2011年5月 Archives

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「●笠 智衆 出演作品」の インデックッスへ「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

ストーリーよりも演出が光る作品。岡田嘉子は好演。子役もみな良かった。

東京の宿 vhs.jpg東京の宿 [VHS]東京の宿0.jpg 坂本武/岡田嘉子

東京の宿ca.jpg東京の宿1.jpg 失業し、妻にも逃げられた喜八(坂本武)は、善公(突貫小僧)と正公(末松孝行)の2人の子供を連れ、職を求めて東京・下町の工業地帯を彷徨うが、どの工場でも門前払いばかり。何とか夜のねぐらとして確保した木賃宿・万盛館で、同じく宿無しの女・おたか(岡田嘉子)に出会うが、おたかも娘の君子(小嶋和子)を連れて職を探していた―。

 小津安二郎の1935(昭和10)年の作品で、「出来ごころ」('33年)、「浮草物語」('34年)などと同じ坂本武主演の"喜八もの"ですが、「浮草物語」のオリジナルと同じく音響のみ収録のサイレント・サウンド版です(「浮草物語」の方は「無声版」しか現存していない)。

東京の宿202.jpg 原作者のウィンザード・モネとは、小津安二郎、池田忠雄、荒田正男の合体ペンネーム(without moneyをもじったもの)ですが、冒頭部分の父親と子供らが殺伐とした工業地帯をとぼとぼと行く様はイタリア・ネオリスモを彷彿させます(その代表作「自転車泥棒」より13年早い作品だが)。細かいカット割りを繋げる特有の手法ながらも、何となくゆったり感があるのは小津ならでは(個人的には、「生まれてはみたけれど」('32年)の冒頭とだぶったが、やや冗長感もあった)。

坂本 武
An Inn in Tokyo (1935)

 全体としては、同じく不況を作品背景とした「大学は出たけれど」('29年)、「東京の合唱(コーラス)」('31年)よりも暗く、前2作は大卒である主人公の就職難或いは再就職難ということで、世相に対する皮肉も込められていましたが、こちらは、主人公がしがない旋盤工ということもあって、より社会的底辺にある人間の追い詰められた状況を描いていることもあるのでしょう。

東京の宿2.gif おたかは娘が疫痢になったため、入院費を稼ぐために呑み屋に酌婦として働きに出ますが、喜八はそんな金で病気が治っても娘は喜ばないから娘の傍にいてやれと言い、では自分に金も当てがあるのかというと、世話になっている叔母さん(飯田蝶子)に金を借りようとして断られ、茫然自失の中、とうとう盗みを働く―。

 呑み屋で働くのが悪くて盗みは許されるのか、元は他人である親子を助けるために自分は犯罪者となり、自首してわが子と離れ離れになるというのは、自分の子供にとってどうなのか、など理屈で言えば突っ込み所はありますが、そうした理屈を超えたところが人情なのでしょう(ストーリ的に破綻しているのは否めないのだが)。

東京の宿 3.jpg東京の宿05.jpg ストーリーよりも演出(カメラワークを含む)が光る作品。岡田嘉子(1902-1992)は坂本武を凌ぐ好演で(やはり父性愛よりも母性愛か)、当時33歳ぐ岡田嘉子.jpgらいでしょうか(35歳でソ連に亡命し日本に帰ったのは35年後)。宿無しの失業者の割には綺麗過ぎ、やつれ感が足りない気もしますが、喜八の犠牲的精神の根底にはおたかへの思慕があり、その思いの対象たるに相応しい外見的要件を持たせることがストーリー上必要なためやむをえないのかも(寅さんとマドンナの関係と同じか)。

東京の宿 中文4.jpgAn Inn in Tokyo (1935).jpg 子役の演技は、突貫小僧だけでなく、末松孝行(弟)、小嶋和子(おたかの娘)も良くて、べーっと舌を出すシーンのリフレインなど、"人情喜劇"としてのユーモアの部分は殆ど子役達が担っていたという感じの作品でした。

中国語版DVDカバー

Tôkyô no yado (1935)
     
東京の宿15.jpg「東京の宿」●制作年:1935年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄/荒田正男●撮影:茂原英朗●原作:ウィンザード・モネ(小津安二郎/池田忠雄/荒田正男)●時間:83分●出演:坂本武/岡田嘉子/突貫小僧/末松孝行/小嶋和子/飯田蝶子/高橋貞二/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1935/11●配給:松竹鎌田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-11)(評価:★★★)●併映:「風の中の牝雞」(小津安二郎)

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世界恐慌さなかの失業サラリーマンを小市民的に描く。当時の会社の社内風景が珍しかった。

東京の合唱(吹替・活弁版) [VHS].jpg 小津 安二郎 東京の合唱.jpg 東京の合唱(コーラス .jpg
東京の合唱(吹替・活弁版) [VHS]」1931(昭和6)年  岡田時彦/菅原秀雄(子役)/高峰秀子(子役)

東京の合唱DP.jpg東京の合唱(コーラス) 2.bmp 冒頭は大学の体育の授業のシーンで、体育教師(斎藤達雄)が学生を厳しく指導する様がユーモラスに描かれる。時は流れ、その学生の1人だった岡島(岡田時彦)は、今は保険会社に勤める身であり、3人の子を持つ親でもある。今日は賞与支給日。子供に自転車を買ってやる約束をしていた彼東京の合唱(コーラス)72.jpgは、クビになったベテランの先輩に同情して会社東京の合唱(コーラス)図1.jpgに抗議した末に自分もクビになってしまう。再就職事情の厳しい折、職安の前で母校恩師の元体育教師に偶然出会い、勤め口を探してもらう間、恩師が退職後に始めた洋食屋を手伝うことになるのだが―。

 原作(原案)は北村小松。1931(昭和6)年の作品ということで、世界恐慌による不景気がリアルタイムで物語のバックグラウンドにあり、「フーヴァー案」という言葉が出てきたり(「フーバー・モラトリアム」(1931)のことだろう)、不況だからボーナスは1ヵ月分(120円)くらいかなあという台東京の合唱(コーラス)1.jpg詞があったりもします。 先輩社員の不当谷麗光『東京の合唱』(1931年).png解雇(勧誘したお客が保険に入った翌日に事故死し、会社が損失を被ったというのが解雇理由)に敢然と立ちあがる主人公はなかなかの正義漢。社長(谷麗光)との遣り取りはユーモラスに描かれていますが、クビになった後がたいへん。子供に約束の自転車を買ってやれず詰(なじ)られ、かっときて子供を叱ってしまうし、娘が疫痢に罹って医者代も発生し、妻の着物を売り払ったことにより妻ともぎくしゃくする―。

東京の合唱 1.jpg 同日に解雇された同僚がビラ配りの仕事をしているのを見て、自分は下手に大学を出ているからそんなことは出来ないと言っているのは「大学は出たけれど」の主人公の前半部分と同じスタンス。それが、恩師の洋食屋の仕事で先ずやらされたのが店の宣伝ビラ配りで、自分でも気乗りがしなかったのに、それを奥さん(八雲恵美子(1903-1979/享年75))に見られ、肩身の狭いことはしないでと言われてプライドはずたずたに。

Ozu - Tokyo Chorus(1931).jpg しかし、その奥さんも現実の厳しさを感じて店へ手伝いに。その食堂で、元教師を囲んで昔の教え子たちが集まり同窓会が行われることになり、久々に出会った同級生たちは盛り上がる。そこに元教師宛に手紙が来て、文部省から就職の斡旋があったが、仕事は栃木の女学校の英語教師であるとのこと、主人公は複雑な気持ちで同級生らと校歌を歌うが、歌っているうちに次第にその表情は晴れてくる―(これが、タイトル「合唱(コーラス)」の由縁)。

「東京の合唱(コーラス)」.bmp 東京を離れたことのない夫婦には必ずしも満足とは言えない結末ですが、そこが小津作品らしいところ。結構、自分の都合で教え子をいい加減にこき使っていたかのように見えた元教師も、ちゃんと就職の世話をしてくれていて、師弟関係が就職が絡むのも小津作品のパターン。

高峰秀子(子役)/八雲恵美子/菅原秀雄(子役)/岡田時彦

小津 安二郎 東京の合唱2.gif 総じて、小市民(サラリーマン)を小市民のまま描いた典型的作品と言えますが、主人公が東京に住むことにこだわるのには、やや違和感を覚えました(社命による転勤などは当時でもあったのでは)。東京への執着が、「東京の合唱」というタイトルにまで表れているとなると、これは小津自身のこだわりでもあるのか。

 個人的は、当時の会社の社内風景が一番珍しかったです(冒頭の体育の授業のシーンにも言えるが、冗長感はあるが、記録的な価値あり?)。賞与支給日に社員が出納窓口に列を成し、賞与袋を受け取るとトイレで中身の金額を確認して一喜一憂するという、今こんなことやっている会社は、零細企業でももう殆どないだろうなあ。
    
東京の合唱(吹替・活弁版) [VHS].jpg 主人公の失業サラリーマンを演じた岡田時彦(1903-1934/享年30)は岡田茉莉子7.jpg女優・岡田茉莉子の父。但し、茉莉子1歳の時、30歳の若さで亡くなっているため、娘は父を映画の中でしか知らないとのことです。

