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日本的な風土を背景にギリシャ神話的な世界を再現? 5回の映画化。次は―。

潮騒 昭和29 新潮社.jpg潮騒 昭和29 新潮社2.jpg 潮騒 新潮文庫.jpg 潮騒 1964 dvd.jpg 潮騒 1964年 吉永.jpg
潮騒 (1954年)』『潮騒 (新潮文庫)』「潮騒(新潮文庫連動DVD)」「潮騒」1964年/日活(吉永小百合・浜田光夫)

新潮文庫 潮騒.jpg 三島由紀夫が1954(昭和29)年6月に発表した書き下ろし作品で、最初に読んだ時は、三島作品にありがちな翳のようなものが殆ど無い、あまりに純朴な漁師の海女の恋の物語にやや違和感を覚えましたが、後に、三島がこの作品の発表の数年前のヨーロッパ旅行の際にエーゲ海やアドリア海を旅していること、古代ギリシャの散文作品『ダフニスとクロエ』に着想を得ていることなどを知り、ナルホドという感じがしました。

新潮文庫[旧装幀/カバー版(絵:中島清之)]

三重県の神島.jpg 風光明媚な「歌島」の華麗な描写もさることながら(三重県の神島がモデル、三島は当作品発表の前年に2回―おそらく取材のため―旅している)、日本的な家族の繋がりや民俗的風習、青年団などの地域コミュニティのようなものも描かれていて、日本的なものとギリシャ的なものの融合を目指したのか、或いは、日本的な風土を背景にしても、三島の力量をもってすれば、そこにギリシャ神話的な世界の再現は可能であることを示してみせたのか。

 「ギリシャ的」と言えば、"女性の健康美とエロス"、"男性の鍛えられた逞しい肉体"などといった付随するイメージがありますが、三島がボディビルを始めたのはこの作品発表の後ぐらいからで、当時はまだ三島自身は"文弱の徒"であり、この健康美礼讃ともとれる作品に評論家もやや戸惑ったのかすぐには反応しなかったものの(ぴんとこなかった?)、巷には好評でたちまちベストセラーとなり(結果的に第1回「新潮社文学賞」受賞作にもなった)、同年に映画化もされ10月に公開されました(素早い!)。

 それを含め、昭和の時代を通して映画化された回数が5回というのは、三島作品の中で最多であり、川端康成の『伊豆の踊子』の映画化回数6回に迫ります(戦後に限れば5回ずつで同回数)。
 
 因みに、映画された「伊豆の踊子」の制作年・制作会社と監督・主演は、
  1933(昭和8)年 松竹・五所平之助 監督/田中絹代・大日方伝
  1954(昭和29)年 松竹・野村芳太郎 監督/美空ひばり・石浜朗
  1960(昭和35)年 松竹・川頭義郎 監督/鰐淵晴子・津川雅彦
  1963(昭和38)年 日活・西河克己 監督/吉永小百合・高橋英樹
  1967(昭和42)年 東宝・恩地日出夫 監督/内藤洋子・黒沢年男
  1974(昭和49)年 東宝・西河克己 監督/山口百恵・三浦友和
 
潮騒 1964 日活.bmp 一方、映画された「潮騒」の制作年・制作会社と監督・主演は、
  1954(昭和29)年 東宝・谷口千吉 監督/青山京子・久保明
  1964(昭和39)年 日活・森永健次郎 監督/吉永小百合・浜田光夫
  1971(昭和46)年 東宝・森谷司郎 監督/小野里みどり・朝比奈逸人
  1975(昭和50)年 東宝・西河克己 監督/山口百恵・三浦友和
  1985(昭和60)年 東宝・小谷承靖 監督/堀ちえみ・鶴見辰吾 
となっており、戦後だけでみると同じ5回であり、女優では吉永小百合と山口百恵が両方に出ています(2人とも「伊豆の踊子」の翌年に「潮騒」に出ている)。
 また、「潮騒」は何れの作品も神島でロケが行われており、これは、三島のこの原作における島の描写が極めて精緻かつ正確であることも関係しているのではないかと思います。

「潮騒」.bmp 潮騒 1964 vhs.jpg

 映画化作品「潮騒」のうち、映画館できっちり観たのは'64年の吉永小百合版(森永健次郎監督)ですが、日活がアクション映画路線から青春映画路線に舵を切った初期の段階で作られた作品。当時19歳の吉永小百合は明るく娘々していて、三島は彼女に「生活のかがやきにみちた美しさ」を見たとか(個人的には、映画そのものが原作のイメージと随分雰囲気が異なる気がしたのだが、作品ではなく女優を褒めた三島の本心はどうだったのか)。

潮騒 1975年 山口 dvd.jpg 確かにこの作品の吉永小百合は、田舎娘らしい親近感はありますが、これは'75年の山口百恵(映画出演時は16歳)にも言えることですが、ちょっと「海女」には見えないのが難点です。

