2012年9月 Archives

「●物理一般」の インデックッスへ Prev|NEXT ⇒ 【1808】 日本物理学会 『知っておきたい物理の疑問55

物理というものを身近に感じさせてくれる。テーマを日常に結びつけるのにやや苦労している?。

日常の疑問を物理で解き明かす.jpg
   
   
   
     
    
             東野圭吾.jpg 東野 圭吾 氏(大阪府立大学工学部電気工学科卒)
日常の疑問を物理で解き明かす 東京スカイツリーの展望台からどこまで見える?携帯電話をアルミホイルで包むとどうなる? (サイエンス・アイ新書)』['11年]

 「洗い立ての髪にドライヤーで風を当てるとすぐに乾くのはなぜ?」といった各種日常的な疑問を物理学の観点から解説していて、気軽に手に取れて解説もまあまあ分かり良く(この新書の特長であるフルカラーの図説が効いている)、何となく小難しいイメージのある「物理(学)」というものを身近に感じさせてくれます。

 各章に「日常の物理―熱に関する疑問」といったタイトル付けがされているように、熱、光、音、力と運動、電気と磁気の5つのジャンル分けがされていて、体系的・網羅的であると言えばそうとも言えるし、その分、先にテーマがあって、それを日常の現象に置き換えているようなところも(まあ、日常の疑問と言っても、あくまでも対象となるのは物理現象であるわけだし)。

東京スカイツリー.jpg サブタイトルの「東京スカイツリーの展望台からどこまで見える?」というのは、ナルホド、地球の中心から地表までの距離(地球の半径)にスカイツリーの展望台の高さ(450m)を足した直線と、地球の中心と展望台から見える最遠方の地点(地表)を結んだ直線(地球の半径)と、スカイツリーの展望台とそこから見える最遠方の地点を結んだ直線(求めるx)の、3辺から成る直角三角形を描いて「三平方の定理」で求めるわけだ。
 計算結果は76kmになるとのことで、これが富士山の山頂(標高3,776m)からだと220kmになるそうです。高さの違い程には見える距離の差が無いような印象を受けますが、三平方の定理から逆算すれば、地表からの高さの「平方根」に比例することになるわけで、「平方根」に比例するというのが高さの違い程には見える距離の差が無い結果につながるわけです。これを読んで、1つ基準値を覚えておけば地球の半径が分からなくとも計算できるなあと思いました(あるウェブサイトでは「d(km)=3.57√ ̄h(m)」となっていた。高さ1mのところからは3.57km先まで見えるということである本書もこのように最終公式まで書いてもらえるとより良かったかも)。
 でも、これ、「日常の疑問」であるには違いないにしても、「物理の疑問」と言うより、純粋に「数学」じゃないかなあ。「虹」のテーマと複合させて、表紙カバーの図案にもなってるけれど。

携帯電話をアルミホイルで包むとどうなる.jpg もう一つのサブタイトルである「携帯電話をアルミホイルで包むとどうなる?」というのは、週刊誌(「週刊文春」)に出ていた、着信があると自動的に電源が入ってしまう「キッズケータイ」を巡っての特急電車の優先席での子どもとお爺さんとの間のトラブル話に材を得たもので、これを見ていた物理学者らしい男が、子どもが食べたおにぎりを包んでいたアルミホイルを使って―。
 これ書いていたの、作家の東野圭吾氏だったそうで、やっぱり電気工学科卒だけのことはある。創作っぽい感じもするけれど、実話なのかな。それとも小説の中の話なのかな(映画を観た人の話によると『真夏の方程式』の中でのガリレオ・湯川の行動らしいが)。

 冒頭の「洗い立ての髪にドライヤーで風を当てるとすぐに乾くのはなぜ?」にはナルホドと思わされ、「バスがかけているメガネ?」(バスの後部ウィンドウのガラスが外端方向に厚くなっていてワイドビュー(視野拡大)レンズの役割を果たしているという話)など、著者ら自身が見つけた「日常の疑問」の話もありますが、全体としては、結構テーマを日常に結び付けるのに苦労している印象も。
 「日常」と言うより、いきなり「実験室」的な設定になっているケースも少なからずあり、ドライヤーの話もバスの話も各章の冒頭にきていて、それだけ「日常」に近いという意味で"自信作"ということなのかも。

