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「割増賃金」問題にメスを入れることがホワイトカラー・エグゼンプション論の狙い。
『労働時間制度改革』(2015/02 中央経済社)
ホワイトカラー・エグゼンプションの法制化をめぐる議論はここ十年来続いていると言えます。2007年、第1次安倍内閣はホワイトカラーエグゼンプション制度を検討しましたが、過労死の懸念が強く示され、法案提出に至りませんでした。その後複数回法案提出されましたが野党から「残業代ゼロ」制度などと評され廃案となり、それが「高度プロフェッショナル制度」と名を変えて今年['18年]4月の国会に提出された働き方改革関連法案に再度盛り込まれ(数の力で)成立、対象職種は証券アナリスト・研究開発職・コンサルタントなど、年収は1075万円以上が想定されています(最終的な適用範囲は労働政策審議会での議論を経て厚生労働省令で定める、2019年4月施行)。
これまでの議論をみると、割増賃金を廃止する制度を導入するのは論外であるという意見もあれば、これを「時間ではなく成果で賃金を支払う制度」と定義して「ホワイトカラー・エグゼンプション=成果主義賃金」として捉え、導入を主張する声もありました。しかし、本書の著者は、どちらの主張にも物足りなさを感じると言います。その原因は、ホワイトカラー・エグゼンプションが、労働基準法の改正論=法律問題であるという意識が希薄なまま議論されていることにあると言います。
著者によれば、労働時間は、一見誰にも語れそうで、実は、法律の専門家でも理解が難しい部分がある「落とし穴の多い」分野であるとのことです。本書では、まず、労働時間制度を論じるために知っておく必要がある法律の基本知識(労働基準法の第4章「労働時間、休憩、休日及び年次有給休暇」の条文やそれに関する判例)を分かりやすく解説したうえで、現行の法律にどのような問題があるかを読者とともに考えていく情報を提供し、加えて、外国の労働時間制度がどのようになっていのかを紹介しています。そして最後に、労働時間改革をめぐる現在の議論を整理したうえで、著者の改革案を提示しています。
サブタイトルに「ホワイトカラー・エグゼンプションはなぜ必要か」とあることから、著者の主張がある程度は予測され得るものですが、いきなりそうした議論に入るのではなく、このように、労働時間法制の成り立ちから説き起こして、日本の労働時間規制は労働者の健康保護に本当に役立ってきたのだろうかといった疑問を投げかけるとともに、先進諸外国の労働時間法制との比較を通して、日本の労働時間規制のどこに問題があるのかを、まず考察しているわけです。
それによれば、これまでの三六協定の実態などからして、日本の労働時間規制は①"上限規制"が生ぬるく、②過半数代表者は企業のイエスマンがなりやすくてチェック機能として働かず、③大した必要がなくても時間外労働させることができ、④割増賃金のごまかしが横行する一方でぺナルティ機能は果たされておらず、⑤労働者の方も割増賃金があると時間外労働をそれほど嫌がらなくなってしまい、⑥残業になると労働時間にカウントできるかどうかわからない仕事が増え、⑦課長や店長には簡単になれるがそうなると割増賃金がもらえなくなり、⑧週に1度の休日といっても出勤させられことが少なくない―等々、問題山積であるとのことです。
興味深いのは、割増賃金が労働時間抑制につながっているかは疑問であり、少なくとも労働者側からすれば、割増賃金があるからもっと働きたくなってしまうのではないかと、そうすると健康面では逆効果となり、そこで著者は「割増賃金不要論」を唱えている点です(実際、ドイツのように、法律上の割増賃金規制を撤廃した国もある)。個人的には、大企業に限って言えば、著者の指摘はかなり当たっているように思いました。