「東京の合唱(コーラス)」●制作年:1931年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧●撮影:茂原英朗●原作(原案):北村小松●時間:90分●出演:岡田時彦/八雲恵美子/菅原秀雄/高峰秀子/斉藤達雄/飯田蝶子/坂本武/谷麗光●公開:1931/08●配給:松竹鎌田●最初に観た場所:高田馬場・ACTミニシアター(90-08-19)(評価:★★★)併映:「お茶漬けの味」(小津安二郎)

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「●「キネマ旬報ベスト・テン」(第1位)」の インデックッスへ 「●笠 智衆 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

完璧な「人情話」。ストーリー、カメラ、演出のどれをとっても完成度が高い。

浮草物語ビデオ.jpg浮草物語 活弁・トーキー版.jpg
浮草物語 [VHS]」松竹ホームビデオ版「浮草物語(吹替・活弁版) [VHS]

浮草物語 0.jpg 信州のとある田舎町に、旅役者・市川喜八(坂本武)の一座がやってくるが、実はこの町には、喜八の昔の女(飯田蝶子)と、2人の間にできた息子・信吉(三井秀男)がいる。喜八は自分が父とは名乗らず、毎日のように女の家を訪ねて行くが、喜八の今の世話女房(情婦)のおたか(八雲理恵子)はこのことを知って嫉妬し、当てつけに妹分の女優おとき(坪内美子)に信吉を誘惑させるよう仕向ける。ところが、おときと信吉は本当に好き合うようになってしまう―。

浮草物語 1.jpg 小津安二郎(1903-1963)監督の1934(昭和9)年の無声映画作品で、小津安二郎はこの作品で、「生れてはみたけれど」「出来ごころ」に続き3年連続で「キネマ旬報ベスト・テン」の1位に輝きました。また、前年の「出来ごころ」に続く坂本武主演の"喜八もの"と言われる作品でもありますが、「出来ごころ」よりはこちらの方が断然完成度が高いように思えました。

 オリジナルはサウンド版であり主題歌まであったそうですが、現存プリントはサイレント映画。これも松田春翠の活弁付きビデオで鑑賞し(ノーカット版は118分のようだが、ビデオは85分だった)、春翠の名調子にハマった部分はありましたが、ストレートに「無声」の浮草物語 tubouti41.jpgまま観ても、ぐっとくる作品ではないでしょうか。

A Story of Floating Weeds.jpg 同じ坂本武の"喜八もの"と言っても、喜八が下町定住者だった「出来ごころ」に対し、こちらは旅役者であって状況設定はかなり異なっており、また、小津作品全体を通しても、こうした旅役者を扱ったものは珍しいようです("流れ者"という意味では、小津に影響を受けた山田洋次監督の「寅さんシリーズ」の原点とも言えるが)。
坪内美子

A Story of Floating Weeds (Ozu, 1934)2.jpg 暗くてじめじめした話かと思ったら、ユーモラスなギャグが絡むことで救われて、喜八の情婦が妹分の女優を使って喜浮草物語 2.jpg八の息子を籠絡しようとするところで、いやあ今度こそホントに嫌な話になってきたなあと思ったら、予想外の展開(「蛙の子は蛙、学があっても女には手が早い」とか、深刻な場面なのに、ここでも笑浮草物語 3.jpgわせる)、結局、この坪内美子演じる妹分女優のおときというのが、一番可哀想だったなあと思いました(「寅さん」における浅丘ルリ子のリリーか)。

 八雲理恵子が演じる一見毒婦が如く見えたおたかにも、最後には観る者の同情を引く話の運びが旨く、そうした人間像の多面的な描き方は、一座の長老格などの脇役にまで及んでいます。

A Story of Floating Weeds 3.jpg 小津自身による原作は(ジェームス槇は小津のペンネーム)、旅まわりのサーカスの一座を舞台としたアメリカ映画「煩悩」を下敷きにしA Story of Floating Weeds fishing.jpgているそうですが、完璧に日本的な人情話に仕上がっていて、人物や部屋の調度などを映し出すローアングルのカメラも良く、親子で渓流釣りをする場面(片方は親子だとは知らないわけだが)や、飯田蝶子演じる母親が息子に屹然と事実を告げる場面など、印象に残るシーンが多くありました(学生である息子が若干老けて見えたのが難か。おときとのバランス上、敢えてそうしたのかもしれないが)。完璧な「人情話」。ストーリー、カメラ、演出のどれをとっても完成度はかなり高いように思います(親子が並んで渓流釣りをする場面は後の「父ありき」('42年)などにもある)。

「浮草物語」●制作年:1934年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:茂原英朗●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松A Story of Floating Weeds (Ozu, 1934).jpg田春翠●時間:85分(118分)●出演:坂本武/飯田蝶子/三井秀男/八雲理恵子/坪内美子/突貫小僧/谷麗光/西村青児/山田長正/青野清/油井宗信/平陽光/若The Story of Floating Weeds (1935).jpg宮満/懸秀介/青山万里子/池部光村/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1934/11●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★★☆)●併映:「出来ごころ」(小津安二郎)
A Story of Floating Weeds (Ozu, 1934)

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「●「キネマ旬報ベスト・テン」(第1位)」の インデックッスへ 「●笠 智衆 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ

ラストはあまりに軽かったかなあ。突貫小僧の天才子役ぶりが光った。

出来ごころ 小津 ビデオ.jpg  dekigogoro2f.JPG出来ごころ 1シーン.jpg
出来ごころ(吹替・活弁版) [VHS]」坂本武/伏見信子  新宿松竹館 週報(昭和8年8月)
出来ごころ shv.jpg ビール工場に勤めながら小学生の息子・富夫(突貫小僧)と貧乏長屋に暮らしをする喜八(坂本武)は、寄席帰りのある日、失業して行くあてのない若い娘(伏見信子)と出会い、行きつけの食堂の女主人(飯田蝶子)に頼んで、娘に食堂での住み込みの働き口を世話する。喜八は、その娘に惚れるが、年の差を考えて口には出せず、一方、娘は喜八の隣に住むビール工場の同僚の青年(大日方傳)に気があり、しかし、青年は喜八への義理立てから娘に冷たく当たり、3人はギクシャクした関係になる―。

松竹ホームビデオ版
Dekigokoro (1933)
Dekigokoro (1933) .jpgdekigokoro 3.jpg 小津安二郎監督の1933(昭和8)年の無声映画作品で、前年の「生れてはみたけれど」で社長役をやっていた坂本武が、あたかも「寅さん」の 原点はここにあるのではないかと思わせるような、若い娘に恋慕する下町のオジさんを演じています。

 小津安二郎監督は、「生れてはみたけれど」とこの作品と、更に翌年の同じく"喜八もの"「浮草物語」で、3年連続で「キネマ旬報ベスト・テン」の1位に輝いていますが、「生れてはみたけれど」とこの作品の間だけでも「青春の夢いまいづこ」「また逢ふ日まで」「東京の女」「非常線の女」の4本を撮っており、量産だったのだなあ。

小津 安二郎 「出来ごころ」.jpg 話の方は、喜八は娘の想いの相手が同僚の青年と知って気落ちするが、複雑な心境ながらも娘と青年の結婚話を進めるために一肌脱ごうとし、逆に青年と意地を張り合うことに。事が旨く運ばず、ヤケ酒に浸って仕事にも行かない喜八を、息子は父の顔を何度も叩いてなじるが、そんな中その息子が病気になり、回復したものの医者代が工面できない。その窮状を知った青年が、北海道に行って"蟹工船"(開拓民船?)に乗り込み金を工面しようと考えるが、そのことを知った喜八は青年を殴り倒して、代わりに北海道行きの船に乗り込む―。

Takeshi Sakamoto (Kihachi) in Dekigokoro (Ozu 1933)

ozu dekigokoro.jpg ベースは暗い話なのですが、合間々々にユーモラスな表現を織り込んで、コメディタッチにしているのは、「浮草物語」などと同じです。ただ、ラストはあまりに軽かったかなあ(手拭を頭に乗せて温泉気分?)。北海道行きの船に乗り込んだのが"出来ごころ"だったということなのでしょうが、一旦は青年を殴り倒してまでそうしたわけで、息子を想う気持ちが北海道行きをやめた理由ならば、北海道行きを決めた理由も同じだったはずで、自家撞着を生じている?
Nobuko Fushimi.jpg 北海道行きを決めた理由は「娘に対する自分の想い」の喜八ならではの美意識の発露ともとれ、また、友情も絡んでいると思われますが、それと、息子の傍にいてやりたいという気持ちはまた別なのか、あるいは、結局は、最後のそれが一番喜八にとって大事なことだったのか。

Nobuko Fushimi in Passing Fancy - Yasujirô Ozu - 1933

 恋愛物語から友情物語へ、そして最後は親子物語へと変化していったように思えましたが、部分々々の演出の妙にも関わらず、全体としてはやや冗長かつすっきりしない印象も(キング・ヴィダー監督の「チャンプ」('31年/米)に着想を得てい伏見信子1935aug.jpgるとのことだが)。因みに、息子の富夫という役名は突貫小僧の本名(青木富夫)から取っています。

