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男性が主人公のものは侘しさがあり、女性が主人公のものの方に「強さ」を感じた。

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田舎のポルシェ

 "今どきの人生"を感じさせるロードノベル3編を収録。収録短篇は、いずれも「オール讀物」に初出掲載されたもの。「田舎のポルシェ」は2020年9・10月合併号に、「ボルボ」は2020年2月号に、「ロケバスアリア」は2021年1月号に、それぞれ掲載された作品です。

「田舎のポルシェ」... 実家の米を引き取るため大型台風が迫る中、強面ヤンキーの運転する軽トラで東京を目指す女性。波乱だらけの強行軍だったが―。

「ボルボ」... 不本意な形で大企業勤務の肩書を失った二人の男性が意気投合、廃車寸前のボルボで北海道へ旅行することになったが―。

「ロケバスアリア」...「憧れの歌手が歌った会場に立ちたい」。70歳を迎えたおかんである私の願いを叶えるため、コロナで一変した日本をロケバスが走る―。

 「田舎のポルシェ」は、軽トラになぜか米を満載にして東京から岐阜に向かう話(都会から地方へ行くということで、最初は状況が掴みにくかった)。農家の事情や登場人物の家族、生い立ち、行く手に立ちはだかる台風などの諸要素がにうまく組み合わせられていて、手練れの技という感じ。文芸評論家の斎藤美奈子氏と書評ライターの細貝さやか氏の対談で「アラフィー女性に読んで欲しい本」の1冊として挙げられていたように思いますが、作者の「女たちのジハード」系の作品とも言えるかも。

 「ボルボ」は、大企業を辞めた60代の男同士が知り合うのってこんな感じかなあと。主人公が長年頑張ってきたボルボに自分を重ねているのがよく分かって切なかったです。自分も、車で北海道に行ったとき、八戸から苫小牧行きのフェリーニに乗ったので懐かしかったです(1等がとれず、2等を予約して乗船してから1等のキャンセルをゲットした)。でも、なんで斎藤氏はわざわざ妻の仕事場へ行ったんだろなあ。

 「ロケバスアリア」の主人公は孫の運転で浜松のホールへ行くわけで、それはホールで歌うという彼女の秘めた決意があるため。この決意の意味が最後に読者に分かるようになっているのがミソで、書評ライターの細貝さやか氏も、生きる尊さを感じさせる中編で、主人公のコロナ禍の決意に勇気をもらったとしてました。やっぱりラストが効いているかな。

 3編ともロードノベルであるという共通点と併せて、いずれも、単なる運転手で主人公とはまったくの他人同士であったり、元は主人公とは他人同士だったのが最近付き合い始め、今回初めて一緒に旅行する関係だったり、古希の主人公とかつて引き取る機会があった孫だったり、これも主人公にとってはまったくの他人の録音ディレクターだったり――といった主人公と"他者"との関係性がモチーフになっている点が同じで、その両者の距離感が、物語の始まりと終わりで変化している(より密になっている)と言えるかと思います。

 そうした関係性の変化を描くことで、人生というものを炙り出しているところがうまいなあと。男性が主人公の「ボルボ」は侘しさがあり、女性が主人公のものの方に「強さ」を感じられた点は、やはり作者らしいのかも。

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作者のこのジャンル(宗教モノ)における集大成的な作品と言えるのではないか。

篠田 節子 『仮想儀礼』.jpg仮想儀礼1.jpg 仮想儀礼2.jpg   教祖誕生.jpg 「教祖誕生」2.jpg
仮想儀礼〈上〉』『仮想儀礼〈下〉』['08年]  「教祖誕生 [VHS]」('93年)萩原聖人

仮想儀礼1.jpg仮想儀礼 2.jpg 2009(平成21)年度・第22回「柴田錬三郎賞」受賞作。

 38歳の作家志望の男・鈴木正彦は、ゲーム会社の矢口誠に誘われ、勤めていた都庁を辞めてファンタジーノベルを書くが、結局矢口の会社が倒産して仕事も家族も失い、不倫がもとで同じく職も家も失くしていた矢口との再会を機に、2人で正彦が書いた原稿をベースとした教義と手作りの仏像で宗教団体を設立、信者は徐々に増え、食品会社の社長がバックに付いてから飛躍的にその数は伸びて、5000人の信者を抱えるようになる―。

 金儲けのために設立した極めていい加減な教義の教団に、こんなにホイホイ入信する人がいるのかなあもと思ったけれども、信者それぞれが抱えている事情が家族崩壊の様々なパターンを示していたりして("生きづらい"系の人にとっては「鰯の頭も信心から」なのか)、更に、色々な成り行きで教団が拡大していく様や、そうした教団に利害ベースで接近を図ったり出入りしたりする様々な人物がリアルに描かれているため、興味深く読めました。

 後半は、更に予期せぬ出来事が次々と起こり、教団はマスコミからの誹謗中傷に加え政治家筋からも圧力をかけられ、一方、一部の女性信者たちが信仰を先鋭化させて暴走し、教祖である正彦自身にもそれを止められなくなってしまう様が、畳み掛けるように描かれていて一層引き込まれました。

教祖誕生ド.jpg「教祖誕生」.jpg 本書を読んで高橋和巳の『邪宗門』を想起する人もいるかと思いますが、個人的には天間敏広監督の映画「教祖誕生」('93年/東宝)を思い出しました。

教祖誕生 [VHS]」 ('93年/東宝/監督:天間敏広/原作:ビートたけし)

