【2849】 ○ ダーティ工藤 (編) 『新東宝1947-1961―創造と冒険の15年間』 (2019/03 ワイズ出版) ★★★★

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新東宝「最後の生き証人」たちの懐述。丹波哲郎の話が一番面白かった。

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新東宝1947-1961 創造と冒険の15年間』カバー写真「盗まれた恋」('51年 市川崑監督)森雅之/久慈あさみ

 本書は前半が主に90年代半ばから2000年代にかけておこなわれた新東宝作品関係者へのインタビュー集で(故人となっている人が多い。新東宝について言えば「最後の生き証人」たちの懐述ともいえる)、後半が新東宝の全作品(800本超!)のフィルモグラフィーとなっており、このフィルモグラフィーはまさに貴重な資料ですが、前半のインタビュー部分も同じく貴重な記録だと思います。

インタビューの方は、浅野辰雄(監督)から吉田輝雄(俳優)まで五十音順に31人が登場し、石井輝男、小野田嘉幹、曲谷守平といった監督から、宮川一郎といった脚本家、前田通子、三ツ矢歌子といった女優から、丹波哲郎、沼田曜一、由利徹といった男優まで多彩です。

 監督で話が面白かった(興味深かった)のは「ナショナル・キッド」の脚本も手掛けた大貫正義監督で、斎藤寅次郎監督が晩年"寅二郎"に改名したのは、「男はつらいよ」の寅次郎と一緒の名前が嫌だったというのが真相だとか...。

殺人容疑者 映画.jpg 男優で最も話が面白かったのは丹波哲郎で、駆け出しの頃、「殺人容疑者」('52年)製作時に、主役の俳優に予定していた役者が都合できず、困って探していた製作本部から、そこへ使いで行ったところをマネジャーか事務員と間違えられて「君に似た俳優を探してきてくれ」と言われ、「ああ、知ってるよ」と答えたら30人のスタッフに取り囲まれ、「はい、俺だ」とは言えなくなって、「いまちょっと名前は忘れたけれど、事務所に帰れば分かる」と...(最終的にはこの「殺人容疑者」が丹波哲郎のデビュー作となる)。

人喰海女 三ツ矢歌子.jpg 女優では、三ツ矢歌子が面白かったそうでしょうか。一番思い出に残っている作品が「スーパージャイアンツ」シリーズで、女子高生の格好のまま吊られて空を飛ぶシーンが大変で、泣きたくなるぐらいだったが、今思うと楽しかったとか、小野田嘉幹監督の「人喰海女」('60年)で、入浴シーンで「また裸になるのは嫌です」と言ったら、「裸にならなくても、水着を着てタオルで隠せばいいから」といって庇ってくれて、「それで、フッと気持ちが動いたのか、それから二年後に結婚しました(笑)」。

三ツ矢歌子 in「人喰海女」('60年)

前田通子 ]女王蜂の復讐.jpg 前田通子のインタビューでは、志村敏夫監督の「女真珠王の復讐」('56年)で、彼女の後ろ姿の全裸が出てくるのは「アナタハン事件」をベースにしているとか(映画の方?)。「女真珠王の復讐」の時は、脱ぐシーンがあることが事前に分かっていて、裸になることに「ためらいはございませんでした」と。新東宝を辞める契機となった俗に言う「裾まくり事件」(彼女と一緒に志村敏夫監督も辞めた)については、本人は「嫌だ」とも「やりたくない」とも言っていなくて、ただし急な話だったので「うっ」となった時に昼食休憩に入って、そのまま、「前田通子が現場でゴネてる」という話になったとか。

前田通子 in「女真珠王の復讐」('56年)

 前田通子の話も貴重ですが(インタビュー収録は1996年)、真相は「藪の中」といったところでしょうか。やはり一番面白かったのは丹波哲郎かな(彼のことだから話を"盛っている"ことは十分考えられるが)。

 あとがきによれば、本書の企画自体は1990年代初期にスタートしたものの、諸事情があって10数年以上中断し、5年ほど前に蘇って今年['19年]の刊行に至ったとのこと。800本超のフィルモグラフィーは、先に取り上げた『新東宝は"映画の宝庫"だった』('15年/メディアックス)の第五章「新東宝映画完全リスト」の716本を上回りますが、ほぼ全作品にあらすじや解説がついていて、実はこの作業が一番大変であったとのことです。企画が潰えなかったのは、編者らの努力というか執念のお陰と言っていいいと思います。

       



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