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小松崎茂が手掛けたプラモデル・パッケージの全ジャンルを網羅し、資料としても第一級。

小松崎茂 プラモデルパッケージ.jpg小松崎茂 プラモデルパッケージ0.jpg   小松崎茂.jpg 小松崎 茂(1915-2001/享年86) 
小松崎茂―プラモデル・パッケージの世界』(1999/04 大日本絵画)

 小松崎茂(1915-2001)と言えば、一定の年齢層の人にとって思い起こされるのは、プラモデル・パッケージのイラストということになるのではないでしょうか。

 本書は、戦闘機、戦艦、自動車、戦車から「サンダーバード」などのTV系SFメカまで、小松崎茂が手掛けたプラモデル・パッケージの全ジャンルを網羅した収録点数452点にものぼる本格的イラスト集で、'60年代から70年代のものが中心ですが、昭和に換算すると、昭和30年代後半から昭和50年頃にかけてということになるでしょうか。

小松崎茂 プラモデルパッケージ1.jpg 昭和40年代の頃は、大体みんな零戦など戦闘機から入って、震電、鍾馗、飛燕とか作ってから、戦車とか戦艦に行ったのではなかったかなあ。戦闘機が比較的、価格的には安かったのに対し、大和や武蔵といった戦艦は相当高かった印象が個人的にはあるけれど、本書掲載のパッケージ・イラストには、それぞれ発売年と当時の価格が記されており、また、その商品の特徴なども解説されていて、資料としても第一級のものとなっています。

 戦車が好きだった人は特に"通"の人が多かった印象があり、61式中戦車がいいとかパットンがいいとかそれぞれに言っていたけれど、戦車は本書の最終章にきていて、こうして見ると、戦車モノは結構70年代まで長くブームが続いたんだなあと。

小松崎茂 プラモデルパッケージ2.jpg TV関連のSFメカも、「サンダーバード」だけでなく(どういうわけか「サンダーバード2号」が抜群にポピュラーだった)、その後人気が出た「ウルトラマン」や「マジンガーZ」のプラモのパッケージも手掛けていて、クワガタ虫など昆虫のプラモデルもあったりし、そのまま日本のプラモデルの歴史を概観することができる本にもなっています。

 冒頭にある小松崎茂自身による小文を読むと、昭和30年頃、彼自身がプラモデルにハマり、雑誌「世界の戦艦」に投稿した文章が田宮俊作氏(後のタミヤ社長)の目に止まり、その依頼を受けて昭和36年からプラモデル・パッケージを手掛け始めたとのこと。プラモデル・ブームというのは昭和30年代中盤以降で、それまで小松崎茂は、少年雑誌の挿画の仕事の方がメインだったようです(リアルタイムでそれらに触れたのは団塊の世代かそれ以前の人の子供時代か)。

 戦争モノのプラモデル・ブームが一区切りしたところで、今度は小松崎茂の弟子の高荷義之氏が勝澤利司氏(後のイマイ社長)を連れてきて、「サンダーバード」を描いて欲しいと―。

 思えば当然のことですが、自分から描こうとしたのではなく、何れも依頼を受けての仕事だったわけで、また、田宮青年が彼の下を訪ねた際のことについて、「ある本で、その折私がタミヤを救ってあげましょうと言った、と書いてあったが、そんなことはあり得ない。私がいくら馬鹿でも、そんな思いあがった発言をする訳がない。仕事を気持よく引き受けただけである」とも書いています(「大家」然としていない「職人」だった)。

 巻末には、小松崎茂の弟子で、小松崎茂研究の第一人者である根本圭助氏による詳細な「小松崎茂バイオグラフィー」や、田宮俊作氏、勝澤利司らの寄稿文が付されており(勝澤氏も、当時「サンダーバード2号」が圧倒的に人気だったと書いている)、根本氏言うところの"スーパーアーチスト"小松崎茂の仕事ぶりや、プラモデルに関するマニアックな話もあって楽しめました。

THUNDER BIRDS サンダーバード.jpg「サンダーバード」 Thunderbirds (英ATV 1965~1966)○日本での放映チャネル:NHK(1966~1967)/TBS(1967~1968)/東京12ch(現・テレビ東京)(1970~1971)/テレビ東京)(1974~1975)/TBS(1980~1981)/フジテレビ(1987~1988)/テレビ東京)(1992~1993)/NHK教育(2003~2004)

