【2444】 ○ ジョン・カーニー 「ONCE ダブリンの街角で」 (07年/アイルランド) (2007/11 ショウゲート) ★★★★

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ジョン・カーニー監督の原点的作品。映画監督がその初期にしか作れない、原石の輝き。

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ONCE ダブリンの街角で [DVD]」グレン・ハンサード/マルケタ・イルグロヴァ Glen Hansard and Marketa Irglova accept the Oscar for best original song

ONCE ダブリンの街角で01.jpg ダブリンの街中、ストリートミュージシャンの男(グレン・ハンサード)が誰もが知る曲を弾いている。夜になると自分の書いた曲を歌うが、足を止めるものはいない。そこへ、雑誌や花を売っている女(マルケタ・イルグロヴァ)が現れ、小銭をギターケースに入れる。男は皮肉交じりに礼を言うが、女の「お金のため?誰のための歌?恋人はいないONCE ダブリンの街角でs.jpgの?」という問いかけを疎ましく思いながらも相手するうちに、彼の昼の本業である掃除機修理を約束されてしまう。翌日、演奏する男の前に掃除機を引き摺った彼女が現れ、昼食を共にする。女はチェコからきた移民で、父ONCE ダブリンの街角で02.jpg親が音楽家だったという。2人は女がピアノを弾かせてもらっているという楽器店に立ち寄り、メンデルスゾーンを弾く彼女のピアノの腕を確信した男も一緒に演奏、2人のセッションは美しいハーモニーを生む。男はその演奏に自身の喜びを感じ、女に惹かれていく。翌日、男は街で花を売り歩く女を見つけ声をかけるが、前日彼女を短絡的に誘ったため女の態度はそっけない。男は謝り、自分の曲が入ったCDとプレイヤーを渡す。強引に彼女を家まで送ると、家へあがらないかと誘われる。家では母親と幼い娘を紹介され、厳しい移民の生活を目の当たりにする。男は、自分の曲に詞をつけてみないかと提案する。女はその夜、働くばかりの生活を忘れ、心に抱えていた想いを詞に込める―。

ONCE ダブリンの街角で92.jpg ジョン・カーニー監督・脚本による2007年公開のアイルランドの音楽映画。アイルランド映画局の出資を受けつつも製作費10万ドルという低予算で作られた作品で、撮影期間も17日間という短さだったそうです。2007年1月のサンダンス映画祭で観客賞を受賞し、同年3月からの全米一般公開での上映劇場数はたった2館だったのが口コミで話題になり、140館まで劇場数を増やしたとのことで、アカデミー賞の歌曲賞を受賞し(授賞式で主演の1人マルケタ・イルグロヴァが「低予算でも良いものを作れば必ず認めてもらえる」とスピーチを行い、会場から大喝采を受けた)、ミュージカル化されるまでに至っています。自身の監督第2作となるカーニー監督は「ザ・フレイムズ」の元ベース奏者であり、主演のグレン・ハンサードとマルケタ・イルグロヴァの2人も共にプロのミュージシONCE ダブリンの街角で2.jpgャンです。コスト削減のために自然光や友人達の家を使用したりし、パーティのシーンはハンサード自身のアパートが使われ、ハンサードの実際の友人がパーティ参加者および演奏者として出演したとのこと、パーティの席上で歌を披露た婦人はハンサードの母親だそうです。ダブリンの街角でのシーンは許可無しのゲリラ撮影で、望遠レンズを使うことで役者はカメラを意識することなく演技が出来たとのこと、勿論、通行人の多くも自分が映画に映り込んでいることを知らず映っていたわけで、全体として、ドキュメンタリー映画のような雰囲気があります(カメラがずっと細かく揺れていて、アドリブにカメラマンが笑って大きく揺れている場面もある)。