 原作では、主人公の若い2人が裸で炎を挟んで対峙するところの描写にたいへん力が込められているように思えましたが(かと言って、三島文学にありがちな修飾過剰には陥っていない)、映画でのこの場面では、当然のことながら国民的スター・吉永小百合は脱がないし、その後の映画化作品では、アイドルを使ってそこをどう撮るかが、監督の腕の見せどころになってしまっているような感じがしなくもありません(時代感覚の違いもあるのかもしれないが、この森永監督作品(吉永小百合版)ではその部分は成功しているようには思えない)。 

●森谷司郎監督 1971年日活版(小野里みどり・朝比奈逸人主演)
潮騒 小野里みどり・朝比奈逸人.jpg潮騒 1971.jpg 三島自決の翌年に主役2人を一般公募して作られた'71年の森谷司郎監督作品(小野里みどり・朝比奈逸人主演)がこの場面を割と大胆に撮っているようですが未見、'75年の山口百恵版は、あの程度で激怒したファンもいたとのことですから、何だかヌードを撮ってはいけない作品みたいになっているなあ(アイドル路線の中でリメイクされるのが要因か)。堀ちえみ・鶴見辰吾版潮騒.jpg'85年の堀ちえみ・鶴見辰吾版以来、四半世紀以上再映画化されていませんが、仮に、今後また映画化されることがあったらどうなるんだろう。

 
●小谷承靖監督 1985年東宝版 (堀ちえみ・鶴見辰吾主演)  
 
●西河克己監督 1975年東宝版 (山口百恵・三浦友和主演)/●森永健次郎監督 1964年日活版 (吉永小百合・浜田光夫主演)

潮騒 山口百恵 VHS.jpg潮騒  山口百恵.jpg潮騒 吉永小百合.jpg

「潮騒」●制作年:1964年●監督:森永健次郎●製作:日活●脚本:棚田吾郎/須藤勝人●撮影:松橋梅夫●音楽:中林淳誠●原作:三島由紀夫「潮騒」●時潮騒('64).jpg間:82分●出演:浜田光夫/吉永小百合/石山健二郎/清川虹子/清水将夫/原恵子/鴨田喜由/松尾嘉代/平田大三郎/菅井一郎/前野霜一郎/衣笠真寿男/榎木兵衛/高橋とよ/清水将夫/●公開:1964/04●配給:日活●最初に観た場所:池袋潮騒 新潮文庫3.png潮騒 (1954年) 0_.jpg・文芸地下(85-01-19)(評価:★★☆)●併映:「伊豆の踊子」(西河克己)

潮騒 (1954年)

 
 
 【1954年文庫化[新潮文庫]】

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古典と切り離して、三島戯曲として単独で味わってもいいのでは。「邯鄲」と「綾の鼓」がいい。

 近代能楽集.jpg 『近代能楽集 (新潮文庫)

 「邯鄲」「綾の鼓」「卒塔婆小町」「葵上」「班女(はんじょ)」「道成寺」「熊野(ゆや)」「弱法師(よろぼし)」の全8作品を収録。この内、「邯鄲」(昭和25年)から「班女」(昭和30年)までの5作が『近代能楽集』(1956/04 新潮社)として昭和31年に刊行され、「道成寺」以下3作は、昭和31年から昭和35年の間に発表されたものです(三島の年齢は昭和の年数と一致するので、25歳から35歳にかっけての作品であるということが容易に分かる)。

 全て能の原作を翻案したもので、作者が、「能楽の自由な空間と時間の処理方法に着目し、その露わな形而上学的主題を、そのまま現代に生かすために、シチュエーションのほうを現代化した」と後書きで書いていることからも(と言うことは、テーマ乃至モチーフは基本的に変えていないということ)、原作を知っているに越したことは無く、最初に読んだのは高校生の時でしたが、結構楽しめたものもあれば、やはり元の話が分からず、今一つぴんと来なかったものもありました。

 いつか能への知識を得た上で再読しようと思っていたのですが、その後、さほど造詣を深めることのないままの再読になってしまい、でも、「道成寺」や「弱法師」のように、原作をストーリー的にも大きく変形させているものもあるため、これはこれで三島戯曲として単独で味わってもいいのかなあと。

 ドナルド・キーンによれば、8作の中では「卒塔婆小町」と「綾の鼓」が最も成功しているとのことですが、最初に読んだ時は公園(ある意味、現代的なシチェーション)を舞台とした「卒塔婆小町」が印象に残ったのが、今回の再読では、法律事務所(もろに現代的なシチェーション)を舞台にした「綾の鼓」が良かったです(年齢のせいかなあ)。

 蜷川幸雄が'05年に「卒塔婆小町」(主演は壤晴彦)と「弱法師」(主演は藤原竜也・夏木マリ)のニューヨーク公演していますが、最近では美輪明宏が、「葵上」「卒塔婆小町」を演出し、主演も兼ねています(「綾の鼓」の方が良く思えるようになったのは、「卒塔婆小町」に美輪明宏のイメージが固着してしまったからかも)。
 
