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「ビジネスエリート」と言うより「サラリーマン」目線であることに終身雇用時代を感じる。

ビジネスエリートの新論語4.JPGビジネスエリートの新論語3.JPG 名言随筆 サラリーマン1.jpg ビジネスエリートの新論語1.jpg
ビジネスエリートの新論語 (文春新書)』『名言随筆サラリーマン (1955年)』『ビジネスエリートの新論語』(1972年)

ビジネスエリートの新論語ド.jpg 1955(昭和30)年、サラリーマン時代の司馬遼太郎が本名・福田定一の名で刊行した、古今東西の名言を引用して語る人生講話風のサラリーマン向けのエッセイの復刻刊行。新書口上には「後年、国民作家と呼ばれる著者の、深い人間洞察が光る。"幻の司馬本"を単独では初の新書として刊行!」とあります。

 1955年に六月社から刊行された時は『名言随筆 サラリーマン―ユーモア新論語』というタイトルだったのが、1972(昭和47)年に新装版となって六月社書房より刊行された際に『ビジネスエリートの新論語―サラリーマンの原型を侍に求める』というタイトルに改題され,この時も福田定一の名で刊行されています(この間、'65年に六月社から、'71年に文進堂から、共に『サラリーマンの金言』というタイトルで別バージョンが刊行されている)。

 当時(1955年、著者32歳)から既に博覧強記ぶりが窺えますが、金言名句ごとの文章の長さはまちまちで、忙しい記者生活(産経新聞文化部の記者だった)の間にこつこつ書き溜めたものなのでしょうか。意外とユーモアや遊びの要素も入っていて、気軽に読めるものとなっています。

 印象としては、確かにビジネスエリートとしての矜恃を保つことを説いている箇所もありますが、会社社会の中で生きていくための処世術的なことを説いている箇所もあって、当初の『名言随筆 サラリーマン』のタイトルの方が内容的にはしっくりくるような気がしました。

 Amazon.comのレビューなどを見ると、"今読んでもまったく色褪せていない"的なコメントが幾つかありましたが、基本的には金言名句を取り上げているため、確かにそういうことになるでしょう。一方で、今と違うのは、会社および会社の中にいる自分(乃至は読者)というものを半永続的に捉えていて、つまり終身雇用が前提になっているという点であり、当時は今よりも上司の部下に対する生殺与奪権者としての力が大きかったことを感じました。

 第一部はやや文章がやや粗いかなあと思われる部分もありましたが、第二部に描かれている二人の老サラリーマンとの出会いの話は物語的にも読めて秀逸であり(実際に著者はこの二人の記者との出会いに大きな影響を受けたそうだが)、これだけ書ければもういつでも作家として独立できそうな気もしますが、著者が産経新聞を退社したのは6年後の1961(昭和36)年で、『梟の城』で第42回直木賞を受賞した翌年のことになります。

 この後も6年間もサラリーマンをやっていたのかあという、やや意外な印象を受けました。まあ、結婚前後の時期にあたり会社を辞めることに慎重だったというのもあるかもしれないし(著者がその前に勤めていた新聞社は倒産していて、産経新聞社は3社目の就職先だった)、仕事そのものが記者という「書く」仕事であったということもあるかと思いますが、やはり、会社ってそう安易に辞めるものではないというのが当時の社会通念としてあったのではないかと思います。

 そう思って本書を読むと、ますます「ビジネスエリート」と言うより「サラリーマン」といった言葉の方がフィットするように思われ、また、そうした上から目線ではない、ほどよい目線で書かれていることが、読者の共感を生むのかもしれないと思った次第です。

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強烈な自己規律で武士道に生きた河井継之助の生涯。作者の60年代作品は自由度が高くて面白い。

司馬 遼太郎 峠 単行本 前編.jpg司馬 遼太郎 峠 単行本 後編.jpg 司馬 遼太郎 峠 文庫  上.bmp 司馬 遼太郎 峠 文庫  中.bmp 司馬 遼太郎 峠 文庫  下.bmp峠 (上巻) (新潮文庫)』『峠 (中巻) (新潮文庫)』『峠 (下巻) (新潮文庫)
峠 前編』『峠 後編

河井継之助.jpg 幕末、雪深い越後長岡藩から江戸に出府した河井継之助(つぎのすけ)は、いくつかの塾に学びながら、歴史や世界の動きなど物事の原理を知ろうと努め、更に、江戸の学問に飽き足らなくなった継之助は、備中松山の藩財政を立て直した山田方谷のもとへ留学、長岡藩に戻ってからは藩の重職に就き、様式の銃器を購入して富国強兵に努めるなど藩政改革に乗り出すが、ちょうどその時、大政奉還の報せが届いた―。