Thunderbirds

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ハイスペック豪華本。CG復元画がリアルでダイナミックな「大迫力のヴィジュアル大図鑑」。

生物の進化 大図鑑0.jpg生物の進化大図鑑.jpg(30.2 x 26.4 x 4.2 cm)  EVOLUTION 生命の進化史.jpg
生物の進化 大図鑑』(2010/10 河出書房新社)『EVOLUTION 生命の進化史』(2010/02 ソフトバンククリエイティブ)

生物の進化大図鑑1.jpg 先にダグラス・パーマー『EVOLUTION 生命の進化史』('10年/ソフトバンククリエイティブ)を取り上げましたが、生物進化図鑑の"本命"というとこちらの方になるのかなあ(河出書房、科学図鑑に強いネ)。

 図版数 約3000点、生物の掲載種 772種、索引数 約2300項目、化石写真 約600点、CG復元図 約250点、語解説 約300項目...という文句のつけようの無いほど充実したスペックで、強いて難を言えば9,500円(税別)という、1万円近い価格でしょうか。

 但し、"稀少本"にしては結構売れたようで(今も売れているみたい)、多くの人が"相応の価格"であるとみたということでしょう。全512ページにフルに掲載されている写真や図説の豊富さだけでなく、解説の詳細さなどからみても、まずます頷けます。

生物の進化 大図鑑3.jpg CG復元図がリアルでスゴイ迫力!(子どもでなくとも大人でもぐっと惹かれるものがある)、CGもここまできたかという印象ですが、化石写真などとの配置が上手くなされていて、写真とCGが自然な感じで繋がっているように感じられました(CGがまるで写真のように見えることに加えて、レイアウトの妙が効いているため、相乗効果を醸している)。

 冒頭に「地球の起源」とあり、「地球誕生から5億年」「プレートテクトニクス」「気候の変動」と続くように、古生物学の視点に留まらず、地質学や地球科学の視点も取り入れられていて、動物だけでなく植物の進化にも相当数のページを割いています。

生物の進化大図鑑2.jpg 『EVOLUTION 生命の進化史』もそうですが、こちらは更に陸生動物の登場までに相当のページを割いていて(180頁強)、かなり本格的。でも、子どもたちが喜びそうな恐竜についてもこれまた詳しく(恐竜リスト 約800点)、見開きページいっぱいを使ったダイナミックなCG復元画(骨格見本を含む)だけでなく、その種に見られる部位の特徴などをピンポイントで解説するなどしていて、大人も子どもも楽しめます。
 
 人類の進化についても詳しいですが、その人類進化の部分を、『EVOLUTION 生命の進化史』はイラストを用いて解説していたのに対し、こちらは化石写真中心であるのが対照的であり、『EVOLUTION 生命の進化史』が"生態図"のパノラマという形式を取っているのに対し、生態が不確かなものについての恣意的な想像を排するという本書の姿勢が表れています(但し『EVOLUTION 生命の進化史』の方も、同じ場所の同じ地層に化石が見られた古生物を1つのイラストに収めているという点では、ある種の厳格さを貫いている)。

 高価な価格が難であると言っても、中古市場で購入すれば、家族で科学博物館へでかけたのと同じくらいかそれ以内の出費で、この「大迫力のヴィジュアル大図鑑」という謳い文句に違わぬ豪華本を手元に置くことができるということになるのではと思ったけれど、この手の書籍に共通する傾向として(本の善し悪しや発刊部数の多寡によって差はあるが)、この本も、刊行されて2年くらいしか経っていない現段階では、あまり安い値段では手に入らないみたい。

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専門的だが見易さに工夫。大人でも子どもでも楽しめるパノラマイラスト。読み込むほどに味が。

EVOLUTION 生命の進化史.jpg (29.2 x 25 x 3.4 cm)        生物の進化大図鑑.jpg
EVOLUTION 生命の進化史』(2010/02 ソフトバンククリエイティブ) 『生物の進化 大図鑑』(2010/10 河出書房新社)

EVOLUTION 生命の進化史1.jpg 生命誕生から現在まで、地球35億年の生命の進化の歴史をイラスト化したもので、パノラマ・イラストを全て繋げると全長50メートルにも及ぶという「壮大な命の絵巻物」。