 一番初期の「邯鄲」という作品も、軽妙な味わいがあって、しかも、三島の死生観のようなものが滲んでいていいです。
 能楽としての「邯鄲」を知らなくとも、「邯鄲の夢」(「黄粱一炊の夢」)という故事はポピュラーであり、そうした意味でも親しみ易い作品。
 現時点での個人的な"お奨め"は、「邯鄲」と「綾の鼓」ということになります。 
 
 【1956年単行本・1990年改版[新潮社]/1968年文庫化[新潮文庫]】 

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三島なりの読み込み方。「武士道とは死ぬ事と見付けたり」の次段階にある享楽主義。

葉隠入門.png葉隠入門―武士道は生きている (カッパ・ブックス)葉隠入門 文庫.jpg葉隠入門 (新潮文庫)
(粟津 潔 装幀/横尾忠則 画)

 1967年「カッパ・ブックス」(カッパ・ビブリア)の1冊として刊行されたもので、「武士道とは死ぬ事と見付けたり」という言葉で名高い「葉隠」は、佐賀鍋島藩に仕えた山本常朝が武士道における覚悟を説いた修養の書ですが、三島由紀夫はこれを戦争中から読み出していつも自分の周辺に置き、以後20年間折にふれて読み感銘を新たにした本は「葉隠」1冊であると本書で書いています。

男の嫉妬 武士道の論理と心理.jpg 「葉隠」については、歴史学者の山本博文氏が『男の嫉妬‐武士道の論理と心理』('05年/ ちくま新書)の中で、山本常朝は主君亡き後自らが出家したことを殉死したことと同じ価値があるとし、自らが藩で唯一の武士道の実践者であるという意識のもとに物を言っていて、これは裏返せば、戦乱の世が去り泰平の時代が続くと、大した論功も無い輩が抜擢人事の対象になったりする、そうしたことへの「嫉妬心」の表れであるとの批判がありますが、著作というものは概して、中身を超えて執筆動機まで探り始めるとキリがないような気もします。

三島 由紀夫.jpg 興味深いのは、三島のこの本が「武士道は生きている」というサブタイトル付きで光文社のカッパ・ブックスから刊行('67年)されていることで、当時の人は、丁度今はやりの「○○の品格」といった新書本と同じく、「軽佻浮薄の世情への批判」+「人生論的エッセイ」といったやや軽い感じで本書を読んだのではないでしょうか。
 ところが、本書刊行の3年後に三島は自決し、「武士道とは死ぬ事と見付けたり」というのを実践してしまったわけで、彼は本気で「葉隠」に傾倒していたのかとビックリした―。

 個人的には、三島が自身の内で育んだ美意識や死生観に相通じるものを、三島なりの方法で「葉隠」から読み取ったということであって、「葉隠」がアプリオリにあって三島がこれによって死に導かれたということではないと思います。

1969.5.13 東京大学・全共闘学生とのティーチインにて

葉隠入門―武士道は生きている (カッパ・ブックス)2.jpg葉隠入門―武士道は生きている (カッパ・ブックス)4.jpg葉隠入門―武士道は生きている (カッパ・ブックス)3.jpg 三島が本書において「葉隠」を、「行動哲学」「恋愛哲学」「生きた哲学」という3つのフェーズで捉えていることも興味深く、「行動哲学」の帰結には死がありますが、「恋愛哲学」では女色より男色を上位に置き、それはそのまま忠義に転化するとしていて、更に「生きた哲学」とは、人間の一生は「誠に纔(わずか)の事」であるため、「好いた事をして暮らすべきなり」という理念が「葉隠」の「武士道とは死ぬ事と見付けたり」の次の段階としてあるとしており、三島独自の享楽主義(エピキュリアニズム)論が展開されています。
葉隠入門―武士道は生きている (1967年) (カッパ・ビブリア日本人の知恵〈2〉)

 「葉隠」ではまともな男女間の恋愛は説いていないのかというと、「忍ぶ恋」を至上のものとして説いており(但し、これは衆道の世界にも当てはまることなのだが)、その他にも酒席での心得や二日酔いの対処法、欠伸(あくび)のかみ殺し方まで説いていて至れり尽くせりですが、おおもとのところでは常に死生観に行き着き、それは一日一日を、一瞬一瞬を大切に生きよということであると同時に、一方で、その根底に人の生というものに対する透徹したニヒリズムがあることを三島は読み取っているように思われ、この辺りも、「葉隠」が三島の琴線にふれた所以ではないかと思います。

