【2689】 ○ 森岡 孝二 『雇用身分社会 (2015/10 岩波新書) ★★★★

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労働社会の現況問題を俯瞰し、今後の方向性を考えるうえではよく纏まっている。

雇用身分社会 岩波新書89.png雇用身分社会 岩波新書3.jpg 森岡 孝二.jpg 森岡 孝二(1944-2018/74歳没)
雇用身分社会 (岩波新書)
2019年2月追悼シンポジウム開催
森岡 孝二 2.jpg 今年[2018年]8月に心不全でに亡くなった経済学者・森岡孝二の著者。著者によれば、「過労死」という言葉が急速に広まったのは1980年代末であるが、2005年頃からは「格差社会」という言葉も使われるようになったとのことです。日本ではここ30年ほど、経済界も政府も「雇用形態の多様化」を進めてきたが、90年代に入ると、女性ばかりでなく男性のパート社員化も進み、その過程でアルバイト、派遣、契約社員も大幅に増え、労働者の大多数が正社員・正職員であった時代は終わったとのことです。そして、あたかも企業内の雇用の階層構造を社会全体に押し広げたかのように、働く人々が総合職正社員、一般職正社員、限定正社員、嘱託社員、パート・アルバイト、派遣労働者のいずれかの身分に引き裂かれた「雇用身分社会」が出現したとしています。

 本書では、こうした現代日本の労働社会の深部の変化から生じた「雇用身分社会」を取り上げ、どういう経済的、政治的、歴史的事情が多様な雇用身分に引き裂かれた社会をもたらしたのかを明らかにするとともに、どうすればまともな働き方が再建できるのかを考察しています。

 第1章「戦前の雇用身分制度」では、明治末期から昭和初期の紡績工場や製糸工場における女工の雇用関係や長時間労働を概観し、今日の「ブラック企業」の原型が、多くの過労死・過労自殺を生んだ戦前の暗黒工場にあることを指摘しています。言い換えれば、今日の日本では、戦前の酷い働かせ方が気づかないうちに息を吹き返してきているということです。

 第2章「派遣で戦前の働き方が復活」では、戦後における労働者供給事業の復活を、1980年代半ば以降の雇用の規制緩和と重ねて振り返り、労働者派遣制度の解禁と自由化によって、戦前の女工身分のようなまともな雇用とはいえない雇用身分が復活したとしています。つまり、雇用関係が間接的である点で、今日の派遣労働はかつての女工たちに近い存在であるということです。

 第3章「パートは差別された雇用の代名詞」では、1960年代前後まで遡って、パートタイム労働者は、性別・雇用形態に差別された雇用身分として誕生したとし、今日ではそのパートの間で過重労働と貧困が広がっているとしています。パートタイム労働者は、雇用調整の容易な低賃金労働者であるにもかかわらず、基幹労働力の有力な部隊として以前にもましてハードワークを強いられるようになっているとともに、パートでしか働けないシングルマザーの貧困化が深刻な問題になっているとしています。

 第4章「正社員の誕生と消滅」では、長時間労働と不可分の正社員という身分が一般的になったのは1980年前後であるとし、やがて過労死が社会問題化し、さらに、社員の多様化による一般職・限定正社員の低賃金化、総合職正社員のいっそうの長時間労働化、そして今日「正社員の消滅」が語られるようになるまでの過程を追っています。

 第5章「雇用身分社会と格差・貧困」では、格差社会は雇用身分社会から生まれたという観点から、ワーキングプアの増加を問題にし、労働者階級の階層分解が低所得層の拡大と貧困化を招いており、特に若年層に低賃金労働者が占める割合が著しく高まってきたこと、それと対比して株主資本主義の隆盛で潤う大企業の経営者と株主にも焦点を当て、近年の株主資本主義の台頭は、企業はコスト削減による利潤の増大を求め、その結果リストラや賃金の切り下げや、労働時間の延長などを促す傾向がある一方で、企業の内部留保は増大し、株主配当や役員報酬は増えていることなどを指摘しています。

 第6章「政府は貧困の改善を怠った」では、雇用形態の多様化は雇用の非正規化と身分化を通して所得分布を階層化したことを確認し、官製ワーキングプアの創出や生活保護の切り下げなどにみる政府の責任を追及しています。政府の雇用・労働分野の規制緩和政策の立案にあたっては、経済界の利益が優先されたとし、その結果、近年の日本の相対的貧困率は高まる一方だとしています。

 終章「まともな働き方の実現に向けて」では、雇用身分社会から抜け出す鍵として、(1)労働者派遣制度の見直し、(2)非正規労働者率の引き下げ、(3)規制緩和との決別、(4)最低賃金の引き上げ、(5)八時間労働制の確立、(6)性別賃金格差の解消を掲げています。

 著者は30年ほど日本の労働社会の変化を追いかけてきた専門家です。こうした問題については、結論の導き方(意図的に意見を差し控えているような箇所もあった)や提言の部分については読者それぞれに意見はあろうかと思われますが、日本の労働社会の現況問題を俯瞰し、今後のあるべき方向性を考えるうえでは総体的によく纏まっているテキストとして読めるように思いました。それにしても何となく気が重くなる...。

 「雇用身分社会」の「身分」という言葉は、労働基準法では「使用者は、労働者の国籍、信条又は社会的身分を理由として、賃金、労働時間その他の労働条件について、差別的取扱をしてはならない」(第3条)と定められていますが、判例法理では、「身分」とは「生来のもの、自らの力では変えられないものを指すとされているため、非正規社員が正社員と賃金が異なるのは、「身分」による差別にはならないとなっています。なぜならば、自分の力で正社員になれる可能性があるからです。

 本書では、法的な意味ではなく「社会における人々の地位や職業の序列」という意味でこの「身分」という言葉を用いていますが、先の判例法理のイメージからすると、いよいよ、個人の力ではどうしようもなくなってきているのかなあと思った次第です。

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This page contains a single entry by wada published on 2018年10月 7日 09:34.

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