 2009年のダーウィン『種の起源』発刊150周年・生誕200周年を記念しての刊行の"稀少本"とのことで(定価4,700円(税別)、同種の"稀少本"では河出書房新社の『生物の進化 大図鑑』('10年/定価9,500円(税別))が1万円近い価格にも関わらず結構売れたようですが、本書もなかなかの出来栄えではないでしょうか(価格的にはよりお買い得)。

 『生物の進化 大図鑑』のイラストがCGなのに対し、こちらは英国の動物挿絵家で、食器の鳥の図柄や英国切手の図柄をはじめ、世界の童話に独特なタッチの水彩画を描いているピーター・バレットによる手書きイラストです。

何れもいかにも水彩画家らしい淡いタッチで描かれており、『生物の進化 大図鑑』のCGの迫力に対し、線画の緻密さに凝っている感じに何となく昔ながらの「図鑑」の懐かしさを覚えてしまい、こういうのも悪くないなあと。

EVOLUTION 生命の進化史2.jpg 丁度、歴史年表を見ているように、年代表が各パノラマ・イラストの最上部にあり、年代に関する情報や気候と生物相に関する情報が記されていて、下部には、化石産出地のかつての位置と現在の位置(大陸移動しているため両者は異なってくる)の図、種のリスト、イラストの一部のクローズアップや化石写真付きの解説などがあります。

 フルカラー全384ページですが、最初の陸生生物の登場までに80ページ以上のページ数を割いていて、後半140ページは「系統樹」「化石産出地の索引」「種の索引」に充てるなどしており(これらも視覚的に分かり易いよう工夫されている)、アカデミックと言うか、専門家向けという感じもします。

 生物進化史を体系的に理解しようとするにはうってつけの図鑑ですが、パノラマ・イラストは大人でも子どもでも楽しめるものとなっており、『生物の進化 大図鑑』と併せて一家に一冊置いておきたい図鑑、読み込めば読み込むほど味が出てきます。

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大人のアスペルガー症候群について分かり易く解説した入門書。

大人のアスペルガー症候群.jpg 『大人のアスペルガー症候群 (こころライブラリー イラスト版)』(2008/08 講談社)

 自分では一生懸命頑張っているつもりなのに、上司や同僚から「仕事ができない」「常識や礼儀が身についていない」と批判されるのが、アスペルガー症候群の人に多い悩みであり、職場で良好な人間関係が構築できず、勤め先を転々として自信喪失になりケースも多いとのことですが、本書は、こうした大人のアスペルガー症候群について分かり易く解説した入門書です。

 最初にアスペルガー症候群の3つの特性(コミュニケーションの特性、社会性の時性、想像性の特性)を「会話ができているようで、できていない」「社会性がなく、失礼な言動をする」「想像力に乏しく、応用がきかない」と解説したうえで、大人になってからの問題点として、「人にあわせられない疎外感」「職場に定着できない無力感」「誤解と非難がもたらす劣等感」というように展開して、それぞれを丁寧に解説しています。

 「疎外感」「無力感」「劣等感」と並ぶと何だかネガティブな印象を受ける人もいるかもしれませんが、自分が大人になるまでアスペルガー症候群であることに気付かない人もいるわけで、アスペルガー症候群の「サバン症候群」的傾向ばかりを強調した本よりも、現実対応にウェイトを置いている点で信頼でき、また実際的でもあります。

 また、そうした自分が大人になるまでアスペルガー症候群であることに気付かない人のために、「疎外感」のところでは、子ども時代は、「少数の友達とだけ仲が良かった」「いじめにあい、人間関係に悩んだ」、「無力感」のところでは、学生時代「天才肌で、得意科目に自信があった」「言葉使いの悪さをよく注意された」などといった振り返りチェックもあります。

 「劣等感」のところの冒頭に「家族が障害を認めないことに苦しむ」とありますが、アスペルガー症候群の疑いが持たれる人が家族や身近な周囲にいる人にも参考になるかと思います。

