【1875】 ◎ 労働政策研究・研修機構 『日本の雇用終了―労働局あっせん事例から (JILPT第2期プロジェクト研究シリーズ④)』 (2012/03 労働政策研究・研修機構) ★★★★★

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労働法から遠い世界にある雇用終了の実情? 判例規範とは別ルールが存する「あっせん」の場の実態を示す。

濱口桂一郎 日本の雇用終了.jpg  121201 講演と渾身の夕べ1 (2).JPG 濱口桂一郎氏 (社会保険労務士稲門会・第12回「講演と渾身の夕べ」 1212年12月1日/ホテル銀座ラフィナート)
日本の雇用終了―労働局あっせん事例から (JILPT第2期プロジェクト研究シリーズ)』[労働政策研究・研修機構]

 労働政策研究・研修機構の編集による本ですが、実質的には同機構統括研員の濱口桂一郎氏の執筆によるものです。労働局の個別労働紛争のあっせん事例の紹介が本書の大半を占めますが、今まであまり触れられることのなかった実証的な記録であるとともに、日本の雇用社会の実態が浮き彫りにされていて興味深く読みました。

 紹介されているあっせん事案の調査対象年度は2008年度で、この年の総合労働相談件数は約107万件、内、あっせんに至ったものは8,475件(1%未満)。その中から1,144件のあっせん事案を抽出して紹介・分析していますが、その多くは、解雇、雇止め、退職勧奨、自己都合退職などの雇用終了事案であり、そのため「日本の雇用終了」というタイトルになっているわけです。

 紹介されている事案の約7割が100人未満の中小企業におけるあっせんであると見込まれ(労働組合の組織率の低さが背景にあると考えられる)、著者はそれらの事案から、裁判に至らないこうしたあっせんの段階では、職場の暗黙のルールとしての法(「フォーク・レイバー・ロー」)が、司法上の「判例規範」とは別に存在しているということを指摘しています。

 その最たるものが「態度」が悪ければ雇用終了となるというルールであり、「能力」不足による解雇とされた事案であっても、「能力」の捉え方の主観・客観の判断区別が曖昧であることも相俟って、実は「態度」が悪いから解雇に至ったというような事案が多くみられます(コミュニケーション不全や職場仲間との協調を乱すことを含む)。

 興味深いのは、判例法理上は「態度」や「能力」だけを解雇理由とするのは認められ難いというのが一般論であるのに対し、あっせんの場では、そうしたことが企業側の主張にとどまらず、ひとつのア・プリオリな規範になっているということです。また、立法府によって2007年に成立した労働契約法において、法案審議過程で討議されることもあったものの最終的には条文に織り込まれなかった「金銭補償による雇用契約の終了」が、行政が主導するあっせんの場においては、少なくとも裁判例の数十倍もの規模でそのことが行われているという見方ができる点でも興味深いです。

 中小企業の実態と労働法や判例法理との乖離は、多くの中小企業が、経営不振という理由だけで極めて簡単に「整理解雇」を行っていて、真に経営上の理由であるかどうか疑わしいケースも中には含まれていると考えられる点についても言えます。

 しかしながら実際のあっせんの場では、そうしたことの正否よりも労働者側と会社側の合意とりつけに重きが置かれていること、日本は整理解雇に対する判例法理上の規制が強いという一般通念とは別の次元で、解決金という名の下に、金銭補償による雇用契約の終了が行われていることが、本書から如実に窺えます(あっせんという制度そのものがそうした性格を帯びているとも言える。弁護士などが行っているADRでも同じようなことはあると思うが、今それを行政が率先して行っている)。

 現行の労働法制の在り方、労働行政との乖離に対する問題提起にもなっており、こうした乖離の実態をどうすればよいかについては様々な論議があるかと思いますが、個人的に気になったのは、1,114件のあっせんの内、被申請人(企業側)の不参加によりあっせんが打ち切られたケースが42.7%と半数近くにのぼることです。

 労働審判と異なり、任意の制度として被申請人の不参加が認められている以上やむを得ないのかもしれませんが、実質的なあっせんの手続きにすら入ろうとしない企業が多いのはいかがなものかと(大企業・中堅企業でも、不参加企業がある)。

 こうした係争に費やす労務コストは少なからずのものがあるかと思いますが、解決金の額は平均水準ではそれほど高額にはなっておらず(10万円以上20万円未満が最も多い)、係争を長引かせ労働審判や裁判に持ち込まれるよりは(或いはユニオンに駈け込まれるよりは)、企業側もあっせんの場を"積極利用"して早期に決着した方が、代理人を立てた場合の費用なども含めトータルでは安く済むのではないでしょうか。

 企業側不参加の事案であっても、企業側が事前に「回答書」を提出するなどしているケースが多いため、必ずしも申請人(労働者側)の主張のみしか分からないというものばかりではありません。それらを併せ読むと、労使「相互被害者意識」のトラブルが多く、中には、申請人が所謂「モンスター社員」ではないかと疑われるケースもあります。こうした社員は、企業規模に関わらずどの会社にも一定割合でいるのではないでしょうか。企業側からすれば、「こんなヤツに解決金を払ったんじゃ他の社員に示しがつかない」ということで、あっせんそのものに乗り気でない(或いはあっせん内容に満足しない)ケースもあるではないかと思いました。そうした事情があったとしても、個人的には、これは企業側も大いに活用すべき制度であると考ます。

 濱口氏の本は、一般向けであっても堅めのものが多いのですが、本書は事例集なのでとっつき易く、また、著者なりの分析も簡潔明瞭で、企業規模を問わずお薦めです。

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This page contains a single entry by wada published on 2013年5月 1日 00:56.

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