河井継之助

司馬遼太郎 峠 3巻.JPG 開明論者であり、封建制度の崩壊を見通しながらも、家老という立場から長岡藩を率いて官軍と戦うという矛盾した行動をとらざるを得なかった河井継之助の悲劇を描いた長編小説で、1966(昭和41)年11月から1967(昭和43)年5月まで約1年半に渡って毎日新聞に連載された新聞小説ですが、『竜馬がゆく』の完成からほぼ半年後に書き始められ、作者が一番脂が乗り切っていた頃の作品と言えるのではないでしょうか。

 この小説によって、坂本竜馬や西郷・大久保や勝海舟などの幕末・維新の立役者に比べると一般にはそれまであまり知られていなかった河井継之助の名は、「最後の武士」として注目を集めるようになったと言われますが、武士の時代の終わりを最も鋭敏に感知しながらも、藩士として生きなければならないという強烈な自己規律によって武士道に生き、「最後の武士」と言われるようになったというのはある意味で皮肉なことなのかも。

 但し、作者自身、本書のあとがきにおいて、継之助がその死にあたって自分の下僕に棺を作らせ、庭に火を焚かせ、病床からそれを見つめ続けていたという、作中の凄絶なエピソードを再度とりあげ、継之助に見る武士道哲学を強調していることからも、この作品において「武士道倫理」「武士道精神」の凝縮された一典型を描こうとしたことは明らかであるように思います。

 継之助が自らの置かれた立場から「いかに藩をよくするか」に専心し、「中立国家」という理想を目指したのは「武士道倫理」からくるものであり、その想いが果たされないまま、「いかに美しく生きるか」という方向に転換されていったのは、これもまた「武士道精神」であるということでしょう。

 実際の河井継之助という人物は、官軍に徴発された藩民を殺戮したりもするなどの冷徹さも持ち、また、維新史上最も壮烈な北越戦争を引き起こした張本人として、その墓碑が砕かれたりもしたりして、必ずしもヒーロー的な存在とは言えない面も多々あったようですが、作品ではその部分はねぐって、継之助の女郎買いの話を織り込むなどして英傑(色傑?)ぶりを強調するだけでなく、公家女との神秘的な交情の話を織り込むなどして、物語としての面白味も全開。

 何せ、継之助の自筆で現存しているのは江戸から備中松山へ向かう際の旅日記『塵壺』のみ、本書が出る前にあった研究書は今泉鐸次郎著『河井継之助伝』(1910年)くらいだったというから、このことが却ってかなり自由に書ける要因になったのではないでしょうか。

 確かに『燃えよ剣』などもかなり自由に書いているけれど、土方歳三と架空の恋人「お雪」との函館での逢瀬の場面で、その日に歳三は函館にはいなかったという指摘が読者からあったりして、改版時に書き直しをせざるを得なかったとのこと。こうしたことに懲りたのかどうかはともかく、この作家の後期の作品には、史実を書き連ねて構成するタイプのものが多くなっており、やはり作者の60年代頃の作品群が一番面白のではないかと、個人的には改めて思いました。

花神 河井継之助1.jpg花神 河井継之助2.jpg 因みに司馬遼太郎が日本近代兵制の創始者・大村益次郎(村田蔵六)の生涯を描いた『花神』(1969(昭和44)年10月から1971(昭和46)年11月まで朝日新聞夕刊に連載)が'77(昭和52)年のNHKの大河ドラマ「花神」として放映された際に、脚本を担当した大野靖子(1928-2011/享年82)は、ドラマの中に『花神』だけではなく、司馬遼太郎作品から『世に棲む日日』『十一番目の志士』、そして、この『峠』の要素も織り込んだため、ドラマ花神4.jpg花神vhs.jpgでは河井継之助の活躍も結構取り上げられていたようです。主人公の大村益次郎を演じたのは中村梅之助(おでこに詰め物をして風貌を本人と似せた)、河井継之助を演じたのは高橋英樹(風貌がカッコ良すぎて実物と随分違うが...)でした。総集編のビデオ(全5巻)はあったものの(後にDVD化)、本編の方はオリジナルテープがNHKにも無いとのことです(当時はTV番組用のビデオテープが高価だったため、どんどん上書きして他の番組に使い回ししていた)。