 そのうえで、アスペルガー症候群は支援を受けると安定するものであり、そのためにはどうしたらよいかが書かれていますが、本書が全体として、アスペルガー症候群をよく知らない一般の人も含めて読者ターゲットにしているためか、この部分に割いているページ数はさほど多くなく、「障害手帳や福祉手帳は取得できるのか」といった手続き的な内容に終始してしまったのが(監修者の一人が支援・療育において日本の第一人者である佐々木正美氏であるとを思うと)若干もの足りませんでしたが、まず、本人や周囲の人のアスペルガー症候群に対する自己認識や理解を深めることを狙いとした本と見るべきなのでしょう。イラスト等も多く、平易に書かれています。

 解説で、概念図として、「発達障害」という概念の中に「AD/HD」、「LD」、その他として「広範性発達障害」を置き、その「広範性発達障害」の中に「自閉症」と「アスペルガー症候群」を置いていますが、これが現在のオーソドクッスな捉え方なのだろなあ(アスペルガー症候群は関連する発達障害の特性を併せ持つことが付記されている)。

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「宇宙論」の現在を知る上で初学者にとっては分かり易い本(「多元宇宙」論の解説はやや駆け足気味)。

村山斉 『宇宙は本当にひとつなのか』.jpg宇宙は本当にひとつなのか―最新宇宙論入門 (ブルーバックス)』  宇宙は何でできているのか3.jpg宇宙は何でできているのか (幻冬舎新書)

 分かりづらい「多元宇宙」論について、前著『宇宙は何でできているのか』('10年/幻冬舎新書)がその分かり易さにおいて好評だった著者の本を読んでみようと思い手に取った次第ですが、語り口がやさしく、内容については一部やや難しいところもありましたが(一応、科学系新書のブルーバックスだから、その辺りは心しておくべきだった?)、全体としては分かり良かったという印象。

 全8章の前半部分(第1章~第4章)は主に「暗黒物質」についての解説で、近年の研究成果を反映させつつ、丁寧に解説されており、「よく分かっていないもの」を、現在分かっている範囲で分かり易く解き明かそうとする著者の配慮は、前著同様に感じられました。

 第5章で、宇宙の運命と併せて「暗黒エネルギー」(これもまだ分かっていない部分が多い)について解説した後、第6章、第7章で「多次元宇宙」「異次元」について解説、それらを踏まえて第8章で「宇宙は本当にひとつなのか」を論じていて、前著『宇宙は何でできているのか』が素粒子論中心だったのに対し、こちらはより「宇宙論」的な内容となってはいるものの、タイトルにその通り応えている部分は終りの方だけだったのか、という気もしないでもなかったです。

 その終りの方になると、「超ひも理論」やら何やら出てきて急速に難解になり、量子論と宇宙論は不即不離であるため仕方がないことではあると思いますが、図説が少なくなって解説が駆け足になり、タイトルテーマを一定の紙数内に収めようとするあまり、著者の解説の分かり易さという持ち味が、終盤はやや出しきれていない印象も受けました。

 ただ、章末にそれぞれ各章の内容を復習・補足するような形で「質疑応答」を入れており、これがたいへん分かり易く、トータルでみれば、「宇宙論」の現在を知る上で初学者にとっては分かり易い(バランスのとれた)本と言えるかも。
「多元宇宙」論についても、「多次元宇宙」と「多元宇宙」という捉え方があることを整理して、それぞれを解説しているなど、バランスはとれているように思われました。

 因に、全ての素粒子に質量を持たせるヒッグス粒子は、存在が予想されているが未発見であると本書にありますが、本書刊行後半年も経たない'11年12月に、ヒッグス粒子を見つけたという報道がありました(この世界、日進月歩か?)。