 本書後半は「葉隠」の抄訳になっているので、三島の捉え方とは別に、自分なりにこれを味わってみるのもいいかも知れません。

 【1983年文庫化[新潮文庫(『葉隠入門』)]】

《読書MEMO》
●朝毎に懈怠なく死して置くべし。
 (訳:毎朝、ゆるみなく、死んでおくべきである)
●意地は刀の身の如し。内にばかり納め置き候へば、錆もつき刃も鈍り、人が思ひこなしものなり。
 (訳:意地とは刀の抜き身のようなもので、内にばかり納めておくと錆がつき、刃も駄目になって、人が馬鹿にするものである)
●端的只今の一念より外はこれなく候。一念一念と重ねて一生なり。ここに覚え付き候へば、外に忙しき事もなく、求むることも無し。この一念を守って暮らすまでなり。
 (訳:結局のところ重要なのは、現在の一念、つまりひたすらな思いより外には何もないということである。一念、一念と積み重ねていって、つまりはそれが一生となるのである)
●人間一生誠に纔(わずか)の事なり。好いた事をして暮らすべきなり。夢の間の世の中に、好かぬ事ばかりして苦を見て暮らすは愚かなる事なり。
 (訳:人間の一生なんてみじかいものだ。とにかく、したいことをして暮らすべきである。つかの間ともいえるこの世にあって、いやなことばかりして苦しいめにあうのは愚かなことである)
●道すがら考ふれば、何とよくからくった人形でなきや。糸つけてもなきに、歩いたり、飛んだり、はねたり、言語(もの)迄も言ふは上手の細工なり。来年の盆には客にぞなるべき。さてもあだな世界かな。忘れてばかり居るぞと。
 (訳:道すがらに考えたのだが、人間とは、またなんとよくできた人形ではないか。糸をつけてもいないのに、歩いたり、飛んだり、跳ねたり、ものまでいうのはいかにも手のこんだ作り方である。けれど、来年の盆には、死んでお客さまにでもなってしまうだろう。さてもむなしい世の中ではないか。人々は、そうしたことは、とんと忘れてしまっているのだ)

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「物語」そのものになろうとする三島の意志を感じた。

三島由紀夫 豊饒の海1 春の雪.jpg奔馬 豊饒の海2.jpg春の雪.jpg 奔馬.jpg
春の雪 (新潮文庫―豊饒の海)』『奔馬 (新潮文庫―豊饒の海)
「豊饒の海」(全4巻)第1部 『春の雪 (1969年)』 「豊饒の海」(全4巻)第2部 『奔馬 (1969年)

 維新の功臣を祖父にもつ侯爵家の若き嫡子松枝清顕と、伯爵家の美貌の令嬢綾倉聡子のついに結ばれることのない恋。矜り高い青年が、〈禁じられた恋〉に生命を賭して求めたものは何であったか?―大正初期の貴族社会を舞台に、破滅へと運命づけられた悲劇的な愛を優雅絢爛たる筆に描く―。(『春の雪』―「豊饒の海」第1部)

 「豊饒の海」4部作の中では、思弁的な後半2部「暁の寺」「天人五衰」より、より小説らしい「春の雪」「奔馬」の方が親しみやすかったです。三島自身が述べているように、「春の雪」は「たわやめぶり」を、「奔馬」は「ますらをぶり」を描いた作品と言えますが、「春の雪」の完成度が高く、これだけ読んでも充分堪能できます。

 ただし、ここで終ってしまうと、「今、夢を見てゐた。又、会うぜ。きつと会う。滝の下で」という松枝清顕の言葉が、単なる謎で終ってしまいます。 

 「奔馬」に読み進むことで、初めて「転生」というテーマが見えてきますが、同時に、本多の「見る者」としての視点が「春の雪」に遡及して意識され、更に、両作を通しての作者の視座(感情移入・登場人物との自己同化)の推移が窺える気がしました。

春の雪・奔馬.jpg つまり、「春の雪」では作者は、理知的な本多(観察者)の視座にいて、「奔馬」では飯沼勲(行為者)に同化しようとしているように思われます。

 ただし「春の雪」での聡子と一体になる前までの清顕は三島自身でもあり、その後の清顕は、三島がなりたかったけれどもなれなかった「物語」の人物だと思います。

 傍目には強引とも思える飯沼勲と松枝清顕の繋がりは、三島自身が転生を信じていたわけではなく(三島が「三島由紀夫」以外の者になることを果たして望むだろうか)、むしろそこに、二重の意味で時間を超越し(つまり、過去の欠落を補償し、限られた生を超えて)「完璧な物語」そのものになろうとする三島の意志を感じました。別な言い方をすれば、結局、三島はこの作品で、自分(「作品化された自分」)のことしか書いていないとも言えるかと思います。

豊饒の海.jpg 「春の雪」は'05年に行定勲監督によって映画化されており、個人的には未見ですが、「春の雪」だけ映画化しても、「原作もさぞかし耽美主義の美しい作品なんだろうなあ」で終わってしまって、四部作を通しての思想的なものは伝わらないのではないかと思います。

決定版 三島由紀夫全集〈13〉長編小説(13)』(「春の雪」「奔馬」所収)

