【098】 ◎ フリッツ・パッペンハイム (粟田賢三:訳) 『近代人の疎外 (1960/07 岩波新書) 《(1995/02 岩波同時代ライブラリー)》 ★★★★☆

「●働くということ」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【097】 黒井 千次 『働くということ
「●哲学一般・哲学者」の インデックッスへ 「●社会学・社会批評」の インデックッスへ
「●岩波新書」の インデックッスへ

「働くということ」とはどういうことなのかを哲学的に考察したい人に。

近代人の疎外11.JPG近代人の疎外1112.JPG近代人の疎外 (1960年).jpg 2602150.gif
近代人の疎外 (1960年)』岩波新書(著者が「自己疎外」の概念を説明するために引用したゴヤの「歯を求めて」)『近代人の疎外』 岩波同時代ライブラリー 

 本書は、ヘーゲルからマルクス、フロム、サルトルなどへと引き継がれた「疎外論」とそれらの違いを追うとともに、「疎外」が近代生活において重要な問題であることを、テクノロジーや政治、社会構造の変化といった観点から分析しています。

 とりわけ著者は、マルクスが初期に展開した、資本主義の拡大による労働力の商品化や搾取、いわゆる商品支配の増大によって「疎外」が生じたとする労働疎外論に注目し、歴史的要因への固執に対し批判を加えながらも、それがドイツの社会学者テンニエスの「ゲマインシャフト(共同社会)」から「ゲゼルシャフト(利益社会)」への変化を本質意志から選択意志への移行と関連づけた考え方と重なるものとしています。
 そして、この疎外を克服するための方法は、宗教でも哲学でも教育でもなく、社会構造そのものが変わらなければならないだろうとしています。

近代人.jpg 原著は'59年の出版。著者はドイツで経済学、社会学、哲学を学んだ後、ナチスに追われ米国に亡命した人で、本書で展開される著者の「疎外論」は、アメリカ社会心理学の系譜にあるかと思われますが、哲学的かつ広い視野での社会分析がされています。

 当初、岩波新書('60年刊)にあり、'60年代の「疎外論」ブームで版を重ねましたが、実存主義やマルクス主義の沈滞と同調して忘れ去られかけていたものが、ライブラリー版で復活したものです。

 イギリス人の日本研究家であるR・ドーアも近著『働くということ―グローバル化と労働の新しい意味』('05年/中公新書)の中で「ゲマインシャフト」から「ゲゼルシャフト」への変化に触れていましたが、株主資本主義が幅をきかす昨今、企業内で働く個人、およびその個人と他者との関係はどうなるのかというテーマは、ますます今日的なものになってくるかと思います。

 また、マルクス、テンニエスの社会思想やサルトルの実存哲学などをわかりやすく解説しているという点でも良書。
 翻訳もこなれているので 「働くということ」とはどういうことなのかを哲学的に考察したい人にも良い本だと思います。

《読書MEMO》
●疎外=自分自身にとって見知らぬ他人となってしまった人間の状態(新書3p)
●疎外された人間はしばしば大いに成功を収めることがある。それはある種の無感覚を生み出す。したがって、その人が自分自身の疎外を自覚することはなかなかむずかしい。(新書5p)
●政治からの疎外...朝鮮戦争で戦場の兵士に何故この戦争に加わっているのかを聞くと「まあボールが跳ねているようなものさ」としか答えられなかった。(新書64p)
●本質意志⇔ゲマインシャフト、選択意志⇔ゲゼルシャフト(新書86p)
●動物は肉体的欲望に支配されて生産するが、人間は、肉体的欲望から自由である場合に初めて本当に生産する〔経済学・哲学草稿〕。(新書108p)
●作家フォークナーのエピソード...個人攻撃は悪趣味だが、売れ行きの良い商品となる(裁判費用は損失勘定、売れ行き増加は利益勘定に)(新書123p)→著述家さえも商品支配の下にある

About this Entry

This page contains a single entry by wada published on 2006年8月14日 09:01.

【097】 ◎ 黒井 千次 『働くということ―実社会との出会い』 (1982/01 講談社現代新書) ★★★★☆ was the previous entry in this blog.

【099】 ○ 長山 靖生 『若者はなぜ「決められない」か』 (2003/09 ちくま新書) ★★★☆ is the next entry in this blog.

Find recent content on the main index or look in the archives to find all content.

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1