Tomio Aoki.jpg 新文芸坐で、澤登翠氏門下の片岡一郎氏の活弁で上映していましたが行けず、松田春翠の活弁付きビデオで鑑賞しました(片岡一郎氏は松田春翠の孫弟子ということになる)。娘役の伏見信子(1915- )はいかにも戦前の清楚な美人スターという感じでこの作品でその人気を不動のものとしています。また、ちょっと阿部寛に似た大日方傳(1907-1980/享年73)の一見ニヒルだが内に熱いものを秘めた青年も良かったですが、突貫小僧(青木富夫)の天才子役ぶりが発揮された作品でもあったように思いました。笠智衆が喜八と船で乗り合わせる人夫としてノンクレジットで出演しています(1933(昭和8)年度・第10回「キネマ旬報ベスト・テン」第1位作品)。

伏見信子(1935(昭和10)年:雑誌「日の出八月號附録:映画レビュー夏姿寫眞帖」)                              

Den Obinata.jpgDen 
Obinata (Jiro) dans Dekigokoro (Ozu 1933).jpg「出来ごころ」●制作年:1933年●監督:小津安二郎●脚本:池田忠雄●撮影:杉本正二郎●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:100分●出演:坂本武/伏見信子/大日方傳/飯田蝶子/突貫小Chishû Ryû.jpg出来ごころ 中国語・英語字幕版DVD.jpg出来ごころ 活弁v.jpg僧/谷麗光/西村青児/加藤清一/山田長正/石山隆嗣/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1933/09●配給:松竹蒲田●最初に観た場所:ACTミニシアター(90-08-13)(評価:★★★)●併映:「浮草物語」(小津安二郎)
中国語・英語字幕版DVD

大日方傳(上2枚) Den Obinata (Jiro)
笠智衆(下) Chishû Ryû (non-credit)
in Dekigokoro(Ozu 1933)

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松田春翠の「活弁」がいいトーキー版。小津の後期作品とはまた違った味わい。

生れてはみたけれど 活弁 vhs.bmp 生れてはみたけれど ビデオ.jpg  Otona no miru ehon - Umarete wa mita keredo.jpg ニッポン・モダン.jpg
「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」(活弁・トーキー版)/「大人の見る絵本 生れてはみたけれど」(松竹ビデオ・旧レンタル版)/ミツヨ・ワダ・マルシアーノ『ニッポン・モダン -日本映画 1920・30年代-
 
生れてはみたけれど 2.jpg 良一(菅原秀雄)、啓二(突貫小僧)兄弟のサラリーマンの父(斎藤達雄)は、会社の重役・岩崎(坂本武)の家の近くに引っ越して出世のチャンスを窺うようなヒラメ男だが、兄弟の前では厳格に振舞っている。一方、兄弟は転校するなり地元の悪ガキグループと喧嘩し、憂鬱になって学校をサボるが、父にばれて大目玉を喰う。悪ガキグループと和解した兄弟は、やがてグループ内で台頭し、岩崎の息子も子分にしてしまう。ある日、「うちの父ちゃんが一番偉い」という自慢話が出るが、兄弟も自分の父親が一番偉いと信じて疑わなかった。ところが、岩崎の家で観た16ミリフィルムの中に写っていた父は、重役の前でモノマネをしてご機嫌伺いをしていた―。

小津 安二郎 「大人の繪本 生れてはみたけれど」3.bmp タイトルからサラリーマン映画だと思われているフシもありますが(広い意味ではそうかもしれないが)、前半部分は殆ど子供たち同士の世界を描いていて、これがなかなか微笑ましく(小津安二郎(1903‐1963)って子供を撮るのがこんなに上手だったのだ)、ほのぼのとした、小津らしいゆったりとしたテンポで進みます。

小津 安二郎 「大人の繪本 生れてはみたけれど」.bmp それが重役宅での映写会で、映し出されたフィルム映像に父親の上司にへつらう姿を見たことを契機に、父親に幻滅した兄弟らの父親に対する抵抗が始まり、「なぜ重役は偉いのか」「父ちゃんはなぜ重役になれないのか」と父親を問い詰めますが、これには父親の方もキレて怒りを爆発させ、母親(吉川満子)は部屋に籠ってウィスキーを煽る夫を諫める―(う~ん、一気に重たいムードになるなあ)。

 ミツヨ・ワダ・マルシアーノ『ニッポン・モダン―日本映画 1920・30年代』('08年/名古屋大学出版会)において、この作品の中にある重役宅での映画上映会で父親の上司にへつらう姿を見た兄弟らの幻滅は、近代資本主義社会において父親の権威が失われたという事実を描いているだけでなく、近代資本主義そのものが、戦略的に、私的領域と公的領域の想像上の分離を促進してきたことを露呈しているのではないかとしています。

生まれてはみたけれど  1シーン.jpg サラリーマンである父の会社の中での媚びへつらいは、この2つの領域の狭間でのアイデンティの分裂を示していると―(これを「映画内『映画』という手法でみせている小津の巧みさ!)。それを目の当たりに見てしまった子どもの心理的ギャップは、通常は父親の私的領域と公的領域が分離されているため見ることのなかったものが、突如として目の前に露わになったことによるものであるということでしょう。

 ミツヨ・ワダ・マルシアーノは、父親が子どもたちに大人の世界を解らせようと説得を試みてうまくいかないのは、自らがこうした自己疎外の渦中にあってその問題を整理できていないこととパラレルであると見ています。

「大人の繪本%20生れてはみたけれど」 .jpg 「生まれてはみたけれど、一生押さえつけられて生きるのか」―観ている側には父親の心情もよく解るだけに、その日の夜、父親が寝ている兄弟の顔を覗き込みながら「俺のようなヤクザな会社員になんかなるなよ」と語りかける場面は泣かせますが、その気持ちは子供には伝わらず、子供達はハンガーストライキみたいなことまでして暫く抵抗を続けます。

 父が言うところの「永遠に解決できない問題」にどうやって落とし所を見出すのかと思ったら、最後な何となく親子の互いの歩み寄り乃至は相手への慮りが見られて(子供が大人の世界の難しさに多少の理解を示したという感じか)、ややほっとした雰囲気で締め括るところも上手いなあと思いました。

「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」.jpg「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」2.jpg 昭和初期のサラリーマン家庭の暮らしぶりなどが窺えるのが興味深いです。"郊外"に引っ越したその"郊外"というのは、東急池上線沿線でロケをしたそうで(映画の中で何度か列車や線路が登場する)、周りに何も無くて、"郊外"と言っても、今の基準でみれば"田舎"だなあとか、上司の引っ越しに部下が駆り出されるというのは昭和の中頃まであったのではないかなあとか、いろいろ考えさせれます(自分の会社の重役に新居の入口に掲げる表札の文字を揮毫してもらうというのには、さすがに時代を感じたが)。

松田春翠ド.jpg 元々は無声映画ですが、自分が観たビデオ版は松田春翠(1925‐1987)による「活弁」付きで、お陰で無声映画を観ているという感覚がありませんでした(収録は昭和30年代か。最近では、松田春翠門下の女性活弁士・澤登翠(さわとみどり)氏が小津作品の活弁をライブでやっている)。

 所謂「活弁トーキー」と言われるものですが、とりわけこの作品に関しては、1人で登場人部全員のアテレコをやっているような感もあり、日本には落語という伝統があるわけですが、それにしてもスゴイ技です(これを無声映画として作った小津もスゴイが)。

松田春翠(1925‐1987)

Otona no miru ehon - Umarete wa mita keredo (1932).jpg映画「大人の見る繪本 生れてはみたけれど」(1932年).jpg生まれてはみたけれど 2.jpg 大人の社会と子供の世界は別であって、子供の自由な世界観が大人の不自由な世界観によって歪められてはならない―といったテーマ解説までしてしまっているものだからそれ以上突っ込みようがなく、小津の後期作品に比べて取り上げられることが少ないのかな。

 基本的にコメディだけど、サラリーマンお父さんが観たら泣ける場面があるかも。「東京物語」などの後期作品とはまた違った、小津安二郎の顔が見える作品です(1932(昭和7)年度・第9回「キネマ旬報ベスト・テン」第1位作品)。

Otona no miru ehon - Umarete wa mita keredo(1932)

生まれてはみたけれど 3.jpg「大人の繪本 生れてはみたけれど」●制作年:1932年●監督:小津安二郎●脚本:伏見晁●撮影:茂原英朗●原作:ジェームス槇(小津安二郎)●活弁:松田春翠●時間:90分●出演:斎藤達雄/吉川満子/菅原秀雄/突貫小僧/坂本武/早見照代/加藤清一/小藤田正一/西村青児/笠智衆(ノンクレジット)●公開:1932/06●配給:松竹蒲田(評価:★★★★)

生まれてはみたけれど オール.gif
早見照代 坂本武 斎藤達雄 菅原秀雄(兄役) 突貫小僧(弟役) 笠智衆(右端)

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「●田中 絹代 出演作品」の インデックッスへ 「●笠 智衆 出演作品」の インデックッスへ 「○日本映画 【制作年順】」の インデックッスへ 「●清水 宏 監督作品」の インデックッスへ(「大学は出たけれど」原作) 「●野田 高梧 脚本作品」の インデックッスへ(「和製喧嘩友達」)

