2007年3月 Archives

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身体的な旅と精神的な旅の連動。ガン死を遂げた兄への想いなどを通して「祈り」を考察。

なにも願わない 手を合わせる.jpg 『なにも願わない手を合わせる』 ['03年/東京書籍] なにも願わない手を合わせる.jpg 『なにも願わない手を合わせる (文春文庫)』 〔'06年〕

藤原 新也 『なにも願わない 手を合わせる』.jpg 四国霊場巡りから始まる写文集で、著者は父、母と肉親が他界するたびに四国の地を訪れてきたといい、今回は兄を亡くしての旅路。

 全東洋街道』('81年)も終着点は高野山だったし、いずれこの人は抹香臭い方向に傾倒していくのかなあと、表題のせいもあってやや固定観念で捉えてしまっていましたが、読んでみて、まさに「なにも願わない 手を合わせる」というこの表題こそ、本書が、「祈願」するという人間行為の「祈」と「願」を分かち、ただ「祈る」だけという行為の先にあるものを体感的に考察した試みであることを、端的に表したものであることに気づきました(思えば人は、手を合わせたら何かを願ってしまう習性があるかも。あるいは、願い事のためにしか手を合わせないということか)。

 50代でガン死を遂げた兄との、幼い頃の犬を飼った思い出や、あるいは亡くなる直前の食事の思い出などは、読む者の胸を打ちます。
 その他にも、さまざまな形で亡くなった死者たちへの想いは、それぞれに切ないものですが、死者というのは自分の心の中にいるものであり、本書は、自分自身の中にいる死者との対話といった趣があり、そして、それは、祈るという行為とも重なることなのだろうなあと。
 そうした思い出を反芻することで、自らを浄化している自分がいる―、そのことを著者は冷静に捉えていると感じました。

 四国霊場八十八ヶ所を"踏破する"といったものではなく、自分の過去に旅しているという感じでしょうか。ただし、"身体的な旅"と"精神的な旅"は連動していて、現実の旅においても出会いや発見があります。
 暗い話が多いかというとそうでもなく、夫婦で四国へ旅に来た老女が途中で連れ添いに死なれ(やっぱり暗い?)、「寺で死んで本当にありがたかった。何から何までお寺さんがやってくれて、きれいさっぱり成仏でしたわ」なんてあっけらかんとしているはかえって面白いけれども、結構ホントそうかもと思わされたりしました。

 後半、一部に、近年著者が追っている渋谷系の少女などを巡っての社会批評的なコメントが入ったりして、本全体としてのテーマがやや拡散的になったきらいがあるのが、個人的には残念。
 
 【2006年文庫化[文春文庫]】

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'80年代初頭の日本社会を独自の視点で鋭く考察。でも、インドの話がやっぱり良かったりして...。

藤原 新也 『東京漂流』単行本.jpg東京漂流 朝日文庫.jpg         全東洋街道 上.jpg 全東洋街道 下.jpg
東京漂流』朝日文芸文庫〔'90年〕 『全東洋街道』集英社文庫
『東京漂流』['83年‣情報センター出版局]

kafu藤原 新也 『東京漂流』3.jpg 写真家である著者が10数年に及ぶインドほか各地の放浪の総括として、トルコからインド、チベット、東南アジアを経由して、最後は高野山で終わる旅をし、それを記した写文集全東洋街道を上梓したのが'81年。その後、著者は東京に住まい、今度は視線を国内に向け、'80年代に入ったばかりの日本社会を独自の視点で鋭く考察した随想が本書です。

 著者は、'60年代の高度成長の時代に対し、'70年代を利己主義(ミーイズム)の時代、'80年代ニューファミリーが台頭する「ブンカの時代」とし、電化製品などに代表されたかつての「三種の神器」は、「フランスパンとブランデーとレギュラーコーヒー」にとって代わられたのではないかと。すでに旧「三種の神器」を手に入れ、自足してもよいはずの日本人が、経済が低成長期に入っても休まずに働き続けたのは、まだ「家」を手に入れてなかったからと(ナルホド)。田園調布に家が建つ」という漫才のフレーズが流行る一方で、持ち家を手にした時には家族の絆は消えていて、そうしたことを'80年11月に起きた「金属バット両親撲殺事件」に象徴させて述べる語り口は、ある意味、わかりやすいものです。

ka藤原 新也 『東京漂流』.jpg 久しぶりに読み返して、他の著者の写文集に比べ、写真がずっと少ないことに気がつきましたが、洗練化、偽善化された社会からはみ出した者が起こしたと分析する「深川通り魔殺人事件」の川俣軍司の写真や、雑誌「フライデー」の連載打ち切りの原因となった、「ヒト食えば、鐘が鳴るなり法隆寺」というコピーのついたインドで人の死体を野犬が食べている写真など、1枚1枚がキョーレツに印象に残っています。