「グラフNHK」より(下)  「花神」●演出:斉藤暁ほか●脚本:大野靖子●制作:成島庸夫●音花神 河井継之助 グラフnhk .jpg楽:林光●原作:司馬遼太郎「花神」「世に棲む日日」「十一番目の志士」「峠」(「燃えよ剣」)●出演:中村梅之助/中村雅俊/篠田三郎/米倉斉加年/西田敏行/田中健/大竹しのぶ/秋吉久美子/志垣太郎/尾藤イサオ/東野英心/夏八木勲/岡本信人/愛川欽也/月丘夢路/池田秀一/長塚京三/大滝秀治/金田龍之介/草笛光子/田村高廣/加賀まりこ/宇野重吉/浅丘ルリ子/高橋英樹●放映:1977/01~11(全52回)●放送局:NHK

【1968年単行本[新潮社(上・下)]・1993年改訂/1997年文庫化(上・下)・2003年改訂[新潮文庫 (上・中・下)]】

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弱将・劉邦が名将・項羽をなぜ倒すことができたのかという点に読者を引き込む。

項羽と劉邦 (上).png 項羽と劉邦 中巻.jpg 項羽と劉邦 下.jpg 単行本(上・中・下) 項羽と劉邦.jpg 新潮文庫(全3巻)

 1977(昭和52)年から79(昭和54)年にかけて「小説新潮」に連載された作品で(連載時のタイトルは「漢の風、楚の雨」)、始皇帝亡き後の乱世中国の覇権を争った2人を、その性格や気性を対比させながら描き、農民出身の田舎武将で戦さは負け続けだった劉邦が、連戦連勝でいち早く名将の名を馳せた項羽をどうして最後倒すことが出来たのかというところへ読者の興味を引き込んで、長篇ですが一気に読ませます。

 要するに項羽というのは何もかも自分でやらないと気がすまないし出来る自信もあった。一方の劉邦は、無頼漢あがりの身の程を自分でもよくわきまえていて、作戦を立てるにしても部下の張良などの方が自分より優れていることを知っていたので、彼らの意見をよく聞いたということです。
 論功行賞に最も配慮した劉邦に対し、項羽は戦さに勝ってもすべて手柄は自分のものにしてしまうので、これでは自ずと人材は劉邦の下に集まる―。

 著者のペンネームの由来である「司馬遷」。その彼が残した「史記」に材をとり、しかも得意とする天下取り物語なので、著者の後期作品の中でもその小説の面白さが存分に発揮されたものだと思いますが、主役の2人に限らず張良など多くの人物像が生き生きと描かれている点もポイントかなと思いました。

 「垓下の戦い」が紀元前202年。「三国志」の時代より400年以上も前の話なのに、こうして1人1人の武将のとった行動や選んだ生き方が歴史として残っているというのはスゴいなあと(日本はまだ前期弥生時代ですから)。

 リーダーシップとは何かを描いた物語としてビジネス小説風にも読めてしまいますが、項羽の悲恋物語も京劇になっていたりするわけで(映画「さらば、わが愛/覇王別姫(はおうべっき)」で劇中劇として使われていた)、項羽という人物も虞姫(いわゆる虞美人)とともに中国人に愛されているのでしょう。

 【1984年文庫化・2005年改定[新潮文庫(上・中・下)]】

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"無能"将軍・乃木希典をなかなか解任できない軍部に見る官僚主義。

坂の上の雲1.jpg 坂の上の雲2.jpg 坂の上の雲3.jpg 坂の上の雲4.jpg 坂の上の雲5.jpg 坂の上の雲6.jpg 二百三高地 dvd.jpg
新装改訂版(全6巻)['04年](カバー画:風間 完) 『坂の上の雲 <新装版> 1』『坂の上の雲 <新装版> 2』『坂の上の雲〈3〉』『坂の上の雲〈4〉』『坂の上の雲 <新装版> 五』『坂の上の雲 <新装版> 六』「二百三高地 [DVD]

 1968(昭和43)年から1972(昭和47)年にかけて「産経新聞」に連された長編大河小説で、経営者に最も読まれている小説といえば、かつては『徳川家康』(山岡荘八)、今はこの『坂の上の雲』ということですが、この『坂の上の雲』は、'69年の単行本刊行以来、文庫も含め1400万部ぐらい売れているとのこと、'04年には単行本の新装版が出ました(読みやすいが、6巻とも文庫本新版の第1巻の表紙絵を流用しているのはなぜ?)。 
 