新卒就職難の世相を反映した「大学は出たけれど」。モダンな感覚と併せて、現代に通じる面が。

大学は出たけれど vhs.jpg大学は出たけれど.jpg   和製喧嘩友達3.gif 和製喧嘩友達 haisinnban.jpg
大学は出たけれど(吹替・活弁版) [VHS]」('29年)高田 稔/田中絹代 「和製喧嘩友達」('29年)GyaO!インターネット配信版
 大学を卒業したものの定職につけない徹夫(高田稔)は、故郷の母親に「就職した」と嘘の電報を送ったことから、母は婚約者の町子(田中絹代)を連れて上京。2人の嬉しそうな顔を見ると、徹夫はなかなか本当のことを言い出せずにいるが、徹夫の嘘を見抜いた町子は、徹夫に内緒で、カフェで働き始める―。

下宿のおかみさんに、母親には自分が会社に通っていることにしてくれと頼みこむ徹夫

小津安二郎 大学は出たけれど  清水宏原作.jpg 大学卒業者の就職率が約30%という不況の底にあった昭和初期を舞台に、仕事に就けない男が奔走する様をコメディっぽく描いた小津清水宏 監督.jpg安二郎監督の1929(昭和4)年の無声映画作品。原作は、小津安二郎と親交の深かった、同じく松竹系の映画監督・清水宏(1903-1966/享年63)となっていますが、元々は清水宏が監督する予定だったのが都合で出来なくなり、替わって盟友の小津安二郎が監督した作品であり、清水宏は原案提供者といったところか(「学生ロマンス 若き日」('29年)の原作者・伏見晁が原作者であるとの説も)。

清水宏(1903-1966)

 公開された時は70分の長編作品だったそうですが、11分しかフィルムが現存していないとのことで、話がぶつ切れになって「大学は出たけれど(吹替・活弁版) [VHS]」.jpgいるのではないかと思ったら、あたかも長編を短篇に編集し直したかのように纏まった1つの話になっていました。

松田春翠.png ただ、そうしたこともあってか、松田春翠(1925‐1987)の「活弁」付きビデオで鑑賞したのですが、「生れてはみたけれど」(1933年)がアテレコに近い活弁なのに対し、どちらかというと"ト書的"(解説的)活弁です。

大学は出たけれど(吹替・活弁版) [VHS]

大学は出たけれど3.jpg 大学を卒業した時に許婚(田中絹代が初々しい)がいて、それで就職が決まらないというのは結構キツイなあと思ってしまいましたが、母親と許婚の手前、会社に行くふりをして弁当を持って出かける主人公にとっての"仕事の場"は公園であり、"仕事" は公園に来ている子供らとボール遊びをすること、子供らとすっかり仲良くなるが、雨が降った日は"仕事"が休みになる―といった具合に、ユーモラスに描くことで救われています。恋女房となった田中絹代に実は就職が決まっていないと打ち明ける場面でも、「サンデー毎日」の新聞広告を見せるギャグ(つまり自分は、実は毎日が休日状態だと)。

大学はでたけれど2.jpg 途中、客として訪れたカフェで、夫に内緒で働いている奥さんを見てしまったりするハプニングもあったりして(カフェの先客で、その奥さんに「君は最近新しく入った子か」などと声掛けしているのは笠智衆)、最後は、女房の健気さに勇気づけられて主人公は発奮、「受付ならば」と言われて頭にきて辞去した会社を再訪し、「受付でも何でもやります」と―(それまで"雨天休業"だった主人公がどしや降りの日に出掛けていくところもミソ。見送る田中絹代が可憐)。

高田稔/田中絹代(当時19歳)
       
大学は出たけれど 5.jpg いい話に纏め過ぎている感じもしますが、まあ、そういう映画なのでしょう。当時の若者にリアルタイムでエールを送った作品とも言えるのでは。

 昨今の新卒就職難と比べると、厚生労働省と文部科学省が、全国の大学や短大など112校の6250人の学生を抽出して、その就職内定率を調査した結果によれば、2011年3月に4年制大学を卒業した学生の就職内定率は4月1日の時点で91.1%と過去最悪とのこと(この調査の数字は"甘め"に出るとの批判もあるが、それでも90%を超えている)、この"過去最悪"とは、同統計を取り始めてからの"過去最悪"であって、昭和初期にはもっと厳しい時代があったのだなあと。
背後のポスターは「ロイドのスピーディ」(1928)

 そうした当時の世相を作品に反映させている意味で記録的な意義もあり(実際「大学は出たけれど」という言葉は流行語になった。それが今の時代にも通じるというのが皮肉でもある)、また、物語としても共感できるという意味で、小津安二郎の感性のモダンさを感じる作品です。

田中絹代2.jpg 田中絹代.bmp 田中絹代3.bmp 田中 絹代

 小津安二郎は、フィルムが現存する彼の作品の中で最も古い作品で自身の第8作目にあたる「学生ロマンス 若き日」('29年)とこの「大学は出たけれど」の間に、第9作目にあたる「和製喧嘩友達」('29年/松竹蒲田)という作品を撮っています。

和製喧嘩友達1.jpg 留吉(渡辺篤)と芳造(吉谷久雄)は、親しい仕事仲間、貧しいゆえに2人でルームシェアをしているトラック運転手である。あるとき偶然、身寄りのない娘・お美津(浪花友子)と出逢う。住むところのないお美津が2人の長屋に転がり込み、お美津はかいがいしく家事をしてくれるが、2人の男の間では、恋の鞘当てが始まる。やがて、留吉・芳造の長屋の近くに住む学生・岡村(結城一朗)と、お美津が相思相愛であったのだ、という現実を、留吉・芳造は知ることとなる。お美津と岡村をさわやかに見送る留吉・芳造であった(「Wikipedia」より)。
「和製喧嘩友達」左から吉谷久雄、渡辺篤、浪花友子。

和製喧嘩友達2.jpg これも元々は77分の作品でありながら、デジタル復元版で現在観ることができるのは当時家庭用に編集された14分の短縮版です(「小津安二郎 名作セレクションV」に所収)。男同士の二人暮らしのところへ若い女性が居ついて、2人が彼女を巡って牽制し合うも、最後はその女性に好きな人が出来て...というこの展開は、リチャード・ウォレスの喜劇映画「喧嘩友達」('27年)をベースにしているということで(タイトルに「和製」とつくのはそのため)、脚本の野田高梧(1893‐1968)が小津と組むのは「懺悔の刃」('27年)に次いで2作目。結局、小津の遺作「秋刀魚の味」('62年)までの付き合いとなるわけですが、この頃、小津は満25歳、野田高梧は満35歳野田高梧.jpgと若く(主演の渡辺篤は満31歳、吉谷久雄は満25歳、浪花友子は満20歳、結城一朗は満24歳と出演者も皆若いのだが)、とりわけ小津の監督としての若さが光るとともに、彼の出自が喜劇であることを改めて感じさせる作品となっています。

 コメディとしてのオリジナリティやテンポはイマイチですが、これが、あの「東京物語」('53年)や「彼岸花」('58年)、「秋日和」('60年)や「秋刀魚の味」などの脚本を書いた野田高梧のオリジナル脚本だと思うと興味深いものがあります(小津より10歳年上だったのだなあ)。

野田高梧(1893‐1968)

朗かに歩め.jpg朗かに歩め 高田.jpg朗かに歩め  .jpg 因みに、「大学は出たけれど」の高田稔と「和製喧嘩友達」の吉谷久雄(ハンチングを被った小柄な方)は、翌年の同じく小津作品である「朗かに歩め」('30年/松竹蒲田)でヤクザ仲間の役で共演します(就職が決まらない学生とトラック運転手のそれぞれ次の役がチンピラ役かあ。こちらはヤクザ稼業から足を洗おうとする男たちの話であり原作は清水宏)。

高田 稔 in「朗かに歩め」('30年/松竹蒲田)

大学は出たけれど(shv).jpg田中絹代・笠智衆 in「大学は出たけれど」('29年/松竹蒲田) 笠智衆はカフェの客の役
大学は出たけれど 笠智衆・田中絹代.jpg大学は出たけれど       .jpg大学は出たけれど 題.jpg「大学は出たけれど」●制作年:1929年●監督:小津安二郎●脚本:荒牧芳郎●撮影:茂原英朗●原作:清水宏●活弁:松田春翠●時間:70分(現存11分)●出演:高田稔/田中絹代/鈴木歌子/日守新一/大山健二/木村健二/飯田蝶子/坂本武/笠智衆/筑波雪子/小藤田正一●公開:1929/09●配給:松竹蒲田(評価:★★★☆)

「和製喧嘩友達」.png「和製喧嘩友達」●制作年:1929年●監督:小津安二郎●脚本:野田高梧●撮影:茂原英朗●原小津安二郎 名作セレクションV.png作:野田高梧●時間:77分(現存14分)●出演: 渡辺篤/吉谷久雄/浪花友子/結城一朗/高松栄子/大国一郎/若葉信子●公開:1929/07●配給:松竹蒲田(評価:★★★) 
 渡辺篤/吉谷久雄/浪花友子

小津安二郎 名作セレクションV [DVD]
【収録作品】 『母を恋はずや』(1934)/『青春の夢いまいづこ』(1932)/『学生ロマンス 若き日』(1929)/『朗らかに歩め』(1930)/『大学は出たけれど』(1929)/『東京の女』(1933)/『落第はしたけれど』(1930) /『東京の宿』(1935)/『和製喧嘩友達』(短縮版・1929年)/『突貫小僧』(短縮版・1929年) /『菊五郎の鏡獅子』(1935年)