《読書MEMO》
質問:暗黒物質の分布は、なんとなく球に見えるのですが、円盤形とかにはならないのですか?
村山:実は、重力で引き合って、円盤の形を保つというのは難しいことなのです。(中略)銀河で円盤がグルグルまわっていられるのは、暗黒物質が球状に分布していて全体的に球形になっているからなのです(62p)
質問:宇宙の年齢というのは137億年なので、宇宙が光の速さで広がったとすると、差し渡し300億光年は越えないのではないでしょうか。なぜ300億光年先の銀河が見えるのですか?
村山:(前略)光源がその場にずっといてくれれば137億光年より先の宇宙はないのですが、光源が離れていっていますので、137億光年より先の宇宙があるのです(74p)(宇宙の膨張速度は光速を越えているということの補足説明が必要?)
質問:暗黒エネルギーについては、エネルギー保存の法則や物質の保存の法則は成り立たないということでしょうか?
村山:物質保存の法則は実はもう成り立っていません。核反応や加速器を使った実験をおこないますと、反応の前後で物質の量が増えたり減ったりすることがありまので、物質だけでは保存しないことがわかっています。しかし、エネルギー全体としては保存しているはずだというのが、普通に考えられるわけです。ところが(中略)膨張している宇宙ではエネルギー保存の法則は成り立たないということになります(127p)
●ミクロの世界で粒子を短い時間観測するととても大きなエネルギーをもっているように見えます。ほんの少しの時間であれば、他からエネルギーを借りてくるようなことができます。量子力学ではエネルギー保存の法則が破られているように見えます(181p)
●この宇宙はうまくできすぎているのです。たくさんの条件をもった宇宙がランダムに作られていったと考えるにはできすぎているとうところから考えられたのが、人間原理です。人間原理によると、人間が存在できるように宇宙の条件がそろえられているのは当たり前のことなのです。人間が存在できる条件を満たしていないと、人間が生まれません。人間が生まれないということは、観測されないわけなので存在しないのと同じなのです。たくさん生まれた宇宙の中で、ごく稀に条件がそろった宇宙に人間が生まれ、そのような特殊な宇宙だけが科学の対象となり、私たちが見ることができるという理論になっています(191P)

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軍医、作家ではなく、一家庭人としての鷗外の人間味が滲み出ている書簡集。

『森鷗外 妻への手紙』.JPG 森鷗外 妻への手紙.jpg    森鷗外.jpg 森鷗外(1862-1922/享年60)
森鴎外妻への手紙 (昭13年) (岩波新書〈第17〉)』『妻への手紙 (ちくま文庫)
志げ夫人
志げ夫人.jpg 今年(2012年)は森鷗外(1862-1922/享年60)没後150周年。本書は、鷗外の二度目の妻・しげ(志げ)への書簡集で(最初の妻・登志子とは、別居後に離婚)、編纂者の小堀杏奴(1909-1998)は鷗外の次女です。しかし、長男(登志子との間の子)の名前が於菟(おと)で、長女が茉莉(まり)(作家の森茉莉)、次女が杏奴(あんぬ)で二男が不律(ふりつ)、三男が類(るい)というのはすごいネーミングだなあ。オットー、マリ、アンヌ、フリッツ、ルイと片仮名で書いたほうがよさそうなぐらいです。

 1904(明治37)年から鷗外の没年である1922(大正11)年までの手紙を収めていて、その多くは鷗外が軍医部長として従軍した日露戦争(1904-05)中のもので、とりわけ1905(明治38)年に集中していますが、この年は、(前年末からの)旅順攻略、奉天会戦、日本海海戦、講和へとめまぐるしい戦局の変化があった年。

 しかし、鷗外の手紙の中で戦局の報告は極めて簡潔になされており、後は「新聞を読むように」とかいった具合で、むしろ、妻の健康と日常の暮らしぶり、生まれたばかりの娘・茉莉(1903-1987)の成長の様子を窺う文章で埋め尽くされているといった感じ(茉莉は何が出来るようになったか、病気はしてないか、といった具合に)。
   
森茉莉.jpg "しげ"とは1902(明治35年)、鷗外が41歳、彼女が23歳で結婚しており、結婚して3年、娘・茉莉が生まれて2年ということで(しかも妻との年の差18歳)、手紙文は読みやすい文体で書かれており、中には(娘に対して)でれでれ状態と言ってもいいくらいのトーンのものもあるのは無理もないか(鷗外の堅いイメージとは裏腹に、ごくフツーの親ばかといった感じ)。

 ドイツ留学時代に彼の地に残してきた恋人のことを生涯胸に秘めつつ、家族に対してはこうした手紙を書いていたのだなあというのはありますが、妻や子への鷗外の想いは偽らざるものであったのでしょう。

 鷗外の妻への過剰とも思える気遣いの背景には、小堀杏奴があとがきに該当する「父の手紙」のところでも記しているように、妻と鷗外の母との不仲(所謂"嫁姑の確執"があったことも関係しているのかも。

森茉莉(12歳) 1915(大正4)年
    
森鷗外 妻への手紙 奥.JPG 手紙の多くが、「○月○日のお前さんの手紙を見た」「その後はまだお前さんお手紙は来ない」といった文章で始まっているように、妻の方からも、近況を伝える返信を書き送っていたと思われ、その妻の手紙は公表されていないわけですが、鷗外が自らの手紙でその内容をなぞったりしているので、大方の内容の見当はつきます。