 でも、本作はやはり文章で勝負している感じ。国内の経済社会動向とそこに生きる日本人の価値観の分析も確かに鋭いけれど、インドの旅で病に感染している子どもたちに接吻していた女性の行為についてのらい病病院の婦長との対話などは、救いとは何かを考えさせられ、ミーイズムとか偽善とかいう問題のレベルを超えていて(彼岸の差がある)感動します。

kafu藤原 新也 『東京漂流』2.jpg
 
 【1990年文庫化[新潮文庫]/1995年文庫化[朝日文芸文庫]】

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枠組みは重厚な企業小説だが、中身は随所に軽妙なタッチも。

深田 祐介 『炎熱商人』.jpg 炎熱商人 上.jpg 炎熱商人 下.jpg  炎熱商人図1.jpg炎熱商人図2.jpg
炎熱商人(上) (文春文庫)炎熱商人(下) (文春文庫)』〔'84年〕 NHKドラマ「炎熱商人」['84年]主演:緒形拳
炎熱商人(1982年)

 1982(昭和57)年上半期・第87回「直木賞」受賞作。

 フィリピンで木材の取引きに関わる商社マンたちの活躍を描いた長編小説で、中堅商社・鴻田貿易のマニラ事務所長・小寺和男(後に支店長)、荒川ベニヤという合板メーカーから鴻田貿易に出向し木材の現地検品などを担当する石山高広、鴻田貿易マニラ事務所の現地雇用社員で日比混血児であるフランク・佐藤・ベンジャミン(佐藤浩)といった人物を軸に、彼らが建築業者や現地の材輸出業者と織り成す壮絶な商戦の模様を、佐藤の幼少期にあたる戦時中のマニラの軍事的事情などを交錯させつつ展開していきます。

 枠組みは重厚な企業小説で、実際に現地で起きた邦人の受難事件(1971年11月21日、フィリピンのマカティ市で住友商事マニラ支店長が射殺され、店員一人も重傷となった事件)に着想を得ての結末は、まさに非業の死というべきものですが、物語の中身は、佐藤と現地業者のやりとりなど随所に軽妙なタッチも見られ、そう言えば作者は「スチュワーデス物語」の原作者でもあったなあと。

 個人的には、荒川ベニヤのある東京・荒川区の町屋という場所に馴染みがあり親しみを覚えましたが、石山の母・咲子と石山の漫才のような会話などはややサービス精神過剰な感じもしました。
 この作品で作者は6回目のノミネートで直木賞を受賞しましたが、選考委員の1人だった池波正太郎などは、「東京の下町と江戸ッ子を売り物にする、歯が浮くような老女があらわれ、事々にブチこわしてしまうのは残念だった」と言っています。

 登場人物が多すぎて出だしなかなか流れに乗れない面もありますが、後半の盛り上がりはエンタテインメントとしての魅力を充分発揮しており、トータルで見れば(パワーでねじ伏せている部分もあるものの)よく出来ている作品だと思いました。企業小説にとって「直木賞」というのはなかなかハードルが高いのでしょうか。

炎熱商人図1.jpg炎熱商人図2.jpg炎熱商人図3.jpg '84年にはNHKで、大野靖子(1928-2011/82歳没)の脚本でテレビドラマ化されていて(出演:緒形拳=小寺、松平健=石山、中条きよし=佐藤)、なかなか上手く作られているように思いました(かなり感情移入できた)。

 石山役の松平健は熱血商社マンを好演していましたが、その時は、ワイシャツやスーツが似合うのが意外な感じがしました(後にスーツのコマーシャルに出演するようになるよりも随分と前の話)。