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妻殺害容疑の弟を兄が弁護。テンポよく読める。面白かったが、読後は何となくスッキリしない。

A Very Simple Crime.jpgいたって明解な殺人.jpgいたって明解な殺人 (新潮文庫)』(2011/03 新潮文庫)

"A Very Simple Crime"

 頭を割られた妻の無惨な遺体と、その傍らには暴力癖のある知的障害の息子、クリスタルの灰皿。現場を発見した夫アダムの茫然自失ぶりを見れば犯人は明らかなはずだったこの事件を担当するのは、かつて検事補を辞職し、今は屈辱的な立場で検察に身を置くレオ。捜査が進むにつれ、ねじれた家族愛と封印された過去のタブーが明らかになる―。

 2010年に発表されたグラント・ジャーキンス(Grant Jerkins)のデビュー作(原題:A Very Simple Crime)ですが、文庫で400ページ足らずと長くも短くもなく、むしろ、すいすいとテンポ良く読めて短く感じます。

 3部構成で、訳者あとがきにもあるように、アダムと被害者である妻との異常な夫婦関係を中心に描いた心理サスペンス風の第1部、下級検事補レオ・ヒューイットが、事故死として処理されようとしたこの事件に疑問を感じて動くリーガル・サスペンス風の第2部、妻殺害の容疑で訴追されたアダムと彼の弁護をすることになった兄モンティに、検事局側の屈折した政治力学が絡んで、これまで張られてきた伏線の意味が明らかとなる第3部―と盛沢山ですが、田舎町で起きた一事件だけを追って、その後連続殺人事件が起こるわけでもなく、話がやたら拡散していかないのが却っていいです(その意味ではタイトル通り)。

 更に、これらの話の中に重要な挿話が2つあり、1つはモンティとアダムの兄弟の過去に纏わる歪な兄弟関係の源となった話、もう1つは、レオ・ヒューイットが下級検事補に留まる原因となった、一旦は追い詰めた幼児性愛者を再び野に放つことになったという過去に犯した失態の経緯。

 心理サスペンスとしてはやや浅いかなと思ったら、法廷劇としての面白さにウェイトを置いた作品だったのかと―でも、最後にももう一捻りありました。心理サスペンスとして深まらない理由もここにあったのだなあ(ある意味、"叙述トリック")。

 読者にあるパターンの法廷劇を予感させておいた上での、最後の劇的な展開は旨いと思ったし、一見まともに見える人間が持っている異常性というものを描き切っているという意味では、サイコ・サスペンスとして一貫しているとも言えます("深さ"というより"構造"の妙)。

 ただ、周囲の皆がこの「逆転劇」の従順な観客になってしまっているのは不自然だし(当事者"M"がその通りに演じてしまっているのも不自然)、「一時不再理」と言っても、後でバレるのは間違いないと言うか、これ、完全犯罪とは言えないように思います。

 その辺りを"救い"と見る見方もあるかも知れないけれど、倫理的なことは抜きにして、プロットとして、個人的には何となくスッキリしませんでした(結局、"L"は前回と同じような運命を辿るのだろなあ)。

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よくまあ18歳でこんなの書いたなあという感じはする。新訳は朝吹訳のトーンを継承?

悲しみよこんにちは 新潮文庫.jpg 悲しみよこんにちは 新潮文庫 河野.jpg悲しみよこんにちは 映画0.bmp フランソワーズ・サガン 1.jpg
悲しみよこんにちは (新潮文庫)』(朝吹登水子:訳)『悲しみよこんにちは (新潮文庫)』(河野万里子:訳)/映画「悲しみよこんにちは」(1957)/Françoise Sagan (photographed above by Sabine Weiss, 1954)

悲しみよこんにちはbonjour-tristesse.jpg 主人公のセシルは、寡(やもめ)の父レーモンとコート・ダジュールの別荘で17歳の夏を過ごしていたが、その別荘に亡き母の友人のアンヌがやって来る。セシルも最初は聡明で美しいアンヌを慕うが、アンヌが父と結婚する気配を見せ始め、母親然としてセシルに勉強のことやボーイフレンドとのことを厳しく言い始めると、父との気楽な生活が続かなくなり、父をアンヌに取られるのではないかという懸念から、彼女はアンヌに反感を抱くようになる。やがて彼女は父とアンヌの再婚を阻止する計画を思いつく―。

 フランソワーズ・サガン(1935-2004)が1954年、18歳で発表したデビュー作で、父親と聡明で魅力的な女性との再婚を、父の愛人と自分の恋人を使って妨害し、最後はその相手の女性を死に追いやってしまうという、何だか陰湿な話であるようにも思えますが、ドロドロした恋愛小説と言うより、しゃれた青春小説のように読めた印象があります。

 新潮文庫の朝吹登水子(1917‐2005)の名訳で知られますが、2009年に河野万里子氏(1959- )の新訳が新潮文庫に加わり、これを読むと確かに現代的で読み易く、やはり朝吹訳はやや古風な感じがすることは否めないものの、それでも45年もの時間差はあまり感じられず、それだけ朝吹訳が当時としては"今風"にこなれていたということでしょうか(河野訳自体が朝吹訳のトーンを意識して継承しているようにも思えた)。

 今回読み直してみて、よくまあ18歳でこんなの書けるなあと改めて感心しました。大人の世界の出来事が子供から大人になりかけている少女に与える影響を描いているわけですが、大人たちの心理の内面には直接踏み込んでいないのが成功している理由かも。それにしても、18歳にして17歳の少女をここまで対象化して描いているのはやはり並の資質ではなかった...。

悲しみよこんにちは 映画 1957.jpg悲しみよこんにちは ちらし.jpg サスペンスフルであるとも言えるストーリーは、オットー・プレミンジャー監督の「天使の顔」(' 52年/仏)と似ているという話がありますが、そのオットー・プレミンジャー監督によって1957年にアメリカ映画化されています。
 映画は、現在の部分がモノクロで回想部分がカラーという作りなっていますが、南仏ニースの風景がたいん美しい(まるで観光映画)。監督が見出した新人ジーン・セバーグが主演、映画もヒットし、"セシルカット"と呼ばれるボーイッシュな髪形が流行したりもしました(その後ゴダール作品などで活躍したJ・セバーグだったが、1979年に自殺とみられる死を遂げている)。

「悲しみよこんにちは」1976年リバイバル公開時チラシ
Bonjour Tristesse [VHS] [Import]

ミレーヌ・ドモンジョ.jpg 映画では、恋多き父親をデイヴィッド・ニーヴン(戦争映画などとは違ったいい味出している。1983年に筋萎縮性側索硬化症で亡くなった)、前の愛人をミレーヌ・ドモンジョ(右写真:アメリカ映画にはこれが初出演)、新しい恋人をデボラ・カー(物語の結末上、個人的には、1982年にコート・ダジュールで自動車事故死したグレイス・ケリーと何となくダブる)が演じていますが、う~ん、役者は皆いいのですが、何となく原作悲しみよこんにちは r.jpgの雰囲気と違うような...(フランソワ・トリュフォーは、「映画がサガンを裏切っているかどうかなんて問題じゃない。プレミンジャーやセバーグにサガンが値するかどうかが問題なのだ」として、一方的に映画の方の肩を持っているが)。
デビッド・ニーブン/ミレーヌ・ドモンジョ/ジーン・セバーグ/デボラ・カー

フランソワーズ・サガン 2.jpg サガン自身はその後も佳作を産み出すものの、セレブとのパーティ三昧、生死を彷徨うスポーツカー事故、ドラッグ所持での有罪判決、ミッテラン元大統領との親密な交際、晩年の貧困の原因となったギャンブル等々、むしろゴシップ・メーカーとして目立った存在でした。

 そのサガンの人生を描いた「サガン―悲しみよこんにちは」('08年/仏)がディアーヌ・キュリス監督によって撮られ、個人的には観ていませんが、主演のシルヴィー・テステューは、サガンに雰囲気が似ていると評判のようです。

映画「悲しみよこんにちは」(1957)より
悲しみよこんにちは 映画10.bmp悲しみよこんにちは 映画3.jpg悲しみよこんにちは 映画4.jpg悲しみよこんにちは 映画5.jpg悲しみよこんにちは 映画6.jpg悲しみよこんにちは 映画7.jpg悲しみよこんにちは 映画8.jpg悲しみよこんにちは 映画2.jpg悲しみよこんにちは 映画1.jpg

悲しみよこんにちは 海外版ポスター.jpg悲しみよこんにちは 映画 1957 dvd.jpg「悲しみよこんにちは」●原題:BONJOUR TRISTESSE●制作年:1957年●制作国:アメリカ●監督・製作:オットー・プレミンジャー●脚本:アーサー・ローレンツ●撮影:ジョルジュ・ペリナール●音楽:ジョルジュ・オーリック●原作:フランソワーズ・サガン●時間:90分●出演:デボラ・カー/デイヴィッド・ニーヴン/ジーン・セバーグ/ミレーヌ・ドモンジョ/ジェフリー・ホーン/ジュリエット・グレコ/ワルター・キアーリ/ジーン・ケント●日本公開:1958/04●配給:コロムビア●最初に観た場所:有楽町・スバル座(80-06-06)(評価:★★★)●併映:「シベールの日曜日」(セルジュ・ブールギニョン)悲しみよこんにちは [DVD]

