【3060】 ◎ 山田 洋次 (原作:松本清張) 「霧の旗 (1965/05 松竹) ★★★★☆

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「弁護士を許さない」原作の真骨頂を活かし、むしろ原作超えか。倍賞千恵子もいいが、滝沢修はさすが。
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あの頃映画 「霧の旗」 [DVD]
松本清張傑作映画ベスト10 5 霧の旗 (DVD BOOK 松本清張傑作映画ベスト10)
霧の旗 DVDブック.jpg「霧の旗」011.jpg 柳田桐子(倍賞千恵子)は高名な大塚欽三(滝沢修)の法律事務所を今日も訪れたが、返事は冷たい拒絶の言葉だった。熊本の老婆殺しにまきこまれた兄・正夫(露口茂)のために、上京して足を運んだ桐子は、貧乏人の惨めさ「霧の旗」021.jpgを思い知らされる。「兄は死刑になるかも知れない!」と激しく言った桐子の言葉を、何故か忘れられない大塚は、愛人・河野径子(新珠三千代)との逢瀬にもこの事件が頭をかすめた。熊本の担当弁護士から書類をとり寄せた大塚は、被害者の「霧の旗」031.jpg致命傷が後頭部及び前額部左側の裂傷とあるのは、犯人が左利きではなかったかという疑問を抱く。数日後、桐子の名前で「兄が「霧の旗」041.jpg一審で死刑判決を受けたまま二審の審議中に獄中で病死した」と知らされる。「僕が断ったからこんな結果になったとでも言っているみたいだね」と苦笑しながらも、事件のことが気にかかった大塚は、熊本から事件の資料を取り寄せる。兄の死後、上京した桐子はバー「海草」のホステスとなる。そして店の客の記者・阿部(近藤洋介)から「大塚が事件の核心を握ったらしい」と聞かされる。ある日桐子は同僚のホステス信子(市原悦子)から恋人・杉田健一(川津祐介)の監視を頼まれた。ある夜、尾行中の桐子は、健一が本郷のしもた屋で何者かに殺害された現場に来合わせた。そこには大塚の愛人・径子も来ていて、慌てて桐子に証言を「霧の旗」051.png頼み去っていく。桐子は径子が落とした手袋を健一の死体の血だまりに残すと、本来の証拠品である健一の兄「霧の旗」12.jpg貴分・山上(河原崎次郎)のライターをバッグにしまう。径子は殺人容疑者として逮捕され、大塚の社会的地位も危ぶまれた。大塚は証拠品のライター提出と、正しい証言を求めて桐子の勤める店に足を運んだ。そんなある夜、桐子はライターを返すと大塚をアパートに誘い、ウイスキーをすすめて強引に関係を迫った。翌日桐子は担当検事に「大塚から偽証を迫られ、暴行された」と処女膜裂傷の診断書を添えて訴えた―。

霧の旗 (1969).jpg霧の旗 新潮文庫2.jpg 1965(昭和40)年公開の山田洋次監督作。原作は、雑誌「婦人公論」の1959(昭和34)年7月号から 1960(昭和35)年3月号に連載され、1961(昭和36)年3月に中央公論社より刊行された松本清張作品。脚本家の橋本忍がすでに書き上げていた脚本を山田洋次監督が読んで、「僕にやらせてくだい」と松竹に持ち込み、松竹の城戸四郎と交渉の末、映画化が実現したとのことです。
霧の旗 (新潮文庫)

 不正な人間、邪悪な人間に対して弱い人間が立ち上がって正義を貫くというのがフツーの物語ですが、この物語の主人公・桐子は、貧しいといい弁護士が雇えないという〈社会悪〉に対して挑むと言うより、大塚弁護士〈個人〉に徹底的に対して復讐するという、弁護士側にしてみればお門違いとも思える相手の恨みからヒドイ目に遭う話であるのが特徴です(社会学者の作田啓一は、本作において大塚弁護士の側に罪があるとすればそれは「無関心の罪」であり、現代人の多くがひそかに心あたりのある感覚であると分析している)。

「霧の旗」091.jpg このややエキセントリックとも思える女性・桐子に役をどう魅力的に演じるかはなかなか難しい挑戦だったと思いますが、当時23歳の倍賞千恵子はそれを見事に自然体でこなしていて、いいと思います。皇居の前を桐子が歩くシーンは、脚本にはなく山田洋次監督が現場で考えたものですが、山田洋次監督は倍賞千恵子を「ただ歩いているというのが軽やかにできる人」と賞賛しています。