 【1968年単行本・1990年単行本改訂[新潮社]/1973年全集・2001年全集決定版〔新潮社〕/1977年文庫化[新潮文庫]】

《読書MEMO》
〈巻末付録・執筆過程における新聞インタビューより〉
●「〈春の雪〉の第一巻は僕の依然の傾向と同じ作品だ。貴族のみやびやかな恋愛...そういうものが主題だが、第二巻では昭和七年の神風連ともいうべき青年が登場し、(中略)筋はつぶれてもこれだけは入れたいと思う。」(昭和41年8月)
●「一巻ごとに主人公が、違う人物に生まれ変わるんですよ。転生によって時間がジャンプできるから、年代記的な手法を使わなくて済みますしね」(昭和42年7月)
●「...〈春の雪〉は絵巻き物風の王朝文学の再現ですから、初期の〈花ざかりの森〉や〈盗賊〉の系列の延長線上にあるものです。そのあとの〈奔馬〉はいわゆる行動文学で〈英霊の声〉や〈剣〉の集大成。...」(昭和43年12月)
●「私は「豊饒の海」四巻を構成し、第一巻「春の雪」は王朝風の恋愛小説で、いはば「たわやめぶり」あるいは「和魂」の小説、第二巻「奔馬」は激越な行動小説で、「ますらをぶり」あるいは「荒魂」の小説、第三巻「暁の寺」はエキゾティックな色彩的な心理小説で、いはば「奇魂」、第四巻(題未定)は、それの書かれるべき時点の事象をふんだんに取り込んだ追跡小説で、「幸魂」へみちびかれゆきもの、という風に配列し...(昭和44年2月)  

春の雪 映画.jpg  春の雪 映画2.jpg 「春の雪」(2005年) 
監督:行定勲/主演:妻夫木聡/竹内結子

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午後の曳航 dvd.jpg午後の曳航3.jpg
しっかりした心理・情景描写で、「通俗」を描いて飽きさせない。

午後の曳航0.jpg    午後の曳航 (新潮文庫) 新カバー.jpg午後の曳航 本.jpg  
単行本 〔'63年〕  『午後の曳航』新潮文庫(新旧カバー) 映画「午後の曳航」パンフレット「午後の曳航 [DVD]」 

 三島由紀夫が30代に書いた作品には、それぞれに三島独自の美意識や世界観が反映されているものの、外枠は「通俗」的に見えるメロドラマ風の作品が結構あるように思うのですが、 '63(昭和38)年(三島38歳)発表のこの作品は、そうした"メロドラマ風"作品群の中でも完成度の高い傑作とされているようです。

 前半部分の、少年の母で「陸(おか)の女」である横浜のブティックの女主人・房子と、少年が憧れる「海の男」二等航海士・竜二の、〈フランス・レストラン〉や〈港の見える丘公園〉などを舞台にした恋の描写に、「通俗」を描いて飽きさせない技術の高さを感じました。

 心理描写だけでなく、例えば房子が竜二の乗る船〈洛陽丸〉を初めて訪れた場面なども、船の内部の描写などが専門用語を交えしっかりしていて、「名詞を知らないことは描写において致命的である」というようなことを三島がどこかに書いていたのを思い出しました。

 13歳の少年の「大人」に対する屈折した感情を描いた青春小説という読み方も出来て(むしろそれがスジかも)、実際、少年とその仲間たちが為す、「海を捨てた船乗り」に対する"制裁"が後半のヤマですが、その前段としてある少年グループによる"猫殺し"は、猫を殺して次に人間をと...神戸の少年犯罪を連想させるものがありました(事象の類似もさることながら、その特異な加虐的心理の描写において)。

 そうした予見的?な面もある作品ですが、やはり全体としては、圧倒的な描写力そのものに、最も三島らしさを感じました。それと、横浜というちょっとハイカラーなバックグランド、これは谷崎潤一郎に通じるものがあるかも。

午後の曳航1.jpg この作品が海外でも評価を得たというのは、ジョン・ネイスンの名訳によって海外に紹介されたというのも大きいと思われますが、ギリシャ神話と重なるモチーフ(エディプス・コンプレックス)であるため、比較的分かり易かったというのもあるのではないでしょうか。

 ルイス・ジョン・カリーノ監督により映画化された「午後の曳航」('76年)は、原作に忠実に作られており、原作へのリスペクトが感じられました。一応イギリス映画ですが、日米英3か国の合作で、舞台は英国、主演のサラ・マイルズ(「ライアンの娘」('70年))は英国人でクリス・クリストファーソン(「アリスの恋」('74年)、「スター誕生」('76年))は米国人です(日本人は出てこない)。エディプス・コンプレックスがモチーフだと思って観ると、むしろこのように海外に舞台を置き換えた方が、われわれ日本人にとってもすんなり受け入れられ易いものに感じられるのかも。

 サラ・マイルズは好演。クリス・クリストファーソンは原作の船乗り・竜二よりやや線が細い感じでしょうか。クリス・クリストファーソンとサラ・マイルズが浜辺を歩く場面が印象的でしたが、作中の船乗り・竜二は身長165cmぐらいのがっしりした男で(三島自身は身長163cm)、この辺りはちょっとイメージが違うような感じがしました。「午後の曳航」 パンフレット

