【2810】 ◎ 杉江 松恋 『読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100 (2013/10 日経文芸文庫) ★★★★☆

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100冊の概要にとどまらず、100人の作家の概要がコンパクトに収められている。

海外ミステリーマストリード100.jpg海外ミステリー マストリード100 .jpg 杉江 松恋.jpg 杉江 松恋 氏
読み出したら止まらない! 海外ミステリー マストリード100 (日経文芸文庫)』['13年]

 書評家である著者個人が選んだ海外ミステリーの必読書100選のガイドブック。第1部「マストリード100」では、1929年のアントニイ・バークリーの『毒入りチョコレート事件』から、2010年のデイヴィッド・ゴードンの『二流小説家』まで、1作家1作に限定して100作品が「原著刊行順」に並んでいて、1つの作品の紹介が3ページほどですが、その中に「あらすじ」「鑑賞術」「さらに興味を持った読者へ」「訳者、そのた情報」とコンパクトに収められています。

 その作家の代表作もさることながら、その作家のどの作品から読み始めればいいかという観点が織り込まれた選本になっていて、さらに、次にその作家のどの作品に読み進めばいいのか(或いは、他の作家の作品で似たジャンルやモチーフの作品にどのようなものがあるか)といった読書案内的な構成になっています。あくまでも著者個人が考えるベスト100であるとのことですが、ざっと見てみると―。

ガラスの鍵 光文社古典新訳文庫.jpgマルタの鷹〔改訳決定版〕.jpgxの悲劇 角川文庫.jpg ダシール・ハメットについては『ガラスの鍵』(1931)を取り上げ、『赤い収穫』(1929)、『マルタの鷹』(1930)は「さらに興味を持った読者へ」の方で紹介し、エラリイ・クイーンについては、『シャム双生児の秘密』(1933)を取り上げ、『Ⅹの悲劇』(1932)などは同じく後段での「さらに興味を持った読者へ」の方での紹介に回しています。
   
ポワロのクリスマス book - コピー.jpg名探偵ポワロ/ポワロのクリスマスL.jpg大いなる眠り.jpg アガサ・クリスティーについて『ポアロのクリスマス』(1938)を選んでいるのは結構ユニークにも思えますが(個人的にはデビッド・スーシェのテレビドラマ「名探偵ポワロ」で観た)、選んだ理由を読むと納得。レイモンド・チャンドラーについては第1作の『大いなる眠り』(1938)ではなく、第2作の『さらば愛しき女よ』(1940)を選んでいます。
    
太陽がいっぱい.jpg死刑台のエレベーター000.jpg パトリシア・ハイスミスの『太陽がいっぱい』(1955)、ノエル・カレフの『死刑台のエレベーター』(1956)は共に映画化作品が超有名ですが、映画と原作の違いをわかりやすく解説しています(特に『死刑台のエレベーター』は、映画版と原作は、物語の性質がまったく違う別の作品と言っていいとしている)。

ナヴァロンの要塞 カラージャケット.jpgThe Wycherly Woman.bmpウィチャリー家の女.jpg アリステア・マクリーンの『ナヴァロンの要塞』(1957)は、冒険小説によくある「~せよ」というタイトルの使命遂行型作品の元祖であるとのこと(なるほどね。そうしたタイトルになっていないので今まで意識しなかった)。これも順当ならば、ロス・マクドナルドについて、『ウィチャリー家の女』(1961)がきているのも順当ではないでしょうか。
    
深夜プラス1ミステリ文庫1.jpgジャッカルの日 (1973年) .jpg ギャビン・ライアルの『深夜プラス1』(1965)然りです。これもまあ、ギャビン・ライアル作品の中では断トツに有名な作品なので異論のないところではないでしょうか。それが、フレデリック・フォーサイスとなると、『ジャッカルの日』(1971)を選んでいますが、ほかにも同じく映画化された超有名作で『オデッサ・ファイル』(1972)や『戦争の犬たち』(1974)などがあります。ただ、1つ選ぶとなるとやはり『ジャッカルの日』でしょうか。
       
