤンニ)を訪ねウクライナに行き、彼に再会し全てを知ったところで終わっても良かったかなと、その方がラストのひまわり畑のシーンにすんなり繋がるのではないかという気もしました。 
後半、今度はマルチェロ・マストロヤンニがソフィア・ローレンを訪ね再会を果たすも、既に彼女は結婚もしていて子供もいることがわかり(自分にもロシア人妻リュドミラ・サヴェーリエワとの間に子供がいることも改めて想起し)、失意のうちにウクライナへ帰っていく部分は、かなり地味だし、「子は鎹(かすがい)」ということ(?)なんて思ったりしたのですが、しかしながら、最近になって観直してみると、後半も悪くないなあと思うようになりました。
愛の"記憶"に生きると決めているジョヴァンニ。ガックリくるマストロヤンニに対し、共に痛みを感じながらも彼を包み込むような感じがラストのソフィア・ローレンにはあり、母は強しといった感じも。.jpg)
2つの別れのシーン(出征の別れと再会後の最後の別れ)に「ミラノ中央駅」が効果的に使われていて、ひまわりが咲き誇る畑も良かったです。
このひまわりの下に、ロシア兵も
イタリア兵も戦場の屍となって埋まっているという、戦争の犠牲者に対する国を超えたレクイエムが込められていて、冷戦下でソ連側が国内でのロケを許可したのもわかります(ソフィア・ローレンはソ連のどこのロケ地へ行っても大歓迎を受けたとのこと)。
同じく、戦争で運命を狂わされた男女を描いたものに、ジャック・ドゥミ(1931‐1990)監督の「シェルブールの雨傘」(Les Parapluies De Cherbourg、'64年/仏)がありますが、のっけから全ての台詞にメロディがついていて、やや面食らいました(それが最後まで続く)。音楽のミッシェル・ルグランによれば、全てのセリフを歌で表した最初の映画とのことで、オペラのアリアの技法を用いたとのことです(カンヌ国際映画祭「グランプリ」(現在の最高賞パルム・ドールに相当)及び「国際カトリック映画事務局賞」受賞作)。
石畳の舗道に雨が落ちてきて、やがて色とり
どりの美しい傘の花が咲くという俯瞰のファースト・ショットはいかにもお洒落なフランス映画らしく('09年にシネセゾン渋谷で"デジタルリマスター版"が特別上映予定とのこと。自分が劇場で観た頃にはもう色が滲んでいた感じがした)、監督のジャック・ドゥミ(当時31歳)、音楽のミッシェル・ルグラン(当時30歳)も若かったですが、傘屋の娘を演じたカトリーヌ・ドヌーヴは当時20歳でした。
恋人が出征する戦争は、第2次世界大戦ではなくアルジェリア戦争で(この映画からは残念ながらアルジェリア側の視点は感じられない。フランス版「ひまわり」とか言われるからつい比べてしまうのだが、戦争終結直後に作られたということもあるのだろう)、「ひまわり」みたいに一方がもう一方を訪ねて再会するのではなく、ラスト別々の家族を持つようになった2人は、母の葬儀のためシェルブールに里帰りしたカトリーヌ・ドヌーヴが、クルマの給油に寄った先が、彼が将来経営したいと言っていたガソリンスタンドだったという、偶然により再会します。
2人は将来子供が出来たら付けようと恋人時代に話していた「フランソワ」「フランソワーズ」という名をそれぞれの男の子と女の子につけていたのですが、そう言えば「ひまわり」のソフィア・ローレンは、自分の子に「アントニオ」というマルチェロ・マストロヤンニが演じた前夫の名をつけていました。何れにせよこういうの、知らされた相手側の未練を増幅しそうな気がするなあ。
「ひまわり」●原題:I GIRASOLI(SUNFLOWER)●制作年:1970年●制作国:
イタリア・フランス・ソ連●監督:ヴィットリオ・デ・シーカ●製作:カルロ・ポンティ/アーサー・コーン●脚本:チェザーレ・ザバッティーニ/アントニオ・グエラ/ゲオルギス・ムディバニ●撮影:ジュゼッペ・ロトゥンノ●音楽:ヘンリー・マンシーニ●時間:107分●出演:マルチェロ・マストロヤンニ/ソフィア・ローレン/リュドミラ・サベーリエ
ワ/アンナ・カレーナ/ジェルマーノ・ロンゴ/グラウコ・オノラート/カルロ・ポンティ・ジュニア●日本


「シェルブールの雨傘」●原題:LES PARA PLUIES DE CHERBOURG(英:THE UMBRELLAS OF CHERBOURG)●制作年:1964年●制作国:フランス●監督・脚本:ジャック・ドゥミ●製作:マグ・ボダール●脚本:チェザーレ・ザバッティーニ/アントニオ・グエラ/ゲオルギス・ムディバニ●撮影: ジャン・ラビエ●音楽:ミシェル・ルグラン●時間:91分●出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/ニーノ・カステルヌオーボ/マルク・ミシェル/アンヌ・ヴェルノン/エレン・ファルナー/ミレーユ・ペレー/アンドレ・ウォルフ●日本公開:1964/10●配給:東和●最初に観た場所:高田馬場パール座(78-05-27)(評価:★★★☆)●併映:「巴里のアメリカ人」(ヴィンセント・ミネリ)