 松山出身の歌人正岡子規と軍人の秋山好古・真之兄弟の三人を軸に描いた作品というよりも、正岡子規が病死して早いうちに小 説の舞台から去ってしまうことでもわかるように、維新から日露戦争に至るまでの明治日本の人物群像を描いたものと見るべきで、登場人物は1000人を超えるそうで、"情報将校"明石元二郎などはかなり詳しく取り上げられていて、関係する本を読んでみたくなりました。

「二百三高地」1.jpg 物語のクライマックスは、二〇三高地で有名な旅順大戦と、ロシアのバルチック艦隊に勝利した日本海海戦ですが、間に様々な人物挿話が入り(ロシア側の人物もよく描けている)、バルチック艦隊がアフリカ東岸マダガスカルあたりでいつまでもグダグダしている(スエズ運河を支配していた大英帝国が日英同盟の名の下にロシアにスエズ運河の通過許可を出さなかったためにアフリカ大陸を迂回するハメになった)、その間にも、著者のウンチクは繰り広げられます。
映画「二百三高地」(1980/東映)より 
「二百三高地」2.jpg これを面白いと見るか、冗長と見るか。著者の初期作品のような快活なテンポはないけれど、先述のスパイ活動をやった明石元二郎の秘話など随所に面白い話がありました。

 全体を振り返ると、やはり旅順攻防の凄惨さが印象的で、旅順陥落での開城の際に、日露の兵が抱き合い、共に酒場に繰り出した兵士もいたというのが、それを物語っています。 
 陥落直前にはすでに両軍の兵に士気は無く、皆自分が生き残れるかを考えるようになっていたわけです。 
 
203.jpg この作品での乃木希典将軍の無能ぶりの描き方は徹底していて、乃木は、日本戦史上、最も多くの部下をむざむざと死地へ追いやった大将ということになるのではないでしょうか。 
 その描き方の賛否はともかく、彼をなかなか解任できないでいる軍中枢部(その間にも多くの将兵がどんどん犬死していく)に、いったんエリートとして位置づけた人物に対し、他の者を犠牲にしてもその人物のキャリアを守ろうとする官僚主義の非合理を見た思いがします。

「二百三高地」3.jpg それにしても、バルチック艦隊の大航海とその疲弊による敗北は、近代戦において最も時間と費用を要するのがロジスティックであることを端的に象徴していると思いました(湾岸戦争もイラク戦争も「輸送」に一番カネがかかっている)。
 
 兵器の能力などを戦争における"戦術"部分だとすれば、ロジスティックは"戦略"部分に当たり、"ランチェスターの2次法則"ではないが、近代戦において強国は"戦略"にふんだんにカネを注ぐ―ただし、その"戦略"そのものが戦局の読み違いのうえに立脚していたのでは相手に勝てないということを、この小説は教えてくれます。

「二百三高地」5.jpg 二〇三高地の攻防戦をメインに描いた舛田利雄監督の映画「二百三高地」('80年/東映)は3時間の大作、時折旅順大戦の戦況図なども画面に出てきて、大戦の模様を正確に描こうとしている姿勢は買えますが、これだけ乃木希典(仲代達矢)が自軍の兵士たちに強いた犠牲の大きさを描きながらも、彼を悲劇の英雄視するような姿勢が窺えて解せませんでした。さだまさしの音楽もとってつけたような感じで、(自分が司馬遼太郎のこの小説に感化された部分もあるかも知れないが)乃木希典の戦術的無能を情緒的な問題にすりかえてしまっている印象を受けました。

7二百三高地 丹波哲郎 dvdジャケット1.jpg「二百三高地」●制作年:1980年●監督:舛田利雄●脚本:笠原和夫●撮影:飯村雅彦●音楽:山本直純●主題曲:さだまさし●時間:181分●出演:仲代達矢/あおい輝彦/新沼謙治/湯原昌幸/佐藤允/永島敏行/長谷川明男/稲葉義男/新克利/矢吹二朗/船戸順/浜田寅彦/近藤宏/伊沢一郎/玉川伊佐男/名和宏/横森久/武藤章生/浜田晃/三南道郎/二百三高地 丹波哲郎.jpg北村晃一/木村四郎/中田博久/南廣/河原崎次郎/市川好朗/山田光一/磯村健治/相馬剛三/高月忠/亀山達也/清水照夫/桐原信介/原田力/久地明/秋山敏/金子吉延/森繁久彌/天知茂/神山繁/平田昭彦/若林豪/野口元夫/土山登士幸/川合伸旺/久遠利三/須藤健/吉原正皓/愛川欽也/夏目雅子/野際陽子/桑山正一/赤木春恵/原田清人/北林早苗/土方弘/小畠絹子/河合絃司/須賀良/石橋雅史/村井国夫/早川純一/尾形伸之介/青木義朗/三船敏郎(明治天皇)/松尾嘉代/内藤武敏/丹波哲郎(児玉源太郎)●公開:1980/08●配給:東映●最初に観た場所:飯田橋・佳作座 (81-01-24)(評価:★★)●併映:「将軍 SHOGUN」(ジェリー・ロンドン)