 鷗外は必ずしも戦地で常に多忙を極めていたわけではないようで、妻から手紙は鷗外自身の無聊を慰めてもいたのでしょう。写真の感想なども多く、そうした鷗外の気持ちを察するかのように、妻しげは、家族の写真などもしばしば送っていたことが窺えます。

 鷗外の手紙の現物は杏奴の死後にも多く見つかっており、その殆どは既に杏奴を通して公表され全集にも収められていたとのことで、杏奴による時系列の並べ順の誤り(ミス)などが一部に見られるものの、少なくとも日露戦争時の手紙はそのまま全部収められているとみていいのではないかと思われます。

 軍医、作家といった鎧を脱ぎ棄て、一家庭人としての鷗外の人間味が滲み出ている書簡集でした。

【1996年文庫化[ちくま文庫(森鷗外『妻への手紙』)]】

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「殺人」より「結婚詐欺」にウェイトが置かれた裁判のような印象を受ける傍聴記。

北原 みのり 『毒婦。.jpg毒婦。 木嶋佳苗.jpg  木嶋佳苗100日裁判傍聴記.jpg
毒婦。 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』['12年/朝日新聞出版] 佐藤優対談収録完全版 木嶋佳苗100日裁判傍聴記 (講談社文庫)』['17年(『毒婦。― 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』を改題)]

 肉体と結婚をちらつかせて男たちから1億円以上もだまし取り、3人の男を練炭で殺害したとして死刑判決を受けた木嶋佳苗被告の100日に及んだ裁判では、彼女のファッションまでもが話題となり、自身のセックスについて赤裸々に語ったことで、日本中が騒然となった―。

 「週刊朝日」に連載された'12年1月から始まった木嶋佳苗被告の35回に及んだ審理の公判傍聴記で、著者はコラムニストであり、本書のトーンも一般的に堅いイメージのある「傍聴記」とは異なり、「傍聴コラム」といった感じ。

 巷で「劇場型裁判」と言われた、そのどの面が「劇場型」だったかが雰囲気的に分かる内容でしたが、タイトルが「毒婦」となっているように、その「劇場」の「出演者」や「観客」を観察しながらも、著者自らも「観客」と一体化している部分もあり、その辺りの著者のスタンスがよく分かりませんでした。

 著者自身は「女性の目線」を意識して書いたわけではないとしながらも「男性に目線」にならないように注意したとあり、結局、決して美人とはいえない容姿で、何人もの男を手玉に取ることが出来た理由を探ることに終始しているようにも思いました(これでは「女性週刊誌」の視点と変わらない)。

 終りの方には、木嶋佳苗の故郷・北海道別海町や事件関係者などへの取材内容もあって、彼女が小倉千加子氏の本の愛読者であったとか、そこそこ丁寧に取材はされていいますが、末尾には上野千鶴子氏の「援交世代から思想が生まれると思っていた。生んだのは木嶋佳苗だったのね」という言葉が紹介されたりもして、こんな方向性の落とし込みでいいのかなあ。

 木嶋被告とはどんな人物なのかを知ろうという熱意は伝わってきますが、被害者の男性達の姿(もうプライバシーも何もあったものじゃない)から「男性の求める理想の女性像とは何か」みたいな方向に行ったリもして、結局最後はややモヤっとした感じ。

 まあ、彼女がどのような人物なのかを、そう簡単に決めつけることもできないし、決めつけてもあまり意味が無いような気もしますが。

 「稀代の婚活詐欺師」と言っても、結婚詐欺師は男女にわたって世に沢山いるだろうし、やはり何と言っても彼女の特異な点は、その行為の落とし込み所が全て、男性に睡眠薬を飲ませて練炭を用いて殺害するという「殺人」行為であるということに尽きるでしょう。

 彼女の周辺で不審死を遂げている男性は6人(この裁判の対象になっていない3人の事件は民事的にはどうなるのだろうか)。まるで超過密スケジュールで「仕事」をこなしていくように、男性を取り込んでは殺人を繰り返していますが、どこか、その"手際の良さ"に感服してしまっているところが、本書の根柢にあるように思われました。