炎熱承認 試写室.jpg「炎熱商人」●制作年:1984年●演出:樋口昌弘/平山武之●制作:土居原作郎●脚本「炎熱商人」2.jpg炎熱商人ドラマ.gif:大野靖子●音楽:池辺晋一郎●出演:緒形拳/松平健/中条きよし/トニー・マベッサ/シェリー・ヒル/チャット・シラヤン/ローズマリー・ヒル/ヴィック・ディアス/アナクレタ・エンカルナシオン/クリスティ・ギドエ/ルネ・ルクェスタス/テリー・ババサ/ルスティカ・カルピオ/市原悦子/高峰三枝子/勝野洋/梶芽衣子/古城都/にしきのあきら/藤岡琢也/佐藤慶●放映:1984/05(全2回)●放送局:NHK
 
 【1984年文庫化[文春文庫(上・下)]】

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スケールの大きなからくりがミステリー気分を盛り上げる表題作。るいって生活臭さがないなあと。

狐の嫁入り.gif  『狐の嫁入り―御宿かわせみ (1983年)』 狐の嫁入り2.jpg 文庫旧版  狐の嫁入り3.jpg 『狐の嫁入り―御宿かわせみ〈6〉 (文春文庫)』 新装版 〔'04年〕

 江戸のはずれで、花嫁行列の駕籠が宙に浮き、青白い狐火が舞うという"狐の嫁入り"騒ぎが何度かあり、ついに本所でも目撃者が現れ。同心の畝源三郎、八丁堀与力の弟、神林東吾ら調査に乗り出す。一方、材木問屋の娘およねは金貸し検校の家へ嫁ぐことになっていた...。

 '82(昭和57)年から翌年にかけて発表された作品を集めたシリーズ第6作。
 表題作の「狐の嫁入り」のほかに、「師走の月」「迎春忍川」「梅一輪」「千鳥が啼いた」「子はかすがい」を収録していますが、中でも「狐の嫁入り」は、スケールの大きなからくりがミステリー気分を盛り上げます。
 この作品で使われている手は、シリーズでそう何回も使える手ではないけれど、いったんこの手を使うとなると、かなり自由な構想で描けるのでは(宮部みゆきもどこかで使っていましたね、この手を)。
 今で言えば「刑事事件」と言うより「民事」に近くて、"警察"がここまで介入していいのかなあというのもありますが、その辺りも時代物の自由さか。

  宿屋「かわせみ」の女主人るいを取り巻く登場人物のキャラクターも定着してきて、話ごとに登場する美女に東吾が気を惹かれ、それにるいがやきもきするのも予定調和の範囲内。
 作者はシリーズの連載を始めるにあたって、捕物帳と言うより、グランドホテル形式の物語を想定したとのことですが、昭和40年代のテレビドラマで「肝っ玉かあさん」(脚本:平岩弓枝、プロデューサーは「渡る世間は鬼ばかり」の石井ふく子)というのがありましたけれど、脇役の固め方とかには若干そうしたものを想起させる雰囲気も感じます。

 しかしながら、ホームドラマに"堕す"ことがないのは、るいと東吾の関係が世間を忍ぶものであるという設定によるところもあるでしょうが、女主人るいの生活感がきれいに(意図的に?)拭い去られているという部分も大きいのでは(るいが糠味噌つけたり襖替えしたいする場面は無いですよね)。
 いずれにせよ、読み始めるとハマるシリーズです。コレは。
 
 【1986年文庫化・2004年文庫新装版[文春文庫]】

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第1話は異色作。大川端でなく柳橋にあった「かわせみ」。後に3歳修正された"るい"の年齢。

御宿かわせみ 上.jpg 御宿かわせみ 下.jpg    御宿かわせみ.jpg 江戸の子守唄.jpg 水郷から来た女.jpg 山茶花は見た.jpg
単行本『御宿かわせみ〈上・下〉 (1980年)』/文庫新装版『御宿かわせみ〈新装版〉 (一) (文春文庫)』『御宿かわせみ〈新装版〉 (二) (文春文庫)』『水郷から来た女―御宿かわせみ 3 (文春文庫)』『山茶花は見た―御宿かわせみ〈4〉 (文春文庫)』(装丁:蓬田やすひろ)