 【1969年単行本・1972年改訂・2004年再改訂[文芸春秋(全6巻)]/1978年文庫化・1999年改訂[文春文庫(全8巻)]】

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プロセスにおいて痛快な出世物語。しかし、その結末は...。

功名が辻1.jpg   功名が辻 1.jpg 功名が辻 2.jpg 功名が辻 3.jpg 功名が辻 4.jpg    NHK大河ドラマ 功名が辻.jpg
文春文庫〔旧版〕(全4巻)(旧版表紙絵:村上 豊)/〔新装版〕『功名が辻〈1〉』『功名が辻〈2〉』『功名が辻〈3〉』『功名が辻〈4〉』/2006年NHK大河ドラマ「功名が辻」上川隆也・仲間由紀恵

功名が辻 新装版 文庫 全4巻 完結セット.jpg 1963(昭和38)年10月から1965(昭和40)年1月にかけて各地方紙に連載された長編小説で、主人公は、戦前は小学校の国定教科書にまでもの載っていたという「山内一豊の妻」であり、司馬遼太郎(1923‐1996)の小説で女性が主人公というのは珍しいようです。
功名が辻 新装版 文庫 全4巻 完結セット[マーケットプレイス文庫セット] (文春文庫)

 しかしながら、読んでいて、司馬遼太郎はこの物語で、山内伊右衛門一豊の妻にばかりに評価が集まる世評に対し、信長・秀吉・家康に仕え一国の主となることができた伊右衛門の、一見凡庸だが粘り強く実直な人間性を描こうとしたのだと、最初は思いました。 

 夫を傷つけずに諭す聡明な妻と、彼女に諭される夫の掛け合いや対比を、ユーモアを交え暖かく描き、夫が功名を得てハッピーエンドへ向かう―。

 しかし物語終盤の土佐入城後から、伊右衛門に対する描き方が突き放したようになっていると感じます。そして終章における、土着の反乱者への虐殺命令を下す夫に対する妻の〈成功とはこれであったか〉という虚無感 ―。

 プロセスは痛快な出世物語と読めるこの小説の寂しい結末が、作品の価値を貶めることはないと思いますが(むしろ逆)、そうした議論とは別に、この小説がもとは新聞連載小説であったことを考えると、作者が当初から考えていた結末だろうかと憶測させるものがありました。 
 それぐらい、伊右衛門の描き方が急に変わっていますから...。

功名が辻 ドラマ.jpg '06年にNHKで大河ドラマになっていますが、ドラマでは当然のことながら、原作の最後に見られる夫婦の齟齬などは描かれるはずもなく、2人は永遠のよき夫婦であったということになっています。

「功名が辻」●演出:尾崎充信/加藤拓/梛川 善郎●制作:大加章雅●脚本:大石静●音楽:小六禮次郎●原作:司馬遼太郎●出演:仲間由紀恵/上川隆也/柄本明/浅野ゆう子/生瀬勝久/田村淳/乙葉/武田鉄矢/前田吟/多岐川裕美/津川雅彦/松本明子/成宮寛貴/筒井 道隆/石倉三郎/高山善廣/大地真央/和久井映見/永作博美/勝野洋/苅谷俊介/名高達男/中村橋之助/榎木孝明/山本圭/江守徹/長澤まさみ●放映:2006/01~12(全49回)●放送局:NHK

 【1965年単行本・1974年改訂[文芸春秋 (上・下)]/1976年文庫化・2005年改訂[文春文庫 (全4巻)]】

《読書MEMO》
●「伊右衛門殿はよき妻女を持たれている」そのうわさほど、山内家の奥行きの深さを印象させるものはない。(中略)千代は、馬などよりも、その「うわさ」を黄金十枚で買ったといっていい。馬は死ぬ。うわさは死なないのである。(著者)

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新選組の"内実"? 1編ごとに引き込まれる。

新 選 組 血 風 録.jpg(挿画:風間 完) 新選組血風録2.jpg(旧版カバー画:風間 完) 新選組血風録3.jpg  
新選組血風録 (1964年)』  『新選組血風録』 角川文庫 〔旧版〕  『新選組血風録 (角川文庫)』 〔新版〕