 こうした裁判においては、「動機」よりも成した「行為」そのものの方を重視すべきではないかな。「事故」ではなく「故殺」であることが客観的に立証されることが最優先であると思うのですが、裁判自体が「動機」の方に関心が行き過ぎて、"心理戦"の様相を呈しているようにも思いました(その"心理戦"において"堂々としている" 木嶋被告に、更に感服してしまっているキライも本書にはある)。

 裁判員制度下では、こうした事件は、「動機」から容疑者の"非人間性"を炙り出す(併せて、同時に被害者の"無念"を露わにする)という、こうした法廷戦略になりがちなのか。一審判決は死刑だったけれども、印象的には検察側の戦略はあまり上手くいっていないように思えました。

 結局「殺人」事件の裁判ではなく、「結婚詐欺」事件の裁判みたいになっている印象を受けるのは、あくまでも著者の傍聴内容からのピックアップの仕方が偏っているからであり、実際の審理は"文脈的"にはもっとマトモで、必ずしも著者がピックアップしているようなことばかりではなかったこのではないかという気もしたのですが、法廷で自身の名器自慢などを堂々と語られると、注目・関心がそちらの方へどっと流れてしまうというのはあるのかも。

【2017年文庫化[講談社文庫(『佐藤優対談収録完全版 木嶋佳苗100日裁判傍聴記』)]】

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彩色絵葉書で見る「大東京」の変遷。膨大な「生田コレクション」の一端。

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ロスト・モダン・トウキョウ (集英社新書<ヴィジュアル版>)』['12年]

 関東大震災後の復興から東京オリンピック開催までを絵葉書(主に彩色絵葉書)で追ったもの―と言っても、単に時系列で並べるのではなく、序章「復興」の後は、「銀座」「日本橋」「丸の内、日比谷」「上野」「浅草」「新宿、渋谷」といった地域ごとに括った章と、「夜景」「祝祭」「鉄道と市電」「遊覧バス」「東京タワー」「羽田」といった交通機関などテーマごとに括った章が交互にくる構成になっています。

ロスト・モダン・トウキョウ 101.bmp こうした構成により、大都市・東京のモダン化の過程における「主役」の変遷も見てとれますが、重要文化財建造物として外観上は保存されているもの(「日本橋」「和光ビル」「市政会館」など)は別として、今はすっかり変わって昔の面影さえも無くなってしまったものもあれば、何となく今もその雰囲気を残しているものもあったりして興味深いです。

 例えば、日本で最初の地下鉄は、1927(昭和2)年に上野・浅草間で開通した同じものですが、同じ地下鉄の出入口でも、上野は今のどこにあたるか分からなかったけれども、浅草は、ああ、あそこか、という感じで、(今も意匠が似ている)次に古い銀座線の終点となる渋谷駅は、当初からデパートのあるターミナルビルの中に吸い込まれていくような作りだったわけだなあと。

ロスト・モダン・トウキョウ 105.bmp 東武線の駅と松屋浅草店が一緒になった東武浅草駅などは、私鉄の高架線の発達に伴って作られた高架駅のハシリであり(右写真:隅田川を渡る東武鉄道)、「市電」も銀座通りのど真ん中を走るなどして(下写真)、公共交通機関の主役として非常に発達していたわけですが、これも銀座通りに限らず、都内のあちこちの幹線道路の中央分離帯などに、今もその名残りが見られます(特に鉄道ファンというわけではないのだが、本書の鉄道関係は結構興味深かった)。

ロスト・モダン・トウキョウ 108.bmp 著者は、産経新聞の記者だった1999(平成11)年、古いパリの様子を調べる手段として絵葉書の重要性を知り、芸術写真とは違って、街の普通の姿を示す絵葉書の魅力に取りつかれ、今や十数万枚を蔵するコレクターとして知られています(十年そこそこの期間で集めた割には膨大な数!)。

 「生田コレクション」を知る人からすれば、本書に紹介されている絵葉書はそのほんの一部にすぎず、そのコレクションから抜粋すれば、こうした本は何冊でも刊行できてしまうということになるようです(スゴイね)。

 それにしても、関東大震災(1923年)から東京オリンピック(1964年)まで41年、東京オリンピックから現在(2012年)までの間に、もうそれ以上の年月が流れているのだなあ。

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