午後の曳航 チラシ.jpg062z.jpg「午後の曳航」 チラシ/サントラ盤(廃盤)
午後の曳航 サントラ盤.jpg

「午後の曳航」●原題:THE SAILOR WHO FELL FROM GRACE WITH THE SEA●制作年:1976年●制作国:イギリス●監督・脚本:ルイス・ジョン・カリーノ●製作:マーティン・ポール●撮影:ダグラス・スローカム●音楽:ジョン・マンデル●原作:三島由紀夫「午後の曳航」●時間:105分●出演:サラ・マイルズ/クリス・クリストファーソン/ジョナサン・カーン/マルゴ・カニンガム/アール・ローデス/ ポール・トロピア/ ゲイリー・ロック●日本公松竹セントトラル 銀座ロキシー.jpg松竹シネサロン.jpg開:1976/08●配給:日本ヘラルド映画●最初に観た場所:銀座ロキシー(79-12-16)(評価:★★★☆)●併映:「候補者ビル・マッケイ」(マイケル・リッチー)
松竹セントラル・銀座松竹・銀座ロキシ-(→松竹セントラル・銀座松竹・松竹シネサロン→松竹セントラル1・2・) 1952年9月、築地・松竹会館にオープン。1999年2月11日閉館。

 【1963年単行本[講談社]/1968年文庫化[新潮文庫]】

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自分の4つの「ペルソナ」を通して描いた自らの「ニヒリズム研究」。

三島 由紀夫 『鏡子の家 (全2巻)』.jpg    鏡子の家 文庫2.jpg鏡子の家.jpg 
鏡子の家 第一部・第二部 (1959年)』/『鏡子の家 (新潮文庫)』 (全1巻) 〔'64年〕

 鏡子という巫女的な女性を軸に、そのサロンに集うサラリーマンの清一郎、ボクサーの峻吉、俳優の収、画家の夏雄という4人の青年の虚無を描いた、30代前半の作者初の長編書下ろし小説。

 '58(昭和33)年3月に起稿し、翌年6月に脱稿していますが、物語は'54年に彼らが勝鬨橋を見に行くところから始まる2年間の出来事で、ほとんど東京とニューヨークだけを舞台とした"現代"小説であるとともに、「芸術的完成度を捨てて、できるだけラフなものにした」と作者自身が述べたように、読みやすいものになっています。

 4人は何れも徹頭徹尾、人生の虚無や世界の破滅の予感に囚われていて、物語の中盤までにおいて、清一郎は恵まれた結婚と将来の嘱望を、俊吉はボクシング王座を、収はボディビルによる鋼の肉体を、夏雄は画壇での名声を手に入れます。
 しかし彼らのニヒリズムには信念に近いものがあり、そうした彼らのうち誰がどういった破滅への道を辿るのかという小説的な関心も引きますが、作者自身は、この小説を自らの「ニヒリズム研究」だとしており(『裸体と衣装』)、まさにそうだと思います。

 発表当時は批評家から酷評され、三島ファンの中でも好き嫌いが極端に割れる作品ですが、個人的には好きな作品です。
 エリート清一郎の何も信じないシニカルぶりや、収の肉体改造による変化、夏雄が神秘主義にはまったのちに芸術に回帰する一方、峻吉は最後は制服に身を包む右翼結社の一員になっていることなどから、4人が作者の分身であることは明らかで、「人工小説」であると割り切って読むと、「三島」という人物を探る上で大変興味深く読めるのです。
 このことが自分がこの小説が好きな理由の1つかも知れず、三島に興味が無い人は、この小説にも関心が湧かないかも知れない。

 「鏡子の家」のモデルはあるそうで(故ロイ・ジェームス夫人のサロン)、実際そこには、文化芸能人から野球選手、ゲイボーイ、寿司屋の店主までいろいろな人が出入りしてたらしく、この小説を読むと、その中にいる三島が何となく思い浮かびます。
 
 今回再読して思ったのは、気高くかつ退廃的で時に母性的な「鏡子」は、魅力的というよりは実在し得ない人物像に近く、自己愛型の三島が真に描きたかったのは、自分の4つの「ペルソナ」であるということで(4人ともナルシストだし)、そう考えると「鏡子」には、その取り纏め的な狂言回しの役割を負わせているようにも思えてきました。

 【1959年単行本[新潮社(全2巻)]/1964年文庫化[新潮文庫]】

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「●「菊池寛賞」受賞者作」の インデックッスへ(横山 泰三)

30代前半で既に「遊ぶ」余裕をみせる三島の洒脱なエッセイ。

不道徳教育講座 三島由紀夫.png  『不道徳教育講座』.jpg   不道徳教育講座2.jpg  不道徳教育講座.jpg
不道徳教育講座』['69年/中央公論社](表紙デザイン:横尾忠則/撮影:篠山紀信、本文イラスト:横山泰三)/['67年/角川文庫(旧版)](表紙イラスト:横山泰三)/『不道徳教育講座』 角川文庫(改訂版)