御法度.jpg「前髪の惣三郎」.jpg 1962(昭和37)年に『燃えよ剣』を発表した司馬遼太郎が、同年5月から12月にかけて「小説中央公論」に発表した新選組を題材とした15編の短編で、これらの中に新選組の厳しい内部粛清を扱ったものが結構あり、間者(スパイ)同士で斬り合いをさせる話などは、戦争スパイ映画のような緊迫感があります。 

 また、映画と言えば、「前髪の惣三郎」のように、映画化されたもの(大島渚監督「御法度」)もあります。

 「燃えよ剣」よりも創作の入る余地は大きいはずですが(加納惣三郎も架空の人物だが、沖田総司の幼名が惣次郎)、鉄の掟に背いた者に待ち受ける粛清、隊士の間に流行した男色といった生々しいテーマを扱っているせいか、新選組の"内実"に触れたようなリアリティがあります。

 もちろんその他のテーマ、例えば近藤勇の愛刀にまつわるユーモアのある話とかもありますが...(アイロニカルに描いているところに、作者の近藤勇に対するシニカルな評価が窺えて興味深い)。

 個人的にはやはり、陰惨と言っていいほどの「内部粛清」にまつわる話が最も印象的で、閉鎖的な思想集団を想起させる面もあり、この作品がが好きになれない人の中には、多分この部分にひっかかりを覚えるためという人がいるのではないかと思うのですが、全体としてハードボイルド風の筆致であるため、各短編とも緊張感のある物語世界を醸し出していて、個人的には大いに引き込まれました。

 司馬遼太郎作品は、史実・想像・創作を織り交ぜて、あたかも作者がその時代、その場に行って見てきたかのように描いているものほど面白い!

 【1969年文庫化・2003年改訂[角川文庫]/1975年再文庫化・1996年改訂[中公文庫]/1999年単行本改訂[中央公論新社]】

《読書MEMO》
●「油小路の決闘」伊藤甲子太郎についた篠原泰之進
●「芹沢鴨の暗殺」
●「長州の間者」間者同士で斬らせる新選組の恐怖
●「池田屋異聞」赤穂浪士脱落者子孫の山崎蒸(すすむ)
●「鴨川銭取橋」武田観柳斎の暗殺(斎藤一)
●「虎徹」近藤勇の愛刀(実は贋作)
●「前髪の忽三郎」加納忽三郎を巡る男色騒動(大島渚映画『御法度』の原作)
●「海仙寺党異聞」中倉主膳を介錯した長坂長十郎
●「弥兵衛奮迅」間者・富山弥兵衛の武士道
●「四斤山砲」大林兵庫というインチキ砲術師の新選組錯乱

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義に生きた男の典型を描いた歴史ロマン小説。

ポケット文春 燃えよ剣.jpg燃えよ剣 上.jpg燃えよ剣 下.jpg 燃えよ剣上.jpg燃えよ剣下.jpg 土方 歳三.jpg 土方歳三 
燃えよ剣 上』『燃えよ剣 下』『燃えよ剣〈上〉 (新潮文庫)』『燃えよ剣〈下〉 (新潮文庫)
燃えよ剣 (1964年) (ポケット文春)』(1964)

文藝春秋 燃えよ剣.jpg 1962(昭和37)年11月から1964(昭和39)年3月にかけて「週刊文春」に連載された司馬遼太郎の長編小説で、単行本('64年刊行)は当時としてもベストセラーになり、この小説で、新選組における近藤勇と土方歳三の人気が逆転したと言われていますが、こうまで差をつけて描かれたのでは無理もないか。近藤勇なんて、最後はただ大名になりたかっただけの"勘違い人間"のように描かれています。

 作者はほぼ同時期に『竜馬がゆく』('63-'66年)、『国盗り物語』('65-'66年)などのベストセラー小説を世に送り出しており('66年に第14回「菊池寛賞」を受賞)、最も脂の乗り切っていた時期であるとともに、作品内容の世間に与える影響も大きかったのではないでしょうか。
燃えよ剣』(1998)

 複雑かつ急変する時代背景をわかりやすく説き、多士済々の新選組メンバーを生き生きと描き、かつ、剣に生き、新選組副長として生涯を全うしようとする土方歳三という人物にしっかりスポットを当てていると思います。テンポが良くて、映画でも観ているような生き生きとした筆致です。