 元同心の娘で、江戸大川端の宿屋「かわせみ」の女主人"るい"と、その幼馴染みで、八丁堀の与力を兄に持つ東吾の2人の恋を軸に、市井に起きる数々の事件を下町情緒を交えて描いた人気シリーズの第1話から第33話までを収録していて、シリーズ第1作から第4作(『御宿かわせみ』、『江戸の子守唄』、『水郷から来た女』、『山茶花は見た』)の合本です。

 雑誌連載のスタートは'73(昭和48)年だったということで、池波正太郎の「鬼平犯科帳」シリーズのスタートと5年ぐらいしか違わないのですが、今風で読みやすく、人情とサスペンスがほどよく相俟って読後感もいいです。
 ただし、第1話の「初春の客」などは、日蘭混血遊女と黒人奴隷の凄絶な恋の行方を描いた異色の"道行き"物語で、このシリーズの標準的なトーンとは随分違って暗い感じ。でも、これはこれで、心に残る話でした。

 第1話、第2話では「かわせみ」が大川端ではなく、少し川上の柳橋に在る設定になっていたことに気づきますが、それよりも"るい"の年齢が25歳になっていて、東吾は24歳(33話までには彼女は29歳ぐらいになっている)、'04年刊行の新装文庫版で、"るい"の年齢が22歳からスタートしているのとの違いがわかります。
 しっかりした性格の中にも可愛らしさを見せる"るい"の年齢は25歳である方が自然で、22歳だと東吾は21歳ということになり、2人とも大人びていすぎる感じがします。

 実際にそこは作者の計算で、江戸時代の感覚では女性は16ぐらいが花で20ぐらいだと嫁に行き遅れみたいな感じだったようですが、それでは現代の感覚と合わないので、最初は敢えて"るい"の年齢を25歳にしたとのこと。
 ところが連載が好評で、「時が流れる」スタイルをとっているため、このままでは"るい"がどんどん年齢を重ねてしまうので、35話で彼女の年齢を29歳から3歳戻して26歳にし、それに伴って第1話のときの年齢を25歳から22歳に修正したとのこと。
 結果的に、現代の年齢感覚から江戸時代の感覚に戻したということでしょうか。

 嘉助やお吉など、"るい"をとりまく人たちがいい人すぎるきらいもありますが、スリ"休業中"(廃業はしていない)という美男子の板前「お役者松」などのユニークなキャラクターがアクセントになっていたりして、飽きさせないものがあります。

御宿かわせみ 選集 第一巻 [VHS].jpg御宿かわせみ 真野響子版.bmp この「御宿かわせみ」は何度も単発乃至シリーズでテレビドラマ化されており、若尾文子、真野響子、古手川祐子、沢口靖子、高島礼子といった女優が"るい"役を演じています。
 最近では、NHKの高島礼子版が、明治期までを演じていたりしますが、同じNHKの真野響子版も懐かしい(東吾とるいは、正式な夫婦になっていないところが良かったんだよなあ)。
     
御宿かわせみ 選集 第一巻 [VHS]」真野響子/小野寺昭

御宿かわせみ 山口崇2.jpg御宿かわせみ 山口崇.jpg「御宿かわせみ」●演出:佐藤幹夫/松橋隆/清水満●制作:村上慧●脚本:加藤泰/伊上勝/大西信行●音楽:池辺晋一郎●原作:平岩弓枝●出演:真野響子/小野寺昭/山口崇/田村高広/河内桃子/安奈淳/花沢徳衛/水原ゆう紀/織本順吉/結城美栄子/大村崑●放映:1980/10~1981/03/1982/10~1983/04(全48回)●放送局:NHK
山口崇(東吾の親友の定廻り同心・畝源三郎)
 
 【1974‐77年単行本〔毎日新聞社(『御宿かわせみ』『江戸の子守唄』『水郷から来た女』『山茶花は見た』)]/1980年単行本〔文藝春秋(上・下)]/1979‐80年文庫化・2004年文庫新装版[文春文庫]】

平岩弓枝.jpg平岩弓枝(ひらいわ・ゆみえ)2023年6月9日間質性肺炎のため東京都内の病院で死去。90歳。 作家・脚本家。小説「御宿かわせみ」シリーズやテレビドラマ「肝っ玉かあさん」の脚本などで知られ、文化勲章を受章した。

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