百万ドルをとり返せ!.jpgケインとアベル 上.jpgケインとアベル下.jpgシャイニング(上).gif ジェフリー・アーチャーには、著者もその代表作としている『ケインとアベル』(1981年)などの大河小説がありますが、最初に読むのならばやはり『百万ドルをとり返せ!』(1976)がお薦めということになるのでしょう。スティーヴン・キングも、ありすぎるぐらい沢山ありますが、1冊となると『シャイニング』(1977年)になるのだろうなあ。

針の眼.jpg推定無罪下.jpg推定無罪 上.jpg ケン・フォレットも『大聖堂』(1989)などの大河小説がありますが、1冊となると『針の眼』(1978)で決まりでしょう。戦争冒険小説ですが、人間ドラマをかませたところに読みどころがあるとの著者の意見に納得。スコット・トゥローの『推定無罪』(1987)も順当かと思いますが、100選に同じく弁護士出身の作家ジョン・グリシャムの作品を入れないで、このスコット・トゥローを入れているところは著者のこだわり?

検屍官.jpg極大射程 新潮文庫 下.jpg パトリシア・コーンウェルの『検屍官』(1990)が、CBSで2000年に放送が始まった「CSI:科学捜査班」に影響を与えたという著者の見方には同意見です。でも、ケイ・スカーペッタ シリーズって映画化されていないなあ。スティーヴン・ハンターの『極大射程』(1993)は、主役が当初予定されていたキアヌ・リーブスからマーク・ウォールバーグに代わりはしたものの、しっかり映画化されています。
     
ボビーZの気怠く優雅な人生.jpgボーン・コレクター 単行本.jpg ドン・ウィンズロウは『ボビーZの気怠く優雅な人生』(1997)を持ってきたかあ。ただし、デビュー作『ストリート・キッズ』(1991)から始まる"ニール・ケアリー"シリーズ全5作も、ぜひ第1作から読んでもらいたいとしています(個人的№1は、本書でも紹介されている「翻訳ミステリー大賞」受賞作の『犬の力』(2005)だが)。ジェフリー・ディーヴァーは『ボーン・コレクター』(1997)を持ってきています。これは、主人公の犯罪学者リンカーン・ライムが四肢麻痺の、言わば"安楽椅子探偵"であることの経緯と状況を理解するうえでも、第1作からということになるのでしょう。

女彫刻家 ミネット ウォルターズ 文庫.jpgダ・ヴィンチ・コード 上.jpg ミネット・ウォルターズはエドガー賞の『女彫刻家』(1993)ではなく、犯人当てに特化したという意味で入りやすい構造を持つ作品として『破壊者』(1988)を挙げています。ダン・ブラウンも、世界的な大ベストセラーとなった第4作『ダ・ヴィンチ・コード』(2003)ではなく、ロバート・ラングドン教授が初登場した第2作『天使と悪魔』(2000)を挙げていて、これも『ボーン・コレクター』同様、探偵役の主人公の特性(教授の専門は宗教象徴学)を理解したうえで読み進んだ方が読み進みやすいだろうとの配慮かと思われます。

 基本的には1929年から2010年に発表され、2013年までに訳出されて現在も読める本から選んでいますが(第1部)、巻末の第2部では、アラン・ポー、コナン・ドイル、G・K・チェスタトン、モーリス・ルブランなど、それ以前の古典的探偵小説に触れるとともに、今は絶版になってしまって古本屋で探すなどしないと読めなくなってしまったハードボイルドの名作なども紹介しています。

 作品解説と同時に作家解説になっていて、100冊の概要にとどまらず、100人の作家の概要がわかるという意味では、文庫書下ろしながら、充実した内容だと思います。その分1作当たりの内容の紹介がやや物足りないと言えなくもないですが、ミステリなので、あまり事前に細かく内容を知ってしまってもいうのもあるし、これはこれでいいのかも―ということでお薦めです。

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