【2953】 ○ 高村 薫 『冷血(上・下)』 (2012/11 毎日新聞社) ★★★☆

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合田刑事シリーズ第5作は、カポーティ×『レディ・ジョーカー』か?

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冷血(上・下)』(2012/11 毎日新聞社)
   
冷血(上) (新潮文庫)』『冷血(下) (新潮文庫)』['18年]

 クリスマスイヴの朝、午前九時。歯科医一家殺害の第一報。警視庁捜査一課の合田雄一郎は、北区の現場に臨場する。容疑者として浮上してきたのは、井上克美と戸田吉生。彼らは一体何者なのか。その関係性とは? 高梨亨、優子、歩、渉―なぜ、罪なき四人は生を奪われなければならなかったのか。社会の暗渠を流れる中で軌跡を交え、罪を重ねた男ふたり。合田は新たなる荒野に足を踏み入れる(上巻)。井上克美、戸田吉生。逮捕された両名は犯行を認めた。だが、その供述は捜査員を困惑させる。彼らの言葉が事案の重大性とまるで釣り合わないのだ。闇の求人サイトで知り合った男たちが視線を合わせて数日で起こした、歯科医一家強盗殺害事件。最終決着に向けて突き進む群れに逆らうかのように、合田雄一郎はふたりを理解しようと手を伸ばす─。生と死、罪と罰を問い直す、渾身の長篇小説(下巻)。(各文庫版口上より)

 出版された時は結構話題になりましたが、文庫になってから読もうと思っていたら、文庫化まで6年くらいかかった本(この作家は、文庫化の際に改稿する作家でもある)。『マークスの山』から始まり、『照柿』『レディ・ジョーカー』『太陽を曳く馬』と続いた合田雄一郎シリーズの第5作ですが、タイトルから窺えるように、トルーマン・カポーティの『冷血』を意識したものと思われます。前半が「事件」篇で、後半が「裁判」篇で、加害者が死刑になる(二人のうち一人は病死するが)ところで終わるのも似ています。

 ただし、カポーティの『冷血』は、実際に発生した殺人事件を作者が徹底的に取材し、加害者を含む事件の関係者にインタビューすることで、事件の発生から加害者逮捕、加害者の死刑執行に至る過程を再現したノンフィクション・ノベルですが(このジャンルのノンフィクション・ノベルに、佐木隆三の『復讐するは我にあり』がある)、本書はあくまでもフィクションということになります。

 ただ、フィクションでありながらも、2000年(平成12年)12月30日深夜に東京都世田谷区上祖師谷で発生し、未だ解決をみない「世田谷一家殺害事件」をモチーフにしているのは間違いなく、この点では、1984年と1985年に起きた食品会社を標的とした企業脅迫事件「グリコ・森永事件」をモチーフにしたと思われる『レディ・ジョーカー』のスタイルと似ているようにも思います。

 多分、この小説の意図は、「理由なき殺人」を描こうとした点にあるのではないでしょうか。『レディ・ジョーカー』の場合は、「あの事件はこんな犯人像だったかもしれないよ」と示唆しているように感じたのですが(それに納得するかどうかは別として)、この『冷血』では、犯人は二人とも、気がついたら人殺しをしていたという感じで、ところが裁判ではその動機を何とか確定しようとするため、そこに齟齬が生じる、そのギャップを描きたかったのではないかという気がします。

 ただ、その辺りの狙いが見えにくい点がやや難でしょうか。残忍な犯罪を犯したその背景となる生い立ちを犯人の幼少時に遡って分析していますが、躁鬱病の犯人が幼少時にキャベツ畑のキャベツを鍬で叩きつぶす感触と、歯医者夫婦の頭を根切りで叩きつぶす感触が似ていて快感を覚えたというところで、ちょっとついていけない読者もいたのでは。

 でも、やはり、「殺人犯はこうして作られる」こともある、そして、「彼らは、理由にならないような理由で殺人を犯す」こともある―ということがテーマなのではないでしょうか。「こともある」としたのは、この作品がフィクションだからですが、これがノン・フィクションであれば、完全にカポーティの『冷血』と重なるわけで、だから『冷血』というタイトルなのだと思います。

【2018年文庫化[新潮文庫(上・下)]】

《読書MEMO》
●2013年1~6月に読まれた書評ベスト10 (2013/8/10付 日本経済新聞 電子版)
1 冷血(上・下) 高村薫 著
2 ソロモンの偽証 第1部~第3部 宮部みゆき 著
3 知の逆転 吉成真由美 編
4 等伯(上・下) 安部龍太郎 著
5 僕の死に方 金子哲雄 著
6 私を知らないで 白河三兎 著
7 紅の党 朝日新聞中国総局 著
8 問題です。2000円の弁当を3秒で「安い!」と思わせなさい 山田真哉 著
9 皮膚感覚と人間のこころ 傳田光洋 著
10「弱くても勝てます」 高橋秀実 著

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This page contains a single entry by wada published on 2020年10月13日 00:40.

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