【3036】 ○ 神蔵 美子 『たまもの (2018/03 ちくま文庫)《(2002/04 筑摩書房)》 ★★★★

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フォトエッセイと言うより、極私的フォトドキュメンタリー。写真の力はやはり凄いなあと。

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たまもの (ちくま文庫)』['18年]『たまもの』['02年]
たまもの 神蔵 文庫.jpg 夫と別れスエイさんと暮らし始めた神藏は、元夫とも「特別な関係」として三人承知のうえの奇妙な二重生活を送っていた。が、有名評論家になってゆく元夫の自我の受け手としての自分に執着し、彼の新しい恋人の存在に憂鬱の淵に落ちる。ずっと続くと思った生活も関係も変わっていく―。

たまもの 神蔵890.jpg 写真家である著者が、評論家・坪内祐三(1958-2020)と編集者・末井昭(1948- )という二人の男の自我と自分の自我をみつめながら揺れ動いた5年間を、当時の日記と写真で綴ったフォトエッセイ...と言うより、極私的フォトドキュメンタリー(写真そのものは1993年から2001年にかけて撮られたものが収められていて、1999年に撮られたものが圧倒的に多い)。2002年4月に筑摩書房より大判本として刊行されたものを、増補・改訂して、ちくま文庫に収めたものです(16年ぶりということで、ほぼ"復刻"に近い文庫化だが、ちくま文庫にはよくあるパターン)。2002年の刊行時は、「『本の雑誌』ノンジャンル・ベスト10」の第2位にランクインしています。
『本の雑誌』ノンジャンル・ベスト102002.jpg

たまもの_o2.jpgIたまものb_o1.jpg いやー、生々しいなあ。文章だけならそうでもないのだけれども、写真の力はやはり凄いなあと思いました(図書館から大判本を借りたが、やはり写真自体は大判本で観るのがいい。オリジナルにはカラー写真が何点かあるが、文庫版はすべてモノクロになっている)。著者は、写真家の荒木経惟氏と交流があるようですが(写真に何度も登場する)、彼女の撮る写真もやや荒木氏の撮るものに通じるところがあるように思いました。

 それにしても、坪内祐三に一週間後に控えていた結婚をやめさせてまでして(婚約破棄自体は坪井の意思だが)彼と夫婦になって、それでいて末井昭氏と会うようになって、はじめはこっそりだったけれどやがて打ち明けて、でもどこかで三人で暮らせればいいなあと思いつつ、結局、坪内祐三と離婚して末井昭と結婚するという、この人は、ある種"悪女"と言えばそうなのかも。

春桃 中文版.jpg春桃(1988) vhs  劉暁慶 姜文1.jpg 中国の凌子風(リン・ツーフォン)監督の 「春桃(チュンタオ)」 ('88年/中国・香港)という、ある女性が匪族に追われ、新婚の夫と離れ離れになって逃げた後、別の男と暮らし始め、それが何年か後に夫と再会し、"二人の夫"と暮らし始めることになるという映画を思い出しました。
春桃【字幕版】 [VHS]

 でも、映画でもそうでしたが、三人で暮らすというのは現実難しいのだろうなあ。ましてや、この著者の場合、二人の男性の〈自我〉を受け止めるけれど、〈気持ち〉はどこまで受け止めているのか。今現在はどうか知りませんが(近影を見るとごく普通の夫婦みたいに見える)、この当時は世間並みの"家族の幸福"みたいなものは必ずしも求めていなかったようだし(写真には彼女の両親も登場するのだが)、ただし、この点は、坪内祐三も末井昭も同じことだったようですが。

たまもの 神蔵8ード.jpg 著者が坪内祐三に「好きな人ができたから家を出ようと思う」と泣きながら言ったら、「美子ちゃんはアーティストなんだから好きにすればいい」と言ったとのことで、坪内祐三の優しさもちょっと尋常ではないという感じがします。

 一方の末井昭の方も、不倫の末に著者と結婚したことになり(所謂"W不倫")、その著者『結婚』('17年/平凡社)によると、著者に一つだけ約束させられたことがあって、それは、「嘘をつかない」ということ。前の結婚では複数の女性と関係をもち、前妻に対して嘘に嘘を重ね、自身も心の負荷に耐え切れずにいたからだそうです。

坪内祐三通夜写真(神藏美子@yoshikokamikura 2020年1月22日)
坪内祐三通夜で.jpg坪内 祐三.jpg それにしても、2000年に新宿で暴漢に襲われ、半殺し状態にされた坪内祐三の写真は悲惨。よく、こんな無頼な生活を送りながら、あれだけの仕事を遺したものだなあと。結局、昨年['20年]惜しくも61歳で、急性心不全のため亡くなりましたが、早逝の原因に酒があるかとは思われるものの(『酒中日記』というエッセイがあって2015年に内藤誠監督により本人主演でドキュメンタリー映画化もされている)、その背後にあった心理状態というのはどのようなものであったのでしょうか(先月['21年5月]妻・佐久間文子氏の回想記『ツボちゃんの話―夫・坪内祐三』(新潮社)が刊行された)。

神蔵 末井昭.jpg自殺 末井.jpg 一方の末井昭の方も、7歳の時に母親が若い男とダイナマイト心中したとか、女装趣味があって(本書には坪内祐三で巻き込んでの女装写真がある)女装してCMに出たことがあるとか、話題に事欠きません。2001年に坪内祐三が『慶応三年生まれ七人の旋毛曲り』('01年/マガジンハウス)で第17回「講談社エッセイ賞」を受賞した時の写真が本書にありますが、末井昭も2014年に『自殺』('13年/朝日出版社)で第30回「講談社エッセイ賞」を受賞しています。
自殺

末井昭・神蔵美子両氏

 どうしてこんな才能に恵まれた人とばかり一緒になるのか分かりませんが、何か持っているのだろうなあ、この人は―と思わせる本でした。この『たまもの』のオリジナルから12年後を綴った続編とも言うべき『たまきはる』('15年/リトル・モア)も読んでみようかな。

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