 新選組の描き方について、「幕府を奉じる時代錯誤」が「士道を貫こうとする男気」に、「非人間的とも思える内部粛清の厳しさ」が「最強軍団を作るための合理的な方法論」に置き換えられているのではないかといった批判もあり、それはそれで1つの見方ではあると思いました。 

 しかしここからは好みの問題になりますが、この作品は、たとえ滅びゆくともあくまでも"義に生きた"男の典型のような人物を描いた、一種のロマン小説と割り切って読んだ方が、充分に楽しめるのではないでしょうか。
 歳三の愛人・お雪が作者の創作の人物であることなどからしても、史実よりエンターテインメント性を重視していることがみてとれます。

 そうならば、この作品に現代の通常の価値基準を何でもかんでも当てはめるのはどうかとも思った次第です。 
 "没頭させられ度"をふり返って星5つに。

 【1964年単行本(ポケット文春)・1973年単行本改訂[文芸春秋(上・下)]/1972年文庫化[新潮文庫(上・下)]/1998年ソフトカバー単行本[文芸春秋(全1巻)]】

《読書MEMO》
●池田屋の変によって明治維新が1年は遅れたといわれるが、おそらく逆だろう。
  この変によってむしろ明治維新が早くきたとみるのが正しい。(著者)
●「池田屋事件」(1864.6.5)...新撰組が尊攘派浪士を襲う
●「蛤御門の変」(禁門の変)(1864.7.19)...長州藩と幕府側が激突
●「油小路の変」(1867.11.18)...伊藤甲子太郎、新撰組に暗殺される
●「鳥羽伏見の戦い」(戊辰戦争)(1868.1.3)

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「梟の城」に続く忍者モノ活劇エンターテイメント。テンポがいい。

風神の門 司馬遼太郎.png           風神の門 上.jpg 風神の門 下.jpg       風神の門.jpg
風神の門 (1962年)』『風神の門 (上) (新潮文庫)(下)』(表紙絵:村上 豊)『風神の門 (春陽文庫)』〔'96年改版版〕

風神の門 (春陽文庫)2.jpg 司馬遼太郎(1923‐1996)が『梟の城』に続いて、1961(昭和36)年から翌1962(昭和37)年4月まで「東京タイムズ」に連載発表した長編小説で、『梟の城』と同じく忍者小説ですが、『梟の城』が葛籠重蔵という豊臣秀吉の命を狙う創作上の伊賀忍者が主人公だったのに対し、『風神の城』は伊賀忍者・霧隠才蔵が主人公(ただし、この人も架空の人物らしいが)。

風神の門 (春陽文庫)』(新装版)

 時代は関が原の合戦後から大阪夏の陣にかけてで、先に真田幸村の郎党となっている甲賀の猿飛佐助から仲間になるよう勧誘されるものの、才蔵は集団に属することを嫌いなかなか応じない。しかし、幸村の人柄に惚れ、やがて佐助とともに徳川家康の暗殺をはかることになります。
               
 『梟』の葛籠重蔵がハードボイルドで"やや重"な雰囲気だったのに対し、『風神』の霧隠才蔵は、同じく伊賀者独特の孤高と哀愁を漂わせながらも、持て余すほどに女性にもてて、風魔忍者との術比べ、宮本武蔵との対決場面などもあれば、陥落する城から女を救い出したりもし、活劇エンターテイメントの要素が強い作品となっています。

 才蔵が人生の目的が定まらず、自分で自分を持て余しているようなところは、今風に言えばモラトリアムでしょうか。結局、才蔵が与することとなった豊臣方は淀君と首脳部の愚昧さのために滅びるのですが、才蔵も佐助もそれに殉じることはしません。 

司馬 遼太郎 『風神の門』3.jpg 才蔵は、忠義、義理、恩義などというものは"手に職のない武士どものうたい念仏"とし、ただ幸村に惚れて行動しただけで、臣下になったわけではありませんでした。だから、豊臣の滅亡に対しても、「徳川が勝ち、豊臣がほろびるのも天命であろう。(中略)腐れきった豊臣家が、もし戦いに勝って天下の主となれば、どのように愚かしい政道が行なわれぬともかぎらぬ。亡びるものは、亡ぶべくしてほろびる。そのことがわかっただけでも、存分に面白かった」といった割り切りよう。現代に置き換えるならば、会社が潰れても自分は自分として動じることのない実力派スペシャリストといったところです。

 『梟の城』に比べて会話が多く、しかもテンポがいいです。作者は、この作品で忍者モノに見切りをつけたかのように以後は幕末に関心を移し、『竜馬がゆく』『燃えよ剣』といった傑作を発表していきますが、この軽快なリズム感はそれらに引き継がれていきます。