サガン 悲しみよこんにちは.jpg 「サガン―悲しみよこんにちは」(2008)

【2008年再文庫化(新潮文庫)】

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"手練れ"の域。多様性は拡がったが、1つの話がやや長いか。「逃げ水」が良かった。

宮部 みゆき 『あんじゅう―三島屋変調百物語事続』.jpg あんじゅう.jpg  『あんじゅう―三島屋変調百物語事続』(2010/07 中央公論新社)

 村の山の旱(ひでり)神に憑かれた少年が、自らの意に反して周囲の水を干上がらせていくため人々は困惑するが、少年はなぜか旱神と仲良くなる―(第1話「逃げ水」)。

 夭逝した双子の姉を模した人形を家族は大事にしたが、残された妹に慶事がある度に人形に無数の針が立ち、妹には針の跡のように発疹が出る―(第2話「藪から千本」)。

 幽霊屋敷と呼ばれるに空き家に住まうことになった夫婦と、屋敷の暗闇に潜む人ではない獣は、やがて互いに心を通わせ合うようになる―(第3話「暗獣」)。

 坊主のふりをして托鉢行脚をしていた破壊僧が訪れた村には閉鎖的な因習があり、ある村人を魔人に変えてしまう―(第4話「吼える仏」)。

 袋物屋の三島屋に事情があって身を寄せている娘おちかが、江戸中から集めた怖い話を百話になるまで聞いていくという『おそろし-島屋変調百物語事始』('08年)の続編で、前回同様に今回も4話ありますが、もう作者は、この形式においては"手練れ"の域にあると言っていいのでは。

 それぞれに趣向が異なり楽しませてくれますが、前作が単行本429ページだったのに対し、今回は563ページということで、1話当たり3割ぐらい長くなっている感じでしょうか。その分、話が本題に入る前に三島屋の周辺話もあったりして、客が話をしにやってくるまでの事情もよく書き込まれてはいますが、やや冗長感も...。

 幽霊や妖怪よりも怖いのは〈生身の人間>であるというのが1つのコンセプトだと思いますが、前作よりもバリエーションは拡がっている感じがしました。

 個人的には、第1話の「逃げ水」が、「水が次々消える」という突拍子もない出来事から始まるため引き込まれ、一番面白くもあったのですが、これなどは「日本むかし話」の世界に近いかも。

 第2話の「藪から千本」などは、むしろ基本コンセプトに近いものだと思いますが、こうなると『おそろし』の中にあった話にも近いかなあ(夭逝した子供の人形を作るという話は、ラテンアメリカの民話にもあったりはするが)。

 見開きごとにある南伸坊氏のイラストが、全体にほんわかした雰囲気を醸し、また状況説明の役割も担っていますが、第3話「暗獣」はそれが最も効いている感じで(結局これがタイトルと表紙イラストに)、作者的には新規性を感じましたが、一方で、やや<宮崎駿>的な感じもしました。
 それが、第4話「吼える仏」で、また人間の性とか業といったテーマに回帰しているといった感じでしょうか。

 自分としては「逃げ水」が一番好みで、「藪から千本」はドロっとした話ではあるものの、疱面の女性が淡々としているのが救い、あとの作品もまあまあで、星4つの評価は「逃げ水」に合わせたもの。

【2012年ノベルズ版[新人物ノベルス]/2013年文庫化[角川文庫]】

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ヤングアダルト向け時代物といった感じ。大人の読み物としてはやや物足りないのでは。

しゃばけ 2001.jpgしゃばけ』(2001/12 新潮社)しゃばけ 文庫.jpgしゃばけ (新潮文庫)

 2001(平成13)年・第13回「日本ファンタジーノベル大賞」(優秀賞)受賞作("大賞"ではない)。

 江戸で有数の回船問屋と薬種問屋と営む長崎屋の跡取り息子・一太郎は生まれながらの病弱であったため、祖父は佐助と仁吉という2人の手代をつけるが、彼らは人間の姿をしてはいるものの、実はそれぞれ犬神と白沢という妖(あやかし)。一太郎は、昔から人には見えない妖を見ることが出来、更に彼らが自分を守ってくれていることを知っている。若旦那と呼ばれながらも病弱のゆえ、ろくに仕事をさせてもらいない一太郎は、ある用事で夜中に外出した帰り人殺しの現場を目撃して犯人に襲われそうになるも、妖の助けでその場を逃れるが、その後、同じような類の殺人事件が連続して起きる―。

 作者の「しゃばけ」シリーズの第1作で、もともと懸賞応募小説だったためシリーズ化は意図していなかったとのことですが、その後、『ぬしさまへ』('03年)、『ねこのばば』('04年)、『おまけのこ』('05年)、『うそうそ』('06年)、『ちんぷんかん』('07年)、『いっちばん』('08年)、『ころころろ』('09年)、『ゆんでめて』('10年)と、コンスタントにシリーズ作品を生み出しており、最初のキャラクター設定がしっかりしていたというのもシリーズとして続いていった要因なのでしょう。

 この中で長編作品はこの『しゃばけ』と『うそうそ』だけで、後は短篇の連作ですが、そのためか、この作品がシリーズの中で一番面白いとする人も多いようです。個人的にもそんな気がしますが、一太郎の置かれている状況とその周辺の書き込み、妖(あやかし)それぞれのキャラクターや特性の紹介があって、やはりそれらを最初に読んだ時の新鮮さかなあ。

 事件及びその謎解きとしてはやや単調で、前述の書き込みがあるため冗長感も否めず、連続殺人事件ではあるけれども(妖が絡んでいるせいもあるが)何だか軽いなあという感じ。むしろ、一太郎の出生の秘密が明かされることの方が、シリーズ全体としては重要な出来事だったかも知れません。

 若い女性に人気があるシリーズといいうことですが、ファンタジーノベルでもあるため、中高校生が読みそうな「ヤングアダルト向け時代物」といった感じがしました(妖の台詞などは殆ど現代語であるし)。テレビドラマ化もされましが、これ映像化すると、妖(あやかし)が"仮装大会" になってしまうような...(観ていないが)。

 若い女性に人気が出たのは、一太郎の一見"草食系"風だが、実は芯が強く、男義もあるキャラクターの魅力かなと。全体にほのぼのしていて、色恋が絡んだどろっとした話が少なく、意図的にそうしたものを避けているような気もします(と思ったら、第2作『ぬしさまへ』の中に仁吉の恋の物語があったが(「仁吉の思い人」)、これとて妖の妖に対する千年も前の恋の話であり、極めてファンタジック)。

 シリーズ全体を通して勧善懲悪ストーリーで、読んでいて安心感はあるし、妖(あやかし)達が合議して事件解決に挑む姿は微笑ましいけれど、大人の読み物としてはやや物足りないのでは。

【2004年文庫化[新潮文庫]】

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作者初の時代ものにして、既に完成されていた。「片葉の芦」は傑作。

本所深川ふしぎ草紙 カバー.gif 本所深川ふしぎ草紙.jpg本所深川ふしぎ草紙本所深川ふしぎ草紙  文庫.jpg本所深川ふしぎ草紙 (新潮文庫)

 1991(平成3)年度・第13回「吉川英治文学新人賞」受賞作。

 近江屋藤兵衛が殺され、下手人は父の藤兵衛と折り合いの悪かった娘のお美津だという噂が流れたが、幼い頃お美津に恩義を受けたのが忘れられず、今も彼女への想いを抱き続ける職人の彦次には、どうしてもお美津が下手人であるとは思えず、独自に真相を探る―。(「片葉の芦」

 7篇から成る連作ですが、これ、作者の「初の時代ミステリ」だったのだなあ。30代そこそこの作品ですが、もうスタイルが完成されているように思えたため、"手練れの域"に達してからの作品だと思い込んでいました。

本所深川七不思議 かたはのあし.jpg JR錦糸町駅前にある人形焼きの「山田家」の包装紙にある「本所七不思議」に材を得たとのことで、タイトル的には「七不思議」をそのままなぞっていて、物語自体は当然のことながら作者の創作ですが、「七不思議」のロマンを壊さないように仕上げているのが巧み。備忘録的に他の6篇の内容を記すと―。

 「送り提灯」...大野屋のお嬢さんの恋愛成就のため願掛けを命じられた12歳の女中・おりんだったが、彼女が夜中に回向院に向かうと、提灯がつかず離れずついて来る。そしてある晩、願掛けの最中にその大野屋に押し込み強盗が―。

 「置いてけ堀」...24歳の子持ちの寡婦・おしずは、錦糸堀で"置いてけ堀"の噂が立っているのを聞き、何者かに殺された魚屋だった亭主が、成仏できずに浅ましい魔物の姿で現れたのではないかと思い、それを確かめようとする―。

 「落ち葉なしの椎」...今年18歳になる小原屋の奉公人・お袖は、回向院の茂七の言葉を契機に、周囲からそこまでしなくてもと言われても、自らに課した日課として、庭の落ち葉を掃く。そして、それを見つめる怪しい男が―。

 「馬鹿囃子」...おとしは、許婚の宗吉のことで話を聞いてもらいに伯父の茂七を訪れたが、若い娘ばかり狙って顔を切る"顔切り"が出没した折で、伯父は忙しい。その伯父の元には、お吉という娘が先客で来ていて、自分は誰と誰を殺したと茂七に話していた―。

