【2758】 ◎ チャールズ・ハンディ (埴岡健一:訳) 『もっといい会社、もっといい人生―新しい資本主義社会のかたち』 (1998/11 河出書房新社) ★★★★★

「●マネジメント」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【105】 ドラッカー 『明日を支配するもの
○経営思想家トップ50 ランクイン(チャールズ・ハンディ)

あるべき資本主義を説いた経営論であるとともに、企業人のための人生論でもある。

もっといい会社、もっといい人生68.jpgもっといい会社、もっといい人生0_.jpg The Hungry Spirit.jpg チャールズ・ハンディ.jpg Charles Handy
もっといい会社、もっといい人生―新しい資本主義社会のかたち』(1998/11 河出書房新社)"The Hungry Spirit" (1997)

チャールズ・ハンディ ド.jpg 「イギリスのドラッカー」とも呼ばれ、英国のみならず欧州を代表する経営思想家であるチャールズ・ハンディ(Charles Handy、1932年生まれ)の著作(原題:The Hungry Spirit: Purpose in the Modern World,1997)で、チャールズ・ハンディはオックスフォード大学で哲学を専攻した後シェル石油の幹部となるも早々に辞めてMITのスローンスクールを経て、ロンドン・ビジネススクールの設立に関わった現代経営学の権威です。彼の著作の本邦訳は『ディオニソス型経営―これからの組織タイプとリーダー像』('82年/ダイヤモンド社)、『ビジネスマン価値逆転の時代―組織とライフスタイル創り直せ(The Empty Raincoat)』('94年/阪急コミュニケーションズ)、『パラドックスの時代―大転換期の意識革命(The Age of Paradox)』('95年/ジャパンタイムズ)がありますが、「英国のドラッカー」と称される割には日本ではあまり知られていないかもしれません。本書は1997年の著作ですが、当時から市場至上主義・新自由主義の陥穽を的確に捉え、それに警鐘を鳴らしています。

 第1部「きしむ資本主義」では、資本主義社会の難問と懸念について探究しています。第1章「市場原理だけではうまくいかない」で、理論的には、市場はあらゆるものを平準化させ、最終的には、すべてのものが最も優れた、あるいは最も安価なものに追いつくはずだが、実際に起きている事態はそうなってはいないとし、市場原理に基づく効率性の追求は、社会全体としては大きな歪を生み出した(28p)としています。

 第2章「効率追求の落とし穴」では、日本のメーカーの「ジャスト・イン・タイム」方式は、「工場の生産にあわせた部品を運ぶトラックの列が付近の道路の大渋滞を引き起こし、結果、税金による道路整備が必要になった」、つまりメーカーは自らの改善コストを国民にツケ回ししたとし(44p)、また、こうした歪みは日本だけの事象ではなく、ジョン・F・ケネディ大統領の「上げ潮にのればすべての船が上がっていく」という想定も、一部の船が、他のものよりずば抜けて高く上がることになったとして(46p)、効率の追求は、社会をそうした一握りの者向けには有利に、ほかの多数の人々には不利なように傾斜させることから間違っていたことがわかったとし、効率は経済成長を生み出すが、その偏重は破滅への道に繋がるとしています。。

 第3章「資本主義の欠点を押さえて長所を生かす」では、市場経済と効率には欠点があるが、資本主義の欠点を直そうとして、資本主義自体まで失ってはならないとして、経済の発展を促し、起業家に自己表現の機会を提供しているシリコンバレー企業の例を挙げています。また、資本主義は手段にすぎず、何を目的にするか決めるのは私たちであって、自分やほかの人々のために人生から何を得ようとしているのかを私たちが十分に理解することなしには何も変わらず、人生観はカネに正当な位置づけを与えるが、それ以上に重視されるものではないとしています。

 第2部「人生の意味を位置づけ直す」では、人生の目的を探究し、「世界を現状より少しでも良くすることが目的でなくてはならない」としています。第4章「個人が主権者となる時代」では、自分の人生の台本を自ら書くことの重要性を説き、また、企業にも個人と同様に、自分の行動と運命に責任があるとしています。

 第5章「自分の夢と社会の夢の両立」では、ゆらぐ自己同一性を確立することの重要性を説き、人生の真の目的に至るまでには「生計維持型」「外部志向型」「内部志向型」の3段階の心理学的類型があり、これはマズローや多くの発達心理学者の教えとも一致するとしています。そして、「適正な自己中心性」は善と他者の利益を求めるとしています。