 【1962年単行本・1967年改訂[新潮社]/1969年文庫化・1987年改訂[新潮文庫(上・下)]/1988年再文庫化・1996年改定[春陽文庫}】

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武士の価値観の対極にある忍者の価値観=スペシャリストの価値観。昭和30年代の忍者ブームの火付けに。

司馬遼太郎「梟の城」春陽文庫.jpg梟の城 司馬遼太郎.jpg 梟の城1.jpg 梟の城.jpg    梟の城2.jpg
梟の城 (1959年)』(帯推薦文:今東光)/『梟の城』 新潮文庫〔'77年・'89年改版版]/春陽文庫〔'96年改訂版〕
梟の城 (1967年) (春陽文庫)

梟の城 (春陽文庫).jpg  司馬遼太郎(1923‐1996)が最初に発表した長編小説で、1958(昭和33)年4月から翌1959(昭和34)年2月まで今東光(1898-1997)が社長だった宗教新聞「中外日報」に連載されたものです。
 八尾市の天台院の住職の仕事などのため文壇を離れていた今東光が20年ぶりに筆を執ろうと産経新聞社を訪ねた時、今東光の作品を知っていて一席設けた編集局長に呼ばれその場に同席したのが、文化部の文芸担当だった司馬遼太郎だったとのこと。今東光の弁によれば、「とても無理です。まだ短編しか書いたことないんです、と尻込みする奴を、長編だって短編だって変わりゃしねえよ」といって励ました末に生まれたのがこの作品だったとか。

梟の城 (春陽文庫)』(新装版)

 昭和34年下期の第42回「直木賞」受賞作でもあるこの作品は、豊臣秀吉の暗殺を謀る伊賀忍者・葛籠重蔵と、彼と同じ師匠のもとで技を磨いた忍者でありながら武士として出世することを渇望する風間五平を描いています。

 司馬遼太郎はデビュー当初は「忍豪作家」と呼ばれ、またこの作品は昭和30年代の忍者ブームの火付けにもなりましたが、初の長編でありながらさすがに高い完成度を持つものの、後にその歴史解釈が「司馬史観」と言われるほどの歴史小説の大作家になることを、この作品のみで予見することは難しかったのではないでしょうか。むしろ、講談本的なエンターテインメント性が強い小説に思えます。    

 登場人物が極めて魅力的。伊賀の慣習に生きる重蔵を通して、武士の価値観の対極にある忍者の価値観がよくわかりますが、それは今風に言えばゼネラリストの価値観に対するスペシャリストのそれではないでしょうか。 
 一方の五平は、功名を上げるために伊賀を裏切り権力者に仕官しますが最後は見捨てられる―このあたりは、組織に消耗されるサラリーマンにも通じるところがあります。 

梟の城 映画 0.jpg梟の城 映画 1.jpg 小萩という神秘的な女性が登場しますが、神秘的でありながら重蔵に恋のアタックをかけてくる。木さるという女忍者の行動にやや短絡的な面があるのも現代的です。

 こうした先取り感が今もって読まれ、或いは工藤栄一監督、大友柳太朗主演「忍者秘帖 梟の城」('63年/東映)として映画化された後、更に篠田正浩監督、中井貴一主演「梟の城」('99年/東宝))としてリメイク映画化されている要因ではないかと思います。但し、映画の方は、大友柳太朗版は未見ですが、中井貴一版はテレビか何かで観て、重蔵役が中井貴一、五平役が上川隆也だったのが、ちょっとイメージが逆なのではないかという気がしなくもなかったです。

 【1965年文庫化、1977年・1989年・2002年改訂[新潮文庫]/1967年再文庫化・1087年・1996年改訂[春陽文庫]】

《読書MEMO》
●「かれらの多くは、不思議な虚無主義をそなえていた。他国の領主に雇われはしたが、食禄によって抱えられることをしなかった。その雇い主さえ選ばなかった。(中略)かれらは、権力を侮蔑し、その権力に自分の人生と運命を捧げる武士の忠義を軽蔑した。諸国の武士は、伊賀郷士の無節操を卑しんだが、伊賀の者は、逆に武士たちの精神の浅さを嗤う。伊賀郷士にあっては、おのれの習熟した職能に生きることを、人生とすべての道徳の支軸においていた。おのれの職能に生きることが忠義などとはくらべものにならぬほどに凛冽たる気力を要し、いかに清潔な精神を必要とするものであるかを、かれらは知りつくしていた。」(新潮文庫'77年版14p)

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