 その小説において優雅かつ華麗で、時に高邁、貴族的な"近寄り難さ"さえ見せる三島由紀夫(1925‐1970)ですが、より幅広い読者に向けた"近寄りやすい"洒脱なエッセイも書いていて、本書はその代表的なものです。

 '59(昭和33)年に「週刊明星」に連載されたものですが、『仮面の告白』や『禁色』など"特殊"な性愛を描いていた時代を経て、『潮騒』『永すぎた春』『美徳のよろめき』など"普通"の恋愛小説で流行作家となる一方、ボディビルで新たな肉体を獲得し、心身ともに自信を得た30代前半の彼の筆は、既に「遊ぶ」余裕を見せています。

 時代を経て、対象として描かれている風俗などの毒気は薄くなりましたが、世間の薄っぺらな道徳観や倫理観を、鋭い人間観察と精巧な論理で以って覆していく鮮やかさは、今読んでも卓越しているなあと思います。

 「醜聞を利用すべし」「痴漢を歓迎すべし」「うんとお節介を焼くべし」「できるだけ己惚れよ」「「殺っちゃえ」と叫ぶべし」「スープは音を立てて吸うべし」「人の不幸を喜ぶべし」等々、ユーモア満載です。

ジャネット・リン.jpg 「桃色の定義」などは、「舞台に転倒したバレリーナのむきだしになったお尻に、突然ワイセツがあらわれるのです」といった表現で、サルトルの『存在と無』の肝に当たる部分を分かりやすく説いています。フィギアスケーターなんてどうなんだろう、しょっちゅう転ぶけれども。札幌五輪のジャネット・リンみたいに、転んだことで"妖精"になった選手もいたし(勿論、その転んだ後も笑顔で滑って、メダルを獲得したということが好感を得た要因ではあるのだろうが)。

 他にも、この論駁法ってどっかにあったような、と思うとソクラテスだったり...。この人、ある意味、教養や倫理を大事にしている。勿論、肉体も。

不道徳教育講座3.jpg不道徳教育2.jpg 単行本の初版は'59(昭和34)年で、ハードカバー2段組み。角川から、文庫版に準拠したソフトカバー新装版が出ています。横山泰三.jpg単行本の装填デザインは最初は佐野繁次郎で、'69(昭和44)年版で横尾忠則(撮影:篠山紀信)に。本文の挿画は朝日新聞の「社会戯評」でお馴染みの横山泰三(1917-2007、「フクちゃん」の横山隆一の弟。1950年から毎日新聞で漫画「プーサン」を描いて注目され、'54年に菊池寛賞受賞。朝日の「社会戯評」は'54年から'92年末まで1万3561回、ほとんど休みなく連載を続けた)。
横山泰三

 横尾忠則氏の毒気のある装丁も悪くないですが、「プーサン」の漫画家・横山泰三の人を喰ったような軽妙な挿画が文書とうまくマッチしているような気がします(横尾忠則の表紙デザイン、横山泰三の挿画とも、1995年刊行の角川書店ソフトカバー新装版にはないのが残念)。

 【1959年単行本・1969年改装版[中央公論社]/1967年文庫化[角川文庫]/1995年ソフトカバー新装版[角川書店]】

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自らのシニシズムをモデルを介することで、より"自由に"書いている。

青の時代0.jpg青の時代 (1950年)青の時代 (新潮文庫) 新カバー.jpg青の時代.jpg青の時代 (新潮文庫)』新旧カバー

昭和24年11月26日付 朝日新聞記事
光クラブ事件.jpg 東大生起業家・山崎晃嗣による"アプレゲール犯罪"と呼ばれた「光クラブ事件」に材を得て、'51(昭和25)年、三島由紀夫が25歳のときに発表した長編小説で、同じく東大在籍時に起業した堀江貴文氏の「ライブドア事件」の際に、この事件がよく引き合いにされました。

 この小説が発表されたのは、『仮面の告白』('49年)、『愛の渇き』('50年)の発表の後、『禁色』('51年)の発表前の時期にあたりますが、その割には三島独特の文学的修辞や哲学的思弁が少なく、読みやすい作品ではあります。

 光クラブは金融業でしたが、ライブドアも主に利益を得ていたのはIT事業ではなくファイナンス事業だったこと、光クラブは直接ファンドですがライブドアも株主ファンド的性格であったこと、一方は蛸足配当、もう一方は粉飾決算...と、確かに通じる点は多いかも。
 実際に山崎晃嗣がどういう人物だったのか、自著はあるものの、自分の本質を人に見せないようにしていたという面もあってよくわかりませんが、東大法学部でも成績優秀で、徹底した合理主義者でもあったようです。
 育った家庭は裕福でしたが、子供の頃いじめられて、軍隊でもいじめられ、人間不信、人間性悪説論者になり、更に、自身が闇金融の詐欺に遭って、但し、その時は、その詐欺の手法に感心したらしく、自ら「闇金」を起こしたら、一時的には大成功を収めました。
 何しろ、契約しか信じないという人間だったから、取立ては厳しかったらしく、返せない人が苦しむのを見ても、もともと人間性悪説だから、彼自身はこたえなかったようです(そのように振舞っていただけかも知れないが)。
 でも、資金繰りに行き詰って、結局、返済期限の前日に服毒自殺しますが、青酸カリによるこの自殺は、「貸借(カリ)を清算する」というシャレらしいです。