 第6章「生きる意味を探究する」では、カネ、モノ、地位への欲望はほどほどにすべきで、成長とは量的拡大より質的向上をすることであって、本来的に人はカネよりも美と善を求めるものであるとしています。また、世界に貢献することで自分の人生を永遠化することができるとしています。

 第7章「ほかの人なしに自分もない」では、ほかの人々といっしょに働くことで自分の能力が発揮でき、また、自分の関心にもとづいた活動の仲間が新しい"家族"になるとしています。

 第3部「よりよき資本主義者社会を求めて」では、第2部で展開した概念を、個人にだけでなく、社会制度にあてはめて考察し、資本主義は社会を品位あるものにするために解釈し直される必要があり、資本主義のカギとなる制度である会社についても考え直されなければならないとしています。第8章「もっといい資本主義を求めて」では、永続性のある会社を通して会社にとっての本当の目的とは何かを考察するとともに、そこで働く人がその会社の価値を決めるとし、社会にとっての一市民としての企業の在り方を探っています。

 第9章「社会にとっての良き市民としての会社」では、市民性とは才能ある社員をどうまとめるかであり、そこには信頼というものが大きく関わってくるとして、信頼についての7つの基本原理を挙げるとともに、「社員の可能性をフルに引き出す魔法」を引き出すものは何かを考察しています。

 第10章「適正な自己中心性を育てるための教育」では、自分自身と他者に対する責任感を育てる教育の必要性を説き、人生や仕事のための学校が同意すべきことして
 1.自己発見が世間を発見することより大切だ
 2.だれにも何かしら得意なことがある
 3.人生はマラソンだ。競馬ではない
 4.何を学ぶカより、いかに学ぶカに本質がある
 5.学校は職場から学び、職場は学校を真似るべきだ
 6.人生は家庭から出発する旅
 7.体験と思索が相まって学習が生まれる
という7つの命題を掲げています。

第11章「個人と会社が羽ばたくための政府の役割」では、個人や企業と官のバランスの修正が必要であり、また、働くことで学び、責任感を育てることができるとしています。そして、エピローグでは、企業と社会と人生の理想的な関係をどう構築していくかを考察し、私たちの魂はもっとよい会社ともっとよい人生を希求しているとしています。

 本書で、著者は「適正な自己中心性」というキーフレーズをよく用いています。個人としては「利己と利他とがバランスよく調和した姿」であり、同様の姿勢を企業にも求めています。それにより「品位のある資本主義」が実現されるというのが著者の主張です。著者は、「あるべき社会」について、信頼というものが成り立つ社会でなければならないとし(第9章)、疑いに満ち、自己主張と利己主義にもとづいた競争が行われれば社会は収拾がつかず、「悪しき資本主義」に陥るとし、個人は、利己と利他と責任感がバランスよく調和した「適正な自己中心性」をもった存在になるべきだと主張しています、企業も、利益だけでなく、社員の雇用、取引先、社会や環境などへの配慮も怠らない企業となることで、品位ある資本主義が成り立つと。そして、適正な自己中心性を体得できるようにするには、教育の改革から始めなければならず(第9章)、市場化が進展し、規制の撤廃が進んでも、こうした意味で政府の役割は残るとしています(第11章)。

 本書は、あるべき資本主義を説いた経営論、企業論であるとともに、著者の経験にもとづく人生訓も豊富に語られています。資本主義の限界を分析して「あるべき社会」を探るとともに、企業人がいい人生を送るには自らの人生をどう生きるべきかをと説いた本であり、(人事パーソンに限らず)ビジネスパーソンに広くお薦めできる本です。

《読書MEMO》
The Hungry Spirit00_.jpgチャールズ ハンディ.jpg●小さな白い石
私は机の上に小さな白い石を置いている。これは聖書のヨハネ黙示録のなかの神秘的な一節を指している。それは次のようなものだ。「霊が告げた。勝利を得るものには、白い石を与えよう。その石には、これを受ける者だけが知りうる新しい名が記されている」。私は聖書学者ではない。しかし、私がこれを自分でどう解釈するかは知っている。もし「勝利を得る」なら、その結果として、私の真にあるべき姿、すなわちもう一つの隠された自己を見出すだろう、ということを意味しているのだ。人生は、白い石の探求なのである。人によってその白い石は異なる。もちろん、「勝利する」ということが何を意味するかにもよる。思うに、これは、人生のささやかな試練を通過することを意味する。そうして初めて自由に完全に自分自身になれる。そしてそのとき、自分の白い石を手にすることができる。

The Hungry Spirit

Categories

Pages

Powered by Movable Type 6.1.1