ONCE ダブリンの街角で03.jpg ストーリー的には所謂"ボーイ・ミーツ・ガール"の物語ですが、主人公の男女(最後まで名前で呼ばれることはなく、エンドロールでの役名が'guy''giri'となっているのが洒落ている)が互いに惹かれ合いながらも普通の恋愛映画みたに一緒にはならず、最後は(最後も行き違いのようになってしまうのだが)爽やかに別れるのが却っていいです(ロンドン行きを決めた自分に対する父親からの選別でチェコ製のピアノを買ったのかあ)。

「いいえ、私はあなたを愛している」(字幕なし)

 街でバンドのメンバーを集めるというモチーフや街角でのゲリラ演奏という撮影手法も、主人公の男女が普通の男女の関係にはならず音楽を通してそれ以上の関係になるという展開も、カーニー監督の日本公開第2作「はじまりのうた」('13年/米)に引き継がれています。「はじまりのうた」のキーラ・ナイトレイ演じる主人公の女性はイギリスからONCE ダブリンの街角で1.jpgニューヨークに来たという設定ですが、この作品のマルケタ・イルグロヴァ演じる女性は、チェコからダブリンに来た移民という設定で、共に'異邦人'であることで共通しています(イルグロヴァ自身がチェコのモラヴィア出身)。そうした意味では、カーニー監督の原点的な映画でしょうか。男女のロマンスの部分もカーニー監督の実体験がモチーフになっているとのことです(通りで演奏中にお金が盗まれるシーン、銀行でお金を借りるシーンなどは、グレン・ハンサードの下積み時代の実話だそうだ)。

スウェル・シーズン 来日公演.jpgスウェル・シーズン01.jpg 主演のハンサードとイルグロヴァは映画を通して実生活でも交際を始め、カーニー監督によれば、そのことが2006年1月のダブリンでの僅か17日での撮影を容易にしたとのことですが(1988年生まれのイルグロヴァは当時18歳だった)、2人はその年デュオ・アルバム「The Swell Season」を発表、その後私生活上は別れたものの、「スウェル・シーズン」というデュオは継続しており、2009年には初来日して公演をしています。

 ハンサードとイルグロヴァは私生活でも映画のストーリーのような関係になったわけですが、映画のストーリーで2人が結ばれなかったことにも満足していて、インタビューでハンサードは「アメリカの配給社が結末を変えて私達にキスをさせ、私は映画の宣伝活動に全くやる気をなくした」と語ったとのこと。ハンサードは、男が女に別居中の夫を今も愛しているのか尋ねる場面で、イルグロヴァがチェコ語のアドリブで「いいえ、私はあなたを愛している」(字幕なし)と言ったのに対し、ハンサードは撮影中は役の男同様に彼女が何と言ったのかわからなかったと語っており、映画と現実がいくつかの面でシンクロしているのが興味深いです(男が女にその言葉を英訳するよう求めるが、女の方は含みを持たせながらも自分の言葉の意味は教えなかったという、この一連のセリフや演技も全部アドリブなのか?)。

 「観始めて3分で泣ける」と評判の「はじまりのうた」は、ある意味映画として洗練されており、それに比べると本作は、荒削りの良さとでも言うか原石の輝きとで言うべきか、映画監督がその初期においてしか作れない作品であるように思いました。

Once Dublin no Machikado de (2007).jpgONCE ダブリンの街角で00.jpg「ONCE ダブリンの街角で」●原題:ONCE●制作年:2007年●制作国:アイルランド●監督・脚本:ジョン・カーニー●製作:マルティナ・ニーランド●撮影:ティム・フレミング●87分●出演:グレン・ハンサード/マルケタ・イルグロヴァ/ ヒュー・ウォルシュ/ゲリー・ヘンドリック/アラスター・フォーリー/ゲオフ・ミノゲ/ ビル・ホドネット/ダヌシュ・クトレストヴァ/ダレン・ヒーリー/ マル・ワイト/ マルチェラ・プランケット/ ニーアル・クリアリー●日本公開:2007/11●配給:ショウゲート●最初に観た場所:北千住・シネマブルースタジオ(16-07-02)(評価:★★★★)
Once Dublin no Machikado de (2007)

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