 三島にとっては事件そのものよりも、その自死による事件の幕の引き方も含めた「山崎」の人物イメージが、自らのシニシズム、つまり、「それが嘘であることを知っているからこそ、それを信じるふりを止められない」 という機械的な観念を投射するのにお誂え向きだったではないでしょうか。

 前半分の山崎の子供時代から大学入学の頃までを描いた部分は、まさにそのシニシズムの形成過程が「仮面の告白」的に描かれていて、主人公にとって友情も恋愛も演技であり、友の前で見せる演技は太宰治の「人間失格」を髣髴させるものであり、それが恋愛においては「女が自分を愛したときに女を捨てる」ことに喜びを見出すという屈折した感情になり、社会に対しては「目的のない金儲け」へ向かわせる―。
 子供時代の父親への反発なども含め、"フィクション"という枠の中で「仮面の告白」よりも"自由に"書いているのが興味深いです。

 その分、三島自身が「尻すぼまりの失敗作」であると言うように、金融業者としての主人公を描いた後半部分は、金融業者や闇金のシステムに関する取材は一応はされているものの、三島らしい文学性があまり発揮されておらず、物足りない感じがします。

 【1950年単行本[新潮社]/1971年文庫化[新潮文庫]】

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「素面」は察するしかないという精緻かつ巧妙なレトリック。

假面の告白 単行本.jpg仮面の告白 (1950年) (新潮文庫) 三島 由紀夫.jpg仮面の告白.jpg  仮面の告白  初版本完全復刻版.jpg
仮面の告白』 新潮文庫/初版本完全復刻版 〔'96年]

単行本初版['49年7月5日刊行/河出書房]

 「人の目に私の演技と映るものが私にとっては本質に還ろうという要求の表れであり、人の目に自然な私と映るものこそ私の演技であるというメカニズムを、このころからおぼろげに私は理解しはじめていた」
 本文中のこの文章の「このころ」というのが何時なのか、前後の文脈から探ると、何と7歳ごろであることがわかり驚かされます。

 しかし、何というレトリックなんだろう。芸術とはすべて仮面の告白であり、自分自身を「詩(芸術)そのもの」と規定する三島の考えに符合し、三島の「素面」を示す文章です。

 それが「小説」の中で(つまりフィクションとして)語られることにより、それすらも「仮面」に収斂していく仕組み。「このころ」とは三島が創作した自己年譜ともとれるのではないでしょうか。こうしたことは、この作品に描かれていることのすべてについて言えるわけで...。

yukio mishima.jpg 三島由紀夫(1925‐1970)の写真集の中には、この作品でも触れられている「聖セバスチャン」を模して裸で縛られているものがあります。

 「ああ、やっぱり真性のホモセクシュアルだ」と思っても、この文章に照らすと、「演技だ」ということになり、さらに「芸術そのものになろうとする」意志の表れであり、「素面」は察するしかないということになるのです。

澁澤龍彦編集『血と薔薇』創刊号('68年) 「聖セバスチャンの殉教」(篠山紀信撮影)

 この「自己」を「創作」し、創造されたものが自分になるという指向は、三島が「あなたは嫌いです」と言った太宰治の作品にも通じるもので、『人間失格』('48年)が発表された翌年にこの作品が発表されていることと考えあわせると興味深いです。

 '96年に河出書房新社から〈初版本完全復刻版〉というのが出ましたが、'49年刊行の初版本を本文・カバー・表紙・扉・帯まで完全復刻したもので、表紙タイトルも旧字ならば本文も旧字旧かな、奥付も再現されていて「三島」の検印があって「定價 貳百圓」となっており、河出書房の月報(三島自身の「『假面の告白』ノート」という短文を掲載)まで添付されている凝りようです。

 三島の本を旧字旧かなで読むと、よりロマン主義的な香りが強く感じられますが、如何せん少し読みにくい。最近の全集などは、新字旧かなで統一しているようです。

 【1949年単行本・1996年完全復刻版[河出書房新社]/1950年文庫化・1967年改訂・1987年改訂[新潮文庫]】

《読書MEMO》
●「私は自分が戦死したり殺されたりしている状態を空想することに喜びを持った」(28p、文庫'67年版23p)
●「人の目に私の演技と映るものが私にとっては本質に還ろうという欲求の表れであり、人の目に自然な私と映るものこそ私の演技であるというメカニズムを、このころからおぼろげに私は理解はじめていた」(31p、文庫'67年版26p)

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