教祖誕生ロード.jpg これ、意外と傑作でした(原作はビートたけし)。この映画にも、教団をビジネスと考える者(ビ教祖誕生s.jpgートたけし、岸部一徳)とそこに真実を求める者(玉置浩二)が出てきますが、映画ではむしろ後者に対する揶揄が込められています(オウム真理教による松本サリン事件の約半年前、地下鉄サリン事件の1年半前に作られたという点では予見的作品でもある)。

 「教祖誕生」の主人公の青年(萩原聖人)は、後継教祖に指名されて自分がホントに神になったような錯覚を起こしますが、『仮想儀礼』の主人公・正彦は自分が作り上げたものが虚構であることを忘れない常識人であり、生起する諸問題に仕事上の問題解決に対応するビジネスマンのように、或いは一般的水準以上に理性人として対応しているように思えます。

 しかし、重篤なトラウマを抱えた女性信者など、相手が相手だけに思うように彼らを御しきれず、やがて教団施設や財産の全てを失い、少数のファナティックな信者たちに拉致されるような形で逃避行へと追いやられていくことになり、あくまでもビジネスで「宗教」を始めた男が、そうした過程を辿るというのが、読んでいて強烈な皮肉に思われました。

 信者たちが自らの内面で教義を自己救済的な方向に血肉化させて、教団をカルト化していく様が見事に描かれており、深刻で暗くなりがちな話でありながらも、随所に事態の思わぬ展開に対する主人公の軽妙な嘆き節があり(それこそ、正彦が常識人であることの証しなのだが)、どことなくカラッとした感じになっているのは、この作家の特質でもあるかも知れません(桐野夏生なら、こうはならない)。

 だだ、全体にちょっと長いかなあ。取材したエピソードを出来るだけ漏らすまいという、作者のこのテーマに対する思い入れが感じられるのですが、全体構成的に見ると、前半はもう少し圧縮しても良かったかも。

 とは言え、最後は急速展開。家族による信者奪回などを巡って凄惨な事件も起き、全体にカタストロフィに向かう予感の中、正彦自身にどういった形でそれが訪れるのか、後になればなるほど気がかりになりましたが、エンタテインメントとしてのバランスを保った終わり方になっているように思えました。

教祖誕生ンロード.jpg教祖誕生スチール.jpg「教祖誕生」●制作年:1993年●監督:天間敏広●製作:鍋島壽夫/田中迪●脚本:加藤祐司/中田秀子●撮影:川上皓●音楽:藤井尚之●原作:ビートたけし「教祖誕生」●時間:93分●出演:萩原聖人/玉置浩二/岸部一徳/「教祖誕生」dvd.jpg.png「教祖誕生」岸部.jpgビートたけし/下絛正巳/国舞亜矢/山口美也子/もたいまさこ/南美江/津田寛治/寺島進●公開:1993/11●配給:東宝(評価:★★★★)

ビートたけし/岸部一徳

教祖誕生 <HDリマスター版> [DVD]」(2011)

【2011年文庫化[新潮文庫]】
 

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フジ子・ヘミングを想起せざるを...。優れた芸術とは何かという課題を提示している。

讃歌.jpg 『讃歌』 (2006/01 朝日新聞社)

 テレビ番組制作会社の小野は、クラシック専門のレコード会社社長の熊谷からの情報で、柳原園子という50歳近いヴィオラ奏者の演奏を聴き、クラシックに造詣がないにも関わらず、その演奏に感動する。
 園子は、かつて天才少女ヴァイオリニストと謳われながら、留学先で自殺未遂に至り、その後遺症で寝たきりの生活を送ったあと、大物指揮・佐藤の助言を得てヴィオラに転向、20数年ぶりに復活し、ただし佐藤門下らが占める楽団に加わることなく、教会や公民館のミニ・コンサートで、口コミでファンを増やしていた―、こうした彼女の軌跡を、小野はドキュメンタリー番組にしようと考える。

NHK ビデオ フジコ ~あるピアニストの軌跡~.jpg 番組は実現して大好評を博し、園子は一躍ブームに乗るが...、とここまで来て思い当たるのが、NHKの『フジコ〜あるピアニストの軌跡〜』('99年)でブレイクした「フジ子・ヘミング」で、フジ子はかつて、左耳の聴力を喪失しましたが、その後部分的に回復し帰国、カムバックしたというというところなども似ています。

 しかし何よりも似ているのは、多くの人を感動させる園子の演奏が、音楽評論家や一定水準の英才音楽教育の経験者にとっては、技術的に優れているとは認め難いものであるという点で、フジ子・ヘミングについても、「天才」ではなく「タレント」に過ぎないという評価を聞いたことがあります。

涙の河をふり返れ.jpg 著者は自らの著作のジャンルを特に規定することはしないようで、この作品でも、前半、メディアを通してスターがどのように作られるかが、かつての五木寛之涙の河をふり返れ」('70年/文藝春秋)みたく現場の雰囲気とともに伝わってきて、音楽は作者の得意分野とは言え、よく取材しているなあと(五木寛之は業界出身だけど、篠田節子は元公務員)、ある種、五木が自身の作品を指して言うところの"通俗小説"かと思いきや、後半はメディアに抹殺されるような運命を辿る彼女を、熊谷との絡みでミステリとして描いていました(筋立てはまあまあといったところ)。

 作中の園子の演奏技術にはどこか"演歌"っぽいところがあるようですが、フジ子・ヘミングの演奏についても西洋の奏者にはない微妙な震えのようなものがあるとか。
 何よりも、その人物のバックグランド(人生)が先入観となって、より感動してしまうという点でも、フジ子・ヘミングの人気にも共通するものがあるような気がします。
 解かれたミステリとは別に、優れた芸術とは何かという未解決の課題を提示している小説であると思いました。

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