 「足洗い屋敷」...7年前に母に死なれた大野屋の娘・おみよは、父・大野屋長兵衛の再婚相手である美しい義母・お静のことが好きだったが、ある晩おみよはお静の悲鳴で飛び起きる。お静には秘められた過去があり、そして今も―。

 「消えずの行灯」...二十歳になったばかりのおゆうは、小平次という男から変わった仕事の誘いを受けるが、それは、足袋屋・市毛屋に、永代橋が落ちた際に行方不明になったその家の娘・お鈴のふりをして奉公して欲しいというものだった―。

 1つ1つの作品の長さが、池波正太郎の「鬼平」シリーズや、平岩弓枝の「御宿かわせみ」シリーズと同じくらいでしょうか。
 それらと異なるのは、物語の"主体"が毎回変わることで、7篇を通して共通しているのは、主人公や話の中心となる人物が何れも10代から20代の少女乃至若い女性であることと、事件の真相を突き止め最後に解決するのが、回向院一帯を仕切っている古参の岡っ引・茂七であることでしょうか。

 実際この回向院の茂七、『初ものがたり』('95年/PHP研究所)では完全に主役になっていますが、作者はその間にも『震える岩』('93年/新人物往来社)で「霊験お初捕物控」と言うべき別の連作を書いています。

 茂七を主人公としたものは、NHKで'01年から'03年にかけて3回に分けてドラマ化されています(主演:高橋英樹)。
 「鬼平」や「かわせみ」みたいに1つのパターンで"恒久的"に続けることはしないのが「宮部流」と言えるのかも。
 茂七を主人公とした原作が足りなかったのか、NHKでは茂七が登場しない作品(『幻色江戸ごよみ』など)までも、脚色して茂七を主人公にしてドラマ化したりしています。

 最近の作者の作品は、岡っ引さえも滅多に登場していないのでは。
 この連作の頃は、近作よりも1話当たりの話が短く、その分密度の濃さを感じます(第1話の「片葉の芦」が特に素晴らしいと思った。テレビで放送したのは3年目(「茂七の事件簿(3)ふしぎ草紙」)の第1話において)。

茂七の事件簿.jpg茂七の事件簿 nhk.jpg「茂七の事件簿(1)ふしぎ草紙」●演出:石橋冠/加藤拓●制作:小林千洋/大山勝美●脚本:金子成人●音楽:坂田晃一●原作:宮部みゆき「本所深川ふしぎ草紙」「初ものがたり」「幻色江戸ごよみ」●出演:高橋英樹/原田芳雄/淡路恵子/仁科貴/河西健司/あめくみちこ/本田博太郎●放映:2001/06~09(全10回)●放送局:NHK ※「茂七の事件簿(2)新ふしぎ草紙」2002/06~09(全10回)/「茂七の事件簿(3)ふしぎ草紙」2003/07~09(全5回)

【1995年文庫化[新潮文庫]】

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原作より訓話的かつ現実的(解説的)。大人の鑑賞にも耐え得る作品にするための戦略か。

風の又三郎 vhs.jpg風の又三郎 映画1.jpg風の又三郎 片山明彦.jpg 童話集  風の又三郎.bmp
「風の又三郎」'40年 日活 /片山明彦(又三郎) 「童話集 風の又三郎 他十八篇 (岩波文庫)

風の又三郎 [VHS]」日活文芸コレクション(1997)

風の又三郎 1940vhs.jpg 北海道から東北の山間の小学校へ転校してきた5年生の少年・高田三郎(片山明彦)に、地元の子供達は、転校してきた日が二百十日であったため「風の又三郎」という綽名を付ける。新参者に興味を示し、一緒に遊んだりしながらも距離を置く子供達―ある日、ガキ大将の一郎(大泉滉)が相撲を挑み、三郎少年は投げ飛ばされてしまう。調子に乗ったガキ大将が「くやしかったら風を呼んでみろ」とからかった直後、本当に大風が吹き、台風が来襲する。そして、その翌日、彼は別の学校へ転校していったため、子供達は少年が本物の「風の又三郎」だったのだと確信する―。

『風の又三郎』2.jpg  宮澤賢治(1896‐1933)による原作は、作者没後の1934(昭和9)年に発表されたもので、大正年中に書いたものをコラージュして1931(昭和6)年から1933(昭和8)年の間に成ったものとされており、これまで何度か映画化されていますが、最初に映画化された島耕二(1901‐1986)監督のこの作品が、最も原作の雰囲気を伝えているとされているようです。

『風の又三郎』1.jpg風の又三郎1940年.jpg 前半部分は野山を廻って遊ぶ子供達を生き生きと描いた野外シーンが殆どで、そうした中、子供達は三郎(片山明彦)との距離を狭めたり(子供達が三郎少年を守ろうとする場面もある)、また遠ざけたりを繰り返します。

風の又三郎 1940.bmp 最初、教師が詰襟っぽい制服姿で出てきたので、時代設定を映画制作時の昭和15年に置き換えたのかと思いましたが、そうではなく原作通りでした(学校も藁ぶき屋根! 但し「分校」なのだが)。洋服の三郎少年に対し地元の子供達は着物姿であるため、映像で観るとよりその対比が際立ち、冒頭で既に三郎少年と子供達は一つになることはないような予感がしてしまいました。実際に原作も、子供達が自らのコミュニティ(「地元の子供」という1つの村社会)で結束して部外者を排除したプロセスを描風の又三郎ro.jpgいたととれなくもありません(その場合「又三郎」そのものに"魔的"な意味合いが加味される)。

 映画でも、「台風」が子供の成長の通過儀礼としての象徴的役割を果たしているように思いましたが、"魔的"な体験をくぐり抜けた(三郎少年と同学年の嘉助(星野和正)については特にそのことが言える)ことと併せて、三郎少年が去った後の子供達の「もっと一緒に遊びたかった」という言葉の中に自責の念のようなものも感じられ、その分、"大人になった"という捉え方もできるかもしれません(ある意味、訓話的。まさか、疎開してきた子とは仲良くしましょうという意味ではないと思うが-この映画は太平洋戦争勃発の前年に作られているわけだし)。

 映像技術的には、子供達が牧場で悪戯して馬群が野を駆けだすシーンは圧巻、モノクロ映画の良さが滲み風の又三郎d6.jpg風の又三郎L.jpg風の又三郎Z.jpg出ています。一方で、嘉助が霧の中で迷って昏倒した際に、三郎少年がガラスのマントを着て空を飛ぶ姿を見る場面で、「ガラスのマント」が濡れたビニールにしか見えなかったりもしますが、とにかく特撮からアニメまで駆使して頑張ってるなあという感じ。

【映画チラシ】風の又三郎島耕二注文の多い料理.jpg 最も原作と異なると感じたのは、原作は、三郎少年は「風の又三郎」だったかも知れない的な、子供達の心象に沿った捉え方も出来る終わり方をしていますが、映画では、例えば、「風を呼んでみろ」と言われた時に三郎少年がちらっと空模様を窺ったりする演出があるなど(『三国志』吉川英治版「諸葛孔明」か)、彼が「風の又三郎」ではないことをはっきりさせている点でしょうか(言わば単なる頭のいい子に過ぎない)。

 彼が2週間足らずでまた転校していたのも、その地のモリブデン(当時日本の軍用ヘルメット等の素材として需要があった)の鉱脈がさほどのものでなかったことが判明したため鉱山技師の父が次の調査地へ赴任することになったのが理由であることが教師の言葉から解り、賢治は後期作品ほどリアリズムの色彩が濃くなりますが(三郎少年のような垢抜けた子が、こんな田舎の子と接触することになる状況設定としては巧み)、映画は更に現実的(解説的)に作られていると言えるかも。

 そのことと、子供達、とりわけ嘉助が「又三郎」信奉を深めていくこととは別に描いており(最後は一郎(大泉滉)も"信奉者"に巻き込み、この部分はある意味原作に近い)、大人の鑑賞にも耐え得る作品に仕上げながら、子供の夢をも壊さないという1つの戦略かなとも思いました。

 賢治が教え子(沢里武治)に作曲を頼んだが成らなかったという「どっどどどどうど」の唄(ピアニスト・杉原泰蔵による作曲)が聴けます(NHK教育テレビ「にほんごであそぼ」の野村萬斎のとは随分違うなあ)。

風の又三郎 映画2.jpg『風の又三郎』.jpg大泉 晃.gif 三郎少年を演じた片山明彦(1926-2014/享年86)は島耕二監督の実子、子供達のリーダーで学校で唯一の6年生の一郎を演じているのは大泉滉(1925‐1998/享年73)、そのほか、嘉助の姉(原作には出てこない)役で風見章子(1921‐2016/享年95)が出演しています。

左:大泉滉(一郎)/右:片山明彦(三郎)

