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労働現場を見据えた鋭い分析で、過度の「能力主義」化に警鐘を鳴らす。
『能力主義と企業社会』 岩波新書 〔'97年〕 熊沢 誠 ・甲南大名誉教授 (経歴下記)
労働問題研究の第一人者で労働の現場に精通する著者が、日本企業の能力主義管理のこれまでと現在(1997年)を分析し、企業が強めようとしている能力主義管理によって職場や労働はどのように変わり、働く側(エリートだけでなく、ノンエリートの正社員、契約社員、パートタイマーを含む)にどのような問題が生じるかを指摘しています。
そして、彼ら(彼女ら)の意識調査アンケートを踏まえつつ、過度の「能力主義」化傾向に警鐘を鳴らし、「ゆとり」「仲間」「決定権」というキーワードで問題解決の糸口を提示しています。
著者は賃金制度のタイプを「集団・個人」と「顕在・潜在」という2軸で切り分けていて、結果それは、
◆実力(顕在能力)
◆職務
◆年功(年齢勤続)
◆職能(潜在能力)
という4区分になるようです。
従来の能力主義は、顕在能力よりも潜在能力を重視するものだったとし、それを"狭義の能力主義"とするとともに、本書で言う「能力主義」には「実力」主義を含めており、「能力主義」化傾向と言う場合には、むしろ業績に基づく「実力」主義化のことを指しているようです。
本書では「成果主義」という言葉は使われていませんが、ほぼ現在言われる「成果主義」の問題点を指摘していると捉えてよいかと思います。
米国は処遇格差の大きい「実力」主義で日本は年功型の横並びという"通念"に対し、米国は同一職務同一賃金の「職務」型で、日本では戦前から格差を容認する土壌があったものが戦後の労働組合の台頭で競争制限・平等処遇に傾き、今また格差容認の戦前型に戻ろうとしているという捉え方は興味深いものでした。
その他にも、ノンエリートがそうした企業の「能力主義」化の方針に従う心理(要するにリストラさえされていなければ、俺のレースはまだ終っていない、とでもいう意識)など、実に鋭い分析が随所にありました。
「横並び」の時代は終って「個人主義」「業績重視」「プロフェショナル」の時代へ、という"識者の大合唱"に対して、その日本のサラリーマンをみんなプロ野球の選手に仕立ててしまうような考え方が、協働型の業務スタイルの現状や、補助的業務従事者、契約社員、パートタイマーなどにも果たして当てはまるのかを冷静に分析しています。
そうしたことを踏まえての提案部分は、主に労働組合に期待するところが大きいようですが、組合がそこまで機能するかどうかが問題だと思いました。
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熊沢 誠(くまざわ まこと)
1938年三重県に生れる.1961年京都大学経済学部卒業(1969年経済学博士).甲南大学教授などを経て,現在は甲南大学名誉教授,研究会「職場の人権」代表.専攻は労使関係論,社会政策論.
著書に『寡占体制と労働組合』(新評論,1970年),『労働のなかの復権』(三一書房,1972年),『国家のなかの国家』(日本評論社,1976年),『新編日本の労働者像』(ちくま学芸文庫,1993年),『日本的経営の明暗』(ちくま学芸文庫,1998年),『能力主義と企業社会』(岩波新書,1997年),『女性労働と企業社会』(岩波新書,2000年),『リストラとワークシェアリング』(岩波新書,2003年),『若者が働くとき』(ミネルヴァ書房,2006年)など.