 ただ、それでも、当時の演劇界の最高峰の俳優であり、精密な理論に裏打ちされた演技をすることで知られた滝沢修と、自分の役は「やりにくい」と言いつつも、橋本忍に「映画にはどうしても死に役というものがある。今回はあきらめてほしい」と言われて覚悟して役に臨んだ新珠三千代の、この二人の存在が大きいように思います。

「霧の旗」061.jpg 特に滝沢修の演技は観ていて飽きさせません。桐子が自分の家に大塚弁護士を招き入れて酔わせるシーンがありますが、倍賞千恵子は、だんだん顔を赤くして額に筋を立てて酔っていく滝沢修の演技がすごかったと言い、ただの水を飲んでいるのによくそこまで演じられると、名優の芝居に引き込まれたそうです。

「霧の旗」b.jpg 山田洋次監督は、倍賞千恵子の演技も滝沢修に伍して素晴らしかったとしていますが(山田洋次監督は渥美清と倍賞千恵子を「二人の天才」と呼んでいる)、滝沢修が倍賞千恵子をリードした面もあったのではないでしょうか。倍賞千恵子は当時、三点倒立して集中力を鍛えることに凝っていて、毎朝それをして撮影所に入ったそうですが、それでも滝沢修とシーンはたいへんで、胃痛で具合が悪くなり、夜中に撮影が終わって救急病院に行ったら、腎臓結石だと言われたそうです。

「霧の旗」071.jpg 冒頭、桐子が熊本(原作では桐子はK市在住)から一昼夜かけて東京へ向かうシーンは、野村芳太郎監督の「張込み」('58年/松竹)で刑事らが東京から列車で佐賀に向かうシーンを(上りと下りの違いはあるが)想起させます。

 原作と異なるのはラストで、原作は「大塚弁護士は煉獄に身を置いた。河野径子が閉じ込められている牢獄よりも苛酷であった。東京から桐子の消息が消えた東京から桐子の消息が消えた」で終わりますが、映画では、大塚弁護士が弁護士の仕事を辞める(地位と名誉を失う)ことと引き換えに免責されることが、検事との会話の中で示唆されています。また、映「霧の旗」l1.png「霧の旗」ll1.png画では、桐子は最後に九州の阿蘇の火口口に現れ、次に、船の上から河野径子の潔白を証明する証拠物件であるライターを海に投げ捨てます。これは、結局、最後まで桐子は大塚弁護士を許さなかったということを念押ししているようにも思えました。

「霧の旗」dvd.jpg 原作は何度もテレビドラマ化されていますが、ドラマの方は、桐子が最後、ライターを新聞記者に渡したり('83年/大竹しのぶ版)、検察局に送って、挙句の果てには疑いの晴れた弁護士の愛人・径子は妻と離婚した大塚弁護士と一緒になる('10年/市川海老蔵版)といった終わり方になっているものが多いようです。テレビ的に、あまりハードな結末は一般に受け入れられないという判断なのでしょうか。

 個人的は、桐子が大塚弁護士を最後まで許さないところが、彼女の恨みの深さの現れであり、彼女においてはその深さが大塚弁護士個人への復讐となったが、それは実は〈社会悪〉=〈社会格差〉の根深さであって、その点が原作の真骨頂ではなかったかと思っています。映画はそれを活かしていました。と言うか、原作には無い最後の桐子の旅がライターを捨てる場所を探す旅であり、それを深い海に投げ捨てるという点で、橋本忍の脚本によるラストは原作を超えていたようにも思います。

「霧の旗」●制作年:1965年●監督:山田洋次●製作:脇田茂●脚本:橋本忍●撮影:高羽哲夫●音楽:林光●時間:111分●出演:倍賞千恵子/滝沢修/新珠三千代/川津祐介/近藤洋介/内藤武敏/露口茂/市原悦子/清村耕次/桑山正一/浜田寅彦/田武謙三/阿部寿美子/穂積隆信/三「霧の旗」川津2.jpg「霧の旗」井川.jpg崎千恵子/井川比佐志/大町文夫/菅原通済/河原崎次郎/逢初夢子/金子信雄●公開:1965/05●配給:松竹(評価:★★★★☆)

川津祐介(大塚弁護士の愛人の河野径子の情夫・杉田健一。本郷のしもた屋で何者かに殺害される)/ 井川比佐志(桐子が「このへんの海の深さはどれくらいあるんです?」と訊くと「そうね。よくわかんないけど、1000メートル以上あるだろうね。しかし、あんた、どうして、そんな」と応える船員)

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This page contains a single entry by wada published on 2021年8月30日 00:20.

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