 1957(昭和32)年に村山新治監督、1989(平成元)年に伊藤俊也監督によりリメイク作品が撮られています。

風の又三郎y8sA.jpg神保町シアター.jpg「風の又三郎」●制作年:1940年●監督:島耕二●脚本:永見隆二/池慎太郎●撮影:相坂操一●音楽:杉原泰蔵●時間:98分●出演:片山明彦/星野和正/大泉滉/風見章子/中田弘二/北竜二/林寛/見明凡太郎/西島悌四朗/飛田喜佐夫/小泉忠/久見京子/中島利夫/南沢昌平/杉俊成/大坪政俊/河合英一/田中康子/南沢すみ子/川島笑子/美野礼子●公開:1940/10●配給:日活●最初に観た場所:神保町シアター(10-07-24)(評価:★★★☆) 神保町シアター 2007(平成19)年7月14日オープン

片山明彦

「風の又三郎 ガラスのマント」(1989年/監督:伊藤俊也)
「風の又三郎」1940年 日活.jpg風の又三郎 [VHS]500_.jpg

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部分的にはいいが、全体的には"文学"の部分も"ミステリ"の部分も共に中途半端。

光媒の花.jpg光媒の花』(2010/03 集英社)

 2010(平成22)年・第23回「山本周五郎賞」受賞作。

 印章店を細々と営み、認知症の母と2人、静かな生活を送る中年男性。ようやく介護にも慣れたある日、幼い子供のように無邪気に絵を描いて遊んでいた母が、「決して知るはずのないもの」を描いていることに気付く―。(「隠れ鬼」)

 「隠れ鬼」「虫送り」「冬の蝶」など6章から成る短篇連作で、何れもミステリ性はそれほど前面に出されておらず、むしろ文芸小説のような雰囲気もあり、今洋モノの推理小説などでも"文学的ミステリ(文芸推理)"のようなものが流行っていますが、それの日本版かなといった印象を受けました。

 「山本周五郎賞」受賞作ということで、『カラスの親指』(140回)、『鬼の跫音』(141回)、『球体の蛇』(142回)に続く作者4連続目の直木賞候補作(143回)であり、『月と蟹』での直木賞受賞(144回)へのステップになった作品とも言えます。

 冒頭の「隠れ鬼」を読んだ時はなかなか面白いと思ったのですが、全体を通しては、"文学的ミステリ"としては軽いかなという印象で、もともとミステリの部分が抑えられているために、"文学"の部分も"ミステリ"の部分も、共に中途半端になった感じがします。

 構成的にも、それぞれの話が少しずつ被っているものの、「虫送り」と「冬の蝶」の関係が微妙に絡んだものである外は(ここだけ連作的)、あまり設定を被せる必然性が感じられず、最後の「遠い光」で冒頭の印章店が出てきてあっと思わせますが、これも、6話全体をインテグレーションするようなものにはなっていなくて肩透かし気味。同じく連作モノである、東野圭吾の『新参者』('08年/講談社)の上手さを改めて感じてしまいました。

 「冬の蝶」に出てくる不幸な少女の話なども、ストーリーのための材料という印象が拭えず、質感を伴った暗さではないため感動にも結びつきにくく、その分、ホラー作家出身の作者の器用さばかりが目立ってしまいました。

 ただ、それぞれの物語において、成長した登場人物が自分の幼年期の記憶を辿る部分の描写などは秀逸で、そうした部分はまさに"文芸的"であり、筆力も感じました。
 全体に、「これ、山本周五郎賞?」と言いたくなるような小ぢんまりとした作品が多いために、その部分の「密度の濃さ」が却って印象に残りました。


【2012年文庫化[集英社文庫]】

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「文芸」と「ミステリ」が入り混じったような作品。どちらに軸を置いて読めばいいのか...。

球体の蛇.jpg 『球体の蛇』(2009/11 角川書店)

 1992年秋、17歳だった私・友彦は両親の離婚により、隣の橋塚家に居候していた。その家には、主の乙太郎さんと娘のナオが住み、奥さんと姉娘サヨは7年前、キャンプ場の火事が原因で亡くなっていた。乙太郎さんの手伝いとして白蟻駆除に行った屋敷で、私は死んだサヨによく似た女性に出会い、もともとサヨに憧れていた私は、彼女に激しく惹かれ、夜ごとその屋敷の床下に潜り込み、老主人と彼女の情事を盗み聞きするようになる―。

 作者の3連続目の直木賞候補作で、「文芸」と「ミステリ」が入り混じったような作品ですが、作者によれば、初めてミステリでない、つまりトリックを入れないで書いた小説であるとのことです。

 確かに「文芸」のウェイトは高いかと思いますが、どう見てもミステリの要素も入っていて、それがストーリーに大きな影響を及ぼしており、どちらに比重を置いて読んでいいのか、読んでいてやや戸惑いました。

 主人公の抱えているサヨの自殺に纏わる秘密―しかし、主人公以外の登場人物もそれぞれに秘密を抱えており、真相は1つに絞り切れない―最終的な解を示さない点ではミステリではないのかもしれませんが、文芸小説として読むならば、あまりに都合よくそれぞれの告白の内容が重なり過ぎているように思いました。

 そういうのを考えつくだけでも大した才能だと思うし、ドロッとした話を透明感のある切なさのような余韻を残して締め括っているのも、これまた大した筆力だと思いましたが、「文芸」であるならば、行間から伝わってくるはずのドロっとした感じがまだ足りないような気がし、「ミステリ」であれば、逆にノスタルジックな書き込みとかが邪魔にも感じられてしまう―この混ざり具合がこの作家の特質なのでしょうが、物語に入り込む前に、物語自体が器用に作られているなという印象が拭い切れませんでした。

 直木賞選考委員の内、若手ミステリ作家を比較的推す傾向にある北方謙三氏の評は、「力量は充分であるが、描写が稠密で、読みながら私は、息苦しさを感じ、簡潔を求めた」と言い(但し、この人だけが候補としてこの作品を推した)、宮城谷昌光氏も「情念に深入りすると作品の明度が低下すると警告したい」と言っています。

 分かり易いのは、浅田次郎氏の「小説に明確なテーマを据えたのは大きな飛躍である。また反面、その新たなる飛躍が、作者を呪縛しているミステリの手法との間に軋轢を生じた」「一般読者のみならずとりわけミステリーファンには納得できなかったのではあるまいか」という評。

 選考委員が、作者にミステリ以外のものも期待しながら、結局は作者をミステリ作家として見ていることがよく窺えます(自分もほぼ同じ立場だが)。

【2012年文庫化[角川文庫]】

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結末は凝り過ぎてリアリティが犠牲になったが、"コン・ゲーム"のプロセスは十分面白かった。

カラスの親指.jpg  カラスの親指(映画).jpg 2012年映画化(監督:伊藤匡史 出演:阿部寛/村上ショージ/石原さとみ)
カラスの親指 by rule of CROW's thumb』(2008/07 講談社)

 2009(平成21)年度・第62回「日本推理作家協会賞」受賞作。

 友人の借金を背負わされた挙句、闇金融の債権回収の手先となって債権者を自殺させてしまったという暗い過去を持つ武沢は、自分に対して詐欺を行おうとした男・テツさんと一緒に詐欺師の仕事をするようになる。ある日、人生の敗北者であるこの中年二人組のところへ1人の少女・まひろが舞い込み、さらにその姉と太った恋人の男もやってきて、5人での奇妙な共同生活が始まる―。

 武沢が知り合った男テツさんも暗い過去を持ち、最初は何だか重苦しい雰囲気がありましたが、まひろが2人のところに来てからややコミカルになり、更に5人での生活になってから、あたかも1つの家族が形成されたようになり、この辺りの描写がなかなか面白かったです。

 やがて彼らは債権回収を行っているチンピラどもに仕返しをすべく、ある計画を練り、いよいよそれを実行に移すのですが、ここまでプロセスは本当にテンポよく大いに楽しめました。そして、最後にドンデン返しが―。確かに読者の意表を突くものではありますが、これ、賛否が割れるだろうなあ。

 作者の最初の直木賞候補作ですが、選考委員の意見も割れたようで、渡辺淳一氏のように「ドラマチックにすればするほど、リアリティが薄れてつまらなくなる」として推さなかった委員もいましたが、宮城谷昌光氏などは、同じく「最終章でリアリティがすべて吹き飛んだ」としながらも、「こういう知的な作業がなされた小説は滅多に現れるものではない」として評価していました(一番推したのは、「出色の小説だった。評者もすっかり騙された口の一人である」としている故・井上ひさし氏か)。

 個人的には、やはりこの意外な結末はリアリティを大いに犠牲にしているとは思いますが、それでもこうしたプロットを考えるだけでも凄いと思われ(宮城谷昌光氏の感想に近いかなあ)、感心したのは、武沢とまひろの"偶然"の出会いに説明がついていること(「こうしてると、まるで家族みたいですよね」といった言葉も後で読み返すと効いている)、一方、もっともリアリティに欠けると思われたのは、「演技の持続性」の問題でしょうか(「動機」と「手段の煩雑さ」のバランスの問題など他にもあるが)。

 暗い過去を持った男女が集まり、自らが負った傷から恢復していく、その過程の描かれ方に何かほっとしたようなものを覚え、さらに彼らが共同して1つのプロジェクトを実行する―このままストレートに"コン・ゲーム"を完遂させてあげた方が、よりカタルシス効果の大きい話になったのではないかとも思われますが、この作者はそんな一筋縄の話は書きたくないのかな。

 プロット・アイデアは誰もが認めるものだと思いますが、犠牲になったものに対するマイナス評価の度合いが、作品全体の評価の分かれ目でしょうか。

【2011年文庫化[講談社文庫]】

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